未来に希望を持つ

希望を持つ事が人を動かす原動力の一つ

女性の強さは子を産み、育てる事で子供の未来に希望を持つかもしれない

痛みに耐えて産むから命を尊く思う

それが女性の強さなら、男性の強さはなんだろう



僕たちの独立戦争  第百二十三話
著 EFF


ルリはスケジュール通りユートピアコロニーでの仕事を終えて帰宅した。

「ただいま帰りました」

「おっかえり〜〜ルリお姉ちゃん♪」

帰るなりルリに抱きついてくるサファイアを優しく抱き留める。

自分の帰る場所があるという事を実感して口元を綻ばせる。

「はい、サフィーも元気そうで何より」

「うん♪」

自分が居ない一週間の事を話す妹に耳を傾けながらリビングに向かう。

「お帰り、ルリ」

「お帰りなさいませ」

「ただいま帰りました」

シャロンが出迎え、マリーがルリの荷物を受け取り、ラピス達が笑顔でルリの帰宅を喜ぶ。

「ユートピアコロニーはどうだった?」

「基礎工事が終わり、これから本格的に再建が始まります。

 皆さん、やる気十分で気合が入っていました」

シャロンの問いにカグヤ達の仕事振りを思いだして楽しそうに話す。

「何かを作るって、とっても楽しそうです」

犠牲者の事を思うと不謹慎かもしれないが、再建に励む姿を見ると力を貸したくなるとルリは思う。

「新しい友達も出来たんです」

嬉しそうに話すルリにシャロンも笑みを浮かべて聞き役に回るが、アクア同様に朴念仁に悩んでいると聞いて複雑な表情になっている。

「……ルリといい、カグヤといい、苦労するわね。

 ジュールが帰ってきたら……お説教ね」

「お願いします♪」

憐れ……ジュールの命運は風前の灯だった。

火星の女性はタフで強いというイメージはこうして日々築き上げる事になっていた。

シャロンの影響を受けてクロノ家の少女達が日々鍛え上げられるのも自然の成り行きである。

主に苦労するのはクロノ家の男性ではあるが。

ちなみにクロノ家の良心回路でもあるマリーは何も言わない。

大切なのはルリ達の幸せであって、その伴侶が少々?苦労してもルリ達が幸せならと諦観しているから。

人間、諦めが肝心であると半ば諦めている訳ではないと多分?思うが……真相はマリーの胸の内である。

保護者達が一癖も二癖もあるのでタフな大人になる事だけは間違いないと確信している様子だった。

「明日は日曜日ですからゆっくり疲れを癒してください」

「そうします」

マリーの意見に素直に従おうとルリは思う。

一週間といえ、家族を得てから一人で別の場所で生活したのは始めての事だった。

家に帰ってから気付いたが、自分が思っている以上に疲れていると感じてしまった。

気疲れ……そんな事を思いながら、社会に出るという意味を何となく理解する。

一端、疲れを自覚すると身体が休もうとして、眠気を誘う。

(まだまだ子供なんですね、私は)

