祭りが始まろうとしている

血の匂いのする気分の良い祭りではないが

その先にあるものは誰もが必要としている

分かっている事は一つ

それを得る為には命を奪うしかない事だ

何故なら戦争は戦い……相手を死なす事だから



僕たちの独立戦争  第百十五話
著 EFF


経緯はどうあれ、ドーソンは核使用の許可を事後承諾だが得たので……浮かれていた。

「く、くく、ようやく重い腰を上げよったわ」

連合政府の弱腰には苛立ちを感じていたので……気分が良かった。

やっと自分の意のままに戦う事が出来ると思う。

ミスマル辺りが騒ぐかもしれなかったが……許可は得た以上はそれを盾に黙らせる事も出来る。

後ろ指を指される事なく、完全な勝利をものにする事が出来ると思うと愉快だった。


同じ頃、コウイチロウとヨシサダは連合政府の暴挙とも言える核使用の許可に頭を痛めていた。

ドーソンにとって堂々と使用できるカードを与えた事になる。

あの男の事だから、不利な状況になってから使用ではなく……最初から使用する事は間違いない。

最大火力を持って敵を撃破するのは間違いではないが、木連も火星も先陣は無人戦艦で構成された艦隊だ。

人的被害はなく、二次攻撃は容赦がないと考えられるのだ。

地球側が手段を選ばないのなら……こちらも手段は選ばんぞと言われる可能性もある。

完全な泥沼になるから回避したかったが、連合政府は……泥沼を選択した。

それは良識派の二人にとって受け入れ難いものであるが、ドーソンの事だから権限を盾にして命令するだろうと予測できる。

「……勝ち目は薄いかもな」

「ヨッちゃんもそう考えるか」

状況は崖っぷちに立たされたと二人は考える。今回の艦隊戦はまず間違いなく死闘になると感じていた。

両者の猛攻から旗下の艦隊を如何に支えて被害を最少にして生き残るのが……焦点になる。

運が良ければ、相討ちで地球側の立て直しの時間が得られる。

運が悪ければ、一方的な敗北で……立て直す時間もなく、コロニー落としや核攻撃への可能性もある地獄の始まりだった。

「ウエムラのほうはその事を覚悟していると思うか?」

「覚悟していると思うが……新型艦の優秀さに勝てると考えているだろうな。

 そして先制の核攻撃でほぼ勝ちを得るとも考えているよ、コウちゃん」

手元のパネルを操作して作戦の概要を見せる。

三つの艦隊の後方に配置された核搭載艦からミサイル核攻撃が始まる。

ミサイルは艦隊の上下を放物線上に通って敵艦隊に向かい、核攻撃を開始する。

戦略核の大規模な連鎖爆発に敵艦隊のディストーションフィールドごと破壊するという力任せの攻撃だが破壊力は十分ある。

前衛艦隊を壊滅させて、第二撃を行って艦隊戦へと移行する予定だが……相手だって対抗策はある筈だ。

何処まで通用するかはまだ分からないし、敵は木連だけではない……火星もいるのだ。

火星が艦隊戦に介入してくる可能性は高いし、何よりも地球側の味方にはならない事も理解している。

「……後三日だ」

コウイチロウが呟くとヨシサダも頷いている。

三日後に艦隊を動かすとドーソンは宣言した以上は従うしかない。

賽は投げられた……後はただ全力を尽くして戦うだけだと二人は思っていた。


高木は旗艦をさくらづき(コスモス)に変更して艦隊を率いて月を発進した。

旗艦の変更には理由がある……誰も地球製の戦艦を使いたがらなかったからだ。

確かに性能は悪くないが"地球製の戦艦"などという考えが士官達の中には存在していた。

だが、せっかく得た戦力を使わないのはもったいないと思った高木は不本意だが自分が使う事にして戦力の増強を行う。

提督自ら乗り込む事で不本意ではあるが、一応の決着が付いた。

「そう不機嫌な顔をしないで下さい、提督」

副官の大作が困った顔で話す。この艦を旗艦に変更してから高木はずっと顔を顰めていた。

