第二章[癒える心]
六話【出会った二人】

 

どことも知れない暗闇、その床で、馬鹿のように白けた緑色の炎が輝いていた。
周りには何に使うのか分からないガラクタが、山のようにおざなりに積まれている。
暗闇を照らす灯りは、床で輝く炎だけだ。
灯りが届かない奥の方から、やけにハイテンションで間延びした声が響いてきた。

「さぁーて、いよぉーやく、こぉーちらの準備が終ぉーわりましたねぇーー」

暗闇の向こうから、だらんと長い白衣を着たヒョロ長い男の姿が出てきた。
男は灯りの元までゆっくり進むと、天を仰ぐが如く両腕を広げ、その先でぴったりと張り付く手袋に覆われた細い指が蠢(うごめ)く。
この男は"探耽求究(たんたんきゅうきゅう)"ダンダリオン。
またの呼び名は『教授』で超が付くほどの変人ではあるが、れっきとした"紅世の王"の一人である。

「んー? んんんんー?」

いつも返ってくる声が返ってこないため、唸り声を上げる。
唸りを上げて数秒、教授は体を反って発狂に似た叫び声を上げた。
地面と、教授の上半身は平行になっている。

「ドォーーーミノォオオーーーー!!」

「はいはあーい、お呼びでございますか、教授?」

答えとともに、シャリリリリ、と金属が細かく擦れ合うような音が響く。
馬鹿のように白けた緑色の炎の灯りが届かないその先。
教授とは真逆の暗闇から音の発信源がやってきた。
姿は、二メートルを超す、まるでガスタンクのようにまん丸の物体だけ付け、頭頂部にネジを突き出した頭モドキが据えてある。
その手足も顔同様、パイプやら歯車やらで、あくまでいい加減にそれらしく形作られている。
その妙な物体がわずかに前に屈んで、敬服の姿勢を取る。

「あなた様の忠実なる"燐子"ドミノはここにおりますですよ―――って、ひはいひはい(痛い痛い)」

ニュウッと伸びた白衣の腕の先、玩具のマジックハンドのような形状に変わった手が、ドミノと呼ばれた"燐子"の、口のない頬をキリキリとつねり上げていた。

「返事は一度だけですよぉー、ドォミノォー?」

「はひはひ、ほほい、はひ、ひょうひゅ(はいはい、もとい、はい、教授)」

「よぉーろしい、ところでドォミノォー?」

「はい、教授」

「どぉーこへ、行っていたのですか。おかげで私は暗闇で寂しく独り言なんかいってしまったじゃありませんかぁー?」

「教授のご指示通り、存在の力の供給ラインを整備していたのでございます。」

聞いた教授は余っていた片方の腕までマジックハンドに変えて、ドミノの両頬を挟み、またつねり上げながら言った。

「ドォーミノォー? そぉーれは、遠回しに私を責めていますねえぇー?」

「ほんはほほはひはへん(そんなことありません)」

教授はドミノの両頬をはなしてやった。

「痛たたた」

開放されたドミノは、両頬をシャリシャリと擦って痛みを和らげる。
それが終わると、ドミノは改めて教授に訊いた。

「あー、ごほん、では教授、いよいよでございますね?」

「そぉーうです、自在式の方も完成しましたし、いぃーよいよ実験を始動させるとしますよぉー?そぉーのために、長い時間をかけて存在の力を集めてきたんですからねぇーえ!!」

再び空を仰ぐように両腕を広げた先で、ぴったり張り付く手袋に覆われた細い指を蠢(うごめ)かせる。 

 

坂井家にて、時間は月曜の朝。
休日が終わり、シャナが『外界宿』(アウトロー)から戻ってきているはずなので、悠二は自在法を教える約束を守るため律儀に待っていた。
ただ何もせず待つのも暇だし、最近自分の方の鍛錬もあまりしていなかったため、軽く体を動かしながら待つことにした。
軽い運動といってもフレイムヘイズなので、常人のそれとは比較にならないほどの運動量なのだが悠二は淡々とこなしていた。
待てど暮らせどシャナは来ない。
来ない人をいくら待ってもしょうがないので、悠二は自分の鍛錬が終わると掻(か)いた汗を流しに風呂場へと入って服を脱ぐ。
ベルペオルは悠二が風呂場に入っていったのを見ると、鼻歌を歌いながらそれに続いて風呂場へと姿を消した。
どうやら悠二は先に入ってシャワーを浴びているらしい、シャワーの水がタイルを叩く音が聞こえる。
全て服を脱ぎ終えると、電話がなった。
千草は朝食の準備で火を使っているため、手が離せないということを分かっているので、バスタオル一枚を体に巻いて自分が出ることにした。
悠二と一緒にお風呂に入ろうとする姿を千草に目撃されると非常にまずいのだが、仕方ないとばかりに電話の元までいき受話器を手に取る。

「はい、坂井ですが」

「私よ」

ガチャッ!!