虚ろになりかけた瞳に映る目の前に居る家族を見ながらルリは思う……こうして家族と共に居る事で守られている。

そして、この光景を失いたくないと願う。

強くなりたい……大切なものを守り抜ける強さが欲しいと切に願う。

姉であるアクアが自分を救ってくれたように、今度は自分が皆と協力して守るのだと……。

「シャロン姉さん……」

「ん、なに?」

「……私は強くなれますか?」

「なれるわ。女はね、子供を産む時に命を懸けるのよ。

 ルリもいつかお母さんになるんだからまだまだ強くなる。

 だから焦る事なく、一歩ずつ強くなりなさい」

優しく髪を撫でる姉の手の温かさを感じながら、疲れた身体を休ませるように目を閉じて眠る。

シャロンとマリーは優しく笑みを浮かべながら、この優しき少女の前途に幸多かれと願っていた。


「……寝ちゃったね」

サフィーがルリの顔を覗き込むように見ながらマリーに話す。

「お疲れになったんでしょう……グエン、悪いけど部屋まで連れて行ってくれますか?」

マリーの指示に控えていたグエンが頷く。

「承知しましたが……さすがに一人で行くのはどうも」

グエンはルリが年相応の少女になっているので男の自分一人が抱き上げて連れて行くのは躊躇いを感じている。

「そうですね。着替えもしなければなりませんので私が同行しますよ」

マリーが告げると同時にグエンはルリを抱き上げてルリの部屋へと歩き出す。

「私も手伝うよ」

サフィーが楽しそうに話してグエンに付き添い、マリーも少し遅れて部屋へと向かった。

「初めてのお遣いじゃないわね……でも初出張で気疲れするようじゃ、まだまだお子様かな」

「あ〜〜そんなこと言ったらルリ姉、怒るよ」

ルリがリビングから居なくなった後でシャロンが楽しそうにルリの初出張を評価するとラピスが反応する。

「そうだよ。ルリお姉ちゃんって、子供扱いすると怒るんだよ」

「そういう点がまだまだ子供なのよ。

 大人はかる〜く流すからね」

クスクスと口元を綻ばせてシャロンは二人に話す。

「そうやって、頭に血が昇って冷静さを失わせるのが一番危ないのよ」

「隙だらけになるってこと?」

「そうよ」

セレスが不思議そうに尋ね、ラピスが良い事を聞いたと言わんばかりに悪戯っ子特有の笑みを浮かべる。

「フフン♪ じゃあ、そこを突けば……ルリ姉に勝てるってことよね」

「諸刃の剣だけどね」

「何、それ?」

「諸刃の剣っていうのはね、自分にも攻撃が跳ね返ってくる意味よ。

 ルリって、怒っていても半ばルーチン化して反撃しそうだし、バーサーカーみたいに怒涛の攻撃をする可能性もあるわ」

シャロンの予想を聞いて、ラピスは蒼白な顔で諸刃の剣の意味を理解する。

「……ルリお姉ちゃん、怒ったら怖いもんね」

しみじみと呟くセレスの声が広いリビングの隅々まで届く。

聞いていた他の子供達もラピスと同じような反応をしてガタガタと身体を震わせていた。

その様子を見てシャロンは思う。

(マリー化の方向で成長してるのかしら?……まあ苦労するのはジュールだからいいか)

ふと窓の外に目を向けると平和な日常が流れている様子を見て楽しく感じる。

シャロンはこのまま平和な時間が流れて行くと良いなと願うと同時に大人である自分が成さねばならない事を自覚する。

自分達大人がこのかけがえのない平和な時をを守らなければと……。



火星コロニー連合政府は木連との停戦・国交の樹立に向けての調整を行っていた。

大筋で両国は合意し、微妙な調整に入っている。

火星の住民も戦争に至る経緯を知っているので、木連よりも地球に対する嫌悪感の方がどちらかというと強かった。

自分達は何も知らされていなかったが、地球に対して正式な手順を踏んで開戦に及んだ事は間違いない。

殲滅戦というのは大問題だが、事前に危険を察知したクリムゾンの通達のおかげでギリギリの処で対応できた。

ネルガル系列のコロニーは全滅したが、クリムゾン系列のコロニーで生産された機動兵器のおかげで防衛戦も出来た。

最大の被害を被ったユートピアコロニーの生き残りは複雑な感情を抱えていた。

それも地球と木連のどちらに向ければ良いかという途惑い。

他のコロニーの住民は当初は攻めて来た木連に向けられていたが、政府から真相を聞かされてからユートピアコロニーの住民と同じ感情になる者が続出した。

殺したのは木連の無人機だが、そう仕向けたのは地球連合政府。

地球に対して宣戦布告し、一応の手順を踏んだ。

それに対して地球は最前線になる火星に何も言わずに放棄する方向で切り捨てた。

元凶は地球だが、実行犯は木連というジレンマを火星の住民は抱える事になった。

しかし、木連の国家元首とも言える人物は火星に対して謝罪し、火星主導の戦争裁判に立つと宣言する。

それがどれ程不利になるか承知しているのに自身の責任を果たそうとする姿勢を見ては住民も悪し様に木連を罵れない。

為政者として立派だと賞賛こそしないが、木連に対して考えを改める必要もあると考える。

一応の報復も行った事も公表しているので溜飲を下げた点もあるが。

対照である地球連合政府の謝罪もなく、未だに無責任な対応だけに地球への苛立ちだけは増える状況でもあった。

その所為か、今回の木連との共同作戦で地球連合宇宙軍に大打撃を与えた事は火星市民にとって更に木連の印象が好意的に変わるきっかけとしてコロニー連合政 府は密かに期待していた。

