深く静かに進行する

気付く時には道は一つしかないように動かす

汚いやり方だが綺麗事では何も変わらないのだ

世界って奴は何処まで行っても皮肉しかくれない

困ったものだな




僕たちの独立戦争  第五十二話
著 EFF


アカツキは会長室で欧州の報告を読んでいた。

「一応、聞くけどウチは関与していないよね?」

「ええ、その点は大丈夫だったわ。

 オセアニアの方も関与していないから安心して下さい」

エリナがテロ事件の関与を否定する報告を話すと、アカツキはホッと一安心する。

「オセアニアのテロ事件の被害はどうなっているかな?」

「クリムゾンの造船施設の一部に被害が出てます。

 連合軍に送られた報告には戦艦の竜骨部分の製造ラインが一時不能になったそうよ」

「……チャンスと見るべきかな?」

アカツキは報告通りならクリムゾンは当面は戦艦の製作が出来ないのではないかと考える。

エリナも同じ様に考えて頷く。

「だけど向こうは既に二隻を建造したのよ。

 しかも大盤振舞いよ、アフリカ戦線を救う為に無償だし、実戦での戦闘データーもフィードバックしているから」

「次に出てくる艦は更に優秀になるのかい」

「可能性はあるわ。

 不具合を修正して、確実に進化させているでしょうね」

「でも儲けになるのかな?」

ため息を吐くエリナにアカツキは企業にとって営利は出るのかと聞く。

「ホンの少しだけ出ているわ。

 欧州に続いてアフリカもブレードを配備する事にしたのよ。

 しかも変形機構を排除してコストダウンした量産機も出してきたから困っているの。

 陸戦は陸軍が正式採用する気なの、空戦は空軍が」

「簡素化する事で生産効率を上げたのかい」

「そうなのよ!

 陸戦なんか、ウチの砲戦より強力なレールガンを装備したのよ。

 しかもエクスストライカーのパクリでバックパックウェポンの追加装備まで出来るの!

 エクスの物に比べると性能は落ちるけど、攻撃力は格段に上がってウチの砲戦の価値が一気に下がったのよ」

苛立つように話すエリナにアカツキは冷や汗を流している。

「アフリカの士官なんて嫌味を言うのよ!

 「同じIFSでもネルガルとクリムゾンではコストが随分違うものですな。

 値段の割にはエステは紐付きで制限が大きくて、しかも半端だから困るのだが」なんて言うのよ」

とばっちりが来ない事を祈りつつ、アカツキは怒るエリナを見ていた。

「空軍は空軍で、

 「重力波ビームの射程を伸ばしてくれんと、毎回後方に置くべき空母や戦艦を乱戦に巻き込むのは困るんだが」

 なんて言うのよ!

 毎回毎回、嫌味ったらしく言うから――!」

アカツキは黒いオーラを吹き出すエリナを見ながら思う。

(苦労してるんだね……)


