富も名誉もいらない

ただ純粋に願うものはその手から零れ落ち

その手に残るのは血塗られた紅

それでも足掻き続けるしかない

いつか叶う日を信じて



僕たちの独立戦争  第二話 
著 EFF


太平洋赤道直下の島――テニシアン島――

どこまでも続く蒼い空、青い海と珊瑚礁に囲まれた美しい島はたった一人の少女を幽閉する牢獄でもあった。

アクア・クリムゾン、オーストラリアを拠点に地球の五指に入る。

クリムゾン・グループの会長ロバート・クリムゾンの孫娘の一人で、

半年前ヨーロッパの社交界にデビューした訳ありの姫君であった。

来場者に痺れ薬を飲ませ、

全員が痺れる中でただ一人笑みを浮かべて踊り続けるという恐怖と戦慄を上流階級の方々に植え付けた。

クリムゾンの狂える姫と呼ばれていた。

「マリー退屈ですわね、何か面白い事はないかしら」

その声にそばで控えていた老メイドのマリー・メイヤは、

「ありません。

 アクア様がデビューの時以来ここにいる為、何も起こりようがないです」

「……そうね。

 軽い冗談だったんですけど皆様に受けなかったかしら」

「……アクア様、

 そんなにクリムゾンがお嫌いですか?」

マリーの咎めるような質問にアクアは何も言わず沈黙だけが続いた。

「…………………………………………………………………………………………………………」

「…………………………………………………………………………………………………………」

やがてその沈黙に耐えかねたアクアが答えた。

「……そうね。

 嫌いだわ、クリムゾンがそしてそんなクリムゾンから出られない。

 私がもっと嫌いですわ」

自分と自分を取り巻く環境の全てが嫌いだと告げるアクアにマリーは寂しそうに話した。

「……アクア様、そんなにロバート様を嫌わないで下さい。

 ロバート様も好きでアクア様を此処に閉じ込めているわけではないのです。」

「そうじゃないの、マリー分かるでしょう。

 クリムゾンが血塗られてるのを沢山の屍の上に立っている。

 そんな自分の一族が嫌なの……時々夢に見るの。

 ……私の体が血の海に溺れていくのよ」

自分の身体を抱きしめて怯えるように話すアクアにマリーはどう言えばいいのか分からなかった。

「……お嬢様」

「……………ごめんなさいマリー。

 でも……ここにいる時くらいは言わせて」

マリー・メイヤは危険だと考えていた。

アクアは優しすぎるのだと、このままではアクアの心が壊れてしまうと。

そして誰かがアクアを支えてくれないだろうかと。

思考の海にいたマリーを呼び戻したのは、南国の日差しにはない光であった。

「アクア様!

 お下がりください!」

マリー・メイヤはアクアとその光の間に立ち、SSのメンバーへの連絡を入れた。

その光はやがて人の形を成し一人の人物を部屋の床に降ろした。

SSのメンバー部屋に入った時にはすでに光はなく床に人が倒れているだけだった。

「アクア様!

 お怪我はございませんか!」

この島のガードを統括する、グエン・カリンガムは部屋に入ると同時にアクアの安否を確認する。

そして部屋の状況を確認して床に倒れている人物に銃を向けた。

「お待ちなさい、グエン!」

アクアの声に動きを止めたが銃は依然その人物に向けられている。

「ドクターを呼んで、診察して下さい。もしかすると生きてはいないかもしれません」

「どういう事ですか、アクア様」

グエンの声にアクアはこの人物が出現した経緯を伝えた。

「もしかしたらボソンジャンプかもしれません、

 その場合ネルガルかクリムゾンの人体実験の可能性があります。

 ですから緘口令を出して下さい。この方はアクア・クリムゾンの名において保護します。

 いいですね」

有無を言わせないアクアの声にグエンは反論する。

「しかしアクア様、危険かもしれません。

 せめてロバート様に連絡を」

「ダメです、もうクリムゾンの犠牲者は見たくありません!

