信じる者に誠意を示そうとする者

欲望によって自ら墓穴に入っていく者

狂乱を持って愉悦に浸る者

未来をつかむために戦う者

少年は何を求めて歩くだろうか



僕たちの独立戦争  第四十四話
著 EFF


「レイさん、気をつけて下さい。

 次の駐屯地には何かきな臭い感じがすると先行した部下からの報告が出ています」

ロックウェルはレイに次の目的地の状況を話していた。

「クリムゾンからの報告と一致しますね。

 実は連合軍司令官が私達の活躍を快く思っていないので、よからぬ陰謀を企んでいると連絡があったのです」

「……やはりですか」

苦々しい表情でロックウェルは考え込む。

「テロの可能性も考えられるか」

腕を組んで難しい顔つきでクロノは二人に話す。

「基地内と外と同時に起きないと良いんですが」

アクアもリチャードの暴走が起きた時の事を考えて、子供達を避難させようと考えていた。

子供達は二人と離れて生活する事を嫌がって、泣き出す子供もいた。

子供達が感情を出していく事は嬉しい二人だが、やはり避難させるべきだと考えていた。

「困りましたね、この作戦が終了次第で避難させる予定だったのに」

計算外の事態にアクアもクロノも困惑していた。

「幸いにも欧州方面軍のジェイコブ・キートン中将には連絡を入れておきましたので、

 トラブルが発生した場合には速やかに手を打ってくれるそうです」

後手に回ってしまうが、軍との関係に支障がきたす事がないようにロックウェルは配慮していた。

「キートン中将は今回の戦争に対して最初から不審な点がある事に気付いていました。

 ただ……ここまで酷い裏があるとは思わなかったみたいで」

「……だろうな、まともな軍人なら疑問を抱くはずなんだよ。

 尤もそんな軍人ほど中枢から外されているがな」

よくトップにいられたなとクロノが感心していた。

「喰えない人ですよ、強かと言うか、面の皮が厚いのか、実績がありますから司令官殿も迂闊に手が出せないようです。

 それにアフリカ同様に最前戦ですから外せなかったと言うべきです。

 欧州が安定すれば当然のように責任追及の急先鋒になる方です」

司令官達が安心していられるのも時間の問題だとロックウェルは言う。

「ほう、いよいよ奴らも苦しい立場になってきたみたいだな」

「ええ、それは嬉しい事ですが、今は目の前の問題をどうするかですね」

「ダッシュ、オモイカネ、警戒レベルを一段階引き上げて下さい。

 クルーにも注意を呼びかけて外出は控えさせましょう」

『分かりました、グエンさんに連絡しておきます』

『まかせて、周囲の警戒は今以上にしておくよ』

アクアは現状で出来うる限りの手段を取る事にした。

「イネスに連絡して、子供達に例の物――ナノマシンの発信機を渡しておくか?

 万が一誘拐された時に所在が直に判明するようにな」

「そうしましょう、クロノ」

クロノの意見に賛成するアクアにレイは告げる。

「ではクロノは子供達の警護に集中して下さい。

 訓練も順調に進みましたので戦闘に支障はないでしょう」

クロノは頷くとブリッジを出て行く。

ブリッジのクルーも真剣な顔で作業を開始していた。


薄暗い部屋で男達は会話していく。

「くっくっ、いいのか、こんなに貰ってよ」

卑しい笑い声で話す男と周囲の人間は大金を前にして喜んでいた。

「かまわねえよ、その代わりと言っては何だが……派手にやってくれよ。

 花火は盛大な方が面白いだろう」

向かい合っていた男が愉しそうに話すと、男達も頷いていく。

「いいぜ、せいぜい派手にしてやるさ」

「そうそう、火星の連中なんざどうなろうと知ったことか」

「火星は地球に従っていれば良いんだよ」

男達は自尊心ばかり肥大して現状が読めない連中だった。

そんな連中を見ながら男は面白そうに見ていた。

(まあ、こっちの都合の良いように踊ってくれよ。

 お前達の役目は俺の動きを隠す事なんでな)

