物を作るという行為が如何に大事なのか

それに気付くのは簡単なようであり難しい

それは自身が生み出すものではないからだ

常に与え続けられるとそんな事を忘れてしまう

気付く者と気付かぬ者

その違いは何処にあるのか



僕たちの独立戦争  第九十二話
著 EFF


「ふん、これで戦力は確保した。ミスマルの好きにはさせんぞ」

自身の執務室で一人ほくそえむ男――ウエムラ・カズマサ。

連合宇宙軍極東アジアの士官の一人であり、ミスマル・コウイチロウを快く思っていない人物だった。

ほぼ同期で連合軍に仕官したが、常にミスマル・コウイチロウの後塵を追いかけている。

自身の能力は劣っていないと思う、だが何時もコウイチロウの方が先に昇進していた。

武門の名門ミスマル家に生まれたからだと、ウエムラは今では思っている。

「今度こそ、私が一歩先に進んでみせる……その為にも勝ってみせるぞ」

ウエムラ自身は部下にも企業に対しても公正明大に接している。それなのに何故か黒い噂が発生している。

実際にそういう行為はしておらず、厳しい目で企業とも付き合っている。

自身が過激な言動をしている所為かもしれないと思う反面、もしかしたらコウイチロウの差し金かと考えてもいた。

この戦争に対しても強硬な意見を述べるのは、まず連合在り気というスタンスから言っているだけなのだ。

連合に逆らう事が間違いだとウエムラは考えている。連合が世界を牽引するべきだと常々思っているだけ。

「木星も火星も大人しく従っていれば良いものを」

だが、木連にしても火星にしても地球が自分達にした行いの数々を許す事は出来ないのだ。

死ねと告げられて、「はい、そうですか」と言える訳がない。

自分達が同じような事をされても黙っていられるのか……そういう配慮が出来れば、彼自身が戦争継続を言う事はなかった。

立場の違いから始まる見解の相違……ただそれだけだった。


同じ頃、ネルガルは今回の一件に対して頭を抱えている。

「本当に渡しても良いの?」

「いいさ。こちらとしても実戦での資料が欲しいから」

「悪い人じゃないと思うけど……強引過ぎるわ」

エリナは今回の一件を快く思っていない。

ウエムラは賄賂を求めたりしない。今時の士官の中でも稀有で真面目な人物だっただけに強引な手法はやめて欲しかった。

「ウチとしてはあの人が上にいるのが都合が良いんだけど。

 ほら、ミスマル提督だと火星が警戒すると不味いでしょう」

ネルガルは火星によく思われていない。そこにネルガルの協力者と目される人物が上にいれば不審に思われかねない。

今後の事を考えると、火星と仲違いしたままでいるのは非常に不味いとエリナは考えている。

「そうだね……平和になったら火星は移民を考える。

 当然、新しく建設するコロニーの都市開発事業も始まる」

「そう、ウチが弾かれるという事態は避けたいのよ」

公共事業に参加できないというのは致命傷とまではいかなくても企業にすれば頭の痛い話なのだ。

業界ナンバーワンという所に手が届きそうだったのが一気に後退しかねない……そんな事態は勘弁して欲しい。

「でもねえ、言っちゃ悪いけどあの人も問題あるよ。

 あの人は連合第一主義だからね、火星も木連の言い分も知ったこっちゃないだからね」

アカツキの意見にエリナは顔を顰めている。

「うう〜、もっといい人いないの!?

