新たな命が誕生しました

存在を主張するように元気に産声を上げて

その小さな手に何を掴み取るのか

それはまだ分からない

今はただ家族から生誕の祝福を受けるだけ

……幸多かりしと



僕たちの独立戦争  第百三十話
著 EFF


「えっと……リストラですか?」

「ちゃんと説明を聞いてましたか、艦長?」

L2コロニーで待機中のシャクヤクのブリッジで艦長のミスマル・ユリカの一言にプロスは頭を抱えていた。

「ですから、この艦は連合宇宙軍に移譲というか、売る事になりまして、皆さんの勤務先について説明するところです」

「そうですか」

「そうですから、最後まで話を聞いてから質問して下さい……いいですな?」

「は〜い」

プロスとユリカの掛け合いにブリッジクルーはいつもの事だなと思いつつ、耳を傾けている。

クルーは連日のニュースで停戦に向けた協議が始まっている事を知っている。

一応の資料を取り終えたシャクヤクを連合宇宙軍に払い下げる可能性がある点はクルーも予想の一つとして考えていた。

「皆さんの勤務評価に基いて、こちらで配属先を決めさせてもらいますが、不本意な場合も無きにしも非ずです。

 その際の交渉と依願退職したい方のお話もありますので退職の場合は退職金の相談も行います。

 一応軍事機密にも係わっておりますので、口止め料として多少ではありますが弾みますので、はい」

「最新鋭の軍艦に乗っているもんね」

ミナトの呟きに、他のクルーはそうだったなと言った顔で頷いていた。

「ええ、軍事機密との兼ね合いもあります。

 出来るなら皆さんには不本意かもしれませんが、もうしばらくは我が社に勤めて欲しいんです。

 こちらとしても監視を付ける必要はないと思うんですが、なにぶん軍事機密に係わってもらいましたから」

付け足すようにプロスが説明するとクルーもやや不満な顔をしていたが概ね納得していた。



一通りの説明を行って、ブリッジからプロスが出て行った後、

「一応、和平に向けての交渉も始まったし、そろそろ降りるべきなのかな?」

ミナトが誰に言うわけでもなく、ぼんやりとした雰囲気で呟いている。

その声を聞いたクルーは、自分達が中心になって終戦に向けて動けなかった事にちょっと不満気な気持ちを感じる一方で、

「平和かぁ……リョーコは軍に入るの?」

次の未来に眼を向けている。

「そうなんのか。テストパイロットも悪くないけど……親父も軍のパイロットだからな」

「お、俺は火星に行くぞ!」

「はいはい。ガイ君の再就職先は判っているから」

元気にサムズアップして、笑みを浮かべるガイにクルー全員が呆れ気味に見つめている。

「国交が樹立するまでは移民も無いし、それまではネルガルでテストパイロットでしょ?」

「応よ」

「木連もゲキガンガー好きみたいだし、競争率高そうね」

イズミの一言にガイはビクリと身体を震わせてから、大声で叫ぼうとしていた。

先に木連が火星との和睦を完了させている事はニュースで知っている。

この分では地球より先に木連が火星への移民を始めるのは明白なのだったので、ガイも焦りを感じていたのだ。

