ネギは千草によって式神がキャンセルされた瞬間、その精神が自身の身体に戻った事を自覚した。

「せ、刹那さん!!」
「ど、どしたの、ネギ?」
「ネ、ネギせんせー、どうしたんですか?」

隣で仲良くお茶していたアスナとのどかは突然起き上がり、刹那の名を叫ぶネギに驚きながら聞いてみる。
しかしネギは二人の問いに答える事なく、杖を手にして自身の荷物を掴んで焦る姿を見せている。

「……式神返されたか、破壊されたんやろ」

もっとも答えたのはその隣で縛られていた小太郎ではあったが。

「急がないと! 刹那さんが大怪我を したんです!!」
「なんですって!?」
「え、ええと……事故でもあったんでしょうか?」
「そりゃ、千草姉ちゃんと新入りが本気でやったら負けるわけないで」

小太郎が千草の力量を自慢するような言い方で事情を説明する。
ちなみにフェイトの実力は今ひとつ分からないのでその辺のところは何も言わなかったが……。

「アンタ!!」

小太郎の物言いにカチンと頭にくるアスナ。新しい友人である刹那が怪我をしたと聞いては黙っていられない様子だった。

「そ、それで刹那さんは!?」
「……ダメージはありましたが、返事は出来ていたし……多分大丈夫かと」

自分が意識を移していた式神を人のサイズまで変える術を施したから、そう酷い怪我ではないとネギは信じ たかったし……アスナとのどかを不安にさせるわけにもいかないので言葉を濁す。

(せ、刹那さん……ご無事で! 今、行きますから!!)

焦るネギとアスナの様子に今ひとつ事情が分からないのどかが困った感じで見つめている。
ネギと小太郎の戦闘シーンは見ていたがケンカの延長みたいなものとのどかは考え、刹那たちがしているのも同じようなものだと想像し……怪我をしたと言われ てもネギみたいに擦り傷や頬が腫れた程度だろうと思っていたのだ。
アスナの説明が下手というか、アスナに事情を説明させるのが問題だったのか……どちらが正解か?(どちらも正解かも♪)





麻帆良に降り立った夜天の騎士 二十四時間目
By EFF




慌てて移動の準備をするネギを見ていたアスナは自分の携帯電話の着信音に仕方なさそうに取る。
いや、実際に移動すると言っても此処から最短ルートで一気に移動するにはネギの杖に乗って移動するのが早いだけにネギの準備が整うまでは手持ち無沙汰だっ たし、ネギの負担が大きくなるのが分かっていても止められない。
何故なら、アスナもまた新しい友人である刹那の身を案じているのだから……。

「あ、茶々丸さん!」
「え、茶々丸さんですか!?」

アスナが呟いた声にネギが瞬時に顔を向けて耳を傾ける。

「……そう、刹那さんは無事なのね!」
「よ、良かった……」
「良かったですね、ネギせんせー」

アスナから聞いた話でネギは腰砕けたように座り込む。
先程まで見ていた状況が非常に危険なものだと知っていただけにその状況をこうも簡単に覆した師であるエヴァンジェリンの凄さに感心しながらも……自分の力 の足りなさに心の中ではマイナス方向へ向かう。

(僕にもっと力があれば……)
「ま〜たウダウダ考え込んでるわね!」

そんなネギの様子に気付いたアスナがネギの背中を叩いて発破を掛ける。

「ア、アスナさん?」
「ネギ、あんたは今自分にできる事を精一杯したんだから落ち込む必要はないの」
「そ、それでも「落ち込む暇があったらこれからの事を考えなさい……まだ終わったわけじゃないんだから!」――ッ!!」

"まだ終わっていない" …… アスナのその一言にネギの意識はマイナス方向から復帰する。

「そうでした。僕はまだ特使としての使命を終えたわけじゃなかったんだ」
「このかは無事だったし、刹那さんも無事。次はネギが仕事を終わらせて護衛すれば良いじゃない。
 ま、私も二人が心配だから手伝うしさ」
「わ、私も手伝いますから!」

