次の幕が開こうとしている

どういう結果が出るかは誰も知らない

だが無責任に終わった事に比べれば受け入れられるかもしれない

少なくとも俺はこの状況を受け入れている

如何なる非難を浴びようとも構わない

大事なものを守れるのなら



僕たちの独立戦争  第六十六話
著 EFF


「状況は?」

「通信妨害が広域に変わりました、おかげで地球との交信も途絶しました。

 おそらく、此処一両日が目処かと」

「そうか」

副官のコールド・オスマンの意見にソレント・テイラー月面基地司令官は目を瞑り考え込んでいた。

(どう動くべきだろうか?

 あのバカは死ねと言っているような指示を出し、だが部下を死なせるのは……)

自分一人なら死んでも仕方ないと割り切れる、軍に仕官して生と死をそれなりに見てきたのだ。

今回は自分の番が来たと思えば、それなりに割り切れる。

だが何も知らずに戦場に出てきた新兵は……どうだろう。

士気の低下が著しく下がっている事がソレントの懸念だった。

月方面艦隊の敗北――という事実に新兵達は浮き足立っている。

その際に未確認ながら有人兵器が投入されたという情報が基地内を錯綜しているのだ。

「ったく、連合政府の失策だな」

ソレントは舌打ちして、この戦争に於ける連合政府の対応の拙さに苛立っている。

「コールド、悪いが工作兵をマスドライバーにあるだけ集めてくれ。

 最悪の時はマスドライバーを破棄する。

 アレを地球に向けられると非常にやばい……ビッグバリアでも耐えられんだろう」

「了解しました、直ちに準備を開始します」

ソレントの指示に、コールドは席を立ち、部屋から出て行く。

「悪いが、我々はコールドの作業が完了するまでの時間を時間を稼ぐ。

 同時に撤退の準備も始めておけ、今の士気では満足に戦えん。

 新兵の中には遊び感覚の馬鹿もいた。

 今までは無人兵器だったが、有人兵器を相手に出来るほど覚悟があるとは思えん。

 まあ、速成教練といえどその点は大丈夫だと思うが」

ソレントの懸念に幕僚達も同じ意見なのか、深刻な顔で頷いている。

「とにかく、艦隊を失った以上は防御に徹する他ない。

 無人偵察機をあるだけ飛ばして、索敵を急がせろ」

幕僚達も状況を理解しているので、ソレントの指示に反論する事はなかった。

「問題は月だけかという事だ」

「陽動ですか?」

「ああ、別にマスドライバーでなくともいいだろう。

 コロニー落とせば、十分お釣りがくるさ」

何気なく話すソレントの言葉を聞いた者は最初は理解できずにいたが、やがて意味を理解すると複雑な顔になっていく。

「ですが、そこまでするでしょうか?」

「私ならする」

平然とソレントは周囲にいる者に聞こえるように話す。

「一度、全滅させられかけている。

 そして今も自分達の存在すら否定された。

 お前達はそこまでされて……赦すというのか?」

大声でもなく、声を潜めるようでもなく、ありのままの現実をソレントは話していく。

木星は連合政府によって追い詰められたのだ。追い詰められた者が手段を選ばないのは歴史が証明している。

……状況は切羽詰っていたのだ。

「私なら赦さんよ。

 どちらかと言えば、勝てないと理解していても戦うさ。

 むしろ心中するつもりで、戦い続ける……死なば諸共だ」

その考えに幕僚達の背中に冷たい汗が流れていく。

そんな時、オペレーターから報告が入る。

「つ、通信が入ってきました……木連から…」

「……そうか、回線をこちらに」

淡々と指示を出すソレントに幕僚達は驚いていたが、そのおかげでソレント自身は頭の中が冷えていく感覚になっていた。

オペレーターは少し逡巡したが、恐る恐る作業を始めていく。

そしてスクリーンに制服姿の人物が映ると、幕僚達も動揺を押し殺して、目の前の現実に立ち向かおうとしていた。

――もう一つの歴史を作り上げた人類との遭遇であった。

『私は木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家反地球共同連合体、

 月攻略艦隊提督、高木恭一郎だ』

そこには己の意思で戦うと決意した男がいたと、後にソレントは述懐している。

