開口一番、釘宮 円はこれだけは言っておこうと思った。

「ソーマさん、やり過ぎなんじゃない?」
「そう言ってもね。うっかり全力で殴れば、大怪我させるかもしれないんで……さじ加減が難しいんだよ」

円の嗜める声に、ソーマ・青も困った顔で肩を竦めている。
一応魔力障壁を展開していたから大丈夫だとは思うが、当たり所が悪ければ不味いかもしれないのだ。
それだけの実力差が二人の間には横たわっていた。

「出来るだけ怪我をさせずに限界まで引き出すのが僕の考えたプラン。
 まあ、苦情を言いたいのも分かるけど」
「ふぅん……」
「ま、嫌がらせというのも確かだけどね」
「へ?」

まったく悪びれずに話すソーマ・青に円は虚を突かれた顔になる。

「何て言うかさ……不自然なんだね」
「……不自然って?」
「数えで十歳の子供にしては……物分りが良過ぎ」
「それは……頭が良いから」
「遊び方も碌に知らなさそうだけどね」
「…………」

円は徐々にソーマ・青の意見に耳を傾ける。
実のところ、おかしいとは多少思ってもいたが……まあイイかで済ませていた点もあったのだ。

「大学卒業できる知力があって、一人日本に来て学校の教師になった。
 そして、自分よりも年上の女子中学校の先生だけじゃなく、寮まで一緒」
「……それで?」
「彼は一体いつ息抜きしているんだろうね」
「…………」
「四六時中、自分よりの年上の人に囲まれて……まともな人間なら疲れると思うけど」
「…………よく分かんないけど、目標に向かって頑張っているじゃダメなの?」

ソーマ・青が提示する疑問点に対して問いで返す円。

「いや、問題ないよ」
「じゃあ――「ただし……自分が十歳の時に同じ事が出来るかどうか、考えてね」……」
「無論、頭が良い事は別にしてね」
「……(ようするに現実的な見方をしなさいって言いたいのよね)」

……楽天的にまあ良いかで済ませてきた。
麻帆良学園は私立という点を差し置いても……現実的ではないと告げられているのだと円は思い至る。

「普通は十歳の子供に人を教え導く教師が務まると思うかい?」
「……思わないけど、現実にはここに居る」
「少なくとも僕なら、補佐する人物をつけるね。
 まだ未成年で人様の人生を左右する可能性もあるのに……十歳の少年に全部背負わせる気なのかな?」
「……そ、そうかもね」
「ま、後は自分でよく見て、考えること……何も考えない人間は僕にしてみれば、死人と変わらないさ」
「……分かった」

煙に撒くような言い方で話はここまでとソーマ・青が判断し、円もいささか納得できたような出来ないような気持ちで頷く。

「いい大人が、きちんとした大人の対応をしないのはダメだね〜」
「……此処はそれでもオッケーだから」

この場にいない責任者らしい大人のダメっぷりにソーマ・青は呆れ、聞いていた円は麻帆良の気質を思い出して苦笑していた。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 四十三時間目
By EFF





「……う、うぅ……」
「ネギくん! だ、大丈夫?」

当身を喰らってダウンしていたネギが起きてくる。

「……はっ! え、ええっと…………僕……負けたんですね」

まき絵達が心配そうに見つめている事で大体の状況を知って……項垂れる。

「アホか……俺かて勝てへんのに、あっさり勝たれたら世話ないわ」

ソーマ・赤と顔を合わしてすぐに一勝負した小太郎が苦々しい顔つきで話す。

「そ、そうなんだ」
「まあね、赤も大人気ないからコテンパンにしちゃって、ピーピーな「ゆ、言うな――ッ!!」……ま、そういう事さ」

近くにいた夏美にソーマ・青が言いかけて、慌てて小太郎が口止めする。
初顔合わせの時に小太郎が調子に乗ってソーマに戦いを挑んでボロ負けになったのは、チームを組んでいるリィンフォースもエヴァンジェリンも見ていたのだ。