部下の誰かに押し付けようとしたが全員が嫌がる事は分かっていたので大作が何時の間にか旗艦に変更していた。

「ふん、俺の面はいつもこうだぞ」

「そう拗ねないで下さい……わざわざアクア殿が木連の為に持って来てくれた戦艦なんです」

「う…………」

アクアの名前を出されては高木は自分が我侭を言っている事に微妙な顔をしている。

「攻撃力は格段にある以上……使わないと損ですよ」

「分かっているさ……頭では分かっているんだが、どうもな」

気持ちの問題なのだ。上にいる自分がそんな事ではいかんというのも承知しているが、モヤモヤとしか思いがある。

高木は両手で頬を叩いて気持ちを切り替える。

「文句を言うのはここまでだ……後は戦場で鬱憤を晴らすさ」

「それでこそ我らが提督ですよ」

「言ってろ」

大作の褒める声に苦笑いする高木だった。

――月艦隊、進軍の第一報が地球側に入るのはそれから二時間後だった。

そして、地球連合政府は退けない状況に……突入した。

負ければ全てを失う決戦が始まろうとしていた。


―――火星コロニー連合政府―――


「……賽は投げられた」

エドワードは議会に集結した議員達に告げた。

木連と地球が決戦に動いたとクロノからの報告が齎される。

そして、それは火星宇宙軍も動く事に他ならない。

「出来る事なら回避したかったんですが……どうにもなりませんね」

深いため息を吐いてエドワードが話すと議員達も複雑な顔で状況を確認していた。

結局、シオン・フレスヴェール議員達が政権を押さえる事は間に合わず……開戦してしまうのだ。

この戦いに勝利する事が最初のハードルになり、講和に持ち込む為に睨み合う事態になった。

それは取りも直さず火星コロニー連合政府の予算を軍事費に回す事に他ならない。

再建中のコロニー予算は確保しているが、長引けば新規に開発するコロニーについては一時凍結する必要も出る。

実際サツキミドリの防衛兵器の予算を追加している……政府にとっては頭の痛い問題が増えたので青色吐息が出ている。

『現在の速度で進めば、明日にもL3コロニーの部隊と集結して決戦へと進軍するでしょう』

ダッシュが正面の大画面のスクリーンに木連月艦隊の動きを示す。

『月に予備として四百隻の艦隊を待機させていますので総数は約四千五百隻くらいです。

 木連が月に配備した艦隊のほぼ全てを投入しています』

議員達が唸るようにして艦隊の動きを見つめる。

『対する地球側は艦隊総数三千二百隻を三つに分割し、後方に百隻の核攻撃艦隊を配備してますね』

スクリーンに相対する二つの艦隊を映して、戦況の推移を見せる。

『あの司令官の性格から核攻撃の許可を得た以上は最初から使用するでしょう』

スクリーンに映るシミュレーションに全員が固唾を呑んでいる。

地球側は艦隊を約千隻単位の三つの艦隊に分けて進軍する。

対する木連側は第一陣に千隻の無人艦隊、第二陣に同じように千隻の無人艦隊を配置して、最後尾に有人艦を含んだ二千四百隻の艦隊を配置する陣形を採用して いる。

両軍が激突する前に地球側の核攻撃で木連側の前衛艦隊がほぼ消滅する。

第二次攻撃で残存する艦と第二陣が標的になり……とどめに艦隊が突入するシミュレーションだった。

『最大火力で削ってから左右の艦隊を進めて自分が最後にとどめを刺す……まあ、シンプルですけど損害は少ないでしょう』

両翼の艦隊には強力な矛を持つ戦艦がそれぞれ一隻ずつある。

ナデシコとカキツバタのグラビティーブラストならある程度の戦力を削り取れるし、数の上でも有利に立てる。

『もっとも木連側の対艦攻撃を舐めているなら間違いなく痛み分けか……辛勝だと予測しますが』

木連が戦場に投入してきた対艦兵装は歪曲場を透過する厄介な武装だった。

そして地球側の戦艦とて無事には済まない事を火星は知っているので、痛み分けも有り得ると考える。

