(正直、人に教えるのはまだ早いかと思っていたアル。
  しかも相手は担任のネギ坊主とは思いもしなかたけど……筋は良いから面白いネ)

リィンに連れられてきたネギに中武研(中国武術研究会)部長の古 菲はリィンのお願いに最初は途惑っていた。
自身がまだ修行中の身ゆえに断りたい気持ちもあったが、リィンには世話になっているので断れなかった。

「――ハッ!」

変なクセもなく、教える事をきちんと聞いて水を得た魚のように身に付けるネギ。

(これは教え甲斐がアル♪)

強くなりたいという意欲を持ち、真面目に型の練習をする姿は見ていて気持ちがいい。

「ちょと待つアル」

ネギの動きをじっと見つめていた古はネギに制止の声を掛ける。

「は、はい?」
「ココはこうするネ」

まず自分が一通りの型を見せて、次いでネギにもう一度やり直させる。

「わ、わかりました、古老師」
「うむ。頑張れ、ネギ坊主」

おかしなクセを身に付けないように注意しながら古はネギに手取り足取り教えていく。
急に強くはなれないが、こうした地道な練習を積み重ねる事で強くなれると知っている古は、師としてネギの成長を微笑ましく見守っていた。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 十一時間目
By EFF




――少し時間を遡る。

ネギを追うようにイギリスからやってきたカモは現状を聞いてパートナーの重要性を訴える。

「兄貴! やっぱりパートナーは必要ですぜ!!
  前衛のガード役がいない状態じゃとてもじゃないですけど勝てねえよ」

仮契約――パクティオー――を行う事で入る報酬に目が眩んでいるカモはしきりにネギにパクティオーをするように催促するが、

「それは分かっているんだけど、危険な事に誰かを巻き込むのはダメだと……」

煮え切らない返事でカモを苛立たせるばかりだった。

「アスナの姐さんも兄貴に言ってくれよ!
  このままじゃ、本当にヤバイって」

事情を知っているアスナを味方にしようとするが、

「イヤよ。仮契約ってキスしないと不味いし……」

契約方法を聞いてからは非常に嫌そうにして言葉を濁していた。

(そりゃあネギのピンチだからさ、力を貸しても良いけど……さすがにキスはちょっと。
  それになんか試合みたいな形だけど、怪我するかもしれないケンカに参加するのは……)

一応、リィンの言い方から殺されはしないみたいだから、ネギの心配は減っている。
本当に危ないようだったら……おデコにキスくらいならしょうがないかなとアスナは考えていたが、

(大体、このオコジョが一番信用できないのよね)

ネギの姉からの手紙では女性の下着を二千枚も盗んだ泥棒として指名手配されている怪しいオコジョなのだ。

(このまま、ネギのペットとして側に置いておく方が不味いような気がするのに)
「なんっスか?」
「……別に」

非常に冷めた視線でカモを見つめるアスナだった。

(まったく兄貴は煮え切らないし、アスナの姐さんも援護してくれねえ。
  これじゃいつまで経っても報酬が手に入らねえよ)

一度強引にパクティオーに失敗した所為で二人から信用を失っているカモは次の手を打つ。

「それじゃ……真祖の吸血鬼の従者を先に倒してみませんか?」
「「絶対にダメよ(だよ)!!」」

見事にハモった声で二人が青い顔でカモを見つめる。

「な、なんなんっスか?」
「あ、あんたねえ……ネギに死刑執行書をサインさせる気なの!!」
「そ、そうだよ、カモ君! 僕はリィンさんだけは絶対に敵に回したくないんだよ!!」


ネギとの会談の最後に非常に綺麗な殺す笑みで話したリィンを二人は覚えている。
リィンフォースの実力を全て見たわけではないが……ゴーレムをあっさりと粉砕したのを目の当たりに見ただけにアスナもネギも敵にするのは絶対に不味いだろうと考えていた。

「茶々丸さんに手を出したら、エヴァンジェリンさんより危ない人が敵になるんだよ!」
「そうよ。茶々丸さんはリィンちゃんの暴走時のストッパー役なんだから!」
「真祖の吸血鬼より怖いって……どういう人なんスか?」

