波一つない世界に波紋を起こす

波紋が起こすその先に何があるだろう

先行きは不透明だが歩いて行くしかない

自ら掲げた理想という名の頂を目指して



僕たちの独立戦争  第百十一話
著 EFF


合流した秋山と海藤は進路を市民船しんげつに向けて進軍していた。

整然とした艦隊運用で落ち着いた様子で航路の途中で攻撃を受けてもすぐに反撃できるようにしていたが攻撃はなかった。

「それは事実ですか?」

『残念だが、事実だ』

隠密で先に潜入していた北辰からの報告に海藤は、さもありなんといった様子で聞いていた。

『月臣元一朗の死亡が元老院から発表されると同時に強硬派の半数が元老院に報復したのは事実だ。

 何の事はない。月臣元一朗に責を被せようとして手痛い反撃を受けただけだ』

「因果応報……か」

『然様、我々はこの機に乗じて元老院首魁の東郷を処理する。

 半数の部隊がそちらに決戦だと息巻いて向かっておるから気を付けよ』

「弔い合戦か、死兵になりましたか」

月臣の弔いか、月臣に殉じようとしているのだろうが、海藤にすれば阿呆としか言い様がなかった。

悲劇に酔いしれているなら、その馬鹿さ加減に怒りを禁じ得ない。

こうなる可能性は最初からあったのに今頃騒いでどうするのだと怒鳴りつけたい。

「まあ、現実が見えない連中は退場してもらう!

 新田、第一級戦闘配置だ」

「了解しました」

「北辰殿も気を付けて下さい。混乱している状況では何が起きるか分かりませんから」

『承知している』

北辰は一言告げると通信を切り、自身の仕事に戻った。

「くだらない戦いになるな」

「そうですね」

海藤が煩わしそうに話すと新田も同じ結論に至り、むつきの艦橋が重苦しい雰囲気になる。

「何かに殉じるのは悪いかどうかは俺には分からんが……生きてこそ、華があるとは思わんか?」

「生きてこそですか……」

「ああ、生きていれば、諦めなければ、機会が訪れる可能性もある。

 自分からその機会を失う行為は無駄死にだ。

 少なくとも俺はそう考えるがな」

新田だけではなく、艦橋にいる乗員全てに聞かせるように話す。

格好良い生き様なんて簡単に出来るほど人生は甘くないのに、そういう生き方をしたがる連中が木連には多い。

死に急ぐなど愚かな行為だと海藤は考える。生きていれば、一花咲かせる機会は訪れる事はないとは言えないのだ。

失敗しても良いのだと海藤は思う。次に活かせれば、それで十分だと思う。

「逃げて、逃げて、恥を晒しても最後に勝てば、問題ないと思うぞ。

 戦術的撤退は戦術として認められているんだ。戦術で負けても、戦略で勝てば、結果的に勝利なんだからな」

「……そう割り切れるほど、人間出来てませんって」

「それが出来る奴が一番強いな。

 ただ戦うだけの人間は平和になれば、不要になりかねない……平和の時代ほど軍人は自身を律する者にならんとな。

 今回の強硬派や元老院みたいに暴発すれば排除される事は必然だからな」

「……心得ました」

新田を始めとする艦橋の乗員は真摯な顔で頷いている。

海藤は平和になった後の事を見据えて、自分達に注意を促しているのだ。

今回の内乱みたいに暴発してはならないように自分をきちんと律して職務を遂行せよと告げたのだ。


「艦長……」

「気にするな、三郎太。こうなるだろうと最初から知っていた」

月臣元一朗の死亡の第一報を聞いても表面上、秋山は揺らぐ事はなかった。

むしろ、周囲の乗組員の方が秋山に気を遣おうとして途惑っている。

「分かっていた事だ……老人達が使い捨ての道具のように切り捨てる連中だと、あいつも知っていて手を組んだ。

 冷たい言い方だが自業自得だと言わせてもらうぞ」

「そ、それでいいんすか!?」

三郎太が叫ぶように秋山に問う。三郎太荷すれば、秋山の言い方は冷たすぎるので受け入れ難いのだ。

「それで「黙れよ、三郎太」……」

「誰が好きでこんな言い方をしていると思っている……割り切らないとやって行けんというのがわからんのか」

低い声で苛立つように秋山が告げると三郎太も押し黙る。

「あいつが与した元老院が何をしたか……見たはずだ。

 あの光景が正しい行いだというのか?

