死に打ち克つ

言葉にすれば簡単な事に聞こえる

だが現実は厳しく

その恐怖を振り払えない

受け入れ、認めるのは悟りを開いた坊主

振り払えないのなら噛み砕くしかない

それが修羅のやり方だ




僕たちの独立戦争  第九十八話
著 EFF


その街は少しばかり浮かれ模様だった。

内乱が始まり、国全体が迷走。それぞれが正義とは何だと考える日が続いていた。

だが、それももうすぐ終わると街で暮らしていた者達は感じていた。

英雄が来るのだ……自分達の信じる正義を証明し、勝利へと導く存在が来訪する。

堂々と迎え入れたいが作戦上派手な事が出来ない問題はあったが、それでも市民達は待ち望んだ英雄が来るのを歓迎する。

それが惨劇の始まりとは知らずに……。


―――シャクヤクブリッジ―――


「副長、気を付けなさい……あの小娘、自棄になったかもしれないわよ」

「そう思います?

 僕もユリカらしくないなと感じていたんです」

ムネタケの懸念を肯定するようにジュンが言う。次から次へと起きる問題にユリカが信じていたものが壊れたのだ。

精神的にかなりキツイものがあるとジュンは思っているが、自暴自棄で艦を動かすのは不味いと理解していた。

「あれって間違いなくミスマル提督に対する反抗よ……今頃反抗期なのかしらね。

 やっと子供が大人になりかけたのかしら」

「困ったものね」とムネタケは言う。

シャクヤクを戦場に出すのは不安があるのは同じだが、親に対する反抗で出さないのは問題がある。

「言ってる事が正論だから困るのよね……火星との攻撃力の差を知っているから出さない。

 どっちにウェイトがあると思うかしら?」

「多分、叔父さんに対する反抗だと思いますよ」

多分と前置きして答えるジュンにムネタケはヤレヤレといった様子で肩を竦めていた。

二人の会話を聞いていたプロスも親子の確執を戦場に出すのはどうかと思っていた。

シャクヤクは艦長の反抗期という問題を抱え込んでいた。


同じ頃、親子喧嘩の片割れはというと、

「ヨッちゃん、シャクヤク出せないって通達があった」

「そりゃあそうだろ。カキツバタだってまだ調整中を無理を言って出して貰ったんだ。

 我侭ばかり言っているとややこしい事になるぞ」

初期トラブルを解消中のカキツバタ。ウエムラが必死に演習を行って解決させているようだが実戦で出ないとは限らない。

演習と実戦は別物だから致命的なものが出なければと二人は考えている。

「ウチが右翼、ウエムラが左翼」

「ドーソンが中央か……数的に中央が一番だが」

「一番逃げ出しかねない奴だぞ、ヨッちゃん」

臆病な小心者というのがドーソンであり、そのくせ名誉や出世に拘る策士。

権謀詐術を駆使してトップに登りつめて、更に上を目指そうとしてこの戦争を引き起こした張本人の一人。

自身の尻に火が点いて掻き消そうと躍起になっているが、戦場の怖さで逃げ出しかねない。

数は多くても一番最初に中央が崩壊しかねない危険性を含んでいるのだ。

「中央突破されるのは困る。

 あまり士気は高くないのに身内が敗走してみろ……一気に瓦解しかねない」

ヨシサダが深刻な様子であり得る事態を告げる。

敗戦続きで士気は下がる一方で、兵士達に対する連合市民の感情が苛立ち、怒りを多量に含んだ状態。

火星によって暴露された内容のおかげで連合政府と軍の信頼は急落している。

市民の安全を守る政府と軍が自分達の都合で火星を見殺しにした――という事実の前には何を言っても無駄だろう。

火星が宣戦布告した事で状況は更に悪化していると軍事ジャーナリストが連日テレビでコメントしている。