 いいですね!」

駄々をこねる子供にようにアクアはグエンに叫んだ。

グエンは隣にいるマリー・メイヤに目を向けるがマリーは首を振るだけだった。

ため息をつき、グエンはアクアに譲歩する。

「いくつかの条件次第ですがよろしいですか、アクア様」

「……分かりました、仰ってください」

「まずドクターの診察を受けて安全の確認をしてもらます。

 当面は私とマリー・メイヤの立会いの下で彼と接してもらいます。

 よろしいですね。

 決してお一人ではないようにして下さい。

 それが条件です」

「分かりました……ごめんなさいグエン」

自分の我が侭でグエンに負担をかける事にアクアは謝るがグエンは何事もないように答えた。

「いえ、私の仕事はアクア様をお護りする事ですのでお気になさらないでください。

 それでは失礼します」

ドクターと共にグエンは部屋を跡にした。

部屋にはマリー・メイヤとアクアだけが残され、時折窓から聞こえる波の音しかなかった。

マリー・メイヤは願う、アクア様にとってよき出会いになる事を……。


―――土星衛星軌道上―――


『……マスター、ご無事ですかマスター』

艦内をスキャンしたダッシュはアキトがいない事を知り、自分の身体が変化していた事に気付いた。

『……艦内には居られないようですね。

 おや、このメッセージはまさか、そしてこのプレートは……それにこの船体は一体』

『マスターは必ず帰ってこられるでしょう、

 ならば私の役目はその時に備えて準備をする事でしょう』

ダッシュはアキトの無事を信じて状況を把握する為に動き出した。

そして導き出された結論に自分の目的を考えてある計画を実行した。

願うはマスターであるアキトの幸せを作る為に。


―――テニシアン島 医務室―――


「それでドクター、そいつの具合はどうだ」

診察台に横たわる青年を見ながらグエンはドクターに聞いた。

「……正直言ってお手上げだなグエンよ。

 どっから拾ってきたこのマシンチャイルド」

匙を投げ出すような言い方のドクターにグエンは不思議に思った。

「はぁ、どういう事だドクター。

 マシンチャイルドと言えばまだ10にもならない子供じゃないのか?」

「確かにな、公式上……人類研究所のホシノ・ルリだったか?