エリナの愚痴を聞き続けるアカツキは話題を変えるべく口を開いた。

「そういえば次のトライアルはどうするんだい?」

アカツキの問いにエリナは現在の状況を説明する。

「次のトライアルにはエステカスタムとブレードの発展型との一騎打ちになるわ。

 エクスストライカーは火星の最新鋭だから出てこないから」

「あの機体は反則だよ」

報告を聞いているアカツキはエクスストライカーの突出した性能に肩を竦めるしか出来なかった。

「そうよね。おかげで月面フレームの製作が無駄になったわよ」

「確かにそうだけど、あれはあれで意味があったんじゃないかな。

 相転移エンジン搭載機だから」

頭を抱えるエリナを慰めるようにアカツキは話す。

「ほら、こっちも開発の連中に我が侭ばかり伝えたしね」

「ええ、確かにそうね。

 砲戦よりも大口径のレールガンを装備させろとか、スタンドアローンにしなさいとか、注文ばかり言ってたわね」

「……ちょっと無理難題を出しすぎたかな?」

「……否定はしないわ」

さすがに開発スタッフに言い過ぎたかとエリナは反省している。

「これじゃ、ねえ」

送られてきた月面フレームの機体の報告書にアカツキはなんとも言えない顔をしていた。

「スケルトンフレームだね」

「……そうね。軽量化の末が骨組みだけなんてまた嫌味を言われそうよ」

「ウリバタケ君に資料をあげていいよ。

 もしかしたら改造して使い物になるかもしれないから」

投げやりな言い方のアカツキだったが、

この事がウリバタケのエックスエステバリスの開発に拍車を懸けるとは想像しなかっただろう。

――歴史は繰り返すのだ。


―――ナデシコ格納庫―――


「――――というわけで皆さんよろしくお願いしますよ」

プロスの説明にクルー達は新しく配属される者の事を聞いている。

「ま、またブリッジに女性が増えるのか、ミスター」

ゴートが不安そうに話している。

隣でジュンも頷く。

彼らとしてはブリッジに女性が増える事で居心地が悪くなる事だけは避けたいのだ。

現状でも肩身が狭いのに更に悪化するのは非常に困るらしい。

「それに関しては私も困りましたが、諦めて下さい」

プロスの宣言に、ゴートは天を仰いで呻き、ジュンは肩を落としていた。

「馬鹿野郎! 文句を言うんじゃねえぞ!

 格納庫なんざ、男しかいねえのに」

ウリバタケが血の涙を流して二人を見ると、整備班全員が続くように頷いている。

「いえ、整備班にも女性の方が配属されますよ。

 今日は仕事の都合で来れませんが、三日後には来られます」

プロスが人員名簿を見ながら話すと、整備班が狂喜乱舞していた。

歴史ではなかった初の女性整備班員の誕生だった。

「遂に、遂に整備班にも春が来るのか――――!」

「班長―――!」

「やりましたね!」

狂喜乱舞する整備班にプロスは冷水を浴びせるように話す。

「ですが名目では開発班として配属されますので、整備班の隣の部署みたいなものですよ

 まあ、仕事場は同じですが」

やれやれ困ったものですとプロスが話すと整備班は塩の柱になっていく。

……やはり歴史は繰り返すのだ。


―――極東 アスカインダストリー本社―――


アスカインダストリー――地球圏で三、四番手に位置する企業と認識する者が多いだろう。

主に民生品を主体に営業を続けるが、その技術力はトップにも勝るとも劣らないものがあった。

会社の方針は一番手になる必要はないと判断しているのか、

強引な手法を用いずに自らの技術力を信頼して売り込む事で三番手に甘んじていると業界からは評価されている。


「テロを隠れ蓑にジュールの事を誤魔化しましたね」

応接室で人を待つロバートに付き従う黒服の青年――クロノがさり気なく聞く。

「それもあるが、あの馬鹿に反省を促す意味もある。

 自分のした行為の影響で戦力を失うという自爆行為のな」

「反省などしませんよ。

 するようならこんな事態にはなりません、会長」

ミハイルが携帯端末で資料の整理と作成を行いながら二人の会話に付き合う。

「予定では三隻ほど売却予定だったんですが……」

計上利益が下がる為に上半期の収支決算報告を急ぎ修正しているのだった。

「今渡すのは不味いからな」

「ええ、その点は考慮していますが、私の仕事が加速度的に増えている事には変わりません。

 経理部など連日残業で大忙しです」

「フッ、火星など書類の山に埋もれているぞ。

 シャロンなどは毎日忙しそうだぞ」

シャロンから火星の近況を聞かされたロバートは楽しそうに話している。

「会長はいいですよ。仕事が半身みたいなものです。

 ですが、私はそこまで仕事にどっぷりと浸かっていません。

 それに火星は電子書類が殆どじゃないですか。

 IFSの普及していない地球などと一緒にされても」

電子の世界の住民じゃないんですとミハイルは愚痴を零す。

「まあ、IFSがないと火星では生活できんな。

 火星で一年暮らせば地球の不便さが理解できるぞ」

「全くです。相変わらず地球は無駄が多い世界ですな。

 こんな無駄をしていると次の時代には取り残されるでしょう。

 ミハイルさんも火星の新型IFSを使いませんか?

