どうも下宿人が来てから退屈な生活に変化が出ている気がしてならない。
原因を取り除いて元の生活にするべきかと考えたが……我が従者は絶対に反対するような気がする。

「どうでしょうか……ネットに公開していたレシピを基に作った一品は?」
「えっとね、とっても美味しいよ♪ 茶々丸の作るご飯は大好きだよ♪」
「はい……また調べて作ってみますね」
「うん♪」

……何故なら自分の目の前で従者である茶々丸は下宿人の世話をそれはもう……砂糖を吐きたくなるほどの気持ちにさせるくらい大事にしているからだ。

「……茶々丸」
「はい」
「あまり甘やかすなよ」
「は?」
「子供というのは厳しく躾ける事で正しい礼儀作法を覚えるのだ」
「……飴と鞭という意味でしょうか?」
「そうだ」

甲斐甲斐しくリィンの世話をする茶々丸に注意して気付く。

(ハッ! これでは娘を過保護にする妻に注意する夫ではないか?)

自身の存在理由に罅が入った気がして頭が痛くなる。
魔法使いどもから恐れられる真祖の吸血鬼が子供を叱る父親代わりなど……シャレにならない。

(大体だな、何故……私が父親役なのだ?)

この点だけはどうしても認められないのに、

「コラ、リィン! もっと行儀よく食べないか!」
「ふみゅぅぅ……ゴ、ゴメンなさい」

涙目で謝るリィンに苛立ちをぶつけた後ろめたさを感じて、

「い、いや、きちんと食べれば文句は言わんよ」
「うん♪」

慌てて慰めるような言葉を出してしまう自分がいる。
どうも風邪を引いて寝込んでから我が家の居候リィンフォースの幼児化が始まった気がする。
学校や人のいる場所では以前と変わらないが……私達を家族と認識した所為か、こうして叱ると涙目になるのはどうかと思う。

「マスターこそ、甘やかしていませんか?」
「ホントダゼ。マッタク娘ニ弱腰ノ親父ダナ。恐怖ノ象徴トシテ恐レラレタ御主人ハ何処ヘ行ッタノヤラ」

従者の言い分に苛立ちよりも、自分の情けなさを痛感して力が抜ける。

「コノ分ジャ、ボーイフレンドヲ連レテ来タラ大変ダナ」
「そんな人いないもん」
まだ十年早いわ!!……?」
「マスター?」
「ケケケ、頑固親父デ親馬鹿ダナ♪」
「ち、違う!! 違うんだ――――ッ!!」

自身がリィンの過保護親父化していると知ってエヴァンジェリンは愕然としていた。
そして、これがマクダウェル家の朝のワンシーンになりつつあった。


闇の福音 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル……女性でありながら父性という感情に目覚めつつあった。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 八時間目
By EFF





風邪から回復し、久しぶりの登校となったリィン。
その足取りは軽く、楽しそうに教室へと歩いている。

「〜〜♪〜〜〜〜♪」
「リィンさん、病み上がりなんですから」
「茶々丸は心配性だね。もう平気、平気♪」
「全くだ。ピーピー泣いていたくせにノーテンキに笑いおって」
「ひっどーい……エヴァってイジワルだね」
「そう思うんなら風邪引くようなバカな真似をしない事だな」
「うっ!……イジメっ子だ。イジメっ子がいるよ、茶々丸」
「マスター、あまり意地の悪い事を言わないであげて下さい」

茶々丸に泣きつくリィンにエヴァは嘆息する。
あの事件の後からリィンの精神面が変化してのが見て取れた。

(張り詰めた部分がなくなり……幼児化したとでもいうか?)