隣にはまだ事情が分かっていないのどかが居るが、のどかにすれば大好きなネギの力になりたいという気持ちが口から飛び出していた。

「え? このかが力を無意識のうちに引き出して治療したの」
「ええっ!?」
「うん、分かった。これからこっちも移動して本山の前で合流ね」

茶々丸から今後の方針を聞いたアスナは通話を切ってネギに顔を向ける。

「エヴァちゃんがこれから合流するからってさ。場所は本山入り口だって」
「分かりました、アスナさん」

ネガティブな思考に陥りやすいネギとポジティブな思考で行動するアスナ。
コンビとしてはプラスマイナスゼロという感じで悪くないかもしれなかった。

「な〜んやグルグル頭の中で考え込む難儀なやっちゃな……そうは思わん、前髪で顔を隠した姉ちゃん?」
「え、ええっと……」

油断していたとは言え、自分に勝てた奴がウダウダと悩む姿が不満な小太郎。

「ええか、ネギ。俺が油断したのは自業自得やけど……俺に勝ったんやったら、オタオタせずにドーンと構えろや」
「え?」
「アンタ、良いこと言うじゃない。
 コイツってば、いっつもアレコレ考えて悩むのよ」
「はん。自分に自信がないんか……悩むヒマがあんのなら、身体動かしてろ。
 身体動かさんヤツはなーんも手にする事は出来ひんで」
「う……」

小太郎の言い方に言葉に詰まるネギ。薄々だが自分がネガティブな思考に陥って硬直しがちなのではないかと感じていた様子だった。

「お前にはいずれリベンジさせてもらうさかい……それまで負けたら承知せえへんで」
「リ、リベンジって?」
「男がずっと負けたままでいるわけには行かんしな」

堂々と言い切る小太郎にネギは途惑っている。

「ええっと、つまり再戦を望むって事で良いんですよね、アスナさん」
「多分そうじゃないの、本屋ちゃん」
「男の子って元気がいいですね」
「ま、ネギには年の近い友人が居ないみたいだし、良いんじゃないかな」

多少ズレた感のあるのどかの意見だが、同年代の友人が居なさそうなネギだけにこの際ライバルでも居ないよりはマシだろうと考えるアスナであった。



刹那は非常に居心地の悪い状況だと自覚していた。
シネマ村の攻防は助っ人であるエヴァンジェリンがその実力に相応しい活躍で木乃香を守ったが、本来の護衛役の自分は不意打ちとは言え……足を引っ張るよう な無様な姿を見せた。

(何という失態だ。護衛失格だな、私は……)

役に立つ事が出来ずに足を引っ張る。
その結果が今の刹那には非常に重く圧し掛かり、更には木乃香の力の目覚めを促す結果さえも引き起こした。

(ごめん……このちゃん。うちの所為で……危ない世界に足を入れさせてしもうた)

魔法と係わる事は良い事ばかりじゃない。
秘匿されている世界だけに非合法な事は結構多く……そんな世界に大切な友人の木乃香の足を踏み入れさせた。
同じ世界の住人になるのは嬉しい……だが、その所為で木乃香が傷つくのは嫌だ。
二律背反する感情も刹那の苦悩を促し、木乃香との距離をどう取ればいいのか……迷わせていた。
そう、魔法の事がバレルと不味いという名目は取り払われた以上、近付き過ぎて自分の秘密が知られるのは避けたいが……木乃香のほうが近付いてきた場合は拒 否する理由がない。

(……怪我が治ったのは嬉しいんですが…………ど、どうしよう?)

視線の先にはエヴァンジェリンと仲良く談笑?する木乃香の姿があるが、

「そうかー、おじいちゃんとお父様が仲良う……うちの知らんところで」
「私とリィンフォースは常々危機管理という観点から反対してたんだがな。
 まあ、所謂親のエゴってヤツだな」
「そやなーうちの知らんところでせっちゃんを使うなんて……許せんわ」
「良ければ……これをお使いください。木乃香さん愛用の木槌はありませんので、少々扱いにくいかもしれませんが」
「あ、ありがとな、茶々丸さん♪」
(ちゃ、茶々丸さん!?)

さり気なく出された土産物の木刀を笑みを浮かべて受け取る木乃香。

「うん、決めたで! 修学旅行が終わったらリィンフォースさんに弟子入りしよう。
 あのハンマー捌きは惚れ惚れするほど見事やった! あれならおじいちゃんも永眠させる事が出来るかも知れ んし!」
(え、永眠って……お、お嬢様!?)
「ほう、そういう事なら口添えしてやろうか?
 ジジイが痛い目に遭うなら協力してやっても良いぞ」
(エ、エヴァンジェリンさん! お、お願いですからお嬢様を煽らないで下さい!!)