 俺はあの光景を見た時から元老院に与した者を許す気にはなれんのだ。

 元一朗は元老院の本性を知っていたが、それを承知で荷担した。

 その責を取っただけと割り切らねば……彼らに対して顔向け出来んのだ」

戦艦かんなづきの艦橋が痛いほどの沈黙になる。

「全艦、第一級戦闘配置!

 こんなくだらない戦いはこれで終わりにする!」

旗艦むつきからの指示を忠実に秋山は自分の旗下に伝達させるように叫ぶ。

通信士が慌てて部隊に指示を送ると戦艦が動き出す。

「三郎太、お前が俺をどう思おうと俺は気にせん。

 だが、これだけは覚えておけ……自分の正義を主張するのは構わんが、絶対に押し付けるな!

 押し付けた結果が市民船さげつであり、元一朗の死だ!」

「か、艦長……」

秋山は三郎太に告げると真っ直ぐに正面の画面を見つめていた。


再編中で後方に待機していた白鳥九十九は元一朗の死を聞いて呆然としていた。

分かってはいたが現実に聞くと心に受けた衝撃は大きかった。

「大馬鹿野郎が! こうなる事は分かっていただろうに何故、馬鹿な真似をしたんだ……」

戦艦ゆめみづきの九十九の部屋で慟哭する。

もっと早く気付けば、何とかなったかもしれないと自身を責める様に後悔の念に苛まれる。

自分の読みが甘かったんだと、人の悪意を甘く見ていたとはっきりと気付いていた。

そして現実は九十九が悲しみに浸る時間さえも与えない。

『艦長、第一級戦闘配置の指示が出ました。

 強硬派の艦隊の半数がこちらに向かってきました』

「……こちらに降るという事か?」

『残念ながら違います……月臣提督に殉じると宣言しました』

拳を部屋に備え付けてある机に叩きつける。

「この期に及んでまだそんな寝ぼけた事を言ったのか!?」

苛立つように叫ぶ。そんなに戦いというのかと思うと……怒りを覚える。

「どれだけ血を流せば、気が済むんだ!!」

もう十分だろうと九十九は思う。同胞を殺し続けるなど無意味でそんなものが正義などと認める訳には断じて出来ない。

「すぐに艦橋に行く! 戦闘配置の号令を出せ!」

『了解!』

「木連に寄生する元老院と与する者を倒して、この国を建て直してやる」

涙を拭い立ち上がる……こんな悲しい思いはもう誰にもさせないと心に誓って。


……元々数の違いもあり、戦いの結末は最初から見えていた。

戦艦むつきの艦橋で海藤は冷ややかで侮蔑の視線を強硬派艦隊の……残骸に向けられていた。

再三の降伏勧告も無視した末路ではあるが、どうしようもなく苛立ちを怒り、そして……寂寥感が胸にある。

木連の正義を担う筈の艦隊であり、この国を守るという使命感に溢れていた者達だった。

「どうしようもない馬鹿だよ。こんな事をしている場合ではないのに……」

海藤が自嘲気味な声で呟くと艦橋が湿っぽい雰囲気に包まれる。

彼ら自身は自分達の正義は、熱血は間違いではないと叫ぶが、主義主張だけで戦うのは正直頂けない。

拘りすぎていると海藤は見ている。熱血、正義という言葉に囚われすぎて精神論に傾きすぎだと判断していた。

「滅びの美学などに酔いしれる阿呆が……」

「滅びの美学ですか?」

「戦場を知らない連中は死を美化するんだよ。

 海燕ジョーじゃあるまいし、現実の戦争なんて綺麗事では済まされない事だらけなんだが……其処に目を向けないんだよ」

海藤の意見に納得している新田。

「確かに格好に拘るところはありますね」

海藤の部下になる前の自分はそんな考えで軍に志願して在籍していた。

海藤の考え方に反発もした事もあったが、今では現実とアニメの区別くらいは知っているつもりだ。

矛盾というものに気付くと、木連の軍人の危なさも自ずと見えてきたので、今は海藤から学ぶ事は多いと考えている。

(あれは、もう一つの自分の姿かもしれないな)