「市民の反応はどうですか?」

エドワードが自身の執務室でダッシュに聞いている。

『木連に対する市民感情は徐々にですが好転しています』

「……対する地球連合の評価は?」

『下落していますが……大多数の市民は今更という感じですね。

 最安値を維持したままというのがピッタリの表現です』

好意的な見方をするだけの材料がないのが今の状況だとエドワードは理解している。

だが、今の状況が好ましくない事は事実なのだ。

戦争継続は火星にも木連にも好ましくない事なのは判っている。

市民には戦争を継続できるだけの余裕がない事を説明はしているので一応の理解を示してくれている。

しかし、理性では理解していても、感情を前面に出す事があるのが人間である。

あまり負の感情を表に出すのは正直良くない。

悪循環の元になりそうな状況は出来るだけ改善したいというのがエドワードの偽らざる心境だった。

今回の勝利でガス抜きが出来たと思う反面、過信されるのが非常に怖かった。

「青色吐息というのが本音だな。

 勝ってはいるが、このまま続けば負ける……かと言って弱腰な姿を市民に見せる訳には行かない」

『大量破壊、そして殺戮行為に繋がる作戦をする訳にも行きませんからね』

勝てる手段はあるが、人道的な考えからその手段を選択する訳にも行かない。

おそらく大規模な死者が出る事は間違いない。

憎しみや恨みというものが際限なく連鎖するという事をエドワードは知っている。

そして、その先に未来が無い事も分かっているのだ。

政治家エドワード・ヒューズの苦悩はまだ続きそうだった。

「お義父さん……早く政権を奪取して下さいね」

一刻も早い義理の父の台頭を期待しながら、彼は今日も政務に励んでいた。

手元の書類の表紙には"木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家共同連合体"との国交正常化案と明記してある。