静かに《マーズ・ファング》に陰謀の魔の手が伸びて来ているようだった。


―――クリムゾン情報二課―――


「周囲の警戒を一段階引き上げて下さい。

 どうやら一波乱起きそうです」

ミハイルは状況を読み取り指示を出していく。

その顔にはいつも以上に真剣な様子が出ている。

「どうやら外と内から同時に行われそうです。

 問題はどちらに奴がいるかですな」

「おそらく内でしょう……奴は侵入する事が必要ですから」

ミハイルの考えにSSのメンバーも納得していた。

「マリオネット――人形遣い――ですか……厄介な相手になりそうです」

「ええ、思考制御された人間を複数同時に制御して駒のように動かしていく。

 生体強化された相手では訓練された兵士でも対応するのは難しいです」

報告を読んだ者は寒気がするような思いだった。

人間の意志を奪い、更に強化処理を行い、痛みや恐怖を失くして戦う。

痛みが無ければ身体が壊れるような動きをしても平気だろう。

生体強化している以上、少々の事では壊れないし止らないだろう。

死の恐怖がない以上は平気で自爆する事も出来るのだ。

頭を破壊する事が唯一の方法とも言える手段だった。

「クロノ氏なら首を切り落とす事も可能ですが、一般の兵士には太刀打ち出来ません」

以前に訓練を受けた事のある人間はクロノの戦闘力を知るだけに安心はしていたが、

数が多ければ対処するのが難しいと認識していた。

一般の兵士では止められないと判断もしていた。

「指揮者を叩ければ、無力化出来るかもしれませんが」

「そう簡単にはいかないだろう。

 おそらく指揮者も生体強化されたものだぞ」

「ここで議論しても意味はありません。

 我々も現地に向かい行動を開始します。

 外の連中は完全に処理して背後関係を洗い出しておく。

 万が一子供達が奪われた時には全力を持って奪還するだけです」

今は行動する時だとミハイルは立ち上がり告げると全員も頷いて立ち上がって動き出す。

危険な仕事だが男達は怯えなど感じさせずに行動する事にミハイルは頼もしく思う。

(為すべき事を理解しているのだろう、タフな連中ですよ)