「そ、そやから絶対に言わんといてぇな!!」
「仕方ないね……武士の情けで黙っておいてあげるよ」
「まあ、いいけどね」

大体の事情を察した夏美は敢えて聞かないことにした。

「それより……ソーマさん」
「何かな?」
「やり過ぎじゃないんですか?」

夏美のちょっときつめの視線付きの問いに心配してネギの周りに集まっていた面子も同調する。

「本気でやったら……大怪我させるからね。
 一応怪我一つなく終わらせた点を理解して欲しいな」

キツイ睨んでいる視線など何処吹く風といった様子でソーマ・青が答えを返す。
そう言うとソーマ・青は足元にあった小さい石ころを手にとって握る。
ゴリゴリと石ころが潰れるような音が聞こえて、ソーマ・青が手を開くと、

「……うそ」

手の中には石ころはなく……砕けた砂利に近い石の欠片しかなかった。
絶句する面子をおかしそうに見て、ソーマ・青は少し距離を取って右手を軽く上げて地面を殴る。

――ドンッ!!

鈍い音が辺りに響くと同時に50センチほどの円状の陥没した地面が出来る。
全員が口を何度も開いては閉じる行為を繰り返して混乱していた。
一つ分かった事は本気でソーマ・青がネギを殴っていたら……シャレにならない事態になっていたという事だった。

「ま、そういう事で」
「……ソーマさんって、人間凶器?」
「やだなぁ、僕は凶鬼じゃないよ」
「なんか"器"の部分が違うような気がするけど」
「気にしない、気にしない。ま、もう少し強くなったら本気で戦ってあげるさ」
「ホンマやな? 赤の兄ちゃんに言っとけ……次は負けへんで!」
「なるほど、溢れる才気と覇気がある。赤が気に入るわけだ。
 おっと……赤からの伝言、"楽しみにしてる"ってさ」
「おうよ!」

楽しげに笑う小太郎を見ながら夏美は思う。

(男の子って、ホントよく分かんないな……でも、ちづ姉あたりだと分かるかも)

ケンカというか、戦う事が楽しいというのが今ひとつ理解出来ない。
ただ……凄惨な感じはしないし、スポーツみたいなものかと思う事にした夏美だった。



夏美が自分に言い聞かせている頃、ネギは……

「良いか! ぼーや!!」
「は、はい!」
「今回もそうだが、ぼーやはどうも正面から戦う事に固執し過ぎだ!
 真っ正直に戦うのは悪いとは言わんが……自分の実力をわきまえた上で少しは頭を使え!」
「…………はい」

エヴァンジェリンからお叱りの言葉を受けていた。

「大体だな、ソーマの実力はそこにいる犬から聞いていたくせに「犬言うな!」黙れ犬……シメるぞ」

鋭い眼光一閃に、凍て付かせるほどの冷たい気迫で小太郎の抗議を黙らせるエヴァンジェリンがいた。

「聞いていたくせに自己の力を高めるだけに留めるとは……死にたがりだな。
 そんな様であのバカに追い着けるなどと思うなど、百年早いわ!!」

叱責の声が大きくなればなるほどネギの身体が縮こまり小さくなる。
俯いた顔からは、その表情は見えないが、

「ちょっとエヴァちゃん!! も、もうそのくらいにしてよ!!」
「黙れ、バカピンク! 私はこのぼーやの師匠だ! 子供だからなどいう甘えなど聞く耳持たんぞ!」

泣いているんじゃないかと心配するまき絵の抗議も気にする様子はなかった。

「才能はあるだろうが……今のままではどうにもならんな」

エヴァンジェリンの一言に落ち込んでいるネギの身体がビクリと震え……地面に水滴が落ちていく。

「エヴァちゃん!!」

これ以上はイジメになると判断したまき絵が怒鳴るように叫ぶ。

「フン、泣けば、誰かが助けてくれるような場所にナギは居らんぞ。
 全く以ってナギは後継者に恵まれなかったようだな」
「そ、そんなことありません!!」

目に涙を浮かべながら必死にエヴァンジェリンの考えを否定するネギの叫び。
流石に父親の事を出されると黙っていられなかったみたいだ。

(……やれやれ。ナギの事には即座に反応するな)

呆れた目でネギの反応を見つめるエヴァンジェリン。
ナギの事を出したのはエヴァンジェリンにしてみれば……皮肉に過ぎないが、ネギは過剰に反応する。
本当に拘っているなと冷ややかな感情がエヴァンジェリンの胸の内に出てくる。

