放課後、あかりたちの姿はアリーナにあった。
いつも通り、ISの訓練をするために来たのだが、今日に限ってはいつもとはまた違った光景が見られる。

「だから、どうしても一夏が僕やセシリアに勝てないのは射撃武器の特性を把握してないからだよ」

いつもであれば、一夏は箒か鈴音と模擬戦をし、ほんのたまにセシリアやあかりと模擬戦をするといった訓練メニューだったのだが、今日はシャルルが一夏に教鞭を振るっている。
そして一夏はそれを熱心に聞いているのだった。
その様子を見ている箒と鈴音の機嫌は斜め気味。
一夏に教えているのが女子ではないだけまだ彼女らの機嫌もマシなほうだ。

「武器の特性?」
「そう。一口に射撃武器って言ってもいろんな種類があるんだし、それぞれが違った特性を持ってるんだ。それを知れば対処の方法も自ずと見えてくるんだよ」
「そういわれてもなぁ、こっちに向かって撃ってくるって言うのは同じだろ? それぐらいだったら俺でもわかるって」
「それは分かったつもりになってるだけだよ……」

一夏の返答にシャルルが肩を落とす。
しかし気を取り直し、シャルルは言葉を続けた。

「まぁ習うより慣れろって日本では言うみたいだし、実際に違いとか体験してもらおっか」

そう言うとシャルルは自らのIS、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIの武装の一つであるアサルトライフルを呼び出し、一夏に手渡す。
しかしそれを見て一夏の表情がやや曇る。

「? どうしたの?」
「あ、いや。実は白式って拡張領域(バススロット)がないらしくてさ、せっかくなんだけど使えないんだよ、雪片以外は」

一夏の言葉に暫く無言になったシャルル。
しかし、暫くした後得心がいったのか、再び笑顔でアサルトライフルを突き出す。

「大丈夫だよ。他人のISの武装でも使用許可を出しておけば使えるんだ。このアサルトライフル『ヴェント』も許可は出してあるから問題なく使えるよ」
「へ? そうなのか」
「うん。だからほら、試してみようよ」

一夏は暫く悩んだ後、シャルルがこちらへと差し出しているヴェントを手に取り、先ほどシャルルがアリーナに出現させたターゲットに向かって構える。

「しっかりと脇をしめて、腰に力を入れて構えてね。足は肩幅に開いて……」
「おう、こうか?」

暫くシャルルの指示通りに体勢を整え、やがてシャルルから問題ないとの声が出ると、一夏はそのままヴェントのトリガーを引いた。
放たれた弾丸はターゲットにぎりぎり当たるか、もしくは見当はずれな場所へと飛んでいく。
それを見たシャルルはISの照準補正を使うようにと助言をし、一夏はその指示通りに行動する。
そして再び放たれた銃弾は、ターゲットど真ん中とはいかなくともほとんどが命中判定だった。

「どう? 実際に撃ってみて」
「そうだな、思ったより反動が小さくて逆に驚いた」
「ISからの補助があるからね。それじゃ、今度はこっちを試してみてよ」

そういってシャルルが取り出したのは緑色のボディをした銃火器だった。
今度は一夏もためらい無くそれを手に取り、しげしげと眺め始める。

「それはショットガンの『レイン・オブ・サタディ』。さ、撃ってみてよ」

一夏は先ほどと同じようにサタディを構え、そしてISの照準補正もしっかりと使い、そしてターゲットに向かって撃った。
すると、先ほどよりも大きい反動に襲われ、一夏は驚いた表情を浮かべる。

「どうだった?」
「なんつーか、さっきより反動が強いな、これ。さっきとは別な意味で驚いたぜ」

一夏からサタディを返してもらったシャルルは再び一夏に教鞭を振るい始める。

「実際に試してもらって分かったと思うけど、反動も違うし連射速度も違う、効果範囲も全然違うんだ。最初のヴェントは点と点をつないだ線、サタディは面が効果範囲になってるよ。まぁガルムは線をそのままつないで擬似的に面を制圧できるけどね」
「なるほど……そういわれると確かに違いってあるんだな。じゃあセシリアのレーザーライフルは点が効果範囲か?」

一夏の答えにシャルルは満足そうに頷く。

「うん。でもレーザーは光だからね、弾速はまさに光速だから効果範囲が点でもそれほど問題は無いんだよ。範囲の狭さを速さで補ってるんだ」
「へぇ。じゃあそれ刀で斬ったあかり兄はすげぇんだな、やっぱ」
「うんうん……へ!?」

