血塗られた道を歩き続ける

人の持つ業とはどれだけ深いのだろうか

誰もが断ち切りたいと一度は考える

だがそれを絶ち切る事は叶わない

それでも断ち切りたいと願う者は後を絶たない

私もその一人だろう

不可能かもしれないが道を示したい

私が断ち切れなかった時……次の者に後を託す為に



僕たちの独立戦争  第八十四話
著 EFF


ぼんやりとアクアは窓の外の地球を見つめていた。偶然、その場に来た高木はアクアを見て思う。

(お美しい方だな……このような女性に好かれる男というのはどれ程の力を持つ男だろうか?)

この二週間、コスモスの慣熟訓練に付き合い、アクア達との交流は有意義なものだと実感していた。

自分達とは違う価値観というものに触れたのは僥倖だと高木は思う。

(我々とは違う百年を生きてきた者達……開戦当初、海藤大佐が強攻策を止めようとしたのが今なら理解出来る。

 百年……苦難と不遇の時間ではあったが、そんな感情だけで行動するべきではなかった。

 我々の行動も問題だが、対話をしようとしなかった地球も悪い。

 あれは交渉ではなく、一方的な通達……ハッキリ言って挑発だな)

簡単に挑発に乗って、戦端を開いた自分達も無様だと思い苦笑する。

その反面、軍事行動を起こした事は間違いではないと高木は思っていた。

(ただ火星に殲滅戦を実行したのは間違いかもしれん。火星から地球連合軍を排除して政府関係者と対話するべきだった。

 地球と火星を同じだと考えた自分達のミスだな、これは)

頭に血が昇ったまま行動して、大火傷をしたようなものだった。

一方的に地球も火星も悪だと決めつけてしまう。

自分達が正義という言葉に酔い痴れていたのがどれ程危険なものか、高木は漸く気が付いていた。

「あら、高木提督。どうかしましたか?」

窓の外を見ていたアクアは高木に気付いて声を掛ける。

色々考えていた高木はいきなり声を掛けられた事に内心では驚きながら話す。

「い、いえ、偶々通りかかったらアクア殿が居られたので……」

「そうですか」

アクアは不思議そうに高木を見ていたが、再び窓の外の地球を眺め始めていた。

「地球が恋しいのですか?」

高木は同じように地球を見ながらアクアに話しかける。

「いえ、子供達が地球にいるのでちょっと心配だったもので」

「こ、子供ですか?」

アクアに子供がいると聞いて、高木は吃驚していた。まだ結婚していないのに子供がいると言われて驚きを隠せなかった。

「ええ、血は繋がっていませんが大切で……愛しい子供達です。

 この戦争のおかげで私は家族という大切なものを手に入れる事が出来ました……ちょっと不謹慎ですが」

高木を見ずに苦笑しながらアクアは話している。その顔は子供達を思い出したのか、優しい笑顔でもあった。

その笑顔を見ていた高木は顔に血が集まってきた事を感じるとアクアに顔を見られないように逸らして聞く。

「ところでクロノという男はどんな人物なのですか?

 アクア殿が認める人物ならば、さぞ立派な男でしょうが」

嫉妬も混じったように聞く高木にアクアは気付かずに少し考えてから答える。

「…………そうですね、自分の事はいっつも後回しで誰かの為に動こうとするお人好しな人でしょうか。

 私にいつも心配を掛けるけど、私の事を大事に思ってくれる人ですね」

困った人ですけど好きなんですとアクアが微笑んでいる。高木は胸に棘が刺さったような気持ちになっていた。

最初はアクアマリンのイメージで見ていたが話しているうちにとても好感が持てる女性だと思っていた。

そんなアクアが好きになった人物を知りたいと思い聞いてみたが、

(聞くんじゃなかったか……フラれるというのは承知していたがこんな顔を見てしまうと好きだと言えないな)

好きだと言えばアクアが困った顔になると分かる。アクアの顔を曇らせるのは本意ではなかった。

「クロノと出会ってから、私は生きている事を実感しています。

 私が欲しいものはすぐ近くにあったのに気付かなかった……それをクロノは教えてくれました。

 家族も……子供達もその一つですね」

「一つですか?」

「ええ、私って欲張りかもしれませんね。

 大切な家族、友人を手に入れた。そして今度はみんなと平和に暮らしていける場所が欲しいと願う。

 強欲な人間――だと思いますね」

「そうではないでしょう。それは誰もが思う事ではありませんか?