二人の怯えようにカモは自分がそこまでとんでもない意見を言ったんだとは思えずに不思議そうにしていた。



「む……今、誰かが私の事をウワサした気がする?」

リィンは朝の食卓で誰かの幻聴を聞いた気になっていた。

「あれだろ……食い意地張っているとかじゃないのか?」
「マスター、例え事実でも黙っておくのが礼儀であり、思いやりではありませんか?」
「ケケケ、悪口ヲ言ワレルヨウニナッタンナラ一人前ノ悪ノ仲間入リダナ」

チャチャゼロの悪認定の声よりもリィンは、

「ひどいよ、二人とも。せっかくジジイから評判の焼肉店の無料チケットせしめて一緒に食べに行こうとしたのに。
  イジワル言うのなら一人で行くよ」
「何を言うか? せっかくのチケットを一人で使うなど勿体無いではないか。
  それに何も泣かなくてもいいだろう」
「申し訳ありません、リィンさん……泣かないで下さい。
  お詫びに夕飯にデザートを追加しますから」
「……ならいい。今回のネギ少年歓迎会の後、一緒に行こうね」
「ああ、そうだな。
  それと茶々丸……甘やかすんじゃない。ま、まあ今回は構わないが次はダメだぞ」
「ドッチガ甘インダカ……」
「うるさい!」

嫌味を告げた二人に涙目で話し、二人を困らせる方を優先している。
恐るべき真祖の吸血鬼の家が何気に朝のホームコメディー劇場化し、平和な朝の食事風景を演出していた。




ネギの肩に乗って学園に来たカモは問題の人物へと目を向ける。
銀髪で赤い瞳という非常に目立つ容姿ゆえに一目で分かる。

(リィンフォース・夜天……真祖の吸血鬼の味方だが、今回は中立の立場にいる人物ねー)

パッと見た感じとても強そうな雰囲気を感じられない。

(わけ分かんないっスよ……)

カモにはリィンが少し強めの魔力を持つ小娘にしか見えない。

(魔力が漏れないように抑えているとか?)

教室に入ってアスナの肩に乗って教室全体を見渡す。

(ホント、すげえ人材の宝庫に見えるんっスよ……もったいねえ)

――ゾクッ!!

突然、背筋に氷の刃を突き付けられた気分になって寒気を覚える。
恐る恐る背中から感じる視線の存在に気付いて目を向ける。
まるで捕食者のように自分を観察するリィンフォースに、カモは心の底から先の二人の言動に嘘偽りがない事を知った。

(ちょっと――なにガタガタ震えているのよ。
  授業の妨害するのなら肩から離れて)

アスナが小声でカモに注意するが、カモはその声が耳に入らずに震えている。

(な、なんなんだ? あの人、俺っちを食う気なのかよ!?)



(オコジョ鍋……ちょっと興味あるけど、食べられる部位って一人分くらいかな?)

クラスメイトの長瀬 楓との手合わせ合宿で野兎を捕獲して食べた事もあるリィンはカモを食べてみたい気持ちになっている。

「オコジョ鍋……」

隣の席でリィンの呟きを聞いていたエヴァはリィンの視線の先に顔を向ける。

「ふむ、あれが助言者か? 確か下着ドロだから、捕まえて食しても問題ないな。
  だが、食べられる部位が少ないから半分に分けるか?」
「エヴァと仲良く半分こなら良いよ」
「フフフ……半分こか、悪くないな」

二対の捕食者の目がカモに向かい、この日のカモは絶対に勝手に単独行動しないと心に誓っていた。

(お、俺っちは美味くないってば!!)

図らずもカモは自分が如何に危険な発言をしたのか……自身の身を持って知る事になった。


ちなみにエヴァが真面目に授業に出ているのは、茶々丸から聞いた"ネギのリィンへのパートナー発言"が理由である。

――ウチのリィンをどこぞの馬の骨にはやらん!!