シャルルはその言葉にうんうんと頷き、しかし聞き捨てなら無い部分があったように感じ、一夏を見やる。
見られた一夏はと言うとシャルルがいきなり自分を見つめてきた事にやや体を後ろにのけぞらせる。
しかし、そんな事は知った事ではないのか、シャルルは一夏に詰め寄るとそのまま肩を掴み一夏を揺らし始めた。

「ねぇちょっとまってよ! 今なんて言ったの!? レーザーを斬った!? 斬ったって言ったよね!?」
「お、おおおおお落ち着けシャルル! 詳しい事はあかり兄かセシリアに聞いてくれって言うか揺れすぎて気持ち悪ぃ……」

一夏の決死の訴えが届いたのか、シャルルは一夏から手を放すとアリーナ隅でシャルル達の様子を見守っていたあかりに詰め寄る。

「あかりさん! 一夏があかりさんがレーザーを斬ったって聞いたんですけど、本当ですか!?」
「レーザーを斬る……?」

その言葉を聞いて、最初あかりは何を言っているのかが理解できなかったらしく、首をかしげる。
しかし、傍にいたセシリアがシャルルの言葉が何を示しているのかを理解し、あかりにそれを伝えた。

「あかりさん、もしかしてわたくしとのクラス代表決定戦の時に見せたあれの事ではありませんか?」
「クラス代表決定戦……あぁ! あれの事か! 確かに見ようによっては斬ったって見えなくも無いかな」
「何でそんな平然と……レーザー斬るってどれだけすごいんですか!!」
「私も前一回模擬戦挑んだら衝撃砲の弾斬られたわ。あれ見えないのに」

話を聞いていた鈴音が話題に乗っかってくる。
シャルルはそれを聞いてめまいが襲い掛かってきたように感じた。
ありえない、そんな話聞いたこと無い。
かの『ブリュンヒルデ』織斑千冬であったら、もしかしたらレーザーを斬るという芸当が出来るのかもしれないが、それを実行したなどという話は聞いたことが無い。
それを目の前の男がやってのけたという。

「まぁ、相手が引き金を引くタイミングと銃口の向きさえ分かれば対処は存外簡単に出来るよ。衝撃砲は空間にかかる圧力の度合いを引き金を引くタイミング代わりにしてさ」
「そんなの普通はできません!!」

もとより、高速で動き回る相手の引き金を引くタイミングなどそうそう見えるものではない。
それが普通なはずなのだが、その『普通』に対する認識がやや揺らいできたシャルルだった。

「ちょっと、あれ見てよ」
「あれって確かドイツの第三世代の……」

そのとき、ふとアリーナにいたほかの生徒が騒がしくなる。
あかりは自分に向けられている視線を辿り、その方向を見る。
そこにいたのは、黒い装甲を持ったIS。

「あれは……ラウラ・ボーデヴィッヒ、だったっけ?」

ラウラはまっすぐにあかりたちの方へと歩いてくると、一夏を睨みながら口を開いた。

「お前も専用機持ちだそうだな」
「なんだよ、いきなり」

自らに放たれる剣呑な空気を肌で感じ、一夏はラウラを見やりながらも体勢を整える。
目の前にいる存在はいわば爆発寸前の爆弾だ。
タイマーは無く導火線も見えない、何時爆発するのかが不明な爆弾。
目の前の少女が何時何をやろうとも反応できるように一夏はやや左足を一歩前に出し、体を半身にする。
箒やあかりに課せられた訓練は、一夏にかつての感覚の一端を取り戻させていた。

そしてその様子は当然ラウラも見ていたが、それがどうしたといわんばかりに不動の状態を保っている。

「私と戦え」
「断る。第一理由が無いだろうが」

一夏の返答に、ラウラから放たれる敵意が増す。
その様子に、一夏はラウラがそろそろ爆発するだろうと確信した。
そしてその確信どおり、ラウラは行動に移る。

「そうか、なら戦う理由を作ってやろう」

その言葉と同時にラウラのISの肩に備え付けられていたレールカノンが一夏に狙いを定める。
それを見た一夏はその場から滑るように移動。
そして一夏が先ほどまで立っていた場所をレールカノンの砲弾は通り抜けていった。

