リィンは学園長の突然の呼び出しに非常に不機嫌だった。

「なんでしょうか?」
「うむ、近頃な桜通りに出る吸血鬼の噂についてじゃ」
「……初耳ですけど」

初めて聞く噂話にリィンの機嫌は更に悪い方向に進み出し……学園長室に殺気混じりの空気が充満する。

(くだらない……私に聞かせる事でエヴァに牽制する気なんでしょうけど、私はエヴァの味方よ)

恐れという感情は誰にでもある。
目の前の近衛 近右衛門はそんな感情を持っていない様子だが、他の魔法使いはエヴァンジェリンを恐れて距離を取っている。
おかげでエヴァンジェリンの元で暮らしている私に対しても魔法使い達は警戒し、監視とまでは行かないが見られている気がしてならない。

(何故……恐れる? 敬えとは言わんが、お前達よりもはるかに長い時間を掛けて研鑽してきた優れた魔法使いなんだぞ。
  実力を認めて師事すれば、更なる高みへと到達できるかもしれないのに)

その実力は周知の事実なのだ。高みへと至れる可能性を自分から放棄するとは何事だと言いたい。
今回の一件に関しても学園長の遊び心が先に出ている点がリィンフォースには不愉快極まりなかった。

(ホント、くだらない遊びばかりしたがるんだから)

もっともリィンはその噂話の主役がエヴァである事を知りながら平然と聞き返していたが。

「あーすまないが、そう怒らんでくれ」
「悪いが怒らずにはいられない……今日の食べ歩きの予定が大いに狂わされたからな」

食い物の怨みと聞いて学園長 近衛 近右衛門の大きく張り出した後頭部にでっかい汗が浮かぶ。

「そ、それはすまなんだ……代わりといっては何だがコレを受け取ってくれ」

近右衛門は非常用に用意していたあるアイテムを懐から出してリィンに渡す。
手渡されたチケットを受け取ったリィンは一瞥する。

「ほう、良いだろう。話を聞こうか?」
(よ、良かった。評判の焼肉店JoJo苑の無料優待券を用意して正解じゃったな)

殺気を消して、聞く姿勢を正したリィンに近右衛門は咳払いして話す。

「もし、その噂が事実でエヴァンジェリンが動く場合、中立の立場で動いて欲しいのじゃ」
「つまり……トラブルが発生した時のフォローに専念しろと?」
「うむ、その通りじゃ」
「まあ仮にエヴァがこの件に関与していても手出し無用と言われるから構わない。
  だが、この前の一件で魔法使いと思われた可能性もあるし、ネギ少年に泣きつかれる可能性もあるぞ。
  その場合は突き放しても良いんだな?」
「構わんよ……これも試練じゃからな」
「……常々思うが、あなたは愉快犯で悪趣味だな」

呆れた視線で見つめるリィンに、

「フォフォフォ、そんなに褒めんでも」
「あなたを始末したほうがネギ少年の為になると思う私はおかしいのかな?」

この場にもし魔法先生が居れば、即座に同意したかもしれない場面だった。
近右衛門は、フォフォフォと誤魔化し笑いでリィンの睨みつける視線を流していた。

「まあ、いいさ。ネギ少年には少々言いたい事もあるし……少し痛い目にあって人生の厳しさを知ってもらおう」
「すまんの」
「ただし、もし茶々丸に何かあれば……ネギ少年は殺すよ。
  エヴァはそう簡単に死ぬようなタマじゃないけど、茶々丸は別だし……我が家の食を取り仕切っている大事な家族だからね」
「そ、そうかね」

近右衛門は冗談じゃよなと思いつつ、目の前の少女の目が全然笑っていない事に気づいて脂汗を流し続けていた。

(わし……もしかして話す相手を間違えたとか?)