 我々とて生きていく場所を欲したから戦争を始めました。そういう意味では我々も傲慢かもしれませんが」

木連が戦争を決断したのは未来を欲したからなのだと高木は思っている。

「アクア殿が生きていく場所を欲したのは我々と同じだと思います」

「そうでしょうか……私は自分の願いのせいでクロノに重荷を背負わせた気がするんです。

 クロノに何もかも押し付けたような……そんな気持ちになる時があります」

アクアが顔を曇らせて話す。クリムゾン、子供達、イネスにルリ、ジュールの事などクロノに背負わせている気がするのだ。

「クロノという男がアクア殿を愛しているのなら幾らでも背負うでしょう。

 男というものは惚れた女性のためなら身体を張って応えるものです。

 それに家族だというなら二人で背負えば良いのでは」

高木が殊更明るく話すとアクアは途惑いながらも微笑んでいた。

「そ、そうですね。クロノに一人に背負わすなどしません。

 ちょっと弱気になっていましたね。クロノと子供達と離れる事がなかったから」

弱気な自分を感じて苦笑するアクア。

「弱いという事を知るのも強くなる為には必要だと師は言ってました。

 アクア殿はまだまだ強くなりますぞ」

励ますように話す高木を一瞬呆けた顔でアクアは見ていたが、すぐに笑顔を見せて話す。

「クスッ、妹に同じような事を話して励ましましたけど」

「妹君ですか?」

「ええ、ちょっとショックな事があって動揺していたんです。その時に同じような事を言って励ましたんです」

「そうですか……励まし方は何処でも似ているのかもしれませんな」

「そうですね、人は何処まで行っても人なのかも」

アクアがそう話すと二人は笑っていた。


その後、会話が途切れかけた時にアクアが聞いてきた。

「高木さんは……自分が正しいと思いますか?」

アクアの問いに高木は少し考えると今の心境を誇る訳でもなく、ありのままの気持ちを伝えた。

「開戦当初は自分達が正義だと思っていたんですが、今は分からなくなってきました。

 あの頃は正義が勝つと信じて行動していました」

「戦争に善悪はないですね……国策を反映する為にするだけの人殺しです」

棘のある台詞だと思いながら高木はアクアを見ている。アクアが戦争をどう位置付けしているのか聞きたかった。

(正義も悪もないか……きつい言葉だ。だが人を殺すという事は正しいと言えんがな)

ゲキガンガーのように勧善懲悪ではないというのは思い知らされている。木連は生き残りを懸けた戦いを強いられている。

移住先を確保するという条件が義務付けられた戦争――緩慢な滅びを受け入れるのは嫌だからこそ戦いを決意した。

「火星など滅んでも良いと地球も木連も思ったんでしょう。

 其処に住む人達の命を軽んじた……なんという傲慢な思いでしょうか?

 私は考えます……その傲慢さこそが人類の業ではないかと」

「業……ですか?」

「ええ、もっとも私が言えた言葉じゃないですが……私もまた人の業によって生かされている人間ですから」

(クリムゾンのおかげで不自由ない生活が出来た……その影でどれだけの人が血を流していたか)

クリムゾンの礎を築く為に流れた血、クリムゾンを維持して発展させる為に流れた血、

自分を生かす為に流れた血にアクアも答えを出す時が来るのだろう。

「流れた血に私はどれだけの結果を残せるか……これが私の命題かもしれません。

 出来得る限り最少の血で永き平和な時代を築き上げるのが理想ですね」

アクア自身、どれだけの事が出来るか判断できないが子供達には平和な時代で生きて欲しいと願う。

「難しい問題だ。私もただ勝ち続けるだけでは駄目ですな」

「政治的な問題でもありますから答えなんて幾らでも存在します。

 この戦争で上手く立ち回って儲けようと考える人も居ます。自分の栄達を考える人も居ます。

 そういう人も居れば、犠牲を最少にして戦争を終わらせたい人も居ます……人の数だけ答えはあるのかもしれませんね。

 私もまた家族と一緒に暮らしたいという個人的な感情で動いていますから」

「家族と一緒に暮らすですか……欲がないですな」

アクアの考えを聞いた高木はありきたりな願いに何処か拍子抜けしていた。もっと大きな願いが在ると思ったのだ。

「私ってIFS強化体質なんです。望んで得た力じゃないんですが地球だと実験動物扱いですね。

 子供達も皆、同じような立場ですから私とクロノが守ってあげないと……」

だが、アクアのこの言葉を聞いて切実な願いだと知ってしまう。

(この人が戦場に立つのは家族の為か……人の業というものはどれ程の恥を作っていくのだろうな。

 我々、優人部隊も似た様なものだが、必要があったからこそ……このような手段も用いた。

 では地球は何故、彼女を改造したのだろうか?)