 勝ったら、勝ったで不味いじゃない!」

月奪還に成功したら、その勢いで火星へと進軍しかねない。

ボソンジャンプの有効性を知っているエリナは勝ち目の低い戦いなど意味がないと思っている。

「泥沼じゃ済まないわよ。向こうは何時でも空爆できるんだから!」

「……だよね」

防御などという言葉は意味がなくなる。そういう戦術を火星は取れるのだ。

「頭が痛いね。一番良いのが負けてくれる事なんて」

「まったくよ!」

勝てばネルガルの製品の優秀さが証明できるが、勝てばその後の展開が非常に不味い。

負ければネルガルの製品の優秀さが証明できない……それも非常に困るのだ。

相転移機関の性能はネルガルとクリムゾンでアピール出来ているのだ。

後は自分達の製品の優秀さを実証すれば良いのだが上手く行かない。

「クリムゾンが出さない理由も其処かもね……出したけど撃沈されましたじゃ不味いよ。

 どう考えてもナデシコより性能が上の艦が基準のはず」

「そうよね、ナデシコより後に出来た艦が基準か……ちょっと困るわ」

「それが数隻あるんだよ。しかもウリバタケくんのレポートだと用途別にあるみたいじゃないか。

 ウチはまだやっと砲撃艦から次の段階に進む所なんだ。

 喧嘩売るのは早いと思うんだけど」

ため息吐いてアカツキは現状を話すとエリナもため息を吐く。

「もったいないじゃない、せっかく作ったカキツバタを初戦で失うなんて」

機動資料が取れないのは困るとエリナは思っている。

ナデシコ以上に期待していた戦艦が簡単に破壊されるのは困る。

次の戦艦の資料用に存分に起動させてから撃沈されるのなら諦めもつく。

「木連だって相転移機関を最優先で狙っているのよ。

 ナデシコ、ユキカゼ、カキツバタの三隻を沈められると非常に困るわ」

「そうだね」

試作とはいえユキカゼに搭載したグラビティーブラストの資料は役に立っている。

相転移機関に換装した戦艦に搭載するのには、まだ問題はあるが着実に資料が集まっている。

改装が完了したナデシコにも期待しているし、新型艦のカキツバタはそれ以上に成果をあげて欲しいのだ。

「上手く活用してくれると良いんだけど……ダメかしら?」

「多分……ダメだろうな。おそらくだけど部隊を三つにするだろう。

 なんせミスマル提督以外は勝手な人だからね」

「勝つ気あるの!? 戦力分散したら勝てないわよ!」

「いや、僕に言われてもね」

思わず叫んで詰め寄るエリナにアカツキは肩を竦めて困った顔で話す。

「それより、火星からの回答期限に近付いているけど……どうするんだろ?」

表向きはまだ公表していないが水面下での交渉は始まっている。

(もっともとんでもない言い分だけどね〜)

聞いているだけでも、ふざけているとしか言えない様な地球の言い分ばかりだった。

「動くかしら?」

「さあ〜どうだろう。動いてくれない事を祈るけど……無理かな?」

「…………」

アカツキの希望とも言える意見にエリナは答えられない。

否、動かないと言えるだけの材料がないのだ。

アカツキ自身も答えを求めている訳ではない……むしろ、動くだろうと予測している。

(乱入してくると良いかな……大軍相手に負けたんなら仕方がないといえそうだしね)

同じ能力の戦艦が自分達の陣営より多く存在しての敗北なら数の差で負けたんだと言い訳も出来る。

なら数を増やせば良いと言われれば、受注が増えるから儲けにも繋がるが……信用度でちょっと問題が出るかもしれない。

(なんせ、ウチだけが相転移エンジンを造れる訳じゃないから困るよね)