『はっきり言おう、我々には余裕がない。

 撤退するのなら三日以内にせよ。

 それ以降はただの虐殺を行うだけだ。

 捕虜の面倒をみる余裕はない……そういう事だ』

自身が行う事を理解したうえで告げる高木に、ソレントは問う。

「それがどういう意味か、承知しているのか?」

『当然だ、一般市民が居ようと関係ない。

 何故なら既に宣戦布告を我々は連合政府に行っている。

 避難もせずに、暢気に構えている時点でお粗末だと述べさせてもらおう。

 そういう政府を作り上げた自分達の愚かさを知るがいい』

ソレントの問いに、高木は痛烈な皮肉で返す。

その言葉に背後にいた幕僚達も苦虫を噛み潰した顔になり、複雑な胸中で二人の会話を聞き続ける。

『火星での戦闘行動は最大の失敗だったが、地球に対しては間違いではないと考えている。

 まさか連合政府が何の手立ても講じずに、我々を侵攻させるとは考えなかったぞ』

ソレント達を嘲笑うように、高木は口元を歪めて話していく。

『おかげで木連は非道な殺戮者と火星の市民に怨まれている。

 もっとも、火星コロニー連合政府は事前に対策を講じた所為で、こちらも大火傷をしたが』

「なんだとっ!?」

初めて聞く内容にソレントは思わず声を荒げる。

火星が木連に対して独自に軍事行動を展開したなどと聞いて、幕僚達も目を見開いて聞いている。

『幸運にも火星は報復のみに絞って行動している。

 痛み分けという形で休戦できる可能性もあるが、地球は出来るかな?』

「くっ!」

言い返すにも地球の今までの行動を顧みると、何も反論できない立場のソレント達であった。

『火星の独立だったか……我々は火星を一つの独立国家と認めている。

 火星もまた我々を独立国家として認め、国交を開こうと活動している。

 臭いものに蓋ばかりしている連合政府は、頭を下げるという簡単な事も出来んらしい』

痛烈な皮肉だとスクリーンの前にいる者は感じていた。

この戦争は起きない可能性もあったのだ……連合政府の対応の拙さが全ての原因だった。

『間違いは正せばいい。

 そんな単純な事が出来ずに傷口を広げていく……滑稽な事だ。

 もう一度言うぞ、三日以内に市民を避難させろ。

 何の為に軍人になったのか、それを忘れるな』

そう告げると一方的に通信を切られたようだ。

ブラックアウトした画面を見ながら、

ソレントは連合への苛立ちと、同時に木連の対応に感心する自分への相反する複雑な感情に苦しむ。

彼らは一つの岐路に立たされた。

「戦って死ぬか、逃げる事で生きるか、命題を突きつけられた気分だな」

「…命題ですが?」

「ああ、裏切った連合政府のために死ぬか、生きて恥を晒していくか……そんなところだろう」

ソレントの呟きに反応した士官に、ソレントは自身でも分からない感情のままに話した。

「誇りはある、だが……その誇りは踏み躙られた。

 この怒りは何処へ行けばいいんだろう?」

ソレントの言う意味に気付いた者は複雑な思いで見つめる。

市民を騙して戦争を始めた連合政府と軍上層部に忠誠を誓ったのかと聞かれたようなものなのだ。

「まあ、どちらにしてもコールドの準備が完了するまでは防衛をしなければ。

 索敵と部隊の展開を準備しろ。

 マスドライバーを渡す訳にはいかんのだ。

 私達は連合市民を守る軍人だから……な、多分」

ソレントは自嘲気味に指示を出していく。

幕僚達もやるべき事を理解して行動を開始する。

……どうにもならないと半ば諦めた感情で。


―――トライデント ブリッジ―――


「ふむ、三日後か?」

クロノさんの呟きに私は悪い予感を感じて訊く。

「何がですか?」

「ああ、月の攻防戦の始まりだ。

 先程、木連月攻略艦隊が月面基地に宣戦布告しただけだ」

「なんですとっ!?」

この人の情報収集力は凄すぎると感じていたが、何処まで知っているのか、本気で問い掛けたくなりそうだった。

「骨のある漢だぞ。

 覚悟を決めた男って奴は相当手強いだろう」

ニヤリと口元に笑みを浮かべてクロノさんは私に告げる。

クロノさんは手元のIFSパネルに手を添えて、現在の状況をモニターに映す。

「月面基地の総戦力と木連艦隊の本隊の数は五分くらいか?

