役者は揃い 運命の劇がはじまる 

だが彼等は知らない 自分達がピエロである事を

知らないが故に幸せであるが 知らされた時に不幸になるかは

誰にも分からない



僕たちの独立戦争  第十六話
著 EFF


―――サセボシティー 雪谷食堂―――


「ここにテンカワ・アキトが……」

昨日、電脳世界でホシノ・ルリと出会ったアクアはもう一人のクロノであるテンカワ・アキトに会いにきた。

「いらっしゃいませー」

陽気な声を聞いた瞬間、アクアは泣きそうになった。

ここにクロノがいる。

傷つき全てを失う前のクロノが……。

「お客さん、どうかしましたか?」

アキトの声にアクアは席について注文をする。

「いえ、何でもありません。えーとチャーハンを一つお願いします」

「はい、サイゾウさん。チャーハン一つです」

「あいよー」

厨房からの返事があり、アキトが戻ろうとした時に空襲警報が鳴り響いた。

アキトが頭を抱えるように怯えるのを見た時、多分これがクロノの始まりなのだと思った。

小さな少女を救えなかった罪悪感がアキト(クロノ)を動かすのだろう。

そして誰も救えなかった事が傷つけるのだろう。

アクアはアキトの手をとり片手を頭に乗せて撫でる。

「大丈夫ですから、落ち着いて。危険はありませんから、怯えないで」

アクアの声にアキトは顔を上げた。

「落ち着いて、警報です。

 ここは戦場ではありません、落ち着いて下さい」

微笑み優しく語るアクアにアキトは、

「すみません。俺、警報を聞いたりすると……ダメですね、俺」

「………火星の方ですか?

 それなら仕方ないです。あの悲劇は火星にいた者しか判りません」

「!どうして判るんですか。俺が火星にいたのが」

「手のタトゥーを見れば分かります。

 パイロットでないなら火星の出身者だと思うのですが」

「アキト! チャーハンできたぞ。早く取りに来い」

サイゾウの声にアキトが慌てて取りに行くのを見ながら考える。

(優しいままのクロノなんですね。

 このまま……いえ無理ね。

 このままでは何処に行っても臆病者のパイロットあがりとして扱われて傷ついていくのでしょうね)

「はい、チャーハン。おまちどうさま」

「アキトさんでしたね。私はアクア・ルージュメイアンと言います」

「俺はテンカワ・アキトッス。よろしく」

「はっはい、よろしく(……流石です。慣れているとはいえ、効きますね)」

元祖テンカワスマイルに動揺するアクアであった。

他愛ない会話をしながらアクアはアキトに告げた。

「アキトさん、きつい言い方ですがこのまま逃げ続けたら本当に誰も守れなくなります。

 その時は今以上の苦しみを感じます。

 ですから少しづつでもいいから前を見て進んでください」

アキトは反論しようとしたが、アクアの哀しく泣きそうな顔に何も言い返せなかった。

アクアが店を出た後、アキトにサイゾウが告げる。

「あの娘っ子の言う通りだな、アキト。

 今のおめえは逃げてるだけだな。

 このままじゃあ料理人にはなれんし、何をしても半端なだけだ。

 まあここにいる間は教えてやるが、自分から逃げてる奴が使えるか分からんがな」

「……サイゾウさん、俺考えてみます。これからを」

「ああ、そうしな。おめえは若いんだからな。

 これからの事をきちんと考えて決めるんだな」

(アクアさんの言う通りかもしれない。……いつまでも逃げていたら誰も守れないか)

アキトの最初の一歩が出た瞬間であった。


アクアは辛くて泣きたかった。

未来とはいえ自分が逃げた事がアキトをクロノに変えて傷つけた。

その事がとても苦しくホテルの部屋に戻った時泣き崩れた。

その時アクアの髪を優しく撫でる手に顔を上げた。

「アクア、辛いのなら乗るのをやめてもいいんだ。

 君が傷つくのを俺は見たくはない」

優しく抱きしめるクロノにアクアは泣き続けた。

「大丈夫、大丈夫です。今だけは頼らせて下さい」

クロノは何も言わず、アクアを抱きしめ続けていた。

静かに夜が更けていく、明日に向かって。


プロスペクターはホシノ・ルリをナデシコに送り本社に戻ると一通のメールを見て考えていた。

(アクア・ルージュメイアンさんですか?

