麻帆良学園都市の一画に図書館島と呼ばれる島がある。
巨大な大樹――生徒は世界樹を呼んでいるが、本来の名前は『神木・蟠桃』と学園長は話していた。
私をこの地に召喚したらしい存在なのだが……その目的を告げる事なく、今に至る。

「新たな生を得た事には感謝しているが……礼は言わないぞ」

あの時消滅しても良いと決意していたのに肩透かしを喰らってしまった。
満足して消え逝くはずだったのに、生き残り……未練を抱えている。

「……もう一度、逢いたいと思うのは私の弱さなんだろうな」

この世界に不満はない(多分)
だけど、ここには居ないあの優しい少女たちと主の行く末は気に掛かる。

「妹と、そして守護騎士達がいれば大丈夫だと思うが……フフ、心配性という奴か」

半年に亘る異空間の調査結果で判明したのはこの世界と元の世界と思われる座標との間に断裂した虚数空間の狭間があった。
虚数空間に飲み込まれれば、消滅するのは明白だ。
結局、私には還る術がなく……この世界で生きるしかないという現実が判明しただけ。

「まあ、それでも死ぬよりマシと思うしかないんだろうな」



「リィ〜〜ンさ〜〜ん」

どうにもならない愚痴を零していた私に宮崎 のどかが声を掛けてくる。

「今、行く」

隣にはあまり表情を変えないと言われている綾瀬 夕映(あやせ ゆえ)と早乙女 ハルナの二人が手招きしている。
今日の目的は図書館探検部の助っ人。
なんでも地下十二階に在ると言われる大広間らしい休憩室の軽食コーナーの購入がメインだ。
個人的には訳の分からないドリンクや軽食など好きにはなれないが、ミッションクリア時の報酬の食券十枚は捨てがたい。
土曜日の夕方から日曜日の夕方までの丸一日を掛けての探索。


この時点の私は、たかが地下探検に一日も掛ける必要はないだろうと安易に考えていた。

「……何故、そんなにも重装備なんだ?」
「必要だからです」
「そうなのよ。これがないときついの」
「お、お世話になりますね」

登山用の重装備の姿に違和感を覚える。

「階段を降りるんだろ?」
「いえ、そんな楽な物はありません」
「まあ、降りれば分かるよ」
「……気を付けて下さいね」

此処が魔法使いの根城という事を考慮していなかった私のミスだった。
まさか、ダンジョン探索になるとは計算外。
食券十枚では割に合わないと気付くのはもう少し後の話だった。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 六時間目
By EFF





……地下三階までは比較的安全だった。
ただしそれより下の階に入ると、

「リィンさん……その技、伝授してもらえないでしょうか?」
「ずっこいぞ。なんで宙に浮かべるんだ?」
「はぅぅ……」

道はなくなり、本棚の上を歩く三人の隣の空中を浮く私を三人は羨望の眼差しで見つめていた。

「弟子以外に教える事は禁じられている。
  そして弟子を育てる時はその弟子が一人前になるまでは次の弟子を育てる事は許されていない」
「……パ○ワンというものですか?」
○ォースか?」

夕映とハルナの二人が「あなたは○ェダイの騎士か?」と目と口で問うている。

「ええっとお弟子さんって、くーふぇさんですよね?」
「いや、彼女には気の運用方法しか教えていない。
  門外不出と言われる技は伝授していないし、弟子は他にいる」
「そうなんだ」

のどかが不思議そうに私を見ながら会話に参加する。

「ああ、これでも古い歴史があるが……なかなか弟子が育たずに歴史の影で埋もれかけた事が何度もあったそうだ。
  体質というか、個人の才能に左右されてな」
「マイナーな技なんだな」
「そう言ってくれるな、早乙女」
「ですが、弟子が育たなければどうにもなりませんよ」
「ハ、ハルナ〜、ゆえ〜そんなこと言っちゃダメだよ」
「いや宮崎、事実だから構わんよ」

