状況は動き出していく

動きを制するには気付いた時には手遅れにするのが効果的だ

だがそういう状況に持ち込むのが難しい

今回は上手く行きそうだが次も上手く行くとは限らない

今後も慎重な対応が必要だろう



僕たちの独立戦争  第七十話
著 EFF


「兄さん、こんな所で油を売っていてもいいんですか?」

私は目の前の兄に聞いてみる。兄の立場からすれば、今はトライデントに居なければならない筈。

このような地中海の高級ホテルの喫茶室で私とお茶を飲んでいて良い筈がないのだ。

「すまんが、少し我慢して欲しい。

 本当はジュールと行って欲しかったんだが、あいつはルリちゃんと一緒にいるのが不安なんだよ。

 どうもお互いの傷を舐め合っている様に感じているのか……このままいると傷つけるんじゃないかと感じてな」

「そんなこと……ないです。私の想いは慰めあうものじゃないです」

私に遠慮するジュールさんに少し悲しいと思うが、

ジュールさんはジュールさんなりに私を気遣っているのだと思うと文句が言えない。

「だろうな……痛みを知っても立ち上がる事が出来る強さを今のルリちゃんからは感じられるよ」

「一度聞きたかったんですが……兄さんの中の私はどんな娘だったんですか?」

どうしても聞きたかった……今の自分とは違うがもう一つの可能性ともいえる私を兄さんは知っているのだ。

もう一人の自分を知りたいと思う事が偶にある……兄さんを苦しめる事になるのは辛いが聞きたい。

姉さんに聞くという選択肢もあるのだが、それだけは絶対にしてはいけないという気がする。

「そうだな、最初に会った時は変な子だったかな。

 まるで人形というイメージが先に出てた……実際は違ったけどね」

兄さんの言う意味がなんとなく理解できる。研究所時代の私はそういう感じだったから。

感情というものを知らないというか、知ろうとせずに生きていた。

「多分、人と触れ合う事がなかったから、どうすればいいか分からなかったんだと思う。

 諦める事で傷付かないようにしていたんだろうな……違うかい?」

「そうですね、周囲に無関心を貫く事で守りに入っていたんだと思います」

「一緒に暮らしてからはそんなイメージが間違っていると分かったけど……幸せな時間ってやつは続かなかった。

 俺とユリカが新婚旅行に出発する時に事件があって、その時に俺達は死亡した事になってルリちゃんを一人にしたんだ」

「か、艦長とけ、結婚したんですか?、それでは姉さんは?、それに私は一人になったんですか?」

驚く事を幾つも聞かされる――特に私が一人ぼっちになった事も重要だけど、姉さんが居なかった事もショックだった。

「まずアクアだが、俺と出会った時には既に壊れていた。

 おそらく狂う事で自分を守っていたんだと今はそう思う……アクアは優しい女性だ、狂気には耐えられなかったんだ」

「そんな……」

身体が震えていると思う。以前、姉さんが話していた事を兄さんは見ていた。

優しい姉さんの笑顔が無くなる事に私は怯えているのだ。