 スキャバレリプロジェクトの事を殆ど知られているみたいですな。

 おそらくこの人物はクリムゾンウィッチさんかもしれません。

 だとすると断るのはいけませんね)

プロスはそう決断すると明日、会長に報告して自分に交渉を任せるようにしてもらおうと考えた。

(ここまで上手く行き過ぎたのもおかしいですな。

 ……気をつけないと)

長年、裏にいるプロスの勘は順調すぎる計画に胸騒ぎを感じていた。


―――ネルガル会長室―――


「―――という訳でその人物に会おうと思います、会長」

アカツキに報告するプロスにエリナが叫んだ。

「何いってるの!

 そんな事する必要はないわ。SSを動かして拘束すればいいじゃない」

「いや、プロス君。君にまかせるよ、できればこちらに引き込んで欲しい」

「わかりました、ではその方向で進めます会長」

「だから、人の話をきいてるの!!」

叫ぶエリナにプロスが答えた。

「エリナさん、彼女を敵に回してクリムゾンや他の企業に行かれるのはマズイのです。

 どこまで知られているか分からずに拘束に失敗して他の企業に行かれるのは困るのです」

「そうだね、場所の特定はできるかいプロス君」

「いえ戸籍はありますが現在の住所も不明です。

 会うまでは何も分かりません」

「姿を見せない、慎重な女性だね……もしかしてそうなのかな」

「はい、その可能性もありますので……」

黙り込む二人にエリナが訊いた。

「何よ、どういう事心当たりでもあるの」

「ええ、一人あるんです。もしその人物なら敵にしては不味いんです」

「そうだね、ネルガルには致命的な事になるからその場で処理も不味いね」

「はい、単独で処理した後にもう一人に知られるとネルガルのSSでは対処出来るかどうか?」

プロスの発言にアカツキは頷いていた。

「ちょっと、そんなに危険な相手なの!!どうするのよ」

顔を青ざめるエリナを見ながら、アカツキはプロスに告げる。

「うまく交渉してくれたまえ、プロス君。

 紅の魔女――クリムゾンウィッチ――さんに」

「はい、その事を含めて交渉にあたります会長」

エリナが声も出せない中で二人は厳しい顔で話し続けた。

「それと軍からある人物をナデシコに乗せろと言ってきたんだ。

 この人物だがいいかな?」

アカツキはプロスに報告書を見せるとプロスは読み始めた。

「仕方ありませんな、軍からのオブザーバーですか?」

読み終えたプロスはアカツキに聞くとアカツキは話した。

「そうなんだよ。

 退役したフクベ提督を補佐させるから乗せて欲しいんだって。

 あとはネルガルの戦艦の能力を実際に見ておきたいそうだよ」

「分かりました。迂闊に断るのは問題がありますので乗艦していただきましょう」

「順調に行き過ぎたのかしら、出航前に問題が出てくるなんて」

エリナが二人に告げると二人も頷いていた。

報告書にあった写真にはムネタケが映っていた。


―――オセアニア 連合軍基地 応接室―――


「ロバート・クリムゾン会長ですね。

 私を呼ばれたのはどういう事でしょうか?」

静かに探るように話す青年仕官にロバートは話す。

「アルベルト・ヴァイス中佐だな、君にある部隊を活用してもらう事になった。

 本格的に始動するのは来年からだが、君にはその部隊の戦術の訓練を行ってもらう事になるだろう。

 その為一時軍ではなくクリムゾンの機動兵器の実験に付き合って欲しい」

ロバートは簡潔に話したがアルベルトは逆に疑い始めた。

「申し訳ありませんがクリムゾンと個人的に付き合う事はありません。

 その件は聞かなかった事にして下さい……では失礼します」

ロバートの申し出を断り、部屋から出ようとしたアルベルトにロバートは事実を告げた。

「この戦争の真実を知りたくはないかね……茶番の戦争の裏話を」

その言葉にアルベルトは振り返り尋ねた。

「どういう意味ですか、この戦争が茶番ですか?

 犠牲者が出ているのですよ、遊びじゃないのです。

 冗談は止めてください、兵士達が怒りますよ」

「そうだな、だが君は木星蜥蜴の正体を知りたくはないか?