完全に親バカになり始めているエヴァ。
雪の日からリィンの精神年齢が下がり、人前ではそう変化はないが自宅ではエヴァ達に甘え始めたのが原因であった。
だから対立関係であっても真面目に授業に出るエヴァにネギとアスナは危ない吸血鬼だと思えなかった。





カモが身を以って恐怖を体感し、迂闊な行動を控えるように心がけて週末を迎える。
ネギは手に杖を持ち、リュックサックを背負って学園都市の山間部の麓にリィンと来ていた。
リィンもネギも山歩きに適した服装でしっかりとした足取りで山に入ろうとする。
午前六時――朝靄で森は眠りから目覚めた動物の息吹に満ち溢れ、命の鼓動に満ち溢れた神秘的な空間を形成する中で、

「さて、戦いの歌を使って私の後を付いてきて」
「は、はい!」

リィンの指示を聞き、新しく覚えた呪文をネギは唱えて、全身に魔力を流して身体能力を強化する。

「行くよ、ネギ少年」
「はい!」

二人は魔力で強化した身体で山の中を走り出す。
土曜日と日曜日を使っての魔法と体術を組み合わせた戦闘訓練の始まりだった。


生い茂る木々のおかげで少し暗い森の中を二人は駆け抜けていく。

「す、凄い……」

覚えた魔法が自分の身体を更に早く力強く動かしている事にネギは感動しながらリィンを追い駆ける。

(才能は確かにあるね。素直すぎるのが少し欠点だけど……)

リィンは自分の背後で追い着こうとするネギの実力を分析する。
魔力はAランクくらいはありそうだし、素直な性格ゆえに変なクセを付ける事なく忠実に古の教えを守っている。
まだ十歳という事を考えるとこれからドンドン伸びていくのが分かるだけに面白く感じる。

(お父さんみたいな抜けたところがある魔法使いにはさせない事が肝心だね)

バカっぽい、アホっぽいとエヴァが言っていたナギ・スプリングフィールド。
ムードメーカーとして、その巨大な魔力を持って戦う姿よりも人間味のある姿が気に入っていたらしい。

――でも、そんなナギはもう見る事が出来なくなったな……

何処となく寂しげで失った者特有の喪失感を伴った空気を纏いエヴァはリィンに話していた。
エヴァンジェリンとリィンフォース――どちらも失う事の痛みを知る者同士だからこそ分かり合えたのかも知れなかった。


森の中を駆け抜けて、開かれた場所へと二人は出る。

「うわぁ〜〜」

何処となく故郷のウェールズに似た雰囲気の草原にネギは懐かしさを感じているとグラスを指で弾いた時に聞こえる澄んだ音色を聞いてから、周辺の空気が変化した事に気付く。

「……人払いの結界ですか?」
「まあね。滅多に人が来ないけど……用心するに越した事はないから」
「そ、そうですね……はぅ〜〜」
「気にしない……秘匿の重要性を教わっていても実際にそういう場面を見せていない方が悪いの。
  本来は学園長のジジイが魔法を使う時の注意点を見せておくようにしないのが不味い」
「は、はあ……」

魔法の秘匿に気を付けるリィンに自身の未熟さを感じていた。

「まずは急に強くなれるなんて事はありえないと自覚できた?」
「は、はい……(そうだ。僕はいい成績で魔法学校を卒業して浮かれていたんだよね)」

自分よりも強い魔法使いなんてたくさん居る事を知っていたのにすぐに魔法に頼ってしまう自分の未熟さを情けなく思う。

(独学で覚えた呪文だって同じように使える人も居るのに……)
「落ち込む暇があったら、身体を動かして強くなる事にしなさい」
「え、えっと……分かりました」
「それではまず身体強化した状態で拳法だけで戦い、それからどう魔法を組み合わせるか……その点を考えよう」

距離を取って互いに構える。

「全力で向かってくるといい……がむしゃらにぶつかる事で強くなれるからな」
「は、はい!」

リィンの言葉が"始め"の掛け声にしてネギが真っ直ぐにリィンへと向かって来る。
言葉は不要……ただがむしゃらに強くなろうとするネギをリィンは微笑ましく思いながらネギの攻めを受け止めようとしていた。



朝の新聞配達でネギを見送ったアスナは久しぶりの静かな休日を満喫しようとしていた。

「で、あんたは行かなかったのね」
「兄貴の修業の邪魔はしたくなかったんで」

寮の部屋で二度寝にしゃれ込もうとしたアスナにカモはもっともらしい理由で返事をしている。

(絶対に行かないぜ! 非常食にされるわけにはいかねえっス!!)