クリムゾンに続いて、アスカも開発に着手している。

そこへマーベリックも参入しそうなのだ。

「エリナ君……相転移エンジンの客船とか輸送船って造れる?」

「はぁ、いきなり何よ?」

軍事から民事へといきなり話題を変えられたので途惑うエリナにアカツキは考えを伝える。

「今の内に……民間用の船も用意しておこうかと思ってね。

 ディストーションフィールドがないと一般人のジャンプはダメだし、移動用に脚は必要だろ」

「……そうだったわね。クリムゾンみたいに民間用の物を用意するのね」

「そうだよ。地球―火星間の往復に通常航路で行くよりジャンプの方が便利でしょ。

 いずれ平和になれば、火星の住民をきちんとした契約でスカウトしてジャンプ使いたいし」

「その為の準備をしておくのね」

「ジャンパーの確保は必須だよ……強引にすれば後ろに手が回るけどね」

火星の政府が住民の保護をするから強引な手法は法的な制裁を受ける可能性もあるとアカツキは指摘する。

「ただでさえ、ネルガルは火星から睨まれているしね……揉めたら間違いなく弾かれる。

 だけど向こうだって馬鹿じゃない。大人の付き合いをしてくれると助かるね」

内心苦々しく思っていても顔に出さずに付き合う……そういう腹芸を向こうもするだろうとアカツキは考えている。

「だと良いけど……」

エリナはアカツキの考えに一理あると思うがそう上手く行くかしらと思っている様子だった。

「準備だけはしておけば良いよ……何事にも保険というものは必要だからね」

「分かりました、準備はしておきます」

エリナは無いよりはマシかと考える事にして会長室を後にする。

アカツキも全て上手く行くなどとは考えていない……だが、備えは必要だと判断しただけなのだ。

答えはいずれ出ると二人とも知っている。

火星がいずれ通達してくるのだ……ナデシコの暴走の責任問題として。


―――いかずち艦橋―――


月臣元一朗は初戦の勝利を喜んでいたが、徐々に自分の執った戦術が不味かったと感じていた。

「損害が想像以上に出ている。源八郎……やってくれたな」

敗走しながら秋山源八郎は補給艦の破壊という手段を選択していた事に今になって気付かされていた。

ぎりぎりと歯軋りして月臣は姑息な戦術を執った秋山に怒っている。

だが、補給線を破壊するのは戦術としてはごく当たり前の事だ。

損害を増すような戦術を選んだ月臣が愚かだとまともな軍人は言うだろう。

確かにこの一戦だけで良いのなら月臣の選択した戦術が間違いだとは一概に言えない。

だが、月臣の戦いはまだ続くのだ。当然、補給の事も考えなければならない。

勝つ事だけを考えて補給の有無を考えていない。遺跡があれば何とかなるという考えを持つ木連の軍人特有の思考だった。

月臣もまたその思考に染まっていたのだ。村上と出会う事で秋山はその縛りから解放された。

草壁はその事を理解しているから、遺跡だけに頼らずに跳躍という手段を用いる事を計画したのだ。

遺跡に頼るか、頼らないか、その僅かな違いが徐々に重く圧し掛かってくる事を月臣はまだ……知らない。

「とりあえず本陣に連絡して補充を送ってもらうか」

安易に考える月臣だが、肝心の事を彼は忘れている……遺跡は自分達の元にないという事を。

そして……補給には限りがあるという事を。


「……何を言っているのだ?

 我々とて余剰戦力などないというのに」

月臣からの報告を東郷は呆れたように聞いている。

「遺跡は我々の元にないのだぞ……今ある戦力で戦って勝たねばならんという事を理解したまえ。

 本陣を空にしてでも送れというのなら別だが」

冷ややかな視線で東郷は画面の月臣を見ている。

東郷の指摘に月臣は補給という大事な要因を疎かにしていた自分を自覚していた。

『……申し訳ありません』

自身の失策である以上は謝罪も仕方ないと思い……詫びる月臣。

「物資に関しては送れるが……戦艦は多くは送れん。

 それで構わないな?」

『……はい』

「いいだろう。初戦の勝利は見事だった……このまま勝ち続けて、和平派の本陣を押さえたまえ」

『はっ!』

敬礼して月臣は通信を切った。だが東郷は一抹の不安を感じている。

(態と負けたのではないか? 補給線を破壊するの為に遊撃する気なのか?)

艦隊戦の名手と言われている秋山が簡単に……敗北した?

月臣の能力を疑う訳ではないが、あまりにも呆気なさ過ぎるのだ。

東郷は部下に命じて周囲の索敵を行わせる。

その結果、見慣れぬ機動兵器の集団が監視目的で潜んでいた事が判明した。

(北辰……奴が此処に来たのか? では……草壁は生きているのか?)