「くっ! ま、負けんぞ!! さっさと国交を樹立させろ―――「やかましい――!!」っぶべっ!!」

耳を押さえながらリョーコのケリがガイの顔面にヒットして黙らせている。

他のクルーも同じように耳を押さえて顔を顰めていた。



そんなクルーの様子を最上段の艦長席からユリカは見つめていた。

「ユリカはどうするの?」

長い付き合いからユリカが悩んでいると感じたジュンが声を掛ける。

「どうしようかな。ジュン君、軍に行くべきかな?」

「う〜ん。ユリカが軍に行くのは正直勧めたくないな。

 ミスマルのおじさんの事もあるしね」

「お父様……か。自業自得なんだけど……誰かが責任を取らないといけないのも確かなんだよね」

ミスマル・コウイチロウの降格処分は既に決定していた。

一応の敗戦の責任を取る形になっているが、体のいいスケープゴートと殆んど変わらない。

上級士官の内、左翼、中央の二個艦隊のスタッフは全員戦死している以上……貧乏籤を引かされたようなものだった。

不本意だけど、これも正しいあり方なのよね、とムネタケが言うように誰かが責任を取る事は間違いではないとジュンは思うしかない。

ただ公正明大なコウイチロウだと尊敬していたが、十年ほど前のテロ事件の真相隠蔽にはちょっと納得できない。

綺麗事だけではないと理解しているが、流石に友人の死の真相まで隠すのはどうかと思うのだ。

窓際とまでは行かなくても、コウイチロウが閑職に近い部署に回される可能性は十分にある。

破天荒なユリカが軍に入っても、コウイチロウの影響力が薄れつつある今の軍では厳しいものがありそうなのだ。

それに、もしユリカが問題を起こした場合、当然コウイチロウに対する風当たりは今よりも強くなる可能性も否定出来ない。

コウイチロウの実績ならば、いずれは中枢に戻れる可能性もあるが……ユリカが足を引っ張るかもしれない。

才能はあるが、言動には何かと問題があるユリカが軍で上手くやっていけるか、付き合いの長さから一抹の不安を感じるジュンだ。

軍に戻るつもりだったジュンだが、ユリカと同じ部署に配属される可能性は非常に少ない。

コウイチロウの影響力があれば、親馬鹿のコウイチロウが手を回す可能性もあるが……今は無理だ。

能力は確かなものがあるけど、ジュンみたいにユリカを信じてフォローできる人材がいなければ、ユリカは多分ダメだと思う。

ユリカの考えに付いて行ける人物などそうは居ないし、調整役不在では能力を十全に活用できない。

(ユリカが僕に尋ねてきたのも、多分理解しているからだろうな)

士官学校時代からジュン以外の誰かがユリカのフォロー役に回って上手く行った例がない。

幼馴染のジュンだからこそ、ユリカの意図を理解してフォローしてきたのだ。

ごくありきたりな戦術でも十分に通用すると思うが、それではユリカの長所をスポイルする事になる。

奇抜な発想と大胆な戦術がユリカらしさなのだ。

自分らしく生きると常日頃から言っているユリカに自分を偽るのは絶対に無理だ。

(今なら士官学校卒業生として、それなりの待遇から始められるけど……ままならないな)