「今は大丈夫だ。アクアは向き合う事を決めたから、そして俺が最後まで支えるから」

バイザーで目を見ることは出来ないが、口元に笑みを浮かべる兄さんに私は安堵していた。

「ユリカとの事は俺個人の事だから秘密だし、居なくなった後のルリちゃんの事もそんなに詳しく知ってはいないんだ。

 だから大まかな事しか言えないけどいいかい?」

「……構いません」

「俺達がいなくなった後、ルリちゃんはユリカの実家のミスマル家に引き取られた。

 そして15歳で軍に仕官したみたいなんだが、その経緯は分からん」

「はい」

「ナデシコの仲間達が居たから一人じゃないと思ったんだが、実際はそうじゃなかった。

 ルリちゃんは俺以外の人にはどうも心を完全には開いていなかったようで、

 拒絶とまではいかなかったが表面上の付き合い止まりに近い状態だった」

「何故ですか?、どうして兄さんがいなくなった事で付き合いが変わるのですか?」

この点が不思議だと思う。確かに兄さんがいなくなればショックを受けるが、そんな状態にならないと思う。

ジュールさんを失えば、話は変わるけど……私にとって大切な人だから。

「あの頃は側に同年代の男の子はいなかったし、一番近くにいたのが俺だったのさ。

 もしかしたらルリちゃんの初恋のお相手だったのかもしれない……俺にもよくは分からんけど」

(あ、ありえるかもしれません……今の兄さんとは年が離れている所為で頼りになるお父さんというイメージがあります。

 逆行前ならばその可能性が高く、テンカワさんの笑顔は姉さんにも通用したんです)

空調が効いた場所なのに何故か汗が止まらない。

最悪の時は姉さんと男性の取り合いになったのかもしれないと思うと……。

「ん、顔色が悪いけどやっぱり言わない方が良かったか?」

私の顔を覗き込むように見る兄さんは言うべきではなかったかと後悔しているようでした。

「いえ、驚いてはいますが、続きをお願いします。

 中途半端になるとかえって気になりますから」

私はそう言うと渇いていた喉を潤す為にアイスティーを飲んでいく。

冷たいアイスティーを飲む事で身体が冷えて、冷静さを取り戻している様に思えた。

「俺の逆行で歴史は大きく変化している事は分かるだろう?」

「ええ、詳しくは聞いていませんが姉さんも同じ様な事を言ってました」

「介入しなければ、火星は全滅。ネルガルが古代火星人の技術を独占していた。

 ルリちゃんもまたワンマンオペレーションシステムのパーツの一部になっていた可能性もある」

「私は道具になる気はありません」

「今のルリちゃんならそうだろうけど、昔のルリちゃんならどうだい?」

ギシリと身体の動きが軋んだ様に感じられる。

「諦めて、自分の未来に何も展望がない状態でも同じ事が言えるかな?」

「……そ、それは…………」

今の自分なら嫌なものは嫌だと告げる事が出来ると思うけど、昔の諦めていた自分なら無理だろう。

(多分、好きにして下さい。どうでもいいですよ。なんて言うんじゃないでしょうか)