 電子書類にすれば仕事も半分以下に減りますよ」

仕事が減るとクロノに言われてミハイルは手を止めて考え込む。

「そんなに減るのかね?」

「ええ、減りますとも。

 私など電子書類でなければ、今頃は書類の山に埋もれていますよ」

ロバートの問いにクロノが答えている。

「そういえば医療用のナノマシンの資料見たんですが、地球の最新の物が型遅れに見えましたよ。

 遺伝子疾患の患者の治療に便利だと拝見しましたが」

「先天性の病気にも有効な物も出来てきました。

 遺伝子治療に関しては火星は一日の長が出そうです。

 このまま戦争が続けば、ますます技術格差が出るでしょう」

クロノが自分の携帯端末を出して、ミハイルに火星の最新のナノテクノロジーを話していく。

三人の会話を聞いているアスカの秘書達は初めて聞く火星の状況に驚いていた。

「ウチで販売したいものだな。

 一度、技術者を火星に出向されてみたいな」

「ブレードのようにライセンス契約が出来るといいですね、会長」

「マッドな人間が増えないといいんですが」

クロノの懸念にロバートとミハイルも頭を抱えている。

「……完成品の輸入に留めておくかな」

「現状では仕方がないかもしれません。困ったものです」

ロバートの決断にミハイルが賛同した時、応接室に待ち人であるキョウイチロウ・オニキリマルが入ってくる。

「遅くなって申し訳ない」

「いや、構わんよ。ウチとしては今回の提携に関しては断られる訳にはいかんからな。

 少々の事では席を立てんのだよ」

皮肉を織り交ぜるようにロバートはクリムゾンの内情を告げる。

「テロ……でしたか?」

「ええ、欧州の士官の暴挙のせいでオセアニアでもテロが起きましたよ。

 幸い人的被害はなかったが、造船施設の損害は馬鹿にならんほど深刻です。

 復旧に半年、新造艦を納入するには一年は掛かりそうですな」

ため息を吐くロバートにクロノとミハイルは呆れるように思う。

((た、狸だよ、被害なんてないくせに))

