時は流れ、クラス代表決定戦当日。

あかりは箒と共にIS学園アリーナの待機室に居た。
部屋に備え付けられているモニターには、一夏とセシリアが戦っている様子が映し出されている。
戦いの様子は、誰がどう見ても一夏が押されているように見える。
実際、一夏は初心者にしてはよく動いている方だが、やはりISの習熟度という壁は分厚いらしく、セシリアにまともな反撃をすることが出来ないでいる。

「一夏……!」

箒がその光景をモニターで見ながら、胸の辺りで手を握り、祈る。

どうか、どうか一夏が勝てますように。

当然、二人の戦いの後に、どちらかと戦うあかりも戦いをモニター越しにじっと見ていた。
しかし箒と違い、あかりが見ているのはセシリアの方であった。


※ ※ ※


「あら、あなたはあなたなりの努力はなさっているのですね。まぁ勝つのはわたくしでしょうけど」

数が少ない訓練機をなんとか借りることができたあかりは、アリーナにて訓練を開始しようとしていた。ちなみに一夏は、箒に剣道で文字通り叩き直されている最中だろう。
ISの訓練はしなければまずいのではと思い、それとなくそれを箒に物申したあかりだったが、箒の放つ気迫があまりにも人間離れしていたためすごすごと自分だけがアリーナへ来たというわけだ。
さすがのあかりも、乙女の恋路を邪魔することは無理だった様子。
そしてそんなあかりに対し、同じく訓練をしようとしていたのかアリーナに立ち寄ったセシリアがかけた言葉が先ほどの物であった。
当然、あかりはその言葉を無視。
一夏であったなら、反論するなり怒るなりしていたのであろうが、生憎あかりはそのような嘲笑の言葉を真に受けるほど子どもではなかった。
反論してくるなり、何かしらの反応をするだろうと予測していたセシリアは、そんなあかりの反応に肩透かしを食らってしまう。
そして、それが気に食わないのかその表情に不機嫌さを隠そうともしない。

「ふんっ、わたくしの言葉に言い返そうという気概も無いということですか。これだから男は……」

端から見れば、子どものように突っかかってきたセシリアにあかりが大人な対応をしたと言うだけで、実際そうであったのだが、セシリアにとってはそうではなかったらしい。
しかし、反応が無い相手に何時までも突っかかるほどセシリアも馬鹿ではない。
未だに訓練を続けているあかりから離れ、セシリアは自分の訓練を開始した。

セシリアの訓練は、すっかり陽が傾きあかりが訓練を切り上げる時間になってもまだ続いていた。
額どころか顔中、それどころか肌が見えている部分で汗にまみれていない部分は無く、浅い呼吸を短い間隔で繰り返す状態だ。
体力の限界を超えた訓練を自身に課していると言うことは誰が見ても明らかだった。
訓練の密度は無いよりあるほうがいい。訓練の時間は短いより長いほうが当然いい。
しかし、彼女の訓練は明らかに自身の限界を大幅に超えている。やりすぎなのだ。
これではむしろ体を壊し、今までの訓練の成果を水の泡にしてしまいかねない。

あかりも昔は、やればやるだけ強くなれると思っていた。
たとえ体が限界を叫ぼうと、叫ぶ体に鞭を打たねば強くなれないと信じていた。
その結果、彼は痛い目を見ることとなる。
その経験ゆえか、今のセシリアを放っておくことが出来なかった。

未だに空中で浅い呼吸を繰り返すセシリアの元へ、あかりは飛んでいった。

「オルコットさん、それ以上やってもむしろ毒にしかならない。今日はもう休んだほうがいいよ」
「……なんですの? あなたに他人を心配している余裕がありまして? あなたはわたくしとも戦うんですのよ?」

あらかじめあかりは予想していたが、やはりセシリアはあかりの忠告を聞き入れようともしなかった。
未だに浅いが、先ほどよりは呼吸が落ち着いてきたため、セシリアは訓練を再開させようとする。
しかし、あかりがセシリアの腕を掴み、無理やりにでもとめる。