「なに!?」
「そんな余裕綽々に狙いをつけられてたら回避もできるっての!」

しかし、内心では箒やあかりのしごきが無ければまず当たってただろうなぁと思っていることは口には出さない。
何故なら向かい合っているラウラは避けられたことに怒り心頭といった表情を浮かべている。
見下していた相手に初撃を避けられたのだ。心中は穏やかではいられないだろう。
つまり、今ラウラは冷静さを幾分か失っている。

(あかり兄が言ってた、常に冷静さを絶やすなって。冷静に物事を見れなくなった時点で負けは近づいてくるってな)

箒からあかり式のトレーニングを暫く禁止されていたあかりは、ならばと一夏に戦う際の心構えを教えていた。
それは何も難しい事ではなかった。
ただ相手から目を離すなと言う事と、常に冷静であれと言う事。
この二点をあかりは一夏にしっかりと教え込んでいた。

そして相手は冷静さを失っている。
これはチャンスと、一夏が前へ出ようとしたその時だった。

『そこの生徒! 何をしている!? 学籍番号と名前を言え!!』
「……ちっ、邪魔が入ったな」

アリーナに設置されているスピーカーから教師の声が聞こえる。
恐らく、ラウラと一夏の様子を見ていた生徒が教師に報告に行ったのだろう。
興がそがれたラウラは、ISを待機状態にし一夏に一瞥をくれると、次はあかりを睨みつける。
その目はしっかりとあかりに対してこう語っていた。

『次はお前だ』と。

それに対しあかりはにこりと微笑むだけ。
いや、その微笑みの中に隠し切れない闘志を燃やしている。
そして、その闘志はこうラウラの目にこう返す。

『望むところだよ』


※ ※ ※


「何故教官はこのようなところにいるのですか!?」

アリーナでの一件の後、一夏達と別れたあかりは千冬を探していた。
ラウラが一夏とあかりに向けてくる敵意。その理由を聞くために。
なぜ千冬に聞こうと思ったかといえば、自己紹介の際、ラウラは一夏に平手を打った後、こう言っていた。

『私は認めん。貴様のような教官の足を引っ張るだけの存在が教官の弟などと……!』

そしてその次、あかりに平手を放ち、それを防がれた後もこう呟いていた。

『教官より強いなどと、認めてなるものか……っ!』

そしてこの二つの言葉に共通している『教官』というのは、彼女が自己紹介前に千冬に向けて言った返事から千冬のことだろうという事が分かる。
つまり、二人に対しての敵意には千冬と言う共通した存在が関わっているのだ。
ならば、その千冬に問いただすのみ。

そうあかりが考えながら廊下を歩いていると、彼の進行方向の先にある曲がり角の向こうから少女の大声が聞こえてくる。
顔だけを角からだして覗いてみると、そこには千冬とラウラの姿があった。
ラウラはまるで千冬を問い詰めるかのように声を発し、しかし千冬はその言葉に大きな反応を返す事はない。
そのことが納得いかないのか、ラウラは先ほどよりも強い語調で千冬に問い詰める。

「はっきり言います。この学園の生徒に教官の教えはもったいなさ過ぎます! まるでISをファッションか何かだと勘違いし、その本質を何一つ分かっていない!!」
「……それで?」

千冬が反応を返してきた事に気を良くしたのか、ラウラは言葉を続ける。
彼女の言葉を聞いている千冬が、果たしてどのような反応をしているかも気づこうともせず。

「教官、ドイツ軍にお戻りください。このようなところに居ては教官の能力が錆付いていくだけです。本質も分からぬ愚か者に教官が合わせてやるなど……」
「そうかそうか、なら私はその願いにこう返そうか……黙れ小娘が」
「な……っ!?」

瞬間、急激に千冬が纏う空気の温度が下がっていく。
そこまで来て、ようやくラウラは理解した。
自分の発言が、彼女をこれ以上ないほど怒らせてしまったのだと。

「たかだか十数年生きた程度の小娘がずいぶんと偉そうな口をきく。悪いが私は存外ここが気に入っていてな、ドイツ軍はもちろん何処の軍にも行く気は毛頭無い」

千冬はそこまで一息に言い切ると、話は以上だと切り上げる。
そんな彼女の様子にラウラはまるで懇願するかのような表情を向けたが、しかしその表情が千冬の心を動かす事はなかった。
その事に、ラウラは端から見ても分かるほど落胆した様子でどこぞへと去っていく。
ラウラが視界から消えた事を確認し、千冬はようやく表情を変える。
その表情は……