 だが士気の低下が著しい月基地が何処まで耐えられるかが、焦点になりそうだ」

「そうですね、月方面艦隊の敗退が響いています。

 ただでさえ士気の低下が危険視されているのに、この分では一方的に嬲られる可能性も出てきました」

レイさんの意見は的を射ていた。

「クリムゾンからの報告では月基地の死守を命じたらしい。

 時間を稼ぐつもりだろうが……愚かだ。

 マスドライバーの破壊して、衛星軌道上のコロニーへ戦力を戻すべきだと思うんだが」

「その意見に賛成です。

 L2、L3のコロニーに戦力を集めて防衛するのが、最善だと考えます」

「L2にはコスモスが建造中だったから、迂闊に戦力を集めるのは敵を集めるので不味いと判断したんだろうが無意味だ。

 月が陥落すれば、自由に動けるのは木連。

 戦艦一隻で何処まで耐えられると考えているんだか」

呆れるように話すクロノさんにレイさんも頷いている。

『クロノさん、こっちの準備を進めていいですか?』

そんな時に通信が入ってくる。

「ああ、始めよう。地中海の大掃除をな」

『了解』

クロノさんの声に私は意識を切り替える。

まずはするべき事をしてから、次の手を打つ。

それが大事な事だと理解している。

「では潜水艦隊に連絡を入れます」

「ああ、為すべき事を始めようか、クロム」

私の心情を思い図って、話すクロノさんに私は応える。

「はい、始めましょう。

 待機中の艦隊に通信を、「掃除を始める」と」

「了解しました」

その一言で作戦は開始された――アフリカとの海路と空路を確保する大事な戦いの始まりだった。


「なんでジュールと副座なんだよ」

「仕方ないだろう、電子哨戒を行う以上は俺かクロノ兄さんが乗らないと。

 それとも姉さんのほうが良かったのか?」

「……いえ、結構です」

エクスストライカー電子戦専用機で俺とジュールは作戦に参加していた。

この機体は情報収集と部隊の展開状況など、戦況を分析するに特化したエクスストライカーであった。

一機は俺とジュールで担当し、もう一機はアクアさんとルナが担当していた。

『それはどういう意味でしょうか?』

アクアさんが額に青筋を浮かべて話してくる。

「多分、ルナとイチャつきたかったのでは」

『なるほど』

「おいっ!」

思わずツッコミを入れたが、自分から退路を断ったのだと俺は気付いた。

『違うのですか?

