一つの時代の終わりが来る

時代の終わりには血が流れる事が多い

捧げられる血に時代の神は酔いしれるのか

それとも人の愚かさに悲しむのか

神ならぬこの身には分からない



僕たちの独立戦争  第百九話
著 EFF


月臣の艦隊は敗れ……退却という結果になる。

総勢三千隻の艦隊が七百隻以下という無残な結果になり、強硬派の面々は意気消沈した気持ちでいた。

自分達が正義だと声高々に叫んでいたが……現実は敗れ、見通しの甘さだけを露見させただけだった。

『顔を俯かせるな!』

月臣が残存艦隊に一喝を入れる。

『負けたからと言って、諦める者に勝利は掴めん!』

艦隊に響き渡る月臣の号令に意気消沈している兵士達は顔を上げて聞いていた。

『この程度の逆境などで諦めるほど俺達の熱き血潮は弱くはない!

 最後の勝つのは俺達の正義だ!

 英雄は逆境を乗り越えるから英雄と呼ばれるのだ!』

との言葉に俯かせて諦めかけている兵士達の心を奮い立たせて、艦隊の士気の低下を抑える。

(とは言うものの……どうするべきか?)

正面からの決戦では勝機はない。

コソコソと逃げ回りながら本陣を強襲、もしくは遺跡を奪い取るしか勝利か、戦力の回復は否めない。

(この際、文句は言えんか……爺様方と相談して現有戦力で勝つ手段を模索するしかないな)

月臣はまだ……諦めてはいない。ここで膝を折れば、死んでいった兵士達に申し訳が立たないと考えている。

このまま終わるなど認められない……何としても一矢報いると決意していた。


市民船しんげつの一画にある元老院の本拠地で月臣艦隊の敗北を聞いていた者達は会議をしている。

「……負けおったな」

「所詮、青臭い正義感で動く男だった」

「問題はこれからだ。草壁は手を緩めはしまい……ここに奴等が来るだろう」

「それが問題なのだ。猟犬どもを迎え撃つにも我らの戦力は限りがある」

白水、閻水という切り札を切ってしまい、既に失われている。自分達の元にある手札は二流、三流の札しかない。

対する草壁は北辰という最上級の切り札と海藤、秋山という艦隊戦を生き残った将という札もある。

そして、村上という政策、戦略立案者という新たな札も手に入れている。

自分達の存在など既に不要と考えているのだろう……奴はこれからあらゆる締め付けを行ってくるに違いないのだ。

自分達の権限を根こそぎ奪う為に、市民の怒りを自分達に向けさせる方法をしてくるだろう。

食料の供給制限、日用品の配給制限といった市民の生活に困窮するような手法を選ぶ可能性もある。

元老院に与する者に貴重な資源を渡す気はないと言う様な脅しを掛けて、市民の元老院離れを加速させる。

市民船さげつの一件以降、元老院の権威は失墜している処へ、止めを刺す気なのだ。

「このまま座して死を待つ気はない!」

東郷が全員にまだこんな所で死ぬ気はないのだと叫ぶ。

「で、ですが……如何なさるお心算で?」

「不愉快な話になるが一旦膝を折り、時を待って再び力を取り戻す!」

苦々しい表情で東郷は宣言する。草壁に膝を折るのは悔しいが、今は耐えるしかないと判断した。

「しかしながら、彼奴めがそれで赦しますか?」

「そんな事は承知している。だが、我らの手で邪魔者を排斥すれば、文句は言えんだろう」

自分達の手で強硬派の面々を始末して、恭順の意思を見せると東郷は告げる。

「なるほど、奴にとっても強硬派は邪魔者ですな」

「そうだ。もはや奴らの存在は我らにも不要なのだ。

 手間を省いてやれば感謝するだろう」

「全ての責任を押し付けて自分達は脅されて仕方なくやったと」

「そういう事だ。使えん駒でも最後には役に立ってもらわんとな」

東郷の考えに妙案ですなと他の者達は賛同している。

(ふん、お前達もいざとなったら生き残る為の糧となってもらうぞ)