一応、料理の材料を背負って行ったネギを見ているので可能性は低いが……リィンが居るので安心できない。
時折本気で自分を料理?しようかと思われる視線があるだけにカモは近寄りたくないのだ。

(ちっ! リィンちゃんに食べられる方がネギのためになる可能性が高いのに……」
「あ、姐さん?」
「ゴメン……つい本音が」
「殺生な!!」

自身の浅はかな行動で崖っぷちに追い込まれていたカモだった。



「ハァ、ハァ、ハァ……」

魔力、体力を限界まで使ったネギは草原に大の字になって寝転んでいる。

「ハァ……スタミナ不足……だ」

首を横にして見つめる先にはリィンが息を乱さずに魔力と気を混合させる咸卦法の練習を行っている。

「……爆発的に力は高まるが制御が不安定になるのは今後の課題ってことね」
(すごいや……あんな事まで出来るなんて)

息を整えながらネギはリィンが自分とは違うレベルに立っている魔法使いだと実感する。

(父さんやタカミチみたいに強いなんて……)

嫉妬なんていう感情よりも憧れみたいな気持ちが増すばかり。

「……魔法の射手 連弾・氷の12矢! 魔法の射手 連弾・闇の12矢!」
「え?」

ありえない魔法の展開方法にネギの目は大きく見開かれる。
口には出ているが無詠唱呪文というのはすぐに分かったのに……全く理解できない。
……普通は同じ系統の精霊で24矢撃つのが常識だ。
しかし、リィンは右手は青く染まった氷属性の矢と左手からは黒く染まった闇属性の矢の違う属性の魔法の矢を同時に放った。

「ん? どうかしたか?」
「ど、どういう事ですか!? 二種類の魔法を同時に出せるなんて!」

タイムラグもなく、事前に唱えて後で展開する遅延発生でもない撃ち方にネギは大混乱。
しかし、聞かれたリィンは事も無げに話す。

「これか。これはマルチタスクという今現在私と私の弟子だけが使える技法だ」
「ええ――っ!! オリジナルの技なんですか!?」
「高速移動しながら、防御・攻撃しつつ、それに魔法の発動を頭の中で同時に思考するのが私達にとっては当たり前の事なの」
「す、凄いじゃないですか!!」
「私達のところじゃ魔法の射手みたいな自動追尾もあったけど、基本的に自分で魔力弾を思考制御して戦うから」

精霊任せではなく、単純に魔力を固めた魔力弾ゆえにベルカ、ミッドチルダでは思考制御が必要になったからマルチタスクやデバイスが生まれたんじゃないかとリィンは考えている。
ネギとしても、自分が知らない技法を見て興奮している。

「でも、ネギ少年には教えないよ。ネギ少年は異端の魔法使いじゃなくて、正統なスタイルの魔法使いだから」

教えて欲しいと言うつもりだったネギの機先を制するように告げたリィンに、ネギは息を呑んでしまう。

「…………(異端……だけど、僕は父さんみたいな魔法使いになりたいし)」

父親を理想とするネギは、異端の魔法使いになりたいの?と言うリィンの視線に思わず目を逸らしてしまう。

「それでいいの。ネギ少年は魔法使いとしてやりたい事があるんでしょ。
  だったら今のスタイルを貫き通して頑張ればいい」
「……分かりました」

納得できないけど、納得するといった感じでネギは頷く。

「お父さんがどんなスタイルで戦っていたのか知りたいなら、エヴァに聞けばいいわ」
「エヴァンジェリンさんに?」
「ええ、何度か見ていたらしいからね。
  魔法を勉強したいのなら、今回の件が終わった後でエヴァに習いなさい。
  異端の私と違って、エヴァは正統なスタイルの魔法使いよ……教わる事はたくさんあるわ」

今は対立しているが実戦経験豊富なエヴァンジェリンから教わるという選択肢はネギには魅力的な意見だった。

「エヴァンジェリンさん……ですか?」
「火力重視で魔法使いは砲台なんて言う正統派スタイルの魔法使いだったかな。
  ああ見えて結構ハデ好きで、魔力を封じられる前はバンバン撃つスタイルらしいよ」
「そうなんですか」
「ちなみにネギ少年のお父さんは魔法剣士スタイルだってさ。
  高速で戦場を駆け抜けてアンチョコ片手に大魔法を撃つんだって」
「は、はあ……」
「お父さんを超えたいなら、アンチョコなしで魔法を唱えられたら十分だと思うよ」
「トホホ……父さんがそんな人だったなんて」