「たかが一度の敗北程度で泣き出すガキが……か?
 ま、良いだろう。言い返すことも出来ないような軟弱者に用はない。
 私の言葉を否定したかったら、泣く前に強くなろうと動いて見せる気概を出してみろ。
 負けて項垂れたままの未熟者では何も得られんぞ」

ニヤリと笑みを浮かべてエヴァンジェリンはネギの元を離れてリィンフォースの方へ歩いて行く。

「え、ええっと……?」
「明日からみっちりと鍛えてやる。精々、その小利口な頭を使いこなしてみせるんだな」

振り返る事はなかったが、エヴァンジェリンがネギに喝を入れたのはまき絵にも分かった。

「まき絵さん、せっかく応援してもらったのに勝てなくて……すみません」
「そ、そんな事ないよ!
 ネギ君が頑張った事は無駄じゃないし、え、ええと一度や二度の負けで全否定される事はないんだから!!」

涙を拭って立ち上がるネギの顔には落ち込んだ様子は消えかけていた。

「もしかして……飴と鞭ってやつ?」
「おそらくな」

まき絵の呟きにネギの様子を見に来ていた大豪院があっさりと肯定する。

「言葉はキツイがネギ君の成長に発破を掛けているのは間違いないさ。
 ところでネギ君、身体の方は怪我ないか?」
「え、ええっと特に怪我はないです……ちょっと疲れはありますけど大丈夫です」

身体を動かしてみて、何処にも痛みを感じなかったネギが告げると心配していた面子が一安心する。

「ぼーや! 明日は休みにする。ちゃんとクールダウンしておけ!」
「は、はい!」

エヴァンジェリンの指示にネギが慌てて返事を返す。

「それは皆さん、本日の試合は終わりましたので解散します」

茶々丸がエヴァンジェリンの隣に立って一同に一礼して告げる。

「薫、山ちゃんの面倒は任せるぞ」
「おう」
「達也、悪いが「分かってるって、ここにいるお嬢さん方を送って行くんだろ?」……ああ」

豪徳寺 薫と中村 達也に声を掛けて、大豪院は寮で生活している者達を送って行った。
今夜の試合でネギの図書館島最深部への探検は一時的に棚上げされてしまうが、

「ああ、クウネルお兄ちゃんなら、そのうち顔を見せるって言ってたわよ」

リィンフォースのこの一言にネギが安堵していた。

「……頑張った事はムダじゃないんだよ」

負けたけど、諦めずに頑張る事は悪いことじゃないとまき絵は感じる。

(やっぱり……好きなんだよね)

一生懸命に頑張るネギの姿にまき絵はほのかな恋心に気付く。


……後日、新体操部のコーチがまき絵がほんの少し大人っぽくなった事に気付き、一皮剥けたかなと感心していた。





放課後の教室でリィンフォースは雪広 あやかと二人っきりで相談中だった。
昨夜のネギの試合の内容を朝クラスメイトから聞いたあやかは激怒し、リィンフォースに怒鳴り込んだ。
もっともリィンフォースの方はそんなあやかの怒り具合を冷静に軽く流すので火に油を注ぐような展開になりかけた。
慌てて、アスナや見物していた釘宮 円が二人の間に割って入って仲裁して……一応事なきを得た格好になった。
多少時間を置く事で冷静さを取り戻したあやかがリィンフォースに事情の説明を求めているのだ。

「――と言うわけで、あやかの方でフォローしてくれない?」
「それは構いませんが」
「私はあまりネギ少年に係わる気がないの。もうちょっと砕けてくれたなら状況も変わるけど、今は無理かな」
「……砕けるですか?」

リィンフォースの言い様に少し眉を吊り上げるあやか。

「今のネギ先生はダメと?」
「ダメとは言わないけど生真面目すぎるのはどうもね」

肩を竦めて話すリィンフォースにあやかが納得しかねるような表情で見つめる。

「真面目で誠実ならば、文句はないと思いますが?」
「美徳かもしれないけど……ネギ少年って、自分の価値観がまだ出来ていないのよ。
 その所為か、案外周りの声に流されやすいし」
「…………そうかもしれませんが、まだ十歳なんですよ」
「十歳でも教師は教師だよ。
 あやかはこのまま進学だけど、もし進学しない生徒がいた場合、ネギ少年が就職の世話出来ると思うの?」
「…………難しいでしょうね。ですが、その場合は他の先生方が行うはずではありませんか?」
「今、フォローしないのに?」