東郷は周囲にいる者達を睥睨して、自分のみを生かす為の駒として冷ややかに思っていた。


市民船れいげつで草壁は海藤の勝利を聞くと村上、秋山と北辰を同席させて尋ねる。

「反乱首謀者、月臣元一朗は無事だと思うか?」

「まあ、無理だろうな。爺様方の事だ、全ての責任を押し付けて、頬被りするだろうな」

「然り」

「…………」

秋山は答えない。そうなる可能性は承知していたが、現実問題になると些か気が重くなっているのだ。

「秋山、これも汚い政治の一面だ。

 他人を犠牲にして自分達だけでも助かろうと考える……どうしようもない連中がいるという事を覚えておけ」

村上の言葉に秋山は沈痛な表情で頷く。

時に苦いものを我慢して飲み込まなければならない事が政治の世界にはあると村上は告げているのだ。

「善意だけで世界は動いていない。悪意で世界を動かす連中もいる……これが私の見てきた世界でもある」

表情こそ変わらぬが草壁は苛立っているように秋山には見えた。

踊らされたとはいえ、信念を持って戦ってきた連中を平気で切り捨てる連中は好きにはなれないのかもしれないと思う。

「北辰、悪いが行ってくれるか?」

「御意に」

「自分も行かせて下さい。

 この戦いの結末を自分も見てみたい。そして次に活かしたいと思います」

かつての親友の最期を見届けようと秋山は考える。

「上に立つという事は幾多の屍を乗り越えて行く事だ……自分なりの目で見つめてきたまえ。

 そして必ず、次に活かせるように教訓として刻み付けるのだ」

「はっ! 閣下のご配慮に感謝します」

敬礼して秋山は北辰と共に草壁の執務室から出て行く。

「辛いだろうな……最初の試練にしては重い気がするぞ」

「そうだな。私達も園田を失った時は苦しかった」

「あいつのおかげで俺達は生き残った……」

「未来を託されたが……互いに回り道ばかりして空回りか」

自身の歩いてきた半生を思い返して自嘲気味な感想を呟く草壁。

始まりは木連をよりより方法に歩ませるという純粋な願いから踏み出したが、気がつけば……後ろ暗い事ばかりしている。

託されたはずなのに危険な方向に進ませていたと思うと辛いものがある。

「まあそう言うな、春。

 最期にあいつが迎えに来る時にお互い張り倒されそうだが……あいつは笑って許す男だぞ」

「違いない。そういう気の良い男だったな」

この場にいない親友だった園田風太郎(そのだ ふうたろう)は豪放磊落で誰よりもこの国が好きだと豪語していた。

人情家で穏やかで陽だまりのような気風の良い男だった。


《重っ! 春っ! 俺が中からぶっ壊すから後は任せるぞ。

 この木連はお前達の手で……守れよ!》

《馬鹿を言うなっ! 俺達の手で守るんだ!》

《悪いが……それは任せるわ。こいつは俺があの世とやらに持って逝く。

 お前らは年取ってから……来いよ》

《よせっ!!》

《じゃあ……な》

それが園田の最期の言葉だった。最期の瞬間まで笑みを絶やさなかった。

村上はその光景を見ていない。

周囲に待機していた有人艦を緊急避難させる為に指揮する戦艦を天照に立ち塞がらせて時間を稼ぎながら艦を自沈させた。

そして退艦する際に重傷を負って意識はなかった為に後から草壁に園田の最期を聞いた。