「ワンマン・オペレーション・システム……たった一人のマシンチャイルドが戦艦を制御する。

 自分達以外の人間なら幾らでも道具のように扱う。

 何と無様で命を軽んじる事か……人は自身の身の危険を感じないと何時まで経っても目を覚まさないのかもしれませんね」

自分達が犠牲の上に立っている事は承知している高木であった。今更、綺麗事で誤魔化す気はない。

地球側も同じような事をしていると知って、とことん人類は救われない存在かもしれないと考えてしまう。

「我々、木連も同じような事をしているので、そういう意味では人の業は深いものですな」

「私も似たような者です。人の業は何処までも付いて回ってくる……断ち切るには罪と向き合うしかないんですね。

 この戦争で家族や友人を失った方も大勢居ます。

 高木さん達も気を付けて下さい。踏み躙る側はすぐに忘れますが、踏み躙られた側は絶対に忘れません。

 人は簡単に憎しみを捨てる事は出来ないものです。出来るものなら世界はもっと優しいでしょうね」

「これも命題ですな。

 人が憎しみの連鎖を絶つのが早いか、絶つ事が出来ずに滅ぶか……出来なければ、人の進歩は其処までか」

「人はいつか死にます。その時に振り返ったら、悪くない人生だったと笑って死ねると良いですね」

「全くですね。自分の生き様を誇れるように頑張りますか」

二人はそう言って笑顔で話している。

(この人はこうやって微笑んでいて欲しいものだ。

 アクア殿の家族にも会ってみたい……その為にも生き残って胸を張って会えるようにしないと)

戦場に居るからこそ、生き抜く為のこだわりがあっても良いと高木は考える。

(とりあえずはこの月で頑張ればいい……結果を残せるようにしてな)