顔は笑っているのに……目だけは全然笑っていない木乃香の様子にこの後に起こる悲劇を如何に回避したら良いのか……答えは未だに出ずに苦悩していた。



「な、なあ……朝倉」
「……何も言うな、パル。付いて来たのは失敗だったかと今後悔してるところなんだ」

GPS携帯を刹那の荷物に紛れ込ませて後を追跡していた朝倉 和美は現状から目を逸らしつつ早乙女 ハルナの声に力なく応えている。

「エヴァンジェリンさん……黒いです」
『ど、どうしましょう? 木乃香さんのお父さん……死ぬかも! あ、でも死んだらお仲間になれるから楽しいかも♪』

一歩引いた距離を保ちながら木乃香の暗黒面を引き出すエヴァンジェリンを警戒する綾瀬 夕映と木乃香の父親の詠春が同じ幽霊をして仲間入りするのを少し期待する相坂 さよ。
何気に自分達と木乃香達との距離をきっちりと確保している強者かもしれなかった。


「せ、刹那さん! ケガ、平気なの!?」

本山への入り口で待っていたアスナは刹那達が来た瞬間にまず一番に尋ねてみた。

「え、ええ……お嬢様「せっちゃん」 …… このちゃんのおかげで」
「へ? こ、このか?」

背後からダークな影を吐き出すような雰囲気で刹那のお嬢様発言を封じる木乃香。

「フ、まるで鬼嫁の尻に敷かれた亭主だな」
「エ、エヴァンジェリンさん……」

ニヤニヤと笑いながら刹那の気の弱さをからかうエヴァンジェリンに刹那は更に落ち込んでいく。
エヴァンジェリンに言わせれば、刹那に非は一切ない。自身から志願したとはいえ、木乃香を守ってきたのは事実であり、後ろめたい感情自体が間違っている。

「フン(隠し事ばかりしているから、いざという時に後ろめたく感じるのだ!)」

鼻でせせら笑いながらエヴァンジェリンは弱腰の刹那に呆れている。

(さっさと開き直れ! その気になれば、幾らでも黙らせることが出来るだろう)
(そ、そんな事……出来ません)
(バカものが!)

目で会話する二人に一行は少し距離を取ってヒソヒソ話。

「な、なんだか、ビミョ〜な力関係ができてない?」
「ちょっとね、ま、言うなれば……嵐の前兆かな?」
「なによ、それは?」

結局、エヴァンジェリンの迫力に負けた刹那が膝を抱えて体育座りになってしまったのを見ながら、一番冷静に見つめる事ができそうな和美に聞くアスナであっ た。
聞かれた和美にしても、この後に起きる悲劇を予想して複雑な気持ちが素直に表情に現れていた。
そう……娘(木乃香)による父親(詠春)への問答無用の流血のお仕置きがこの後控えて いる事を道中での会話で聞いていた。

「ま、回避不能な儀式が起きるってことよ」
「はぁ? ますますわかんない」
『もしかしたら私のお仲間さんが増えるかもしれませんね』
「いや、そういう事態は避けたいんだけど…………無理かな?」
「無理だ……というか、起きて欲しいと願う私は、ク、ククク……悪なんだろうな」

隣でアスナと和美の会話を聞いていたエヴァンジェリンに話を振るも、エヴァンジェリンは恍惚とした非常に楽しげな表情で肩を震わせて愉しんでいる雰囲気が あった。

「あ、ああっ!! わ、私は!?」
「「せ、刹那さん!?」」

突然、頭を抱えて転げ回る刹那の様子に驚くアスナとネギ。

「う、うちは護衛失格やっ!!」
「お、落ち着いてください、刹那さん!」
「……まるで昨日の兄貴そっくりだな」
「え゛?」

ポツリと呟いたカモの声に刹那の動きを止めようとしたネギが硬直する。

「き、昨日の僕って……あんなふうにしてたの、カモ君」
「そうだぜ、兄貴。今度からはもう少し落ち着いて悩まないと……また同じようになって刹那の姐さんと同じ格好を晒すぜ」
「…………気をつけるよ」

人の振り見て我が振り直せ……その格言の意味を理解したネギだった。

「桜咲さんって、クールな人かと思っていたんですが……もしかしてドジっ子なのかな?」

刹那との付き合いがあまりなかったのどかは、お茶目な行動を取る姿を見て再会した夕映に聞いてみる。

「…………のどか、武士の情けという言葉があります。見ない振りをするというのも情けですよ」
「ゆえも結構キツイよね〜♪ 昨日は自分も大混乱していたくせに〜〜」
「ハルナ……後で話がありますから」