ベルペオルは嫌そうな顔で、受話器を元の場所に戻す。
もちろんその声の主を知っていた。
すると、受話器を置いた直後、再び電子音が鳴り響く。
今度は深くため息を吐いて、うんざりした顔で一度咳払いをしてから受話器を取った。

「ゴホン……お客様のお掛けになった電話番号は現在使われておりま」

「あんた、わざとやってるでしょ!!」

ベルペオルの言葉も終わらぬうちに電話の相手は声をかぶせてきた。

「おや、おチビちゃんかい?」

「そうよ!分かってるなら、なんで切るのよ!!それに悠二は?」

これにベルペオルはシャナが嫌だったとは応えずに、もっともらしい正論をぶつける。

「それは最近オレオレ詐欺ってやつが流行ってるみたいでね、それの対策さ。あと悠二ならシャワーを浴びてるよ、それに私もバスタオルを
一枚、体に巻いてるだけの状態なんだ、用があるなら早くしておくれ。」

「は?悠二が今お風呂に入ってるんでしょ?なのになんであんたが………って、まさか!!」

「ふむ、そのまさかさ。それより早くしておくれ悠二が上がってきてしまうよ」

ベルペオルがそう答えると、シャナは受話器の向こうで怒鳴り散らす。
あまりの声の大きさにベルペオルは受話器から耳を離すと、その声がやむのを待つ。
すると、受話器の向こうでアラストールの声が、シャナ、と低く一喝するように響き、声が止んだ。
ベルペオルは再び受話器を耳に当てると口を開いた。

「そうわめくでないよ、おチビちゃんじゃ話が進みやしない"天壌の劫火"と代わっておくれ。」

そう言われたシャナはしぶしぶアラストールと代わったようで、雷鳴のように響く声が受話器から漏れた。

「それで、"天壌の劫火"用件はなんだい?」

「うむ、実はお前達のことを話したところ、情報の伝達にしばらく時間が掛かるということだ。あと我等は少し『外界宿』(アウトロー)から仕事の要請を受けてしまったので一週間ほど戻れそうもない。自在法の鍛錬はその後頼むと坂井悠二にも伝えてくれ」

「分かったよ、悠二にもそう伝えておくさ。それより、その電話『外界宿』(アウトロー)の物じゃないだろうね?もしそうなら居場所を隠してる意味がないんだが……」

「うむ、その辺の配慮はしている」

「そうかい、それなら私から言うことはなにも………ときに"天壌の劫火"、お前はもっとおチビちゃんに一般教養を教えるべきだよ。電話に出てすぐ「私よ」はないだろう?名ぐらい名乗らせたらどうなんだい?」

「うっ、うむ」

「はぁー、まったく……とりあえず悠二には私から伝えておくから、もう切るよ?」

「うむ」

ベルペオルは受話器を置いて、悠二と一緒にお風呂に入ろうと風呂場まで足を進めた。
しかし、風呂場の前までくると悠二が扉を開けて出てくる。

「あれ、その格好……ベルもシャワー浴びるの?僕は制服に着替えて待ってるから、それが終わったら一緒に学校にいこう。」

悠二はそう言って制服へと着替えに二階へと上がっていった。
残されたベルペオルはシャナに対する怒りで肩を小刻みに震わせていた。

 

時を同じくして、御崎市の頂点とも言える一番高いビルの屋上に直立する一人の女性の姿がある。
そう、ここは数日前、"狩人"フリアグネ一党と戦闘を繰り広げた舞台だった。
その女性のは、非常に奇妙な格好をしていた。
丈長(たけなが)のワンピースに白いヘッドドレスとエプロン、編み上げの長靴……まっすぐ伸ばされた背筋も含めたその姿は、いわゆるメイドと呼ばれる種類のもの。
それが、唐草模様の風呂敷包みを背負っている。いまどき見ない出で立ちだった。