 私は知っているよ。

 此処では言えんが現在の戦況を知っているのかね。

 火星を軍が見捨てた事を知っているだろう」

「それは違いますよ。

 フクベ提督の活躍で木星蜥蜴の侵攻が止まったと報告されてます。

 いい加減な事を言わないで下さい」

「何も知らないのだな。

 フクベ提督は敗戦を隠す為のスケープゴートだよ。

 軍は開戦前に火星から新鋭艦を戻して老朽艦だけで戦うようにしたんだよ。

 フクベ提督は軍の権力争いに巻き込まれて、火星は連合から見捨てられたんだよ。

 そして君も分かっている筈だ、地球は負け続けている事に」

ロバートが話す事実にアルベルトは言い返せなかった。

「ただ火星は無事だよ、独立して生き残る為に頑張っているよ。

 君はどうする市民を見捨てるかね」

「見捨てませんよ、軍はそんな事はしません。最期まで守りますよ」

「ならば私に手を貸して欲しい、この茶番を終わらせたい。

 その為に君を選んだ……クリムゾンと関係が無く公正で不正が出来ない人物が必要なのだ。

 今の軍は危険なのだ、このままでは泥沼の戦争になるだろう。

 クリムゾンではなく私個人に力を貸してくれないか、今すぐ答えなくてもいい。

 一週間待つ、君の決断で被害を少なくしたい……待っているよ」

全てを話すとロバートは席を立ち、帰って行った。

(どう言う事だ、クリムゾンではない独自の行動か、戦争の事も聞かないと不味いな。

 この戦争は何処かおかしい、どうやら裏があるな……軍を変えるか?

 火星の事は事実だろう……政府も軍も信じられないな、どうするべきか)

アルベルト・ヴァイスの決断が一つの転機になる事を彼はまだ知らない。


―――ナデシコ ブリッジ―――


「こちらは軍から派遣されたムネタケ中佐です。

 皆さん、よろしくお願いしますね」

プロスがブリッジのクルーに紹介すると順に挨拶をしていた。

「最後にオペレーターのホシノ・ルリさんです」

「ホシノ・ルリです」

一言だけ挨拶すると作業に戻ったルリにムネタケは苦笑していた。

「すいません、副提督。人見知りが激しいもので」

プロスがフォローするとムネタケは笑っていた。

「いいわよ、気難しい子だって聞いてるから気にしてないわよ。

 でも火星で知り合った子達より大人びてるわね」

「はて、火星にホシノさんと同じ方がいるんですか?」

プロスはムネタケの言葉に内心驚きながら訊ねた。

「ええ、三人はホシノさんより年下の子供でもう二人が親代わりかな」

「副提督、それは本当ですか?」

ルリは振り向くとムネタケに聞いてきた。

ムネタケは懐から写真を取り出すとルリに見せた。

「翠の髪の子がクオーツくん、ピンクの髪の子がラピスちゃんで青い髪の子がセレスちゃんよ」

その写真にはムネタケと三人の子供達の写真が映っていた。

「わ〜可愛いわね〜」

「そうですね〜、みんな、お人形さんみたいな子ですね〜」

操舵士のハルカ・ミナトと通信士のメグミ・レイナードが写真を見て感想を話していた。

「レイナードさんだったかしら、ここではいいけどあの子達に会った時はそれは言わないでね」

ムネタケは悲しそうに話すと続けた。

「その子達ね、人体実験をされてたのよ。

 その時に人形扱いされてたから、その事を思い出して怯えるのよ。

 だから火星に行ったら気をつけてね」

「そうなんですか?