どうもエヴァンジェリン本人に先に話して牽制するべきじゃったかのと少し後悔していた。

「用件は済んだから帰る」
「うむ、では頼んだぞ」

好意の欠片もない視線を向けてから部屋を出て行くリィンを見送り、

「失敗じゃったな……ネギ君、くれぐれも茶々丸君を狙わんようにな」

この場に居ないネギが地雷を踏まないように祈る近右衛門の姿があった。
この瞬間、ネギVSエヴァンジェリンのバトルが決定した。




麻帆良に降り立った夜天の騎士 九時間目
By EFF






学園長室から退室したリィンフォースはシスターシャークティの仕事場である教会へと足を運ぶ。

「―――という事情から、もしかしたら……どうかしましたか?」

今回の騒動の際に同じクラスの魔法生徒――春日 美空(かすがみそら)の助力を得ようとしたリィンは事情を話すに連れて頭を抱える教師役のシャークティを不思議そうに見ながら一旦会話を中断した。

「……まあ、シャークティ先生の苦悩は痛いほど理解できます」
「そうね。悪趣味な話に付き合わされているのはあなたでしたね」
「だから非常時のフォローに春日さんを借りたいのですが……彼女、使えますか?」
「……残念ながら…………ええ、とても残念な事だけど……」

苦悩する表情だけで事情を察したリィンは、

「いえ、言わなくても構いません」
「……力不足を痛感してます」

その一言で美空の実力を知って諦める事にした。

「仮にですね、修学旅行で京都に行った際、もし現地で戦闘になれば……?」
「はっきり言ってダメです」
「……そうですか。
  一応、ハワイに一票入れたんですが……ダメになったんで万が一の戦力を確保しようとしたんですが」
「もしかして京都行きになったんですか?」

恐る恐る聞いてくるシャークティにリィンは頷く事で答えた。
生徒の自主性も重んじたのかもしれないが、事情が事情なだけに学園長権限でハワイにする事も出来たはずとシャークティは考える。
関東魔法協会と関西呪術協会の仲は非常に険悪な状況だと学園長本人も知っているはずだ。
今でさえも孫娘である近衛 木乃香を人質と勘違いして、学園に侵入して奪還しようとする西側に過激な連中が居る。
そんな状況で今回の修学旅行は本拠地の京都へ行くなど正気を疑いたくなる。

「が、学園長の悪趣味はどこまでエスカレートするんでしょうか?」
「私に聞かれても困りますよ、シスターシャークティ」

最大の迷惑を被っている少女は既に諦観したような表情しか見せなかった。

「最悪は一時的にエヴァンジェリンさんの呪いを誤魔化して同行してもらおうと考えています」
「え…………そ、そんな事が可能なのですか?」
「大掛かりなシステムを使うので出来れば……使わずに済めば良かったんですが」

一瞬リィンの話した内容が出来ずにいたシャークティだったが、内容を理解して目の前の少女が規格外の魔法使いだと知る。

(この子、もしかしたらサウザンドマスタークラスの魔法使いなのかしら?)

あの英雄の掛けた呪いを一時的にも解呪できる人物などこの学園には居なかった。
しかし、目の前の少女――リィンフォース・夜天は出来ると自信を持って告げている。
学園長の無理難題を平然とこなす稀有な人物かもしれないとシャークティは思わず考えてしまった。

「では、春日さんは戦力外と考えてよろしいですね?」
「え、ええ……そう考えて行動しなさい」

用件を無事に完了させて出て行こうとするリィンに、

「ごめんなさいね……力になれなくて」
「そんな事はないですよ。
  もし何かが起きて、その責任を取るのは私じゃありませんから
「そ、そうね」
「ええ、最初からトラブルが発生すると判っていながら手を打たない愚か者の所為ですから」

辛らつなセリフを笑って述べるリィンにシャークティは思う。

(学園長は、この子を敵に回す気なんでしょうね……自身の愚かさで)

おそらく何かあったら自分の責任にする気だろうが、現場で苦労するのは目の前のリィンを含む3−Aの少女達だ。
大体もし生徒に何かあった場合や件の少女が利用される事態になったら……戦争勃発の可能性もあり得る。
実行犯は過激な思考の持ち主なのだ……当然、上の考えなど知った事ではないのだ。

