「奇跡の藤堂」の処刑当日、ブリタニア軍チョウフ基地では慌ただしく人々が駆け回っている。

基地の前に一台の車が止まる。その扉が開くと、中から一人の少年とそれに続くように一人の女性が下りてくる。

女性は紫と黒、そして黄色のラインが入った軍服を身にまとっており、短いスカートとロングブーツ、そして長い銀色の髪を紫の髪留めで一つにまとめている。

一方少年の方は黒と金で彩られたインナーの上から、金色で飾られた白のスーツを身に纏っている。公式の場で身に纏う赤いマントは身につけていないが、その制服はこのブリタニアでは最大12人しか身に纏うことを許されない、選ばれし者の証である。

「リンテンド卿、お待ちしておりました」

車が到着する前から基地の入り口に立っていた男が俺に敬礼とともにそう声をかけてくる。

「ヴィレッタ、俺と君のKMFを基地内に運び込んでおいてくれ。最低限の整備を確認したら報告を持ってきてくれ。問題があれば逆に呼び出してくれて構わない」

「yes,my load」

ヴィレッタは俺の命令に従うと、俺たちの後ろを追いかけてきていたトレーラーに近づいていくと、それに乗り込み、基地の敷地内へと入っていった。

「それでは私たちも中へ。基地の責任者の元へご案内します」

俺は目の前の案内役の声に従うように男のあとをついていく。

基地内ではすれ違うものすべてが俺に対して一度敬礼してくる。これはブリタニア軍内でたびたび見られることではあるが、会う人すべてに敬礼を返すのは俺も疲れる。

ラウンズに成り立ての頃はこの行為が苦痛でしかなかったが、これも上に立つ者の責任とあきらめている。

案内役に連れられて基地の中を5分ほど歩くと、基地の責任者が使っているであろう部屋にたどりついた。

「私がご案内できるのはここまでです。それでは失礼します」

そういうと案内役の男は俺に一礼して廊下の向こうへと歩き去っていった。

「どうせなら中の責任者と話ができる程度の人間に案内をさせてほしいんだけどな」

仕方がないので俺は部屋のドアをノックすると、入室の許可を得てドアを開く。

「お待ちしておりました、リンテンド卿」

先ほどの男とは違い、恰幅のいい男が俺に敬礼をしている。

前回基地に来た時はこの部屋に来ず、彼の方から挨拶に来たが、今日は俺がこの部屋に来ることになった。

軍の階級章から見るにこの男は中佐のようだ、名前は……なんだったっけ?面倒だし中佐で通そう。

「中佐、別にはじめましてというわけでもありませんし、あいさつはこの辺で。早速基地の警備の話し合いを行いましょう。関係部署の責任者を30分で会議室に集めてください」

「yes,my load」

中佐も俺の指示に従うように基地の内線で各部署に連絡を取った。

会議までの時間をつぶすのは苦痛だったが、5分ほど前にヴィレッタが機体には異常がなかったという報告を持って戻ってきて、それから彼女を伴って会議室に向かうと、会議室には時間通り全員が集合していた。

全員が俺に向けて敬礼してくるのを返礼し、俺は会議室の一番の上座に通される。

「全員席についてくれ、これより会議を始める」

俺が席に着くと他の者たちも席に着く。唯一俺の副官であるヴィレッタは俺の後ろに控えるように立っている。

「それでは各員警備の計画書を配布してください」

進行役の男が促すと、俺の前に警備計画書であろう書類が渡される。

後ろを眺めるとヴィレッタは資料をもらっていないようで、腕を後ろで組んだままである。

「すまない、私の副官にも資料を渡してくれ」

俺の指示に従うように配布係の人間がヴィレッタにも資料を手渡す。

「それでは正面玄関から」

会議は1時間ほど続いたが、大きな問題点はなく順調に進んだ。

「ひとつよろしいですか」

俺の声に会議室のだれもが俺の顔を注視する。この中で一番力の強い俺の発言に驚いたのだろう。

「全機を格納庫に置いておくのはやめませんか?」

「それはどういうことでしょうか?」

「黒の騎士団などは相当数のKMFを保有していることはこれまでの戦闘で確認されています。彼らが攻め込んできた場合、わが軍のKMFが格納庫に置いておくのは敵にとって好都合でしかなく、逆に我々は後手に回るため得策ではありません。半数は基地内の各所に配置して処刑終了まで騎乗したまま待機、もう半数を予備戦力として格納庫で待機。これでどうですか」