「"徒"の気配を感じないであります。」

「索敵」 

メイド服の女性とは違う、別の女性の声がぶっきらぼうな口調で続ける。
その声の主の姿はここにはなかった。

「………どうやら、ここに拠点を張っていた"王"は討滅されたようでありますな」

「肯定」

「しかし、どの討ち手でありましょうか?気配をまったく感じないのであります。」

「不明」

「もうしばらく、この街で情報収集に努めるのであります。」

「了解」

二つの声と一人の姿の女性は屋上をしばらく眺めると、その場から姿を消した。

 

時刻は午前十二時を過ぎたあたり。
今は昼休みだ、シャナのいない学校はわりかし平和なもんで、今までシャナのフレイムヘイズ特有の威圧感と存在感によって畏縮してしまっていた教師たちも息を吹き返したようだ。
しかし、平和といってもまったくの平和ではなかった。
四時間目の途中、ある生徒が呟くようにポロリと漏らしたのがきっかけだった。

「あの先生、平井さんにあれだけ言われたのにまた意味ない所が空いてるよ。ベルペオル先生に代わってくれないかな……」

黒板には意味のない所が空いた穴埋め問題が書いてある。
呟くように吐き出された一言を聞き、間違いを指摘された英語教師は振り向いた。

「誰だ、いま言った奴は!!」

この英語教師はシャナがいるときは、ベルペオルに授業の丸投げをしていた馬鹿の一人である。
教師は怒りに任せて怒鳴りながら、声のした方向に歩いていく。

「「「「「「…………………」」」」」」

英語教師の向かった先にいる生徒達は事実なので黙って知らない振りをしている。
それも、この無能な英語教師は気に食わないのか血眼にして犯人を捜し出そうとしていて、見た感じこのままいけば体罰も辞さない覚悟のようだった。
悠二もさすがにそれはまずいだろと思ってそれを止める。

「先生、そうカリカリしないでください。実際事実なんですから仕方ないでしょう?」

悠二の言葉を聞いてクラス中に、堪えるような笑いが起こった。
英語教師はこれにも腹を立てると矛先を悠二へと変えて、悠二の方に歩み寄って左手で胸倉をつかみ叫んだ。

「坂井、貴様ッ!!」

叫びと同時に拳を作って右腕が振り上げられるが、その拳が悠二を襲うことはなかった。
ドゴッ、と教室中に破壊音が響く。
音のほうに教師や悠二を含め皆が首を向けた、音の発信源と思われる後ろの壁にはベルペオルの左腕が肘の辺りまでめり込んでいた。
腕を壁から引き抜くと、刺突(しとつ)されたような形でベルペオルの腕とまったく同じサイズの穴が、ぽっかりと口を開けていた。
ベルペオルは引き抜いた自分の腕だけ見て告げる。

「そこの愚者、その汚い手を私の悠二からお放し」

ベルペオルは視線を英語教師へ移すと、彼女が放つ殺気で教室の大気が凍りつく。

「さもなくば、私の腕が次に貫くのは壁じゃないよ………ここまで言えば、どうすればいいか分かるね?」

英語教師は必死で首を縦に力いっぱい振った。

「ふむ、では後の時間は私が引き受けるとしようか、異論はないね?」

英語教師は再び首を立てに振ると、自分の荷物を持って一目散に教室から去っていった。
教室中が歓声に湧く、ベルペオルの智者の辛辣(しんらつ)さに満ちている態度に、同姓の女生徒達からも熱い視線が送られていた。
悠二はベルペオルの力にクラスメートたちが恐れを抱くのではないかと、心配していたが要らぬ心配で終わったようで安心していた。
しかし今、それとは真逆の視線が自分の背中に突き刺さるので非常に痛い。
ベルペオル、池、佐藤、田中、吉田さん、と自分を含めた六人で昼食の弁当を食べているのだが、ベルペオルの発言の「私の悠二」の部分に激しい追及が飛んできている。