 それが最初のはずなんだがこの青年はそれを上回る量のナノマシンがあるぞ。

 ざっと調べてみたがパイロット用、オペレーター用、対毒、治療用、他にも筋力強化、神経強化はあるは、

 この設備では分からんものが10はゆうにある。

 はっきり言って戦闘用マシンチャイルドだな。

 ここにいるSSメンバーが総がかりで戦っても10分もてば良い方だろうな」

告げられた事実にグエンは信じられずに青年に視線を向けて、

「そんな馬鹿な、それだけの戦闘能力がそいつに有るのか、信じられんよ」

「……事実だ。今言ったのはそいつに戦闘技術がない場合であって有ればもっと短くなるぞ。

 それにしても良く生きているなそいつ、普通なら死んでるぞ」

診察台で眠る青年に顔をむけるドクターにグエンは疑問をぶつける。

「……どういう事だ? ドクター」

「普通の人間だったら、

 これだけのナノマシンを体に入れられたら補助脳が脳を圧迫もしくは脳を突き破り即死だよ。

 だがそいつの場合、きちんと制御されておそらく無事だろうな。

 天才なんて言葉じゃ説明できんよ。

 奇跡の領域だな……それは」

医師としての言葉にグエンは目の前で眠る青年が過酷な実験を受けていた事に渋い顔をする。

「……そうか、敵に回すと百パーセント死ぬな俺たちは」

青年を見ていたグエンはどうするべきか悩んでいた。

「それは保証してやるよ。

 絶対に敵にするな、殺すのなら今のうちだな」

「……それは出来ん、アクア様のお願いだからな」

目に涙を浮かべてグエンに話していたアクアを思い出す。

「……そうかそれじゃぁ仕方がないな。

 そいつの資料は全て破棄するぞ。

 正直反吐が出そうじゃ、誰がやったか知らんがな」

「そんなにひどいのか、そいつは…………」

ドクターの嫌悪する顔を見てグエンは青年の状態に気付いた。

「ああ、全身を診たが実験で切り刻まれているな。

 しかも頭には直接ナノマシンが打たれているしな。

 おおよそ人間が味わう苦痛を一通り経験して更に二、三周はしてるんじゃないかな。

 普通の人間なら狂い死にしとるわ。」

青年の受けた苦しみを知ったグエンはドクターに相談した。

「……そうかアクア様に報告するべきか」

「……やめておけ、アクア嬢ちゃんにゃきつすぎる。

 優しい娘じゃからの……これでクリムゾンのだったら」

最悪な事態を想像したドクターの意見にグエンは決断した。

「そうだなドクター、済まんがカルテを偽造してくれ。

 アクア様にはそれをお見せする」

「わかったそう「ダメです!」」

「ア、アクア様いつの間にこちらへ」

グエンが振り向いたその先にアクアが青い顔をして立っていた。

「先ほどから居ました、……やはりこの方はクリムゾンの犠牲者なのですか?」

アクアはドクターに尋ねた。

「……わからん、そいつが目覚めん事にはな」

「そうですか……何か身元を証明するものはないですか?」

「それも調べたが、かえって分からんようになったんじゃ」

ドクターの言い方に疑問を抱いたアクアは聞く事にした。

「どういう事ですか、ドクター?」

「それがな、そいつの時計の時刻がな2203年なんじゃ、

 それにそいつが装備してた物には2202年作られた物があったんじゃ」

「はぁドクターちょっと待ってくれ今は2195年だぞ、8年も先じゃないか」

告げられた言葉にグエンは信じられんとドクターに言うが、ドクターも自信がなかった。

「だから分からんと、言ってるんじゃ服の素材といい、

 まるで未来から来たとしか言いようがないんじゃよ」

ドクターが告げた言葉にアクアは考え込んで話した。

「……そうですか。

 もしかするとボソンジャンプは時空間移動なのかもしれませんね。

 ドクター、グエンこの事は内密にお願いします」

「「分かりました」」

「………ん、どうやら目を覚ましたようじゃな」

「ここは何処だ?、俺はどうして此処にいるんだ?」

起き上がり周囲に目を向ける青年にアクアは話しかける。

「目を覚ましたようですね、

 私はアクア・クリムゾン、もしよければ貴方のお名前を教えて下さいますか?」