「……それで? 盗み聞きとは趣味が悪いのでは? 兄弟子殿」
「ありゃ、ばれちゃってたか」

その表情も浮かんでいたのは一瞬の事。
すぐさま浮かべていた表情を消した後、千冬は曲がり角に隠れていたあかりに声をかける。
ちなみに現在は放課後で周りに誰もいないため、その言葉に多少責めるような感情は込められているがいつものように出席簿を飛ばすつもりは無いようだ。
ばれたのなら隠れている意味はないと、あかりは曲がり角から姿を現し千冬の元へと向かう。

「何時から気づいたの? 僕が見てるって」
「ボーデヴィッヒが私に軍に戻って来いといった辺りでだ。……みっともないところを見られたな」
「そうかな? 彼女にそこまで言わせるほど熱心に指導してたってことじゃ?」

あかりの言葉に、千冬は首を横に振る。
同時に浮かんできた表情は、先ほど去り行くラウラの背中に向けて一瞬だけ浮かべたあの表情だった。

「いや、あれはただ私に依存しているだけさ。彼女の境遇上、こうなる事は予想できていたはずだったんだ」
「訳ありって事か。僕や一夏に敵意を飛ばしてくる事もそれ関係?」
「どうなのだろうな……私が原因だという事はわかっているのだがな」

千冬は詳しくは語らなかった。
ただ、かつて彼女が軍でエースだった事。
ある事情によりその座から引き摺り下ろされてしまった事。
そんな彼女を千冬が再びエースまで引っ張り上げた事。
それだけはあかりに語ったのだ。

「なるほど、あの崇拝にも似た感情はそういう事か」
「ああ。私もスポンジが水を瞬く間に吸収するように教えを物にするあいつを気に入っていて、結構目にかけていた。それが余計良くなかったのだろうな。結果が現在のあいつだ」

あかりも、まだ自分に語られていない事が多いということは察していた。
しかし、それは千冬の口から聞くべき事ではない。
目の敵にしている相手に自分が知らぬ間に自分の秘密を知られるなどと言う事は、おそらく彼女にとって屈辱以外の何物でもないだろう。

「……なぁ、あかり。もし出来るならでいいんだ。出来るなら……ボーデヴィッヒの事を頼む」
「なんで僕?」
「私では駄目なんだ。あいつに半ば崇拝されている私では……」

そう言う千冬は、普段の様子とは違いひどく弱っていた。
千冬もラウラの事は心苦しかったのだろう。
しかし、いくら心苦しく思おうと自分では何も出来ない。
何かをすればむしろよくない方向へと転がるという事を理解しているのだろう。
そんな千冬に、あかりはため息を一つつくと、口を開いた。

「う〜ん、女子関係はむしろ一夏のほうが適任だと思うけどなぁ。ほら、フラグ建築士じゃない? 道場の頃も結構な女子に好かれてたし」
「っ! こちらは真剣に頼んでいるのだぞ!?」

あかりのその言葉に、一転して普段の強気な様子を取り戻す千冬。
その様子を見て、あかりは笑った。

「よし、これでいつもの千冬に戻ったね」
「何?」
「もっとさ、どーんと構えてればいいんだよ。僕が千冬の頼みを……誰かの頼みを断った事ってあった?」

あかりの言葉に、千冬は暫く呆然とした後、苦笑する。

「ああ、そういえば無かったな。お前は頼めばそれが人道から外れていない限り、何でもやってくれたな」
「そう、それが答えさ。それに貴文も言ってるだろ? 『バファリンの半分は優しさで出来てるけど』……」
「『あかりの半分はおせっかいで出来ている』だったか?」
「そうそう」

そうして、やがては互いに笑いあう。
そこに、普段の教師と生徒の関係はなく、あるのはかつての兄弟子と妹弟子の関係だった。
ひとしきり笑いあった後、あかりが口を開く。

「というわけで、まぁ出来る限りやってみるよ。目の敵にされてる僕が何処までできるかはわからないけどさ」
「その点については、あまり私は問題だと思っていないのだがな」
「なにそれ」

そうやってひとしきり笑い会った後、あかりは千冬に背を向ける。

「じゃ、あまり期待しないで待っててよ」
「ああ、分かった」

そんなあかりを、千冬はどこか眩しい物を見るような目つきで見る。
その表情を一夏が見ていればこうからかっていただろう。

「千冬姉、なんか優しい顔してるぜ」と。

もちろん、その後一夏に出席簿ないし拳が飛んでいくであろうことは明白であったが。



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