マイナーな武術という設定は最初から決めていたし、私の魔法を誰かに教える事はないと思っていた。
そう……超に会うまでは。
やり方は強引ではあるが、革命を起こそうという気概は嫌いではない。
魔法使いとの付き合いで分かったのは秘匿すると言っているのに何処か抜けている点が嫌いだった。
隠蔽工作はきちっとしていると言うがネギ少年のフォローは出来ていない。
ここは魔法使い達の学校ではないので、安易に使わないように注意し、かつフォローの為の人員を用意するべきなのだ。
既にクラスの何人かには不審に思われている。
おそらく他の魔法先生の存在を教えないのは頼らせないようにする為だろうと思うが……せめて監視くらいはしておくべきだ。
エヴァにさせるつもりなら……正気かと言いたくなる。
ナギとエヴァ、二人の関係を知っているのにネギ少年のフォローなどエヴァがするわけない。
本当にあのジジイは愉快犯だと思う。

「……待て」
「どうかしましたですか?」

埒もない思考の海を泳いでいた私に前に飛ばしていたサーチャーから警戒を促すシグナルが来た。

「前方に何かいる……」
「え、ええ?」
「まさか……うわさに聞く防衛用の」
「おお♪ ついに噂のモンスターとの遭遇か?」
「は、はわわ」
「個人的には迂回路を推奨する。このまま行けば、間違いなく戦闘になる可能性が高いぞ。
  まあ、戦えと言うのなら戦っても良いが……三体ほどいるから一体は任せるぞ」
「噂では捕獲して出入り口に強制送還らしいです……安全面では大丈夫だと思われますが」
「表にゃ、教師陣がスタンバってるから反省文は固いから……避けよう」
「ゆ、ゆえ〜迂回しよう」
「……迂回しましょう。個人的には非常に興味はありますが……本来の目的を優先しますです」

方針が決まって、即座に移動を開始する。

「では行くぞ」
「な、何するです?」
「は、はぅぅ?」

綾瀬を右に、宮崎を左に抱え持ち、早乙女に告げる。

「早乙女は背中に張り付け……ただし、セクハラ行為に及んだら集中力失って落ちるからな」
「ラジャー」

早乙女が背中に張り付くと同時に歩くペースで空中を移動する。

「大気の流れからして、この先に別の道があるからそちらに変更して一時避難する」
「ホント、ベルカの騎士って便利だな」
「今回だけじゃなく、図書館探検部に来ませんか?」
「す、すごいです」
「悪いが断る。弟子の育成に専念したいし」

便利な別荘を借りっ放しというわけにも行かないし……私以外の誰かが使うような予感もする。
エヴァに別荘の作り方を教わり、完成させるまではそう時間の無駄遣いはしたくない。
単独踏破訓練で此処に潜らせても良いが……他の魔法使いに私の知るベルカ式を見せるのは避けたほうがいい。
ちなみに今浮いているのはこちらの魔法ではあるが。

「……リィンフォースさんは魔法使いですか?」
「いや……魔法使いじゃないぞ(魔導師だけどな)」
「……ホントですか?」
「ゆ、ゆえ〜?」

抱えている綾瀬が不審そうに見つめるのを無視して移動する。

「大体……私が魔法少女に見えるのか?」
「……見えないね〜。どっちかと言うとマ○ックナ○ト?」
「生憎召喚獣などいないぞ(竜召喚のスキルはあるが……竜を従えるのは骨だぞ)」

マンガのネタふりみたいにからかいながら聞いてくる早乙女にしれっと返事をする。
宮崎がオロオロとした様子で会話を聞いていた。

「……状況証拠は山ほどあるのですが?」
「いや、気功法とてある意味……魔法みたいなものだろう?」
「……なんとなく納得できませんですが……何か誤魔化されている気がしてならないです」
「世界は広いって事で勘弁しろ」
「…………いずれ、きっちりと話し合いの場を」
「証拠を提示できたらな」
「フ、フフ……必ず」
「ゆ、ゆえ〜〜」
「リィンフォース……こうなったら夕映はしつこいから気をつけなよ」
「いざとなったらハンマーで頭叩いて……記憶をなくしてもらうさ」
「そういうベタなネタは……」