「……アクア、俺の名は…………ダメだ分からない」

「どうやら一時的な、記憶喪失かもしれんな。いずれ戻ると思うがな」

「そうですか。

 とりあえず貴方のお名前は……クロノとします。

 よろしいですか?」

名前がないと不便だと思い、アクアは青年を見ながら記憶が戻るまでの間の名を決めた。

「……ああそれでいい。

 何が出来るかわからんが出来る範囲で手伝おう、それでいいか」

記憶がない事に不安を感じさせずに話す青年にアクアは興味を感じながら話した。

「いえ、貴方は我が家のお客人ですので別にかまいません。

 記憶が戻るまでゆっくりくつろいでください」

「いや、そうもいかん。

 出来る事があるなら手伝いたい」

「なら、わしの手伝いをしてもらおう、それでいいな」

このままだと押し問答になると思ったドクターが二人に提案した。

「分かった世話になる、じーさん」

「ドクターじゃ、爺と呼ぶな」

「わ、わかったドクター」

「うむ、それでいい」

こうしてテニシアン島に一人の客人が逗留する事になった。


「クロノ、何をしているんですか?」

ぼんやりと砂浜で海を見つめていたクロノにアクアは声を掛けた。

「……んっ、別に何もしていないよ。

 ただ空と海を見ていただけだよ」

クロノがアクアに答えるとアクアは不思議そうに話す。

「何も無い平凡で当たり前の風景じゃないんですか?」

「違うよ。

 こんなにも静かで綺麗な場所はなかったはずなんだよ。

 それに何故か分からんが、随分遠くに来たような気がするんだ」

「何か思い出したんですか?」

不安げに話すアクアにクロノは優しく話した。

「いや、時々脳裏に掠めるように見える気がするだけだよ。

 その度に聞こえるんだ」

話すのをやめて、海を見たクロノにアクアは聞く……不安な思いを胸に秘めて。

「何が聞こえるんですか?」

「お前は何故ここにいるんだ。

 お前はここにいるべき人間じゃない。

 地獄に早く来いよって誰かが言うんだよ。

 多分もう一人の俺が今の自分に向かって叫んでいるんだろうな」

アクアを見ずに呟くように話すクロノにアクアは何も言えなかった。

目の前の青年がどれほどの絶望と後悔に苛まれているのか分からずにいて、

どんな言葉も慰めにならない気持ちにさせていたのだ。

「さて館に戻ろうか。

 陽射しがきついからアクアが倒れたらグエンに怒鳴られるからな」

クロノはそう話すとアクアを連れて館に戻ろうとした。

「ネルガルとクリムゾンって聞き覚えがありませんか?」

アクアのその一言にクロノが動きを止めると、

「……あるのですね」

アクアが苦しそうにクロノに呟いた。

クロノはアクアに振り返らずに話した。

「あるみたいだな。

 ネルガルには絶望と諦めのような思いがあるな。

 クリムゾンには怒りと憎しみのような思いがあるみたいだ。

 でもそれ以上に激しい感情があるみたいだよ」

「それは何ですか?」

アクアがクロノに尋ねるとクロノは他人事のように話す。

「大事な家族がいたみたいだな。

 しかも救えずに生き残った自分自身への……憎悪かな」

クロノはそれ以上は言わずアクアを連れて館へと戻った。

途中でクロノはアクアに話した。

「でも君が気にする事はないよ。

 君には感謝してるよ。

 君が苦しいようなら俺はここから出て行こうか?」

「どうやって生きていくんですか。

 戸籍の無いし、記憶もないんですよ。

 しかも……いえなんでもないです」

クロノに人体実験の事を説明できずにいたアクアにクロノは平然と答える。

「戦闘経験はあるみたいだから自分の身を守る事はできるよ。

 グエンに相手をしてもらったおかげで何とかなりそうだよ。

 ドクターが言うには五感も元に戻ったみたいだから日常の生活もできるから大丈夫だと言われたな。

 だから苦しければ何時でも言ってくれればこの島から出て行くよ」

「どうして!

 どうして私に気を遣うんですか!」

いきなり怒り出したアクアにクロノが振り返るとそこには泣き出していたアクアが立っていた。

「私はクリムゾンの人間なんですよ!