草壁は園田と村上が稼いだ時間を使って、戦艦の相転移機関を多重暴走させて天照を完全消滅させた。

その後、草壁が強引な手法で木連の実権を取ろうとしたのを諌めようとして……道を違えた。

時間を掛けてゆっくりでも良いから国力の充実と対話を持って地球との新しい関係を模索しようした村上。

武力を持って地球と戦い勝利する事で木連を存続させようとした草壁。

力で進むか、知恵を持って進むか、二人の考え方の違いが……方向性を決定的な別れとしただけ。

時間を戻す事は出来ないが、やっと二人は互いの言い分を認めた上で方向を共にした。

「お互い……頑固者だから随分、時間を掛けてしまったな」

「全くだ。風の野郎が呆れているんじゃないか、"お前らはどうしようもねえ、馬鹿だ"ってな」

「違いない。"さっさと仲直りして、仕事しろよ"って笑っているだろうな」

草壁と村上は泣き笑いのような顔で話している。大事な親友の死を悼む気持ちは消える事はないのだ。

「重、お前は簡単に逝くなよ……これからお前の出番が増えるからな」

「どうだろうな……もう身体がガタガタだからな。

 まあ、次の世代の種を蒔いているが……そいつらが華を咲かせるまで持てば良いが」

「これは命令だ。お前まで先に逝かれると寂しいではないか。

 俺より先に逝く事は許さんぞ」

「そうは言ってもな……こればかりはな」

草壁は命令と言うが、村上は相変わらず不器用な奴だと思うと同時に嬉しく感じる。

苛酷な環境ゆえに木連の平均寿命はあまり長くはない。徐々に伸びてはいるが……長生き出来る者は少ない。

お互い木連の平均寿命の折り返しを過ぎている……どちらかが先に逝くかは分からないが、いずれその時は来るのだ。

残される痛みと苦しみは知っているから、先に逝くなと言うのだ。

「風の分まで生きて見届けるまでは死ねんな」

「ああ、あいつが好きだった木連を残さないとな」

互いにまだ死ねないと思う。

ようやく種を蒔き始めたのだ……大輪の華を咲かす瞬間を届けたいと願う。


―――コロニーサツキミドリ―――


サツキミドリに警報が鳴り響く。

「なんて事だ……ここが狙われるなんて」

警備主任は顔を蒼白にして画面に映る映像を見つめている。

ナデシコ級と思しき戦艦三隻とその後方の空母らしき艦から発進している機動兵器は明らかに火星の最新鋭機だと思う。

木連の無人機辺りなら勝てる気もなくはないが……火星宇宙軍を相手にして勝てる気はしなかった。

エステバリスを遥かに上回る戦闘力を持つエクスストライカーと呼ばれる機体を相手に戦うのは自殺行為に思える。

以前よりは戦力を増やして防衛体制を強化したが、その限度を超える戦力には歯が立たないと思っていた。

「け、警備主任……勝てるのか?」

サツキミドリの総責任者の声も震えている。ここに有るエステバリスだけでは数の上からでも敵わないと考えている。

「……防備に徹してもどこまで耐えられるか」

「ほ、本社に連絡をして「火星宇宙軍から通信です!」ひっ」

オペレーターの声に思わずビクッと身体を震わせても仕方ないと警備主任は思う。

「つ、繋いでくれ」

(し、しっかりしてくれよ。交渉次第ではお終いだからな)