少々焦り気味の早乙女に、泣きそうな顔で私を見つめる宮崎にニッコリと笑って見せると……目の端に涙が浮かんでいたのは、ひどく疑問に思ったのは何故だろうな。


空中をフワフワと浮かびながら、二人くらいしか並んで歩けない狭い隠し通路らしき場所に辿り着いて……移動を再開する。
しばらく歩いていくと開いた空間に出た。
見る限り10×10メートルくらいの休憩所らしい。

「……ゆえ、休憩所だよ♪」
「ふぅん、これって地図にあったけ?」
「いえ、地図にはない新たな発見です。やはりこの地図も完璧ではないんですね」

大学部から無断でコピーしたらしい地図を見る綾瀬の顔はどうも興奮しているような気がする。

「しかも、この休憩所の自販機の品揃えは初めて見ます」
「なにっ!?」
「ゆえ、隣の部屋にはシャワールームもあるよ」

綾瀬の声に反応して早乙女が自販機に張り付くようにして確認する。

「おおっ♪ 新発見だよ♪」
「ええ、十二階の品の一部を用意してますから」
「で、いきなり現れたあなたは誰?」

空間転移してきた謎の人物と距離を取りつつ、三人を背後に庇うようにする。
フードのついたローブを羽織り、如何にも魔法使いと言わんばかりの姿に警戒する。

「これはご挨拶が遅れましたね。
  私の名はクウネル・サンダース。此処の総責任者です」
「ま、まさか……伝説の大司書長ですか?」
「ええ、本来はこちらの入り口から入ってくるのが正しい入り方なのですが……まあ裏口から入って来られたのでサービスで」

そう言ってクウネルという人物は床を叩いて本来の入り口を見せて説明する。

「ここは十五階からの隠し通路を通って帰還する為の隠し部屋なんです。
  本来はこの後、こちらの扉から出て行って貰う予定でしたが」

更に自販機の裏側にあったレバーを動かして天井から伸びてきた梯子を見せる。

「まさか空調用の通路から入られるとは思いませんでした」

フードの所為で顔は見えないが明らかに私のほうを見ながら話す。

「ここまで入ってきた手段は見せて貰いました」
「ベルカの技を見られてしまいましたか」
「ええ、しっかりと見せてもらいましたので、お礼にこれを差し上げましょう」

ローブの中に手を入れて、赤い羽根を模したピンバッジのような物を私に渡す。

「これは何だ?」
「これをご覧ください」

いつの間にか後ろに用意していたボードに地図を書いて説明してくる。

「そのバッジは地下四階にある十二階までの直通エレベーター通行証です」
「ホントなのですか?」
「オイオイ、これが噂の通行証かよ」
「ホントにあったんだ」
「そうなのか?」
「ええ、図書館探検部でもその存在はまだ確認されていない噂だけの代物でしたです」
「そ、そうなんです。先輩方も探していたんです」
「いや〜あんたのおかげで良い物が手に入ったよ♪」

早乙女が嬉しそうに話した時、クウネルが告げる。

「残念ながら、そのバッジは彼女に与えた物です。
  彼女以外の人物が持っていてもエレベーターの使用は出来ないようになっています」
「「「ええ―――ッ!!」」」

三人が本当に残念そうに抗議の声を上げる。

「なるほど……まさか、この地で他のベルカの騎士(魔法使い)に会えるとは思いませんでした」
「私もあなたのような若き騎士に会えるとは思えませんでした。
  十二階より先は訓練場です。若き騎士よ、この最下層にある私の部屋に辿り着く事を期待してますよ」

明らかに楽しんでいる。おそらく、それとなくこちらを監視していた視線の主は目の前の人物だと知った。
三階から下に降りる際に……時折、妙な視線があったのは此処の管理者だろうと想像していた。
ベルカの騎士=魔法使いというニュアンスを含ませたセリフを告げて隠蔽しながら演技している。
目の前にいる魔法使いは魔法を使った事を黙ってあげるから下まで降りて来いと脅しているようなものだった。
まあ隠蔽工作に付き合うことにして誤魔化しておこう。こちらの魔法の訓練を割り切れば問題ないと判断する。