「漁夫の利という訳ではないが……静観はやはりダメなんだろうな」

議員の一人が尋ねると申し訳なさそうにダッシュが答える。

『残念ですが……木連に負けてもらう訳には行きません。

 特に有人艦の損害だけは絶対に避けてもらわなければなりません。

 そうしなければ、木連は今後の戦力不足が如実に出てきます』

この意見には唸るしかない。火星単独で地球の相手をするのは兵力差が有り過ぎるのだ。

人的資源の損害は火星、木連には早急に回復出来るものではない。

幾ら優秀な無人兵器があっても何処までフォローできるかは分からない。

「幸いというべきか、木連から共同戦線を受けるとの申し出があった。

 向こうも単独で戦う危険性を理解しておる……」

コウセイの言葉にそれぞれが火星の状況を理解しているだけに複雑な顔で聞いている。

大事なのは地球を本気にさせない事、そして拳を振り上げさせないようにしなければならないのだ。

現連合政府の主流を排除して穏健派で再構成してもらわなければ……また戦争が早期に始まる可能性もある。

少なくとも三年〜五年は戦端を開く訳には行かない。

火星宇宙軍の戦力をナデシコ級で構成した独自の艦隊として備えを持つまでは……。

『こちらが介入する事で痛み分けにはなりません』

ダッシュが火星の介入による戦況の推移をスクリーンに映す。

『まず初撃の核攻撃は木連との協議の結果……撃たせます。

 まだ地球側が核を使用するかどうか分からないので、どうしても先制攻撃は受け止める必要が出ています』

おそらく使うだろうと予測はしているが絶対とは言えない以上はこちらの手札を見せる訳には行かない。

迂闊にこちらの兵器を見せる事で開発競争を加速させる訳には行かない。

地球側の開発力を舐める気はなく、出来得る限り秘匿した状態で新たな関係を築く必要がある。

『地球側に撃たす事で今後の交渉の手札として活用できますので、この点は木連側も承知しました』

敵側の失策を政治の場で有効に活用するのは当然の事だと草壁、村上も理解している。

先に非道な事をしたのは地球側と市民に認知させて怒りの矛先を自分達の指導者に向かわせるのは今後の展開を楽に出来ると考える。

『その為に第一撃までは同じ展開ですが、二撃目からは大きく変わります』

一撃目は同じ展開だが、二撃目は変更されている。

放物線上に艦隊の上下に分かれている核ミサイルが地球側の艦隊の直上と直下で爆発する。

そして後方に配置されている核攻撃艦隊も同様に爆発して消滅する。

それはNT(ニュートロン・チャージャー)改め、NS(ニュートロン・スタンピーダー)による核攻撃の阻止だった。

『NS転送による迎撃と核攻撃艦隊の壊滅により、地球側と木連側の艦隊の数はほぼ五分に変わります』

前衛艦隊を失う事で木連艦隊の総数は三千四百隻、地球側が三千百隻になる。

『ここに火星宇宙軍が左翼のカキツバタ艦隊を攻撃します』

九百隻のカキツバタ艦隊と千六百隻の火星宇宙軍の艦隊が激突する。

『要である戦艦カキツバタを封じれば、負けはしません。

 左翼カキツバタ艦隊を崩壊させて、中央の艦隊を木連艦隊と挟撃します』

突出した戦艦カキツバタを撃沈すれば後は自軍のナデシコ級のグラビティーブラストと無人戦艦と無人機で十分対応出来る。

接近する0G戦エステバリスなど防空に配置されているエクスストライカーの相手にはならない。

「今現在は何とかなりそうじゃな」

コウセイの安堵する声に議員達も同じ気持ちみたいだった。

「あとはお義父さんに期待するだけです。

 地球側の敗北で責任問題も一気に加速する筈ですから、現政権はほぼお終いでしょう。

 後は時間を掛けながら体制を整えるために我々が努力するだけです」

戦争から対話へと移行する。ある程度の緊張感を持ちつつ対峙しあう状況で人口を増やして惑星国家――火星の礎を築く。