父に最強の魔法使いというイメージを持っていたネギは、父を知るエヴァンジェリンの証言からダメージを受けっ放しだった。

「さて息を整え終えたら、今度は先ほど考えてみた技を使った練習をしようか?」
「は、はい」

息の乱れがなくなったネギはゆっくりと立ち上がり構える。

「力というものは無いと困るが、あったから困る事はない。
  無論、暴力として使うのなら遠からず同じ暴力で滅びる可能性が高いが」
「力を持つ者の心得ですか?」
「そんなところだ。君の手は何かを掴むための手だ……正しく大切な人を守れる手にするんだぞ」
「はい!」
「はじめよう」

二人は再び言葉ではなく、全身で思いを解き放った。
リィンフォース・夜天によるネギ・スプリングフィールドの育成訓練は続いていた。


「さて、そろそろお昼にしようか?」
「そうですね」

訓練が一段落着いた形になった時、リィンが準備をしようとするネギに告げる。

「ああ、場所変えるよ。知り合いが近くにいるし……そこでお昼ね」
「え? 他にも魔法使いの方が居るんですか?」

自分達以外にもこの山で訓練しているのかとネギは思い、リィンに尋ねる。

「いや、魔法使いじゃないし、本人は否定しているけど……あれは忍術の訓練だと思うな」
「えっと忍術ですか? 僕、忍者を見るの初めてなんです♪」
「本人否定しているから、忍者ですかって聞いてもはぐらかされるよ」
「それって……忍びの掟って言うんですよね。うわー忍者ってホントに居たんだ♪」

外国人らしい反応で喜ぶネギにリィンは苦笑しながらネギを連れて移動を開始する。
二人は清流が流れる水辺に辿り着き、更に上流へと向かう。

「……綺麗な場所ですね」
「人の手が入っていない自然だからね。
  在るがままに育ち、自分達の手で調和を形成する。
  人工の物とは違う趣があるね」

近くに来たのか、速度を落として歩くリィンに景色を見ていたネギは周囲の自然の美しさに目を奪われている。

「桜も綺麗でしたが、緑の美しさもいいです」
「そうだね……おっと見えてきた。
  楓〜〜お米持って来たよ」

リィンがテントに向けて声を掛けると、

「おろ……ネギ殿も来られたでござるか?」
「わっ!? うわわって……な、長瀬さんですか?」

リィンと同じようにテントに顔を向けていたネギの後ろから声が聞こえたのでビックリしていた。

「ああ……驚かせてしまったようでござるな」

そこにはネギが担任をしている3−A組の長瀬 楓がいつの間にか立っていた。

「ダメだよ、楓。ネギ少年はまだ未熟なんだから驚かせちゃ」
「そうなのでござるか……見たところかなり鍛えているようにも見えるのでござるが?」

山奥のここまで来れる以上それなりの力があると思っていた楓は不思議そうにネギを見る。

「鍛え始めたばかり、強くなれるかはこれからね」
「そうでござるか。これは楽しみな事でござるな」
「よろしくお願いします、長瀬さん」
「こちらこそ、よろしくでござるよ」

この後、ネギとリィンが用意した昼食を三人で食べて、楓主導による食料調達訓練が行われる。




――ネギが修業している頃、アスナは二度寝を堪能してから昼頃に起きて一人で外出した。

「えっと、確かクラス名簿ではこの辺だったかな?」

名簿から書き写したメモを片手にアスナは今回の事件の当事者の一人エヴァンジェリンに会って事情を聞こうとしていた。
リィンの話からは大丈夫な気もするが、エヴァンジェリンとは同じクラスでもあまり話した事がないだけに心配だったのだ。