リィンフォースの意見にあやかは反論出来ずに黙り込んでしまう。

「まあ、私以外はこのままエスカレーター式で進級するんでしょうね」
「え、リィンフォースさんは進学しないのですか?」
「そうね。早く麻帆良から出たいのが本音かな」

意外な本音を聞いたあやかは驚いた様子でリィンフォースを見つめていた。

「日本って、スキップ出来ないからダラダラと学生生活しなきゃならないのは嫌なの」
「……ダラダラって言われても」

法律で定められた制度なのであやかには何と言えば良いのか分からずに口篭る。

「……ご両親の方はどうお考えなのですか?」
「……いないよ。特に私はクローンみたいな存在だから……父親は存在しない」
「え……?」

日が沈みかけ暗くなり始めた教室が更に深く影を纏ったかのようにあやかには見えた。

「……それって?」
「人体実験って言えば分かるでしょ……私は悪意ある人間によって不本意な生を与えられた人間モドキよ」

淡々と告げるリィンフォースの声が切っ掛けとなって教室の空気が普段の何倍にも重く感じられる。

「な、何を仰っているのか……分かっているのですか?」
「だから私が人造人間みたいな者だって事でしょ。
 人のくだらない欲望によって、命を弄んだ先に生まれた化け物よ」
「う、嘘を仰らないでください! そんなありえない話など信じられません!!」
「そう? 羊のクローンが既に作れたんだから、ちょっと倫理観をすっ飛ばせば作れると思うけど。
 人間なんて理由があれば、幾らでも道を外した行いが出来るじゃない」
「そ、それは……」

リィンフォースの言いたい事が察する事が出来るあやかは不快気に眉を顰める。

「人は同種である人間を殺す禁忌を平気で破るし、心の痛みなんて……理由を付けて気付かないじゃない。
 ま、戦争なんてその最たるものじゃない。
 始める時は正義だとか秩序を保つとか、綺麗な言葉で賛美しながらも裏では自分達の利益を最優先。
 都合が悪くなったほっかむりして、責任を誰かに押し付けたり、命の尊さを訴えて……止めるだけ。
 痛み、傷付き、死ぬのは底辺の真っ当に生きている人ばかりじゃない。
 人の歴史を紐解けば……簡単に判る話なんだけどね」
「あなたの仰りたい事は分かりま「認めたくないんでしょ……別に良いわよ。認めて欲しくて言ったわけじゃないし」……」

あやかの反論を封じるように声を重ねるリィンフォース。

「本筋に戻るけど、とりあえずネギ少年の気分転換でもしてくれない?」
「…………良いでしょう」
「それじゃお願いするわ。何度も言うけど、私は必要以上に係わりたくないから」

手を振って教室から出て行こうとするリィンフォースの背にあやかは尋ねる。

「ネギ先生のこと……お嫌いなのですか?」

どうしても聞きたいという気持ちがあやかの胸の中にあった。

「そうね……嫌いかもね」
「何故ですか?」
「ネギ少年の家庭環境をベラベラしゃべる気はないけど、理由は簡単……ネギ少年がお父さんっ子だからよ」
「それは悪い事ではないと思いますが?」
「そうね、それ自体は悪い事じゃないわ。ただ……」
「ただ……何でしょうか?」

言葉を少し濁らせるリィンフォースにあやかは鋭い視線を向けて続きを促す。

「ネギ少年って、自分をこの世に送り出してくれた母親の事は全然口に出さないの。
 まるで自分には父親だけしかいないと思っているのか、それとも母親の事は誰も教えなかったのか……」