残骸となった有人戦艦に海藤の部下に配属されなければ……おそらく強硬派に属し、死んでいただろうと思う。

運が良かったというべきか、現実の重さに向き合う事になった苦労を背負ったのが幸運なのか……判断に悩む新田だった。


戦艦かんなづきの艦橋で秋山は冷たい視線を残骸となった戦艦群に向けていた。

「くだらん。理想に殉じる……結構なことだが、遺された者に対する責任感が欠如しているぞ。

 軍人とは生きて帰り、民を守るのが本懐だと思うが」

「か、艦長……」

「そういう意味では奴らは素人の集まりだな」

「艦長!」

思わず叫んで秋山の言を止める三郎太。

聞くに堪えないというか、死者に鞭打つ言葉を信頼する上官から言って欲しくない様子だった。

「言い過ぎだったな」

「いえ、自分こそ叫んで申し訳ありません」

「三郎太はあれをどう思う?」

秋山の視線の先にあるのは大破した有人戦艦で、戦死した将兵の姿が周囲の宇宙に投げ出されていた。

死体を見る事は初めてではないが、あまり見たいという気持ちはなかった。

「これが現実の戦争だと新兵に見せてやりたいぞ。

 人の死を見れば、格好良く死にたいなどと思う馬鹿は減るだろうからな」

「艦長〜〜」

どうもうちの艦長はこの頃、辛口になっていると思う。

前以上に戦術に関しては鋭く……切れ味が良くなっているが、皮肉めいた言葉が増えていると実感する。

「三山さんや上松さんに近付きつつあるな」

「そ、それは……ちょっと困るんですが」

木連でゲキガンガーを否定する代表の二人の名前を言われて、三郎太は困っている様子だった。

あの二人が嫌いな訳ではないが……すっごく苦手な御仁達なのだ。

頭が固い訳ではなく、話の分かる人でもあるが……ゲキガンガーを否定というか、斜めに見ているから困惑するのだ。

今は昔ほど反発する気はないが、苦手意識は残っている。

そんな人物に艦長がなってしまうと……想像したくもないのだろう、頭を振って想像を振り払っているみたいだった。

「おかしな奴だな……何を想像したんだ?」

「い、いえ! なんでもありません!」

何を考えていると問う秋山に両手を振って気にしないで欲しいと三郎太は言う。

「どちらにしても最終局面に入ったという事だ。

 三郎太、気を引き締めておけよ……市民船しんげつの住民がどういう行動に出るか次第で討たねばならんからな」

市民船討伐という可能性を指摘した秋山に艦橋にいた全ての者の動きが止まる。

「う、討つ……ですか?」

「ま、無いとは思うんだが……俺達は軍人だ。

 常に備えるという気構えをしなければならない事を忘れるなよ」

「そ、そうですよね。そんな事、ある訳ないっすよね」

「元老院が市民を扇動しなければ、まあ大丈夫だろう。

 今頃は逃げ仕度に大忙しだからな」

引き攣った笑みを浮かべて話す三郎太だが、ありえる可能性である事を今更ながら気付いていた。

元老院の往生際の悪さは承知しているので、気が重くなるという状況を一気に通り越して……胃が痛くなりそうだった。

「ん? どうした?」

「いえ、その市民に銃を向けると思うと……」

「おかしな奴だな。既に何万もの火星の住民を殺しておいて、怯むとは……呆れたもんだ。

 火星の交渉官が以前話しただろう……この身は既に血塗られていると」

「そ、それは……」

「三郎太よ……もう少し覚悟って奴を持っておけ。