 酷い事をするんですね。

 分かりました、気をつけますね」

この時点ではメグミは人体実験の怖さを理解できなかったので気にせずに話していた。

ムネタケもあえてその事を言わなかった。

「ええ、気をつけてね」

「でも火星に行く事はないと思うんだけど〜」

ミナトが二人に話すとムネタケがプロスにこっそりと聞いた。

「もしかして言ってないの、ナデシコが火星に行く事を」

「妨害者の目を欺く為に話していないんですよ」

「そうなの……じゃあ発進するまではアタシも黙っているわね」

「そうしてくれると助かります」

二人が話しているとゴート・ホーリーがプロスに告げる。

「ミスター、時間がないぞ」

「そうでした、では皆さん作業を進めて下さい」

「あれっプロスさん、出かけるの」

「ええ、これから人に会うんですよ」

「そうなんだ〜。

 気をつけてね〜」

ミナトがプロスに話すとプロスはブリッジを出て行った。

「副提督、残りの二人も私と同じなんですか?」

ルリがムネタケに尋ねると、

「そうよ、ルリちゃんの事を気にしていたわね。

 よく話していたわ、私の大事な妹で助けたいけど動くと問題があってどうにも出来なくて悔しいってね」

「私には家族はいませんよ」

ルリが冷めた言い方で話すとムネタケは苦笑していた。

「何か変ですか?」

「アクアちゃんが言った通りね。

 素直になれない未熟な子供だって」

「私、少女です」

ムネタケの子供発言にルリは反論すると、

「それでいいのよ。

 ガンガン自己主張しなさいよ、生きるって事は戦いなのよ。

 自分の生きる場所はきちんと戦って掴み取るのよ」

と笑って話していた。


―――サセボシティー 雪谷食堂―――


ナデシコから離れて、翌日プロスはゴートを伴ってアクア・ルージュメイアンに会う為にここに来ていた。

「ここですか、会見場所は」

「ミスター、ここに人材がいるのか?」

「はい、これから会う人物は非常に重要な方で決して怒らせないようにお願いします」

プロスはゴートに一言注意して入っていった。

「いらっしゃいませー」

明るい声が響く食堂にはサングラスをかけた女性がいるだけだった。

プロスはその女性に声をかけた。

「貴女がアクア・ルージュメイアンさんですか?」

「そうです。プロスペクターさんとゴート・ホーリーさんですね」

二人はその席に座り食事をしてから会話を始めた時、その女性がサングラスを外した。

その女性の瞳を見たプロスは驚いて眼を瞠った。

「そっその瞳は、まさか貴女は……ですがありえない」

昨日、ムネタケから火星にマシンチャイルドが存在する事を聞いたプロスは他にもいる事に驚いていた。

「ええ、ネルガルのプロトタイプのマシンチャイルドですが驚きましたか?」

驚くプロスを愉快に笑うアクアに、

「ですが、ホシノ・ルリが最初の成功例のはずですが」

「ええ、私達の実験データーから彼女が生まれました。

 私達は失敗作として廃棄される所を極秘に救われ……生き残ったんです。

 ただクロノはネルガルの実験施設の事を知り潰したので連絡を入れましたが、

 正直まだ人体実験を行っているネルガルには失望しました」

アクアの静かな怒りにプロスは宥めようとして話した。

「あれは社長派の仕業でして、全て処理しましたので心配しないで下さい」

「まだ何も終わっていないのにそんな事を言わないで下さい。

 いい加減気付いた方がいいですよ。

 自分の首を絞めて、死にかけている事に。

 ネルガルはいまだ先代の会長の下に動いている事に気付きなさい」

アクアが静かに現在のネルガルの状況を話すがプロスには分からず聞く事にした。

「……どういう事ですか?

 今の会長は先代とは違いますが」

「いえ、そっくりですよ。

 考え方こそ人道主義ですが実験している事は変わりません。

 モルモット扱いされた事がない人は本当の苦しみを知らないんですね。

 何の為に社長派の資料を送ったのか、全て無駄に終わりましたよ。

 ネルガルは何も変わる事はなかった……クロノもこの事に憤りを感じてますよ」

アクアの悲しく憂いを含んだ声に二人は言い返せなかった。

「……それでは用件を伝えましょうか」

「そうですな、私どもの計画の事で交渉があるようで」

「実は片道で悪いんですが、火星まで乗せて貰えませんか?

 ……ネルガルの戦艦に」

「えっと、どういう事ですか?