 ルナちゃん、残念だったわね〜、シンったらルナちゃんとタンデムは嫌だって』

「フラれたな、ルナ」

ニヤニヤと笑みを浮かべて、アクアさんとジュールは俺を追いつめる。

「……勘弁して下さい。

 ジュールもこの頃、棘がありすぎるぞ」

真っ赤な顔でウィンドウから俺を睨むルナを見ながら、二人に話す。

「気にするな、独り者の僻みだ」

『ルリちゃん、ジュールがこんなこと言ってるけどいいの?』

『あらあら、ひどいわね』

「……すいません。もう言いませんので」

あっさりとルナとアクアさんに白旗を上げるジュールに俺は、

「苦労しているようだな」

と自分以上に苦労しているジュールに声を掛けるが、

「いいから、とっとと仕事しろ」

ジュールはふてくされた様子で指示を出していく。

「了解」

俺は予定通りソナーから送られる情報を基に機体を目標地点に動かす。

ジュールも待機中の部隊に情報を送っていく。

概ね作戦は順調に進んで行く――潜水艦隊が燻り出すチューリップを仕留める為に。


「随分、気楽なものだ。

 だがこのくらいの方が良いのか」

上からの通信に潜水艦で指揮を執っている艦長は苦笑していた。

「まあ、二度目ですから慣れたものです。

 軽口こそ叩いていますが、仕事はきちんとしてますよ」

先任士官も先の北海、バルト海での戦闘を経験しているので、それほど緊張はしていなかった。

「今回はアフリカとの補給路の問題もあるから、失敗は許されんのだが」

「その点も考慮しているでしょう。

 向こうさんもこう言ってました「慣れこそが最大の敵だ」と」

「そうだな、同じ事の繰り返しこそ、気を付けないと。

 相当修羅場を潜った指揮官かもな」

「ええ、だからこそ信頼できます。

 では燻り出しを行いましょうか」

目標地点に来たので、先任士官は艦長に作戦の開始を告げる。

「うむ、作戦開始する!

 一番から四番まで魚雷装填が完了次第発射せよ」

艦長の指示に従って、順次作業は進んで行く。


「目標確認、起動しています」

「よし、浮上後にチューリップが展開する前に撃破せよ」

兄さんの指示に私は部隊へと指示を出していく。

(これが終われば、火星に戻れる。

 そして皆もまた新しい生活が始まる)

出会いと別れを繰り返して、人は世界を広げていくと姉さんは話していた。

(ここでの出会いもまた……私にとって意味があった。

 シンさん、ルナさん、カタヤマさん達、そして……ジュールさん)

たくさんの人達との出会いが大切な思い出になっている。

(そして次の出会いがある。

 良い事もあれば、悪い事もあるでしょう。

 ですが、それもまた私にとっての経験になっていく……人として生きて行く為に)

兄さんの指示を部隊に伝達しながら私は、この欧州での様々な事件を思い起こしていた。

良い事も悪い事も全てが大切な思い出になると、姉さんは話していた。

「いつか笑い話になるといいわね」

(本当にそうなるといいです。

 いえ、その為に皆がここに居るのです。

 大切なものを守り、未来を築き上げる為に)

そんなふうに思い、私は作業を続けていた。


―――連合軍極東アジア支部―――


応接室でエリナはネルガルからの提案を告げる、相手はその提案を聞いて複雑な顔をしていた。

「どうでしょうか?