昨日の一件を揶揄するように話すハルナの背中に夕映の白い視線が突き刺さっていた。

「さて、私と茶々丸はホテルに戻るぞ」
「承知しました、マスター」

姦しく横道に逸れるような会話を切るようにエヴァンジェリンが口を開く。

「エヴァちゃん、帰るの?」
「ああ、この後起きる惨劇を見物したい気はあるが……私が表に出るのは何かと不味いからな」

アスナがエヴァンジェリンの発言に少し驚きながら尋ねる。
エヴァンジェリンは苦笑いしながら自身の立場をそれとなく仄めかして答える。
ネギが特使として公式の場に出る以上は記録される可能性もある。
その場に"闇の福音" が同席したというのは何かと不都合が出かねない。
なんせ、封じられている闇の福音が動いていると分かれば……複雑な問題が発生しかねないのだ。

「エヴァちゃん、帰るんか? お茶くらい出すえ〜」

木乃香もせっかく我が家の前まで来て貰ったのに残念そうな顔で聞いてくる。

「ああ、リィンフォースが遊んでいないのに私だけが楽しむのもなんだしな。
 一応、新田先生に近衛の家庭事情で此処に逗留するって報告しておくから、ぼーやは例の件をしっかりと聞いておけ」
「は、はい!」

ネギは木乃香の父親と自分の父親が友人である事は修学旅行前の特訓の時にエヴァンジェリンから聞いていた。

「何かしらの情報を得たらきちんと報告するようにな」
「わ、分かりました」
「ま、ここなら一番安全だから適度に息抜きしろ。
 ただし……絶対なんて言葉など信じるなよ」
「は、はい」

絶対に大丈夫などと安易に信じるようなバカになるなという意味を含めた言葉でネギの注意を促すエヴァンジェリン。
言われたネギも複雑な顔で頷いて返事をしていた。
そんなネギの返事を背に受けながらエヴァンジェリンは片手を振ってホテルへと戻って行く。

「ほな、行こか……ちょ〜とお父様に言い たい事ができたんよ
「こ、このか?」
「木乃香さん?」


エヴァンジェリンに礼を告げてから木乃香はいつも周囲に見せている笑顔とは違う空気を纏った笑みを浮かべて歩き出す。

「ちょ、ちょっと朝倉……何があったのよ?」
「あ〜〜そ、それがね。桜咲さんの件……バレたの。
 それで近衛さん、怒っちゃってさ〜〜」
「あっちゃ〜〜」

顔に手を当ててアスナは木乃香が怒っていると聞かされて、天を仰ぐようにしながら乾いた笑みを浮かべる。

「ど、どうすんのよ? ああ見えて、このかってば……怒ると結構過激なんだから」
「いや、まあ……どうしようか?」
「わ、私に聞かれても困るわよ!」

対応をどうすると逆に聞かれてアスナが難しい顔で策なしだと言う。

「エヴァンジェリンが煽るだけ煽ってさ……」
「エ、エヴァちゃん……何、やってんのよ」
「……こうなっては、なるようにしかなりませんです」
「「ゆ、夕映ちゃん」」

二人の会話に割り込む形で夕映が諦観気味の投げ遣りな意見を述べる。

「事情はよく分かりませんが、木乃香さんが怒っているのは確かで原因は木乃香さんのお父さんにあります。
 こういう状況では迂闊に手を出せば……良い結果にならないのが常です。
 私達に出来る事はせめて……死人が出ないように祈るだけです」
『大丈夫です。死んでも生きていけます♪』
「「いや、それ間違っているから」」

アスナと和美がさよの意見にツッコミを同時に入れていた。



ゆっくりと石段を上がり、鳥居を潜り抜けると、

「お帰りなさい、お嬢様」

大勢の巫女が一斉に頭を下げて出迎えるという光景にネギ達はちょっと驚いている。
一応、此処が木乃香の実家である事は聞いていたが……自分達よりも年上の女性達に頭を下げられるという行為に引き気味だ。