(決定事項だからどうにもならないけど……一言注意だけでもするべきね)

リィンを見送ってからシャークティは学園長室に向かう事を決意する。
……少しでも少女達の負担が軽くなるように。


このシスターシャークティの行動を知った魔法先生達は迷惑を被っている少女達の身を案じていた。

「高畑君……学園長、何とかならんかな?」

元2−A組の担任の高畑に明石 裕奈の父親で魔法先生の明石教授が尋ねてみる。

「……無理でしょうね」
「……そうか。娘のクラスだけに心配なんだが」
「それよりも修学旅行の対応のほうが更に深刻だと思うんです」

中等部女子の教師である瀬流彦が予定されている修学旅行でのトラブルで悩んでいる。

「場所が場所だけに事故が起きなければ良いんですが……」
「確かにネギ君なら特使としては最適なんだが、まだ10歳なんだよ。
  少々どころか、かなり荷が重いと私は思うが?」
「ええ、僕もそう思いますし、僕がサポートできれば良いんですが……僕達の事は秘密になってますからね」

深刻な顔で話す瀬流彦に経緯を聞いていたガンドルフィーニも無理があるのではと考えて意見を述べている。
ガンドルフィーニは個人的にネギ君の試練だから、自分達の存在を教えないという点には反対はしていない。

(安易に頼るのはネギ君の成長を阻害しかねない……その点には文句はないが、これは無茶なんじゃないかな)

「なあ高畑君……実際のところエヴァンジェリンは本気でネギ君と戦う気なのか?」
「僕もその点は気になりますね」
「うむ、私も気になるね」

ガンドルフィーニの質問に瀬流彦と明石教授が続いて高畑に視線を向ける。
ここに居るメンバーの中では一番エヴァンジェリンとの付き合いがあるので予測が立てられるだろうと思っているみたいだ。

「格下のネギ君相手に本気にはならないと思う。
  ただ……ネギ君がエヴァを怒らせない事が条件ではあるけど」

高畑の返事を聞いて三人は大きなため息を吐いている。

「……ネギ君次第か?」
「ただ見守るだけっていうのも辛いですね」

ガンドルフィーニと瀬流彦がただ見守るだけの状況に複雑な気持ちでいる。
学園長の方針に逆らうのは不味いし、何よりもトラブルが発生する度に安易に頼られるのも本人の為にならない。

「……あのクラスに在籍する魔法生徒で対処してもらうしかないね」

明石教授の意見に二人の頭に浮かんだのはリィンフォース・夜天と名乗る少女だった。
魔法使いを騎士という名で隠して、自分達とは一線を画した考えを持って行動する魔法使い。

「彼女が上手く動いてくれたら、何とかなるかもしれないが……」
「あの子もまたトラブルメーカーですよ」

一縷の望みと言わんばかりにガンドルフィーニが話すが担任ではないが教師として同じ場所で活動している瀬流彦は困った顔で話している。

「確かに魔法使いとは違う存在のように振舞っていますけど……」
「まあ実際に魔法じゃなく気を使った技が殆どだけどね」
「僕でさえ見れなかった幽霊少女を表に出すし」
「……彼女に関しては僕も見えなかったんだから、気にしないように」

落ち込む瀬流彦に高畑がフォローの声を掛ける。
実際に高畑も話には聞いていたが、見る事が出来ずにいたので驚いていたのだ。
話題に上がった幽霊少女――相坂 さよは現在クラスの一員として楽しくやっている。

「悪い子じゃないから困るんですよ」
「……人助けと考えるべきなんだろうな」
「学園長に進言しても……笑って誤魔化されるんでしょうね」

瀬流彦の諦観気味の意見に三人は乾いた笑い声を出しながら、手遅れだと判断して被害が最小でありますようにと祈っていた。




桜の花びらが舞い、春の訪れを感じさせる陽射しの中、

三年♪ A組♪ ネギ先生♪」
「ア、アホですか」 「バカだろ、こいつら」
(聞こえているぞ……ツッコミコンビ)