コウイチロウが再び本流に乗ってからでは遅いし、何年かの時間を空けてから一から出直しでは待遇だって良くない。

ユリカの今後の進路は非常に難しいものだとジュンは感じていた。



シャクヤク食堂――前ナデシコ食堂――はテンカワ・アキトがクルーとして乗艦していた時は出前もやっていた。

しかし、アキト不在の状態では人員不足で出前はお断りしていた。

男手の不足はプロスも何とかしたいと考えていたが、軍艦ゆえに腰が引ける者が多かったのだ。

クルーも好き好んで軍艦に乗り込んでくるコックはそうはいないだろうと思っていたので出前サービスの消失は已む無しと考えていた。

「で、貴女はどうするの?」

「私か……さて、どうしたものかな?」

セリア・クリフォードの質問にグロリア・セレスティーが食後のコーヒーを飲みながら思案している。

「このまま本社に戻るというのも一つの選択しだが……監視付きになるから遠慮したいな」

「マーベリックの会長の知り合いだからね」

「向こうも色々問題を抱えている。さて、お願いされたら断れないし……力になりたいという気持もある」

「……命の恩人って事でしょうか?」

二人の会話に割り込むようにプロスが声を掛ける。

「そうなるな。まあ、恩を仇で返すのは私の流儀じゃない」

「では、依願退職の方向で行きますか?」

「……何を考えている?」

グロリアがプロスに真意を問う。

「コストの問題ですよ。あなたの監視に人員を配置するのはお金が掛かるんです。

 私個人としましては、こちらにスカウトしたいのですが……来てくれますか?」

「断る」

にべもなく返事をするグロリアに、さもありなんと言った顔でプロスが頷いている。

「北米から極東に引っ越したのは鬱陶しい連中から離れる事だ。

 だが、そいつらも本流から外れて、処罰対象になった……帰るには丁度いいさ」

「そうでしょうな」

目隠しみたいな形でネルガルの一般職に入り込んでいたグロリアは安全の確保が出来た以上、極東に……ネルガルにいる理由はない。

「本職に戻られますか?」

「それもありだな。先のドーソンの暴挙の後始末も大変そうだし、人手が多い方があの人の負担も少ない。

 南米か、裏から火星に行くのもありだし……やれやれ、硝煙の匂いが恋しくなったかな」

「…………物騒な話はしないでよ」

一般人のセリアにとっては、グロリアとプロスの会話にはついていけない部分が山ほどある。

仕事で軍艦に乗り込んでいるが、銃を扱えるかと問われれば……無理としか言えないのだ。

一度だけグロリアの射撃訓練を見させてもらって、自分でも試してみたが全然的には当たらなかった。

反動の軽い銃なんだが、とグロリアが苦笑しながら話していたが、セレスは自分には絶対に向いていないと理解したのだ。

「そうですな。失礼しました」

「ふむ……確かにこのような場所でするべき話じゃないな」

和気藹々と言った様子で食事をしているスタッフを見ながらプロスとグロリアが反省しているような口調で話す。

「とりあえず依願退職の方向でお願いする。

 向こうは私を必要としていないかもしれんが恩に報いる事をまだしていないからな」

「……分かりました。スカウトしたかったんですが仕方ありませんな」

「まあ業務内容を考える限り、ネルガルがちょっかいを掛けない以上……敵にはならんさ」

「確かに」

ネルガルもマーベリックも色々な問題を抱え込んでいるので、企業間の敵対行為は避けたいのが現状だった。

プロス個人の考えでは彼女に二重スパイをさせようものなら……絶対に逆らうと予想している。

義理堅い人物というのがプロスが見た彼女の本質なのだ。

変に拗れる関係にするより、円満な関係のまま別れた方が不都合は少ないし……一つのパイプをマーベリックに作れる。

クリムゾン、アスカとは何かとトラブルの種を植え付けてしまった以上、増やすのは得策ではない。

(――厄介なものですな)