「っ!? 邪魔をしようというのですか!?」
「そんなつもりは無いさ。ただ、あまり無理して体を壊して、それを理由に負けたんだなんていい訳をされたくは無いからね。止めさせてもらうよ」
「あなたはわたくしを馬鹿にしていらっしゃるのですか? わたくしがそのような見苦しいマネをすると思いまして?」
「思ってないさ。でも勝負は万全の体制で万全の体制の相手と戦わなきゃ意味がないと思ってね」

しばらく、あかりとセシリアは互いを睨み合う。
やがて、セシリアの腕の力が抜けたことを感じたあかりは、掴んでいたセシリアの腕を放した。

「まったく、訳の分からないことを……まぁ、これ以上やろうとして邪魔をされても困りますし、今日は致し方なくここまでにしますわ」
「それがいいよ」

言葉を交わしながら、二人はアリーナの地面へと降下していく。
そして、地面につくと同時にセシリアはISを待機状態に戻す。
あかりが現在纏っている打鉄は学園から借りた訓練機であり、脱ぐには一度ピットに戻る必要があるため、そのままだ。

「まったく、おかしな男ですわね、対戦相手……しかも自分より格上の相手の心配なんて」
「おかしいかぁ……よく言われるよ。親友が言うには、僕の半分はおせっかいで出来てるらしいし」
「そうですか。まぁどうでもいいことですわ。いいですこと? 今回は聞き入れますが、次からは邪魔はしないでくださいませ。問答無用で撃ち抜きますわよ」

セシリアはそう言うと、あかりに背を向けてアリーナを立ち去ろうとした。
そんなセシリアの背中に、あかりが声を投げかけた。

「どうして君はそこまで自分を追い込んでるんだ?」

あかりから見て、セシリアの自身の追い込み度合いは尋常ではなかった。
まるで、そうしなければ取り返しがつかないことになる……そうやって自己暗示で自分を追い込んでいるように感じられたのだ。
あかりの言葉に、セシリアは答えない。
だが、アリーナを立ち去ろうとした足は止まっていた。

「……どうして……ですか」

そう誰にでもなく呟くと、セシリアはあかりに方に振り向き、こう言った。

「わたくしは、どうしても強くなければならない。どうしても強くあらねばならないのです。まぁ、あなたに言ったところで理解は出来ないと思いますが」


※ ※ ※


(強くなければならない……強くあらねばならない、か。一体何が彼女をそこまで駆り立てるんだ)

あの日から、あかりの脳裏に彼女の言葉がこびりついて離れなかった。
他人の事を考えている暇は無いと分かりきってはいるものの、どうしても気になってしまう。
気にしないようにしようと意識すればするほど、それは脳にしがみつき、離れようとしない。
一種の悪循環である。
そして今も、モニター越しのセシリアを見ながらあかりはセシリアの言葉の意味を考えていた。

「っ! 一夏!!」
「!?」

しかし、その思考も箒の悲痛な叫びで中断させられる。
モニターのセシリアに集中させていた視線をモニター全体に移すと、セシリアの前方で爆発が発生しているという光景が映し出されている。
それだけで、あかりは何が起こったかを理解した。
一夏がセシリアからの一撃をまともに喰らってしまったのだ。
しかし、未だに試合終了の合図は出ない。
つまりまだ一夏は負けていない。

あかりの予想を裏付けるかのように、爆煙が晴れたそこには先ほどまでの白よりなお白い装甲に身を包んだ一夏がいた。

『まさか、一次移行(ファーストシフト)!? あなた、まさか今まで初期状態で戦って……っ!?』

一夏は、動揺を隠せていないセシリアの声を無視し、自身が纏うISを眺める。
そして、顔をあげた一夏は……不敵な笑み。

『……俺は、最高の姉と、最高の師匠を持ったよ。まあぁ、師匠ってのは俺が勝手に思ってるだけだけど』
『あ、あなた、いきなり何を』
『そんな二人の名前に泥を塗るようなマネはしたくないなって事だよ!!』

そう言い放つと同時に、一夏が手にしたブレードが変形、エネルギーの刃を形成する。
そして、変形したブレードを振りかぶり、一夏はセシリアへと向かっていった。

『っ!』

セシリアはそれを回避しようとしたが、突然起こった形態移行に意識を奪われていたせいか、動きが鈍い。
そして、一夏がブレードを振り下ろそうとした瞬間。

『勝者、セシリア・オルコット』

『『……は?』』

突然のセシリアの勝利判定。
試合を観戦していた生徒はもちろん、試合を行っていた当人達でさえ何が起こったのかわからない。
当然、モニターで試合を見ていた箒も何が起こったのかわからず、開いた口がふさがらない状況だった。
しかし、この試合を見ていた中であかりと千冬だけは何が起こったのかを正確に把握していた。