 クロノを傷つけた者達の一人なのかも知れないんですよ。

 どうして何時も優しくするんですか!」

癇癪を起こした子供のように叫んだアクアにクロノは頭を撫でると優しく諭すように話した。

「アクアのせいじゃないだろう。

 だから気にしなくてもいいんだよ。

 俺の事はいいから、これからの事を考えるんだよ」

「これからの事?」

「アクアは今まで傷ついてきたんだよ。

 ならこれからは自分が幸せになる為にどうすればいいのか考えるんだよ」

「幸せになる為に」

「そうだよ。

 過去を変える事はできなくてもこれからを変える事は誰にでもできるんだ。

 ここにいる人達はみんながアクアに幸せになって欲しいと思っているんだよ」

「私は幸せになってもいいんですか?」

「当然だろ。

 人は幸せになる為に一生懸命毎日を生きているんだよ。

 アクアも幸せになる権利はあるんだよ」

優しく微笑むクロノに抱きついてアクアは声を出して泣き出した。

クリムゾンの事を聞く度に心が苦しかった。

自分は幸せなんか求めてはいけないのだと思っていた。

だけどクロノはそんな自分を叱ってくれる。

自分の事を後回しにして私の事を考えてくれる。

父親や姉はクロノを馬鹿な男だと言うだろう。

でもアクアは思う。

ずっと側にいたいと、この手の温もりが私には必要なんだと。

アクアの傷ついた心は少しずつ癒されていった。

(呼びに来たんですが出て行けませんね。

 クロノさんには感謝しないといけませんね。

 アクア様の心に希望が出てきましから)

アクアを呼びにきたマリーは二人の様子を見てそう感じていた。



―――ネルガル会長室―――


ネルガル会長アカツキ・ナガレはネルガルシークレットサービスリーダ−のプロスペクターの報告を聞いていた。

「それでどうだいプロス君、ゴミ掃除の方は順調かい」

「それがなかなか尻尾を掴めず、困っています」

「そうか……父上にも困ったモノだな。

 潰しても潰しても出てくるから参るよねぇ」

呆れるように話すアカツキにプロスもうんざりしていた。

「はい、先代が残された施設はほぼ処理しましたが社長派が隠している施設に関しては未だ不明です」

「人体実験か……、

 どうしてだろうねぇそんな下らん事をするんだろう。

 する方は何も感じないんだろうねぇ。

 どれほどの痛みを伴うのかを、命の重さを。

 プロス君、僕にもパイロット用のIFSが有るんだけどこれ付けてるだけで改造人間だよ。

 分かるだろう。

 これだけで化け物扱いなのに何でそんな化け物を造りたがるんだろうねぇ」

手の甲のタトゥーを見ながらアカツキは愚かな行為に疑問をぶつける

「……会長」

事態の複雑さを思いプロスは何も言えなかった。

「……すまないプロス君。

 僕も兄さんがいなかったら彼らと同じだったかもね。

 面倒をかけるけど発見次第処理してくれるかい。

 ああマシンチャイルドの子供の保護を優先で」

「分かりました会長、ですが…………」

プロスの返答にアカツキは苦渋を見せて話す

「……分かってる、それでもだよ。

 例えダメでもだよ、頭が痛いよ保護できず死体しかなくてもね。

 それにボソンジャンプの事もあるし、ウンザリだよ」

ネルガルが抱える闇の部分を疎ましく思うアカツキにプロスも頷いていた。

「そうですな。

 マシンチャイルドに続き今度はボソンジャンプ、ネルガルも業が深いですな」

「……全くこんな椅子の何処がいいんだろうね、エリナ君も。

 さっさと降りたいよ僕は……」

暗い顔をするアカツキにプロスは話題を変えようとした。

「そういえば話は変わりますが、クリムゾンの姫君の事はご存知ですか?」

「ああどっかの島に閉じ込められたって話かい。

 案外僕と同じで家がきらいなんじゃないかな」

アカツキ・ナガレとプロスペクターの会話を中断するかのように、

会長秘書のエリナ・キンジョウ・ウォンが会長室に飛び込んできた。

「し、失礼します会長、緊急事態です」

「どうしたんだエリナ君、仕事ならキチンとしてるよ」

「あら珍しいわね、じゃなくて社長派に不穏な動きがあります。

 NSSを使わず傭兵を使っていた為に発見が遅れました」

「な、何だって傭兵なんか使って一体何をする気なんだい。

 まぁ碌な事をしないんだろうけど」

「現在分かっているのはクリムゾンへの牽制に使う事ぐらいですが、

 ……どうしますか?」

エリナの意見を聞いてアカツキはプロスに尋ねた。

「うーんプロス君、どう思う」

「そうですな。

 おそらく非合法の実験施設への攻撃だと思われます。

 まずアシが付きにくい者を使い、それからNSSを使うのだろうと思います」

「そうかぁ、成功してもよし、失敗してもよしって所かい……」

「そうですが出来れば失敗してNSSを使う時にその人物を処理と云うのがいいんですが」

「な、何いってんのよ!