『こちらは火星宇宙軍、旗艦トライデント。

 君達への要求は唯一つ、サツキミドリの放棄だ。

 既に承知していると思うが火星は地球に対して宣戦布告を行っている。

 必要と有らば、武力行使でサツキミドリを占拠する』

画面に映る人物は火星宇宙軍、艦隊司令官クロノ・ユーリだと本社から顔写真と映像を貰っている。

火星が本気で戦うとは思っていなかった地球側にすれば……青天の霹靂だったのかもしれない。

『今から二時間だけ通信封鎖を解こう……本社の意向を確認すれば良い。

 但し、連合軍に救援要請した時点で我々は行動を開始する』

それだけ通達すると通信は途絶えると同時に通信妨害が収まった。

「警備主任、ほ、本気だと思うか?」

「本気だと思います。虎の子のナデシコ級を……動かしていますから」

火星の最大戦力であるナデシコ級が動いている以上は火星の覚悟を見せつけられている。

「私としては本社に緊急連絡をして放棄の方向で動きたいですな。

 ここは民間施設で非戦闘員が殆んどです。

 正直、木連の無人機相手なら防衛する自信はありますが火星の有人機相手では少々荷が重いです」

冷静に戦力分析しても勝てる気はしない。火星が脅しを掛けるのは非戦闘員の殺傷を避けたいと考えているだけと思う。

拒否すれば……戦闘が始まる。これは火星の温情と考えて良いだろうと見ている。

「連合への救援要請はどうかね?」

「無理ですな。ここ数日、月の方に動きがあるので艦隊の一部を月方面との睨み合いに使用しています。

 今、艦隊をこちらに向けると月とのパワーバランスが一気に傾きますので……救援要請もすぐに動けるか。

 それに火星宇宙軍が連合への救助を要請した時点で動きますけど……構いませんか?」

「そ、それは困る! 守りきる自信がないんだろう?」

「給料ドロボーと言われそうですが……流石にナデ……何だあれは?」

画面に動きがあって全員の視線が集まる。

火星宇宙軍の戦艦から射出された円筒状の物が十二基が円陣を組むと内側の映像が歪み、そして火星の姿を写している。

「チュ、チューリップの実用化か?」

木連が使用するチューリップと同じように中から木連の無人戦艦と良く似た形状の戦艦が出現してくる。

「ほ、本社に連絡を……ナデシコ級に続いて大型チューリップみたいなもので送られた戦艦群が相手では勝てません!」

続々と出現する戦艦に完全に勝ち目はなくなったと警備主任は叫ぶ。

「か、会長に至急連絡しろ!」

総責任者が慌てて告げると呆然と見ていたオペレーターが急いで連絡を始めた。


「ジャンプゲート正常に稼動中です」

トライデントブリッジでオペレーターがジャンプゲートの稼動状況を報告する。

火星の開発局が製作したボソンジャンプゲートは開発局が自信満々に送り出しただけの事はあると二人は見ている。

テスト段階から見ているが……無事、本番でも成功してホッとしている。

クロノとゲイルの二人は予定通り、順調に進んでいるのを見ながら話し合っている。

「向こうは大慌てだろうな。正直、ここまでするのか」

「脅しには丁度良いと思うぞ。中途半端にするより派手な方が威圧出来るしな」

「確かにな。こっちとしては楽に制圧できるのが一番だからな」

「ダッシュ、サツキミドリの内部情報は?」

『特に問題はありません。かなり慌てているようですが』

「サツキミドリから撤退する時に余計な荷物を置かれないように気をつけてくれ」

『分かりました、爆破物の有無は厳重にチェックします』

「動力炉に置かれて……ドカンは勘弁だな」

占拠後に爆発というのは困るからより確実性を得る為にもう一つの策を実行する。

「ダッシュ、向こうが会長との通信を繋げたら割り込みを掛けるぞ」

『了解、準備を始めます』

アカツキとの直接交渉で面倒事を避けるという選択肢をクロノは決めていた。


ネルガル会長はその頃、重役達との会議の最中だった。

「か、会長」

「エリナ君、どうかしたのかい?」

会議室に滅多にない緊急連絡が入ったので全員がいぶかしむようにエリナからの報告を聞こうとしていた。

「サ、サツキミドリに火星宇宙軍が出現しました」

静まり返っていた会議室が一気にざわめく。火星宇宙軍が動く事はないと予測していたが、その予測は外された。

「落ち着きたまえ」

アカツキがうろたえる重役陣に落ち着くように告げると、少し落ち着きを取り戻してエリナの報告の続きを聞く。

「火星宇宙軍はサツキミドリの放棄を要求。

 必要と有らば、武力行使で占拠するとも言ってますが」

「戦力は?」

「そ、それがチューリップと同じような機構を持つ物を活用して大規模な艦隊を出現中との事です」