「なぁ?坂井、お前は本当のところ、ベルペオル先生とどういう関係なんだ?」

池が面白そうに聞いてくる。

「えっ!!い、いや別に前に話した通り、普通に外国から来た親戚だけど……」

「普通に外国から来た親戚ねぇー……そのわりには随分と仲がよさそうにみえるけどな」

悠二の答えを聞いた、佐藤が面白半分でちゃかしてくる。
田中も佐藤に続いて口を開いた。

「だよな、じゃなきゃ「私の」なんて言わないだろ?なぁ坂井、どんな手を使ったんだ?」

言われた悠二は焦りつつ、助けを求めるようにベルペオルに視線を移した。
ベルペオルはにこやかな顔で口の中に残っているオニギリを飲み込み、言った。

「前にもいったろ?あの時は言い方が悪かったかね……もう少し分かりやすく言うとだね」

狭い教室に核弾頭クラスの爆弾を投下した。

「悠二はその全存在を私に捧げ、私も、私の全てを悠二に捧げたのさ。」

教室で、どよめきという名の核融合が始まる。
それもそのはず、はたから聞けばまるで恋人同士の誓いの言葉を聞いたような感じである。
ベルペオルは悠二が本当のことを言えないことを上手く利用すると同時に、言葉巧みに真実のみを話してこの場にいる一人のライバルを牽制していた。
大いに湧く教室の中、ライバルの一人である吉田一美の顔は青く変わっていく。
今にも貧血で倒れそうな顔をしながら悠二に事の真偽を確かめるべく口を開こうとする。
外野のギャラリー達もその様子を察知すると、いちはやく口を噤(つぐ)んで、静まり返った。

「さ、坂井、君………そ、それは、本当、なんですか?」

聞かれた悠二はなんと返せばいいか困った顔をして考える。
本当か嘘かと問われれば本当だった。前にもベルペオルが言った通り、互いに永遠を誓って自分の存在の全てをベルペオルに捧げ、ベルペオルの全てを貰った、これは紛れもない事実である。
しかし、フレイムヘイズのことを言うわけにも行かず再びベルペオルに視線を移すと、私は間違った事は言ってない、と眼だけで訴えてくる。
ベルペオルの意見を否定すると、拗ねて口を聞いてもらえなくなるので肯定することにした。

「え、えーと、ベルの言ってることは………本当なんだけど……」

「…………」

教室の空気が先ほどの四時間目以上に凍る。
吉田は沈黙してこの世の終わりというような顔をした。
今にも泣き出しそうなその顔を見て、慌ててフォローを入れる。

「あっ、でも、でもね、吉田さんや皆が思ってるような意味じゃないから」

じゃあどういう意味なんだよ?と外野の視線が痛いのだが、それはあえて気にはしない。
今にも突っ込みが入りそうな間を置いて吉田が口を開いた。

「……し、信じても、いいんですよね?」

「う、うん」

「わ、私、ぜっ、絶対に、負けませんから」

「え、あ、は、はい」

二人の会話を聞いていたベルペオルは、椅子から立ち上がると、なんとも間抜けな返事をした悠二を強制連行して教室を出て行った。
教室は再びどよめきとに包まれ、残っていた彼女に視線が集中した。
すると吉田も、ハッ、と我を取り戻したようで真っ赤になった顔を机に伏せた。
その後、ベルペオルによって一言多いと、こってりと絞られた悠二が教室に戻ったときにはいつもと変わらない状態にまで戻っていた。

 

時計の針はさらに進む。
今は放課後、吉田一美は坂井悠二を探していた。
紅い夕日の射し込む教室には、まばらだが生徒たちが残っていて、その中に悠二もいた。
一緒に寄り道をして帰ろうと誘うためである。
今日は職員会議があるためにベルペオルが隣にいないのも、すでに確認済みであった。
意を決して、想い人である悠二に声をかけようと彼のもとまで近寄っていくが、ベルペオルの声が廊下から響いてきた。

「悠二、ちょっといいかい?」

「ベル、どうしたの?」

ベルペオルは吉田を一瞬だけみて続けた。

「いや、千草が今日は真っ直ぐ寄り道せずに帰ってきなさいって言っていたよ。私は職員会議で遅くなるから、絶・対!真っ直ぐ帰るんだよ。…………それと、おチビちゃんとは別の同業者の気配を感じるね、気をつけるんだよ悠二」

「分かったよ。子供じゃないんだから二度いわないでもいいって。それじゃあ僕は先に帰るから、ベルもあまり遅くなるようなら電話してね」

「ふむ」

悠二はベルペオルにそういい残して教室から去っていった。
その悠二を見送った後、ベルペオルは吉田の方に近寄っていくと、彼女の耳に自分の唇を近づけてはっきりと言った。