実際の所は被害などなく、いつでも再開できる状態なのだ。

木連の月攻略戦を火星から聞いたロバートはテロを隠れ蓑にして新型艦の引渡しを延ばす事にしたのだ。

しかも完成していた二隻の戦艦は火星に売り込んで、

ブレードの量産機の大量生産の支援を依頼する事でアフリカと欧州に一括で納入した。

火星は二隻の戦艦を、クリムゾンは資材コストが殆ど掛からずに量産機を大量に譲り受けたのだ。

ダッシュが管理する土星の無人工場での生産で人件費、資材費も多くは掛かっていない。

火星はジャンパーの訓練をする事で輸送費もボソンジャンプのおかげでゼロに近かった。

クリムゾンは戦艦に使った資材だけが費用になり、量産機に使用するはずの資材費は殆ど手付かずに残ったのだ。

表向きクリムゾンは収支が僅かに黒字になっただけに見えるが、裏では大儲けしている事になる。

当然のように裏の利益は顧客の管理を徹底するピースランド銀行に行く事で秘密は一切洩れずに誰も気付かない。

某会計士が聞けば羨ましがるだろう。

内情を知らない者は今回のテロを受けたクリムゾンに同情的である。

「そうですか。目先の事しか見ない者は何処にでもいますな」

キョウイチロウもその一人だった。

「ええ、連合軍も矢の様に催促しますが、こればかりは如何にもなりませんな。

 そこでこの度の提携話が重要になるのです」

「マーベリック社ではいけませんのですか?」

キョウイチロウが疑問を尋ねる。

アスカとクリムゾンは険悪な関係ではないが、今回の一件は不思議に思う事が多いのだ。

「あそこは北米ですからテロが活発になる可能性が大きい」

「確かに本社が北米ですから、敵地に入るようなものですな」

「そう、火星の独立を認めない連中がいる場所に社員を送り込む危険は避けたい」

「なるほど」

「此処だけの話だが」

言葉を一度区切り、周囲に目をロバートは向ける。

「他言無用の事ですか」

キョウイチロウの声に秘書達は応接室の扉に近づき待機し、人払いの指示を内線で申し付ける。

その様子を確認したロバートは話していく。

「木連が月攻略戦を行う事が火星の報告で判明した」

「ほ、本当ですか?」

「事実です、モニターをお借りしてもよろしいですか?」

クロノが驚くキョウイチロウに告げると自分の携帯端末を繋げて大画面のモニターに月の情報を映し出していく。

「月が陥落するな」

キョウイチロウは冷静に戦力差を分析して判断した。

「先手を取られたようだな」

「確かにそうですな。

 では提携話は奪回作戦の為の準備ですか?」

キョウイチロウの問いにロバートは意外な事を口にする。

「いや、これは関係ない事だ。

 我々クリムゾンが動くとネルガルに気付かれる可能性がある事にアスカの力を借りたくて提携を装って来たのだ。

 君の娘もこの件に係わっている」

「カグヤがですか?」

娘の事を言われてキョウイチロウは不審そうにロバートを見つめる。

脅しなのかと判断して険しい顔になったキョウイチロウにクロノが話す。

「ええ、この一件がこの戦争の発端であります。

 まずはこれをお読みになって下さい」

ミハイルがレポートをキョウイチロウと秘書達に渡していく。

怪訝な顔でレポートを見るが、題名を見てキョウイチロウは驚愕する。

「……テ、テンカワファイルだとっ!?」

引き込まれるように内容を読んでいくキョウイチロウだが、その顔は次第に険しいものになっていく。

最後まで読み終えたキョウイチロウは一言告げる。

「これは……事実ですか?」

「事実です。その証拠をお見せしましょう」

キョウイチロウの問いにクロノがボソンジャンプを行う。

目の前で行われたボソンジャンプにキョウイチロウも秘書達も声が出なかった。

部屋が静寂に包まれる中で、

「では、やはりあの事件はネルガルによるテンカワ暗殺が本命だったんだな」

キョウイチロウが机に拳を打ち付けて話した。

秘書達は感情を剥き出しにするキョウイチロウに驚いている。

「左様です。ネルガルの提案に軍が乗り、テンカワ夫妻暗殺が実行されました。

 ミスマル・コウイチロウもテンカワ夫妻を誘き出す為の道具にされたようです」

「ミスマル提督も知っていながら黙認したというのが、我々の見解だ」

ミハイルの報告にロバートが続けて話す。

「結局あの男も軍の歯車に過ぎなかった訳だな。