血の匂いのする祭りが始まろうとしていた。


―――木連にて―――


戦艦こうげつの艦橋で高木は副長の三山大作と新型機の戦術運用を検討していた。

「大作、艦隊の防衛に回すべきだろう」

「そうでもないですよ。

 こいつは機動力に関してはジンより優れていますから、ジンが敵艦隊に突入した時こそ撹乱に使うべきでは」

「つまりジンが艦隊の一角に穴を開けてそこから突入させるのか?」

「そうです。ジンは大型の戦艦を狙わせ、小型艦と機動兵器の相手を受け持たせるべきです。

 一機では無理ですが編隊を組んで戦艦の相手をさせれば良いだけです。

 火星が初期に行った戦術を我々も活用するべきです」

手元の画面に火星の機動兵器ブレードストライカーが数機が戦艦に取り付いて撃沈する光景が映っていた。

「我々には新兵器の歪曲場を中和する槍もありますので、攻撃に使うべきです」

「……確かにそうかも知れんが、この機体は生存性に優れてないからな。

 補充はすぐには出来んぞ」

飛燕の最大の問題点を挙げて高木は悩んでいた。

「佐竹が盾を用意してくれるそうだが、それでも不安は残るからな」

佐竹技術士官が戦艦の装甲を加工して製作した飛燕用の盾を思い出して言う。

「死ぬ時は何処にいても一緒ですよ。

 それなら戦って勝つ事を選択しましょう」

大作は高木に事も無げに告げる。

死中に活を見出す事にしようと言う大作に高木は笑っていた。

「お前も言うようになったな。

 では月施設攻略の際にジンを目立つように動かして影から飛燕で強襲させるか?」

「いいですね、ジンは木連の象徴とも言える機体です。

 この際は目立つように動かして囮になってもらいましょうか」

高木はジンの防御力を信じて、大作はその巨体を考えて意見を出し合っていく。

「ジンはこう使うべきだと秋山さんは言ってましたよ」

戦艦をペンに見立てて手元にあったもう一つのペンを動かしながら話す。

「敵艦に向けて跳躍して位置を誤らせて混乱させて、戦艦の歪曲場内に侵入して重力波砲で攻撃、

 そして跳躍して別の艦に同じように攻撃していく。

 これならジンも上手く活用できると思います」

高木もその動きを見ながら考えている。

「やっぱり対機動兵器戦には……向かんか」

「無理でしょう。

 動きがついていけません」

飛燕のお披露目を兼ねた演習でジンは飛燕の動きに翻弄されていた事を思い出して大作は告げる。

「拠点制圧にも不向きですよ。

 攻撃力があり過ぎです、重力波砲を使用すると設備ごと破壊しますから」

「それは不味いぞ。

 折角拠点を制圧しても設備が使えないと困るぞ」

高木は月を拠点にしたいと考えていたので制圧後に使用できない事は避けたかった。

「搭乗者達には十分な説明をしてから徹底させる予定です」

大作も月の重要性を理解しているので慎重な対応を心掛けていた。

二人は意見交換をしながら月攻略の戦術を確認していった。


高木は準備が完了した事を草壁に告げる為に執務室を訪れていた。

「……以上が月攻略戦の概要です」

報告書を渡して補足するように説明を高木はしていく。

「うむ、特に問題はないが攻略後に捕虜とした民間人には暴行を加える事のないようにな」

「はい、それは承知しております。

 我々に協力してくれる者には賓客として扱う事にします」

「そうだな。施設の運営が我々で行えるようになれば地球に送り返してやってくれ。

 協力出来ない者は優先的に地球に戻せ。

 反乱されたら我々の立場では鎮圧するしかないからな」

今の状況で連合市民を死なせるのは不味いと高木に感じさせるように草壁は告げる。

「それと佐竹技術士官がIFSなるものを欲しがっていた。

 なんでも操縦者の意思を反映させる装置らしい……飛燕に搭載させる事で性能が向上するみたいだ」

「何ですか、それは」

高木には理解できない装置で首を捻っていた。

「詳しくは私にも分からんが、地球の機体はその装置で動かしているらしいのだ。

 腕を動かすと操縦者が考えると機体がその動きをするらしいそうだ」

席に座る草壁が腕を動かす、すると機体が同じように動くというのだ。

「……便利な装置ですね」

「うむ、木連式武術を考えるとその動きを真似すると思えば良いのかな。

 飛燕がそんなふうに動けば格闘戦においては便利だとは思わんか」

「有用性はなんとなく理解しましたので、佐竹士官に後ほど詳しく聞いておきます」

高木がそう伝えると草壁も頷いていた。

「もう一つ考案した作戦がありますので見ていただけますか?」

高木が渡した作戦書を草壁は読み始めるとその内容を理解するにつれて笑っていた。

「いいだろう、月攻略と同時に進めても構わない。

 いや、先にして地球の目をそっちに向けてからにしても悪くはないか……」

「はい、状況としては月奪還に地球が動いた隙を突く形にしようと思います」

「いいだろう、もし人員が不足するなら連絡したまえ」

草壁が認可すると高木は敬礼して応える。

木連の月攻略作戦がいよいよ始まろうとしていた。


―――連合軍 欧州支部―――


定例の会議ではあったが、最後に報告された一件に士官達は驚いていた。

火星宇宙軍から派遣されている戦艦に対して連合軍士官の協力の下でテロ行為が行われるなど言語道断の出来事なのだ。

「困った事になりそうだな」

欧州方面軍指揮官のジェイコブ・キートン中将は困ったように話す。

「確かにそうです。

 恩を仇で返すような卑怯者の仕業になります」

士官の一人が苦々しく話す。

「基地の指揮官は誰だ?