俺の言葉に周りも納得したのだろう。この提案はすぐに通され計画に修正が加わった。

「それでは中佐に指揮権を任せます。彼らの目的は藤堂の奪還です。戦闘は攻め急がず、こちらは引いて守備に徹してください。時間がたてばたつほど彼らは焦るでしょう」

「yes,my load」

その言葉を最後に会議は終了し、俺はヴィレッタを連れて刑の執行まで時間を過ごすことにした。








夜、藤堂の処刑まであと1時間というところで基地の外から爆発音が聞こえた。

「リンテンド卿、予想通り黒の騎士団です。さらに彼らは新型のKMFを中心に攻め込んできています」

ブリーフィングルームで待機していた俺の元に、駆け込んできた兵士が現状を報告してきた。

「そうか、刑の執行を早める。藤堂を刑場へ、私もすぐに行く」

「yes,my load」

そう言うと、彼はすぐに出て行き、藤堂の居る独房へと走っていった。

ブリーフィングルームに映る基地内での戦闘に目を向けると何かが心に引っかかる。

「ヴィレッタ、何かおかしくないか?」

「どういうことでしょうか」

黒の騎士団の新型KMF月下、あれに乗っているのは四聖剣の4人だろう。何か違和感がある。だが一体なんだ?

「向こうのKMFが攻めに来ていない。いや、むしろ時間を稼いでいるような戦い方だ」

そこまで言って俺は大変なことを思い出す。

すべて原作どおりに動くのか? むしろ俺というイレギュラーが加わったことで、あのルルーシュが作戦に何の変更も加えないことなどあり得ないのだろう。

それにルルーシュには彼だけの選ばれた力、絶対順守の王のギアスを持っている。

「今すぐ藤堂の独房の映像をメインモニターに回せ! 今すぐだ!」

俺の叫びに近い指示に、一人の士官は慌ててコンピューターを操作する。

俺の予想が当たっていれば最悪の状況が起きている、まずい。

「ヴィレッタ! KMF出撃準備、ラモラックもすぐに出せるよう準備だ!」

「yes,my load!」

俺の指示にヴィレッタは慌てて部屋を出ていく。

「映像、出ます!」

言うや否や、メインモニターに藤堂がいたはずの独房が映る。しかしそこには俺の予想した最悪の光景が移っていた。

「な、誰もいないだと!」

「警備のものは何をやっている!?」

藤堂の独房の扉は開いており、その中には何処にも藤堂の姿は見られない。

「一時間前からの映像を早送りで再生しろ!」

俺の指示に素早く操作を加える、そこには最悪の光景が映っている。

「ブリタニアの軍人が藤堂の独房を開いている…だと」

「こいつは誰だ!? 何処の所属だ!」

「それよりも監獄の警備は何をしている、どうししてだれも動いていない!?」

最悪だ、何処からかルルーシュが基地内に忍び込み、ギアスで警備の人間を支配しているのだろう。これでは監獄はもぬけの殻も同然だ。

「KMFは全機発進! 黒の騎士団のKMFを一機も基地の外に逃がすな! 私もKMFで出る」

俺はそう言い残すと、耳にインカムをつけて部屋の外へと走り出す。

クソ、どうして俺はすべてが原作どおりに動くと過信していたんだ。失敗した!