「良いでしょう。あなたの挑戦をお受けしましょう。
  ただし、この訓練場で見せた私の技は他言無用です」
「ここに誓約は完了しました。若き騎士よ、我が前に現れる事を期待しています。
  その際には甘いスイーツとお茶を用意しておきましょう」
「……俄然、やる気が出てきました」
「フフフ、それは結構な事です。そちらのお嬢さん方には申し訳ありませんが……この件はご内密にお願いします。
  その代わりと言っては何ですが、この部屋の通行許可を差しあげますのでご自由にお使いください。
  ただし、下への入り口は一方通行になってますので降りられませんが」
「まあ、良いです。今度は自力で最下層まで行く事にするです」
「う〜ん、十二階以降は訓練場なのであまりお奨めしませんよ。
  ベルカの騎士以外の方には命の危険が常に付きまとう事になりますから」
「ゆ、ゆえ〜」
「ゆえ、止したほうが良いんじゃないかい?」
「……未知なるものに対する好奇心は抑えられませんです」

探検部の意地を見せると言わんばかりに大司書長に恐れもなく夕映が宣言する。
のどかやハルナは何とか止めようとしているが……気迫ある夕映の前には説得は難しい様子だ。
そんな夕映の様子に微笑ましく笑っているクウネルは紛れもなく学園長と同類の愉快犯だとリィンは確信していた。

「それでは、後日改めてお会いしましょう」

空間転移かと一瞬思ったが、消えていくパターンを分析して魔力で編まれた分身体で魔力を分解したと気付いた。

「このまま十二階まで進むか?」
「いえ、今日は此処までにしますです。目的地には辿り着けませんでしたが、ここの品揃えを制覇してから再度挑戦するです」
「……食券は半分で良いよ」
「……ありがとうございます」
「噂の大司書長を見れたし……今回の探検は大成功だね♪」

本来の予定とは違うが納得できる成果を得た夕映は表情こそ変化が乏しいが喜んでいるみたいだ。
同じようにのどかとハルナの二人も噂の人物を見る事が出来て嬉しそうにしていた。



……後日、夕映から貰った地図の写しを見ながら最下層へと挑戦した。
久しぶりの訓練に心が躍り、現在の自分の力量も大体判明して一応の成果を得た。

「クウネルさん……おかわりして良いですか?」
「良いですよ。こうして遊びに来て頂けるとは思っていませんでしたから」

暇を持て余している新しい友人が出来た。
しかも遊びに行くと必ず美味しいお菓子とお茶を用意してくれる優しいお兄さんだ。

「エヴァンジェリンには内緒ですよ」
「知り合いなんですか?」
「……それは秘密です。黙ってくれるお礼にお土産を用意しましょう」
「分かりました……此処での事は攻略中にしておきます」

エヴァの家に下宿していると言った時に内緒にして欲しいと言われて……仕方なく内密にする事にした。
少しエヴァには申し訳ないかと思いつつ、クウネルさんの事は秘密にする。
決して美味しいお菓子に釣られたわけではないが……。


大司書長クウネル・サンダースによるリィンの餌付けが始まったのかは定かではなかった。





サーチャー――監視用に設置したシステムからの映像を見る。

「ネギ少年は真面目に教師をする気があるのだろうか?」
「…………ケケケ、マヌケナ坊主ダ」

空回りというか、魔法を悪用しているようにも見える。
神楽坂アスナの為に一生懸命なのは悪くないが、惚れ薬は違法行為だと知らないのだろうか?