自分の手駒を葬り去ってきた男が此処を監視していた……それは草壁の指示でなければならない。

あの男は草壁に忠誠を誓った忠臣であるのだ。草壁以外の男に従うような人間ではないと東郷は知っている。

その男が動いているという事は草壁の生存が決定したも同然だった。

「同じ手は二度も通用せん……あの駒が勝つ事を期待するしかないのか。

 だが、草壁が生きておるのなら……勝てるだろうか」

切り札は北辰によって殺された。今、自分の手元にある駒では草壁の元に辿り着くのは難しいどころの話ではない。

辿り着く前に……否、本陣にすら潜り込めないかもしれない。

同じような失策をするような甘い男ではないのだ。寧ろ、先の暗殺も……、

「こちらを罠に嵌めたという事か……全ては奴の思惑通りということか」

漠然とした不安が胸に湧き上がってくるのを東郷は抑える事が出来なかった。

上手く事が運んでいると思っていたが全て草壁の掌の上で踊っていただけという事態に気付いたのだ。

「だが、後戻りは出来ん。奴らはわしらから全てを奪おうとしているのだ」

自身が持つ権利が当たり前のものだと東郷が考えているが、それは間違いなのだ。

その権利は東郷の祖先が築き上げたものであって、東郷はそのお下がりを得ただけなのだ。

その事に気付く事が出来れば……このような事態を招かなかっただろう。


「今頃、気付くようでは先が見えたな」

夜天光の操縦席で北辰は強硬派の動きの鈍さに嘲りを含んだ笑みで呟く。

『隊長、そろそろ討ちますか?』

編隊を組んでいる雷閃からの通信に北辰は、

「うむ、ぬかるなよ」

『『『『『『了解!』』』』』』

一言告げ、雷閃達も一言返事を告げると機体を反転させて迎撃を開始する。

九郎――木連の純国産機とでも言うべき機体がゲキガンカラーの飛燕を強襲する。

手動制御とIFS制御の違いを見せつけるかのように機体の動きが細かく、ぎこちなさがない。

飛燕が決められた動きで槍を振り下ろす。

だが九郎は簡単に回避すると同じように槍を振り下ろすが、その後に二撃、三撃と追撃の動きも加えていく。

近接戦闘に於いて一挙動している間に、二挙動されると対応できない。

飛燕も連撃はできるが、その動きは決まっている。動きの読み合いをすれば、決まった動きしか出来ない飛燕が不利なのだ。


「同じ機体を使うんだ……ちょっとは動きを変更しろよ」

九郎の操縦席で雷閃は強硬派の考えの足りなさに怒りを感じている。

飛燕の動きが変更されていない……それは同じ機体で戦う以上は致命的とも言える事態なのだ。

相手も同じ動きをするし、その動きを先読みして対応するという危険性も含んでいる。

「俺達は変更したというのに……機体の色を変える暇があるなら真面目に考えろ!」

ゲキガンカラーに変更された機体に鉈の様な刀身が幅広になっている小太刀を叩きつける。

小太刀は真っ直ぐに操縦席を貫き……爆散する。

「遊びじゃねえんだよ!」

怯む飛燕に雷閃はもう片方の拳を叩きつけて弾き飛ばす。

「死にたい奴は掛かってきな!」

苛立ちと嘲りを含んだ声で雷閃は追ってきた飛燕を睨んでいた。


「ふん……確かに雷閃の言う通りよな」

通信機越しに叫ぶ雷閃の声を聞きながら、北辰は甘い連中だと思いながら強硬派の飛燕を冷ややかに見ていた。

「……滅」

北辰の声と同時に錫杖が飛燕の機体を切り裂く。

「見事よのう、口先だけの男ではないと思っていたがこれ程の物を作り上げるとは」

錫杖に目を向けて北辰は呟く。佐竹が北辰用に作った武器は北辰の期待を裏切らずにその威力を発揮していた。

「くくくっ、これなら戦場で閣下の願いを叶えられそうだ。

 そして、出来うるなら強い敵が出てくる事を期待するぞ……まあ、駄目だと思うが」

抜け作揃いの強硬派では強敵など出てこないと北辰は思うが、ほんの微かな期待もあった。


『隊長、全機撃退しました。予定通り次の宙域で監視しますか?』

「うむ、予定通り移動する」

小隊を撃破した後、雷閃が通信を繋げて確認する。

『……甘ちゃん揃いですね。物足りなかったんじゃないですか?』

「ぬるい連中だが気を抜くなよ。戦場は油断するものではない、相手が甘くともこちらが手を抜く必要は無い」

『分かってます、増長するような阿呆じゃないっす』

軽口を叩く雷閃だが、北辰の薫陶が効いているのか……周囲の警戒は怠っていない。

「では行くぞ。奴らを干乾しにさせる為にな」

北辰の声に従い、部隊は機体を翻して北辰の後に続く。

飢える事を知らなかった者が初めて経験する兵糧攻めが始まろうとしていた。


―――アクエリアコロニー火星宇宙軍基地―――


「少しは物を考えるようになったようだ。

 顔つきが変わったな……戦う男って奴になってきてるぜ」

「へへっ、腕も上げましたよ。今度はそう簡単に負けませんから」

「言ってろ」

シン達はアクエリアコロニーの基地に一時預かりという形になり、ジャンパー訓練を兼ねた軍事訓練が受ける事になった。

グレッグが簡潔な訓示を述べる。

(火星の士官は説明お姉さんことイネス博士を反面教師にしたのか、スピーチは非常に短い。

 一応、司令官という立場のグレッグでさえ二分も掛からない。

 最速で僅か十五秒というレコードがクロノによって樹立されているのだ)

