麻帆良学園都市の警備を担当している魔法使い達は目の前で相対している人物に恐怖する。
昼日中に侵入してくるという大胆不敵さはあったが、侵入者の反応は非常に微弱でそれほど強力な相手ではないと思っていたが……その予想は大外れ。

「やれやれ……何百年経っても変わる事のない技術では私には勝てんよ」

余裕綽々の様子で魔法使い達と対峙する青年。
たった一人で大胆にも侵入した人物であったが、たかが一人で何が出来ると魔法使い達は当初考えていた。
しかし現実は彼らの想像とは逆方向に進行していた。

「クッ! なら、これでも!!」

苛立ちを隠さずに魔法使いの一人が魔法を詠唱して攻撃するが、

「……愚かな」

巨大な火球が迫ってくるというのにその人物はまるで気にせずに立っている。
全身から黒い霞のような物が溢れ出し、火球を……魔法が喰い尽くされる光景が再び現れる。
魔力によって力を得たはずの精霊が黒い霞の前では無力な存在となって消えていく。
火の精霊ではなく、風の精霊や雷の精霊……殆どの属性魔法が無力化された。
魔法が通用しない敵の侵入など想定外というか……考えてもいない。
先ほどから何度も同じような行為が続き、目の前の侵入者は退屈していた。

「……あまり芸のない真似を続けるというのなら、こちらにも考えがあるが?」
「ひっ!!」

まだ殺気を見せたわけではないが、自分達の魔法を悉く喰われる光景に怖気が走っていた。
初めて遭遇する精霊魔法使いの天敵……精霊喰い。
自分達の得意とする力(魔法)が無力化された現実に激しく混乱していた。

「……聞きたい事があるんだが、答えてくれるかね?」
「ま、まだだっ!?」

魔法が全て通用しないわけではないと判断した者が魔力で身体機能を強化した格闘戦を行おうとしたが、

「ガッ!? こ、これは何だ……?」

青年の周囲に浮かび上がる黒い霞に触れた瞬間……その力を急速に減衰させて地に伏した。
力の入らない手足を必死に動かそうとするが……身体は意思に応えずに沈黙する。

「……無理はしないほうが良い。今ふうに言うところのエナジードレインだったか……君の中の生命力を奪った。
 無理に動こうとすれば、最悪……ショック死するぞ」

身体中の力が抜けて、気を抜くとそのまま眠りそうなほどに消耗しているのは否定できない。
もし言葉通り、生命力を抜き取られたのなら……その先にあるものは死なのだ。
しかも相手の青年は殺す事に然程躊躇う様子もなければ、命を奪うという行為を忌避していない。
淡々と語る声に魔法使いは動きを止めるしか選択肢はなかった。

「ところで、そろそろ私の質問に入って良いかな?」

倒れた魔法使い達には目もくれずに責任者らしい人物だけに注目する。
注目された魔法使い――ガンドルフィーニは苛立たしげに睨んでいた。

「ああ、別に言いたくなければ構わない。
 その場合は、しばらく此処で探し人が見つかるまで滞在するだけだ」
「……何が目的だ?」
「人の話はきちんと聞くべきだな。
 探し人があると言った筈だが……耳が悪いのか?」

小馬鹿にする気はなくとも……十分嫌味が含まれた視線にガンドルフィーニのイライラは増え続ける。

「お、落ち着いてください! ガンドルフィーニ先生!」

今にも激発しそうなガンドルフィーニを慌てて注意を促す瀬流彦。
この麻帆良学園都市で一、二を争う手練である高畑・T・タカミチは魔法使いの仕事の一環で出張中の今、目の前の人物とマトモに戦えそうな人物は限られてい る。
だが、その人物は一応?呪いの所為で理由もなく校舎から勝手に抜け出す事は出来ないし、もう一人の少女もきちんとした契約をしない限り動かない扱い難いフ リーランスの魔導師という存在だった。

(唯でさえ、修学旅行の一件で不愉快な思いをしているだけに"授業をサボって仕事しろ"なんて言ったら……)