その一言にあやかはネギの周囲の環境を察して不安を感じている。

「それって、ネギ先生のお母さんは……周りに認められていないとでも仰りたいのですか?」
「その可能性は高いわね。ネギ・スプリングフィールドは母親の顔はおろか……名前すら教えてもらっていないかも」
「そんな!?」
「言っておくけど……私が予想した事は口外しないでね。
 それとあやかが勝手に人を使って調べるのも止めておきなさい」
「何故ですか!?」
「ネギ少年の為と考えるのなら、それは余計なお節介よ。
 彼自身が自分の抱える問題から目を逸らし続けるかぎりは周りが何を言っても耳には入らないし、聞いてくれないわよ。
 ああ見えて、非常に頑固で意固地で……世界が綺麗なものだと信じて疑わない純粋な少年なんだから。
 人の醜さなんて、今の彼には……とても信じられるものじゃないのよ」

頭の中にあった熱が急速に冷めるのをあやかは感じていた。

「それにね、ネギ少年のお父さんは結構ヤバイ仕事しているのよ。
 ま、よっぽど深い部分に踏み込まない限りは……大丈夫だけど、あやかはお父さんの部下を危険晒す覚悟はあるの?」

リィンフォースは振り返らずに話しているが、あやかは言い知れようのない不安が広がるばかりだった。

「……傭兵みたいな仕事なのですか?」
「さあ……困った人がいれば、手助けする人だったって聞いたわ。
 もっとも私には約束を平気で破る偽善者にしか見えないけど……ホント耳触りの良い事ばっかり口にする詐欺師かもね」

ますます以って気になってしまうあやか。
そんなあやかの様子など構わずに話し続けるリィンフォース。

「大方、調子の良い事ばっかり口にして責任取れなくなって……雲隠れしたのかも。
 ま、何にしても……親が仕出かした事件の尻拭いに息子が奔走しそうな気配は十分あるわね。
 そんなわけで私としてはあまり甘やかさないで欲しいとしか言えない。
 でないと……親より先に息子の方が死ぬ可能性もありそうだから」
「そ、そんな!?」
「なんせ周りの大人は十歳の子供に父親以上の期待を押し付けて……戦場に送り込もうと企んでいるかもしれないし」
「お待ちなさい! そんな事は許される事じゃありません!!」

流石にネギの事情は知らなくても、あやかには到底受け入れられない現実がある。

「あやかが言っても、ネギ少年は聞かないわよ」
「何故ですか!? そんな危ない事をネギ先生が……」

ハッとした顔であやかは嫌な予感を頭に過ぎらせる。

「正解。ネギ少年の回りにいる大人は……そういうふうに仕込んだのよ」
「う……うそですよね?」
「事実よ。だから、こっちがしている訓練には一々口出し無用……ネギ少年の為を思うならね」

言う事を聞かないのなら、その手助けをするしかない。
要するにリィンフォースやエヴァンジェリンが行っている事はネギの為になるというものだとあやかは気付かされた。

「……リィンフォースさん、あなたは何を考えているのですか?」

嫌いと言いながら、結果的にネギのプラスになる事をしているリィンフォースの真意をあやかは問うも、

「さあ? 自分でもよく判らないけど……嫌いだけど、子供が死ぬのは見たくないのよ」

何処か真意を悟らせないような返事を返すだけだった。

「……複雑怪奇な心理状態ですわね」

あやかの言葉にリィンフォースは黙り込む。

(表情は見えませんけど……不本意な顔をなさっているんでしょうね)

おそらく苦々しい表情で話しているんだと思うと少し気が晴れる。

「ネギ先生のこと……お好きなんですか?」
「冗談はやめてよね!!
 他人の価値観で固められて、ちょっとそれを崩されたらグラグラ揺れるまくるダメ人間なんて冗談じゃないわ!!」

本気で嫌がる声を出したリィンフォースにあやかは苛立ちと安心の二つの感情が交互に重なって複雑な気分になる。
苛立ち、用件は済んだと言わんばかりに早足で教室から出て行くリィンフォースに、あやかはネギの周囲に人間関係の複雑さに苦悩する。

「はぁ、周囲の大人は多分高畑先生も含めて……ダメなんでしょうね」

不明瞭で分からない事ばかりで行動するための指標が見えてこないとあやかは思う。
リィンフォースの言葉を信じるなら、今は迂闊に動かずに見守る立場でいれば間違いない筈だ。