 友人を死なせておきながら、自分だけ……栄達したという訳だ」

友人の死に関与しながら、無関係を装う男に苛立ちを見せるキョウイチロウだった。

「問題は此処からだよ。

 この戦争は先程見せたボソンジャンプの独占から始まった恣意的な戦争になってしまった。

 地球と木連……この二つの陣営のどちらが勝っても火星の住民は生存できない可能性が発生した事が重要なんだ。

 地球ではネルガルが火星の技術を奪おうとナデシコを火星に送り込み、

 木連は火星に侵攻する事でこの技術を奪おうと考えて火星の住民を殲滅しようとした」

ロバートが一区切りを入れると、

「最低最悪だな」

キョウイチロウが状況を吐き捨てるように一言でコメントする。

「問題はジャンパーの存在がボソンジャンプの鍵になる事をどちらもまだ気付いていない。

 クリムゾンはネルガルにマークされているので、アスカの力を借りたいのだ。

 地球連合政府を信用できない事は理解できるだろう」

ロバートの意見にキョウイチロウも状況を知り、危険性を認識していく。

「ネメシスの一件が原因だと思ったのだが、独立の件はこれを隠す為なんですね」

「その通りだよ。この件を連合政府と軍が知れば、兵器転用を必ず考え行うだろう。

 その際に火星生まれの人間が犠牲になる事は確実なのだ」

「私に何をしろと」

「クリムゾンは極東では表立って動けない。

 そこでアスカに協力を要請したいのだ。

 地球国籍を持つ火星で生まれたジャンパーに状況を説明して、火星への避難と地球での保護をお願いしたい。

 無論、提携もしてもらえると助かる。

 クリムゾンの相転移エンジン搭載の戦艦を今の連合には渡したくはないのだ。

 出来る限り時間を稼ぎたい、その為に提携したいのだ。

 造船所が使えない為に仕方なく提携する事でアスカに技術を教える事にして時間が掛かるようにする」

「戦争を長引かせる気なのですか?」

キョウイチロウは途惑いながら話す。

「今の連合市民は戦争の悲惨さを知らん。

 未だに自分達は大丈夫だと思い、連合政府への責任追求も行わない。

 中途半端にすれば、戦後に必ずボソンジャンプの権益を巡る戦いが起きるだろう。

 連合政府はジャンパーの保護などしないだろうから、裏で人体実験が行われる事は間違いない。

 知ってしまった我々はその悲劇を喰い止めたいのだ」

「まるで見てきたような言い方ですね」

「そうですよ、オニキリマルのおじさん。

 ボソンジャンプは時空間移動の技術です」

クロノが口を開いて告げるとキョウイチロウは不思議そうにクロノを見る。

「君は……ま、まさか…そんな……」

目の前にいる青年にキョウイチロウはかつての友人の面影を見て驚いている。

「ア、アキト君か?」

「ええ、ボソンジャンプの事故で2203年からこの世界に戻ってきた異邦人ですが」

クロノはバイザーを外すとキョウイチロウはその顔を見て驚愕する。

「そ、その瞳は?」

「未来で人体実験をされて変わり果ててしまいました」

苦笑して話すクロノにキョウイチロウはテンカワ夫妻の面影を見出していた。

「遺伝情報も大幅に変わって、この世界には二人のテンカワ・アキトがいます。

 一人は火星で生活するテンカワ・アキト。

 もう一人は過去に戻って最悪な未来を回避しようと足掻いているクロノ・ユーリである俺です」

「な……なんて事だ。ではカグヤも危ないんだな」

大事な一人娘であるカグヤも危険に晒されている事にキョウイチロウは焦りを募らせる。

「ええ、火星生まれでIFSを受け入れた人間は完全なジャンパーへと変貌します。

 おそらく補助脳がイメージングの補助を行う事でジャンプが正確に出来ると研究者は結論付けました。

 IFSを受け入れていない人物はまだ大丈夫ですが、今のうちに火星で保護するべきでしょう」

クロノはキョウイチロウにもう一つのテンカワファイルを見せる事にした。

キョウイチロウはファイルを受け取り読んでいくが、顔は青ざめていく。

「さ、3000万人がたった……百人か、ふざけた未来になっていたんだな」

「おそらくカグヤちゃんも無事にはすまないでしょう。

 ですが火星が生き残れば話は変わります」

「…………分かった。協力しよう」

キョウイチロウが二人に告げる。

その顔には苦悩が出ていた。

「我々に協力する事は覚悟が要ります。