 できれば詳しく教えていただけないかと」

「火星に家族がいるんです。

 戦争が始まって戻れないと思っていたのですが、船があるので声をかけたんです」

「……そうですか、危険ですよ。このまま地球に残った方がよろしいかと」

ホシノ・ルリには劣るはずだが、貴重な人材である事には違いないのでプロスは確保しようとした。

「無理です。地球にいる限り、常にネルガルに怯えて生きる事を続けなければなりません」

「今の会長なら保護してくれますよ」

「嘘ですね。未だに人体実験を承認している人物など信じられませんね。

 それに火星の事でもはやネルガルを信じる事が完全に出来なくなりました」

アクアの言い分にプロスは言い返せなかったが、ここで気付けなかった事を火星で後悔する事になる。

「……3日待ちます。時間と場所はここで、返事はその時でいいです」

「分かりました、では3日後にここで返事をします」

「先程の会話ですが、必ず会長に伝えてください」

「……よろしいので、船に乗れなくなりますよ」

「ええ、ダメな時は時間はかかりますがクリムゾンに協力します。

 火星にいた時に機動兵器の開発に携わったので優遇してくれるでしょう」

その言葉にプロスは目の前のアクアがブレードストライカーの設計者の一人だと考える。

「……ネルガルとしてはそれは困るんですが、いっそこちらで働きませんか?

 貴方ならネルガルとしても優遇しますし、条件もクリムゾンより良くしますよ」

クリムゾンに行かれると非情に不味い事になると考えて、プロスはネルガルに取り込もうと交渉しようとする。

「ですから、実験体になって殺されたくないんです。信用されない事ばかりするから困るんです。

 同じマシンチャイルドの子供達に貴方達は何をしましたか?

 モルモット扱いの使い捨ての道具にしている会社には居たくはないですね。

 交渉が終わるまでは動きませんので、安心してください」

にこやかに微笑みながら拒絶するアクアにプロスは声が出なかった。


―――ネルガル会長室―――


「………という訳で交渉は難航してます」

プロスの説明にエリナが怒り出していた。

「ふざけないで、何様のつもりよ!

 私が交渉に出て従わせるわ。

 ダメならSSを使いましょう、拘束して処理すれば問題ないわ。

 いいでしょう会長!」

「ダメです。エリナさんが出れば、最悪その場で殺されますよ。

 先の件を知っているでしょう。

 彼女は人体実験をする者には容赦はしませんよ」

プロスがエリナに注意する。

エリナの強引な交渉ではまとまらないとプロスは考えている。

最悪は決裂してエリナは死亡、アクアのクリムゾン行きが確定するだろう。

「だったら先に拘束してから、会えば問題ないでしょう」

「これまで慎重に行動する女性が姿を現したんですよ。

 切り札は複数持っているでしょう。

 おそらく自分に何かあれば必ず報復する手段を持っていますよ、エリナさん」

「……プロス君、僕が会いたいんだがダメかな」

普段のアカツキとは違う雰囲気に二人は驚いた

「僕のどこが父上にそっくりなのか?

 いまだに父の下で動いているとか?