"反地球"の部分は木連との交渉で取り除いてもらった。

流石に地球連合政府を刺激するような名前では面倒が起きるのは明白だと告げて……。

木連も最初は難色を示していたが、地球との交渉時に難癖を付けられる点を指摘されて一考したらしい。

勝者の余裕、そして寛容さも必要でしょうと告げると一応の理解を得られた。

最初から喧嘩腰になりかねない事態だけは回避できそうだと交渉官の村上はこっそりと言っていたが。

「早く地球との和解案も回ってくると良いんですが……」

『今度の選挙の結果次第ですね』

地球の選挙戦の行方は火星、木連にとって重要な問題である。

停戦か、戦争継続の行方がはっきりと決まり、両国の軍事行動にも大きく関係する。

予備のない状況で地球が動く可能性は少ないが、次に出てくる戦艦はクリムゾン製になる点は否定できない。

ロバートの裏工作も限界に来ている。

偽装工作で再建中だったドックもそろそろ稼動させなければ逆に怪しまれる。

今までは其処で建造された戦艦は火星宇宙軍が買い取っていたが、それにも限度がある。

アスカ・インダストリーにマーベリックも戦艦を建造できるだけのノウハウを手に入れている。

尤もクリムゾンが建造できる戦艦の多様性では群を抜いているが。

ネルガルも開発力ではそう劣っていないが、クリムゾンは未来技術の粋を集めたユーチャリスTを基に設計した戦艦。

一から試行錯誤する者と一応の完成品から造り上げるのではどちらが有利なのかは明白だった。

数の暴力という言葉があるように地球側がなり振り構わずに建造を開始すれば、火星も木連も無事では済まない。

大量生産では地球側が大いに有利なのだ。

その為に早期に停戦、講和が望ましいが上手く行くとは限らない。

介入したいが、それではダメなのだ。

連合市民一人一人が現状を理解して、自覚しないとそう遠からず戦端が開く可能性が高い。

この戦争が自分達が選んだ無責任な政治家の驕りから始まった事、恣意的で欲望の結果がこの有様だと。

次に開戦する時は嫌な決断をしなければならない。

そんな事態だけは回避したいと切に願うエドワードだった。


―――ネルガル会長室―――


アカツキは複雑な表情でプロスから齎された艦隊戦の報告書を読んでいた。

はっきり言って自社製品のエステバリスの価値が下がったと感じている。

ブレードストライカーの性能を理解した時点で現行のエステの限界を感じていたが、エクスストライカーという火星の主力機との差に途轍もない開きがある点は 頭が痛かった。

開発中のエステバリス2(仮)を以ってしても何処まで性能差を埋められるか……分からない。

「やはり停戦が一番だね……」

平和が一番という甘い考えではない。開発する為の時間を稼ぐ必要があるだけ。

「火星に進出しても嫌われているしね〜」

爪弾きという事態は回避できたが、住民感情を考えるとネルガルに好意的ではないと判断している。

十年くらいのスパンを持って信用回復が必要だろうとアカツキは考えている。

「当面の売り込み先は地球連合宇宙軍だけだろうな」

火星も木連もネルガルの製品が必要だとは思えない。

木連はエステのコピー品から独自の製品を開発し始めている。

特に"赤い死神"と称される機体は専用機だと思うが……綺麗にまとめられている。

ワンオフの機体だが、其処から得られる情報を基に派生する事は間違いない。

防御重視の機体から攻撃重視の機体という別系統の機体の雛形というのは機体開発に拍車を掛けそうだった。

ブレードストライカーのコピー品も頭痛の種だった。

変形機構を排して防御力を強化は今の木連の主流だが、対艦攻撃力の強化は非常に困る。

ナデシコ撃沈の一因は間違いなくあの機体が担っていた。

現行のナデシコ級の防御力の強化は必須になる事は確実だが……開発スタッフに些か不安がある。

ナデシコのプロットを作り上げたのは火星在住の元社員イネス・フレサンジュ博士と火星在住の元スタッフ。

その彼らは火星人として火星で暮らしているので、彼らの協力を仰ぐ事は出来ない。

今いる開発スタッフだけでは心許無いし、エステバリス2の開発もある。

戦艦の建造に関してネルガルは後進である。

したがって試行錯誤を続けて一から開発する必要があった。

対抗企業としてマーベリックの相転移機関研究が今のアカツキにとって最大の焦点だった。

戦艦造りのノウハウはマーベリックが群を抜いている。

アスカインダストリーはどちらかというと民生品主体だから迎合しない。

クリムゾンは若干リードされているが取り戻せる可能性もあると思う。

だが、マーベリックだけは開発力は兎も角、応用に関しては一日の長を持たれている。

シェアを奪うチャンスだと思っていたが、ユキカゼ、ナデシコ、カキツバタの撃沈で非常に不味い。

隔絶した性能がある事は理解されているが……「やはり専門のマーベリックの戦艦の方が」と思われかねない。

戦争継続で儲けるのは悪くないかもしれないが、今の状況は不味いかな〜と判断する。

勝てない製品を作り続けるネルガルというイメージを持たれるとお先真っ暗だからだ。

戦争継続を訴える政治家達の選挙戦を支援するのは避けるべきだと思うし、重役達も今回の敗戦で当面は停戦の方向で行くべきと言う。

……頭の硬い重役達を排して良かったとつくづく思うアカツキ。

勝たれると困るけど一応の義理もあるので多少は援助しているが内心では負けて欲しいと願っている。