市民もこの状況に不安を持ち、連合政府に対する不信感を増大させている。

勝ったところでドーソンはもう終わりだろう――二人はそう考えていた。

このような事態を引き起こした男をいつまでもトップに置いておく事は市民の不安を煽り、

自分達の首を絞めると知っていると理解しているから。


「性能は良いが……初期不良が多いな」

カキツバタのブリッジでウエムラは浮かび上がるチェック項目に顔を顰めていた。

新型艦という物の扱いは難しいのを承知していたが、強引な手段で買った弊害がここに来て表面化している。

ネルガルの技術者が立ち合わないで項目毎に自分達で分析してネルガル本社に送る。

そして向こうの技術者が分析結果を調べてから改善項目の指示を出して整備班に直させる。

違った場合はもう一度調べ直してという二度手間を行っていたのだ。

本来なら技術者を立ち合わせて現場で協議して直すのが定石だけど、軍の強引な手段にネルガルが拒否した。

「まあ、仕方ないと言えば、仕方ないが」

カキツバタを受け取った経緯を考えるとネルガルが怒っても仕方ないとウエムラは考えていた。

「脅したようなものでしたから」

苦笑するように副官が話すとウエムラも苦笑していた。

「チェック項目の半数は改善しました。

 ただ……主砲の連射に関してはまだしてないので何とも言えません」

「地上ではエンジンの関係で出来んからな」

「大気中では性能が落ちますから仕方ないです。

 宇宙に出た時はすぐに調べるべきでしょう」

「うむ、そうしなければな」

地上では事前にチャージしなければ連射もままならない。どうしても二連射でお終いなのだ。

連射はどうしても必要な事だから試射しなければならないと二人は考えていた。

もうすぐカキツバタのデビュー戦が始まる。その為に必要な問題をウエムラ達は解決しようとしていた。


「数は揃った……必ず滅ぼして、黙らしてやる!」

ようやく戦力の目処が立ち、ドーソンは執務室で満足していた。

北米にある戦力を可能な限り掻き集めた――その為に北米の防衛力はかなり落ち込んでいるが、ドーソンは気にしていない。

既に諫言する士官はドーソンの元にはいなく、イエスマンしかいないのだ。

その為に南米の防衛も覚束無くなっているが、ドーソンは自分の事を優先し、ほかの事は全部後回しにした。

その結果、この戦いが勝利に終わっても南米はもう北米の意思に従わないだろう。

南米にある各国の政府は安全を保障すると言いながら、口先だけだった北米に愛想が尽きていた。

現在はクリムゾンとマーベリックが破壊された街の復興と市民への援助を積極的に行っていた。

そしてオセアニアから軍の一部が都市の防衛に協力していた。

北米に任せているのは危険だと連合政府は判断し、オセアニアに戦力を投入するように指示を出したのだ。

連合政府の命を受け、オセアニアは兵力を南米に投入して無人機の排除を進めた。

アフリカ戦線で稼動データーを取り終えたクリムゾンの新型を実戦投入。

ランサーストライカー、フレイムストライカーの2機はその期待に応えて南米各地で無人機を駆逐する。

その姿を見て人心は北米ではなく、オセアニアの方に向いている。

連合政府も北米の管理能力の無さを確認し、北米と南米を一つにブロックから分断して二ブロックに変更する事を決定した。

これによって北米の威信は大きく揺らぎ、凋落の兆しへと発展する。

北米で生き残りそうな企業は多国籍企業のマーベリックだけだと経済関係者は予測している。

アメリカ政府の意向がもはや世界には通じない……政府の力を背景にした強引な手段を頼る事は出来ないのだ。

企業の力が減衰し、経済でも失速が始まる。当面、北米は建て直しが急務となり、内政に力を割かねばならない。