「渡しはしないよ。悠二は私のものだ」

そういい残すと教室の扉の方に向けて足を進める。
その背中に向かって、吉田は声を投げる。

「そ、そんなの、坂井君が決めることだもん」

ベルペオルは振り返りもせず、フッ、と鼻で笑うと教室からその姿を消した。
その頃、悠二は靴を履き終えて、丁度校門を潜ったあたりであった。
確かに、ベルペオルから言われたとおりシャナとは別のフレイムヘイズの気配を感じていた。力からしてシャナよりは遥かに強い、実際に戦ってみないと分からないが感じる気配からしてシャナとは比べ物にならなかった。
まぁ、あちらに自分とベルペオルの存在は宝具『タルタロス』の力によって知られてはいないはずなので、特別に気にすることもこれといってない実際に面と向かって出遭ったりしない限り大丈夫のはず。
そう考えて家へと足を進める。
しかし、思うようにことが進まないみたいで学校と家の中間地点でフレイムヘイズとは別の"紅世"の気配が一気に膨れ上がった。
地面には火線が走り、陽炎のドームが形成される。封絶だった。
悠二は急いでその気配の元まで行くと、そこには存在の力を必要以上に搾取している"燐子"の姿がある、どうやら主の"王"を失った"燐子"のようで、乾いた喉を潤おすかの如く存在の力を人間から奪っていた。
そいつは先日倒したフリアグネの"燐子"らしい、悠二の身長の軽く倍はある。
最初にシャナと出会った時のと同じ、巨大な体躯を誇る三頭身の人形の化け物だった。

「クソッ、何でこんなときに!!フリアグネはあの他に、町にも"燐子"を潜ませていたのか!!」

悠二は思わず悪態つく。
自分とは別のフレイムヘイズも気づいたようで、その気配が物凄いスピードでこちらに迫ってきた。
だが、そのスピードをもってしても目の前の人間から伸びた存在の力は"燐子"の口へと伸びて間に合いそうもない、かといってフレイムヘイズの姿になるわけにもいかずに『タルタロス』の封印をそのままに"燐子"の頬に向かって思い切り蹴りを入れる。
しかし、ボゴッ、と鈍い音がして頬が凹み顔の向きを変えただけで一時的な時間稼ぎに過ぎなかった。

「邪魔を、するなぁーー!!」

"燐子"は右の巨椀を振り上げ、着地した悠二へと拳を振り下ろす。
それを悠二は、"燐子"の左側に低くすばやく飛んで交わすと、巨大な体を支える足、右膝の裏側に蹴りをいれて体勢を崩させた。

「チッ、力が使えないとここまでが限界なんだけど……」

片膝をつく人形は、悠二のほうを見て再び攻撃を開始する。
悠二に交わされ地面に突き刺さっている拳を、地面を引き裂きながら悠二のほうに腕の伸ばした状態で振ってきた。
本当にいつもの癖というのは恐ろしい、悠二は普段の戦闘において『タルタロス』によって防御を行う、だが今はフレイムヘイズの力を封印したままなので、『タルタロス』がなかった。
それが仇となり適正な対応が遅れる。
気付いたときには、もうすでに巨腕が目の前にまで迫っており交わしきれそうもなく、両手でガードしつつ後ろに思い切り飛ぶことによって衝撃の緩和に努める。

「ぐあっ!!」

巨腕が悠二を吹っ飛した。
飛ばされた悠二は意識が一瞬もっていかれそうになるが必死に堪えて、地面の激突に対する衝撃に備えるが、それは襲ってこなかった。
無数の白いリボンのネットに体を包まれたのである。
そのリボンの一端を、丈長(たけなが)のワンピースに白いヘッドドレスとエプロン、編み上げの長靴を身に着けたメイドが握っていた。

「"燐子"を確認したのであります」

「討滅」

「分かってるのであります」

シャナとは違う別のフレイムヘイズが目の前に立っていた。
悠二は、その格好に唖然として口を開いた。

「えっ!?」

声を聞いた彼女は悠二のほうを一瞬だけ見て言った。

「聞きたい事もいろいろありますが、今は先にやることがあるのであります」

「優先事項」

すると、ひらり、と、風に混じるような、リボンが数本、先ほど悠二を衝撃から救ったリボン、それが突然、動きの軌道を変えて"燐子"の両手両足首に絡みつき、それを持ち上げると一回地面に強く打ち付けてコンクリートの塀へ凄いスピードで放り投げる。
しかし、両手両足首に巻きついているリボンは解かずそのままにしている。