馴染みの生徒達の明るい声が教室に広がり、ツッコミ役の綾瀬 夕映と長谷川 千雨の声をリィンは心の中で逆ツッコミしていた。

「はい、みなさんのおかげで無事3−A組の担任になれましたネギ・スプリングフィールドです。
  今年一年、よろしくお願いします」
「よろしくね♪」

生徒達の声が響く中、私は隣に座る友人に念話で尋ねる。

『いよいよですね』
『ああ、歓迎の宴の準備は既に完了している』
『もし、ネギ少年が弱過ぎるのなら……テコ入れしようか?』

それとなくエヴァにこれから始まるゲームの調整をするべきか聞いてみる。

『見た限り使える呪文は二桁ないみたいだし、戦闘訓練もしてないからワンサイドゲームで終わるかも?』
『む……確かにそれではつまらんな』
『ジジイが中立で居ろっていうから……教師役で乱入しちゃおうかなと考えたの』
『じじいがか?』
『うん……桜通りの吸血鬼の事、聞いてきたんだ。
  多分、数日中に呼び出されるんじゃないかな』
『ちっ! 相変わらず喰えないじじいだ』

ネギ少年が自爆気味のセリフを言って逃げるように教室から出て行くのを見ながら念話を続ける。
エヴァにとって久しぶりのお遊びだから少しでも楽しめるようにしたいし、京都行きの事を考えると少しネギ少年のパワーアップも必要だと考える。

『なんで吸血鬼が吸血生物に変わるんだろ?』
『……失礼な奴らだな』

気が付けば、黒板に謎の吸血生物チュパカブラの絵が描かれて、鳴滝姉妹と宮崎 のどかが怯え震えている。

「もう吸血生物なんているわけないでしょ!」
「そんなこと言ってぇ――ホントは怖いんでしょ、アスナ」
「違うわよ! あんな変な生物が日本にいるわけがないから言うの!!」

椎名 桜子のからかう声にアスナは怒鳴り返す。

「その通りだな、神楽坂 明日菜。
  だが、ウワサの吸血鬼とやらはイキのいい女が好みらしい」
「へ?」
「アスナは元気が良いから狙われないように夜出歩いちゃダメだよ」
「は、はあ……」

からかうように告げる私達にアスナは不思議そうに聞いていると廊下から和泉 亜子の声が聞こえてきた。

「た、大変や―――っ! ネギ先生―――っ!!
  ま、まき絵がっ!! まき絵が―――!!」



廊下で健康診断の終了を待っていたネギは自分とは違う魔力の波動を感じていた。

「……あれ?(何だろ、この感じ……?)」

不思議そうに周囲を見渡そうとした時に和泉 亜子が慌てて駆け寄って来る。

「ネギ先生―――っ!! まき絵が―――っ」
「何!? まき絵がどうしたの!?」
「うわっ〜〜〜!!」

何があったか、聞こうとしたネギはいきなり下着姿の生徒の姿を見て思いっきり焦っていた。


とりあえず制服を着てもらった生徒達と共にネギは保健室に向かう。
そこには桜通りで倒れていた佐々木 まき絵がベッドで眠っていた。

「ど、どうしたんですか、まき絵さん?」
「なんでも桜通りで寝ていたのを見つけたらしくて」

付き添いにいた同僚の源 しずか先生がネギに事情を話す。

「なーんだ、心配しちゃったよ」
「甘酒飲んで寝ちゃったんじゃないかな――」
「昨日は暑かったし、夕涼みでそのまま寝たとか」

背後で生徒達の予想を聞きつつ、ネギはまき絵から魔力の痕跡らしい物を感じていた。

(どういうことだろう……誰かが魔法をまき絵さんに使ったのかな?)
「ネギ、どうかしたの?」

急に黙り込んだネギを不審に思い、声を掛けたアスナにネギは告げる。

「いえ、何でもありません。
  まき絵さんはただの貧血みたいですし、心配ありません」
「そう」
「申し訳ありませんが、今日は少し遅くなると思うので僕の夕飯は用意しなくてもいいです」
「え?……う、うん」
「ええの、ごはん?」
「あ、はい」