「へーログハウスが自宅なんだ」
「こんにちわ、神楽坂さん」

呼び鈴のベルを鳴らすと玄関が開いてメイド服を着た茶々丸がアスナを迎え入れる。

「エヴァちゃんに会いたいけど……いい?」
「申し訳ありませんが、マスターは花粉症と風邪で寝込んでおります」
「へ? 吸血鬼が風邪ひくの?」

エヴァンジェリンに会おうと決意していたアスナは茶々丸の話した内容が信じられずにいる。

「本来のマスターなら風邪などひかれませんが、呪いのおかげで普段は10歳の少女と変わりません」
「……登校地獄とかいう呪いね。名前自体は非常に軽いのに結構大変なんだ」
「はい。本当は約束がなければ、リィンさんもマスターの看病をして頂けたんですが……」
「ネギとの修業ね」
「ええ、リィンさんも中止しようかと言われたんですが、マスターは意地を張られて「余計な事を言うな!」――」

事情を話していた茶々丸の頭にクッションを当てて、エヴァンジェリンは黙らせるが、

――ポテッ……

それが精一杯だったのか……力尽きていた。

「ちょ、ちょっと……ホントに不死身の吸血鬼なの!?」

すぐ側で見ても信じられないアスナが慌ててエヴァンジェリンを抱えていた。
アスナの中の吸血鬼のイメージがまた一つ壊れた瞬間だった。

「聞きたい事があったんだけど……これじゃ無理か?」

額に子供用のア○スノンを張り付けているエヴァンジェリンを見ながらアスナは呟く。

「聞きたい事ですか?」

エヴァンジェリンをベッドに寝かせながら茶々丸が尋ねる。

「ネギのお父さんが生きているらしいんだけど「なんだと――はぅぅぅ!?」……」

エヴァンジェリンは耳に入った声に即座に反応して起き上がろうとするが、再びダメージで倒れてしまう。

「詳しくは聞いていないんだけど、ネギが言うには六年前に会ったらしいのよ。
  その時に、あの杖を貰ったんだって」
「バカな……奴は死んだ。それが生きているだと?」

熱でふらつく身体を横にさせてエヴァンジェリンはアスナが言った言葉を反芻して考える。

(生きている。ナギが生きている……ハ、ハハハ)

「なんか嬉しそうね、エヴァちゃん」
「マスターはどうやらサウザンドマスターがお好きなようです」
「そうなんだ。へーいい趣味じゃない」

同じ嗜好のおじ様好きと思ったアスナは理解を示すように何度も頷くが、

「いえ、年齢では大きくマスターのほうが年上です」
「え゛……じゃあ、もしかしていんちょの同類?」
「小さな子供が好きなわけではありませんので同類ではないかと思われます」
「む、見かけは子供、頭脳は大人だから?」
「はい」
「ややこしいわね」

エヴァンジェリンがナギ生存の可能性に浮かれているすぐ側でアスナと茶々丸がエヴァンジェリンの恋の話を花咲かせていた。

「ねえ、エヴァちゃん……どうしてもネギと戦わないとダメなの?」

エヴァンジェリンが現世に復帰してきてから、アスナは今回の戦いについて尋ねてみる。
アスナにすれば、出来れば話し合いで決着が付くのが一番だと思っていたのだ。

「そうしてやりたいが……ナギが生きていると分かった時点で回避できなくなった」
「なんでよ?」
「……ぼーやのためだ」
「え? ネギのため?」
「ああ、話を聞く限りぼーやはナギの背中を追い続けて行くんだろう?」
「……たぶんね。憧れているみたいだし」

ネギがとても嬉しそうに話しているのをアスナは見ていた。

「追いかけるのを止めろと言っても聞くと思うか?」
「…………無理ね。あいつ、意外と頑固でこうと決めたら退かない感じだもん」
「ナギは英雄だ。当然、怨みを買う事もしている。
  背中を追いかける以上……遠からず危ない橋を渡る事になる」
「リィンちゃんも同じような事を言ってたわね」
「そうか……」

怨みを買う事の意味を知っているエヴァンジェリンはリィンの受けた痛みを知っているだけに複雑な気持ちになっている。

「いつまでも楽しい時間がずっと続くなんてありえないってさ……泣きそうな顔で言うのよ」
「そうだな……いつだって悲劇は突然訪れて、人の運命を変えていく」
「エヴァちゃんもそうだったの?」
「……さあな」