「さすがに……惚れ薬は不味いだろう」
「ナギもバカだったが……こいつもアホだな」

エヴァのネギ少年に対する株価は最安値を更新中、この分だと新学期を待たずしてキレる気もしないわけではない。

「ネギ少年はこの地での修業の意味を理解しているのか?
  おそらく出来る限り魔法を使わずにトラブルを回避出来るようになるのが目的のはずだが」
「坊主、空回リシテルゼ。マア、見テイル分ニハ楽シイガナ」
「……エヴァ、弟子にしてガンガン性根を叩き直すのは如何だ?」
「…………考えておこう」

ドッジボールでの試合で魔法を使うシーンを見て、本気でお怒りの様子のエヴァ。

「新学期になったら……フフフ、思いっきり遊んでやるからな」
「オーオー、坊主モ大変ダナ」
「生かさず殺さずで限界まで搾り取ってくれるわ……ク、クハハハッ」

高笑いしてどう甚振るか考えるエヴァを見ながら、ネギ少年に襲い掛かる不運のフォローをどうするか考える。
エヴァの事だから徹底的に遊びまくるから後のフォローをしないと不味い事になりかねない。

「やれやれ、後始末に奔走しそうだな」
「ゴ苦労ナコッタ」
「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

ノリノリで悪の魔法使いとして相手をする気満々のエヴァ。
こういう事態に発展すると承知しながら、平気で同じクラスに配置する学園長のジジイに苛立ちを覚える。

「魔法使いっていうのは愉快犯が多いんだな」
「……一概にそうだとは」
「マア、言イタイ事ハ分カルゼ」

やる前から疲れを感じる私に茶々丸とチャチャゼロが慰めの言葉を掛けてくれる。
私は新学期に行われるエヴァのストレス解消のイベントに裏方として参加する事が面倒だと痛感していた。

『ネギ! あんたね、安易に魔法を使うんじゃないわよ!』
『す、すみません、アスナさん』
『ったく、ホントに注意しないとオコジョになっちゃうよ』
『そ、それだけは勘弁してください―――ッ!!』

サーチャーから送られる二人の会話を聞きながら神楽坂アスナの苦労に共感を覚えるリィンであった。




窓の外は麻帆良では珍しい雪が大地に舞い降りていた。

「わ〜〜このまま積もったら雪合戦しようか?」
「フフ、良いでござるよ」

鳴滝 風香が久しぶりに降ってきた雪を楽しそうに見ながら長瀬 楓に告げると、

「オー面白いネ♪ 私も参加するアルヨ」

古 菲が参加表明し、

「ふふん、このゆーなも参加しちゃおうか」
「じゃあ、私も参加する」
「ウチもやるわ」
「わたしもやるわ」

明石 裕奈(あかし ゆうな)を筆頭に佐々木 まき絵、和泉 亜子(いずみ あこ)、大河内 アキラの運動部四人組も加わった。

「リィン老師はしないアル?」

古が声をぼんやりと窓の外を見つめていたリィンに声を掛けるが、耳に入らなかったのか……反応がない。

「…………老師?」
「え?……ゴメン、聞いてなかった」

様子がおかしいと感じた古が肩を軽く叩いてみて、ようやく反応する有様に途惑う。

「すまない……帰るよ」

鞄を手に取って席を立ち、教室から出て行く。
声を掛けにくいというか、何か拒絶するような空気を纏って出て行ったリィン。
仕方なくリィンの下宿先の大家であるエヴァンジェリンに楓が聞いてみた。

「エヴァ殿、リィン殿は如何なされた?」
「……多分、雪が原因だな。あいつにとって、雪は二つの意味がある。
  一つは大切な人との出会い……もう一つはその人物との別れだ」