 現状では相転移エンジン搭載のグラビティーブラストのある戦艦は必要でしょう。

 今回のネルガルの提案を受け入れては貰えませんでしょうか?」

「むう、確かにその提案はありがたいが、人員を外すのはどうかな?」

「ですが民間人のクルーでは何かと不都合でしょう」

もっともな意見のようにエリナは話すが、相手側も慣熟するまでの時間が足りないと感じているようだった。

「性格的に問題が多いクルーよりも、きちんと訓練を受けた軍人の方がいざという時に便利ですわ。

 有人機と戦うというのに、民間人に任せるのですか?」

チクリと棘を混ぜるように皮肉をもって、エリナは相手に話す。

相手もその意見に黙り込んでしまう。

「まあ、今更綺麗事を述べる気はしませんが」

少し言い過ぎたと思い、エリナは顔を曇らせて話す。

「いや、構わん。

 元々、こちらの不始末なのだから」

「連合政府にはこちらからの提案にして、お手間を取らせないように手配します。

 出来るだけ早く、準備が完了できるようにそちらも人員の手配をお願いします。

 ナデシコクルーを移動させる前に、艦のクセなど聞いておいた方がいいでしょう」

「わかった、先任士官として何名か送ろう」

「では、急ぎ準備を始めます」

エリナは席を立つと足早に部屋を出て行く。

「背に腹は変えられんか?」

「だな、急ぎ準備を進めるぞ、コウちゃん」

「ああ、ヨッちゃんには面倒を掛けるな」

「気にするな、戦力が増えるのは悪い事じゃない。

 幸いにもナデシコには息子もおるし、手伝わせるから」

そう告げるとヨシサダはクルーの選定を始める。

ネルガルの提案でナデシコは軍に移譲される。

……また一つ歴史が変わった。


―――サセボ地下ドック ナデシコ―――


「―――というわけで、皆さんは現在建造中の新型艦シャクヤクに異動してもらう事になりました。

 軍から来られる方と引継ぎが完了次第、順次お引越しの準備を始めて下さい」

コミュニケを通して、プロスは状況を説明する。

クルーもプロスの説明を聞いて、慣れ親しんだ艦との別れを少し惜しんでいた。

『俺達、整備班は一番最後になるのか?』

「おそらくは……ただ、もしかしたらウリバタケさんは先に異動してもらう事になるかもしれません」

『ほう、だったら改造してもいいんだよな?』

プロスばりに眼鏡を光らせて、ウリバタケは次の新型艦シャクヤクの改造案を考えていく。

……マッドの血が騒いでいるのかもしれない。

(もしかして……危険な人物を乗せたんでしょうか?)

前倒しで建造している戦艦の建造にウリバタケを参加させてもいいのか……迷うプロスであった。

「じゃあ、私も引継ぎの準備をしますね」

どんよりと曇ったままの状態のユリカがブリッジから出て行く。

「艦長もこの異動で気分転換が出来るといいんですが」

メンタル面のダメージから未だに回復しないユリカをプロスは心配する。

アカツキからの指示でユリカを続投させる事が決定しているが、今の精神状態では非常に危険なのだ。

「僕ではダメでしょうね。

 僕はユリカに近過ぎて、そして……ユリカに依存していた」

幼馴染で側にいつも居たが、ユリカに付いて来ただけだとジュンは思う。

「形はどうあれ、ユリカはテンカワには甘えていたんです。

 プレッシャーもありましたから、何をしてもミスマル家の跡取りという肩書きがありましたから」

「弁護はよしなさい。

 その肩書きで不自由ない暮らしが出来たんだから……まあ、肩書きで潰れかけたアタシの言うべき事じゃないけど。

 人っていうのは、大なり小なりその肩書きがついて回るのよ。

 全てを捨てるって選択肢もあるけど、それすらもしないでいる以上は甘えなの」

苦笑いのムネタケが今のユリカの状況とこれからどうするべきかを告げている。

「まっ、あの小娘が自分で決めないと、でも運は人一倍いいわよ。

 今回のお引越しで時間の猶予が出たわ。

 あとは悩んで、自分で道を選択すればいいわ」

「でもいいの、決められないと思うけど?」

ミナトがムネタケに問う。

「見た感じ、艦長ってミスマル家のレールに乗せられていた気がするけど」

「決められないっていうのも、一つの答えよ。

 現状を維持したいっていう事じゃないの?、もっともそれは何も変わらないし、悪い方へと進む事が常だけど」

「悪い方ですか?」

「当然よ、副長。

 今の状況が悪いのに改善しようとしないくせに良い方向へ動くかしら?