「戦況は!?」

インカム越しに俺が尋ねると、慌てた様子の通信が流れてくる。

「リンテンド卿、さらに新型のKMFが二機、一機はナリタでも確認された赤い機体、もう一機は最初に現れた灰色の機体に似た黒い機体です。さらに基地の外から複数のKMFが侵入してきています。こちらのKMFが次々に破壊されていきます。戦況はこちらに不利です!」

紅蓮に月下藤堂専用機、ということは藤堂はすでに黒の騎士団の元にいるということか。

まさか、警備計画が外に漏れている! いや、ルルーシュならそれすら不可能ではない。

「時間を稼げ! 俺もすぐに出撃する」

それだけ言うと俺は通信を切り、ヴィレッタに通信をつなぐ。

「ヴィレッタ、先に出撃して戦況を維持しろ。俺もすぐに出る、準備させろ!」

「yes,my load」

それから2・3分走るとラモラックが置いてあるトレーラーにたどりついた。

「レイ、すぐに出せます!」

レオ君が俺の姿を確認するや、彼は機体の準備が整っていることを俺に告げる。

俺は機体から吊るされているワイヤーをつかむと、コクピットに乗り込む。

ラモラック専用の赤い起動キーを差し込み、動力源であるユグドラシルドライブを回転させる。

「ラモラック、発進する!」

俺は掛け声とともに操縦桿を強く押しこむ、するとラモラックは全速力で基地内を駆け出す。

俺が基地内で繰り広げられている戦闘区域にたどり着くと、黒の騎士団にやられた機体であろう、サザーランドの残骸で溢れている。

「ヴィレッタ!」

先に出撃したヴィレッタの姿を確認するが、彼女の機体も三機の月下に囲まれている。

「ちっ!」

援護に動こうと考えた瞬間、ラモラックに搭載されたセンサーが後ろから接近してくる敵機の姿をとらえた。

機体を右にずらすと、黒い月下の握る廻転刃刀の刃が通り過ぎていく。

「その機体、藤堂か!」

俺は機体のスピーカーをオープンに切り替える。

「その声、レイス・リンテンドか」

俺の問いかけに答えるように藤堂の月下もこちらを振り返る。

「私は奇跡の責任を取るためにゼロの元に下る。悪いがこの命、貴様にくれてやるわけにはいかなくなった」

それだけ言い残すと、藤堂の月下は俺の機体に突進してくる。

「これは藤堂の三段突き!?」

俺は機体の右側を軸に半回転することで藤堂の三段突きを回避し、その背を目掛け左手に装備された内蔵型機銃を撃ち振るわんと構える。

しかし再びラモラックのセンサーが敵の接近を知らせ、俺は舌打ちとともに機体をその場から移動させる。

「この鉤爪状の特徴的な右腕、紅蓮か!」

俺の目の前を真っ赤な紅蓮の機体が通り過ぎていく。危なかった、反応が遅ければ輻射波動を食らっていたかもしれない。

いつの前にか俺の機体の周りには藤堂の月下、カレンの紅蓮二式、さらに四聖剣の月下二機が集まっていた。

ヴィレッタが残りの四聖剣月下二機を抑えてくれているが、ヴィレッタも月下の連携に防戦するのが精一杯のようだ。

チョウフ基地に配置されていたKMFはほとんどが戦闘不能の状態に追い込まれたようで、わずかに稼働している機体も黒の騎士団のKMFの相手で手一杯のようだ。

俺の額にじわっと嫌な汗が流れる。これだけの相手を俺一人で相手にするのか、しかし原作ではスザクはさらにあと三機の相手もしたのだから、その才能は驚くべきものだ。

だが、俺も伊達や酔狂で今の地位についているわけではない。ラウンズの戦場に敗北はない!

相手に主導権を握らせては俺は防戦一方になる。そこで俺はまず一機に狙いを絞る。狙うのは藤堂の月下でもカレンの紅蓮二式でもない。狙うのは四聖剣の月下、その片方である。