エリナは手元の機器を操作して送られてくる映像を会議室の大画面に映し出した。

アカツキも重役陣も言葉を失いかけている。

チューリップよりも大きなゲートを展開して大規模な艦隊の輸送を火星は実行し、今も確実に戦力を増やし続けている。

「…………完全なチューリップの複製だね」

「どうなさいますか?」

『商談があるが……どうする?』

画面に割り込みをかけて話す人物にアカツキは軽口を叩く。

「やあ、久しぶり。随分、派手な事をするね」

『そうだな。このくらい派手な方がインパクトは大きいだろ』

口元を歪めて笑みを浮かべるバイザーを掛けたクロノに重役陣は呆然としている。

『サツキミドリを貸してくれるなら例の賠償請求チャラにするぞ。

 連合軍に壊されなければ……最終的にはネルガルに返還するがどうだ?』

「う〜ん、ちょっと割りが合わない気もするけど」

『そうか? 後々を考えるとサツキミドリ一つと火星への商業参入じゃ丁度くらいじゃないか』

「どういう意味かな?」

『火星の公共事業に参加する意志がないなら構わんが。

 なんせ、火星は先代ネルガル会長の妄執のおかげで色々溜まっているからな』

「痛いとこ……突くね」

重役陣もアカツキもネルガルが火星にしてきた後ろめたい内容を知っているだけに困る。

『正直、火星のネルガル嫌いは公然の事実だ。

 ここらで一度くらいギャフンと言っておかないと……長引きかねないぞ』

「損して得を取れと言うのかい?」

『一応、無事に返還する気はあるぞ。

 戦艦数隻なら連合軍も動きかねないが……二千隻以上の艦隊なら容易に動けずに睨み合いで済むぞ』

画面に映る戦艦を見ながらアカツキは考え込む。

確かにサツキミドリの重要性はネルガルにとってそれ程高くない。

戦場が宇宙である以上、木連や火星の攻撃対象になる可能性もあるが火星宇宙軍が駐留するとなれば破壊の可能性はない。

大部隊が駐留するとなれば、連合軍も攻撃を控える可能性もある……結果的に無事返還されれば、損はない。

賠償金のチャラもあるし、住民感情を和らげるという話もある。

火星に企業参入はこの先を睨むとどうしても必要になるカードでもある。

「社員の安全の保障は出来るかい?」

『余計な真似をしなければ、手は出さないと約束しよう。

 幸いにも木連が連合軍と睨み合っている今なら安全に避難できるが』

「なるほどね……条件というか、お願いがあるんだけど」

『奴なら生きては帰さんぞ』

「エリナ君、資料の整理にどの程度の時間が必要かな?」

突然、質問されてエリナは内心では驚いていたが表面上は見せずに話す。

「四時間あれば……バックアップも定期的に取らせていますから一応、確認後に連絡させるという事で」

「では四時間後から順次離脱させるようにしようという事で」

『一般職の者は早めに出しても良いんじゃないか?』

「では二時間後から順次で」

『承知した地球までの安全圏までの確保はこちらでしよう』

それだけ告げると通信を切るクロノ。

「会長……よろしかったのですか?」

「向こうの温情に感謝するべきだね」

重役の一人がアカツキに尋ねると肩を竦めてアカツキは話す。

「戦力は整っていて、宣戦布告したんだよ。

 武力制圧で社員に被害が出るよりはマシだと思うけど」

アカツキの指摘に重役陣も武力制圧出来るだけの戦力を火星が持ち込んできた事を思い出して顔を青くしていた。

「最後通告代わりにこっちに損が出ないように気を遣って貰ったと思わないと。

 これは火星が進軍しないと甘い考えをしていた僕たちの甘えだね」

唸りそうな渋い顔で重役陣も予測の甘さに反省している。

宣戦布告して、何もしないと考える方が甘いと言われると反論出来ずに項垂れるしかない。

「一応、返還もすると話しているし、プロス君が交渉した賠償金もチャラになると思うと悪くないよ。

 ネルガルが痛い目を見たと火星の住民が知れば、少しは住民感情も和らぐしね。

 現時点で損はしているけど……火星の事業に参入出来るなら少しでも不利な点を解消しないと」

「……頭の痛い話ですな。気がつけば、クリムゾン、アスカ、マーベリックの後塵になってしまいました」

「まだ相転移機関のアドバンテージはあるけど、追い着かれる可能性も高い。

 火星に食い込むのは必須だからね……見ただろう、あの巨大なゲートを」

今も画面に映る巨大なゲートを見ながらアカツキは困ったような顔になりながら話す。

「ホント、やってくれるよ。デモンストレーションにしてはかなり派手だから参るよね。

 親父殿ももう少し話し合うとか、独占しようとせずにしてくれたら……困らなかったんだけどね。

 常々、思うんだけど独占主義ってリスクが大きいとは思わないかい?」