「戦争が無くなる事はありませんが……平和な時代ってものは存在してます。

 今回の地球のように平和ボケしないように気を付けながら頑張りますか」

「そうじゃな。その為にもクロノ達には申し訳ないが……頑張ってもらおう」

前線で命を懸けている兵士達の苦労に報いる……議員達も真剣な顔でコウセイの激励に頷いていた。

「さて、ネルガルの件だが」

コウセイが話題を変えて議員達に話す。

「既にクリムゾン、アスカ、マーベリックの三社が火星に支社を出す事で話を進めている。

 クリムゾンに関してはノクターンコロニーに支社を置いているので、残りの二社も早めに用意する必要もある。

 アスカの方は再建中のユートピアコロニーに支社を創りたいと打診して来ている。

 マーベリックも現在の火星の状況を確認してから候補地を選定する方向で話をまとめた」

今現在の状況を話す事でコウセイはネルガルの参入について話す気だと全員が判断したのか、何も言わない。

「ネルガルを排斥する方向で進めようかと当初は考えたが……火星の後継者の事件を考慮する必要があるとクロノは話した」

"火星の後継者"と聞いて議員達は顔を顰めている。

自分達の家族を人体実験の道具にされるのは赦せる話ではないので真面目な顔で続きを聞いている。

「クリムゾンが火星の後継者と結託したのはネルガルの独占から始まった。

 今回はクリムゾンが行わずにネルガルがその立場になる可能性もありえるとクロノは考えている。

 なんせネルガルは色々前科があるだけに納得できる部分もあるから困っている」

「それでネルガルの支社を火星に作るという話になる訳ですな」

「先代ネルガル会長がした事だが現会長とてそう変わらない点もある。

 ある程度、こちらの目の届く範囲内で泳がせておく方が負担は軽い。

 無論、他の三社より待遇を良くする気はないがな。

 他の三社にはボソンジャンプを活用して極秘で支社の設立を進めてもらうが、ネルガルは国交の樹立後に作ってもらう」

コウセイの意見を聞いて議員達は溜飲が下がった気になる。

ネルガルが出遅れる事は間違いないと理解したのだ。

「自分達の勝手な考えで我々に迷惑を掛けたい上は、それ相応の報いがあっても良いだろう?」

コウセイの問いに反対する議員は居なかった。

こうしてネルガルの火星進出は他の三社からは大きく出遅れる事になった。


―――市民船れいげつ―――


草壁は執務室で村上と国内の今後の対応を協議していた。

「内乱に於ける軍の信頼回復は月の結果次第だろう。

 勝てば、まあそれなりに回復すると思うが、敗北すれば政府共々下降線だな」

「そういう物だろうな――今、必要なのは結果を出すことかもしれん」

分かり易い形で結果を見せる事が市民の理解を深める事に繋がる。

元老院の暴挙という形で市民船さげつの一件は公表している。

強硬派に責はないかもしれないが……見識の無さは浮き彫りになり、軍の士官達に向けられる視線は厳しいものがある。

軍に対する信頼は大きく損なわれている。

強硬派に属していた士官に対する処分は厳しいものにする事で市民からの理解を得ようとしているが……芳しくない。

今後の課題は十分に出てきたので、軍の改革も始めなければならない。

軽挙妄動で動く士官は淘汰される方向に進むと二人は予測していた。

「火星との協議で先制の核攻撃はどうしても受けなければならんらしい」

「それは当然だろう――持っているからと言って使うとは限らんからな。

 火星にすれば危険極まりない兵器を公にするのは躊躇うだろう」

村上の話に草壁は自分なりの考えを述べると村上も頷いている。

「そりゃそうだ。先に地球に撃たせる事に意味があるからな。

 火星もうちも物騒な兵器開発に歯止めは掛けたいのは当然だよ。

 地球の底力をそうそう出させるわけにはいかん」

「全くだ。こちらとしても出来る限り有利な条件で手打ちをしたいからな」