窓の外を見ながらエヴァンジェリンは話す。
外は粉雪が舞い、街に雪化粧を行うかのように降り積もっていく。

「これ以上は言う気はない。安易に踏み込んで良いものじゃないしな」
「……そうでござるな。
  では、明日は雪合戦といくでござるよ」

これ以上重い話題を続けるのも不味いと思った楓は話を切り替える。

「では、勝た人にはウチの肉まんを四つプレゼントするネ♪」

楓の意図に気付いた超が話題の変更を加速させる。

「フフフ、超包子の肉まんはこのゆーなが頂くよ!」
「そうは行かないアル」
「これは本気を出すでござるかな」
「超包子の肉まんなら私達も参加する!」

釘宮 円(くぎみや まどか)、柿崎 美砂(かきざき みさ)、椎名 桜子(しいな さくらこ)のチアリーダー三人組も加わり、

「アスナー、ウチらも参加せえへん?」
「う〜ん、朝から雪合戦はねぇ……配達の後だから、う〜ん」

朝刊配達の後で雪合戦はしんどいな〜と思うけど、超包子の肉まんが懸かっていると思うと悩むアスナ。

「ネギ先生もやろうよ〜」
「え? 僕も参加しないとダメなんですか?」
「ネ、ネギ先生が参加すると仰るなら、この雪広 あやかがお守りします!」

鳴滝 風香が担任であるネギ・スプリングフィールドの参加をお願いするとクラス委員長の雪広 あやかが参戦を表明する。

「はぅ〜〜私も参加しようかな」
「のどか、これはチャンスです。この機会にネギ先生とお話し出来るように接近するです」
「確かに、このチャンスは逃したらダメだね。なんせ、ネギ君はモテモテだから」

ネギが流されるように参加を義務付けられ……アスナは保護者という形で仕方なく近衛 木乃香と一緒に参加する事にした。
ネギ参戦によって教室の喧騒は増し、リィンの様子を心配する者は表向きなくなる。

「マスター」
「一人にしてやれ。そんな時も偶にはあるさ」
「……承知しました」
「腹が減れば、帰ってくる」
「そうでしょうか?」
「……その時は探しに出るさ」
「はい」

喧騒から逃れるようにエヴァと絡繰 茶々丸が教室から出て行った。

「アスナさん……夜天さんは大丈夫でしょうか?」
「んー、大家のエヴァちゃんに任せましょう。何も知らずに踏み込むと……ちょっと不味いしね」
「は、はあ」

視界の隅でエヴァ達が出て行くのを見ながらアスナは心配そうにしているネギに意見する。
担任として気に掛かるのだろうが……まだ子供のネギが何かアドバイスしても逆効果になるか、自分みたいに引っ掻き回されてセクハラ魔法でもされたら、非常に後が怖かった。

「大体、声かけて平気で人の心に踏み込む気なの?」
「え、ええと……ダメですか?」
「ダメよ。もしかして魔法を使うのなら……殺されても知らないわよ」
「え゛?」
「リィンさんってすっごく強いんだから。
  怒らせたら……ハンパじゃないわよ」

いざとなったら魔法で介入しようかと考えていたネギはアスナのマジな顔での説明に硬直している。

「ウチのクラスの武闘派でくーふぇの師匠なんだから」
「ええ! そ、そうなんですか?」
「高畑先生相手に互角に戦うんだから! あんたじゃ勝てないわよ」
「タ、タカミチと?」

ビキビキ、ビキッと身体を硬直させてネギは蒼白な顔をしている。

「リィンさんって魔法使いなんですか?」
「違うわよ。確か……ベルカの騎士だったわね」
「ベルカの騎士ってなんですか?」

「フフ、ネギ坊主……知りたいカ?」
「超さん、知っているんですか?」

小声で話していた二人に超 鈴音が楽しげに説明しようとする。

「フフフ、ベルカの騎士。
  それは古代インドで生まれた武術がヨーロッパに流れ着いたネ」
「そ、そうなの?」
「僕、イギリスに居ましたけど……聞いた事ないですよ?」
「この武術は一子相伝に近い形ゆえに非常に門戸が狭いネ。
  でも、世界最強と言われるほどの力を秘めているヨ。
  その掌から放たれる光は大地を焼き尽くし
  この脚より生み出される風の刃は立ち塞がる全ての敵を切り裂き
  必殺の意思を込められた拳は天をも轟かすと言われているネ」

ガクガクプルプルという擬音が出そうなくらいネギの身体が震えている。
まさか、魔法使いでもないのにそんな派手な事が出来るとは思いもよらなかったみたいだ。

「ちなみにリィンは杖で厚さ二センチの鋼の板を貫いたネ♪
  もしネギ坊主が怒らせたら……お墓を用意してあげるヨ」
「うわ〜〜〜ん!!」
「ちょ、ネギ!?」

怖くなって教室から出て行くネギ。

「う〜ん、からかい過ぎたネ」
「超さん、冗談にも限度があるわよ」

アスナが超に抗議するが、

「冗談じゃなく、本当に鋼の板を貫いたヨ」
「え゛…………マジ?」
科学に魂を売た悪魔だけど嘘は吐かないネ」
「いや、かえって信じられないけど」
「複合素材の強度実験で本当にしたヨ。
  ハカセも居たから、証明してくれるネ」
「う〜ん、ハカセも居たんじゃ信用するべきなのかしら?」
「結構失礼な人ネ、明日菜さんわ」
「ア、アハハ……ネ、ネギを探さないと」