身体に精神が合せた感じになり……安定したのだろうが、茶々丸に甘えるのはどうかとも思う。

(茶々丸に甘える前にまず私に甘えるべきだろうが……って違うだろ!?」
「ん? 何が違うの?」
「マスター?」
「……気にするな。いいか! 絶対に気にするなよっ!!」

二人に怒鳴ってから赤面した顔のままズンズンと先に早歩きで教室に向かうエヴァ。

「どうしたんだろ?」
「リィンさんが私に甘えてばかりだから拗ねられたのでしょうか?」
「む……じゃあ、今夜はエヴァに甘えるね」
「…………はい、お願いします」

若干間をあけて返事をする茶々丸。

(何故、即座に返事しなかったのでしょうか?
  ハッ! もしや……これがテレビのドラマで見た娘を取られた父親の心境というものなのでしょうか?)

些か方向性は違うが、自分が嫉妬しているという事に気付いて茶々丸は途惑っていた。

「む……茶々丸まで変?」

自身の影響だと気付かずに首を傾げるリィンだった。




「なんですってェ――――ッ!!」

教室の扉を開けた瞬間、クラス委員長の雪広 あやかの絶叫にリィンは気分を害して顔を顰める。

「なに? 朝から叫ぶなんてエレガントなあやかには似合わないよ」
「そ、それどころじゃありません!!
  ネ、「ネギ先生が図書館島で遭難したんだよ!!」……そ、そういう事です!!」

あやかの声を遮り、早乙女 ハルナが切羽詰った顔で叫ぶ。

「そうなん?」
「はわわっ、リ、リィンさん」
「ダメだよ、リィンちゃん。そんなベタなギャグは今時ウケないよ」
「む、ギャグじゃないんだけど。
  別にネギ少年が遭難しようと大丈夫だろう……そう簡単に死にはしないと思うよ(だって未熟だけど魔法使いだし)」
「何を仰っているんですか!? ネギ先生はまだ十歳の……ああ、どうかご無事で」
「い、いいんちょ! し、しっかりっ!!」

寮でのルームメイトの村上 夏美(むらかみ なつみ)が心配のあまり卒倒しそうになっているあやかを支える。

「大体なんで図書館島に行ったんです?
  エヴァに聞いたら試験勉強で図書館島に行く余裕なんてないはず」
「いや〜それがさ〜」

朝倉 和美が今までの状況を簡潔にまとめてリィンとクラスメイト全員に聞かせる。

「……つまり図書館島にある魔法の本を探しに行って遭難したと?」
「そうなのよ」
「放っておきなさい……そんなアホな事に教師が参加したほうが問題です。
  それに古と楓がいますし、そのうち帰って来るでしょう」

まっとうな正論に二人の実力を知っているリィンは太鼓判を押すように告げるが、

「何を言っているんですか!?
  あなたはネギ先生が心配ではないんですか!?」
「ネギ少年か……特になんとも思ってないけど。
  あ、でも図書館島の本を無許可で持ち出そうとしたらクウネルお兄ちゃんが手加減なしで帰る時に追撃するか?」
「なんですってェ――――ッ!!?」× クラス一同(エヴァ、茶々丸、長谷川 千雨及びザジ・レイニーディを除く)
「ちょ、ちょ、ちょっとぉ、それマジなわけ!?」
「うん。図書館島の管理がお仕事だって、本の盗難の防止も仕事の範疇と聞いたけど……。
  だからネギ少年が本を不当に持ち出したりしたら……刑事告発とまでは行かないけど、学園側から何らかのペナルティーがあると思うな」

リィンの爆弾発言にクラス全体が騒ぎ出す。

「やばい、やばいよ!」
「まあ盗掘しようとするんだからリスクをちゃんと考えなかったネギ少年が愚かって事で」
「そんなわけには参りませんわ!!」
「しょうがないな……ちょっと電話で確認するよ」