 おそらく戦争が長引く事で犠牲者は増えるでしょう……それでも構いませんか?」

クロノがキョウイチロウに真剣な顔で話していく。

「被害は最小にしたい気持ちはありますが、それでも「そこまでだ」」

キョウイチロウがクロノの声を遮る。

「私もアキト君の言いたい事は覚悟している。

 だがそれでもしなければならない事も理解しているのだ。

 平和ボケした地球が元凶なのだ……此処で目を覚まさないと何も変わらず滅びへと向かいかねない。

 それだけの可能性がボソンジャンプにはある」

そう告げると二人の秘書にキョウイチロウは話す。

「君達にはすまないが、協力してもらうぞ。

 おそらく君達の家族も危険に晒される可能性もある。

 アスカはコンロンとユートピアコロニーの開発に携わった者が大勢いる。

 潜在的なジャンパーの子供が多くいるだろう……彼らの安全を確保しなければならない」

二人の秘書も二冊のテンカワファイルを読む事で状況を承知していた。

「承知しました。娘の安全を確保できるのなら協力は惜しみません」

「子供の安全には代えられませんな」

「厄介事を押し付けて申し訳ない。

 ネルガルの本拠地である極東ではクリムゾンが動くのは危険な事なのだ」

ロバートがキョウイチロウと二人の秘書に頭を下げて礼を述べる。

三人はクリムゾン会長であるロバートが頭を下げる事で事態の深刻さを改めて思い知る。

「アキト君はこれかどうするのだ?」

「私の目的はただ一つです。

 火星の同胞を一人でも多く生き残らせて、火星で妻達と家族と平穏な生活を営むだけです。

 まあ、実際には難しいと思いますが」

苦笑して話すクロノにロバートも頷いている。

「そうだな。火星での重要人物だからな。

 楽隠居はできんだろう」

「次世代の育成も仕事に入りましたから、目も回るくらいの忙しい日々になりそうですね」

ミハイルもクロノの状況について苦笑している。

「結婚したのかい、アキト君は」

「いえ、まだ結婚はしていません。

 きちんとした形にしたいのですが、みんな忙しいものでして」

「みんな?」

キョウイチロウは聞きなれない言葉を聞いていた。

「そういえば、火星は一夫多妻制になったのだな」

「ええ、産めよ増やせが火星の方針の一つになりそうです。

 ジャンパーの数を増やす事で特権を無くす方向にしたいそうです」

「では、そのうち曾孫の顔も見れるかな?」

楽しそうにロバートは話すが、

「難しいですね。お互い最前線で活動する事が多いですから平和にならないと」

クロノは現状では難しいと伝えている。

「つまりクリムゾンの令嬢を妻に迎えるのかね?」

「そうなりますね。全部知った上で最期まで側にいると言われましたから守っていく心算です。

 もっとも彼女の尻に敷かれていますけどね」

楽しそうに話すクロノにロバートも笑っていた。

「くく、そういう事なら信用できるかな。

 娘には全て伝えて、火星に送るからそれでいいかな」

自分の為に動くクロノにキョウイチロウも安心していた。

(誰かの為という不確かな理由で動くよりはマシだな。

 家族の為に動こうとするなら大丈夫だろう)

「火星にはテンカワ・アキトがいるので、これからはクロノ・ユーリと呼んでください。

 まあ、姿も雰囲気も変わってしまったので気づく者は少ないでしょうが、用心の為にお願いします」

「分かった、ではクロノ君でいいかな」

「はい」

「ではロバート会長、提携も含む相談に移りましょうか。

 これから忙しくなりそうですから、準備期間は多い方がいいでしょう」

キョウイチロウが手を差し出す。

「うむ、忙しくなるからな」

ロバートが手を差し出して二人は握手する。

この瞬間、クリムゾングループとアスカインダストリーの二つの協力体制が出来上がる事になった。

また一つ、歴史が変わる事をこの場にいる者以外はまだ知らなかった。


―――連合軍大会議室―――


「困った事をしてくれたものだな。

 あなたの元部下のおかげでオセアニアの戦力再編計画が大幅に狂いだしたが」

フレッチャーが連合軍総司令官のドーソン・カスツールに話している。

「その件は私には関係ない事だよ。

 こちらとしても新型艦が配備できない事に困っているのだ」

鉄面皮とでもいうのか何事もなかったかのように今回の事件は預かり知らぬと話していく。

「欧州の件はどう説明して頂けるのかな?