 我々の状況が理解できんのか」

キートンの問いに問題の人物のプロフィールがモニターに出される。

「ちっ、あの馬鹿の腰巾着か」

士官の一人が舌打ちして状況が最悪なものになる事を懸念する。

「どうなさいますか?」

キートンに意見を求めると全員が注目していた。

「情報部の人間を現地に派遣する。

 実行犯を取り押さえて背後関係を明らかにして、

 あの馬鹿に責任追及して二度と土足で欧州に踏み込ませんようにする」

(おそらく奴には届かんが、警告くらいにはなるだろう)

裏で糸を引いている人物には届かん事をキートンは知っていたが、

奴の息の掛かった人間を排除できるチャンスである事には違いないので、確実に力を削ぐ事にしていた。

「……ホーウッド准将」

「はっ!」

キートンが信頼のおける部下に声をかける。

「君はテロ発生後に直ちに部隊を率いて現地に赴き、

 事態の収拾を計ると同時に基地責任者の権限を剥奪して徹底した追及を始めよ。

 手加減するな……愚か者には相応の報いがある事を見せつけよ」

凄みのある声で告げるキートンに士官達は本気で怒っている事に恐怖していた。

幾多の戦場を駆け抜けて生き抜いてきた男が持つ言葉の重さを感じていたのだ。

「発生後に辞令をすぐに出すから君はそれを持って現地に行きたまえ。

 逆らうようなら拘束しても構わん。

 テロの発生にも気付かんような士官など前線には必要ないだろう」

職務に怠慢な人間など欧州には要らんと告げていた。

「了解しました。

 では準備を始めます」

ホーウッドは席を立つと部下に連絡して準備を始めた。

「では情報部の人間を現地に急行させます」

「ああ、クリムゾンの人間が現地で活動しているらしい。

 今回の件は彼らにも不本意な状況だから協力してくれる可能性もある。

 彼らと敵対するような事はするなと言っておいてくれ。

 もしかしたら情報を提供してくれる事になるかも知れんからな」

「分かりました」

的確に指示を出していくキートンに従って部下達も行動していく。

「欧州は我々の大地でもある。

 悔しいが我々はそこに住む者を……守りきれなかった」

キートンの声に悔しさが含まれていた事を士官達は気付いていた。

それは全員の思いでもあった。

「火星の部隊はそんな我々に協力してくれた恩人でもある。

 我々が先に裏切ったにも拘らずにも、欧州の住民の為に手を差し伸べてくれた。

 これ以上は迷惑を掛ける訳にはいかん」

キートンが全員を見ると全員が真剣な顔で頷く。

「我々の誠意を火星に見せておこうか」

その言葉に士官全員が立ち上がり敬礼する。

誇りある男達が欧州にいる事を見せようかというキートンに全員が賛成する瞬間であった。


―――欧州連合軍 駐屯基地―――


「ようこそ《マーズ・ファング》の皆さん。

 私が基地司令官のブレンドル・カスパーです」

トライデントのブリッジに入り込んで薄ら笑いで話す男にクロノは何も気付かぬ振りで話す。

「私が《マーズ・ファング》指揮官のクロノ・ユーリです」

「優秀な部隊ですな。

 私もこんな部隊を率いてみたいものです」

部隊が優秀だからお前みたいな若造でも活躍できるのさとカスパーは告げている。

「それはどうでしょうか?