自分の過去を言う気はないのか、エヴァンジェリンは言葉を濁してそれ以上は言わなかった。

「話を戻すぞ。
  ぼーやがナギの背中を追う以上、危ない連中と出会う可能性は少なくはない……いや、おそらく出会うだろう」
「……そっか。でも、まだ十歳のガキんちょなんだけど」
「年齢は関係ない。裏の世界のルールは弱肉強食だ。強ければ生き、弱ければ死ぬだけだ。
  ぼーやだって、分かっていて……それでも探そうとしているはずだ」

年齢など関係がなく、厳しい世界の現実をエヴァンジェリンから聞かされてアスナは押し黙る。

「ナギが死んでいて、奴の死に様を聞きたいだけだったら今回の一件で終わるが……状況は変わった。
  神楽坂 明日菜……お前はこれ以上係わるな。今なら平穏な日常に引き返せる……これ以上、ぼーやに近付くな」
「いや、そう言われても……」
「言った筈だ。スポーツでも、ケンカでもない……殺し合いになるかもしれん。
  そんな世界に一般人のお前が係わる意味があるのか?」
「そ、それは……」
「情に絆されるな……後悔しても知らんぞ」

それ以上は話す事は何もないと言うようにエヴァンジェリンは目を閉じて……何も語ろうとはしない。

「神楽坂さん、こちらへ」

茶々丸が眠り始めたエヴァンジェリンを気遣ってアスナをリビングへと連れ出す。

「……どうしたら良いんだろ?」

茶々丸が出してくれた紅茶を飲みながらアスナは呟く。
エヴァンジェリンが忠告してくれた事は理解できたが……危険だという事に実感がわかない。
ネギが困っているのは側で見ていて知っているし、力になってやっても良いかなと考えていた。
だけど、話を聞く限り死ぬかもしれない現実があるかもしれない。

「茶々丸さんは怖くないの?」
「私はガイノイド……ロボットですから中枢のメモリさえ無事なら修理できますので」
「へ? ちゃ、茶々丸さんってロボットだったの?」

クラスメイトがロボットとは思いもしなかったアスナは慌てて茶々丸を見つめている。

「ちょっとおかしな耳飾だとは思っていたけど……ウソォォ――!?
「いえ、事実ですがおかしいですか?」
「いやーホラ、私メカに詳しくないし……」

逆に話を振られてアスナは答える術を持たずに途惑っている。

「そ、それよりさ。さっきの話はホントなの?」

メカに強くないアスナはこれ以上話題にしたくなかったので強引に話を変更する。

「け、怪我したり……死ぬかもしれないって?」
「嘘偽りなく事実です」

はっきりと否定する事なく、当たり前のように肯定する茶々丸の声にアスナは重い現実を感じてしまった。

「……参ったわね。ネギの手助けをしてあげたいけど……どうしようか?」

茶々丸に意見を求めたのではなく、自分自身に問いかけるアスナ。

「同情や憐れみでお力を貸すおつもりなら……おやめ下さい。
  はっきりとは断言できませんが、必ず後悔するような目に遭うかもしれませんので」
「……覚悟しろって言うの?」
「はい。人の善意だけがこの世界にあるわけではありません」
「そうは言ってもね。私は頑張っている奴が報われないっていうのは我慢できないのよ」
「そういうお気持ちは美徳ではありますが、思いだけでは何かを成す事は出来ないのが現実でもあります」
「痛いとこ突いてくれるわね……少し考えてみるわ。
  それじゃ、今日は帰るわ」
「はい、お気をつけてお帰りなさいませ」
「……また学校でね」

茶々丸は玄関まで付いて行って、アスナを見送る。
アスナの姿が見えなくなってから茶々丸は呟く。

「アスナさんの性格なら勢いで突っ走ってくるかもしれませんが……出来るのなら感情だけで飛び込まないように」

おそらくネギに係わってくるだろうと思われるアスナの身を案じる茶々丸だった。








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

ネギの修業が始まります。
原作と違い、既にリィンフォースの動きによって古 菲が拳の師として出てきました。
まだネギが魔法使いと走りませんが、才能溢れるネギの事を古 菲は気に入ったみたいです。
楓ファンの方には申し訳ないですけど、ネギを慰めるイベントがなくなっちゃいました。
それでもネギとの出会いはリィンフォースの元でありましたが。
アスナはアスナで……アレコレ悩んでます。
アスナらしくないかもしれませんが原作とは状況が違うのでこういうのも有りかと。

それでは活目して次回を待て!










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