「システム掌握はマシンチャイルドにとって最大の武器になると軍人は考える。

 火星で既にその成果を見せたんだ……アクアがね。

 ラピス達がサポートした形だけど、アクアは自分を囮にするつもりだと思うんだ。

 知らない連中はアクアが最も強力な力があると考えるだろう。

 実績というものは馬鹿にならないんだよ……俺も過去では人類最初のジャンパーとして実験材料にされたから」

「そんな……ことは…認められません。

 姉さんを犠牲にする気は私にはありませんし、セレス達もそんな事を許すとは思えません」

姉さんを生け贄に差し出す気はないと私は兄さんに告げる。

「姉さんが居て、兄さんが居るからこそ、私達は家族として生きていけるのです。

 誰かを犠牲にして幸せになどなりたくはありません」

「そうだな、アクアを俺が守る事は決定している。

 だからジュールとルリちゃんにも覚悟を持って欲しいのさ」

「覚悟ですか?」

兄さんが姿勢を正して私を見つめると、私も真剣な気持ちで聞く事にする。

「そう、俺とアクアはどうしても火星の軍事、政治からは逃れられないと思う。

 平和になったらなったで、色々な思惑が動き出すだろう」

「そうですね、平和になれば利権を巡る動きも出るかもしれません」

「だからルリちゃんとジュールには俺達の分まで子供達の事を気に掛けて欲しいんだ。

 俺達は立場がどうしても付き纏うから、動きが取れない場面もあるかもしれない」

「私達が動いて守るのですか……どこまで出来るか分かりませんが頑張りますね」

「すまないな」

私は姉さんから少しずつ政治、経済の動きから、人がどういうふうに動いたりするのか聞いている。

人身掌握術や帝王学といった事も教わっているから、平和になった後の事も姉さんと話し合う機会が増えている。

綺麗事ではなく、本当の意味で時には手を汚さなければならないやり方も聞いている。

(百を救う為に、一を切り捨てる……全部救えるなどという傲慢さは捨てなさいと言われた。

 無論、全てを救う方向で動く事は間違いがじゃないと言われたが、どうしても切り捨てなければならない時もあると言う。

 上に立つ者はそういう決断も自分でしなければならないといけないと言われました。

 誰かに任せるのも良いですが、その際は文句を言ってはいけないと忠告されました。

 文句を言うくらいなら、最初から自分でしなければならない。

 決断一つ満足に出来ない者は何も得る事が出来ないと言われました)

「ルリちゃんにはまだ話していないけど、ルリちゃんはある意味、この地球では大きな発言権を備え持っているんだ」

「わ、私がですか?」

兄さんが話した内容がとても信じられなかったので思わず問い質した。

「うん、ルリちゃんには教えていないけど、既に御両親とは接触しているんだ。

 ルリちゃんはあるテロ事件で御両親から引き離されたのさ。

 当時、ルリちゃんの御両親は子供が欲しがって、人工授精という形でルリちゃんを望んだんだ。

 だがテロ事件の所為で研究施設は崩壊、受精卵は行方知れずになる。

 偶然、手に入れた受精卵を基にネルガルが勝手にルリちゃんをマシンチャイルドとして誕生させた」

「そ、そんな……」

初めて聞く出生のことで私は混乱している。

「本当はルリちゃんは愛され、望まれて生まれる筈だった」

もしそれが真実なら、私には両親がちゃんといる事になる。

「もしラピス達の事を気にするなら、それはお門違いだよ。

 あの子達には俺やアクア、ジュールにルリちゃんが家族としているんだ。

 それが不幸だと思うか?」

「お、思いません!

 確かに生まれこそ酷いものですが、今は幸せなんです」

セレス達は私にとって大切な家族だ。切り捨てる事など出来ないし、何があろうとも守ってみせる。

「そういう事だ。ルリちゃんもジュールも家族さ。

 おっと、もう一人――シャロンさんもその一人だった」

「そうですね」

「ああ、ルリちゃんにとっては義理のお姉さんになるかもしれない人だからな」

「な、何を言っているんですか!」

思わず声が大きくなり、周囲の注目を集めてしまって、恥ずかしくて身を縮める。

目の前の兄さんは悪戯が成功した事を喜んでいるのか、口元に笑みを浮かべている。

「もしかして……からかいましたね?」

「そうでもないが、やはりルリちゃんには年上のお姉さんが必要だったのかもしれん。

 ユリカは年上だったが、微妙に子供っぽいところがあったから。

 やっぱりミナトさんやアクアみたいな年上の女性が必要なんだろう。

 甘えられるお母さんと言ったところか」

「……そうかもしれませんね。ナデシコで姉さんと一緒の時、一度添い寝をしてもらったんですが」

「安心して眠れたのかい?」

「ええ、子守唄はありませんでしたが、それでも温かい気持ちになりました」

そう、姉さんの温もりはとても心地好かった……たった一度きりだったが。

私の感想を聞いて兄さんはバイザー越しだが、私を優しく見つめてくれている。

(多分、兄さんの記憶の中の私と比べているのかもしれない。

 今の私のほうが幸せになれると思ってくれると嬉しいんですが)

「さて、本題に入ろうか。

 ルリちゃんの御両親と会える準備を進めている。

 今すぐという訳ではないが、いずれ会えるように向こう側と話し合わなければならない。

 ここまではいいかい?」

「は、はい」

確認するように兄さんが尋ねると私は次第に緊張してきた。

まだ見ぬ両親……正直、ピンと来ないが。

「今日は御両親の側に仕える人物と会う事になっている。

 とりあえず不安かもしれないが、俺達の話を聞いて後日きちんと返答できるようにして欲しい」

「わ、分かりました」

そう告げると兄さんは席を立ち、こちらに歩いてくる壮年の紳士に会釈する。

その人物は背筋を伸ばし、穏やかな笑みを浮かべながらも常に周囲を警戒しているような執事のようなイメージだった。

(なんか、マリーさんに似ている気がします。

 グエンさんのような強さは感じられませんが、それでも何かしらの……強さがありそうですね)