リィンは不機嫌な顔で携帯電話を取り出して手馴れた様子でクウネルの元へ電話を掛ける。

「あ、もしもし、ゴメンね。朝から電話しちゃって」
『いえいえ、あなたならいつでも結構ですよ』
「風邪ひいてね」
『それはそれはお加減はよろしいので?』
「うん平気平気♪ 来週あたりにまた遊びに行くね」
『ああ、それではいつものように美味しいお菓子を用意しますね』
「ありがとう、クウネルお兄ちゃんって優しいね♪。
  この頃さ、エヴァが甘い物を食べ過ぎるなってうるさいんだよ。
  心配してくれるのは嬉しいけど……暴飲暴食してるわけじゃないのにね」
『ふぅ……人間、歳を取ると口煩くなるものなんです』
「そうなの?」
『ええ、あれは昔っから了見が狭いというか……悪い子じゃないんですが』
「茶々丸はさ、とっても優しくて美味しいお菓子を作ってくれるし、大好きなんだ」
『フフフ、エヴァの従者には勿体無いですね』
「でもエヴァは口はうるさいけど、心配してくれるところは大好きだけどね♪」
『あなたは非常に心が広い良い子ですね』
「やだな。褒めても何も出ないよ」
『いえいえ、事実を申し上げただけです』

「リ、リィンさん! 世間話よりも!!」

何気に世間話に興じるリィンにあやかが注意する。
クラス一同は伝説の人物とツーカーな会話をするリィンに感心している。

(あれがお前の言うクウネルか?)
(間違いないかと)

エヴァと茶々丸はリィンが気に入っている人物に意識を向けていた。

「ああ、そうだった。ゴメンゴメン。
  クウネルお兄ちゃん、ウチのネギ少年が図書館島に行ったんだけど?」
『ええ、地下に居ますよ』

二人の通話に聞き耳を立てていた者達が一斉に聞き漏らさないようにする。

「なんか魔法の本を盗掘するみたいでさ」
『それは困りましたね』
「ちょっと人生舐めているみたいだから、ガツンとイワしてくれる?」

リィンの言葉にクラスの一部を除いた者達がズッコケている。

(まあ、バカやったんだから仕方ないね)
(いい気味だな。ナギの代わりに苦労するがいい)
(ネギ先生、窃盗はいけませんよ)

長谷川 千雨(はせがわ ちさめ)、エヴァンジェリン、茶々丸が納得したのか……頷いていた。

「な、なにを仰っているんですか―――――ッ!?」

リィンの爆弾発言にあやかが激昂する。

「え? だって先生が犯罪行為をするのを見逃せと?」

真面目な顔で正論を告げるリィンにクラス全員が複雑な顔で沈黙した。

「い、いえ、確かに犯罪行為と言えば……そうかもしれませんが」
「悪の道に堕ちようとする先生に救いの手を差し伸べるのも生徒の役目じゃないかな?
  大体魔法の本に頼るよりきちんと日頃から勉強しないほうが悪いんだし、注意しないネギ少年も悪いよ。
  まあ、これも自業自得という事で」
『まあ、初犯ですから本を返していただければ不問にしてもよろしいですが?』
「じゃあ、授業が終わったら迎えに行くからお願いね」
『仕方ありませんね。少々心苦しいですが……新しい友人のお願いを優先しましょう』
「クウネルお兄さんっていい人だね♪」
『いえいえ、リィンさんのお願いを無碍に出来るほど人でなしじゃありませんから♪』
「ん……ありがとう、お兄ちゃん」
『はい♪』

ピッという音が鳴り通話を終えたリィンがクラス全員に告げる。

「じゃあ、授業が終わったら悪の道に手を染めようとするネギ少年の引き取りに行ってくるね」
「……よ、よろしくお願いします」

サボって行けと言いたいが、モラルとネギへの愛で苦悩するあやかは複雑な顔で返事をする。

「う〜ん……試験勉強できなくなったし、今回は真面目に試験を受けないとネギ少年の立場が不味いか?」
「どういう意味でしょうか?」
「試験なんて面倒だから六割ほど答えを書いたら後は丸投げしてたんだよね。
  真面目にすれば九割くらいは出来るんだけど」