そして、二人は奇しくも別々の場所で、頭を抱えるという同じしぐさをした後、同じ事を同じタイミングで呟いていた。

「「調子に乗ったな」」

一夏のIS、白式が一次移行をした際、一夏は自身でも気がつかずに左手を握っては開くという動作をしていた。
それは昔からの彼の癖。彼が調子に乗ったとき、無意識に行う動作だった。
たいていの場合、そのしぐさをした一夏はここ一番という場面でミスをするのだ。
それを目ざとく見つけていたあかりと千冬は何が原因であるかまでは分からなかったが、一夏が高い確率で負けるということは予想していた。
しかし、二人でも予想外だったのは、

「でも一夏、まさか自分の武装を使おうとしてエネルギー切れになったから負けって言うのは、さすがに予想できなかったよ」

モニターの下で、二つの数字が記されている。
一つはいまだ三桁の数値を残しており、もう一つは0。
当然三桁がセシリアのISのエネルギー残量であり、0が一夏のISのエネルギー残量である。
一夏がエネルギーの刃を形成しだしてから、白式のエネルギーは高速で減少していた。
それを把握できなかったため、エネルギーが尽き、一夏は負けてしまったのだった。


※ ※ ※


「あそこで持ち上げておいてこの様か。自らの武装の特性を確認せずに使うからこうなるのだ、馬鹿者め」
「……返す言葉もありません」

ピットに帰ってきた一夏を迎えたのは、代表候補との健闘をたたえる言葉ではなく、不機嫌な千冬による容赦ない駄目だしだった。
それを、何故か白式を身につけたまま正座をして聞いている一夏。
端から見ればシュール以外の何者でもない。
なお、千冬がややご機嫌斜めなのも無理は無い。
ここ一番というところで、一夏は自身の姉の名をだし、泥を塗るようなことはしないと宣言した矢先に、自らの過失によるエネルギー切れでの敗北だ。
自身の名を出された当初は、嬉し恥ずかしといった様子だった千冬も、この結末にはお冠であろう。
ちなみに、同じタイミングで言われていたもう一人は、一夏の師匠が誰かなどはほとんどの人が分かるはずが無いということを知っているため特に一夏に何かを言う気は無かったりする。

それからしばらくの間、千冬による一夏へのお小言は続いていたが、それを続けてもどうしようもないということで適当なところで切り上げられた。

「さて、東堂。お前のISは……」
「あの、まだ着いてないです」
「何?」

あかりの言葉に、千冬は眉をしかめる。
確かに、あかりのISが搬入されたという知らせは受けていない。
かと言って、今から学園のISを借りるのにも手続きに時間がかかる。
あかりに専用機が与えられ、なおかつさすがに試合まで、それが無理でも一夏の試合中に届くだろうと予想し、万一のための貸し出し手続きをとっていなかったことがあだとなった。
つまり、少なくとも今日はあかりは試合が出来ないということだ。
千冬はこめかみを指で揉み解しながら、深いため息をつく。

「……仕方あるまい。無いものをいくらねだろうとどうしようもない。試合は明日に持ち越すことにしする。山田先生、観戦している生徒達に知らせておいてください」
「あ、はい、分かりました」
「でも貴文……どうしたんだろ?」

ピットから立ち去る真耶を視界の隅に収めながら、あかりは自らのISを用意しているはずの親友に向かって、届くはずの無い声を投げかけていた。


※ ※ ※


件の人物はというと。

「……ふぅ、これでよしっと。うんうん、『これ』はだいぶこだわったからね、やけに時間がかかっちゃったなぁ。でもきっとあかりんも『これ』の出来には大満足さ! さて、あかりんにこれを届け……あ」

今の今までISに向けていた視線をふと時計に向けると、時計が示す時刻は、ISの搬入予定を大きく過ぎていた。

「……ド、ドンマイ!!」

顔中に脂汗をたらしながら、貴文は誰にでもなくサムズアップし、そう言い放った。



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