そんなふうに思いながら見ていると、相手の方は私を見つめると深々と頭を下げて話す。

「よくお出で下さいました、ルリ様。

 私の名はジェイク・ダニエルと申します」

「え、えっとホシノ・ルリと言います。初めまして」

マリーさん以外は様付けしないので、丁寧に話されると思わず身構えてしまう。

そんな私をジェイクさんと兄さんは微笑ましく思うのか……笑みを浮かべている。

「残念ですが、まだ御両親の事は話しておりません。

 これから話そうと思っていたところです」

「左様でございますか……では席を替えてお話しましょう。

 姫様にはご自身の出生の事をお聞かせしたいと考えておりましたので」

「では上に部屋を取っておりますので其処で?」

兄さんが立ち上がり、ジェイクさんも周囲を警戒しつつ歩き出す。

「ところで、姫ってどういう意味ですか?」

兄さんが前を警戒して、間に私を挟んで後方をジェイクさんが警戒している。

「それは場所を変えて話すよ」

「そうですな、このような場所で気軽に話す事ではありませんから」

「は、はあ……」

(本当に訳が分かりません。もしかして私って何処かの国のお姫様とか?

 ……そんな筈はないですし、多分いいとこのお嬢様くらいですか)

そんなふうに勝手に判断していたが、後に自分の両親の事を聞いて吃驚するとはこの時点では考えもしなかった。

……私が本当にお姫様だなんて誰が思うでしょうかと後でジュールさんに愚痴のように話し、

姉さんは姉さんで私の狼狽振りを兄さんから聞いて笑っていた。


―――ユキカゼ ブリッジ―――


「ボ、ボース粒子反応増大!」

オペレーターの叫びにチュンはすぐに艦隊に指示を出す。艦内に警報が響くと同時に艦隊の中心部が輝く。

「全艦、第一級戦闘配置!

 来るぞ!何かにしがみつけ!」

チュンの指示と同時に艦隊のど真ん中にその物体は出現する――機動爆雷。

「機動爆雷です!」

機動爆雷は即座に分裂すると周囲に小型の弾頭を接触させる。

「フィールド出力低下!

 なっ!?、あ、ありえない――フィールドが中和されていきます」

出現した機動爆雷の第一陣はフィールドを中和する装置が内蔵されていた為に連合軍艦艇の防御力を削っていく。

オペレーターの報告にスタッフは浮き足出す。

何度も敗戦する事でディストーションフィールドの防壁を凄さを身を持って知っていただけに動揺が激しいのだ。

揺れる艦内でチュンは状況を見極めるべくオペレーターからの報告に集中する。

「後方より砲撃あり!」

「緊急回避!

 各艦はダメージコントロールを始めろ!」

「敵砲撃、グラビティーブラストではありません!