北米主導の軍事力の世界から欧州、オセアニアから始まる政治力の世界に移行した瞬間だった。


―――れいげつ―――


「なんだとっ! そんな暴挙をしたのか!?」

執務室で第一報を聞いた草壁は立ち上がり叫ぶ。一応、怪我も回復したので退院した早々一大事が発生した。

自分達の勢力圏ではあるが、どちらかといえば強硬派よりの市民船で大量虐殺事件が起きた。

通信では慌てて救援を求めていたが、すぐに沈黙した。

そして草壁は無人偵察機を急行させて聞いた第一報がこれだった。

「は、はい! 市民船さげつの住民は……全滅との事です。

 さげつ自体も半壊し、映像からの調査では再建は不能との見方です」

焦りながら士官は報告する。草壁が怒る理由は尤もなので理解は出来るが怒鳴られて萎縮していた。

「……すまん、君の所為ではなかったな」

萎縮した士官を見て、草壁は冷静さを取り戻して詫びる。

「い、いえ、閣下のお気持ちは自分にも理解できます。

 それにしても元老院は何を考えているのでしょうか?」

「可能性としては強硬派からの鞍替えを考えていたのを察知して……見せしめかな?

 自分達に逆らうならそれ相応の報いがあるぞと脅したのかもな」

村上が呆れと苛立ちを含んだ様子で意見を述べる。村上にとってこれは想定外の出来事だった。

まさか、このような暴挙はしないだろうと考えていたが……現実は市民の虐殺という結果だった。

火星の報復で死んだ数と今回の虐殺での死亡者の数は一桁違う。

「小さな市民船だが、それでも二万人を超えている。

 悪いがこの一件は発表させてもらうぞ……元老院が何をしでかすか判らん以上は各市民船に警戒を促すしかないからな」

「判っている。正直、ここまでするとは考えなかった。

 これは正気の沙汰とは思えん。

 奴らは……何を考えているんだ?」

予測の範囲外の出来事だった。このような手段を用いれば、市民は元老院から離反する事は分かる筈なのに決行する。

強硬派もこの事態を知れば動揺するだけでは済まない。

「犠牲者の事を考えると心苦しいが好機だと考える自分が嫌になりそうだ」

村上が自嘲するように話すと執務室の空気も重くなっていた。

間違いなく市民は大義無き内乱と理解して、強硬派に加担した者を許しはしないと判断する。

強硬派の士官が自分達は関与していないと告げても信じない市民の方が多いだろう。

そういう利点を先に計算してしまうのがちょっと悔しい気分だと村上は思う。

「全くだ。どうしても利という側面を考えてしまう。

 そんな自分が穢れていると感じるな」

村上の思いを理解している草壁が同じように自嘲的な笑みを浮かべる。

「木連全域に放送の準備をします。

 汚い策かもしれませんが人の命には代えられません」

二人を見ながら士官が急ぎましょうという気持ちを前面に出すように話す。

士官もとても良い気分ではない……元老院が自己の存在そのものを否定したような事態だった。

同じ事をもう一度しないとは限らない。急いで対策を講じなければならないのだ。

「そうだな、重……悪いが市民に状況を説明してくれ」

「承知した、お前はもうしばらく倒れた振りをしておいてくれ。

 無事だと知られると更に凶行に及ぶ可能性もある」

草壁は村上の考えに頷き、仕事を再開する。

村上と報告に来た士官は執務室から退室して政見放送の準備に掛かる……犠牲者を減らす為に。


「やりおったか……だから狂犬を使いたくはなかった」

れいげつから木連全域に放送された瞬間、東郷は誰の仕業がすぐに理解して自身の失策に気付く。

「い、如何なさいます?