とりあえず儲けた分は開発費に回して開発力を底上げする方向を選択した。

これからは軍需より民需が中心になりそうな予感もあるので、基礎開発力と応用力は必要だ。

一歩抜け出た心算が、気が付くと最後尾にいる……昔話のウサギとカメのようだと考えると苦笑し、ため息が出る。

自身の考えの甘さを痛感したのが現在のアカツキの心境だった。


アカツキが経営者としての苦悩を味わっているのと同様にエリナも見通しの甘さを痛感していた。

「……で、エステバリス2(仮)の設計だけど……上手く行きそうかしら?」

エリナの問いに本社開発スタッフは微妙な顔で返答する。

「正直……芳しくないです」

「……そう、そうよね」

エステは紛れもなく名機だとエリナは考えている。

重力波ビームを受信する事で小型軽量を限界まで突き詰め、フレーム交換による多様性がウリだ。

IFSを用いる事で操縦性も格段に向上させて、訓練時間の短縮も可能だ。

戦争が始まった当初は大幅のシェアを獲得できると誰もが想像していた……クリムゾンのストライカーシリーズが出なければ。

エステバリスより一回り大きい機体だが、対抗機としては厄介な存在だった。

内部動力を持つ事でエステにはない独立性があり、単独での戦闘行動が可能。

変形機構を組み込む事でエステには及ばないが汎用性もある。

武装もエステより上というのも困った話だ。

現行のコンセプトから外れた対艦フレームだけが対抗できるという点も不満の種だった。

操縦系統もIFSが主流だったが、徐々にEOSのバージョンアップが進み……その差が詰まり始めている。

完全に詰まる事は無いとエリナは思うが、IFSを快く思わない連中にとっては十分だ。

今回の艦隊戦でエステは火星の最新鋭機であるエクスストライカーに歯が立たなかった事はネルガルにとって不利な話だ。

戦闘記録を見せてもらったから、スタッフの気持ちも理解出来る。

特に十二機の対艦攻撃型の機体はエリナの想像を上回っていた。

フィールドランサーの発展系のミサイルはネルガルでも開発を始めているが、まだ大型のものしか出来ていないし……それも完全に透過するほどの性能もない。

未来技術を完全に物にし、発展させているのだろうと思う。

イネス・フレサンジュ博士が火星に付いた以上はこうなる事は予想できた。

あの才媛を逃した事はネルガルの失策だとエリナは判断する。

多岐に渡る研究を行い、結果を出している優秀な科学者を自分達の判断の甘さで火星に持って行かれた。

真相を知られたら間違いなく敵に回る可能性はあったのに安易に考えていた。

会戦が始まる前に理由を適当に付けて地球に来させれば良かったのだと後悔している。

火星の戦艦の基礎となった船は間違いなく未来の彼女が設計したはずなのだ。

おそらく彼女は自分の未来を超える為に研究に拍車を掛けているとエリナは確信していた。

自分に負けるなど絶対に認めない人物……それがイネス・フレサンジュという女性なのだ。

「やっぱり現行の大きさではなく……大型化も必要かしら?」

「一回り大きくするなら内部動力も搭載は楽になりますが……再設計は必須です」

「……そうね」

スタッフの意見は正しいと思うし、新型機を作るとなると予算を獲得する為に重役会を通す必要もある。

エステが型遅れになりかねない状況だから、開発費を惜しむような真似をする頭の硬い人物は今の重役陣には居ない。

ただ再設計というか、一から設計し直すとなると一年は軽く掛かる。

「今の状況で開発チームを二つに出来る?」

「エステ2と新型ですか?……厳しいですね。

 戦艦の設計もありますから」

エリナの質問に渋い顔をする開発スタッフ。

抱える仕事が増えているので、どの開発部署も人員が不足気味なのだ。

相転移エンジンの小型化、グラビティーブラストの強化に前述のミサイル開発にエステシリーズの開発にシャクヤクで得られた資料を基に戦艦の設計もある。

「火星のスタッフが居れば、戦艦の方は任せられたんですが……」

オモイカネシリーズ、ナデシコの開発は火星のスタッフが中心だった事を指摘されるとエリナは文句が言えない。

「ただ……」

「何かしら?」

「シャクヤクの整備班班長のウリバタケ氏が……相転移エンジン搭載の機体を開発中ですよ」

「ほ、本当なの!?」

詰め寄りながら問うエリナの姿に腰を引きながら説明する。

「え、ええ……幾つか問題はありますが」

「どんな問題よ?」

「グラビティーブラストをチャージすると……放熱系に難点があって自爆するんです。

 グラビティーブラストを外せば、その点はまあ解決しますけど……」

目を逸らして説明するスタッフにエリナは更に問う。

「他にも問題があるのね?」

「……その通りです」

舌打ちするエリナだが、一縷の望みを込めて聞く。

「改修出来る?」

「……微妙なところです。

 ウリバタケ氏の趣味というか……独自の機構が随所にあるので」

「彼に作らせるのは?」

「マッド系なので趣味に走ると推測しますから不安です」

「お目付け役が必要なのね?」

「まあ、そんな処です」

不安そうに話すスタッフにエリナもメリット、デメリットを考えて唸る。

(今ある機体の設計図を取り寄せて試作、もしくは機体を持って来させて分析……月面フレームよりマシなら再設計ね。

 開発期間を短縮できる可能性はあるけど……失敗するリスクもあるか。

 会長は停戦の方向で考えているから時間の猶予は多少は出来るし……試す価値はあるかしら?