 ミサイル、レールガンによるものと、もう一つとてつもなく貫通力のある砲撃みたいです」

「なにっ!?」

「砲撃の方向から位置は確認できたか!?」

「こちらの範囲には敵影はありません。

 レンジ外からの砲撃です」

オペレーターの分析にチュンは声を上げる。状況はチュンの予想を上回る方向に移ろうとしていた。


「艦長、フィールドイレーサーの起動を確認。

 敵艦隊のフィールド出力の低下が始まりました」

敵艦隊の情報を分析してきたオペレーターの声にゲイルは次の手を打つ。

「よし!このまま砲撃を続ける。

 カプリコーン、バルゴは再度爆雷投下せよ」

スコーピオのブリッジでゲイルは矢継ぎ早に指示を出していく。オペレーターもその指示を忠実に各艦に伝達する。

僚艦のサジタリアスがすぐに砲撃を開始する。

重力波レールガンを中心にしての砲撃ではあるがミサイル、レールガンの使用も始まり、敵艦隊の混乱は続く。

「第二撃、目標は理解しているな?」

「はい、高速艦、駆逐艦を中心にいきます」

「上出来だ」

ゲイルはワタライが自分の指示をきちんと聞いていた事にニヤリと笑う。

「艦長、爆雷転送準備が完了したそうです」

オペレーターがゲイルの指示を仰ぐ。

「いいぞ、爆雷投下せよ」


バルゴの観測室でジャンプナビゲートしていた青年――ドナン・ニコルソンは呟く。

「……怖いな、一方的に攻撃している」

中には複数のスクリーンに連合宇宙軍艦隊の姿が映し出され、ドナン達のナビゲートによる一撃が事細かく表示していた。

強襲されて浮き足立つように動いているように見える敵艦隊を見据えながら次の指示が入るのを待つ。

『ジャンプゲート正常に稼動。

 第一撃は命中し、敵艦隊の防衛力は低下、現在は各艦の迎撃システムで対抗中です』

機動爆雷フィールドイレーサーによるフィールドの消失は想像以上に効果的だった。

四艦のグラビティーブラストを広域放射で連射すれば、艦隊が全滅する可能性もありそうに思えた。

「そうだな、これじゃあ……殺戮しているようなものだ」

「……ああ」

偶々隣で声を聞いた同僚がなんとなしに話しかける。

『第二撃装填準備して下さい』

指示を聞いた二人はIFSコンソールに手を乗せるとジャンプナビゲートの準備を開始する。

カタパルトの先にあるジャンプゲートに機動爆雷が来るとドナンは転送先をイメージする。

ジャンプする機動爆雷で人が死んでいく……これが戦争だと理解しているが気分のいいものではないのだ。

「負けられない戦いだけど……辛いよな」

自分達の未来が懸かっていると思うと……止められない。

複雑な胸中でドナン達はナビゲートを行う。


「敵の位置は?」

「こちらの索敵範囲外からの砲撃です」

ユキカゼのブリッジでチュンは反撃を試みようとしたが、状況はままならない有様だった。

「砲撃の種類は?」

「不明です。大規模レールガンに類するものかと」

艦隊の損害報告を聞いていたヒラサワが答える。

「破壊された艦艇の側の艦からの報告では一直線に貫いていったようです」

「足の速い艦は無事か?」

「残念ですが敵の攻撃の第一目標にされたようです」

「ふ、再びボース粒子増大!」

「対空迎撃!」

現れた機動爆雷は無数に弾頭を分裂させて艦隊に強襲する。

フィールドを中和された艦で対空迎撃が間に合わなかったものは次々と損害を受けていく。

「どう思う?」

「正体不明の攻撃……もしかして?」

チュンの問いにヒラサワもこの攻撃が木連ではないのかもしれないと考えていた。

その理由として無人機が使用されていない事がある。木連は無人機を索敵や攻撃に使用しているのでない方が不自然なのだ。

無人機による索敵は非常に範囲が狭く、自分達の索敵に引っ掛かる筈だった。

しかし、今回の攻撃に関しては無人機の存在は何処にも無かった。

それが無いという事は超長距離からの光学観測による可能性が最優先で考えられた。

「結論を先延ばしにした報復だろうか?」

「……だとすれば自業自得です。こうなる可能性を考えなかった我々の甘さかもしれません」

「確かに……今更か…」