 これは由々しき事態ですぞ!」

「し、知らぬ、存ぜぬでは済まされません」

東郷が草壁派の政見放送を聞いて怒りで身を震わせると元老院の者達は蒼白な顔で話し合っていた。

市民を敵に回す可能性が出た。怒り狂う市民を抑えるのは容易な事ではなかった。

「まずは草壁の本陣を陥落させる事を急がせる。

 奴らはその後で始末する。

 我らの命を聞かぬ狂犬はもう要らぬ」

「市民への説明は如何なさいます?」

「我らは関与していないと言っておき、和平派の捏造と申しておく」

「ですがそれを信じるでしょうか?」

東郷の方針に疑問符を投げかける。市民がそう簡単に信じるとは思えないのだ。

「分かっている……勝って、証拠をでっち上げる。

 詰め腹は奴らにしてもらう。

 それとも他に良い手段があるかね?」

「いえ……それが最善だと思いますが、傀儡はどうします?」

「五月蝿く喚くのなら切り捨てる……元々奴がしっかりしていればこんな事態にはならなかったのだ。

 勝った後は秋山、白鳥をこちらに加える……無論、首輪を着けてな」

こういう事態を引き起こしたのは自分達なのにまだ責任を回避しようとする元老院。

一度芽生えた不信感は簡単には消えない。元老院に対する市民の感情は冷めたものに変わり出す。

冷静さを取り戻し始めた市民はそれまで見えなかった部分をようやく見始めた。

元老院の思惑が外れ、信頼と信用が瓦解した瞬間だった。


「ふざけるなよ!