「うあっーーっ!」

飛ばされた"燐子"は子供のような高い声を上げた。
悠二はその光景をみて、悠二は自分と強さの比較をしていた、とうぜん彼女はシャナよりは遥かに強いとそう思った。
思う間に、ガン、と容赦なく"燐子"はコンクリートの塀に叩きつけられ、声が漏れていた。

「ぐ、がはっ!?」

塀は壊れて"燐子"はコンクリートの欠片に埋もれているが、それもほんのわずかな間で、彼女のリボンに引き寄せられ新たな塀へと叩きつけられる。
ガン、と道を挟んで反対側の塀が先ほどと同じように音を立てて崩れた。
"燐子"はコンクリートの欠片を退かし、自分とメイド服のフレイムヘイズの元へと猛進してくる。
彼女はフリル付のエプロン、その後ろにある結び目あたりから、新たな一条のリボンを伸ばし槍のようにして硬質かさせるとそれを"燐子"に放ると同時に、これで最後と言わんばかりに"燐子"の両手両足首に絡みつくリボンを高速で引き寄せる。
だか引き寄せられたそれは、嫌な笑みを浮かべて口から薄白い炎弾を放った。

「くらえぇーーー!!」

彼女と彼女の内なる王は驚愕の声を上げた。
もちろん悠二もこれは予想していない出来事で、驚きの表情をしていた。

「むっ!」

「驚愕」

もともと、"燐子"の使う炎弾は存在の力を使って放たれる、だが主の"王"が討滅されたいま、存在の力を自分に足すことのできない"燐子"が炎弾を放つことは己の力を薄める自殺行為でまったくの予想外だった。
彼女は両手両足首を縛るリボンを解き回避しようとするが、間に合わずに炎弾をリボンの盾で直撃を防ぐと、衝撃で吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされる先にある後方の塀からは、"燐子"の直撃を受け、崩れたコンクリートから鋭利なまでに伸びた鉄骨が彼女のほうを向いていた。

「あぶないっ!!」

悠二は宙を飛ぶ彼女を抱きとめて自分がクッションの変わりになるよう塀に蹴りをいれ衝撃を緩和した。

「大丈夫ですか?」

驚いたフレイムヘイズのメイドは目を大きく見開いて自分を見つめていたが、別の女性の声に一喝され正気にもどる。

「姫!」

「むっ……あ、ありがとうなのであります」

「はい」

悠二はにっこりと笑って言葉を返した。
彼女は顔をやや朱に染めると、急いで自分の足で地に立つ。

(む、む、む、む、むっ………あの笑顔は破壊力抜群であります……)

(衝撃)

地に立った彼女は炎弾の衝撃で汚れた服を軽く叩いて、口を開いた。

「ティアマトー本気でいくのであります。神器"ペルソナ" を」

「了解」

メイド服のフレイムヘイズは、自分の頭にある白いヘッドドレスを外して、それと同時に形状を変化させた。
顔全体を覆い白く尖った狐のような仮面に、縁から無数の白いリボンが噴き出す。
それを自分の顔に装着して、彼女は"燐子"の方におびただしい数の、先を硬質化させたリボンを伸ばす。
ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、と伸ばしたリボンに巨躯を貫かれて"燐子"は悲鳴を上げる。

「んぎっぎぁあぁーーーー!!」

リボンに貫かれた場所から薄白い火の粉が散るが、"燐子"のこの世界への執着とも言える生への執念はすさまじく、余り残されていない存在の力を削ってまで炎弾を放つ。
だが、本気になった彼女の前にはそれが全て無駄に終わった。
仮面から伸びるリボンを自分と悠二を包むよう、半球状に高速回転させて炎弾の全てを防いだ。

「止めであります」

「決殺」

二つの声が、"燐子"の消滅を宣告する。
メイドの仮面から伸びる万条とも呼べるリボンの全てが"燐子"へと向かって、伸びて貫き、絡めて引き裂き、巻いて絞め斬る。
怒涛の攻撃を受けた相手は、巨躯の貫かれた傷口、引き裂き、絞め斬られた肉片、その全てから無数の薄白い火の粉を散らして霧散した。
"燐子"の討滅を終えたメイドは、封絶内の修復をしてそれを解くと悠二に向かって口を開いた。

「聞きたいことがあるのであります。」

「いっ!?」

悠二はかなり焦っていた。
ようやく、シャナの監視から開放された矢先にこれである。
質問の内容はだいたい想像ができている。
『零時迷子』やベルペオルのことを話してもいいが、シャナの時と同じく監視されるのは絶対に嫌なので適当に嘘をついて誤魔化すことにするが、なかなか上手い案を思いつかない。
このまますんなりと逃がしてもくれないだろうし仕方なく、時間稼ぎのつもりで言ってみた。