仕切り直しの必要性があると草壁は考える。

熱血クーデターのおかげで戦力の損耗も出ているので、補充が完了するまでは睨み合いの状況が望ましいのだ。

「こちらとしては月をこのまま押さえて置きたいもんだ。

 地球の頭を押さえるには月を確保する必要はあるからな」

「そういう事だな」

村上の意見に草壁が凄みのある笑顔を浮かべて話す。

「月を占領地として確保するにはやはり地球の暴発が必要だからな。

 今回の一件は渡りに船という事だ」

「前衛に配置した千隻の消失は痛いが仕方ないな」

ため息を吐いて村上は話すが戦略価値を考えると文句は言えない。

移住先の代替地として月の重要性は捨て切れないし、木連にとって月は始まりの地として聖地化しているのだ。

火星ではなく、月へ移住したいという市民の声を聞いているだけに簡単に返す事は出来ない。

地球側の失策を逆手にとって月への移住を認めさせるのもありと考える二人だった。

火星が悪い訳ではない――火星への移住を考える者もいるが、それ以上に自分達の祖先が暮らしていた場所に帰りたいと思う者がいるだけなのだ。

「重、あの三人の成長はどうなんだ?」

「ふむ。秋山、南雲は本質的に武人としての側面が濃いな。

 即断即決を常として考えて行動するので、このまま軍に籍を置く事になるだろう。

 秋山はこのまま成長すれば柔軟な対応も出来る武人になれるぞ。

 南雲は昔のお前にそっくりでちと不器用だが徐々に改善しているし、先の戦闘で思うところがあったんだろう。

 ただ戦って勝つだけじゃダメなんだと知って、自分から積極的に学び始めている」

「そうか」

「新城は意外と細心な部分があり、計画性を持って行動するから軍官僚型といったところだ。

 新城なら政府の仕事も柔軟にこなせると思うぞ」

村上から三人の成長具合を聞いた草壁は少しホッとした顔で執務を行っている。

「後は白鳥君が成長してくれると助かるな。

 彼は木連では珍しく中庸というか……偏見を持たずに人を見る事が出来る人物だ」

「そうだな。それが彼の良い所であり……悪い所でもある。

 人を信じるという美徳を持つが甘い部分がある」

「まあ、そこが彼の長所なんだが、安易に人を信じ過ぎるな」

苦笑するように村上が話す。

「人が好いんだよ。そして、その人柄に好感を持って人が彼について行く」

「なるほど……だが、それだけではダメだな。

 人の悪意やら、裏を読む事を知らないと流される事もある。

 そしてその人望について来た者を巻き込んでの流れを作る……か」

「だからこそ今のうちに外の世界を見せておく。

 自分が今いる場所を明確にさせて……何をするべきか自分なりに模索させる」

「自分の道は自分で作らせるか……人の悪意という物を知ったから少しは成長しているだろう。

 この国は私の政策の所為なのだろうが考え方が似通った物が多い。

 彼みたいな人間はこれから必要になるんだろうな」

草壁は苦笑してこの国の在り様を村上に話す。

聞いている村上もやれやれと肩を竦めている。

「分かっているなら改善していくぞ。

 十年、二十年掛けて国の根幹を整えて遺すんだからな」

「それに関しては任せる。

 私はこの戦争の責任を取らんと不味いからな」

「……ったく、いつもお前も風も面倒事は俺に押し付ける。

 三人つるんでいる時はバカやる度に頭を下げるのは俺の役目になっていたな」

「そうだな、お前が一番誤魔化すのが上手だったからな。

 なんにせよ、私と北辰は裏方に回る……表に出る事がない事を願うぞ」

二人とも真剣な表情で頷く。

草壁が再び表舞台に立つ事は戦争の始まりを意味する。

そんな事態だけは起きないようにしたいと村上は思っていた。


「一歩、出遅れましたね」

月へと進軍中の戦艦かんなづきの艦橋で高杉三郎太が残念そうに秋山源八郎に言う。