 自分で決断したなら、結果を受け入れられると思うけど、決めずに結果を受け入れるのは出来ない筈よ。

 なら受け入れられない結果は悪いものじゃないかしら?」

「そうだ、生き方を決めないのは良い事ではない。

 流され続けるという事は危険なものだ」

会話を聞いていたゴートが自分の経験からのアドバイスを伝える。

「選択肢があるだけ恵まれていると思うが」

「そうね、食い繋ぐ為に軍人になった下士官もいるわね。

 軍人って、結構恵まれているからね。

 仕官したら、ただ同然で資格が得られる訓練もあるし、給料だって悪くないわよ。

 平和な時は非常に便利だけど、今は仕官しない方が良いわね」

「そうですな、提督の仰られる事は一理ありますな」

「うむ、資格は取り放題かもしれん」

プロスとゴートがムネタケの意見に賛成している。

「それでいいんですか?」

「副長の言いたい事も分かるけど、憶えておきなさい……士官学校からのエリートと一般兵との温度差もあるって事を。

 下の者は上を常に見ているのよ、自分達の命を預けられる人物かどうかを。

 規律、規律で縛ってはダメよ。

 要は押えるべき所は押えて、その他は必要以上に縛り付けないようにしなさい。

 これって結構大事な事だから」

「は、はあ」

不思議そうにムネタケの意見を聞くジュンだった。

「軍に復帰すれば、嫌でも理解出来るわ。

 さて、プロス。アタシとカザマ少尉はシャクヤクに異動みたいだから引継ぎだけはきちんとしておくわ。

 だから早めに異動の準備をしておいた方がいいわ。

 トラブルが起きると思うわよ、多分」

「その可能性は十分にありますな」

「ええ、癖のある人物ばかりだから、副長も気を付けなさいよ」

「そうですね、了解しました」

ジュンもムネタケの意見に納得している。

ナデシコのクルーは一筋縄ではいかない人物が多いのだ。

そういう人物に早めに声を掛けて、トラブルが起きないように手を打つべきだろうと考える。

「立つ鳥、跡を濁さないようにって事かしら〜?」

「そういう事よ。色々あったけど生き残れた事を感謝しないとね」

ムネタケの言葉にクルーも感慨深げに聞く者、新しい艦に思いを向ける者がいる。

ナデシコクルーの引越しイベントが始まろうとしていた。


―――ピースランド王室にて―――


「――以上が現在の姫様を取り巻く状況です」

報告書を読み上げて、私は国王夫妻に姫様の生活状況を伝えていく。

王妃――アセリア様の顔が曇られていくのが、非常に心苦しかったが伝えなければならない事は承知していた。

「ルリと名付けられたのですね」

「はい、王妃様の若い頃に似ておられました」

「そうか、似ているのか」

私からの報告を複雑な思いで聞いておられた陛下は姫様の状況を知り、思う所があるのだろうか考え込んでおられる。

「幸いにも現在は健やかに暮らしておられます。

 同じような境遇で生きてきた保護者が側にいて、姫様の安全を確保する為に戦っています。

 今回お会いする事で、姫様の教育過程も教えて頂きました」

私は一枚のディスクを取り出して、モニターに映し出す。

そこには姫様の教育に関する報告がなされていた。

「どうも姫様の出生の秘密も知られていたので、姫様が将来こちらに戻られる際に困られないようにしているようです」

そして私はもう一枚のディスクを陛下に渡しておく。

「こちらは姫様の映像記録です」

受け取った陛下は王妃様にお渡しする、王妃様は大事そうにディスクを抱えていた。

「当面は火星でお預かりすると話しておられましたが、いずれお会いできるように準備は進めるとの事です」

複雑な思いで私はお二人に伝える。

(会わせたいが、今は難しいと言っておられた。

 だが必ずや、お会い出来るようにする事が私の使命であり、願いでもあります。

 今しばらくは……ご辛抱下さい)

頭を下げて、私は部屋から退室する。

するべき事はたくさんあるのだ……姫様をお迎えする為に。


ジェイクが退室した後、アセリアは堪えきれずに泣いている。

報告を聞く限り、娘が生まれ育った環境はかなりではなく…最悪なものだったと認識していた。

(マシンチャイルドだと……ふざけた事をする。

 娘を道具のように扱うなど許さんぞ)