「彼らを裏切ったのは私達です。謝罪もせずに大丈夫だなどと考える方がおかしいのです」

「……だな」

チュンの脳裏には因果応報という言葉が浮かび、地球が突き進む方向が危険なものだと感じていた。

火星は木連に協力しているのだろうかと思うとこの戦争が複雑な方向に動く可能性が高いのだ。

「状況はどうだ?」

「攻撃は終わったようですが、足の速い艦艇はほぼ……」

「……撃沈されたか」

「いえ、中破に留められていますので修理すれば航行も可能です」

各艦から寄せられる被害報告に目を通しながらヒラサワは告げる。

「損害自体は全体の二割ほどですが、航行不能な艦の殆どが高速艦艇です。

 この分ではL2、L3コロニーからの救援要請がありましてもすぐには向かえません。

 どちらが行ったにせよ、足止めされた状況には違いませんが」

報告を聞いたチュンは呻くと、最善の手段として進む事を決断する。

「くっ、……月基地の救援に向かう。

 今、戻ろうとすれば再び攻撃を受ける可能性もある。それに月基地の同胞を見殺しにもできん。

 足の止まった艦艇はこの宙域にて応急修理を始めて、本部からの指示に従うようにさせろ。

 動ける艦のみで救援に向かう……以上だ」

「了解しました。では警戒態勢を強化して急行します」

ヒラサワがチュンの指示を補足するように追加の指令を艦隊に通達すると艦隊は陣形を再編して動き出す。


ゲイルはオペレーターからの報告を受けて、今回の攻撃が予定通り成功した事に満足する。

「信じられないくらい上手くいった……正直、ボソンジャンプの凄さがここまでだとは思わなかった」

「そうですね。私もエリック先輩から聞いてはいましたが、まさかここまでとは……」

「これはクロノ提督が危惧する筈だ。使い方を誤るとワンサイドゲームで無差別攻撃の殺戮になりかねんぞ」

ゲイルの考えを聞いたブリッジクルーは悪寒を感じている。

まともな人間なら殺戮なんて行為など嬉々として行う事などないからだ。

「全艦に通信を開いてくれ」

「はい」

ゲイルの指示にオペレーターは全艦に通信を繋げる。

「全員、聞いてくれ。

 我々の攻撃は成功したが……その結果、火星は想像以上の危険な力を手に入れた事が分かっただろう。

 クロノ提督が常に力の使い方を誤らないように警告していた理由も今なら理解できた筈だ」

真剣な顔で全員に告げるゲイルに艦内の者は耳を傾けている。

「火星宇宙軍は火星で生きる者を守る為に戦う事は当然だが、自分達からは攻撃しないように理性を持って常に対応しよう。

 我々は殺戮者にはならない……その時は火星は崩壊すると思う。

 そんな事にならないように一人一人が常に自覚を持って戦って欲しい。

 戦う時は自分達の家族や友人を守る為に、命の重さを忘れないように……以上だ」


『―――以上だ』

ゲイルの言葉を聞いたドナンはそうありたいと願う。

「……だよな、軍人だから仕方がないなんて言い訳だ」

「気をつけようぜ。自分達の為にな」

重い空気を吹き飛ばすように同僚達も明るく話す。

作戦の成功に浮かれる事はなかったのだ……ワンサイドゲームを見た事で。

ゲーム感覚で人が死んでいく光景を眺めるのが怖かったのだ。

だがゲイルの言葉で一筋の光明が見えたのだ。

「俺達は殺戮者にはならない」

「そういうこった。この手は大事な家族を守る為にあるのさ」

『では僚艦ファントムとの合流地点へ移動する。

 第二戦闘配置へ移行するが、周囲の警戒を怠ることのないように』

ゲイルが次の指示を出すとドナン達も気を引き締めて作業を開始する。

作戦はまだ始まったばかりなのだ――《オペレーション・シャドウムーン》は次の段階へ動き出す。

四艦は会合点へとボソンジャンプする……火星宇宙軍は負けられない戦いへ突き進む。


―――月基地―――


その速報を聞いた者は俄然張り切っていた――月基地の撤退を支援する為に艦隊が来る事を。

疲弊している兵士達の士気向上に非常に役立っていたのだ。

「シュバルトが頑張ったか……借りが一つ出来たようだ。

 生き残る事が出来たなら返さんと」

「全くです、おそらく彼の事ですからドーソンに睨まれている事でしょう。