「間に合わんか……結局、高木さんに負担を掛けちまったな」

「唯一の救いは北辰殿達が先行して間に合った事くらいっす」

「そうだな」

北辰達は独立した部隊に近いので、補給を終えるとすぐに出立した。

自分達のほうは艦隊の再編が完了したばかりで訓練を兼ねた進軍になり、その速度はお世辞にも速いものとは言えなかった。

あと一週間の猶予があれば絶対に間に合って後方支援も出来た。

内乱が起きなければという内心忸怩たる思いで秋山は送られてきた通信文を聞いて苦々しく感じていた。

"地球側に動きあり、決戦始まる"と簡単な通信文に高木さんらしいと思いながら送られてくる情報に目を通す。

地球側が核を使用する事は出立前に聞いている。

さすがに地上では使わなかったが宇宙では話が違うという事なのだろうが、傲慢極まりない地球のやり方には憤りを感じる。

「ふざけた事をしてくれますよ。

 ご先祖様を苦しめた核を使うなんて……悪の地球人らしいっす」

「地球人全体が悪じゃないんだがな」

「分かってますが好きにはなれません」

苦笑する秋山に三郎太が膨れっ面で返事をする。

秋山にしても地球のやり方には反感を覚えているし、この艦隊の大半は三郎太のような感情でいる事は確実だと秋山は思う。

「火星の支援が無ければ、高木さんも苦労したんだろうな」

「その点に関しては文句は言いませんけどね。

 ですが初撃を受け止める必要性に関しては分かってはいるんですが……」

「納得できないって事か?」

「そうっす」

理性ではありがたく思うが、感情が納得できないというジレンマを三郎太は抱えている。

「自分としては最初から使って欲しいんですが」

「相手の失策を逆用するのは兵法では当たり前だぞ」

「ええ、これでコロニー落としをしても文句など言わせません。

 先に非道な振る舞いをしたのは地球側ですから」

後顧の憂いがなくなったという顔つきで三郎太は言う。

「ブラフに使うだけだからな

 泥沼の殲滅戦はこっちが不利なんだぞ」

秋山は嗜めるように三郎太に注意する。

「分かってますよ、艦長。

 もう耳にタコが出来てしまいます。

 あくまで冗談なんすから」

ジト目で睨まれて三郎太は焦るように話す。

進軍中に何度も秋山から現状を聞かされて理解しているので、藪蛇だったと気付いてしまったみたいだ。

「頼むから落ち着いて行動してくれよ。

 これから向かう先は敵地の真っ只中だ……言動一つさえ揚げ足を取られることもあるからな」

真剣な表情で告げる秋山に三郎太も顔を引き締めていた。

決戦には間に合わないが自分達は地球側の勢力圏に駐留して、今後の展開次第では危険な任務にも就かねばならない。

遺跡から生み出された新型艦の全てを投入した――木連第三艦隊。

本国の第二艦隊を除けば、その戦力の全てを投入した最後の砦に近い存在。

自分達の双肩に木連の未来が懸かっている重要な任務であると艦橋の乗員全てが真剣な表情で秋山の話を聞いていた。


北辰達はL3コロニーに到着し、状況を確認していた。

警護専門の二番組を本陣の草壁の元に、探索、隠蔽工作専門の五番、六番組を市民船しんげつの海藤の元に残している。

「こ、これが弁慶」

雷閃が見上げるように月で水鏡達が作り上げた噂の新型機を見つめる。

「ああ、対艦攻撃機であり、なりはデカイが九朗以上の馬力と牙があるぞ」

水鏡が自信を持って誇らしげに話す。側にいる開発者達も同じように誇らしげに弁慶を見つめていた。

「うむ、良くやった。閣下も喜んでおられたぞ」

「はっ! 光栄であります」

新型機の開発は木連にとって重要な事柄であり、自分の配下の水鏡が貢献した事は北辰にとっても嬉しい事だった。

「この後、久しぶりに隊長と組み手をしたいと思います」

「うむ、腕を上げたか、見せてもらうぞ」

「はっ!」

嬉しそうに言う水鏡に烈風と雷閃は恐れ知らずだなと思っている。