「えーっと、とりあえず急いでるんで歩きながら話しませんか?」

「では、付いて行くのであります。」

二人で三人の奇妙な格好をした集団は歩き出す。
他の人達から見れば、高校生がメイドを従えて下校しているようにしか見えない、隣を歩くフレイムヘイズのメイドは平然と歩いている。
この際、周囲から向けられる好奇の視線は、とりあえず置いといて質問されるであろう事の答えを考える。
そのうちすれ違う人も少なくなっていき、最後には二人だけになった。

「それではよろしいでありましょうか?」

「はい………えーっと聞きたい事があるんですよね?」

「そうであります」

「なんでしょう?」

「なぜ、封絶の中で動けるのでありますか?」

思ったとおりだ、紅世に関する者ならシャナやアラストールがそうであったように皆が抱く疑問なのだろう。
普通の一般人が封絶の中で動いている、それは考えられないことで、もちろん悠二は一般人ではなく、れっきとした"逆理の裁者"ベルペオルのフレイムヘイズ、"因果の操り手"なのだが、今は『タルタロス』の力で異能を隠しているため一般人にしか見えないのだ。
さて、どうするかと考えているうちに一つの名案が浮かんだ。

「『外界宿』(アウトロー)って分かりますか?そこの構成員で坂井悠二っていいます。まだ入ったばっかりでこちらのこともあまり詳しくなくて……あははは」

「…………」

悠二は少し苦しかったか?と思いながらも笑ってごまかそうとする。
対する彼女は、答えずに沈黙して無表情のまま顔を朱に染めて悠二を見つめているだけだった。
トリップ寸前の彼女に仮面からヘッドドレスに戻されたもう一人の女性が回りに人がいないのを確認して呼びかけた。

「姫」

「む!」

「えーっと、聞いてました?」

悠二はまた笑顔で話しかける。

「き、聞いていたのであります。『外界宿』(アウトロー)の構成員だったのでありますか……それならば封絶の中で動ける者もいるのでありましょう」

この言葉に悠二は内心ほっとして続ける。

「それで、貴方ともう一人の名前は?」

聞かれた彼女は慌てて答えた。

「ゴホン、私は"紅世の王"の一人、"夢幻の冠帯"ティアマトーのフレイムヘイズ、"万条の仕手"ヴィルヘルミナ・カルメルが、その呼び名であります」

彼女は自分のヘッドドレスを取ると悠二に見せ、先の戦闘の時にも何度か聞いた別の声が自己紹介を始める。

「初見披露」

「今の声が我が身のうちにある"紅世の王"ティアマトーのものであります。非常に無愛想な、でもいい奴なのであります。」

悠二は再び二人に笑顔を向ける。
ヴィルヘルミナはその笑顔をみて、また表情を変えず顔の色だけを変えて思っていた。

(……あっ!……ま、また、この笑顔であります……………)

かつて自分がとても嫌な奴に抱いていた想いと同じ、それ以上に熱い想いが心に芽吹いたのを感じた気がした。
そんな、ヴィルヘルミナの気持ちを悠二は知るはずもなく彼女にお礼を言った。

「カルメルさん、最初に僕が"燐子"に飛ばされたところを助けていただいてありがとうございます。ティアマトーもありがとう。」

「…………」

「謝礼無用」

ヴィルヘルミナの代わりにティアマトーが答え、彼女は自分の契約者に呼びかける。

「姫」

「あっ……私のほうこそ……その、あ、ありがとうなのであります。あのままいけば私の体はあの鉄骨に貫かれていたでありましょう。"燐子"と油断していた結果があの有様では……フレイムヘイズとしてあまりに情けないであります。」

そう言ったヴィルヘルミナは表情は今まで通り無表情のままだがどこか気落ちしているようにも見えた。
なので、悠二は元気付けるために言葉を掛ける。

「そんなことないですよ。僕は背中を合わせて一緒に戦ってみたいと思いましたよ。お互いにカバーしあえるじゃないですか」

悠二の彼女を元気付けるための何気ない一言にヴィルヘルミナは不思議そうに聞き返してきた?