 そんなノンキな事を言ってる場合じゃないでしょ!!」

落ち着いた二人にエリナは叫ぶが、二人は冷静に意見を述べる。

「でもねぇもう遅いよ。

 止められない以上次善の策を考えるしかないだろう。

 違うかい?エリナ君」

「そうですな会長。

 では先ほどの件と併せて調査しておきます。

 それでは失礼します」

「では頼むよプロス君。

 エリナ君も詳しく調べてくれないかい」

「分かりました会長、では失礼します。それとちゃんと仕事しなさいよね!」

二人が会長室を退出して、アカツキは外の景色に目を向け呟いた。

「……兄さんが生きててくれたら、いや言ってもしょうがないか」

アカツキ・ナガレ……死んだ兄に代わりネルガル会長に就いた青年。

誰もが羨む立場にいる青年だが、

その肩には自身を押し潰すような重圧がかかっていた。



―――テニシアン島 医務室―――


「おーいドクター、荷物はここでいいのか。」

「おう、そこでいいからついでに整理してくれんか」

振り向かずに頼むドクターにクロノはため息を吐いて文句を言う。

「……わかったやっとく。

 しかし人使いが荒いぞドクター」

「何をいっとるんじゃ、

 若いんだから働かんか、クロノ」

「しかも都合のいい時には年寄りになるし」

呆れるように話すクロノの声にドクターはすぐに反応した。

「なんか言ったか、クロノ」

「……いや何でもない」

お手上げだと言わんばかりに話すクロノにドクターは、

「それより記憶の方はどうじゃ、何か思い出したか?」

「ダメだな。

 ……断片的に見えたりするが全部を思い出す事ができない。

 以前言われたことが原因かもしれん」

ドクターの問診にクロノは状況を説明した。

「補助脳の事か?

 だがなぁお前さんの五感がある以上、それは関係ないと思うんじゃが」

「そうかもしれないな。

 心の何処かで記憶が戻るのを拒んでいるのかもしれん」

「そうじゃな、此処で初めてスープを飲んだ時泣いていたからな。

 アクア嬢ちゃんが驚いてたがな」

からかうように話すドクターにクロノは苦笑して、

「その話はやめてくれドクター。

 自分でも何で泣いたのかわからんのだ」

「多分お前さんは五感、

 特に味覚がダメになっていたんじゃないか?

 ……だから嬉しくて泣いたんじゃろう」

推測を交えて話すドクターにクロノも頷いていた。

「……そうかもな」

「……お前さんは記憶が戻らん方が幸せかもしれんな。

 ……アクア嬢ちゃんの為にもな」

「何でそこでアクアの名が出るんだ。

 ……分からんぞ」

「とぼけるな。

 分かっているはずじゃアクア嬢ちゃんの気持ちを……そうじゃろ、クロノ」

真剣な雰囲気でクロノを見るドクターにクロノは何も言わなかった。

「………………………………………………………………」

何も言わないクロノにドクターは話を続けた。

「アクア嬢ちゃんにはお前さんのような人間が必要なんじゃよ。

 支えてやれる者がな……」

それに対してクロノは迷いながら話す。

「だが俺には何かやらなければならない事があるんだ。

 ……だからいつまでも此処にいる訳には」

「わかっておる!