アハハと屈託なく笑うリィンに、

「ま、真面目にやってくださいましィ――――ッ!!」
「ええ〜〜試験なんて真面目にしたって〜〜」
「学生なんですから真面目にしなさい!!」

やはりあやかは激昂するのだった。

「こ、こいつらはバカばっかだな」

クラスの影のツッコミ役の長谷川 千雨の呟きは今日も出ていたが誰も聞いてはいなかった。




一方、話題の中心である図書館島探検隊バカレンジャー+2は最深部の幻の地底図書館室で暢気に勉強中だった。

「――本に囲まれて、あったかくてホント楽園やな〜」
「ええ、このままここに一生居てもいいです」
「コラ――ッ!! 夕映も勉強しなよ――っ!!」

訂正、一部は不真面目のようだ。

「しかし、ここはどういう意図で作られたんでしょうね?」
「う〜ん……全然わかんないわ」

ネギが周囲を見渡し、図書の並び方の不可思議さに疑問点を挙げると聞いていたアスナは疑問点を丸投げしていた。

「それより、ネギ?」
「あ、はい。なんですか、アスナさん?」
「ここ、わかんないから教えてくれる?」

わからない問題をネギに見せて真面目に勉強していた。
ここに落ちた当初は帰る手段が見当たらなかったので右往左往していたが、

「大丈夫でしょう。
  おそらく、のどかとハルナの二人がリィンさんに相談してるはずですから」
「ホントに大丈夫なんですか、綾瀬さん?」
「ええ、とびっきりの助っ人がいるです」
「オー♪ リィン老師がいたネ♪」
「ふむ、確かにリィン殿なら単独でここまで来れそうでござるな」

夕映の意見に古と楓の二人が納得して、一安心といった表情に変わっていた。

「ア、アスナさん……リィンさんって本当に魔法使いじゃないんですよね?」
「う〜ん、ちょっと自信がなくなってきたわ」

こそこそと小声でアスナに確認するネギだが、聞かれたアスナも段々と自信がないような感じで答える。
アスナにすれば、ネギ以外の魔法使いを知らないので聞かれても答えられないし、ネギもこの学園で魔法使いは誰かと聞かれれば友人のタカミチと学園長の二人しか知らない。

「リィンさんって春に転校してきてクラスに馴染んでいるけど、寮生じゃないからプライベートは詳しく知らないし……」
「確かに寮では顔を合わした事なかったです」
「ねー、くーふぇ」
「なにアルか?」

近くにいた古にアスナは聞く事にした。

「リィンさんって強いの?」
「強いアル。私と楓の気功法の師匠ネ」
「そうなんだ」
「そうなんですか」

アスナとネギは感心するように古の顔を見つめる。

「イヤー、転校してきた時から只者じゃないと思ていたアルが……ホントに世界は広いと感じたネ」
「全くでござるよ」
「おかげで気の鍛錬が調子よくできるヨ♪」

そう告げて古は近くにある自分より大きな岩を真っ二つに割ってみせる。
ネギは古の拳の威力を見て感心し、アスナも以前よりも遥かにパワーアップした古の破壊力に目を大きく見開いていた。

「す、凄いですね、古さん!」
「ホント、前に見た時よりパワーアップしてるわね」
「やるでござるな♪ これほどの進歩とは」
「何のまだまだアル。楓みたいに気を飛ばせないネ」
「ふふふ、そう簡単に追い着かれるわけには行かないでござるよ」