超にジト目で睨まれて、誤魔化すように笑って駆け出すアスナ。
そんなアスナの後姿を見ながら超は呟く。

「ホント、師父を相手にするからには、ネギ坊主じゃ墓穴を用意しておくのが正しいネ」

超の呟きは教室の空気に乗る事なく……喧騒の前に霞んで消えていった。





アテもなく彷徨うように雪が降る中をリィンは傘も差さずに歩いていた。

「…………未練だ……結局、此処に来てしまった」

街を一望できる高台の展望台に辿り着いたリィンは自身の弱さを嘲笑うように呟く。
目に見える景色は最期の時を迎えた海鳴市ではないが、心の何処かで街を一望しようとした自分が何も変わっていないと知る。

そう……もしかしたらあの景色が見られるかもという幻想。
そして……もう一度、はやてに逢えるかもという想い。


しかし、現実は……そんな思いを否定するかのように麻帆良学園都市のまま、リィンの目に映し出される。

「ハ、ハハハ……分かっているさ。もう還れないというのは……」

嘆くように呟き、身体中から力が抜けて……大地に横たわるリィン。

「真っ白に染めて……何もかも消してくれるか? この想いも、悲しみも、辛さも……」

目を閉じて、完全に活力そのものを失ったかのように意識を闇に沈めていく。

「……還りたい…………でも……還れない……」

瞳から零れ落ちる一筋の涙。
目に映るものは懐かしき主はやての笑顔だった。







山下 慶一は豪徳寺 薫といつもの出稽古の帰り道で茶々丸と顔を合わした。

「「こんばんわ、茶々丸さん」」
「こんばんわ、山下さん、豪徳寺さん」
「もう日が沈んだから、あまり女性が夜を出歩くのは止したほうが良いぞ」
「そうだね。ここは治安は良いけど、お嬢さんが夜を出歩くのは避けるべきでしょう」

豪徳寺の意見に慶一も合せて茶々丸に注意する。
茶々丸の強さはリィンと古との対戦を見て知っているが、それでも自分から危険な方向へ進むのは不味いと思ったのだ。

「お気遣い感謝します。ですが……リィンさんがまだ帰宅していないんです」
「え?」
「それは心配だな」

夕飯時に自宅へ帰ってこないというのは流石に心配になる二人。
それ以上に、食事の時間をすっぽかすという事態が二人には信じられない出来事であった。

「俺でよければ、探すの手伝います!」
「俺も手伝おう」

慶一にとっては気になる少女であり、豪徳寺にとっては新しい友人の身を案じるのは当然のことだ。

「……申し訳ありません。お力をお借りします」
「茶々丸さん、展望台へは行かれましたか?」
「いえ、まだです」
「時々、ぼんやりと展望台から街を見てましたから……もしかすると?」
「では、まずそこに行くか?」

豪徳寺が行き先を決定し、三人は急いで走り出す。

「……何か、あったんですか?」
「マスターが言うには「望郷の念、ホームシックだろう」と申されました」

走りながら慶一が何があったのかを尋ねると、茶々丸が答える。

「ホームシックか?」
「はい、ですが……帰れない場所でもあります。
  詳しくは申せませんが、リィンさんにとって大切なご家族が居られたそうです」

豪徳寺が眉を寄せながら、解決法が少ない問題に頭を抱える。
この手の問題は本人が自覚して前向きに考えなければ改善しないので周りがアドバイスしても改善できるか難しいのだ。

「ご家族はどうなさったんですか?」
「……申し訳ありません。マスターが言わないようにと命じられていますのでお答えできません」

慶一の問いに茶々丸が答えると豪徳寺と慶一は何となく事情を察した。

((……亡くなられたんだろうな))

そう判断するとこれ以上無理に聞くのは躊躇われた。
慶一は聞きたい気もするが……本人が話していない事を本人の口以外から聞くのはマナー違反だとも感じていたのだ。

「……あの方の身内はもう誰も居りません。
  私がお二人に言えるのはここまでです」

これ以上は絶対に話さないというニュアンスを含めた茶々丸の声を感じて二人は黙り込む。
無言のままに三人は走り続けて、展望台へと辿り着いた。

「いつもはこの辺りに……リィンさん!!