ただ作戦に関しては事細かく告げて、自分達が何故動くのか、目的を明確に教えて、分かり易いように説明している。

教えられた兵もその作戦を成功させるには何が必要なのか、自分達でも考えて意見を述べたりしていた。

「ところで、その顔は何だ?」

「……聞かないで下さい」

不思議そうにシンの顔の見つめるレオンの視線の先には青痣があった。

「妹さんの生死を確かめなかったんですよ、こいつ。

 それで妹さんが生きていたと知って……成仏しろと叫んだんです」

「……なるほど、それは妹さんの手が出たって事か」

「ええ、兄の威厳が地に堕ちた瞬間でした」

「……言うなよ、ジュール。俺も馬鹿な事をしたと思ったんだ」

ガックリと落ち込み、周囲にブルーな雰囲気を撒き散らすシン……自業自得というより自爆だと全員の気持ちが一つになる。

そんなシンを気にせずにレオンはジュールに憐れみを含んだ視線で話しかけてきた。

「ところで、ジュール?」

「はい?」

「一応、言っておくが姫っちに手を出すのはもうしばらく我慢しろよ。

 さすがに未成年にそういう行為をするのは法律で禁止されているからな」

「何、馬鹿な事を言っているんです。俺はルリちゃんの兄貴分みたいなものです。

 俺よりもいい男が見つかるまでの間、側にいて見守るだけですよ」

憮然とした顔でジュールは答えるが、

「阿呆、お前さんはそうでも、姫っちには姫っちの想いがあるんだ。踏み躙るような真似はするなよ。

 はっきり言って将来性豊かな女の子に惚れられたんだ。光栄だと思っとけ」

にべもなくレオンが告げると困った顔で聞いている。

「いい子なんですけど、この歳で将来決められるのはどうかと思うんですけど」

「まあ、そうかもしんねえけど……お嬢は乗り気だぞ。

 逆に言えば、今からお前好みに育てるというあの……伝説の光源氏計画でも発動させるか?」

「そんな事しませんよ、優しい子ですよ。

 マリーさんも居ますからその点は心配しませんよ」

「……お嬢で失敗してるけど大丈夫なのか?」

「あれはマリーさんのせいじゃないです。

 あれは教師役の女性のせいです……悪い人じゃないんですが」

「そんな人いたのか……ま、まあ会う事もないから大丈夫だな」

「いえ、そのうち火星に視察に来るそうです」

「マジ?」

「ええ、本気と書いてマジと言います。さしずめ……恐怖襲来です。

 たぶん、俺と兄さんがとばっちりをおもいっきりくらいそうな気がするんですが」

「……頑張れ」

来るべき時を思って、ダークな雰囲気の包まれるジュールの方を叩いて励ますレオン。

概ね、帰還した者達は新しい配属先に馴染みそうであった。


「あら、どうかしたの、ルリ?」

朝はいつも通り元気な様子だったが、午後から顔色が悪くなってきたルリにシャロンが心配そうに聞いてくる。

「……お腹が痛くなってきて」

「ちょ、ちょっと、そういうことはすぐに言って!