そんなふうに考えている高木の元に大作が慌てて駆けてくる。

「て、提督! 一大事です!」

「何事だ、大作」

落ち着いて行動する大作が慌てて来たという事は相当なものだろうと判断する。

大作は隣に居るアクアに目を向けて話すべきか逡巡する。

「構わん……地球軍が動いたか?」

「いえ、本国で……」

「しんげつで爆発事故が起きたんですね」

「ど、どうして?」

隣に居るアクアの一言に大作は目を見開いて驚いている。

そんな大作にアクアは悪戯が成功したような笑みを浮かべて一言。

「これでも目と耳はいいんですよ」

「やはり監視しているのですね。そうでしょう!」

「そういう大作さんもうちの女の子達に声掛けているくせに」

さり気なく文句を言いかけた大作にアクアが嗜めている。

「だ〜い〜さ〜く〜〜。何時から貴様はナンパしていたんだ?」

地の底から響くような声で高木は大作に問うている。その顔は修羅の如くであった。

「いや、その、どうせ情報収集するなら美人さんに声を掛けるほうが遣り甲斐がありますから。

 提督だってこんな所でアクア殿と楽しそうに話しているみたいですし」

「馬、馬鹿野郎! 俺達は今後の展望を話していたんだ!」

「そうですか……で、実りある答えは出ましたか?」

軽く高木の叫びを流して大作は聞いてくる。その様子にアクアはいいコンビだと思っている。

「さあな……人は何処まで行っても人だって答えしか出てないな」

「そんなものですよ。人は馬鹿やって、反省して歩いて行くしかないんです。

 ただ振り返る事をしないお馬鹿さんが多いのが欠点でもあり、長所でもあるんです」

「なるほど……確かにそうかもしれないですね」

感心するようにアクアが大作を見ながら話す。

「歴史ってものを調べるとそういう結論になります」

「そういえば昔から歴史の研究ばかりしていたな。時間があれば、木連の建国時の回顧録とか読んでた」

「結構好きなんですよ。歴史を見つめるのは。

 ところでアクア殿……何が起こったか、知っているんですか?」

大作の問いに高木もアクアに注目する。

木連が監視されているのは承知していたが何処まで知られているのか聞きたいようだ。

「詳しくは知りません……船が自爆したと聞いてますけど。

 一応、月の火星宇宙軍で知っているのは、今は私だけですから黙っておきます。

 ただ……高木さんは決断を迫られるかもしれません」

「そうですね、提督の動き一つでややこしい事になりますね」

「……ああ」

アクアと大作の意見が一致して、高木に警戒を促している。高木も自身の決断が重要だと承知しているようだった。

「とりあえず予定通りコスモスの移譲は無事終わりましたので、私達は引き揚げます。

 此処に居れば余計な混乱を引き起こす可能性もありますので」

「確かにそうですな……色々お世話になりました」

アクアの意見に寂しいものを感じながらも高木はきちんと礼を述べる。

隣に居る大作も頭を下げて礼を行う。

「次に会える時はこそこそ会うのではなく、正式に和平を行える環境にしたいですね」

「そうですな……次に会う時はアクア殿の子供達にも会いたいものです」

アクアはその言葉に笑顔を見せてから、帰還の準備を進める為に移動する。

「……お子さん、居たんですね」

「養子らしいがな。

 さて、閣下との連絡を取るぞ。状況を把握しないと」

驚いている大作に高木は仕事をしようと行動を開始する。大作もすぐに落ち着いて高木の後に続く。

「……提督、現状維持で行きますよ。此処を、月を放棄することは出来ませんから」

「当然だ。聖地を放棄できる訳がないだろう。

 大義無き内乱などに参加する気はない!」

そう叫んで高木は「早まった事をするな」と強硬派に思いを向ける。

「増援は期待しない方がいいですね」

大作は第二陣の戦力は動けないと判断して今ある戦力の遣り繰りを考えてため息を吐いている。

「どいつもこいつも阿呆が!!」

後に木連の大乱と呼ばれる木連が初めて知る政変の幕が開こうとしていた。


―――連合軍本部―――


兵站を預かるシュバルトハイトはドーソンが持ち込んでくる仕事に追われていた。

「クソがっ! 自分の事ばかり優先させやがって!」

被害総額の集計が終わり、遺族への補償をと考えていた時に次の部隊の再編に掛かるように指示を出す。

連合政府からの指示だと言うが、自分達の尻に火が点き始めた連中の焦りだという事は知っていた。

「戦時国債なんてヤバイもの出しやがって……このまま戦争が続いたらマジ危ないな。

 お〜い、ソールズ少尉」

「なんですか?」

「悪いけど、何人か使って、遺族の補償の計算を進めてくれ。

 大まかな計算で構わないから、第一次報告としてフレスヴェール議員の方に回したい」

部下のソールズ少尉に指示を出す。ソールズ少尉も少し考え込んでから返事をする。

「…………また残業ですか? 人事部から苦情が出ているんですが」

「文句はドーソン司令官に言うようにしろって告げろ。俺の目の黒いうちはサービス残業はない!」

人事部の苦情など知らんとシュバルトハイトは切り捨てるように告げる。

その意見を聞いた者は一様に肩を落としている。給料が増えるのは嬉しいが……残業ばかりの毎日は嫌だった。

「とりあえず、この仕事で一段落尽くから後は交代で休暇を取って休んでもいいぞ」

「ホントですか〜?」

信じられないとソールズ少尉は話すと他の部下達も同じ気持ちなのか、シュバルトハイトを見つめている。

「少なくとも……俺は休む心算だが」

休む気満々だと告げると全員が安心した様子で仕事を再開する。

(多分、この戦いで未来が決まる。勝てば調子に乗って軍を動かしていくだろうが……おそらく無理だろう。

 負ければ政変が始まるさ。そして容赦ない責任追及が始まる。今度は逃げられないだろう)

まだ戦争を継続は出来る。だが、続けるのは非常に不味くなるとシュバルトハイトは予測している。

(フレスヴェール議員の関係者もこの辺りで終わるのが一番良いと考えるだろうな。

 しっかし市民は本気で地球が大丈夫だと思っているのだろうか?)