四聖剣のその最大の強みは彼らの一糸乱れぬ連携にある。彼らは訓練で身に付けた動きを忠実に再現し、その中で一番有効な戦術を用いて戦場を支配するのだ。

個では藤堂やカレンに劣るであろう彼らが戦場で活躍できるのは彼らのその連携の素晴らしさにある。

しかし彼らのうち二機はヴィレッタが押さえている。それはつまり彼らの連携に綻びが生じるのだ。

彼らの連携は四機揃うことを前提にしている。無論二機、三機での連携も訓練しているだろうが、それは四機での連携には劣っているはずである。

俺は向かって右手の月下に狙いを定めて機体をフルスロットルで前進させる。

俺の動きに敵の四機も動き出す。俺に狙いをつけられた月下は後ろに逃げるように後退し、残る三機はそれぞれの近接武器を構えて俺の後ろを追走してくる。

前回の戦いで並の射撃武器では通用しなかったのだから当然と言えば当然である。

「だが甘い!」

俺は先ほどと同様に機体を半回転させ、同時に三機目掛けてミサイルを発射する。

ラモラックの肩から発射されたミサイルは寸分の狂いなく三機のKMFを狙って飛んでいく。そして俺の想像通り各機はミサイルを回避するために機体を動かす。

これで四機の機体間距離はかなり開かせることができた。これなら俺が一機を狙う間に邪魔はされない。

「まずは一機、もらった!」

最初に狙いをつけていた方とは別の月下に狙いを定めて機体を動かそうとする。しかし三度機体のセンサーは警報を鳴らす。

それと同時にラモラックの機体に無数の弾丸が撃ち込まれる。銃弾は先ほどまでこの基地のKMFと交戦していた無頼数機だ。

俺は絶好の好機を逃したと舌打ちを鳴らし、ラモラックをその場から移動させ、狙いを無頼に定める。

ラモラックはその機体性能上、装甲はかなり厚く並の射撃では傷をつけられない。しかしそれはあくまで装甲が厚いというだけで無敵の装甲というわけではない。何度も銃弾に曝されれば装甲も破られる。

「絶好の機会を邪魔したんだ、その報いは受けてもらう!」

アサルトライフルで俺の動きをけん制してくるがそれはラモラックの動きを制限するに値しない。逆に内蔵型機銃で二機の無頼を破壊し、最小限の回避だけで別の無頼の懐に入り込む。

「もらった!」

無頼の胸部目掛けてラモラックの右手で殴りつける。そしてパイルバンカーの射出スイッチを躊躇なく押す。無頼のコクピットは脱出装置が作動することなく無頼共々爆破する。しかしそのころには俺のラモラックは別の無頼を破壊しにかかる。

俺の行動を邪魔した無頼の部隊は、しかし1分と経たぬうちに俺のラモラックによって灰となった。

かつて俺はEUの戦場で重要なことを学んだ、それは情け容赦は味方を殺すということである。情けでパイロットを殺さずにいれば、そのパイロットは新たな機体とともに味方を殺しにかかってくるのだ。それをEUの戦場で学んだ俺は、相手を倒すときは確実にコクピットをつぶすようにしている。その考えがブラッドリーに好奇の目で見られる要因になってはいる。

「リンテンド卿! あと少しで政庁より増援が来ます!」

俺のインカムにそのような通信が入ったと同時に、生き残っている月下や紅蓮がチャフスモークをまき散らす。

このまま逃がしてたまるか!

俺は正確な位置はわからないがミサイルを全段発射し、内蔵型機銃を撃ち尽くす。ミサイルが爆発する音が響いたが、煙のせいでミサイルが着弾したのかはまだわからない。

煙が晴れるとそこには一機の月下の残骸が残っていた。しかしコクピットブロックは見当たらず、パイロットの生死は不明だ。

俺がいながらこれだけいいようにされ、取り返した戦果はあまりにも少ない。

「クソッ!!」

俺はあまりの苛立たしさにラモラックのコクピットの中で思い切り叫んだ。

どこかで俺は油断していた。世界は常に動き続ける、俺がこの話を知っているからといってその通りに動く保証はなかったのだ。

「……各員被害状況を報告せよ。医療班は負傷者を収容後直ちに治療にあたれ。監獄警備にあたっていた者は全員そのまま監獄に押し込んでおけ。被害報告をまとめた後、私直々に裏切り者を検分する」

「yes,my load」

俺の指示に、インカム越しに命令を受諾したという声が響く。

本当の意味での裏切り者は俺だ。ルルーシュがギアスを使うことができると知っていたのだから。だが俺は己の保身のために彼らを裁かなければいけない。

ならば俺はこの罪悪感を常に背負い続けて、黒の騎士団を壊滅させることを彼らに誓おう。

自分のミスで無関係の人間を殺すことになったことに涙を流し、俺はラモラックをトレーラーへと向かわせるのだった。



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