竜虎相打つみたいな空気をネギとアスナに見せながら二人は楽しげに笑っている。

「リィンさんも同じ事が出来るんですか?」

そんな二人にネギは素朴な質問をすると、

「「出来るアル(でござるよ)」」

二人はピッタリと合わさった声で返事していた。

「ホントに超さんの言うようにネギじゃあ死ぬかもね」
「ア、アスナさ〜ん」

超が言ったのは嘘偽りない事実と理解したアスナが呟き、それを聞いたネギが泣きそうな顔で震えている。

「ウキャァ―――――!!」
「ん、何事でござるか?」
「こ、こんなとこまで来るですか――――ッ!!」
「ア、アスナ―――!!」

この場にいない佐々木 まき絵の悲鳴から、夕映、木乃香の悲鳴が続き四人は慌てて向かう。

『本を返すのじゃ―――』

そこには自分達をこの場所に落としたゴーレムの一体がまき絵を掴んで立っていた。

「まき絵さんを離せ!
  ラス・テル・マ・スキル 光の精霊11柱! 集い来たりて 敵を射て!
  くらえ、魔法の矢!! 魔法の射手!」
『フォッ!!』

ネギがゴーレムの正面に立ち呪文の詠唱を行い、発射のポーズを決めるが、

「……ネギ坊主、何の真似アルか?」
「……あれ? (し、しまった! 今、魔法を封印してたんだ!!)」

何も起こらず……ギャグが受けずに滑った時のようにあたりは微妙な空気が充満していた。

『フォ(ネギ君、安易に魔法を使うのはどうかと思うのじゃが)』
「いややわ〜ネギ君。こんな時にお茶目な事しちゃ〜」
「そうでござるよ……もう少し考えないといかんでござる」
(封印中なんだし、安易に魔法を使うなって言ったでしょ!!)
(ゴ、ゴメンなさい、アスナさん)

怒気を含んだ視線で睨みつけるアスナにネギは涙目で返事をしていた。

『フォフォフォ、ここからは出られんぞ。
 観念して本を返すのじゃ』
「本って……ん? あ、あそこに!」

夕映がゴーレムの首の部分にある魔法の本を指差す。

『なんと? こ、こんなところに?』
「本を取って帰ります、まき絵さん、クーフェさん、楓さん!」
「「OK! バカリーダー」」
『フォ?』

夕映の指示に古と楓が即座に行動を開始する。

「中国武術研究会 部長の力を見るアルネッ!!」

震脚から生じる力を無駄なく乗せた拳がゴーレムの脚を砕き、軽やかに跳躍して、

「いくアルッ!!」
『な、なんと!?』

練った気を足に込めてまき絵を掴んでいた腕を大きく弾く。

「よっと」
「まかせて!」

楓が宙に舞ったまき絵を抱きとめるとまき絵が新体操で使うリボンを器用に使って本をゴーレムから奪い取る。

『ヒョ! ま、待つのじゃ――!!』
「ゴーレムが現れた以上、どこかに出口があるはずです」
『そっちへは行ってはイカンのじゃ――!!』

足を砕かれた所為で手を使って這うように進むゴーレム。

「む? もしやあちらに出口が?」
「行ってみるです!」
『ヒョ! イカンのじゃ――』

ゴーレムは慌てて手を足の代わりにして蛙のように飛び跳ねて追いかけてくる。
ズシンズシンと地面を響かせながら飛び跳ねて来るゴーレム。
その速度は速くはないが着実に五人に迫りつつある。

(ううっ……魔法さえ使えれば、みんなを守れるけど、魔法がバレたら強制帰国だし)