「……す、スゴイわね」
「ちょっとビックリです」
「いや〜絵になるね。なんていうかがあって良いネタに なりそうだよ」

アスナ、ネギが途惑う中、ハルナは何か創作意欲が湧いてきたのか……周囲を隙なく見つめている。

「アスナ〜驚いたんか?」
「ちょ、ちょっとね。ま、まあ、いいんちょの家で多少は慣れているから」

アスナが気を悪くしたんじゃないかと心配する木乃香にフォローの声を掛ける。

「なら……ええんやけど」
「家がでっかくてもこのかはこのかでしょ。私はそんな事気にしないわよ」

家の事情と自身の持つ力の事で親友だった刹那が距離を取るという行為に及んで、ちょっとショックだった木乃香。
中学からずっと一緒だったアスナまで距離を取るんじゃないかと気になっていたみたいだ。

「せっちゃんなんて……うちに内緒で危な い事してるし」
「う゛……」

ジト目で見つめてくる木乃香に刹那は居心地が悪いのか……脂汗を流している。

「あ、あのね、このか。刹那さんには刹那さんの事情があってさ」

刹那のフォローをアスナは試みるが、

「それもうちのお父様のワガママでな」
「あぅ」

即座に切り返され、木乃香から怒りの波動らしいものを感じて……地雷を踏んだとアスナは実感し ていた。

「ゴ、ゴメン……フォロー失敗した」
「い、良いんです、アスナさん」

刹那の耳に口を寄せて謝罪するアスナ。木乃香の様子からどうも不用意なセリフを出したと気付いて焦っている。

「と、とりあえず……い、行きましょうか?」
「そ、そうね」
「そやな……お父様にちゃんと言い聞かせないとあかんし」
「「ヒィィィ……」」

そんなアスナに刹那は感謝しつつ、非常に肩身の狭い思いで案内して行く。
一行は巫女の案内で大広間に案内されて、木乃香の父親であり、関西呪術協会の会長である近衛 詠春が来るのを待つ。
詠春が来るまでの間、一行は急に黙り込んだ木乃香の様子にこの後に起きる惨劇を予感して身を竦めている。
大広間に待機している巫女たちは急に黙り込んだ一行に、緊張しているのかと好意的に見つめているが……木乃香の笑みに何か不穏な気配が感じられるので不思 議に思っていた。
上座にある階段から一人に人物が下りてきて、一行の前に姿を現す。

「お待たせしました」

ゆっくりとした動作の中にも隙を感じさせずに佇む少し痩せ気味の壮年の男性。

「……し、渋くてイイかも」
「アンタの趣味は……」

男性から向かって右から一列目がネギ、アスナ、木乃香、刹那。第二列目にのどか、夕映、ハルナ、和美の順に座っている。
アスナの言葉に反応したハルナが突っ込む中、男性――近衛 詠春――が笑みを浮かべて話す。
詠瞬にすれば、特使であるネギはかつて共に戦った仲間の一人息子なので、若干昔を懐かしむ気持ちもあった。

「ようこそ明日菜君、木乃香のクラスメイトの皆さん。
 そして担任のネギ先生」

ネギは一礼して、懐から近衛 近右衛門から預かっていた親書を出す。

「東の長、麻帆良学園学園長近衛 近右衛門から西の長への親書です。お受け取りください」
「確かに承りました。大変だったようですね」
「い、いえ」

ネギから差し出された親書を受け取った詠春は中身を確認する。
中身は公式のものとして書かれた内容のものと、詠春個人に宛てた文が入っている。

『下を押さえられんとは何事じゃ! しっかりせい、婿殿!!』
(はは、相変わらず手厳しい)

詠春は苦笑いしながら義理の父親からのお叱りの文を読む。

「……いいでしょう。
 東の長の意を汲み、私達も確かに東西の仲違いの解消に尽力するとお伝え下さい。
 任務ご苦労! ネギ・スプリングフィールド君!」
「は、はい!」

無事に親書を届け、東西の軋轢が少しでも減るのに貢献出来ればと思っていたネギは嬉しそうに返事をする。
そんなネギを微笑ましく思いながら、詠春は真面目な顔になってネギに尋ねる。