平和になれば、水面下での企業間の情報戦は熾烈を極める可能性が高い。

敵を増やすより、如何に味方、もしくは敵にならない存在を多く作るかが今後の成功を占う鍵になるのだ。

仮想敵二社とは別に第三勢力を増やそうと画策しているプロスであり、プロスの意図を理解しているグロリアだった。


―――地球連合議会の思惑―――


和平への足掛かりを作り、各メディアも停戦協議を正確に市民に向けて報道している。

犠牲になった市民もいるので、色々思うところがある者が大勢いるが……それでも進むしかないと思う事で今を生きている。

勝者、敗者という形では地球側が敗者になる。

専門家なら、時間を稼げば地球側に天秤が傾くかもしれないと考えるが、専門家ではない市民には判らない。

そういう訳で、負けたんだから多少は譲歩しないという気持ちの方が市民の中にはある。

月及びL3コロニーを木連が今後も管理するという内容の和解案も概ね市民は受け入れていた。

ただ退役軍人や強行論者、前政権の関係者あたりは受け入れ難いものとして抗議活動をしているが……市民の賛同は得られなかった。

元月の住民達を煽って世論を動かそうとしている者もいたが、今までしてきた事を公表されているので受け入れられてはいなかった。

政府も元月住民への配慮を怠る事がなかったので大きな反発に発展しなかった事も一因ではあるが。


L5コロニーに関しては火星との協議を再開しなければならないが、こちらも同じように複雑な事情がある。

まず第一次火星会戦での火星放棄の問題がある。

前政権と前連合軍総司令官の裏取引、撤退後の火星支援の放棄もある。

連合議会が火星の住民に死ねと言った背景もあり、交渉は容易ではない事が考えられた。

これらの責任の行方から始まって、火星の独立についての話し合いの場所が作られる。

まず前政権時での責任問題だが、既に連合検事局が関係者の法的処分を正式に行っている。

火星の住民の安全を放棄する事を前提に始めた点は国家反逆罪に相当するのではないかと公式の場でコメントしている。

本来、連合議会の立場では火星の住民の安全を保障する義務があった。

木連との交渉が決裂した時点で開戦は免れない事は最初から判っていたのに火星の防衛力の強化を怠るのは許されない。

しかも、木連の事を隠蔽したままで火星に警告も出していない点も不適切と判断されている。

火星が独自の戦力を急遽集める事が出来なければ、間違いなく火星の住民は生き残る事が出来なかったと軍事専門家も分析している。

このような点からも前政権は火星の独立阻止を目的とした大量虐殺を計画していたと連合検事局は判断し、関係者を次々と逮捕して実態の解明に奔走している。

実行したのは木連だが、開戦へと誘導したのは地球側と一連の報道から連合市民は判断している。

こうした背景があるので連合市民も火星が連合議会を信用しないという事を理解するが故に独立も致し方なしと考えていた。

現在、火星と木連は連合一ブロックとして連合議会に参入するべきか、という論争が始まっている。

火星、木連にすれば、何故今更地球に擦り寄る必要性があるのかと問う。

連合自体が信用できないし、連合への供託金を支払う必要性が感じられない。

特に火星は火星駐留艦隊の維持費を賄っていたのに、連合宇宙軍はその義務を放棄した。

その為に"今更金を出せ"と言われても住民も納得しないと判断していた。

惑星国家として独自の政治体系を形成しつつある火星、既に惑星国家として動いている木連。

どちらも内政干渉される可能性のあるブロック化は受け入れる気がなかったのだ。

連合とすれば、首に縄を着けて押さえたいが、上手く行かないというのが現状だった。

両者とも妥協点を探しながらの交渉は連日行われていた。


シオン・フレスヴェール連合大統領自身は火星の独立には反対してはいない。

「自給自足の体制を築いた時点で反発してくるのは判っていた」

「企業とかは安い労働力の確保は必要ですからね」

「いつまでもそんな甘い汁を吸えるわけがなかろう」

企業側にしてみれば、月を失った時点で鉱物資源の確保はどうしても急務になっている。

地球での採掘は行っているが、如何せん……採掘し尽くした観がある。

二十一世紀から百年ほどの時間を掛けて循環系の消費形態に変更したが、それとて万全ではない。

リサイクルを行ってはいるが、足りない物はどうしても出てくるので補充は必要だった。

安価で大量に仕入れたいのはどの企業でも当たり前の話で、百年前の月の独立事件もそうした意味合いもあった。