 戦争をするというのは誰かの命を奪うという行為なんだと理解してくれ」

項垂れる三郎太に言い過ぎたと秋山は思っていない。

自分も現実の重みを知るまでは同じようなものだったのだ。

そして、承知した上で此処で踏み止まっている……少しでも良い方向に変える為に。


戦艦ゆめみづきの艦橋で白鳥九十九は悔しさを噛み締めている。

俺達はこんな事をする為に軍人になりたかった訳ではないと思っている。

この国の未来を、そして市民を守る為に日夜訓練に励んでいたのであって……国を乱す為ではないと叫びたかった。

「何をしているんだろうな……国を救うはずが波乱を巻き起こしている。

 友人一人、止める事が出来ずにいる自分は無力だ」

「艦長……」

痛々しい様子の九十九に声が掛け難いし、自分も同じように力の無さに苛まれている乗組員。

「艦長、旗艦むつきから通信が届きました。

 "各艦の被害状況を確認の上で悠然と市民船しんげつに向かう"との事です。

 なお"市民船の状況によっては市民船を討伐する可能性もあるので、第二級戦闘配置を維持せよ"だそうです」

通信士も苦しそうな表情で送られた内容を報告する。

「…………その可能性もあるのか?」

「おそらくは……」

「分かった。配置の維持を各艦に伝達せよ」

血の気を失ったような白い顔で話す九十九……まだ彼の苦悩は続く。


市民船しんげつは騒然としていた。

月臣元一朗の自決という発表が元老院が行うと強硬派の士官達が一斉に謀殺したなと叫び、過激な士官達が動き出した。

部下を取りまとめて元老院の本拠地へと向かう部隊と元老院に所属する部隊が衝突する。

本拠地ゆえに防御側の部隊が有利だったが、勢いは攻撃側にあった為に一進一退の攻防が続いていた。

市民はその様子を怯えながら見ている。元老院が正しいと信じていた者もこの光景に自信を失っていた。

状況は徐々に攻撃側に傾きつつある……混乱していた強硬派の残りの部隊が参戦してきたのだ。

元老院は平気で自分達を切り捨てるという事が明らかになった以上は従う義務はないという過激な士官の言い分を認める。

敗北した事で月臣の影響力も低下していたが……それでも謀殺されれば、元老院に対する不満だけが残る。

自身の未熟さを認めて、建て直そうとしていた月臣を切り捨てて自分達だけが生き残ろうとする連中に怒りが向く。

そして、謀殺された月臣に対する義憤も胸にあった。


「ちっ! あの男がこんな手を打つとはな」

非常用の逃走経路を歩きながら東郷は舌打ちする。

遺言でも残していたのか、月臣の死を公表すると同時に噛み付かれた。

海藤の艦隊が来る前に事を謀らねばならないと焦っていたのも事実だが、士官全員を殺す訳にもいかなかった。

自分達側の士官だけ生き残しておく事も考えたが……不自然に思われかねない。

当然、責任追及を行われた時に子飼いの部下達が切り捨てられて、今後の活動に影響が出てしまう。

詰め腹を切らせる必要があったので生かしておこうとした事が仇になった。

「ここから逃げ延びて、直接あの男に会って詫びるしか……」

東郷が打開策を口にした時、錫杖の音が耳に入る。

「やはり、ここに現れた……覚悟はよろしいか?」

「き、貴様は!?」

周囲いる警護の者達も慌てて銃を構えるが……射殺される。

「ま、待て。私を、私を始末するというのか!