「ところでネギ君」
「は、はい」
「襲撃した天ヶ崎君は何と言っていましたか?」

大広間の空気が急に重くなったようにネギ達は感じた。周囲に待機している巫女達も顔には笑みを浮かべているが、何処となく緊張した様子を隠し切れずにい る。

「え、ええと「お嬢様を贄に鬼神召喚と」

ネギではなく、刹那が険しい顔で報告する。

「……そうですか」

それを聞いた詠春は控えていた術者らしい人物に目配せして退席させる。

「ああ、彼女の事は気にしないで下さい。彼女はあちら側に潜入しているこちらの内偵者です」
「「「え、ええっ!?」」」

ネギ、アスナ、刹那の三人は詠春の説明に吃驚している。

「で、ですが……本気のようにも見受けられましたが?」
「それは仕方がありません。潜入しているのがバレたら不味いですからね」
「そ、それは…………そうかもしれませんが」

納得できるような出来ないような気持ちになって刹那は口ごもる。

「本人とて……"状況によっては向こうに寝返るかも"などと雇う時に言ってました。
 ですが、先程の言でまだこちら側だと判明したので大丈夫でしょう」
「そ、それは一体?」
「わざわざ向こうが何をするのか、教える義務はないでしょう」

ハッとした顔で刹那は詠春の言う意味を理解した。
別に言う必要はない……話す事で対応策を練られる可能性だってある以上、黙っているのが一番なのだ。
それを敢えて教える以上、こちらに味方していると言外に告げたようなものだった。

「……あまり状況はよくありません。最悪は内乱の可能性も出てきました」

詠春の言葉に刹那は絶句する。まさか、そこまで状況が切迫しているとは思っていなかったのだ。

「先程、引率の総責任者の新田先生という方へ連絡致しました。
 申し訳ありませんが今晩はこちらに宿泊し、明日ホテルの方へお送りします。
 今、京都で一番安全な場所は此処です」

刹那は状況を察して、木乃香にとって……この関西呪術協会の総本山こそが一番安全なのを理解した。

「ほな、お父様。ちょ〜とお話があるん で……行こな」
「こ、木乃香?」

顔は微笑んでいるが……目は笑っていない木乃香がちょうど会話の途切れた瞬間を見計らって立ち上がる。

「うちに黙って、色々としていたようやし……その辺りの事も聞かせてもらわんと」
「せ、刹那くん!?」

機嫌の悪い木乃香と判断し、非常に不味い方向に進んでいると察知した詠春が刹那に目を向ける。

「も、申し訳ありません!! 護衛の件、その他諸々の事バレてしまいまし た!!」

床に両手をついて、深く頭を下げて謝罪する刹那。

「謝る必要なんてないやえ、せっちゃん。悪いのはうちに黙って、そんな大事な事をやらせた……お父様とおじいちゃんや」

刹那の肩を叩いて慰める木乃香だが、纏う空気は氷点下へと下がってい た。

「ここじゃなんやし……ちょっと隣の部屋に行こうな、お父様」
「ま、待ちなさい、木乃香。お、お父さんはこれから大事な打ち合わせが……」

とりあえず冷却期間を置いてから事情を説明しようと考える詠春だったが、

「……うちとせっちゃんの関係を知ってたくせに。おかげで麻帆良では仲良う出来ひんかったは誰のせいなん?」

木乃香の冷ややかで不満だらけの目で睨まれて……絶句させられた。
そして、木乃香の手に引かれて……隣の部屋に入ると同時に打撃音絶叫が大広間に響いていく。

「お、長さん!?」
「ま、待ちなさい、ネギ。行っちゃダメよ!」
「兄貴、行くんじゃねえ! あれは家族の問題で俺たちが係わっちゃいけねえんだ!」

ネギが慌てて立ち上がり、隣の部屋に行こうとするのを止めるアスナとカモだった。
行けば、間違いなく惨劇に 巻き込まれるが判っているだけに必死で止めていた。

「あ、ああぁぁ……う、うちのせいや…………こうなったら、死んでお詫びを!!
「よ、止しなさい、桜咲!!」

刹那が夕凪を手にして、切腹などという危険な行為をするのを止める和美。

「と、止めないで、朝倉。う、うちは護衛失格なんや!!」
「止せって、桜咲。今時、腹切りなんて……ネタとしては面白いけど、シャレになんないから」

和美一人では刹那を止められないと判断したハルナも慌てて加わって取り押さえる。

「と、止めるな! 情けがあるというのなら止めないで下さい!」
「ダ、ダメよ、刹那さん! 切腹なんかしたら、こ、木乃香が泣くわよ!」

アスナも二人に加わって刹那から夕凪を奪おうとする。

「は、はわわっ。桜咲さんって」
「……自爆ですね」

いきなり始まった切腹騒動に呆然とするのどかと、呆れた目で見つめる夕映。
二人とも暴走する刹那を見て、今まで自分達が持っていた刹那のイメージが崩れていくのを感じていた。