月を今後統治する木連から買い求めるという選択肢もあるが、今よりも価格が上昇するのは間違いない。

それなら火星からという意見も企業間では出ている。

火星であれば、規格もすぐに合わせる事が可能だし、現地の企業から安く買い叩くという事も可能かもしれない。

しかし、独立されるとそんな利点もあっさりと覆させられるのは事実だ。

独立の流れを止める事が出来ないのであれば、連合に所属する一国家扱いで政治で絡め取る。

そんな考えに辿り着くのは自然の流れかもしれないが、相手も同じ考えに辿り着くのは当然の話だった。

「侵略戦争するわけにも行かんのに……強引に物事を進められると思っておるのか?」

「何を考えているのか……頭の痛い話です」

「どちらにせよ、独立の流れは抑え切れん。ツケを払う時が来ただけだ」

妥協点を探り合っているが、大勢は決している。

状況を読める者は、独自の政治体制を持つ三惑星国家の誕生と予想している。

内に様々な火種を抱え込んでいる地球は、まず火種を完全に鎮火させるのが最優先事項なのだが、

「目先の問題にばかり目が行っているな」

「平和ボケでしょうね……戦争にはなりましたが、ビッグバリアのおかげで危機感が薄いままでしたので」

対岸の火事のように他人事みたいに思っている市民も多い現実に悩む連合議会だった。

……今しばらくは交渉が難航しそうな感じだ。


―――アクエリアコロニー―――


木連との和平交渉に随行し、そのまま火星への後方勤務に戻ったレオンはグレッグと共に軍の再編を模索していた。

軍事力の強化は一長一短があり、軍事費の増強は出来る限り避けたいのが関係者の本音だった。

備えはどうしても必要だが、拡大を始めている火星の内政に予算を投じる方が後々に大きな意味を持つ。

レオン本人は不本意だが、マーズ・フォース時代の予算との戦いを知っている者はレオンの才幹に期待していたのだ。

出来る限り無駄を省いて、組織を運営する。そんなスキルを持つ者は限られている。

「俺はパイロットで居たいんだがな」というレオンの意思は、本人の意思とは真逆の方向に向かっていた。

レオン自身、何時までも我が侭を言える立場ではないと自覚していたが。



「落ち着いて下さい」

扉の前をウロウロしているレオンにマリーが言う。

「いや、そう言われても……」

挙動不審――今のレオンは普段のレオンを知る者が見れば、その一言しか言えない。

いよいよシャロンが出産予定日が近付いて入院した矢先に陣痛が始まったと聞いて慌てて駆けつけてから……落ち着きがない。

「お名前は決めたのですか?」

「…………幾つか考えてる。どれにするかは二人で決めるさ」

「もうまもなくアクア様が子供達を連れて来ますので、落ち着かないお姿を見せると威厳がなくなりますよ」

「……みっともねえ姿を見せるわけにはいかねえな」

大の大人が右往左往する姿を子供の前でするのは恥ずかしいと思うレオンは気を落ち着かせるために大きく息を吸って深呼吸している。

「腹を据えて待ちなさい、お父さん」

「……分かった」

不安な気持ちを押し隠してレオンは備え付けのベンチに腰を落とす。

「あんたは不安じゃねえのか?」

「不安ですが、一番大変なのは誰ですか?」

「……そうだな」

殆んど身動ぎもせずにジッとマリーは目の前のドアを見据えて座っている。

「……強いんだな」

「女は命を懸けて子供を産むんです。

 腹を据わらせた女は……相当強いですよ」

「実感してるさ」

しみじみと女の逞しさを感じて、レオンも同じようにドアを見つめていた。

そんな二人に向かって軽い足音が幾つも聞こえてくる。

「う、生まれた?」

一番最初に駆け込んできたカーネリアンが慌てた様子でマリーに聞いてくる。

他の子供達も心配と生まれてくる赤ちゃん会いたさに落ち着かない様子でドアを見つめている。

「いえ、もうしばらく掛かりますよ」

マリーが落ち着いた様子で告げると、

「ええ〜〜」

「もう生まれていたと思っていたのに〜」

「慌てて来たのにまだか?」

「レオンのおじちゃんの子供だからお寝坊さんなのかな?」

「ありえる話だね」

「お寝坊さんだと碌な大人にならないわよ」

「不良にならないと良いわね」

上からサフィー、ガーネ、モルガ、オニキス、ヘリオ、ラピスにセレスの順に話す。

「後半にさり気なく嫌味を聞いた気がするのは俺だけか?」

年長組の穿った意見に青筋を浮かべて聞いていたレオンだった。

「お父さんの教えをちゃんと守れば大丈夫」

「絶対に不安になると思うけど……」