 どうしても聞きたいんだ」

「……おやめになった方がいいですよ、会長。

 おそらく彼女はネルガルを完全に信用してません。

 会っても答えはくれませんよ、むしろ会長の心に毒の言葉を植え付けるでしょう。

 その彼女にネルガルの言葉を信じて頂けないでしょう。

 戦争がなければ彼女はネルガルに接触する必要はないのですから」

プロスの確信めいた発言にエリナが話す。

「そこまで言わなくてもいいじゃない……やっぱりSSを使いましょう。

 一応尾行して居場所は確認したんでしょ」

「だから危険なんです。人気の少ないビジネスホテルなんて私達を試すようなものです」

「都合がいいじゃない。ばれないし手間が省けるし」

「相手もそう考えますよ。罠に飛び込んで……最悪SSが全滅になるかも知れません」

プロスの返事にエリナは沈黙した。

「……もういい。わかった彼女の要求をのもう。契約は片道で火星で降りてもらう。

 火星が全滅していてもだ。

 それが条件で変更するならここに連れて来てくれたまえ、プロス君」

「いいのですか、会長」

「この条件ならここに来るだろう。火星で一人寂しく死ぬ気はないだろう」

「いえ、彼女は来ないでしょう。ネルガルに来るくらいなら死を選ぶでしょう」

プロスの返事に二人は声も出なかった。

「私見ですが彼女はかなりの修羅場を潜りぬけて覚悟を持つ女性です。

 生き抜く力は十分持っていますし、今の会長の言葉で私にも彼女が言った意味が分かりました」

「プロス君……教えてくれるかい」

「会長は命を軽んじているからです。

 未だ人体実験を続けている事を非難していますがそれを止めずに続けているからです。

 このような状態では彼女はネルガルの敵になるでしょうが文句は言えませんな。

 何故なら彼女はネルガルの人体実験の被害者で今も続けている事に嫌悪しています。

 言っておきますがエリナさん、貴女は彼女にとって憎むべき存在ですから余計な真似はしないで下さい。

 もし勝手に動いて彼女を怒らせたなら、貴女を処理して彼女との和解を優先しますので」

プロスの言葉にアカツキは動揺して、エリナは自分が非難されプロスの非情な考えを聞かされて動揺していた。

そんな二人を冷めた目で見ながらプロスは話した。

「それでは、その条件で交渉をつづけます。失礼します、会長」

プロスが退室して、エリナが逃げるように部屋を出ると、

そこには力なくうなだれるアカツキの姿だけが残った。


―――3日後 サセボシティー 雪谷食堂―――


「ではこの条件でよろしいですか?」

「ええ後腐れないので最高の条件ですね」

微笑むアクアにプロスは契約書を渡した。

「それでは契約書にサインをお願いします」

渡された契約書を受け取り、アクアは契約書を調べた。

「特に問題はないですが……これはなんですか?」

アクアが聞いた条件にプロスは悔しそうな顔をすると答える。

「これに気付きましたか、一応戦艦ですので恋愛などされると困るんです」

「いえ、こんな小さな文章で書かれたら気付かないでしょう。

 後でクルーともめますよ」

この後、起こる事を知っているアクアはプロスに注意したがプロスは気にしてなかった。

「それより消さないんですか。気付いた方は消されてますよ」

「これでも火星にクロノがいますからそれに遊びじゃないんです。火星に行くのは」

真剣な表情でプロスに話すアクアにプロスも火星の状況を考えて気をつける事にした。

サインを終えてアクアは、

「では片道ですがよろしくお願いします。

 それからここの見習いさんがIFSを持つ火星の出身ですから都合がいいんじゃないですか?」

アクアの問いかけにプロスは考えて答えた。

「確かに厨房で男手が欲しいと頼まれてました……スカウトしますか?」

(引っかかりましたね、これで彼の保険の問題は無くなりジャンプの件も不明に出来ますね)