「背中を合わせてでありますか?」

「摩訶不思議」

悠二は二人の言葉で、自分が決定的なミスを犯したのに気がついた。
今は『外界宿』(アウトロー)の構成員を偽っていて、いくら紅世に関わっているとはいえ『外界宿』(アウトロー)の構成員でも、フレイムヘイズではない限り戦うことはないのだ。
自分で自分の首を絞めてしまった、この状況を嘆きながら苦し紛れの言い訳を口にする。

「あ、それはですね。背中を合わせるって言うかですね『外界宿』(アウトロー)構成員として、フレイムヘイズに付いて世界を回って常用収集とか色々お手伝いできればいいなと思って言ったんですよ………まだ入ったばっかりの新人なんで先の見えない夢かもしれませんけどね」

悠二は二人の顔色を覗くように見る。
どうやら、『零時迷子』やフレイムヘイズであることは疑われてないようだ。
心の中で大きなため息を一つ吐いて再び笑って彼女を見ると、ヴィルヘルミナと目が合い見詰め合ってしまった。
思わず二人とも声が漏れる。

「あっ……」

「む、む、むっ」

悠二は先の件の発覚を恐れて声を漏らしたが、彼女は違ったようで顔色だけ再び朱に変える。
そんな彼女に身のうちにある"王"は告げた。

「赤面確認」

それを聞いたヴィルヘルミナはどういうわけか、自分の頭をゴンと叩いた。
悠二はそれをみて噴出しそうな笑いを必死に堪えて口を開く。

「それじゃあ、もうそろそろ家も近いので辺で………あっ、そうだ、もし機会があればまた会えると思いますからその時はいろいろお話を聞かせてください。」

悠二はそういって笑い、頭を下げると走り出した。
残されたヴィルヘルミナとティアマトーは悠二の背中を目で追いながらその背中が消えると、振り返り今まで歩いてきた道を戻る。
戻りながら、かつての大戦の戦友の言葉を思い出し、自分の中で言葉を紡ぐ。

「………マティルダ・サントメール………貴方の言っていた少年は………彼でありましょうか………」

嬉しそうな、でも少し複雑そうな彼女の心境を読み取って、ティアマトーは言った。

「心情整理」

「分かっているのであります」

そして、悠二の背中が消えた方へと眼を向けて、自分の目を疑った。

「むむむむむっ!!あ、あれは……」

「姫?」

ほんの一瞬だけではあるが、ありえないはずの、『星黎殿』(せいれいでん)にいるはずの、いけ好かない女の姿を見た。
紅世の気配は感じはしない、だがその女に余りにも似すぎている女性、纏っている雰囲気はまったく同質のものだった。
ヴィルヘルミナは走ってその場所へ戻る。
その女が消えた方を見るが彼女の姿はない、自分の契約者の行動を怪訝に思った頭のヘッドドレスから声が漏れてくる。

「姫?」

「…………"逆理の裁者"を、ベルペオルを、見たのであります」

しばらく沈黙の後にヴィルヘルミナは言った。

「気配皆無」

「それは分かっているのであります……………ティアマトーもうしばらくこの街に留まり情報収集に努めるのであります」

「了解」

ヴィルヘルミナはメイド服のスカートの裾を持つと、凄いスピードで駆けてゆく。
だが、結局この日、彼女の思っている女性の姿を発見することはできなかった。
そして、この地に留まるためにホテルの一室を借りて、そこで数日を過ごすことになるのだった。

 


≪あとがき≫
第二章[癒える心] 六話【出会った二人】 完成しますた( ゜ω゜)b
ついに、第二のヒロインのヴィルヘルミナ・カルメルさん登場です。
わたくしチェインの中では、ベルペオルとヴィルヘルミナは同等に扱っていきたいと思っております(*ノノ)
かなりハイスペックな御二方なので、上手く扱いこなせるか謎なわけですけど………Orz
まぁ、のちのち自分の首を絞めないかが一番心配です(゜Д゜;)
原作のヒロインのシャナと吉田さんをそっちのけで何やってんだよ!的な意見は平に、なにとぞ平に、ご容赦くださいまし( TДT)
六話を読んでくださった方からは、"虹の翼"メリヒムとはどうなってるの?とかそんな意見も飛び出しそうですが………それはのちのちに上手く処理していこうと思っております。
それはさておき、第二章六話【出会った二人】はいかがだったでしょうか?面白かったですか?
もしそうでしたらご意見ご感想をお聞かせいただけると幸いです。
それでは、次回、七話のあとがきでまたお会いしましょう                          ( ゜ω゜)/~ See you


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