『お仲間が増えそうですね〜』

さよは幽霊だけに死んでも大丈夫と思っているのか、楽しげに刹那達の仲裁劇を見物していた。
また大広間に待機していた巫女達は緊迫感が薄れた事に感謝しながら、ネギ達の喧騒を面白そうに見つめている。

「せ、刹那さん! お、落ち着いて……まだ何も終わってないのっ!」
「ア、アスナさん!」

刹那の背後に回って和美とハルナと協力して取り押さえるアスナ。

「まだ木乃香の安全が確保されていないのに……死ぬ気なの?」
「っ!! くっ……そ、そうでした」

アスナは刹那の耳元で囁いて注意を促す。
刹那はアスナの意見を耳に入れて……事態の深刻さを再確認していた。

「学園に戻るまでは油断出来ません。護衛の任を解かれるかもしれませんが……お守りしないと」

木乃香に事情を知られた以上は、以前リィンフォースに言われたように自分の役目の終了があるかもしれない。

「そんな深刻な顔で言われても……あのね、木乃香が幼馴染で大切な刹那さんを嫌いになるわけがないの。
 護衛の仕事は別にして、麻帆良に戻ったら、今度は護衛ではなく……友達として付き合えば良いじゃない」
「と、友達ですか?」
「そうそう、少なくとも私はそのつもりだけどね」
「…………アスナさん」

アスナのセリフが胸に響いたのか、刹那はちょっと涙目で嬉しそうに見つめている。
麻帆良学園都市に来てから、関係者以外には裏の事情故にあまり深く付き合いをしていなかった刹那は新しい友人になったアスナの優しさが本当に嬉しかったみ たいだ。

「な〜んか、せっちゃんをアスナに取られた気がして……うち、悲しいわ」
「お、お嬢様!?」

いつのまにやら帰ってきた木乃香が拗ねたような言い方でアスナと刹那を見ている。

「木乃香さん……その、いえ……やっぱり……「兄貴……地雷を踏むような真似はしない方がいいぞ」」

頬に付いていた赤い斑点の ようなものが気に掛かり……尋ねようとするネギをカモが重苦しい声で止める。

(ぼ、僕って……無力だ)

父親のの行方の手掛かりを知っているかもしれない詠春を助けたいネギだが……木乃香には麻帆良学園に教師として赴任して以来、何かと世話になっているので 止められない。

「ネギ先生……」
「……刹那さん」

ふと耳に入った声に顔を向けると、同じように苦渋に満ちた表情の刹那が隣にいる。
目が合った瞬間に理解し……共感した。

「僕達って(私達は)……ダメダメですね」

お互いに力不足で最悪とまでは言わないが……この悲劇を止められない自分を情けなく思っている。

「むっ! ラブ臭感知! のどかにライバル出現フラグ!?」
「え、ええ〜〜〜パ、パル〜〜?」

見つめ合う刹那とネギにハルナが得意のラブ臭を嗅ぎ付け、のどかが慌てて二人をオロオロとした表情で焦りながら見ている。

「せっちゃん……やっぱり女同士の友情って儚いん?」
「いや、あれは多分違うと思うわよ」

木乃香がまた昔のように仲良う出来ると思っていた刹那がネギと親しくなって自分から離れるのではないかと思って不安な顔で見つめる。
そして、そんな木乃香をアスナが疲れた顔でフォローしている。

「……複雑な関係だらけですね」
「見ている分には面白いんじゃない?
 まあ恋の話というのは一歩間違うとドロドロの愛憎劇になるから、載せにくいんで勘弁して欲しいけど」
『そうですね〜。悪霊は怖いから嫌ですよ』

さよの声に……"自縛霊"ってどっちかと言うと悪霊に近いんじゃと言えずに乾いた笑みを浮かべる夕映と和美だった。





京都で一番安全だと思われる場所に入ったからか、ネギ達はほんの少し警戒心が薄れたのかもしれない。
アスナがネギに言ったようにまだ何も解決していない。



そう……今夜が長い夜になる事をまだ知らなかったネギ達だった。








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

夜が深まる中、蠢き出す者達!
長い夜が始まる。
次回決戦! 京都大乱!!

活目して次回を待て!!(マジに取らないでくださいね――By EFF)




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