木連奥義、天閃を会得した北辰の相手は非常に厳しいものがあったのだ。

「では、我は三原殿と上松殿に挨拶をしてくる」

北辰は三人に告げると司令室へ歩いて行く。


その背が見えなくなってから烈風が水鏡に告げる。

「言っておくが隊長は木連奥義を会得して……更に強くなられたぞ」

「そうっすよ。半端じゃなく強くなりました」

二人が真剣な顔で話してくるので水鏡は期待に満ちた顔で嬉しそうに話す。

「そりゃ結構じゃないか。で、どんな技なんだ?」

「……天閃。それが奥義の名前だ。

 後は手合わせしてその身で知るといい」

「自信喪失しますよ。分かっているけど、避けられない……絶対の一撃ですから」

烈風も雷閃も手合わせして、その一撃の洗礼を味わった。

そこに来ると分かっていても自分から飛び込むように攻撃を喰らう……回避不能の一撃。

まるで自分が蜘蛛の糸に絡め取られた蝶のように思えるのだ。

水鏡は二人から言われた内容に背筋が粟立つ感覚を感じて高揚していた。

師である北辰が更なる高みに到達した……それは自分が目指す頂を見る事が出来るのだ。

「結構な話じゃないか……目指す頂が見えるんだぞ」

「ま、言いたい事は分かるが」

「その頂はかなり高いって事を実感しますよ」

この二人がため息を吐きながら話すが、水鏡は既にこの後の組み手に意識が向いていたから聞いていなかった。

この後、水鏡は北辰から天閃の洗礼を受けて、その高みを知って愕然とする感情と自分が目指す頂を知った事に対する高揚の二つの感情に悩む事になった。


―――ヨコスカシティー造船施設―――


「ドック、発進ブロック開きます!」

「相転移エンジン出力正常に上昇中」

「航法プログラムオールグリーン」

「火器管制システム問題ないわよ」

オペレーターからの報告を聞いてムネタケが頷くと、

「それでは機動戦艦シャクヤク、発進!」

「了解、艦長♪」

ユリカの掛け声がブリッジに響いて、シャクヤクがヨコスカシティーネルガルドックから浮上していく。

「目標はとりあえずL2コロニーという事でお願いします、提督、艦長」

プロスが建前としての進路を指示する。

「そうね、ギリギリで合わさないと不味いわね」

ムネタケがしょうがないといった顔でプロスの指示を承認する。

無理を言って発進させた経緯があるのでネルガルの意向を汲み入れる。

ネルガルとしても虎の子の戦艦を初陣で失う訳には行かない事をムネタケは知っているのだ。

「予定通りのコースを通って右翼のナデシコ艦隊の後方に回れば良いかしら?」

「その線でお願いします」

プロスとしても火星宇宙軍の進行方向に重なるような真似は絶対にしたくない。

本社から送られてきた映像を見る限り、火星はナデシコ級の戦艦三隻を投入している。

ナデシコよりハイスペックなシャクヤクと言えど実戦を経験し、そのフィードバックから生まれた次世代艦らしきものを相手にするには些か不利だと理解してい るのだ。

更に空母らしき艦に搭載されている艦載機にも注意が必要だった。

火星で見たブレードストライカーの後継機エクスストライカーは相転移エンジン搭載機だ。

無限の航続距離と地球にはない――ボソンジャンプ対応機の性能は自分の目で確認している。

一機、二機くらいならシャクヤクにいるパイロットなら十分戦えると思うが、編隊を組んで攻撃されるとなると話が変わる。

厳しい状況での戦闘だとプロスは理解し、安全策を更に慎重に進めたいと考えていた。



その頃、L5コロニーサツキミドリでも火星宇宙軍が艦隊の発進準備を行っていた。

「この戦いが一つの区切りになってくれると楽なんだがな」

「俺達が勝てば、その状況に持ち込めるさ」

スタッフが軽口を言いながら作業をする状況をゲイルは見つめている。

軽口を叩いてはいるが皆、不安なのだろう。ぎこちない笑みを浮かべて話している。