 こ、この国を導いてきた私を!!」

「滅びへと導く者など不要。

 未来はあの方が築き上げる」

恐慌状態になる東郷に北辰は平坦な声で告げるとその首を刎ね落とす。

部下の一人が東郷の遺体に近付いて指紋などの確認を取る。

「間違いありません、隊長」

「うむ、陣野殿が遺してくれた逃走経路の地図は役に立った」

「全くです。おかげで誰にも気付かれずに侵入出来ましたから」

陣野が亡くなる前に北辰に遺した資料から、おそらく東郷はこの経路を使用すると判断して網を張っていた。

生きて草壁の前に立とうとしたみたいだが……そのような戯事をさせるほど甘くはないと承知しているのに、この体たらく。

「まだ自分に価値があると思っていたんでしょうか?」

「あるわけがなかろう……大人しくしていれば、生かされていたものを」

烈風の声にはっきりと告げる。

草壁とて鬼ではないから、ただ名誉職として大人しくしている限りは切り捨てはしない。

権力を悪用しようとするから、切り捨てられたと判断出来れば良かっただけなのだ。

「撤収し、本隊が来るまでの監視を行う」

北辰の指示に全員が闇に溶け込み後に残されたのは首を切り落とされた老人とその部下の遺体だけだった。

元老院首座――東郷巌の死亡が確認されるのはまだ先の事だった。

知る者がこの地を離れた事を誰も知らず……冷たい通路で骸を晒すだけだった。


執務室で草壁は秘匿回線で北辰から報告を受ける。

『指紋での確認ですが、ほぼ間違いないと』

「そうか、ご苦労だった。後は他の者が逃げ出さないように市民船しんげつの封鎖を任せる。

 海藤大佐が封鎖すると思うが後詰として待機せよ」

『承知』

簡潔に答えた北辰との通信を切り、草壁は椅子に背を預けるようにして安堵の息を吐く。

「これで一つの山場を越えたが……先行きは不安定になった」

一人、執務室で職務をこなしていた草壁は事態が好転したとは素直には思えなかった。

市民から見た軍の信頼度は急速に低下するだろう。市民船さげつの一件は確実に木連の正義を考えさせられる事になる。

これからは正義を叫んでも納得しない連中が出る事は間違いないと予想できるのだ。

戦略をきちんと説明し、戦術に反映させる。猪突猛進の軍隊では講和した後の火種になる可能性が高い。

そして国全体の教育も見直す必要があり、悪の地球人という考えを改めさせねばならない。

市民の心の中に根付いた感情を説き解すという大きな問題を抱える事になった。

敵性国家を作る事で市民の一致団結を図るというのは今も昔も変わらないが、方針の転換による混乱も必ず生じるだろう。

今後の政府の対応は非常に舵取りが厳しくなった事は明白なのだ。

頼りになる男を陣営に引き込んだ。日を追う毎に政府の機能は着実に効率良く機能している。

その点は安心しているが……いずれ自分も引責する事になると思うと道半ばで終わる事に一抹の寂しさもある。

ダラダラと地位に縋り付いて晩節を汚す事はしたくないが、まだやれるという気持ちも残っている。

だが、元老院の最期を見た今はそんな感情を抑えるべきだと気付いた。

分不相応というか、自分の器量がどれ程のものかと考える時間が増えた。

一国の宰相には成れたが全人類の頂点に立てるほどの器なのだろうか?……自分の中にいるもう一人の自分が問い掛ける。

詮無き事と思う時もあるが、時には自分を見つめ直す事も必要かと考えてしまう。

結果は後世の人間が判断するだろう。その時に木連の市民に尊敬される人物でありたいと願う。

「まだまだ……生臭い功名心もあるものだな」

く、くく、と自嘲気味の笑みを漏らしながら、草壁は今後の展開を予測している。

今の自分の仕事は後世に木連を託す事であり、新しい時代への道を示す事だと考えていた。


―――火星コロニー連合議会―――


木連の監視システムからの報告で内乱が終息に向かう事を知り、停戦……そして講和と国交の準備を政府は始める為に動く。

政府内の意見調整は順調に進んでいるが、市民の中には反対意見もあるので慎重な対応が必要だと考えている。

「やはり早急な移民はダメでしょう。

 価値観の違いというものに隔たりがありますから」