「リスクは大きいですが自信家な前会長なら失敗しないと思っていたのではないでしょうか?」

重役の一人が前会長の性格を考えて発言する。

「全くだね。親父殿は失敗するなんて思わないだろうけど……自分が事故死するなんて予想外だろうなあ。

 結果的に僕達が苦労するのは如何なものかと思うけど」

父親の性格ならそうだろうと苦笑してアカツキは肯定すると同時に現在のネルガルのドタバタ劇には肩を竦めている。

重役陣も地球上でネルガルに対抗出来る企業三社による包囲網には複雑な心境である。

「エリナ君、サツキミドリのスタッフには余計な事は一切しないでさっさと撤収するようにと通達。

 四時間以内に運び出せる資材は全部持ち帰るように指示出して、資料に関しては最優先。

 資材はお金が掛かるけどまた調達出来る。だけど研究成果はお金も時間も掛かるし、勿体ないから」

「分かりました。連合軍にはどう報告します?」

「包囲されて逃げ出しましたで良いんじゃないかな。

 非戦闘員で構成されてるコロニーなんだから大艦隊を相手にどうしろと言うんだい」

「それでは今から六時間後に報告でよろしいですね?」

「それで良いよ。火星に恩を売るという訳でもないね」

「それではサツキミドリからのスタッフの受け入れ準備を急がせます」

エリナはそう話すと会議室から出て受け入れの指示を行う。

「さて、会議を続けよう。一つ懸念材料が変化したから今後の展開も見直さないと」

火星との関係改善という問題が多少軽くなったとアカツキは言う。

重役陣もその点を考慮して火星での事業展開を視野に入れなければと考えて発言する。

損して得を取る――どちらが損をしたのかはこれから決まるが爪弾きにされかけたネルガルが暴走するという案件は消えた。


『上で勝手に決めて申し訳ないけど、撤収を急がせて』

エリナの指示に憤りはなかった。勝手な事というが自分では決められない事でもあると総責任者は思っていた。

サツキミドリの放棄をしたかったが、本社がダメといえば……宮仕えである以上、意向に従うしかないのだ。

全スタッフの命が懸かっているから本社もそんな事は言わないだろうと分かっているが……不安な事には変わらなかった。

通信が切れた後、警備主任に尋ねる。

「とりあえずベストの方向で話が付いたと思うが……どうかな?」

「私としてはこれで助かったというのが本心ですよ。

 さすがに艦隊を相手に戦えなど……死ねと言われたようなものですから」

「そうか」

弱腰とは思わないし、思える訳がない……既に千隻以上の艦が集結して包囲している。

しかもまだ……出現しているのだ。火星がこれほどの戦力を持っていたなどとは想像出来なかった。

「鹵獲した戦艦を改修していると思うが予想外だな」

「どういう手段を使ったのかは知りませんが火星に侵攻していた戦艦を根こそぎ奪ったみたいで」

「やられた木連も驚いているだろう」

目の前の映像にはお馴染みになった木連の戦艦とよく似た戦艦が一糸乱れぬ陣形で展開している。

他にも初めて見る形のナデシコ級戦艦も存在していた。

「一般職員の避難を始めてくれるか……責任者の我々は一番最後だが余計な小細工をしなければ手は出さんと言ってる」

「分かりました。今はそれを信じるしかないですな」

「私は大丈夫だと思うが。こんな面倒な方法を選択しているからな」

「私も信用してますが……これは戒めみたいなものですな。

 なんせ、来ないと勝手に思って油断してましたので」

油断していたのだ。火星が地球に逆らう事はないと本気で思っていたが……火星はブラフではなく、本当に実行した。

自分達の見通しが甘かったと痛感する二人であった。


『内部で撤収準備が始まりました』

「そうか、楽に落とせて良かった。

 本番の前に戦力の消耗は避けられたのはありがたい」

トライデントのブリッジでゲイルは安堵の息を吐きながら周囲の状況からは目を離さない。

クロノはジャンプゲートの状況をジッと見つめている。

「火星宇宙軍、全艦無事展開終了。

 これよりジャンプゲート閉鎖します」

「とりあえず橋頭堡の確保は上手く行ったようだな」

オペレーターの報告を聞きながらクロノはゲイルに話す。

「クロノ、エクスの部隊を交代で休ませようぜ。

 これからが本番だ。今から緊張させるのもなんだしな」

「そうだな。長期戦になる可能性が高いから休める時には休ませないと」

クロノはゲイルの考えを理解している。戦場での睨み合いというのは常に緊張感を伴うのだ。

張り詰めた状況に慣れている者は大丈夫だと思うが、実戦経験の浅い者はこれから慣らして行くしかない。