 一人では行動も出来ない人には指揮官など務まりませんよ」

戦艦に部下を引き連れて来るような者には無理だと言う。

「どういう意味でしょうか?」

途端に仮面が外れたように笑顔ではなく怒りを見せるカスパーに、

「指揮官には時に大胆さも必要だと思うのですが」

クロノはお前は臆病者だと告げていた。

「きっ、貴様っ!」

カスパーが叫ぶと同時にクロノは殺気を周囲に見せ付けていく。

カスパーもその部下達も殺気によって凍りついたように動けなくなっていく。

「何かありましたか?」

バイザー越しに射抜くような視線にカスパーは声も出なかった。

「一応言っておきますが、我々は民間の協力者です。

 命令権は貴方にはありませんので、都合の良い事は言わないように」

殺気を消すとクロノは余計な事を言えばどうなるか分かったなと告げていた。

初めて味わう死の恐怖にカスパーは要件だけ告げると部下達を連れて基地へと戻っていった。

「戦艦に何か仕掛けていたか?」

『いえ、何もしていません』

『周囲も異常ないよ』

「そうか、引き続き警戒してくれ。

 おそらく此処で何か起きる事は間違いない。

 出来れば同時に起きない事を願うだけだな」

『『そうだね』』

ダッシュもオモイカネもアクア達が無事である事を最優先に考えていた。


カスパーは司令官室に戻ると怒りを顕にしていた。

「ふ、ふざけおって火星など地球の属国に過ぎぬ事を理解できんのか!」

自分達がした行為を棚に上げて都合の良い事を言うところは連合の腐敗した者達と同じであった。

罵る言葉を吐き出しながら怒りを静めるとクロノ達を嘲笑うようにこれからの事を考えていた。

「くっくっ、何も知らずにいるがいいさ。

 ここで貴様達の命運は尽きるのだ」

哄笑しながら《マーズ・ファング》が罠に陥った光景を想像するが、その行為は致命的とも言える事になっていた。


「はぁ〜、何考えてんだか。

 少佐……この記録ですがまとめて中将に送りますよ」

盗聴していたロックウェルの部下が確認すると、

「ああ、構わないぞ。

 それとクリムゾンからの報告書も一緒に送ってくれ」

「了解しましたよ。

 よく調べてますよ……おかげで欧州から馬鹿どもの排除が進みますね」

「全くだよ……借りが出来てしまったな」

報告書の内容を思い出してロックウェルは苦々しく感じていた。

欧州での連合軍の士官達の腐敗ぶりが事細かく書かれていて、頭が痛くなってきたのだ。

「……これでは勝てんな」

ロックウェルの呟きに部下もため息で答えていた。

「中将も大鉈を振るいそうですね」

「やるだろうな。あの人が読めば手加減なしで切り捨てていくぞ。

 欧州全域に綱紀粛正の嵐が吹き荒れるさ」

キートンの性格を考えると徹底した粛清が始まると誰もが思うだろう。

「長い事……平和だったから平和ボケした連中が多過ぎたな」

「目を覚まさせるにはいいんじゃないですか?」

苦笑して話す部下にロックウェルは話す。

「まあ、欧州は良くなるだろうが、他も立て直さないといかんな。

 連合自体が腐敗しているから、欧州だけが良くなっても他がダメだと何時まで経っても戦争は終わらんよ」

やれやれと言った感じのロックウェルに部下もため息が出ていた。

「内部の状況はどうなっている?」

「今のところは不審者は見当たりません」

状況を話す部下にロックウェルは話す。

「尻尾を出してはいないか。

 おそらくこの基地の近くにいるんだろうな……混乱に乗じて手を出してくる筈だ」

「厄介な奴ですね」

迂闊に動けない自分達と違って、虎視眈々と《マーズ・ファング》にテロを仕掛けようとする者に苛立ちを感じていた。

静かに暗い陰謀の魔の手が近づいていた。


―――トライデント艦内 子供部屋―――


「ママ……どうかしたの?」

サファイアが不安そうにアクアに聞く。

「一度ね、みんなを火星に戻そうと思うの。

 ちょっと危なくなりそうだから」

優しく微笑んで話すアクアに子供達は首を横に振っている。

「やだ! ママと一緒がいいの!」

「どこにも行きたくない。

 ママとパパのそばにいるの!」

泣き出してアクアに縋りつくカーネリアンとサファイアにアクアは困っていた。

「ママ、きらいになったの?」

ガーネットが涙を見せながら自分は要らないのと聞く。

アクアはガーネットを抱き寄せると、

「違うのよ、怖い人がみんなをあの場所に戻そうとしているの。

 だから火星に戻して安全を確保したいのよ」

諭すように三人に話す。

「でも……ここにいたいの」

「ママのそばにいたいの」

「ママがいればだいじょうぶなの」

(結局……こうなるのね。

 甘えたい年頃だから仕方ないのかしら)

自分に依存しすぎのような気もするが、年相応の子供らしさが出てきた事がアクアには嬉しかった。

(出会った頃よりは表情も豊かになってきたし、見習いお母さんの私としては喜ぶべきだけど)