 体調が悪いなら無理しちゃダメよ」

慌ててルリの方に近付くシャロン。周囲のスタッフも心配そうにルリを見つめている。

「いえ、その……何か、違うような感じなんです。

 鈍痛のようなものがこの辺りからして」

恥ずかしそうに痛みのある場所を押さえるルリにシャロンはまさかと思いながら小声で聞いてくる。

「ルリって……まだよね?」

「?……なにがですか?」

問いに対して問いで答えたルリにシャロンはルリの耳元に口を寄せて誰にも聞かれないようにして告げる。

スタッフは不思議そうに見ていた。

シャロンの言葉を聞いたルリが真っ赤な顔になると女性スタッフは察しがつき、微笑ましく見つめていた。

真っ赤になって俯くルリの頭を撫でながらシャロンはスタッフに告げる。

「悪いけど予定を変更するわ。

 アクア、ルリの体調が元に戻るまで、ここは任していいかしら?」

「ええ、かまいませんよ。

 じゃあ、姉さんが付き添って家まで送って下さい。

 こっちは姉さんが戻るまで私が引き受けますから」

「そうね、本当はアクアが送ってやれればいいんだけど」

「仕方ないですよ、オペレーターが不在だと仕事になりませんから」

「……ごめんなさい、姉さん」

申し訳なさそうに謝るルリにアクアは優しい言葉で慰める。

「気にしなくてもいいのよ。誰だって調子の悪い時ってあるの、私だって体調が悪い時は休むから気にしちゃダメよ」

「でも、この仕事……急ぐんでしょう?」

仕事の内容を把握しているルリは自分が抜ける事でスタッフに負担が掛かるという事を心配する。

「大丈夫、タイムスケジュールは余裕があるから、ちゃんと予定通りに終わらせるわ。

 だからルリはまず体調を元に戻すの……その後で取り戻せば良いのよ」

「そういうこと、今は休む事がルリの仕事よ。

 じゃあ、アクア……家に帰すわね」

「ええ、マリーに連絡入れておきます」

シャロンがルリの手を握って部屋を出ようとする。ルリはスタッフに頭を下げてからシャロンに連れられて部屋を出て行く。


「責任感のある良い子ですね」

「ありすぎるから困るのよ……なんでも自分の所為にしちゃうから」

ルリ達が退室した後、スタッフの一人が呟くとアクアが困った顔で話す。

「もう少し甘えてくれるといいのに……まだ子供なのよ」

「頑張り屋さんって事ですか?」

「そうね……申し訳ないけどスケジュールを変更するわ。

 その分、皆に負担が掛かるけど良いかしら?」

「いいんじゃないですか……あの子が復帰するまでの間に終わらせるくらいの気持ちで行きましょう。

 大人の意地って訳じゃないですが、俺達の力を見せましょう」

子供のルリだけに頑張らせる気はないとスタッフの一人が言うと全員が頷いていた。


「歩ける? きついなら背負うわ」

シャロンが心配そうにルリに聞いてくるが、ルリはぶっきらぼうに答えた。

「……歩けます」

「落ち込まなくてもいいのよ。私とアクアにすれば嬉しいことなのよ」

「これがですか? 辛いだけじゃないですか」

「そう……辛いわね。でも、これでルリは大人の仲間入りよ」

「……そう考えると嬉しいかもしれません」

迷惑を掛けていると思っていたが、自分が大人の仲間入りをしたと思うとちょっと嬉しいルリ。

「これでルリも未来を繋ぐ事が出来るの。

 愛する人と生きて、その人の子供を産む事が出来る……お母さんになれるのよ」

その言葉にルリは頬を赤く染める。

「女はどうしても考えさせられるの……自分の未来を、いつか出会う大切な人の事をね。

 まあ、ルリの場合は既に出会っているかもしれないけど」

「シャ、シャロン姉さん!」

恥ずかしそうに抗議するルリにシャロンは告げる。

「だから、申し訳ないと思うのはやめなさい。

 貴女は今日から女の子ではなく、一人の女性として歩き始めたの。

 胸を張って前を見て歩いて行きなさい……ルリの望む未来を築く為にね」

「……はい」

「ただし、ちゃんと避妊するのよ」

「なっ、なに言っているんですか!?」

「いや〜、この歳でおばさんになるのはどうもね〜。

 せめて、あと五年くらいはお姉さんでいたいのよ」

からかうように注意するシャロンにルリが痛恨の一撃を告げる。

「でも、アクア姉さんが作ったら……正真正銘のおばさんですね」

「……言うわね、ルリも」

グサッと胸に突き刺さる言葉のダメージを実感しながらシャロンが話す。

「いつまでも子供じゃありませんから」

しれっといった感じでルリが答える……くすりと小さな笑みを浮かべて。

シャロンはやれやれといった感じでルリの頭を優しく撫でてから手を握って歩いて行く。


『そうか、思ったより早く始まったな』

『ええ、やっぱり食生活や運動をさせたおかげかしら』

『多分、そうだろう……それと心が成長しているからだろうな』