 左遷される事も覚悟しているんでしょうな」

コールドもシュバルトに負担を掛けた事を気に病んでいる。

しかし彼の尽力によって自分達が地球に戻れる可能性が出た事には変わりない。

要はこの後でシュバルトのフォローが出来ればいいかと思う事にしようとしていた。

八度目の攻撃を跳ね返した月基地は精根尽き果てようとしていたが、かろうじて陥落から踏み止まっていた。

この支援の一報がなければ、おそらく持たないだろうとソレントは思っている。

だから連絡が届くとすぐに基地全体に発表して、士気の低下を防ぐと共に撤退の準備を進める事にしていた。

「……九度目は来ないな」

「やはり艦隊との合流を防ぐ事にしたのではないでしょうか?」

「それだけじゃないだろう……もしかするとこの攻撃自体が陽動の可能性も捨てきれない。

 向こうはまだ有人機を出していない。最初は温存と考えたが、八度の攻撃でも出していない。

 そうなると何処か別の場所で使用する可能性もあるだろう……そうは思わんか?」

「いえ、ですがその場合は何が目的ですか?

 マスドライバーを使用せずにビッグバリアを攻略するのは容易には思えませんが……まさか!?」

ソレントの言いたい事に気付いたコールドは事態が切迫する可能性に表情を歪めている。

幕僚達もソレントの考えの先に辿り着くと動揺が走っていく。

「……コロニー落とし…禁断の所業だ」

その一言で室内の温度は一気に冷え込んでいく。誰もが背筋に冷たいを汗を流しているようだった。

「以前、全員には話していたが、どうやらその可能性が高くなりそうだ。

 おそらく温存している有人機はすべてコロニー攻略に使用される可能性が大きい」

ソレントはスクリーンにコロニーの状況を出すように指示する。

「可能性としてはL3が最有力だ。

 L2はコスモスを守るように守備隊もそれなりに配置されている」

「では、この基地への攻撃は陽動で救援艦隊を誘き出す為のものだというのですか?」

「わからん、だが木連が戦力を出し惜しむ必要があると思うか?」

ソレントの意見に反論するだけの論拠を持たないものが大半だった為に黙り込む。

「ですが、それでは状況は木連の思惑通りに進んでいるという事になります!」

士官の一人が慌てて叫ぶと、室内の動揺が広がる。

「後手に回っているんだよ、連合軍は。

 もっと早く月を放棄してコロニーの防衛に専念すれば……いや、それも間違いだ。

 木連と戦う必要があったのかと問いたい気分だ……今更ながら政府の無計画さと連合軍のマヌケさに呆れている。

 そしてそんな連中をのさばらせた自分が嫌になるな」

自嘲するように状況が坂道を転げるように酷い方向へ進んで行く事にソレントの苛立ちは続く。

「コールド、部隊の撤退を急がせろ。

 罠と分かっていても兵士達をこれ以上死なせる訳にはいかん」

「……分かりました」

ソレントの苛立ちを理解した上でコールドは脱出をなんとしても成功させなければならないと考える。

これ以上の損耗は絶対に避けねばならないのだ……コロニー落としを妨害するには一人でも多くの戦力が必要なのだ。

コロニーが落ちる事になれば、連合市民に大量の犠牲者が出るのだ。

それだけは何としても防がねばならないと全員が考えていた。










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EFFです。

木連の真意に気付くものが出てきますが、時既に遅し、作戦――影月は発動しました。
連合軍は後手に回ってばかりです。
もう少しコロニー攻略戦が続きますが、次は木連編に行きたいです。
無論、他の話も入りますが、一つ考えていた事があります。
アクアさんってアクアマリンに似ているようですが、木連の人が見たらどうなるんでしょうか?
やはり……これも歴史の必然になるんでしょうか?
アクアさんの受難の日々?を書くべきか、スルーするべきか迷いますね。

では次回でお会いしましょう。


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