昔、日本であった鎖国というものと似ていると日系の移住者は考えている。

完全に閉鎖された世界での価値観が崩れた時に起こる動乱は歴史が証明している。

無論、一概に言える話ではないが文化の違いはその国の住民の思想に大きく根付いているのだ。

「なんせ、女性は家を守るなんていう随分と旧い考えもあります。

 文化の交流が始まれば……相当衝撃が走るのではないかと予測します」

多少は改善しているみたいですがと付け加えるが、女性の社会進出に関しては木連は後進国だと移民管理局の担当者は話す。

「今後の課題じゃな」

移民管理局の中間報告を聞いて、コウセイを含む議員達は厄介な問題だなと考えている。

木連の内情を知るに連れて封建的な男性社会に近い状態だと見えてくる。

女性は尊ぶものという考えがあるだけマシだと思うが、男尊女卑だったら絶対に揉め事の種になるから困るといった所だ。

「上手く馴染めるかどうか……試験的にこちらで生活してもらうしか無いな」

「村上内閣府首席事務官は木連でも数少ない話の分かる御仁だ。

 こちらの懸念も織り込み済みで話が通し易い」

「問題は彼のように柔軟に考える者がまだ少ないという点じゃな。

 彼は木連では……異端者みたいな稀有な人物だという事を考慮しなければならん」

コウセイの指摘に全員が頷く。柔軟な発想が出来る人物は徐々に出て来ているが、頭角を現すのは今しばらく時間が掛かる。

敵味方と区別する傾向のある人間がまだまだ木連には多く、今後の課題が山積している。

「予定では停戦、講和、そして移民の予定ですが……やはり三年から五年位のスケジュールを組むべきでしょうな」

「生活環境に慣れてもらう為に停戦後、先発で何名かの人員を派遣してもらい……大使館の設立も考えてもらいましょう。

 条件としては男性スタッフと女性スタッフの混成メンバーが最適だと思います」

「後は家族連れも必要かもしれません。

 テストケースとして子供が火星の環境に馴染めるか、確かめないと」

「主婦や女性の目から見た火星も知りたいですね」

複数の視点という物を必要としていると女性議員は話す。

「確かに木連と違い、火星は配給制ではなく、カード方式の金融システムじゃな」

火星は紙幣や貨幣が殆んど使われない。給与振込みも買い物もカードによる電子マネーが中心になっている。

大人の殆んどがカードを使用し、子供の小遣いや地球からの旅行者が現金を使用するくらいだった。

十八歳未満の人物はカードを持つ事は法律で禁止されている。

例外はあるが、十八歳以上でも学生の場合は制限を受けるほど基準が厳しい。

また徹底した金銭感覚を身に付けるようにカリキュラムとして授業の一部に組み込まれている。

金融機関毎に個人個人の制限もきちんと決められており限度を超える買い物は出来ないように管理されている。

そういう点にも慣れてもらわなければならないと思うと頭が痛い。

生活様式の隔たりは思いのほか大きいかもしれないと思い、トラブルの原因にならなければと注意が必要だと考える。

「村上事務官と対策を練らねばならんな。

 わしらは木連の生活様式を知らん……システムで見ているだけで生活していない以上、本当の意味で理解出来ておらん。

 これも次の議題に入れるべきじゃな」

コウセイが告げると全員の考えが一致して協議の内容に加わる。

一から全て組み立て、移民を成功させる……とても難解な問題だと思う反面、遣り甲斐のある仕事だと議員達は思っていた。


コウセイ達が四苦八苦している事を知らずに子供達は今日も元気に暮らしている。

「……ピンチね」

「そうだね」

ラピスとセレスは真剣な顔で財布の中身を見つめていた。

「シャロンお姉ちゃんの結婚のお祝いでもと思ったけど……どうしよう?」

「意外と赤ちゃんの服って高いんだね」

お祝いに何か贈ろうと考えて調べてみたが……結構高かったから困った。

「節約して使っているけど……足りないね」

「うん、オヤツとかは家でしか食べないようにしてるけど……ついつい使ってしまうね」

「やっぱ付き合いもあるから」

「そうだね〜どうしても遊びに行ったりすると使うもんね」

二人してため息を吐いている。(どうやら子供は子供なりに付き合いがあるらしい)