同居している木乃香の問いに答えて、ネギは今夜桜通りの巡回をしようと考えていた。






日が沈み、街灯が灯る桜通りを独り……宮崎 のどかは通る。
友人達と別れて一人先に寮へと帰ろうとして、噂の桜通りをおっかなびっくりで歩いて行く。

「こわくな〜い……こわくないですよ〜」

昼に聞いた桜通りの吸血鬼の事を思い出して空元気のような声を出しながら歩く。


サァ――――

「ひゃう!」

風が葉を揺らす音に慌ててるのどか。
そして振り返ったのどかは街灯の上に立つ黒い裾の辺りがボロボロのマントを着た人物を見つける。

「ひっ!」
「宮崎 のどか……フフ、その血を少し分けてもらおうか?」
「キャ、キャアアアァ―――――!!」

手に持っていた鞄を落として恐怖で叫ぶのどかにゆっくりと舞い降りてくる。

「はぅぅ……」

気を失ったのどかに迫る時、

「待てェ―――っ!!
  ぼ、僕の生徒に何をするんですか―――!!」


杖に跨って巡回していたネギが現れた。

風の精霊11人 縛鎖となりて 敵を捕まえろ!
 魔法の射手・戒めの風矢!!

放たれた11本の魔法の矢が謎の人物に迫るが、

「ふん、もう気付いたか……氷楯

魔法薬の入ったフレスコを投げてネギの魔法の矢から身を守った。

「僕の呪文を全部はね返した?」
「フフフ、なかなかやるじゃないか」

風が吹き謎の人物が被っていた帽子が飛んでいく。

「あ、あなたは?」
「やあ……ネギ先生、こんばんわ。魔法使いとして歓迎するよ」
「エ、エヴァンジェリンさん?」

まさか二人目に出会った魔法使いが同じクラスのエヴァンジェリンと知ってネギは吃驚していた。

「驚いたぞ。まさか10歳にしてこれほどの魔力があるとはな」
「な、なぜエヴァンジェリンさんがこんな事を?」

驚くネギの様子を気にせずにエヴァンジェリンはネギが最も興味を感じる言葉を紡ぐ。

「さすがはあの男の一人息子と言うべきかな」
「え?」

ネギが自分に言葉に食いついてきた事に満足しながらエヴァンジェリンは呪文を唱える。

「氷結 武装解除!」
「う、うわっ!」

防御の呪文が間に合わないと感じたネギは魔力を放出する事で抵抗する。
だが、抵抗むなしく……抱きとめていたのどかの服が弾け飛ぶ。

「み、宮崎さん、大丈夫で――あ、あわわ……あぅぅ」

ネギはのどかの裸を見て顔を真っ赤にして慌てていた。

「ほぉ抵抗したか……やはりな」
「な、何でこんな事を?」

のどかの方を見ないようにしてネギはエヴァンジェリンに問う。

「知れたこと……世の中にはいい魔法使いと悪い魔法使いがいるのさ」

クククと喉の奥から漏れ出す笑い声にネギは怒っていると、

「何や、今の音!?」
「あっ、ネギ!!」

一人で帰ろうとしたのどかが心配になって引き返してアスナと木乃香がやって来る。

「うひゃぁ〜〜ネギ君が吸血鬼やったんか?」
「あ、あんた、何やってんのよ!? 今度は本屋ちゃんにセクハラ!?」
「ご、誤解です!」

服が殆ど弾け飛んでいたのどかを見て慌てる二人にネギが慌てて説明しようとする。

「フフ……」
「あ、待てっ!」

風が吹き、桜吹雪にまぎれて逃げようとするエヴァンジェリンに気付いて、

「す、すいません。宮崎さんの事お願いします。
  僕はこれから事件の犯人を追いかけますから!!」

二人にのどかの事を任せて追跡を開始した。

「え? ちょっとネギ君?」
「ま、待ちなさいって―――!」

後ろから掛けられる二人の声は既に追跡に意識を傾けたネギには届かなかった。

「ど、どないすんの、アスナ?」
「う〜ん、木乃香は本屋ちゃんのことお願いね。
  私は……ネギを追ってみるから」
「……分かったわ。のどかを放っておくのもなんやしな」
「じゃあ行くね」
「気〜つけや〜」