密かに計画が成功した事をアクアは気付かせないように普通にプロスに話しかけた。

こうしてテンカワ・アキトの戦争後の借金生活の問題が解決された事に誰も気付かなかった。

……歴史は少しづつ変化していく。

「ではプロスさん、失礼します」

「はいそれではナデシコでお待ちしております」

アクアが出て行くとプロスがスカウトを始めた。

テンカワ・アキトは少し迷ったがプロスが火星に行く事を告げるとナデシコに乗る事にした。

こうしてナデシコは出航を待つ事になった。


―――サセボシティー 地下ドック―――


無事に契約を果たしたアクアはプロスとアキトを伴って地下ドックに入って行った。

プロスが二人にナデシコを見せて話した。

「これがネルガルの誇る起動戦艦ナデシコです。

 いかがです、アクアさん、テンカワさん」

「ナデシコ、変な形っすね」

アキトはナデシコを見ると今までにはない形にそんな感想を述べた。

「これは手厳しい。この艦の持つ構造では致し方ない事なんです。

 ですが性能は問題ありません」

「……プロスさん、死ぬ気ですか?」

ナデシコを見つめながらアクアは真剣な様子でプロスに尋ねた。

「どういう意味でしょう、アクアさん」

「そのままの意味ですよ。

 戦艦にしては武装が少なすぎます、これでは試作艦に見えますよ」

アクアの発言にアキトが聞いた。

「アクアさん、そんな事分かるんですか?」

「ええ、主武装はグラビティーブラスト一門、他はミサイルのみですか。

 しかも砲門が固定式で前にしか撃てない。

 これでは戦艦とは言えませんよ、駆逐艦ならいいですが」

アクアがナデシコを見ながら話すとプロスも聞いてきた。

「……問題がありますか、十分戦えますが」

「たしかに一対一なら勝てるでしょう、ですが数で押し切られると危険ですね。

 艦長は実戦経験はありますか、豊富な方ならいいですが経験の無い人物は危険ですよ」

アクアが告げる事にプロスは考えるが既に決まった事を変更出来ないので聞かなかった事にした。

「……そうですか、では次に格納庫に案内します」


格納庫についた三人が見たものは奇妙な踊りをするロボットであった。

「何っすか、あれは?」

「あれが噂の機動兵器ですか、なかなかいい動きをしますね。プロスさん」

アキトの疑問にアクアが答える様にプロスに尋ねた。

「はい、ネルガルの誇るエステバリスですが……ヤマダさんですね。操縦しているのは」

プロスの声に気付いたパイロットが叫んだ。

「ちが――う、俺の名はダイゴウジ・ガイだぜ!