 やって良い事とやってはいけない事の区別もつかんのか!」

報告を聞いて集まった士官達の前で南雲は激昂していた。

南雲は開戦前は強硬派に属していたが秋山達と行動を共にする事で戦うだけでは不味いと判断して、

自分なりの方法を考えてこの戦いを乗り切ろうと決意していた。

南雲にしてみれば、このような事態を起こした連中を許す事は出来なかった。

それは和平派の士官の総意でもある。この一件で強硬派が勝てば、木連を破滅へと導くと確信していた。

「落ち着け、南雲」

「し、しかし、秋山さん!」

「ここで騒いでも仕方がない……俺達は次に備えなければならんのだ」

秋山の告げた言葉に士官が息を呑んでいる。さげつ自体は市民船としては小さい規模の船だった。

だが、市民船は他にもある。これ以上の被害を食い止め、犠牲を出すのは最後にしなければならなかった。

次の可能性を示唆されて、士官達も状況を再確認する。

「この暴挙で軍の威信も揺らぐだろう。

 俺達は信頼を取り戻さなければならない……二度目を防いで市民を守るのだ。

 今、村上さんが政見放送を始めているから、各市民船からの連絡も来るだろう」

「言っておきますけど……今度は留守番はしませんよ。

 俺の手でこんな連中は倒してみせますから」

秋山に自分も行くと南雲が告げる。許せんという感情が先走っているが、その感情はここに居る者は理解している。

このような非道な行為をされて、黙っていられるような木連男児はこの場には居ないのだ。

「やれやれ……熱くなって自分を見失うなよ」

「わ、分かってます」

「なら良いがな。

 さて準備を始めるぞ!」

一抹の不安を感じながら秋山が告げ、出発の準備を始める。

二度目の惨劇は防ぐという意思の下に士官達は市民船から送られてくる情報を元に敵の位置を割り出そうとしていた。

そんな時に新城が会議室に飛び込んで来る。

「秋山中佐! 位置特定しました!」

「やるな、新城」

「いえ、完全には判明してませんが、大まかな位置を特定しただけです」

「十分だ、後は現場に行って俺達が調べる。

 南雲、準備を始めるぞ!」

「了解! あ、秋山中佐、どちらへ?」

南雲に指示を出した秋山は会議室を後にしようとするが、新城に呼び止められる。

振り返った秋山は一言告げる。

「強力な助っ人に力を借りに行く。

 正直……どのような手段で来るか、分からん。

 こういう時は裏方の人の知恵を借りるのが一番だからな」

秋山の言いたい事が分かった士官は納得していた。手段を選ばない者に対抗する為に北辰達の力を借りる事にしたのだ。

結果を残してきた頼りになる人物――それが今の北辰の印象だった。


「これはどういう事だ!?」

「さあ?」

月臣の疑問に安西は呆気なく解答にならない言葉を告げる。

それに対して月臣が苛立ちを込めて睨みつける。

「まあ、大体は予想できますが聞きます?」

「……話せ」

「簡単でしょう。不甲斐ない我々から離反しようとした市民船を見せしめで始末した……それだけじゃないんですか」

「ふざけるなよ。逆らったから皆殺しだと言うのか!?」

安西の意見に月臣が激怒するが、安西はそんな月臣に呆れるように告げる。

「何言ってんだ? 勝った後、我々に従わない連中をどうする気なんだ?」

「話し合いに決まっているではないか」

はっきりとした意見を告げたつもりの月臣に安西は更に呆れた様子たっだ。

「正気か?」

「どういう意味だ?」

「あのな……俺達が反乱軍だっていうのは承知しているな?」

一応確認の為に聞く安西。その心境は今更こんな事を聞かねばならんのかと考えていた。

「そんな事は承知している」

憮然とした顔で月臣は馬鹿にしているのかと言う。

「政権を持たない我々が勝っても従わない連中はいるだろう。

 当然、和平派も「はい、そうですか」などと言って従う訳じゃない。

 軍事力だって残っている筈だから反乱を起す可能性もある……結局のところ、始末するのが一番楽な手段なんだが」

「だから話し合いで納得させれば良いだろう」

「同胞殺しをした俺達の言を信用する訳ないだろう。

 第一、人っていうのはそう簡単に信念を曲げられないんだからな。

 それとも提督は負けたら「ごめんなさい、自分が間違ってました」で許されると思っているんですか?」

最後に嘲りを含んだ声で安西は問う。その顔は遊びじゃねえんだと物語っていた。

「ば、馬鹿野郎……正義が負けると思っているのか!」

「はいはい。それではさっさと勝ちに行きましょう。

 ただし元老院に文句を言ってはいけませんよ。

 彼らがした行為は少し問題がありますが……間違ってはいないんですから。

 逆賊は始末するというごく当たり前に手段を選択しただけです。

 我々が負けなければ、このような手段を選ぶ必要はなかった筈ですよ」

納得できないと顔で月臣は安西を見ているが、自分が負けた事を理由にされると反論出来ない。

安西を見ていると苛立ちだけが増す気がするので顔を背けて艦隊に指示を出す。

(ガキだな……綺麗事の正論で人が動くと信じている。

 元老院もとんでもない人物を頭に据えたものだ)

勝った後で起こる反乱鎮圧に時間が掛かると安西は考える。

話し合いで解決なんて出来る訳がないと最初から判っている筈なのに話し合いで解決しようとする。

(また軋轢が出るな……短期決戦だと理解しているのやら)

戦略眼がないと安西は判断した。また一から説明かと思うと疲れが出る。

何故か気苦労が絶えない安西であった。


『どういう心算だ!?』

開口一番、東郷は怒鳴りつけるが、相手はいやらしい笑みをニヤニヤ浮かべるだけで全然堪えていない。

「何の事だ? さっぱり分からんな」

『ふざけるな……何故市民船さげつを攻撃した?』

「全然分かりませんね。いったい何が言いたいんだ?」

『しらばっくれる心算か?』

「知らんものは知らん……証拠を出してから物を言うんだな」

馬鹿にするように話す男に東郷は益々苛立ちと怒りを思え、その目には紛れもなく憎悪が表れていた。

『証拠だと? 貴様ら以外に誰がやるというのだ!』

「自分の目で確かめたのか? 穴倉に引っ込んでいるくせに威勢がいいな」

口先だけの東郷に男は言いたい事があるなら此処まで来いと言うように揶揄する。

『これ以上余計な真似をするなら命はないぞ』

「くっ、くく、白水(しらみず)……あいつはもういないぞ。

 あの男以外に俺を始末できる奴がいたのか?」

『ぐ、他にもいる! これ以上好き勝手はするな!