ネギは封印中の自分の状態と仮に魔法が使えても後の事を考えて悩みながら走っている。

「ひ、非常口を発見しましたです!」
『ヒョっ、しまった!?』
「さっさと帰るわよ……って? どうして開けないの?」
「……問題を解かないと開かないみたいです」

非常口の扉に付いている石版を睨み、夕映、まき絵、アスナの三人は硬直していた。
問題を見た古が閃いて答えると、

「む! 答えは「red」アルヨ!」
――ピンポーン

軽い音を立てて扉が開いた。

「「「「「「オオー」」」」」」

全員が感心しながら扉に駆け込み、

「うわっ、何コレ?
「ら、螺旋階段?」
「コレ、登るん?」
「しかも問題を解きながらですか?」

『ならぬ、ならぬ! 待つのじゃ――!!』

周囲の壁を削り砕きながらゴーレムが追跡しているのを見た七人は慌てて駆け出す。

「い、行くわよ!」
「そうでござるな」
「アイヤー、早く上に行くアル」

次々と問題を解きながら駆け上がる七人だが、

「この壁がなければ、一気に引き離せるのにー」
「でも、くーふぇの一撃で動きは鈍くなってるよ」
「失敗したアル。下で確実に倒すべきだったネ」

狭い場所で真正面から戦う状況に若干の不利を古は感じて困った顔になっている。

「しょうがないわよ。さっさと問題を解いて上に行きましょう!」
「そうです。今は先を進むです」

アスナ、夕映の前向きな意見に駆け出していた。
問題を解きながら、背後からの壁を削る音が迫ってくる。

「あうっ!」
「夕映ちゃん!」

木の根っこに足を取られて転んだ夕映にまき絵が慌てて近付く。

「夕映さん、大丈夫ですか」
「……足を挫いたみたいです。
  ネギ先生、この本を持って先に行って下さい」
「だ、ダメですよ! 僕がおぶって行きますから!」

本を差し出そうとする夕映の意見に反対して背負うネギだが、

「あ、あうっ!?」
「コラコラ」
「アハ、アハハ」

ぺチャっという音と共に潰れていた。
危機的状況ではあるが、何故か微笑ましい雰囲気になり、アスナは呆れ気味にまき絵は微笑んでいた。

(う、うう……僕って魔法が使えないとダメなんですね)

仕方なく楓に抱き上げられる夕映を見つめながらネギは更に落ち込んでいた。

『フォフォ! 待つのじゃ――』
「やばいよ! 急がないと」
「い、急ぎましょう、みなさん」

落ち込みかけたネギだが、迫り来るゴーレムに気付いてみんなを急かせながら走るように言う。
ネギの指示に全員が頷いて再び駆け出す。

「ハァ、ハァ……まだ続くのかな?」
「え〜ん、部活の練習よりきついよ」

螺旋階段が延々と続くのかと思い始めた頃、

「け、携帯の電波が入りました!!
  地上は近そうです。今すぐ助けを呼びますから頑張って」
「ハァ、ハァ……もう少しよ」
「……地上が」
「ああ! みなさん、見てください!」

ネギの指差す先に目を向けると、

「地上への直通エレベーターですよ!」
「やったー♪ これで地上に帰れるのね」

希望の光が見えてエレベーターへと駆け込んだが、

ブブ―――ッ
『重量オーバーです』
「「「「「「い、いやぁぁぁぁ!!」」」」」」

無情で乙女心に大きなダメージを与える音声が流れた。

「うそっ!」
「スペースは空いとるのに根性ないエレベーターやなー」
「もしかして、この二日で食べ過ぎたアルか?」
「まき絵さん、今何キロですか?」
「え? わ、私は太ってないよ!
  夕映ちゃんこそ、食っちゃ寝してなかったの?」
「む、失礼ですね」