「赤ちゃんが生まれるまでにちょっとずつ貯めて贈ろうか?」

「それが一番かな。でも、赤ちゃんって生まれるまで時間が掛かるものなんだね」

「楽しみだね♪」

「うん。弟か、妹がまた出来るもんね♪」

ルリと妹という大切な家族が出来た事は二人にとって嬉しい事件だった。

時にはケンカもするけど、仲良く笑い合える家族がいる事は幸せなのだと感じている。

「早く、お父さんとジュール兄が帰ってくるといいね」

「そうだね。やっぱりお父さんがいないと寂しい」

クロノがいない事は二人だけではなく、家族のみんなが寂しいと感じていた。

「ママがいるから我慢しなきゃならないけど……」

「会いたいよね」

「レオンのおじちゃんとジュール兄が居るから心配だよ」

「全くだね。なんか、いまいち頼りになんないから」

二人とも優秀な人材なんだが、二人にすれば……安心できない。

レオンはパイロットとしては火星でもトップスリーに入るほどの腕前だが……クロノに連敗しているのを見ている。

ジュールはオペレーターとして見れば、自分達と同程度であり……不もなく可もなくであるし、クロノの弟子でもあった。

地球での格闘訓練で負けっ放しのシーンを見ているおかげでちょっと不安があるのだ。

"そりゃ、ないだろ"と言いたくなるような評価でもあるが、ラピス達はまだお子様なので視点が自分中心だから仕方ない。

二人は他愛ないお喋りをしながら今日も元気一杯に火星で暮らしていた。


二人の話題の一人であったシャロンは行政府でアクアと一緒に仕事をしていた。

スタッフはシャロンの妊娠という事実を好意的で受け入れている。

一説には産休で仕事が減る事を期待してるらしいが、現実は彼らの願いを木端微塵に打ち砕いた。

「なに、言ってんの。在宅でも仕事できるからギリギリまで働くわよ」

このコメントを聞いた瞬間スタッフ一同、涙を流した事は……当然の帰結だった。

子供が出来た事でシャロンはますますタフになったとアクアは思う。

大切な家族を得るという事が人を強くするとシャロンを見て実感していた。

「ようやく行政府の機能も整い始めたってとこね」

シャロンは仕事が一段落したところを見計らってアクアに話しかける。

「そうですね……独立を宣言して何とか此処まで漕ぎ着けました」

順風満風ではなかった。政府を立ち上げるというのが如何に困難かと自身の目で見てきた。

法の整備、経済基盤の確立、破壊された都市の復興など様々な分野での問題があった。

「もう少し頑張れば、一つの山場を越えるから楽になるわよ」

「後は人材を育てて国家の基礎を作る」

「それが一番大変なんだけどね」

次世代の育成――自分達の後を引き継ぐ者を育てるのは難しい事を二人は知っている。

実際に祖父ロバートを困らせているので苦笑いをするしかない。

「ま、こうして笑えるだけ少し楽になったけど」

「その分、他に負担を掛けているから心苦しいです。

 特にジュールには余計な荷物を背負わせた気もしますから」

「そうだけど、一人で責任を背負わす事はさせないわ。

 これは私たち家族の問題でもあるから」

「ええ、これは私たち自身の責任でもあります。

 ちゃんと話し合い、時間を掛けてでも決着をつけないと」

クリムゾンの後継――自分達なりに考え、意見を述べて模索しなければならないと思う二人であった。











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EFFです。

木連での内乱は終息の兆しが出て来ましたが、それに伴う新しい問題も出てます。
今後、社会不安を如何に小さくするかが草壁の器量を問う事になるかも。
生活様式の違いというのも軋轢の原因になりますから、火星と木連の政府関係者の力量を問われますね。

それでは次回でお会いしましょう。

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