「ええ、その通りです」

クオーツの声にサラが青い顔で話し、その隣でルリが肯定しながら何度も頷いている。

「言って置くが……俺の息子はスケコマシにはしないぞ、お嬢」

「失礼ですよ、不良中年」

「お、俺はまだ中年じゃねえぞ」

「三十過ぎればよく似たものでしょう」

完全に緊張が解れたレオンがアクアに向かって宣言すると、当然の如くアクアが反撃していた。

「で、中の様子は?」

「初産ですから少々時間が――」

アクアがマリーに聞き始めた時にドアの向こうから産声が聞こえてきた。

「よし!」

「「「「「「「生まれた!」」」」」」」

レオンが立ち上がり、子供達がハイタッチで新しい命の誕生を祝う。

生まれたばかりの赤ん坊は自身の存在を世界に示すように大きな声で泣き続けていた。



無事に出産を終えて病室に戻ったシャロンをレオンが迎える。

「よぉ、お疲れさん」

汗だくになっていた疲れていたシャロンの元にレオンが労う。

「……疲れたわ。お母さんもこんなに苦労して私を生んだのね」

シャロン自身が出産の経験をした事で、母親がどれ程の思いを持って自分を生んだのかを理解する。

「全部理解したわけじゃないけど、私は望まれて生まれきたのね」

シャロンの腕の中で眠る新生児がどうしようもなく愛しく感じられて……涙が零れ落ちる。

「まだまだこれから苦労するんだ。今から泣いていたんじゃ大変だぞ」

不器用な仕草でシャロンの頭を撫でながらレオンは話す。

「その先にもっともっとおふくろさんを理解できるのさ」

「うん、うん」

まだ始まったばかりと話すレオンにシャロンは嬉し泣きの顔で微笑んでいる。

「いい親父になるから支え合おうな」

「……ええ、この子には家族の大切さを見せてあげるの」

「大丈夫さ。お前はいい女だからな……いいお母さんになれるに決まってる」

「そうだといいわ」

「俺が惚れた女がいい女じゃないと?」

「……ありがと」

自信満々に話すレオンの言い様にシャロンは恥ずかしげに顔を俯かせて答えていた。



少し離れた場所では子供達が話し合っている。

「……サル?」

「モルガ、言い過ぎよ」

「生まれたばかりは、しわくちゃだって聞いたわよ」

モルガの感想にラピス、セレスがフォローするように話すと、

「ちっちゃい手だね」

「そうだね〜」

ヘリオとオニキスも生まれたばかりの赤ちゃんの小ささに感想を述べている。

「生まれたばかりの赤ちゃんは泣く事でしか、伝える事が出来ないの」

「そうなの?」

「ええ、まだ弱くて誰かが守ってあげないとね」

「私が守ってあげるよ」

「私も!」

アクアが注意を促すようにサファイア達に赤ん坊のか弱さを話すと、カーネリアン、ガーネットがすぐに返事をしている。


別の場所では、サラとクオーツが仲良く話している。

「可愛かったな〜」

「うん。元気な男の子だった」

二人の仲も多少は進展しているのか、それとも周囲が気を配っているのか……邪魔をする者はいなかった。


側でシャロンの妊娠から出産まで見てきたルリにマリーが感想を尋ねる。

「どうです? いつかお母さんになるという夢というものは?」

「……よく分かりませんが…………嫌じゃないです」

「ゆっくりと大切な人と歩んで行く先の話ですから、焦らずに距離を縮めて行けばいいです」

「……そうですね」

新しい命の誕生を見ていたルリにマリーが年長者の意見を持って諭している。

「お母さんになるって大変なんですね」

「ええ、とても大変です。それでも愛する人の子供を欲しいと願うのです」

「……そうかもしれません」

シャロンがどれ程生まれる瞬間を待ち望んでいたかを見ていただけに、ルリはシャロンの思いの深さを感じている。

「あの子は幸せになれますね?」

「なりますとも。皆がそれを望んでいますから」

「……失言でした」

自身の迂闊な発言にルリは反省している。

この場に居る誰もがとても大切に思い、幸せになって欲しいと願っているだ。

ルリはその思いがいい加減なものではないと知っている。

「絶対に幸せになりますね」

「ええ」

ルリとマリーの見つめる先にはレオン、シャロンの笑顔があり、皆が誕生を祝っている。

獅子と呼ばれる勇敢な男と一部のスタッフから魔女と恐れられている女性の血を受け継ぐ男子の誕生だった。



『これで落ち着いてくれるとありがたんですが?』

モニターに映るグレッグが苦笑しながらエドワードに話している。

「全くですね」