「プラス、全艦に訓辞を行う。回線を開けてくれ」

『了解、提督』

ゲイルの指示にプラスは艦隊全てに回線を開いて準備を整える。

「作業はそのまま進めながら聞いて欲しい」

真剣な表情で艦隊とサツキミドリのスタッフ全員にゲイルは語り始める。


『皆、不安は消える事はないと思う。

 実は私も不安な気持ちはある。だが、それを隠す必要はない』

作業中のスタッフが思わず手を止める。実戦経験豊富なゲイルさえ緊張していると思うと不安は募るのだ。

『これから戦争をする。不安な気持ちがない方が異常なのだ。

 怖いという感情を認める事は難しいと思うが、我々はそれを受け入れて目の前の危機に立ち向かわなければならない。

 それは自分達が生き残るという目的と帰る場所を守る事に繋がる』

脳裡に家族や故郷の火星の姿が浮かんでは消えて行く。

『我々の後ろには守るべき大切なものがある。

 勝つ為の算段は整えている。私やクロノを信じて、力を貸して欲しい。

 個人個人の力は小さくても一つに集めた時は計り知れない力になる』

本作戦の説明は何度も聞いている。

艦隊司令のクロノやゲイルが何度も練り直しては修正して、被害を最少に抑えるように考えているのだ。

彼らを信じられない訳がない……信じているから命を預けているのだ。

『人の歴史に恒久平和というものはないが、それでも平和な時代は存在している。

 矛盾した言い方だが、その平和な時代を作るために我々は戦う。

 争いは不本意な事だが、それでも他の誰かに任せる為に我々は此処まで来た訳ではない』

独立する気はなかった火星を危険だと勝手に判断して始末しようとした地球。

そんな地球だけに任せていたら碌でも無い事になるから戦う事を決意して軍に入ったのだ。

『私には火星に大事な妻と娘がいる。

 娘は望んだ訳ではないがA級ジャンパーとして生まれてきた。

 テンカワファイルを読んだ者なら承知しているだろう……火星に生きる者は不本意な運命を与えられた』

ジャンパーの悲劇は知っている。命懸けで未来から帰還した人物が最期の瞬間まで同胞の身を案じていたと書いてある。

自分達の運命はその人物の命を懸けた行為によって変わった事も知っている。

『我々、火星の未来は火星人である俺達が作る!

 全員が今持っている力を全て使い……明日を築く!

 自分にできる事をするだけだ。各々のベストを尽くそう……以上だ』

不安な気持ちはあるが、此処にいる理由は思い出した。

家族や同胞が安心して生きていける場所を作るために戦うと決意した原点をはっきりと思い出した。

不安な気持ちはまだあるが、それ以上に大きな感情が湧き上がる。

――自分達の未来は自分達で切り拓き、家族を守るという純粋な願い。

それこそが火星宇宙軍が存在意義なのだ。


「全艦発進!」

数時間後、ゲイルの号令によって火星宇宙軍がL5コロニーサツキミドリから進軍を開始する。

旗艦ランサーを中心に戦艦サジタリアス、タウラス、レオ、空母チャリオット、ジェミニ、ビスケスが発進して行く。

そして無人戦艦がその後に続いて行く……サツキミドリに残ったスタッフ全員が見守る中で。



役者は揃い、舞台の幕が開こうとしている。

静寂に満ちていた宇宙に、各々が生き残りを懸けた戦いが始まろうとしていた。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

開戦前夜といった感じでそれぞれが動き始めました。
地球VS木連、火星といった構図で戦端が開かれますので期待していただけると嬉しいです。

それでは次回を期待して下さい。

押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

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