 よいな、閻水(えんすい)』

そう言って通信を終える東郷。その男、閻水は東郷の焦る様子を見て嘲笑っている。

「居る訳ねえだろうが……楔はもうねえんだ。

 俺のは俺のやりたい様にやる……邪魔するなら殺してやるよ」

かつて自分の上にいた白水はもう居ない。目障りな存在は自陣には居なく、敵として存在するだけだった。

「北辰だったか……奴を倒せば、もう俺に敵う奴は居ねえ。

 後は面白おかしく遊んでくたばってやるから、存分に楽しませてくれよ」

凶刃・閻水――元老院にとっての諸刃の刃は文字通り元老院に叛き、木連全体に牙を向けた。

木連の内乱は混迷を迎える可能性が出て来た。


ギンッ! 模擬刀のぶつけ合う音が訓練場に響き渡る。

「もらった――――っ!」

「たわけが!」

雷閃が上段から模擬刀を打ち下ろすがあっさりと北辰が半身にして避けて、雷閃の首筋に模擬刀を突きつける。

「何処の世界に打ち込む前に叫ぶ奴が居る。

 気合を入れるのは良いが、避けろと言っている様なものだ……たわけが」

「それにしても隊長……調子悪いんですか?

 雷閃に手こずっている様に見えたんですが」

烈風が不思議そうに尋ねる。いつもの北辰ならば、雷閃に押される事はないと思っているから体調が悪いと考えたのだ。

「そりゃないですよ、烈風先輩!