バカレンジャーのチームワークに罅が入ろうとした時、ゴーレムが追いつき……その手を伸ばす。

『フォフォフォ、もう逃げられんぞ――』
「きゃ―――!」

――アークセイバー

まき絵の叫びとは別の声が聞こえると同時に蒼い輝きを放つ光刃がゴーレムが伸ばしていた右手を斬り飛ばした。

『フォ?』
「へ?」

何が起きたのか……判らない両者の声が零れた時、

――轟天爆砕! ギガントシュラーク

独楽のように高速回転してくる巨大なハンマーが、

『ヒョオオオ――――ッ!!』
「きゃ――――!!」

豪快な破砕音を響かせてゴーレムを完全破壊する。

「ヤレヤレ……来た途端これか」

粉砕した時に生じた粉塵に顔を逸らしていたネギたちに呆れを含んだ声が聞こえた。
粉塵の煙が消え去った後……ネギたちの前に居たのは、

「リ……リィンフォースさん?」

制服姿でこちらにゆっくりと歩いてきた同じクラスのリィンフォース・夜天の姿だった。

「ん、無事で何よりだが」

ネギたちの姿を見て安堵しつつ、徐々に剣呑な目つきに変わっていくリィン。

「すまないが、大司書長からの要請で本を取り戻すように言われている」
「へ?」

状況を気にせずに告げるリィンにネギたちは途惑っていた。

「もう一度言うぞ。窃盗行為の現行犯になりたくなかったら、本を返せと言っているんだ」
「え゛?」
「無許可で本を持ち出すのは違法だぞ」

リィンは硬直するネギたちに近付いて、魔法の本を手に取り戻して背を向ける。

「待って!」
「なに、アスナ?」
「その本を持っていかれると困るかな〜なんて」
「でも無許可の本を持っているとエレベーターは動かないよ」
「あ……重量オーバーの声が消えてるです」

乙女にとって不愉快な音声が消えていたのに気付いた夕映が呟く。

「つまり、その本があったから重量オーバーだったの?」
「そうだ」

アスナたち女性陣はリィンの一言に脱力していた。

「やっぱり太ってなかったんだ〜」
「二日くらいで劇的に太るわけないです」
「いややわ〜あせってしもうたわ〜」
「いやはや、とんでもないエレベーターでござるな」
「老師、感謝するアル」

「気にするな……ネギ少年には後でお説教があるから覚悟するように」
「え? 僕ですか?」

突然、リィンから説教と言われたネギは吃驚する。

「当たり前です。教師が探検ゴッコに参加してどうします」
「う、うう……」
「しかも、無許可で本を持ち出そうとするし」
「え、えぅぅ」
「他の生徒の授業を放棄して」
「あ、ああ……」

次々と放たれるリィンの言葉の刃がネギの良心に突き刺さっていく。

「……教師失格ですね」
「あ、ああっ!! ぼ、僕って……」

トドメの一撃にネギは崩れ落ちて真っ黒な空気を纏って際限なく落ち込んでいく。

「よし、上手く行ったな」
「リ、リィンちゃん……言い過ぎなんじゃないかな〜と思うけど?」

アスナがちょっと及び腰でネギをどん底まで叩き落して満足しているリィンに声を掛ける。
さすがにゴーレムを粉砕した攻撃を見て、超が話していた内容がマジだと知ってドキドキしているみたいだ。

「クラスのみんなを心配させた罰だ」
「う……」

だが、リィンは一刀両断でアスナの言を斬って捨てた。

「いいんちょの説教を聞くのは覚悟するんだな」
「「「「「ええ―――っ」」」」」
「ネギ少年……落ち込む暇があったら、この連中の勉強を続けて見てやって下さい」
「え?」
「教師失格の汚名返上のチャンスです」
「そ、そうですね!」
「ええ、不名誉な過去は変えられませんが、恥を雪ぐ機会まで失うのはどうかと思います」
「う、うう……頑張ります」
「では私はこの本を返却してきますので先にお帰りください」

口調こそ礼儀正しいが、目は「とっとと帰れ」と物語るリィンにネギは気圧されるようにしてエレベーターに乗り込む。
アスナたちもネギと一緒にエレベーターで地上へと帰っていく。



「で、学園長。あんまり遊びが過ぎると学園長室を砲撃しますよ(ちっ! ギリギリで避けられたか)」
『フォフォフォ、すまんの(あ、危なかったのぉ……もう少しゴーレムとのリンクを切るのが遅かったら……寝込んでたかも?)』