「……ネギ先生がここに来られた意味をまず考えるべきですわね」

イギリスからわざわざ教師として研修に来た事にも隠された意味があるのかもしれない。

(今までクラスの皆さんの大半と距離を取っておられたエヴァンジェリンさんが……動いているのも事実。
 やはり原因はネギ先生ではなく……お父さまにあるんでしょうね)

自分の知らないところで何かが動き出しているとあやかは感じている。

「……警告と判断するべきかもしれませんね」

実家の、雪広グループの力を使って勝手に動かれるのを嫌がったから、先に手を打ったのかもしれない。

「私が勝手に動く事でネギ先生にご迷惑を掛けると思われたのかしら?」

口に出してちょっと腹立たしい気持ちになるあやかだが、ネギに事に関しては暴走しがちな点を顧みると反論できない。
とにかく今はネギのメンタル面での休息を頼まれた点を優先しようとあやかは決める。

「とりあえず……ウチが所有する南国の海へでもお誘いしましょう!
 そうですわ! このチャンスを逃さずにネギ先生と二人っきりで……!!」

ネギと二人っきりでの旅行を想像してあやかは興奮で悶えている。
一人寂しく教室で悶える姿は……かなり痛いと後で気付いて落ち込むことを本人はまだ知らなかった。

ちなみにあやかの"ネギと二人っきりで南国の蒼い海へ行こうイベント"は朝倉 和美の耳に入り……失敗した。





窓の外を見ながらリィンフォースは憂鬱な声を漏らす。

「今日は雨か……」
「梅雨入りはまだ先の話ですから、今日のところはただの通り雨です」
「なんだ、雨が嫌いなのか?」

エヴァンジェリンがリィンフォースの声にいつもの力強さがなかった事に気付く。

「……強敵になるかもしれない存在に出会った日もこんな雨が降っていたのよ」
「ほぉ、どんな奴だった?」

リィンフォースが強敵と話す以上はかなりの実力者だと判断して俄然興味を増しているエヴァンジェリンだった。

「普通の魔法が通用しない奴でね。思わず……ベルカ式の魔法で拘束しちゃったのよ」

普通の魔法――この世界での一般的な魔法が通用しない敵と聞かされてエヴァンジェリンは楽しげに笑う。

「ほぉ……もしここに来たら、さぞ面白い事になりそうだな」
「雰囲気的に精霊喰いか、魂喰いかな……魔法に使った精霊が喰われた時は驚いた。
 まさか、そんな物騒な存在と出会うなんて……ね」

暢気に出会った時の事を回想しているリィンフォースとは裏腹にエヴァンジェリンは少しその存在に脅威を感じていた。

「……信じられんが、お前が嘘を吐く理由もないな」
「気の塊が意思を持って、捕食した生命体の身体を使うのよ。
 でも、普通の気じゃないし……魔力に反発して魔法の効果がゼロでね。
 アストラルバインド系――思念体を捕縛するベルカ式の魔法しか拘束できないの」
「……あれか? 魔法の触媒になる精霊は触れるだけで喰われたんだな?」
「そういうこと。しかも器になった肉体を破壊しても……別の器に乗り換えられたら破壊した意味ないし」
「ソイツハ厄介ナ奴ダナ。俺タチノ身体モ奪エソウダゼ」
「まあね、あれだと守護騎士プログラムで作った騎士も危ないわ。
 何でも話を聞くかぎり……悪魔の魂だって平気で喰うみたい」
「悪魔もか……なら、私も危ないかもしれんが、よくそんな存在が噂にならなかったな」

エヴァンジェリンが気を引き締めた顔つきになって考え込む。

「少なくとも私はそんな存在が居た事など耳にしてないぞ」
「オウ、俺モ聞イテネエゾ」
「そりゃそうでしょう。だって、本人は1000年ほど前に隠遁生活に入ったし」
「そうなのですか?」
「うん。元々は戦乱の真っ只中で人の悪想念が具象化したんじゃないかって言ってた。
 最初は本能で活動しては、人の魂を喰らっては身体を手に入れての繰り返しで、正体バレたら……身体をわざと壊されて、何年か潜伏して別の地で復活だっ て」
「……それはまたしぶとい存在だな」
「別に人でなくても構わないみたい」
「つまり人類種以外の存在にも乗り移る事が出来るのですね」
「そうだよ」
「ホー、ソイツハ便利ナ身体シテンナ。
 俺ガ思ウニ、ソイツハ暗殺者向キダゼ」
「本人も自我を得てから……その仕事をしてたんだって。
 ターゲットの周囲の人物の魂を喰って近付き……殺す仕事をしてたらしい。
 なんでも魂を喰らった際に、その人物の記憶も手に入るって聞いたよ」
「ケケケ、ソリャ天職ッテヤツダゼ♪」
「……否定はせんし、そんな人物に狙われたら、私でも本当に危ないかもな」