 俺だってそれなりに強くなっていますよ」

烈風のあまりの言い様に雷閃が抗議する。

「だがな、隊長とお前の差はそう簡単に埋まるものじゃないぞ。

 確かにお前の腕は上がっているのは認めるが、それでも苦戦するほどじゃない」

事実を言われて返す言葉がない雷閃。烈風は以前との差も考慮して話した。

「何かありましたか?」

「お前達には話しておこう」

そう前置きして北辰は二人を座らせて告げる。

「木連の武術には口伝で伝える奥義がある。

 我も先代から聞いたのだ」

「俺達が聞いても大丈夫なんですか?」

雷閃が簡潔に尋ねる。自分如きが聞いても良い内容かと不安な様子だった。

「構わぬ、聞いてもそこへ辿り着けるかどうか判らん。

 師もその奥義を会得できなかっただけでなく、歴代の免許皆伝の者でもその奥義を会得できた者は僅か数名だ」

息の呑む二人。北辰の師は木連でも一、二を争うほどの武芸者だった。

その師でさえ到達できなかった奥義があると言われて言葉が出なかった。

「我も聞いたが理解出来ないまま戦っている。

 師が言うには「極限まで鍛え上げた天才でも到達するか分からん」だそうだ。

 ただ「才あるものが限界まで修業し、白刃の下の死を乗り越えてきた者がその可能性に至る」と話していた」

「つまり……生と死の狭間を何度も潜り抜けたその先に奥義があると」

「おそらくな。修業と実戦ではその緊張も重圧も全く異なる。

 その恐怖に打ち勝って、木連の武術を極めた者のみが到達するのだろう」

「でもよくそんな不確かなものが伝わっていますね?」

雷閃が疑問を口にする。会得できなかったのに説明が出来る奥義など理解の範疇を超えている。

「精神論とか、そういう心構えが奥義なのでしょうか?」

「いや、そんなものではない。

 途中で途切れても流派の技を全て覚え、実戦を続けた者が到達出来るようになっているのだろう。

 才能だけではなく、命を懸けた実戦を経験していく過程で得られると我は考えておる」

北辰の考えを聞いた二人は更に困惑している様子だった。

「実はその奥義が何となく分かり掛けておる」

「「ええっ!?」」

思わず叫んだ二人だが、北辰は特に気にせずに話を続ける。

「先の元老院の暗部との戦いは憶えておるな?」

確認を兼ねて二人に問うと、二人は姿勢を正して頷く。

あの戦いは相手側にも凄腕の戦士が多数居た。勝つには勝ったが余裕などなく、紙一重の勝利に近いものだった。

特に北辰が相手をした白い服を着ていた男は北辰と五分に渡り合った恐るべき人物だった。

北辰自身、ほんの僅かな幸運で勝ちを得たと今でも思っている。

そう、天秤が向こうに傾いていれば生きてはいなっただろうと、そして出来得るならもう一度戦ってみたいと考えるのだ。

「あの戦いの後、訓練中に不思議な感覚が起きるようになった。

 まるで周囲の者が動きを止めたように感じ、我はというと風が纏わり付くように……または水の中を歩くような感覚だ」

「なんですか、それ?」

「先読みとか?」

「ふむ、烈風の考えに近い気もするが、その状態に入った後は酷く疲れる。

 まるで感覚に身体がついて行かぬ……そのくせ、相手の動きは緩慢になり、はっきりと見えるから途惑う」

「それで雷閃相手に苦戦したんですか?」

「うむ、雷閃の動きが緩慢に見えたから、その感覚を続かせようとしたんだが……失敗した。

 あれは長く続けられない類の業だな」

瞬間的に十手くらい先まで読めかけたが、反動で一気に身体の動きが鈍った。

「もう少しで掴める気がするが……強敵を相手にしなければ駄目か」

後一歩で師が話した奥義に辿り着くと北辰は思っていたが、稽古ではその領域に辿り着けないと感じている。

緊張感が足りない……命の危険を強烈に感じられず、後一歩踏み込めない……もどかしさがある。

死の恐怖を乗り越えた先に目指すものがある……その領域に辿り着きたいと渇望する北辰であった。

「奥義の名はなんと?」

「……最後に名付けた者は天の閃きと書いて天閃(てんせん)と言ったか?

 使い手が自分なりの銘を付けておるから名も無き奥義だな」

「隊長の師はなんと遺したのですか?」

「全て知ったその先に真の奥義がある……努々怠る事なく、修行に励めだ」

「また抽象的な」

「それじゃあ、全然分かりませんよ」

頭を抱えるようにして二人は困惑しながら話していた。

「我もそうだった」

北辰も苦笑して、その当時の心境を告げていた。

そんな三人の元へ秋山がやって来る。だが、その表情は非常に険しいものだった。

「北辰殿、最悪の事態が起きました。

 さげつが元老院の部隊によって……壊滅しました」

「正気か? あそこは元老院よりの市民船だぞ。

 味方を滅ぼすなど遂に呆けたのか!」

烈風が思わず声を荒げてしまう。秋山の話はそれだけ衝撃的な内容だった。

「爺ぃは狂ったか!」

雷閃もそんな事態を引き起こした元老院に怒りを覚えていた。

「これから自分が調査に向かいますがどうします?」

秋山が北辰に一緒に行きますかと尋ねる。

「参加する……おそらく狂気の部隊が近くにおるだろう。

 こちらもそれなりの準備をして行くべきだな」

北辰が二人に目配せすると立ち上がり準備を進めるべく動き出す。

「お手数をかけます」

「気にするな。お前を死なせると村上殿に詫びねばならん。

 あの方の一番弟子を失う訳にはいかんからな」

次の木連を支える世代を失うなど出来ぬと北辰は考えている。

「気を付けて行くぞ……今度の相手はかなりの外道だ。

 どんな手段でも勝てると分かれば、躊躇いはせぬ……心せよ」

「……はい」

予想もしなかった事態に北辰は秋山に警戒を促す。

だが、相手の狙いは自分だとは思ってもみなかった。

新たな強敵が北辰に迫ろうとしていた。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

木連最強の称号を得るには強敵との一騎打ちが必要でしょう。
歴史が変わり、クロノがナノマシンによる強化を得たのなら、北辰もまた木連奥義を会得するイベントも必要かなと。
二人が戦うかどうかは未定ですが(爆)
もしかしたら木連奥義が何なのか、気が付いた人もいるかもしれませんがツッコミなしという事で(核爆)

それでは次回でお会いしましょう。


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