木乃香の暢気な声を聞きながらアスナはネギが走り出した方向に駆け出した。

「しかし、ネギ君……足はやいんやな」
「……木乃香」
「ひゃぅ! だ、誰や?」

ネギの足の速さを感心していた木乃香は背後から掛けられた声に吃驚していた。
振り向いた木乃香は声を掛けた人物を見て安堵する。

「ゴメン、驚かせた?」
「リ、リィンちゃんか……ホンマ、吃驚したで〜」
「それより木乃香がウワサの吸血鬼だったの?」

犯人を知っているのに態と無関係を装うリィンフォース。

「い、いややわ。うち、吸血鬼やないで」
「そうなの? じゃあ宮崎さん、裸にして襲ったわけじゃないんだ」
「そっちの趣味もあらへんて」
「じゃあコレ着せて寮まで送っていくね……この頃、物騒だから」

手に持っていた体操服を見せて、二人はのどかに着せて寮へと向かう。

(まあこれで今回はフォローしたって事でいいかな)

のどかを背負いながらリィンフォースは学園都市に設置したサーチャーからの映像を脳裡に浮かべて状況を監視していた。

(しかし、久しぶりだからってエヴァ……ノリ過ぎだね)

満月で一時的に僅かでも魔力を回復させたエヴァの浮かれようにリィンは呆れている。

(ホントにストレス溜まっていたんだな……)

時折、声を掛けてくる木乃香に相槌を打ちながらリィンは監視を続行する。

(アスナって無意識のうちに気を使って身体強化してるのかな?)

二人の後を追跡しているアスナの脚力を分析して……判断する。
監視映像を見る限り一般人レベルの脚力にも見えない事もないが持久力に関しては一般人レベルには見えない。

(へえ……風の中位精霊も使えるんだ)

ネギが魔法で自分の分身を作ってエヴァンジェリンを追い詰める様子にリィンは感心している。

(エヴァが言うように才能は受け継がれたって事か。
  まあ、それでも……経験不足なんだけど)

三学期という時間を使ってエヴァとリィンの二人はネギの魔法使いのレベルの分析を行った。
魔法学校では武装解除と魔法の射手くらいしか攻撃に関する魔法を覚える事が出来ないと佐倉愛衣に聞いたことがあるリィンはネギが独力で習得した点を評価している反面、実戦経験の乏しさを知りながら自分一人で巡回する手際の悪さに呆れている。

(ふぅん、追い詰めて武装解除……一応考えているんだ)

中位精霊を使ってエヴァの動きを封じて武装解除を行うネギにリィンは感心するが、

(パートナーの意味を勘違いして覚えたツケが来たみたいだね)

ネギが呪文を唱えようとするたびに妨害する茶々丸に驚きながら、徐々に自分のほうが不利だと気付いて焦る様子を楽しむ。

(エヴァのイジメっ子体質が移ったのかな……まあ別にいいけどね)

どうもエヴァの影響を受け始めている気がするリィンだが、本人は特に気にしていないらしい。

(でも……うっかり体質だけは勘弁だけどね)

茶々丸がネギを取り押さえ装備を外していく映像にリィンは思う。

(やっぱり実戦経験のなさが敗北の原因――――ってどういう事!?)

勝利宣言をしてネギの血を吸い始めたエヴァを蹴り付けたアスナの行動の異常さにリィンは不審に思う。

(確かに力は万全じゃないけど一般人に吸血鬼の持つ魔法障壁を貫けるものなの?)