自分を母と慕う子供達にアクアは守り抜く心算だが、出来る限り安全な場所にいて欲しいのだ。

側にいて欲しい気持ちと安全を確保したい気持ちの板挟みになるアクアであった。


トレーニングルームでクロノとジュールは対峙していた。

「はっ!」

クロノに一撃を当てようとしたジュールの攻撃をあっさりと避けていた。

肩で息をするジュールを見ながらクロノは話す。

「あまり状況は良くない。

 子供達を避難させたいが……どうすればいいんだろうな?」

「はっ、はっ……嫌われるのを覚悟の上で…強引に火星に戻すべきじゃないですか?」

体勢を整えてクロノを見ながら少しずつ距離を近づける。

お互いの間合いぎりぎりのところで動きを止めてフェイントを混ぜながらクロノに一撃を当てようとするジュール。

「問題は火星でヒメやプラスに泣きついて迷惑を掛けないかだ」

フェイントを気にせずにジリジリと摺り足でジュールの動きを牽制して近づくクロノ。

「そんなに子供達に弱いんですか?」

クロノに確認しながら、近づけないように距離を取ろうとするジュール。

「生まれたばかりの存在だからな……お友達が泣いていると手を差し伸べたくなるだろう?」

ミリ単位での攻防を続ける二人であった。

二人を見る者がいたら殆ど動きがないのに気がつけば移動している事に驚くだろう。

摺り足で互いに少しでも有利なポジションを取ろうとする二人であった。

「万が一戦艦を持ち出すとでも?」

「……ありえるから怖いんだよ」

「まさか……そこまでは」

ふざけて言ってみた言葉に真面目に返されてジュールは少し焦る。

「できないと思うか?」

焦るジュールに真面目な顔で告げるクロノ。

一瞬だが動揺したジュールにクロノは瞬時に近づく。

慌てて手を出すジュールの腕を取り関節を極めながら投げようとする。

腕を折られないようにしてクロノの投げに逆らわずに受身を取って反撃しようとするジュールに、

「……ここまでだな」

倒れているジュールの首筋にナイフを当てて宣言する。

「……ちょっと卑怯じゃないですか?」

心理戦みたいな状況にするのは反則だと非難するジュールであった。

「こんなのは卑怯じゃないぞ。

 例えば助けに来た人物に傷を負わせて失血死させるような状況にして相手を罠に嵌めるなんて方法もあるぞ。

 この場合は罠と分かっていてもどうする事も出来ない。

 しかも相手は姿を見せずに近づくのを待つだけでいいんだよ」

「それってこっちの行動を限定させるって事ですか?」

不快感を見せるジュールにクロノは汚い戦法を話していく。

「そういう事だ。

 守るって事はどうしても後手に回る事が多いからな。

 この場合は救助する者が動いたら爆発するようにしておく事も出来るぞ」

教える事で対処する方法を考えるようにとクロノは告げている。

それは自分の経験を話す師匠と真面目に聞く弟子のようでもあった。

「ジュール……お前は自分の父親が誰か知っているか?」

突然に聞かれてジュールは驚いていたが、

「……母さんは何も教えてくれませんでした」

それだけを話すと感情が無くなった様にただクロノを見つめていた。

――知っているのかと問うように。

「知りたいのか?」

後悔はしないのかと尋ねられてジュールは何故か動揺していた。

(な、なんで動揺しているんだ。

 父親なんて今更気にするような事なのか?)

「アクア、モルガ、ヘリオもお前と同じ人物が父親だぞ」

クロノの言葉にジュールの動揺は更に酷くなっていく。

同じクリムゾンで生まれたから兄弟だと言われたのだと思っていたのだ。

「ちょ、ちょっと待って下さい!