面白いと言わんばかりに楽しげに笑うチャチャゼロと、姿を奪うだけでなく……記憶も奪う存在に若干の恐れを抱くエヴァンジェリン。

「潜入には非常に効率の良い手段かもしれませんね」
「そうね。身内の身体を奪われてしまえば、簡単に背後に忍び寄れそうだから……怖いのよ」
「全くだ。その人物特有のクセもコピーできるのならば……不意打ちなど簡単だな。
 しかも使いようによっては周囲に疑心暗鬼の種を撒き散らせるぞ」
「ケケケ、誰ガ暗殺者ダ!?ッテカ♪ ナンカ同士討チデ終ワリソウナ展開ダゼ」
「それ、最も得意とするやり方だって。
 なんでも組織内に不和の種を撒き散らして自滅させる仕事も何度もしたそうよ。
 堅固な組織であればあるほど内側から壊し甲斐があったみたい」
「……紛れもなく獅子身中の虫になれる存在だよ」

自分のような力技で戦う存在ではなく……騙し、裏切り、欺き、暗躍と言った行為で敵を破滅させる存在だとエヴァンジェリンは思い、敵対した場合は面倒な事 になるだろうとも想像してゲンナリとした表情になっている。

「もっとも本人は飽きて……隠遁生活しながら哲学的な事ばかり考えていたわ。
 何故、自分は生まれてきたのか? 一体、自分は何のために此処に存在しているのか?ってね」
「暗殺者でありながら、哲学者なのか? 随分とまあ……極端な」
「身体は……器は壊れても死ねないのは辛いって。
 まあ元が呪われたような存在だから、条件反射みたいに反応して生存し続けるのは何の嫌がらせだって」

痛いほどの沈黙の帳が落ちる。

「自殺は出来ないし、魔法の攻撃は反射的に精霊を喰らう。
 自我が生まれてからは、争い事には係わりたくないって考えて……奪った身体の墓を作って墓守の真似事していた」
「…………ほんの少しだけそいつの気持ちが理解できるな」

悟ったような表情でエヴァンジェリンが自身の過去を思い浮かべている。

「こちらは戦う気はないが、どうしようもなく頭の固い連中はいる」
「ケケケ、オカゲデ血糊ヲ拭ウ暇モナカッタゼ。
 正義ヲ掲ゲル連中ダッタガ、所詮小物バカリデナ。命乞イスルヨウナ馬鹿モイタモンダ♪」
「そりゃまた……覚悟の足りない愚か者がいたのね」
「フン、数の暴力で相手を踏み躙るのに慣れた愚か者だ。
 極端な話、魔法使いにとって数など意味をなさない事はある」
「ま、そうでしょうね。魔法とは理不尽の極致だから」

どんなに平等を願っても格差が生まれ、理不尽な事を押し付けられる点がある。
魔法は才能に左右され、保有する魔力量が非常に重要なウェイトを占める。

「魔力量……こればかりは多少は増やせるがどうしても限界がある。
 そういう意味では近衛 木乃香やぼーやは恵まれているかもしれんな」
「それが幸福な事とは限らないけどね」
「……否定はせんよ。だが、お前が持つ技術を魔法使いどもに渡せば……世界が変わるかもしれん」
「この学園に出す気はないし、魔法使い達に提供したら……世界が滅びかねない。
 なんせ、自分達の行為が如何に愚かな行為か気付かないどころか……目を逸らし続けている。
 そんな連中に技術だけでも渡したら……碌な事に使わないわよ」
「確かにリィンさんの科学は最先端の技術がふんだんに入っているだけではなく……更に進んでいる部分もあります」
「そうだな。カートリッジシステムだけでも表に出したら……大変ではある」
「一時的にも魔法の効果を増幅するシステムだからね。
 正義の味方気取りの連中に渡したら……なにやらかすか怖いわよ」
「全くだ」