慶一が辺りを見渡しながらリィンの姿を探そうとした時、茶々丸のセンサーがリィンの姿を発見する。

「山ちゃん!」
「な? なんでこんな事を!?」

二人の視線の先には地面に横たわり、雪に埋もれかけたリィンを抱え上げる茶々丸の姿があった。

「……リィンさん」
「……帰りたい…………あの家へ……」

目を閉じて、全てを拒絶するリィンの弱々しい姿に慶一も豪徳寺も声を失う。

「申し訳ありません。緊急事態なのでこれで失礼します!」

茶々丸がリィンをお姫様抱っこでしっかりと固定してバーニアを噴かして一気に飛んで行く。

「茶々丸さんって……もしかしてロボットなのか?」
「……みたいだな。まあ、うちの工学部なら作れそうな気もするが」

呆気に取られながら二人は今になって茶々丸がロボットだと知って納得していた。
あまり表情を変えたりしないから、もしかしたらな〜とは思っていたが実際に空を飛ぶのを見て……工学部の連中は凄いなと感心していた。
この学園都市で暮らす者は大概の事では驚かなくなっていたのだ。
……慣れというものが如何に重要かというシーンだった。






茶々丸が慌てて帰って来たので何事かと思ったが、流石にこんな状況になっているとは考えていなかった。
抱えてきたリィンの服を脱がして、温めの温度の調節した風呂に慌てて入れて、冷え切った身体を温める。
魔法で耐寒措置をせずに雪に埋もれていたと聞いて……そこまで精神的に参っていたのかと内心では焦った。

「……まあ気持ちは分からんでもないが」

独り取り残されるという悲しみは私も経験している。
だが、コイツの場合は何か不自然な気がしないわけではない。
アンバランス……ひどく感情の起伏がおかしい気がしてならない。

(元が感情に乏しい人工知性体のような存在なのに……何故、ここまで感傷的になり、思いつめる?)

大人の部分と、子供の部分が完全に擦り合わさっていないように見える。

(まるで生まれたばかりの子供に擬似的な記憶を植え付けた……まさかな?)

埒もない考えに辿り着いて頭を振って否定しようとする。

(意味がない……それとも子供のままでは不都合があるから、この歳まで成長させたのか?)

もしも未来予測が出来る機能が前身の魔導書にあると考えると理解できる点もある。

(不安定な子供では何も出来ないまま……死ぬからか?)

『神木・蟠桃』を巡る争いが起きるか、ナギの息子ネギが来た事によるトラブルか……どちらかというとネギの方に可能性がありそうな気がする。

(ヤレヤレ……推測ばかりで答えは出ないか)

人間でない存在が人に転生するなど前代未聞なのだ。
しかも、異世界の魔法付きという複雑な問題も絡んでくる。

「……どうしたものか?」
「マスター?」
「ん、ああ……茶々丸はリィンの世話をしてやれ。
  ただし起きたら説教してやるからな」
「……了解しました」
「言っておくが……心配させたからじゃないぞ!
  私の従者であるお前を奔走させたからだからな!!」

素直になれないエヴァは言い訳がましく告げて部屋を出て行く。
自分の主人が不器用な方だと理解していた茶々丸は何も言わず頭を下げて頷く。







……ベッドに眠るリィンを起こさないように。







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EFFです。

図書館島探検に続き、いよいよリィンフォース誕生秘話への一幕。
リィンフォースはクウネルの餌付けに膝をつくのか?
綾瀬 夕映はリィンフォースをどう思うのか?

活目して次回を待て!




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