声こそ気楽に聞こえるが近右衛門は学園長室で大量の冷や汗を流していた。
辛うじてゴーレムの制御を切り離してフィードバックから来るダメージを回避していたのだ。

「思わず木乃香に流れ弾を一撃当てろと叫ぶ誘惑に負けそうでした」
『す、すまん! この通り詫びるから赦してくれぬか?』

シャレにならない一言に流石に悪ふざけが過ぎたかと近右衛門は焦り、即座に謝罪していた。

「クウネルお兄ちゃん、コレどうしよう?」

リィンは一応謝罪の言葉を聴いて満足したのか、手に持つ本をどうするかに動く。

『ご苦労様でした。こちらのルートを使って下まで来てください。
  お礼を兼ねて、美味しいお菓子を用意しましたよ』
「さっすが♪ どこぞの迷惑ジジイと違って気が利くね」
『いえいえ、わざわざお手数をお掛けした分のお礼は当然でしょう』
「……セコイジジイは何もくれないけどね」
『…………すまんの、せこくて』

リィンに扱き下ろされ、非常に肩身の狭い近右衛門だった。
この後、リィンは指定されたルートを通ってクウネルの元で楽しいお茶の時間を過ごした。




また2−A組はクラス平均点で最下位から一気にトップに躍り出るという快挙を成し遂げた。
これによってネギ・スプリングフィールドの最終課題は無事に終了し、来期から正式に教員として3−A組の担任となる。

「アスナさん……」
「ん、なによ?」
「リィンフォースさんって……もしかしたら魔法使いかもしれません」
「え……ホントなの?」

ちょうど木乃香が席を外した寮の部屋でネギはアスナに話す。

「多分ですけど……リィンフォースさんが現れた時に強い魔力を感じたんです」
「そうなんだ……で、どうすんの?」
「そこなんですよ……僕、どうしたら良いんでしょうか?」
「いや、私に聞かれても……」

突然、ネギに詰め寄られてアスナは困惑している。

「リィンフォースさんってすっごく強い方に見えるんです!」
「そ、そうかもね」

確かにゴーレムの腕を斬り落とし、巨大なハンマーで完全粉砕した実力を見たからネギの言い分の理解できる。
アスナがネギの言い分に賛同すると、ネギはキラキラと目を輝かせて話す。

「まさか、こんな近くに魔法使いがいるなんて♪」
「でも……嫌われているけどね」

興奮しているネギを一気にクールダウンさせる一言がアスナの口から出る。
その言葉は確実にネギのハートに突き刺さってしまった。

「……きょ、教師失格。ぼ、僕は……」

あの時告げられた言葉をネギは思い出して暗く沈みこんでいく。

「ま、まあ来年はきちんと先生やって、立派な教師だって態度で見せるのはどうかしら?」

底なし沼に落ちて抜けられずに沈んでいくネギをイメージしたアスナは慌ててフォローする。

「そ、そうですね! 僕、必ず汚名挽回します!」
「……あのね」
「なんですか、アスナさん♪」

気合を入れて、前向きになるネギにアスナは複雑な顔で突っ込む。

「汚名挽回じゃなくて、この場合は汚名返上なの」
「え゛?」
「日本語って結構難しいのよ」

バカレッドの異名を持つアスナの指摘にネギは身体を硬直させた後……真っ白な灰になってしまった。

(ホント、世話の焼けるガキんちょだわ)

手間の掛かる弟みたいなネギにアスナは吐息を吐いて、これから起きる騒動を想像して苦笑いする。

(やっぱ私がフォローしなきゃなんないだろうな……ハァ〜)

神楽坂 明日菜……彼女の未来予想は正鵠を突いていた。
いよいよ新学期から「闇の福音」「不死の魔法使い」などの異名を持つ真祖の吸血鬼がネギの前に立ち塞がる。




今は束の間の休息だと……この時の二人は知る由もなかった。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

エヴァンジェリン……複雑な心境に追い込まれる。
茶々丸は茶々丸で方向性が若干違うボケを発動。
ネギ、リィンフォースの嫌味で落ち込み中。
そしていよいよ「闇の福音」が行動を開始する。

風雲急を告げる展開になるのか?
活目して次回を待て!








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