 シャクヤクとこっちで同時進行しながら開発を進めるなら……)

「設計図から作るのと持って来させてパーツを外すのと、どっちが楽?」

「……持って来させて外すのが楽ですよ」

複雑な表情でエリナの質問に答える。

「そう……じゃあ持って来させるから分析して新型の雛形の一つにして」

「……分かりました」

多少はマシな状況になるかもしれないとエリナは賭けに出る。

この賭けが吉と出るか、凶と出るかは不明だが……。


―――L5コロニー サツキミドリ―――


コロニー内の調整は順調に進んでいるとジュールは思う。

与えられた仕事をきちんとこなしていると考えているし、一応の計画表を提出して認可されているので大丈夫だと考える。

火星は年功序列ではなく、能力主義だとはっきりと実感していた。

忙しい日々が続いているが、悪くないと思う自分がいる。

毎日が充実し、楽しいのだと自覚すると仕事にも熱が入る。

ただ"お爺様みたいに仕事が恋人になるのはダメよ"とか、"クロノみたいに朴念仁にならないでね"とか言われるのは……嫌だった。

……もしかして、俺ってそんなに信用がないのだろうか?

忙しい時間を遣り繰りしてクリムゾンの歴史を調べて見ていた。

爺さんが地球圏で一目を置かれる存在というのは調べれば調べるほど理解できた。

確かにクリムゾンの全社員から畏怖されるだけの事はあるし、それだけ危ない橋を何度も渡ってきたとも想像できる。

曽祖父と共にオセアニアの一企業から地球圏の五指に入る多国籍企業に押し上げた力量は凄いと思う。

それに比べて、父親らしいリチャード・クリムゾンの体たらくは蔑みを覚える。

権力の悪用というのはこういう事なんだと理解した。

欲に溺れ、クリムゾンの持つ力を悪用している寄生虫というのが俺が持ったイメージだった。

爺さんも排斥したかったが……後継者問題ゆえに排斥できなかったみたいだ。

姉さん達が苦労する訳だ。あんな父親を側で見ていたら……人間不信に陥ると思う。

シャロン姉さんは父親というものに期待せずに自分の力でクリムゾンにその足場を固めた女傑だ……その顔に虚栄という名の偽りの仮面を付けて。

対するアクア姉さんは狂った令嬢という名の仮面を付けてクリムゾンから隔絶され、その胸に虚無を抱えて狂う事で全てから逃げようとしていた。

どちらの未来もその先には破滅しかないような状況だったが、クロノ兄さんがきっかけを作り……変えた。

前史では俺は生き残っていない……シン達も無事ではなかった。

ダッシュに頼み込んで前史を見せて貰ったが……吐きたくなるような流れだとつくづく思う。

火星人は権力者達の都合によって、その命を未来を弄ばされた。

兄さんの抱える闇を完全に理解できる訳ではないが、一部は理解出来る。

奪われ、踏み躙られるという体験は身を持って知っているし、復讐という気持ちは俺の中にもある。

例え、その先に何もなくても……いや、何もなくても構わないのだ。

後の事など知った事ではない。ただこの身にある負の感情を叩きつけて、踏み躙り……奪いたいだけだ。

兄さんは最後まで進み、終焉を迎えようとしていたが、何の因果か……生き残ったらしい。

自身の最期を自覚していたのに……生き残るというものは俺には理解しがたい。

空虚――それが一番似合うのかもしれない。

そのまま朽ち果てる筈が生きるチャンスを与えられても、俺なら困惑すると思う。

『マスターは基本的に単純なので上手く生きる理由を与える事が出来ました♪』とダッシュが内緒で俺に言ったが本当にそうだろうか?