 司令官殿の元部下であるカスパー元連合軍中佐の一件は?」

キートンが冷ややかな声でドーソンに話していく。

「不透明な金の流れが司令官殿にも行っていた様だがこれは間違いないのかな?」

「それこそ事実無根であり、関係ない話だな。

 彼とは元上司と部下だっただけであり、今回の一件は私にも衝撃的な話だよ。

 まさかこんな暴挙を行うとは思わなかったよ」

心外だと言わんばかりに話すドーソンにキートンは話す。

「だが司令官殿の部下達は欧州で困った事ばかりしてくれているのだよ。

 企業との癒着、赴任地での賄賂の請求とまあ……問題ばかり起こすのは司令官殿の指導に問題があったのではないかな?

 今回の戦争の経緯を含めて私としては司令官殿の口から聞かせていただきたいな」

「確かにアフリカでも同様の事が起こっているな。

 ドーソン司令官は指導者としての資質に問題があるように思えて仕方がないのだが」

グスタフも顔を顰めて話す。

アフリカ戦線の立て直しに忙しいのに仕事を増やすなとその顔は物語っている。

「元部下のした事に責任は取れんよ。

 この戦争の経緯に関しても連合政府の事前交渉に問題があったので、

 現場責任者である私としてもどうにも出来なかったと言うしかないな」

「では火星駐留軍の艦艇の一件はあなたの指示ではないというのか?」

「その通りだ。連合政府の指示に従ったまでだ。

 まさかこんな状況になるとは思わなかったのが、私の考えだよ」

連合政府に責任を押し付けるように話すドーソンに会議室の三提督と士官達は呆れている。

「ではネメシスの一件も連合軍は関与していないと」

「左様、あの件は連合政府が勝手に行った事だ。

 私も関与してはいない」

キートンの問いにキッパリと話すドーソンであった。

「だが火星は今回の事件で更に連合政府と軍に不信感を抱くだろう。

 その事はどうするのか、お聞かせ願いたいな」

フレッチャーの問いに全員がドーソンに視線を向ける。

「火星の独立は政府も認めていない。

 私は政府の方針に従い行動するだけだが」

自分の考えも言わずその場を誤魔化すように話していく。

だが確実にドーソンは追い詰められていると考えている。

(不味いぞ、このままでは何もかも失いそうだ。

 ……何とかせねば)

「では極東方面軍はどうなさいますか、ミスマル提督」

フレッチャーが今まで沈黙を守っていた極東方面軍に問う。

「我々も連合政府の指示に従うだけだ」

コウイチロウは一言だけ告げるとそれ以降は何も言わなかった。

「では万が一、月が陥落した時は北米と極東で先陣を切って頂いてよろしいですか?

 オセアニアは再編で行動できません。

 欧州、アフリカも激戦区ですから戦力を分散できる状況ではないようですから」

「よかろう、私が自ら陣頭に立って勝ってみせよう」

フレッチャーの意見にドーソンは告げる。

(勝って私の立場を貴様らに理解させてみせるぞ。

 私はまだこんな地位で終わる気はないからな)

この戦争で勝ち残り政界へと進出しようと考える男は自ら死地へと突き進む……分不相応な野望を抱いて。

(しまった!……嵌められた)

コウイチロウは自分の失策に気付いた。

彼らは極東に月の防衛を任せる事で戦力の再編と火星との協力を得ようと画策している事に気付いた。

(今日の会議はドーソンへの責任追及ではなかったのだ。

 今の連合政府への追従をする者を排除する為の会議だったのか?)

三ブロックは火星の独立を半ば承認している。

(もし火星が既に木連と協力体制を作り上げていたら)

自分の想像に冷たい汗が噴出していく。

そこへコウイチロウにとって最悪な報告が入ってくる。

『失礼します!

 木連艦隊が月へ侵攻してきました』

「な、なんだと!?」

ドーソンが叫ぶ様子を見ながら、コウイチロウは完全に罠に陥ったと考えていた。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

月を巡る攻防が始まります。
まずは先手を取った木連が動き出します。
戦史物になってきているようで展開を考えるのが大変になって来てます。
ロバート、クロノが裏で動くのを書くのは楽しいです。
だが黒い鳩さんにいわれたヒロイックファンタジーは何処へ?(爆)

ま、まあ気にしないで次回でお会いしましょう。





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