無事に男子が誕生したとの報告をオモイカネから聞いてエドワード、グレッグの二人も祝っていた。

グレッグがエドワードに地球との交渉の行方を聞いていた時にシャロンが無事に男子を出産したと聞いたのだ。

『地球との交渉は如何ですか?』

「軟着陸の方向で進みそうですが、もうしばらくは掛かります」

『落としどころが難しいのですか?』

「まあ、そんなところです」

本来の話に戻った二人は真剣な表情で話し合っている。

「来年には木連からのお客様を迎えます。

 その翌年には第一陣の移住者も迎える為の準備も終わらせたいものです」

和睦の条件である草壁の身柄の確保は来年の予定として木連との協議の末に決定した。

戦争犯罪人扱いの囚人ではなく、監視付きの状態での拘束に留める形で決着が着いたのだ。

「木連のカリスマ的存在の草壁を確保する事で火星の後継者の乱を阻止する」

『監視網が整備された火星なら余程の事がない限り、事前に阻止できますな』

「ええ、本人にその意志がなくとも周囲がまつり上げる可能性もあります」

『そんな輩を誘き寄せる餌になってもらいましょう』

「嫌なやり方ですが仕方ありませんね」

『そうですな』

人質みたいな策は正直好きではないが手段を選べるほどの選択肢は多くない。

草壁の暗殺も検討したが、そんな手段をして過激派が地下に潜ってしまうと諜報機関の不十分な火星では手間が掛かる。

余裕がない状況ではオモイカネシリーズを使っての監視体制が一番ベターなのだ。

「地球での戦争裁判では木連に責任の全てを押し付けようとする連中もいますね」

『木連が悪いと言いかねませんな』

「そんな事をすれば、余計な不和の種を蒔く事に他なりません。

 地球主導の和平は絶対に避けたいです」

この点だけは絶対に譲れない。

地球側の敗北という形で戦争を終わらせて、地球連合の責任の所在を明白にしなければならない。

有耶無耶にされては同じ事を繰り返す可能性があるのだ。

「公式の記録として後世に残しておかないと」

『こんな暴挙、何度も繰り返されては堪りませんな』

「ええ、キチッと独立を果たして、出来る限り内政干渉させないようにしておきますよ」

対等の関係での交流でなければ、以前のように不当な扱いを受けかねない。

『最悪はもう一度軍を動かす事になりそうですな』

「……出来れば、それだけは回避したいものです」

グレッグが不本意ながら軍事行動の可能性を示唆すると、エドワードの顔を顰めながら頷いている。

二人とも軍事行動は避けたいのが本音だが、絶対に譲れぬラインがある以上致し方ないと判断していた。

「地球側も世論を無視して、強硬に進めるわけにも行きません。

 我々としては流れを利用して、一気に独立へと向かうつもりです」

『お願いします』

エドワードが現在の世論を背景にして、交渉を上手くまとめると告げる。

グレッグもエドワードの力量を知っているだけに軍事行動はしなくても良い筈と個人的には判断していた。



三ヵ月後、エドワードの宣言通り……火星は再度軍を動かす事なく、地球側との交渉で独立を勝ち取った。

これにより火星は木連と同様に惑星国家としての自立し、新たな歴史を自らの手で刻んで行く事になる。

火星はこの日を記念して、暦の上で独立記念日として祝日と決めた。





こうして第一次火星会戦より四年を越える月日が巡り、地球、火星、木連の三惑星が互いの主権を認め合い……和平への道を歩き始めた。

その日の火星は穏やかな陽射しで、澄み渡った青空だった。

まるで新たな時代の幕開けを世界が祝福するかのように。











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EFFです。

やっと政治的な決着まで書き上げました。
内容的には不十分かもしれませんが、政治の話を書き始めたらモブキャラの名前とか考えないと不味そうだし(大核爆)
キャラの名前を作るのは、才能ないのか……苦労してます。
キャラをだすと愛着が湧くのか、出番を作りたくなって……変に伸びそうで怖いし。
後はエピローグを書いて、外伝を書くかどうかですね。
もっともエピローグも何話かに分ける可能性もありますが(汗ッ)

それでは失礼します。

追伸
ちーとばかり、リアルのほうで事件が起きました。
おかげで書く暇がなく、ストック切れか……投稿が遅れる可能性もあります。
一応、最後まで書くので、その点だけは信じて下さいね。



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