案外、アクア姉さんの泣き落としに負けたような気がするのは俺の勘違いだろうか……。

未来のルリちゃんの姿を見せて貰ったが、複雑な気持ちになった。

何となく、ルリちゃんの独占欲の根源を垣間見た気がする。

兄さんだけがルリちゃんの心の懐に入っただけなのだと思うと悲しくなると同時に腹が立つ。

「周囲の大人はいったい何をしていたんだ!」と言いたくなる。

兄さんが取った行動にも文句を言いたいが、狙われている状態で会うのは不味い事も分かるだけに複雑だ。

最後に泣いているルリちゃんの映像を見ると……嫉妬と守りたいという感情に苛まれる。

今のルリちゃんではないが、泣かせた兄さんに嫉妬したくなるし、自分の手でその笑顔を守ってやりたいと思う。

ああ、ロリと言われるのは不本意だが、ジュール・ホルスト・クリムゾンはルリ・エレンティア・ルージュメイアンに惚れているのだと言わざるを得ない。

あの笑顔を他の野郎に渡したくないと思ってしまったのだ。

そして未来のラピスの映像を見て激怒した。

最初見た時は頭の中が真っ白になり、そしてどす黒い感情に埋め尽くされた。

アクア姉さんが自分の手を血に染めてまで助けたのは間違いじゃないと断言する。

マシンチャイルド――機械仕掛けの子供というのが、どれ程惨い事だというのがはっきりと自覚した。

倫理観のない科学者というものがどれ程唾棄すべき存在なのか知った。

兄さんと姉さんが地球の研究施設を根こそぎ破壊したが、俺も参加したかった。

あれは赦せないし、自分の手で完全に葬りたいという気持ちを隠せないし、隠す気もない。

ダッシュが絶対にラピスには言うなと告げたのは間違っていないし、二人が俺に見せないようにしていたのも理解できた。

クールな人間だと自分では思っていたが、結構過激なものを持っているとダッシュに言われて気付いた。

特定の部分に対して激し易いらしい。

仲間や家族を大事に思い、傷付けられると暴発しかねないとの事だ。

尤も安易に人を信じず、壁を作るので友人は少なく……対象者も限られているが。

『ルリに何かあったら、絶対に暴走するだろうね』と呆れられていたが……自分の気持ちに正直になった今の俺には否定できない。

今のラピス達を見ると守ってやらねばという兄バカを自覚せざるを得ない。

あの子達は幸せにならなければならないと常々話す姉さん達の言い分も分かる。

守る為には力が要るのは当然だし、力が無ければ何も守れない事を俺は知っている。

そして、簡単に力を得る方法が俺にはある。

クリムゾン直系の男子でリチャード・クリムゾンの長男という側面が俺にはあった。

潰したいと願っていたクリムゾンの力を欲するというジレンマを抱えるが、必要ならくだらないプライドも捨てるしかない。

プライドに拘って、大切なものを失いたくはないのだから。

元々軍に入ったのも力を欲したからだ。

力が手に入るなら、軍に拘る必要もない。

停戦から和平になれば、退役もし易くなるので除隊の条件も楽になる。

退役するまでに経営についてダッシュに教わり、ミハイルさんに教えを請う。

惚れた女と家族の為に頑張り、泥を被るのは男の義務と義理の兄になるレオンさんは言っていた。

ならば俺もその言葉に忠実に生きようと思う。

クリムゾンの人間は我が侭で強欲だと姉さん達が苦笑して話していた。

本当に欲しいものがあるのなら、なりふり構わずに取りに行かないと何も得られないと言う。

「じゃあ、いっちょクリムゾンらしく生きてみますか♪」

クソ親父みたいにはならないが、それなりに強欲に生きようと開き直る。

とりあえず将来性豊かで側にいて欲しい彼女に告白する。

ジュール・ホルスト・クリムゾン――後にクリムゾンに大いなる繁栄を齎す青年の最初の一歩だった。











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EFFです。

政治家エドワードの心情とネルガルの状況をメインにしたつもりですが……まあ、気にしないで下さい。
……ええ、気にしたら負けですとも。

それでは次回でお会いしましょう。



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