 だから行く時はアクア嬢ちゃんも連れて行けばいい」

「そんな事は出来ん。

 ……多分俺の行く所は地獄だろう。

 そんな所にあの娘を連れて行けるか。

 あの娘には誰よりも幸せになって欲しいんだ。

 俺は誰も幸せに出来ない」

微かにに見えた記憶を思い出してクロノは思いをドクターに話すが、

「違うなクロノよ。

 それはお前さんの気持ちでアクア嬢ちゃんの答えじゃない。

 アクア嬢ちゃんはお前と共にあることを望んでいるんじゃよ。

 ……例えそれが地獄でもじゃ」

クロノの思いを否定するように話した。

「……だが俺は」

「後はお前さんの覚悟次第じゃ。

 地獄だろうが命を懸けて守ってやればいい……そうじゃろクロノ」

「……ドクター」

「人はそんなに弱くはない。

 お前さんのように覚悟があればな……ん、どうしたクロノ」

外を見ているクロノにドクターが聞くとクロノは走りながら答えた。

「……銃声が聞こえた。

 ドクター!

 俺はアクアの元に行く気を付けてくれ!」

「わかった!

 クロノ!お前こそ気を付けるんじゃぞ!」


「アクア様、お茶の用意が出来ました此方へどうぞ」

「えぇ、すぐに参ります。ありがとう、マリー」

南国の陽射しを避けるように作られたバルコニーで、

アクア・クリムゾンは口元に笑みを浮かべてお茶を楽しんでいた。

その様子を見てマリー・メイヤはクロノとの出会いを喜んでいた。

クロノがこの島で暮らし初めて三ヶ月、

アクア様の表情が変わられている事はこの島にいる者たちは気付いている。

アクア・クリムゾンではなくアクアという一人の女性としてクロノは接している。

その事がアクアにとって嬉しい事なのだろうとドクター言っていた。

クリムゾンの姫君としてのフィルター越しで見られていた事がアクアにとって苦痛なのだと。

(やはりアクア様には、私たちクリムゾンの者たちではない存在が必要だったのでしょうね)

ただ問題もあるドクターが言うには、クロノは実験体としてクリムゾンにいた可能性がきわめて高い事。

それもかなり過酷な状態で生きていた事。

記憶が戻った時、アクアに対してどんな行為に及ぶか分からない事。

グエンがその事を懸念しているが、どうしようもない事だと。

『戦闘用マシンチャイルド』その言葉の意味がどうしても重く圧し掛かる。

『ボソンジャンプ』この事も気にかかる火星で発見された新しい移動手段の技術。

ネルガルが現在躍起になって研究している技術だと。

だが生物の移動は困難と言われていたが、それをクロノが為しとげたと。

この事が知られたらクロノは再び実験体にされるだろうと、それもネルガル、クリムゾンからも。

そうなればアクアの心にどれだけの傷がつくか分からないと。

「……マリー、聞こえてましてマリー」

「はっ、申し訳ありません、アクア様」

「何かあったの、……心配事でもあるのマリー」

「……いえ、なんでもありません、お気になさらないで下さい、アクア様」

「……そぅ、ならいいんだけど…………」

「はい、アクア様」

「………………………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………」

沈黙し波の音を聞く二人だったが、やがてアクアが話した

「でもね……どうにもならないわ、マリー」

(!!やはり気付かれている。

 聡明な方ですから……ならば私のする事はひとつですね)

マリーは決断するとアクアに進言した。

「ではクロノをこの島より別の場所に移動させて、

 二度と会わないようにしますか?」

「!!そんなこと出来ません。

 そんなこと…………」

動揺するアクアにマリー・メイヤは続ける。

「何故クロノにこだわるのですか?

 クリムゾンの被害者だからですか?