報告を聞く限り、既にその人物は死亡しているようだが、ネルガルに対する不審は消える事はないのだ。

「泣いていても仕方がない。

 私達にできる事をしなければ、そう…この子を迎え入れる準備もしなければならん」

「…はい、……そうでしたね」

私の声にアセリアも為すべき事を理解したようだ。

「とりあえずはそのディスクを見る事にしよう。

 十年…捜し求めた大事な娘の姿を見ないと始まらないだろう」

「ええ、捜し続けていた娘を見ないと」

……アセリアと二人で再生された映像を見る。

そこには妻によく似た少女が笑ってた。

「ふむ、よく似ている……目元などそっくりだ」

「…はい」

目尻に涙を浮かべて、アセリアはその映像を見ている。

そこには同じ瞳の色をした子供達と仲良く遊ぶ……娘の姿があった。

「……ホシノ・ルリだったか…」

「ルリの名はいいですが、ホシノなどという家名など要りません。

 あの子は……あの子は私の大事な娘なのです」

「そうだな、生まれこそ違うが、私達の大事な娘だ……」

「会いたい…会いたいです……会って抱きしめたい。

 そして寂しい思いをさせた…不甲斐ない母の私を責めて欲しい」

「そう自分を責めるな……お前一人の所為ではないのだ」

崩れ落ちそうなアセリアを抱きしめて、私は映像を見ている。

ようやく捜し当てた娘の姿を愛しく思いながら。


部屋を退室して、私は執務室に向かう。

其処には報告を聞いた大臣達が待っていた。

「陛下のご様子は?」

「陛下は大丈夫ですが……」

私の表情を読み取って、大臣達も表情を曇らせている。

「強引に戻すべきか?」

「いえ、それは不味いと思います。姫様がお二人を拒絶する可能性もあるそうです」

「それは……」

私が聞いた現在の状況を話していくと、誰もが声を失っていく。

それほどまでに衝撃的な内容なのだ。

「国辱って……こういう事なのか?

 わが国の大事な姫に対して、このような扱いをするなど無礼にも程がある」

「その件は後にしましょう。

 問題は姫様を迎え入れる環境を整える事が大事かと」

「そうだった、マシンチャイルド……か。

 ナノマシンによる人工的に改造された少女か……国内に反発が出なければいいんだが」

大臣の一人の懸念は全員が考えている事だろう。

IFS強化体質――ナノマシン処理に対する地球の人間の感情はあまり良いものではないのだ。

そういう点に於いて、姫様を嫌う者が出ないとは言えないのだ。

「この報告書を読む限り、聡明なお子様のようだ。

 王位継承権問題も複雑なものになるやもしれん……厄介な事になりそうだ」

「現在、姫様を保護している方が言うには、そういう事には無頓着な方のようです。

 王位継承権も放棄なさる可能性が非常に高いと話されていました」

私がクロノ氏の考えを話すと、大臣達も何処か安堵しているようだった。

「ならば、その方向で話を進める事にしたいものだな。

 国内に騒乱の波紋を起こす事は出来るだけ避けたいものだ」

「全くだ、国内に不安を残した状態でお迎えする事はできん。

 そういう事態になれば、姫様を切り捨てる事も考えなければならん。

 そんな事は陛下には言えんぞ」

「いや、陛下の事だ。そういう事態になれば公人としての立場をお取りになられるだろう。

 私人としての立場より国の事を大事にされるお方だからな」

「王妃様が嘆き…悲しまれるだろう……お辛い立場だ」

「では、当面は内密に事を進めましょう。

 姫様がどういう立場を取られるかは、まだ分かりません。

 我々にできるのは、今のうちにできる限りの対策を練る事くらいです」

「うむ、火星には感謝するべきかもしれん。

 事前に情報を提供してくれたおかげで、こちらとしても助かっている。

 そういえば、姫様の教育状況はどうなっているのだ」

「姫様は気付いておられませんが、順調に英才教育を施しているようです。

 元々才能が有ったのでしょう、先が楽しみといったところだそうです」

私の報告に大臣達も楽しそうに笑っている。

「こいつは楽しみな事になりそうだ。

 やはりお二人のお子様かな」

「ええ、王妃様の若い頃にそっくりでした」

「なにっ、それは是非お会いしたいものだ。

 将来は王妃様に似て、さぞお美しい姫様になるんだろう……楽しみだ」

その声に全員がまだ見ぬ少女の未来を楽しみにしていた。

概ね姫様の事は好意的に受け入れられたと私は見ていた。

「では、準備を始めましょう……陛下と王妃様の笑顔を見続ける為に」










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

TV版ではルリちゃんが主体で進みましたが、ピースランド側の立場って奴を書いてみたかったんです。
IFSって地球人には受け入れにくい物みたいでしたから、ルリちゃんの立場って良いものだったのかと思いまして。
案外、親権を放棄したっていうのは、ピースランド側にとっては歓迎されていたのかも。
無論違うかもしれませんが。

では次回でお会いしましょう。




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