 博士、ナデシコは俺が守ってみせるぜ!」

「誰が博士だ。その二人はパイロットか、プロスさんよぉ」

三人の側に来たメガネをかけた整備士にプロスが紹介する。

「いえ、彼は火星出身のコックでして、こちらはオペレーターの方です」

「そうか、俺はウリバタケ・セイヤ。この船の整備班長だ、よろしくな」

「テンカワ・アキトっす。よろしくお願いします」

「アクア・ルージュメイアンです。……ウリバタケさん、あのままでいいんですか?」

アクアの言葉に後ろを振り返ったウリバタケは半分投げやりな様子で見ていた。

「見せてやるぜ、この正義の魂の熱き滾りを、

 これが俺の必殺のガイ・スーパーナッパアアアア―――――!!!!!」

叫びと共に上に突き出される右拳。一瞬動きが止まるが重力に従って機体が倒れてくる。

派手な音が格納庫に響くと辺りは騒然となった。

「あの馬鹿、エステに傷付けやがって」

「ああ、こんな所で無駄な出費が……」

開かれたコクピットから出てきたヤマダが叫んでいた。

「手があって、足がある。これこそロボット、男のロマンだよ。ロボットの操縦はよ!!」

興奮するヤマダにウリバタケが足を見て話した。

「たしかにロマンだが……おめえ足折れてないか?」

「そういえば……痛かったりするんだな、これが」

「タ、タンカ持って来い、急いで医務室に連れて行ってこーい」

周囲が慌てるなかでアクアはエステバリスに乗り込み、起動させてウリバタケに暢気に声をかけた。

「ウリバタケさーん、この機体をハンガーに乗せて損傷のチェックしますよー」

「すまねー、そうしてくれると助かるよー」

と声を出すウリバタケにあわせて、

「中にある超合金ゲキガンガーを返してくれー」

とヤマダの声を聞いて話す。

「後で返しますよ〜ヤマダさん」

「ちがーう、俺の名はダイゴウジ・ガイだー」

と叫びながらタンカで医務室に運ばれて行った。

その時大きな揺れと警報が鳴り響いた。

「プロスさん、敵襲ですね。他のパイロットはいますか?」

「いえ、パイロットはヤマダさんだけです。残りの方は宇宙で訓練中です」

プロスがアクアに現在の状況を話すと、アクアは考えてプロスに話した。

「ではこのまま待機します。状況が分かり次第、連絡して下さい」

「どういう事ですか、操縦経験があるのでしょうか?」

「アクアさん、何をするんです。……まさか危険っす、俺がやります」

心配するアキトにアクアは微笑んで答える。

「大丈夫ですよ、テンカワさん。これでも火星で操縦訓練を受けたパイロットです。

 誰かアキトさんを食堂まで連れて行ってください」

「おう、サイトウ連れて行ってやれ。

 アクアちゃん、問題はあるか?」

サイトウに連れられて行くアキトを見ながらチェックを始めてウリバタケに伝える。

「いえ、問題ありません。いい機体ですね、ブレードには劣りますが」

「ブレード、何だそれは。これが新型じゃないのか?」

「火星の機動兵器です。それより武器はないんですか?」

「すまん、イミディエットナイフしか使えん。他はまだ組み立て中だ」

「囮には十分です、離れてください。エレベーターまで行きます」

アクアは整備班とプロスに告げるとハッチを閉じてエステバリスをエレベーターに移動させようとした。

「……ではアクアさんにお任せします、私はブリッジへ行きます」

そう言ってプロスはブリッジに向かった。


「やれやれ、艦長はまだ到着してないの」

ムネタケがゴートに聞くと、

「まだみたいだ……遅刻だな」

「そうなの、無責任な人ね。

 仕方ないわね、提督。アタシが臨時で指揮を執りますわよ」

「うむ」

フクベが頷くとムネタケはルリに尋ねた。

「一応聞くけど、マスターキーがないからこの艦はレーダーくらいしか使えないわね」

「はい、現在は電力も居住区のみ使用できます。

 戦闘行為は無理ですね」

「全く、使えない艦よね。

 艦長がいない時の対策は考えてなかったの。

 では機動兵器は使用できるかしら」

「それも難しいです。

 パイロットは先程、足を骨折して医務室にいます」

「他のパイロットは何処にいるのよ。

 まさか一人しかいないの」

「スケジュールでは全員宇宙で乗り込むみたいでした」

「危機感が足りないわね。

 ゴートだっけ、アンタは元軍人なんだから注意しておきなさいよ。

 これじゃあ生き残るのは難しいわよ」

「そうですね、既に地上の戦力は50%の損害を受けていますね」

ルリとムネタケは仲良くナデシコの状況をクルーに説明していた。

二人の説明を聞いてクルーも状況を把握したが何故か不安を感じてはいなかった。

そんな時にブリッジのドアが開いて女性が入ってきた。

「お待たせしましたー、私が艦長のミスマル・ユリカでぇす、V(ブイッ)!!」

「待ってよー、ユリカー」

遅れてくる艦長と副長にブリッジが呆れるなかでホシノ・ルリの声が響いた。

「バカばっか」

「さっさとマスターキーを差し込んで起動させなさい。

 今のナデシコは何も出来ないのよ」

ナデシコの状況を聞いたユリカはマスターキーを差し込んでナデシコを機動の準備を始めた。

「艦長、遅刻の件は後で聞きますが、どう切り抜けますか?」

慌てる事無くプロスが切り出した声にユリカは答える。

「エステバリスを囮に時間を稼ぎ、ナデシコは発進して、

 敵を誘導後グラビティーブラストで決まりです!!」

「うむ、いい作戦だ」

「だが、艦長。パイロットのヤマダ・ジロウは骨折で出撃出来ないが……」

フクベに続いたゴートの発言に、

「ええー、なんでー、他にパイロットはいないんですかー」

「いえ既に待機しておられます。ホシノさん、映像をブリッジに」

ユリカの疑問に答えたプロスの指示でウィンドウを開いたルリは眼を瞠り、ムネタケは驚いて叫んだ。

「アクアちゃん!どうして地球にいるのよ。

 火星にいるんじゃなかったの?」

『ムネタケさんこそどうしてこの艦にいるんですか?』

「そんなの仕事に決まっているじゃないのよ。

 軍からオブザーバー兼視察をする為に乗艦したのよ」

『そうなんですか?

 でもお元気そうで何よりですね、私は仕事で一時火星から来たんですが戦争で帰れなくなってしまったんです』

「そうなの、じゃあセレスちゃん達は火星なのね?」

『ええ、クロノがいるから大丈夫だとは思うんですが』

「その方が危ないわよ。

 クオーツちゃんの性格の矯正は誰がするのよ」

『だから困っているんですよ。

 この件に関してはクロノは頼りになりませんから』

「そうよ、朴念仁だから気を付けないと大変な事になるわよ」

二人はそのまま世間話を始めていたが、ゴートが二人の会話に割り込んだ。

「すまんが作戦を伝えるぞ」

それを聞いた二人は会話を中断してアクアはゴートに尋ねた。

『作戦を教えて下さい、ゴートさん』

「うむ、囮を頼む。時間は10分、敵をここまで誘導して欲しい以上だ」

『分かりました、地上にでます』

「は、はいエレベーター地上にでました」

「ではナデシコ発進準備を急いでください」

ユリカの命令にブリッジは準備を始め、ナデシコは発進した。









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EFFです。

とりあえずナデシコ発進です。
ここからしばらくはナデシコ編になると思います。(多分)
ルリちゃんを変える為に前回アクアがお茶目なイタズラをしました。
今回はムネタケがルリに人生のアドバイスをちょっとしましたね。
こうして少しずつ変化させようかと考えています。

では次回でお会いしましょう。



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