 それとも…………」

「……分かりません。

 ですが側にいて欲しいんです。

 ただそれだけです」

「ならばクロノを信じましょう。

 記憶はないですが、クロノの本質は今のままです。

 記憶が戻ってもアクア様を嫌いにはなられません」

「……そうでしょうか、怖いんです。

 記憶が取り戻してクロノが私の元を離れていくのを」

いつか起きる現実に怯えるアクアにマリーは優しく励ます。

「でしたら付いて行けばいいんです、どこまでも」

「……でも、足手まといになって迷惑になるんじゃ」

「いいんですよ。

 迷惑をかけてもその分クロノを支えてさしあげればいいんです。

 どうもクロノは一人で抱え込んでしまうみたいですし、

 その負担を支えてさしあげればいいんです」

「でも…………」

「クロノが居なくなってもいいんですか?」

問いかけるマリーにアクアは直ぐに否定する。

「イヤです!!

 あ…………」

「なら付いて行くしかないですね」

「……マリーの意地悪」

拗ねるようにマリーを見つめるアクアに、マリーは微笑んで話す。

「ええ、イタズラ好きのお嬢様付のメイドですから、

 たまにはいいでしょう」

「………………………………」

「……これはただのおせっかいですよ、アクア様。

 クロノの側にいたいのなら覚悟を持つ事です」

「…………覚悟ですか」

「はい、全てを捨てても後悔しないか。

 それともクリムゾンを背負ったままクロノを守り続けるか」

「!そ、それは…………」

マリーが告げる言葉に動揺し答える事が出来ないアクアに、マリーは話し続ける。

「前者は全てを失います、後者はクリムゾンの紅を持つ事です。

 後はアクア様の御心次第で流される血の量を減らせるでしょう」

「……マリー」

「いつまでも逃げてはいられません。

 アクア様が望む未来を作る事ができるのはアクア様次第です」

考え込むアクアにマリーは更に別の問題を話す。

「…………ただ問題もありますが」

「何かしら、マリー」

「クロノは無自覚のそう……天然の女たらしです。

 それだけが心配です」

「……治らないかしら」

「おそらく無理だと思います。

 ドクターが言うには本人が自覚できんからとのことです」

「……そうね、自覚できないでしょうね、アレは」

「ただ浮気が出来ないところが救いだろうと…………」

「そう、……でもイヤだわ」

南国のテニシアン島に微妙な空気が漂い始めた時、アクアの元にグエンが現れた。

「失礼します、アクア様!(む、何だこの空気は、出来れば逃げたいが……)」

「どうかしましたか、グエン」

「はっ、侵入者ですアクア様。

 現在ガードが対処していますが、数が多いので避難して下さい」

「わかりました、で「グエン! 銃声が聞こえたが、侵入者か!」クロノ!」

三人の元に来たクロノにグエンは告げる。

「そうだ。

 すまないがアクア様のガードを頼む、クロノ」

「俺が出た方がいいんじゃないか」

「客人であるお前に行かせるわけにはいかない。

 それに万一の時はアクア様を頼む」

「………グエン、な、いっいかん」

その時クロノの視界にスナイパーライフルの銃身の反射する光が見えた!

「ク、クロノどうしキャアァ――――――――」

アクアの前に立って狙撃から守ろうとしたクロノに銃弾が当たった。

「「アクア様!!」」

「グ、グエン、アクアは無事か?」

「ああ、無事だよ。お前のおかげでな」

「そ、そうか…………」

「お、おいクロノしっかりしろ! クロノ!」

薄れゆく意識の中で、クロノはアクア無事を喜んでいた。

あとに残された二人は血だまりに倒れるクロノとアクアに何もいえなかった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

改訂した割には変化がないですね(爆)
アクアの心情を少し書いてみたんですがどうでしょうか?

TV版ではかなりぶっ飛んだ性格でしたが現実的に考えるとありえないと思いました。
人がおかしくなるには原因があると思い、クリムゾンに怯えた末に狂ったとこのSSでは判断しました。
では狂う前はどうなのかと思い、こんな可愛い性格にしちゃいました(核爆)

感想提示版やWeb拍手の意見を参考にして手直しするつもりです。
では次回でお会いしましょう。


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