エヴァ自身も驚いている以上は何らかの力をアスナが持っている可能性があるとリィンは判断する。

(魔法を……無効化する体質。そうよね……あのジジイが理由もなく木乃香のルームメイトにするわけないか)

チラリと視線を木乃香に向けて、リィンは可能性の一つとして考慮する。
強かな学園長の事だから安易に部屋割りをするわけがない可能性も十分にあった。

(あ〜あ……怒ってはいるけど状況をきちんと見定めて撤退するのは流石だよね)

今のエヴァは魔法薬がなければ魔法を十分に活用できない状況だ。
武装解除の魔法を受けた以上、条件はやや不利になったはず。

(今回は挨拶という事で次回をお楽しみっていうところか……)

強攻策を取っても勝てるだろうが、不意を突かれた時のダメージが思った以上にあったのか……あっさりと引き下がっている。

(とりあえずパートナー候補のアスナの特殊能力が判った事で良しとしますか)

のどかと木乃香を無事に寮まで送り届けてリィンは自宅へと歩を進める。

「刹那……いい加減素直にならないと本当に友達なくすよ」

歩きながらリィンは、素直になれない刹那の様子にため息を吐いている。
先ほどまで影から木乃香の護衛を刹那は行っていたのをリィンは気付いていたが、敢えて何もせずにいた。
声を掛けても逃げ出してまた隠れて警護に回るのは確実だし、逃げ回る姿を木乃香に見せると傷つくのも判っていた。
どちらも大切な友人と思っているのに、刹那が自分の正体を知られるのが怖くて距離を取っている。

「この状況が続けば、本当に木乃香が離れて行くんだけどね」

自分を嫌っているから逃げていると完全に思われたら、顔を合わせる事でこれ以上嫌われたくないと考えるかもしれない。
そんな事態になれば、完全に護衛に支障が出て他の者に代えられる可能性だったあるのだ。

「まあその時はその時か……忠告はしたし、自業自得だもんね。
  それにこういうややこしい事態にしたのは周りの大人達なんだからツケは娘の心にダメージを与えてしまうという事で」

木乃香が何時までも裏の事情を知らずにいる事は出来ないとリィンは予測している。

「ジジイが何を考えているのか知らないけど……側におっちょこちょいの魔法使いの少年がいる以上は夏までにはバレるね」

木乃香の暢気な性格ゆえにネギ少年の不自然さは気にしていないみたいだが……何時までも誤魔化しきれるものではない。

「どんな未来が待ち構えているかは知らないけど……側で支える者がいない状態ではお先真っ暗だよ。
  木乃香は純真無垢で人を疑わないから、好き放題に利用されて……心が壊されるだろうな」

疑心暗鬼で潰れるか、洗脳されて心を壊されるか……立場で動けない親が何処まで守りきれるか見物だと思う。

「ねえ刹那……本当に大切だったら隠さずに曝け出して、今の自分のありのままの姿を見せて行くしかないんだよ。
  ホンの少しの勇気を見せる事が出来なかったから……私は失ったんだから」

主はやてに隠し続けていたから、今の自分は此処に居る。
もっと早く事情を説明して対応策を考えれば……何かが変わっていた可能性もあるのだ。
たった一歩の踏み出す勇気がなかったから、その手から零れ落ちた。
刹那と木乃香。どちらも優しい心を持った友人だからすれ違う事なく幸せになって欲しい。

(後は本人次第……部外者が口を挟んでも碌な事にならないからこれ以上のお節介はしないよ)

リィンは二人の関係が少しでも早く改善されますようにと星に祈りながら自宅へと帰って行った。





「ただいま〜」
「お帰りなさいませ」

玄関のドアを開けて、ただいまと言えば返事が返ってくる……リィンはそんなありふれた日常が欲しかった。
リビングに入ると少し赤くなった頬を冷やすエヴァの姿があった。

「アスナに蹴られて、カッとなった頭は冷えた?」
「最初から冷えてるわ!」

からかうように話すリィンにエヴァは不機嫌な顔で反論した。

「アスナって魔法を無効化する特殊能力でも持っているのかな?」
「なんだと?」
「だって、エヴァの障壁を簡単に突破できるなんて不自然だよ」

リィンの指摘した点にエヴァはまさかという感情を顔に見せながら考察する。

「確かに不自然なところはあるな」
「大体あの孫馬鹿ジジイが木乃香の側に一般人を配置しておくの?」
「む……それも否定できん。
  神楽坂 明日菜……思ったより難物かもしれん」
「何処まで魔法を無力化できるかしれないけど、前衛に回れば魔法使いにとっては最悪だよ。
  特に今のエヴァにはね」