クリムゾンから提出されたコロニー落としの被害予測は市民の想像以上に出るものなのだ。

(ビッグバリアで落下速度を落とす。その後、第二次防衛ラインで削るとしても完全破壊は無理だ。

 急遽、配備を進めている第三次防衛ラインの機動兵器による迎撃も上手くは行かないだろう。

 他のラインは軍事行動に刺激を受けた無人機の相手をしないと不味いから動かせるのか?)

無人機の排除が進んでいる地域ならともかく、排除が進んでいない国に落下でもすれば……被害は甚大なものになる。

内側に存在する木連の艦隊が第二次防衛ラインの衛星を目標に動いてもいる。

ビッグバリアに向けてグラビティーブラストを発砲してバリアシステムに穴を開けようとする動きもある。

月とL3コロニー奪還を急ぐように政府は言うが、それは簡単なものではない。

(負けられない戦いなんだから……あんな男に指揮を任せるなよ。部隊の訓練もしなきゃならんのに……)

地上で訓練している兵士ではダメなのだ。宇宙空間という環境に慣れないと困る。

(これもビッグバリアの弊害だな。内側は安全だから中で訓練すれば良いと宇宙を知らない政治家は考える。

 ウチの司令官もそれを知っていながら、チュンやソレントの部隊を再編させずに自分で戦おうとする。

 やっぱり……あれか、自分が見捨てた部隊は裏切らないと信じられないのか、負け続きだから信用できないってか……)

裸の王様状態のドーソンにシュバルトハイトは命運は尽きたかなと考えている。

(仮に勝てたとしても、能力を疑問視された人間を重用するとは思えんが……)

「……仕事するか。これも多分必要になるんだろうな」

シュバルトハイトはそう呟くと別件の仕事を再開する。

内容はドーソンの艦隊が敗北した時に掛かる経費を計上したものだった。


同じ頃、ドーソンは執務室でネルガルとの商談をしていた。

「新型の戦艦を急ぎまわして欲しいのだ。金に関しては何とかしよう……出来るかね?」

「エステバリスに関しては期日までに間に合うと思いますが……戦艦は時間が足りないです」

「何故だ!? 必要な経費は出すと言っているだろう!」

叫ぶドーソンにネルガルの社員は呆れた様子で見つめている。

何度も説明したが理解していない。戦艦を建造するのは簡単ではないのだ。

必要な部材を確保しなければならない、そして相転移機関の船を建造するには専用のドックが必要だった。

現状の戦艦の相転移機関への換装で大忙しの状況で更に押し付ける連合軍には正直……呆れていた。

他の企業に仕事を回す事が出来ない……クリムゾンは自社の建造ドックをテロで失い、再建中であった。

アスカインダストリーはクリムゾンとの提携で技術を確保したばかり、これから試作を重ねて動き出すところ。

マーベリックは独自のルートで火星との技術提携を模索中……火星との関係を優先しなければならない為に不可能。

他の企業も専用の建造ドックが無い為に回す事が出来ない……八方塞がりの事態だった。

(一体何度、同じ説明をすればいいんだ。魔法の壷じゃないんだ、言えば何でも出来ると思うなよ)

そう言えるといいんだが、これも仕事の内だと思い……再び説明する。

「相転移機関の船は専用のドックでないと建造できないんです。今、我が社は通常艦のエンジン換装で手が回りません」

「だから、それを中断して新型艦を作れと言っている!」

「それが出来れば苦労しませんよ。いいですか……期日を指定して換装を急げと命じたのはあなた方なんです。

 期日までに出来なければ、契約に基づいて違約金を渡さねばならない。

 我が社に損をしろというのですか? もしそういう事であれば、これは詐欺と同じですよ。

 建造をさせたいのなら、政府を通じて新しい契約に変更してから話をまとめて下さい……自分の一存では決められません」

苛立ちを込めて社員は何度目かの説明をする。その雰囲気は同じ説明を繰り返して疲れているようだった。

「くっ! 今の状況が理解できんのか!?