リンクを通じて、アクアとクロノがルリの事を話し合っている。

クロノは自分が知るルリよりも早く身体が成長し、変化したのを嬉しく思っている。

『以前はもっと遅かった。それだけ環境が良いという事だな』

『日に日に綺麗になりますから、将来が楽しみです』

少女が成長する過程を見守る……親代わりの二人には毎日が楽しいのかもしれない。

『お祝いしてやらんとな。お赤飯でも用意しておくか?』

『そういえば、そんな風習あったんですね』

『ああ、以前も俺が用意したんだ。気がついたミナトさんに言われてな。

 ユリカはあの通り……人の事となると少々鈍感だから』

自分の事を優先するユリカ。一概に悪いとは言えないが、行き過ぎると良くはない。

『子供なんだろうな……精神的にまだ未熟なんだ。

 そのくせ、能力だけは優れているから扱いに困るんだよ』

戦術立案に関しては誰よりも優秀なユリカ。ただ人としては我侭で自分本位な部分があった。

それによく振り回されていたと思い、クロノは苦笑していた。

『まあ、昔の事だ。参考にはなるかもしれないけど、今のルリやラピスにはあまり役に立たんかもな』

二人とも自分が知る少女ではなくなり始めている。

笑い、怒ったりと感情をはっきりと見せるラピスに、姉として自覚して以前以上に責任感のある少女になっているルリ。

どちらもクロノが知っている少女ではない。一抹の寂しさを含んでクロノはアクアに話す。

『でも……二人が元気で幸せになれるなら、それは俺にとっても意味があるんだ。

 でなければ……偶然とはいえ、帰ってきた意味がない』

『そうですね、私としてもクロノがいない生活なんて考えられません』

『俺もアクアがいないと困るよ。我が家は女の子が多いから、この先が大変だよ。

 マリーさんやジェシカさんにも負担掛けているかもしれないから、お礼を言っておかないと』

あの二人には世話になっているとクロノが言う。

もうすぐ学校に通う事になるので多少は負担が軽くなると思うが、それまでは大変だろうと考えている。

『問題はこれからですね。グエン達がいるから大丈夫だとは思いますが心配です』

護衛に関しては信頼の置ける人物がいるし、都市の中ならダッシュ達が警戒し、注意を促してくれる。

『上手く馴染めると良いんですが』

『そうだな、だが人は失敗する事で成長もする。

 何事も経験だと考えて見守るしかないな。

 本当に困っている時は手を差し伸べるが、自分で解決する方法を学ぶようにさせないと』

『私達が側にいるとは限らないというのですか?』

『ああ、どうも依存している気がするんだ。

 甘えてくれるのは嬉しいが、俺達がいないと何も出来ないというのは不味い』

『そうでもないですよ。自分の事は自分でする……ちゃんと大事な事は知っていますよ』

『……そうか』

『ええ、でもクロノって子煩悩というか、親馬鹿です。

 ちょっと……妬けますね』

拗ねるように言うアクアにクロノは困った感じでいた。

リンクを通してクロノが困った様子を感じてアクアは少し気が晴れたようだった。

未来は変わって行く……どのような方向になるかは判らない。

それでも家族が居るのは幸せな事だと実感する二人だった。










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EFFです。

木連の内乱を先に書くか、月の戦闘を先に書くか、ちょっと悩んでいます。
もう少し準備期間を入れて、時間を稼ぐという手段もあります。
いや……逃げている訳じゃないんですが(爆)

それとは別にホシノ・ルリについて一言。
このSSではあまり活躍の機会がなく、ファンの皆様には不満があるかもしれません。
ですが、まだ11歳の少女が戦場に出るのは如何かと私は思います。
このSSは大人が中心になって戦争をするというコンセプトがあります。
本当はもっと出番を減らすべきと考える時もありますが、火星の人手不足という問題を出してしまったので複雑になります。
ちょっとだけリアルに書いた分……困っていますね。
今回のセクハラめいた部分には賛否両論があると思いますが、人というものはストレスで胃に穴を開けるような脆さもあり、
心というものの複雑さを書いてみた次第です。
人扱いされずに実験体のような生活を余儀無くされていた少女。
おおよそ食事も独りで食べさせられて、栄養さえ与えれば良いと科学者達は考えていたんでしょう。
このSSではナノマシンというものが栄養を奪っていると理由で身体の成長が遅れていると説明しています。
家族を得る事で心が成長し、今やっと身体も大人になり始めたという事を書いてみました。

それでは次回でお会いしましょう。



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