封印状態のエヴァでは呪文使用時に魔法薬がなければ使えないという難しい現実がある。

「問題はこれからだよ。
  今はピーピー泣いているみたいだけど、アスナをパートナーにして各個撃破に動く可能性もある。
  次の満月か、近日中に行われる大停電まではエヴァ達は守りに入るからね」
「そうだな。科学の力で封印を支えていたとは……時代は変わったな」

登校地獄の他にエヴァの魔力を抑えている結界が実は電力で維持しているなど想定外だったのだ。

「そう? 私から見れば……時代遅れというか、頭の固い連中ばかりだけど」
「……いや、お前の世界と一緒にされてもな」

魔法科学という物に支えられていたリィンから見れば、かなり遅れた文明かもしれない。
しかし、エヴァから見れば、ハイテクに支えられている今でも十分進んでいるように見えるのだ。

「茶々丸、気をつけてね。
  各個撃破する気なら、まず従者である茶々丸を狙うんだから」
「そうだな。単独で行動する時は常に周囲を警戒しておけ」
「承知しました」

エヴァの傍らに控えていた茶々丸が一礼して返事をしている。

「で、どうするの? もう少し楽しみたいのなら……ネギ少年にテコ入れするけど?」
「……「戦いの歌」を教えてやれ。
  あれではパートナーが見つかってもつまらん」
「分かった。一応ね、呪いを解く方法は二つあるし、ネギ少年に貸しを作っておくのも良いでしょ」
「もう一つあるだと?」
「うん、あるよ。すぐにでも出来るやつだけど……ネギ少年の協力が必須条件付きだけどね。
  エヴァは回復魔法が殆ど使えないけど、私は使えるから吸血行為を行いながら血液を回復魔法で増血させるの。
  これなら一人分、二人分の血液が犠牲なく手に入るよ」

簡単に血液が手に入る方法を提示され、呪いの解呪が比較的楽に出来る案を教えられてエヴァは絶句する。
真祖の回復力を当てにして回復呪文の習得を疎かにしていたツケが今になって現れてきたようなものだった。

「くっ! そ、そんな裏技があったとは……」
「やっぱりこの世界の魔法使いってうっかり属性があるのかもね」
「……否定できませんね」
「グハッ!!」

茶々丸にも肯定されてエヴァは激しく心にダメージを負っている。

「エヴァンジェリン――うっかり属性レベルアップかな♪」
「リィンさんも魔法使いのルールに染まって、うっかり属性を得ないように気を付けて下さい」
「茶々丸はしっかりして優しいね」
「今、夜食を用意しますね」
「うん♪」

茶々丸とリィンが仲良く談笑している後ろでは、

「う、うっかり……不死の魔法使いと言われ恐れられた私がうっかりだと……」

ドヨ〜ンを真っ黒な影を周囲に展開して激しく落ち込むエヴァの姿があった。







本日のスコア

ネギ・アスナVSエヴァ・茶々丸――時間切れドロー
エヴァVSリィン・茶々丸――エヴァのうっかり属性発覚による心理的ダメージでリィン・茶々丸の勝利だった。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

いよいよエヴァンジェリンが行動を開始しました。
アスナの持つ魔法無効化能力にリィンフォース、エヴァンジェリンが気付きました。
原作ではまだ先の話ですが、よくよく考えると木乃香を非常に可愛がっている学園長が寮のルームメイトにアスナを選んだ可能性が高いんですよね。
アスナが持つスキルを利用する気があったのかは別ですが、木乃香の友人にレアスキル持ちを与えたと考える方が有り得そうな話かも。

それでは風雲急を告げる展開に活目して次回を見よ!(なんちって)









押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.