 戦艦が必要な状況だと理解できんのか!?」

怒鳴るドーソンに社員は告げる。

「知ってますよ。あなた方のいい加減な対応で我が社も損失が出ています。

 火星の支社及び、我が社が資本を出して建設したコロニーなど人的資源も損失が出ている。

 我が社の方にも問題があったので特に問題視していませんが、追及して構いませんか?」

「脅す気か!? 貴様らも火星に協力するのか!?」

頭に血が昇って詰め寄ろうとするドーソンをその場にいる副官や秘書官が押さえ込む。

「は、放さんか!」

「閣下、落ち着いて下さい!」

「ここで問題を起こせば、閣下のお立場が!」

「ええい! 黙らんか!」

押さえ込む二人が目でこの場から出て行くように告げる。社員もドーソンの短絡な行動に呆れながら部屋を後にする。

部屋を出た社員はしばらく無言で歩いていたが、

「……あの男ももう終わりだな」

それだけポツリと呟くとそれ以上は何も言わずに連合軍本部から出て行った。


「……そうか、ご苦労さまだね。当面は電話での対応に切り替えていいよ」

アカツキが呆れたような疲れたような顔で指示を出す。

「またなの……勘弁して欲しいわね」

ドーソンからの催促にエリナはうんざりした顔で話していた。同じような報告を何度も聞いていたので飽きていたのだ。

「戦艦を売りつけたいけど……契約がね」

「……そうね、失敗したわね」

調子に乗って仕事を引き受け過ぎたと二人は考えている。

通常艦の相転移エンジンの換装では新型艦のノウハウが入らない。コスモスで入手する筈が出来なくなった。

「痛いね〜コスモスを失ったのは」

「全くよ」

「そのコスモスなんだけど……月にあったそうだ」

「……そうなの。てっきり火星にあると思ったんだけど違ったのね」

火星に奪われたと考えていたエリナは自分の予想と違ったので迷いが生じていた。

「火星ならまだマシだったのに」

「火星は必要としないだろう。クロノ君が最新の戦艦を未来から持って来たんだし」

「データーだけ……だけどね」

「信じてるのかい?」

「信じてないわよ」

当たり前のようにエリナが告げるとアカツキも頷いている。

「……少なくとも一隻は持ち込んでいるだろうね」

「エステも新型と一緒にね」

二人は険しい顔で話しているが、オモイカネシリーズの有効性をご存じない。

人の手を必要とせず、独自に行動するとは思わないだろう。

自ら生み出しておきながら何も知らない……これもまた、無知は罪という事なのだろう。


―――しんげつ 元老院―――


「月読の消失……少々痛い事態だな」

東郷はこの場に居る者に何でもないかのように話している。

自身の動揺を表に出すような真似はしない、だが内心では忸怩たる思いで溢れていた。

(ちっ! 役立たず共が……せっかくの切り札を無駄にしよって)

「では、第二案を実行しますか?」

「うむ、計画を早める事にせねばな。強硬派との繋がりを密にする必要も最早いらぬ」

「裏切り者の高木はどうしますか?」

「捨て置け……奴は最前線で英雄として死んでもらう」

「なるほど……ではその様に」

この場に居る者は全員が自身の権益を守り、隙あらば更に拡大させようと目論む連中だった。

東郷に取り入って自身の立場を強化したいと誰もが思っている。

そして東郷自身も自分の利を優先している……市民のためとは口ばかりの連中、それが元老院の実態だった。

「傀儡はその意味を知らずに飛び込んできた。こちらの指示に従わせる事は可能だ」

「それは順調に事が進んで結構ですな」

「然様、順調に計画は進んでおる。我らの勝利は間違いない」

東郷のこの一言に奪われた権益を取り戻せると思い歓呼の声が出る。

「静まれ、では第二案を実行する。

 裏切り者には……死を、そして我らには……富と名誉を!」

「「「「「「「富と名誉を!!」」」」」」」

複数の声が唱和される……自身が動かずに何でも手に入ると錯覚した連中の声が部屋に響き渡る。

彼等は自分達が行う行為の意味を理解していない。

自分達を信じている者を裏切るような行為なのに欲に目が眩んで道を誤っている。

本来は木連を平和に導く為の者が動乱を生じさせる。

……これも人が持つ業なのかもしれない。

歴史が大きく変動する……一枚岩だった木連はもう存在しない。











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EFFです。

いよいよ内乱が発生します。
そこに至る経緯が長いですね〜(爆)
前置きが長いわりにあっさりと終わるような気配もありますがどうなるでしょうか?
熱血クーデターならぬ反乱事件……とことんナデシコじゃないように思います。
何処まで変化するのか、自分でも止められない。
心の赴くままに書いていますね。そういう意味では欲望に忠実だと考えます。

それでは次回でお会いしましょう。


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