 ではアクアさんは本当の……姉なんですか?」

「そうだ。もう一人火星に姉がいるぞ。

 その人は一般人だがな」

「え、え、ええぇ?」

次々と明かされていく真実にジュールは驚くしかなかった。

「正確に言うとアクアは後天的IFS強化体質だ。

 元は……一般人だったのさ」

自嘲的な様子で話していくクロノにジュールは一言も聞き逃さないようにしていた。

「アクアがああなったのは俺のせいでな。

 おかげで手を汚させるような事ばかりさせてしまっているんだよ。

 未来でもそうだったが、俺は何処に行っても人に迷惑を掛ける疫病神かもしれん」

「そ、そんな事は……」

微笑んでいるアクアを思い出して否定しようとするジュールに、

「昔は《闇の王子――The Prince of darkness――》なんて呼ばれたA級テロリストだったよ」

初めて聞いたクロノの過去に声が出なかった。

「かつて妻だった女性を救い出す為にコロニーを破壊して一万人以上の一般人を死なせた事もあった。

 復讐する為とはいえ、酷い事をしたものだ」

「……未来ってそんなに酷い世界なんですか?」

どうしても知りたくなってジュールは尋ねる。

「火星の住民はほぼ……全滅だよ。

 生き残った者は俺を含めてボソンジャンプの独占を考えた者達の道具になって死んでいった」

「で、ではここにいる人達は……もしかして……」

震える声で聞くジュールにクロノは頷く。

「本来の歴史ではみんな第一次火星会戦後に死亡しているよ。

 わずかに生き残った人達が廃墟となったユートピアコロニー跡で生活していただけだったな。

 マシンチャイルドと呼ばれているあの子達はルリちゃんとラピスを除いて全員……実験の所為でな」

淡々と話していくクロノだが、その顔にはナノマシンが活性化した状態の発光現象が起きていた。

(落ち着いているように見えたのに……相当怒っているんだろうな)

殺気こそ出していないが、初めて見るクロノの感情を顕にする光景に声が掛けられなかった。

「ラピスはな、度重なる実験で感情が無くなっていたよ。

 あんなふうに笑っている姿など見た事もなかった」

聞かされる内容にジュールは少しずつ不愉快な思いが出てくる。

(な、何なんだ……何故そんな目に遭わなければいけないんだ)

「未来のルリちゃんは俺が復讐に動いたせいで独りぼっちにさせてしまった。

 会う度に泣かせていたから……兄貴失格だな。

 あの時、復讐など考えずにルリちゃんの元に帰っていれば、軍人になどならなかったかもな」

クロノが家族であったルリを見捨てた事を悔やんでいるように話す。

ジュールは未来でルリが軍人になっていた事を知っていやな予感がしていた。

「俺のせいでマシンチャイルドの兵器としての有効性が証明させれてしまった」

予感が当たった事をクロノの声から感じてしまった。

「俺はなんとか復讐を遂げたが、その先にあったものは最悪な事態になった未来だった」

クロノは言葉を一度止めると、ジュールに向き合って真剣な表情で問う。

「お前はどうする?

 復讐を叶える為に全てを犠牲にする覚悟はあるか?

 俺のように悔やむ事ばかりな状況に突き進むか、それとも家族を守ってマシな未来を手にするか?」

復讐と家族のどちらを選ぶかとクロノは問いかける。

「何故……そんな事を聞くんですか?」

ジュールは何故か知りたかった。

クロノが後悔ばかりしている無様な姿を教える事に意味があるのかと聞きたかった。

「意味はあるんだよ、ジュール。

 これはお前とお前の家族にとって重要な意味を持つんだ。

 ……ジュール・ホルスト……クリムゾン。

 クリムゾンの直系の血を受け継いだ次期後継者候補の一人がお前なのだ」

クロノの口から告げられた言葉をジュールは否定したかった。

自分を苦しめてきた存在であったクリムゾンの後継者などとは受け入れられなかった。

「ふ、ふざけるなぁ―――――!!」

静かなトレーニングルームにジュールの感情が爆発して叫びが木霊していた。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

地球編も佳境になってきました。
この後は木連の月攻略戦にいけるといいですね。
連合の腐敗はどうなるか決めないと不味いし、大きくし過ぎたかも(汗)

では問題を残しつつ次回でお会いしましょう。


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