幸いにも艦隊を編成する際に火星で実戦経験を積んだ者をグレッグは優先して配置してくれた。

後は未熟な人員を鍛えてながら、交替させて軍の形にしていくだけだ。

木連とは講和に持ち込める状況になりつつある。

「なんとか、火星が生き残れる方向が見えてきたな」

「これを乗り切れば……とりあえずは安泰だぞ。

 無論、備えは必要だが」

「道筋は見えた。後は安全を確保して進むだけだ」

クロノとゲイルは第一段階の成功と次の段階への準備を話し合う。

「先行したファントムは地球連合軍の編制を調査している。

 月の木連が協力してくれたおかげで本隊は確認出来なかったが左翼、右翼に当たる部隊の陣容は見えた」

「両方ともナデシコ級を旗艦にしていたな、クロノ」

「ナデシコ改とカキツバタか……Yユニットは存在しない以上、相転移砲は地球側にはない。

 後はドーソンが持ち込んだ戦術核の無力化だ」

「それが最大の厄介事だな。まったく、余計な物を持ち込んでくれる」

戦術核――ディストーションフィールドでも核爆発という大規模な破壊力には無事では済まない。

「おそらく、後方に配置して遠距離から撃ち込んでくるんだろう。

 ゲイル、俺達の背中の守りは頼むぞ」

「安心しろ、お前もレオンも死なせはせん。

 特にレオンが尻に敷かれる瞬間を見るまではな」

「お前、結構根に持っていたんだな」

散々レオンに、かかぁ天下と言われたのだ。今度は自分が、からかうとゲイルは告げている。

「お前だって言われたのに……気にしてないのか?」

「……事実だからな。こればっかりは反論できん」

「…………苦労してんだな」

「火星の住民は女性の方が強いからな……恐妻家が増えるんじゃないか?」

「それについてはコメントを控えさせてもらう」

冷や汗を浮かべてゲイルはクロノ肩に手を置いて話す。

ゲイルには一人娘がいるから、娘の旦那になる人物が尻に敷かれると思うと気が気じゃないのだ。

ブリッジの女性スタッフはクスクスと笑っているが、男性スタッフは二人の会話を聞いて焦っている。

(なんだかな〜〜。俺もルリちゃんの尻に敷かれるのか……もう敷かれている気もしないが)

トライデントのメインオペレーターとして乗艦していたジュールは複雑な気持ちで聞いていた。

《なあ、ダッシュ。俺ってルリちゃんに敷かれてる?》

《はい、間違いなく》

《そうかな》

《そうですよ》

《う〜ん、そうかな》

《そうですよ》

《これってラッキー?》

《……微妙なところです》

《やっぱり……》

ガックリと肩を落としながらオペレートは滞りなくしていたが、ブルーな気持ちになっていたのは言うまでもなかった。

《ですが……ルリが幸せになってくれるのは私もオモイカネも嬉しい事です》

《そうだな》

《私としてはもう暫くは性行為は控えて頂くように申し上げます》

《……オイ、俺はそこまで信用されていないのか?》

どうも周囲から危ない人物と思われているみたいで不機嫌になる。

確かにルリちゃんは日に日に綺麗になっていると思うが自分はそんな節操なしではないと思う。

《そんな事はありませんが、若さゆえの暴走がありますから》

《……いや、そんな事はないと思うぞ》

《まあ、私としては大歓迎なんですが》

《は? 何ゆえに?》

とんでもない事を言われた気がして不思議そうに聞く。

《いえ、お二人のお子様ならいい友達になれそうですから》

《そっか、そうなるといいな。その時は仲良くしてやってくれ……まだまだ先の話だけどな》

先の話になるが確かにそういう可能性もあると思うと楽しみになる。

ルリとオモイカネのように気のおけるパートナーという関係は悪くないが一応、釘を挿しておく。

万が一、ルリちゃんを煽って暴走されると非常に困るし、ちょっと抑える自信もない(この辺りが弱気なジュールであった)

《……ちょっと残念です》

《……勘弁してくれ》

二人の会話は誰にも聞こえていない。だからジュールも本音が出る事が多いのだ。


六時間後、火星宇宙軍はサツキミドリを損害無しで占拠する。

連合宇宙軍がその一報を聞いた時は既にサツキミドリという橋頭堡を確保した後だった。

地球連合は木連に続き、火星という新しい敵を迎え撃つ事になる。

連合市民は本当に大丈夫なのかと迷い始める。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

遂に火星宇宙軍が地球にその牙を見せました。
木連の内乱の終局と同時進行気味に決戦へと向かう予定です。

それでは次回でお会いしましょう。


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