リィンフォースの言い様にエヴァンジェリンが同感だと頷いて嫌そうな顔をしている。

「おそらくですが、強大な力を手にした人間は自己を律するのが疎かになる傾向があります」
「ケケケ、雑魚ガ調子ニ乗ッテ、ヤリタイ放題スルンジャネエカ。正義ハ我ニアリッテカ♪」
「……否定できんな」
「現実、知らなさ過ぎなのよ。それとも目を逸らしているのかも」

現実――世界が純粋に綺麗なだけのものではないとリィンフォースは母親の記憶を受け継ぐ事で知っている。

「正義なんて言葉は口に出さない方が良いのよ」
「ケケケ、戦争ニ理由ヲツケテ正義ダナンテ叫ブ連中ハマトモジャネエノサ」
「都合の良い時だけ正義を口にする連中は虫唾が走るな。
 正義があれば、人を傷つけ、殺す事の免罪符になると思うなど馬鹿げている」

茶々丸は思う……正義とは何を意味するのだろうかと。
正しい事を行うから正義のはずだが……実際に人も魔法使いも正しい事を行っているのだろうか?

(夜天さんは望まぬ改変によって、生き方を狂わされました。
 そしてマスターも魔法使いによって、その人生を歪められました)

闇の書と闇の福音を生み出したのは人間である。

(本来ならば、責任を取って……救うのが正義だったはずです)

闇の書の場合はまだ起動まで余裕があったのに……少女を生贄にして封印しようとした。
茶々丸の主であるエヴァンジェリンも魔法使い達が救済するべきなのに……手を差し伸べずに葬ろうとした。

(やはり正義と言うのは……人が悪を行う時に使う言葉遊びに過ぎないのでしょうか?)

言い訳するための言葉なのかもしれないと茶々丸は考える。

(少なくとも私にとっては夜天さんもマスターも悪人と蔑まれる方ではありません)

正義とは何か? 茶々丸にとっての正義とは?

(私にとっての正義とは……リィンさんとマスターが何不自由なく健やかに暮らせるための障害を排除する事です)

そう思い至って茶々丸は苦笑してしまう。

(これが正義ならば、私も言葉遊びをしている愚か者かもしれません。
 やはり私は……正義の魔法使いの従者ではなく、悪の魔法使いの従者の方が似合っているのかもしれませんね)

二人が幸せに生きていくために……他者を踏み躙るかもしれない。
しかし、茶々丸にとっての優先順位は決まっている。
正しいかどうかなど人が勝手に判断するものと考えれば……善悪など不確かなものなのだ。
自身の欲望に忠実であっても構わないと茶々丸は思う。

(自分が行った行為に対してきちんと責任を取る事が出来れば良いのでしょう。
 矛盾した考えかもしれませんが、マスターもリィンさんも踏み躙る以上は自分も踏み躙られる事を覚悟しておられます)

弱肉強食の世界で生きる以上は力が及ばない時は強者の糧となる事を覚悟しなければならない。
そしてリィンフォースもエヴァンジェリンもその覚悟をした上で……今を生きている。
茶々丸は思う、この麻帆良学園都市でその覚悟を持って活動している魔法使いは何人居るのだろうかと?

(……数えるほどもないかもしれませんね)

覚悟を持たずに正義の味方気取りの魔法使い達ならば掃いて捨てるほど居るだろうが……覚悟を持つ者は少ないだろう。

(いざ、その時を迎えて……泣き言を言わない事を期待するのは無駄でしょうね)

その瞬間を想像して、茶々丸は愉快な気持ちになり……自分が主人に毒されていると感じて苦笑いしていた。






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EFFです。

ソーマのモデルは今更言うのもなんですが"仮面ライダー電王"からです。
モモタロス+キンタロス=ソーマ・赤。
ウラタロス+リュウタロス=ソーマ・青と言う按配です。
そして、これに上位人格を入れるべきか、考え中です。

それでは次回も刮目してお待ち下さい。





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