間違いなく、今後仕事を引き受けてくれるかどうか分からない。
既存の魔法使い達とは考え方も違えば、使用する魔法も違うはずの魔導師なのだ。
判っている事は唯一つ……彼女の使う魔法は広域破壊もしくは殲滅を得意とした物だった。
京都での一件は既に聞き及んでいる。
たった一度の魔法で鬼の集団を一気に送還し、鬼神にも大打撃を与えたのも知っている。
しかも非殺傷設定という敵に対して魔力ダメージを与えるだけで殺さない事も可能な利点もある……自分達の使う魔法よりも便利そうな点だった。

「……代わりに僕が話をお聞きしましょう」
「せ、瀬流彦君!?」

仕方なさそうにガンドルフィーニを押し退けて瀬流彦は時間稼ぎを兼ねた会話を行おうとする
怒ったような鋭さを秘めたガンドルフィーニの声が背後から聞こえたが……無視する。

(リィンフォース君の言うように……頭硬いよな)

もう少し状況を把握して柔軟に対処して欲しいものだと瀬流彦は思う。
生真面目なところは嫌いではないが……度を越した生真面目さはどうも苦手だ。
はっきり言って勝ち目がゼロに近いこの状況下で感情的に動かれると本当に危ないと判っている筈なのに……過剰な正義感で動こうとする。

「……君も苦労しているようだな」
「……放って置いてください」

敵対するかもしれない人物から同情の視線を受けて黄昏る調整役の位置に立つ苦労人の瀬流彦だった。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 四十八時間目
By EFF




『麻帆良女子中学3−A組のリィンフォース・夜天さん……至急学園長室まで』

授業が終わると同時に放送が校舎内に流れる。

「……何をやった?」
「……思い当たる事が多過ぎてわかんない」
「ヲイ?」

思わず片言で尋ねるエヴァンジェリンにリィンフォースは肩を竦めている。
事実リィンフォースがしている事を表に出せば……色々と物議を醸し出すのは間違いなかった。

《すまんがお客さんじゃよ》

再度念話でリィンフォースとエヴァンジェリンに通達する近衛 近右衛門に困惑する。

「……お客?」
「心当たりはあるか?」
「一人いるけど……あいつだったら、もっと大事になっているはず?」
「ハァ?」

心当たりはありそうだったが、なにやら非常に重要人物みたいなニュアンスが含まれている。
若干険を含んだ視線でエヴァンジェリンが続きを話すようにリィンフォースに問う。

「誰だ、そいつは?」
「物好きな男で……私にプロポーズした」

『な、なんだって―――!?』

興味本位で耳を傾けていたクラスメイト一同が思いっきり叫び、教室のガラスが大きく震えていた。

「リ、リ、リ、リ、リィンさん!! わ、わ、わ、私はき、き、き、聞いて おりません!?
 そ、そ、そのような方が、お、お、お、居られたんですか!?」

「ど、何処のどいつだ―――ッ!?  うちのリィンにコナかけるとはいい度胸だ!!」

完全にぶっ飛んだ様子でリィンフォースに詰問する茶々丸を見ながら、リィンフォースの交友関係をもう少しきちんと把握するべきだったかとかなり後悔したエ ヴァンジェリンだった。

「いや、だから……返事は拳で答えたわよ」
「フ、 フン、それは当然だろう! 寧ろ一発殴った程度で済ますな!!」
「その通りです、リィンさん! いっそ魂までも破壊する方が後腐れはあり ません!!」

(これは……まだ付き合いがあるというのは言わないほうが良いかな?)

エヴァンジェリンと茶々丸の過剰な反応にリィンフォースは肩を竦めて……どうしたものかと考えていた。

「ライトニングバーサーカーに謎の婚約者!?  こいつは今週の大スクープだ!!」
「さっさと白状する!」


久しぶりの大きなネタに勢いよくマイクを突きつける朝倉 和美と、メガネに異様な光を反射させながら興味津々で尋ねる早乙女ハルナ。

「……とりあえず学園長室に行って来る」
「私も付いて行くぞ!」
「私も参ります!」

リィンフォースは和美とハルナの声を無視して、エヴァンジェリンと茶々丸に告げるが、二人とも一歩も退かん……不退転の決意で同席を告げる。

「……まあエヴァと茶々丸は家族だから良いけど、他はダメよ」

堂々と付き纏って学園長室に行こうとするクラスメイトに釘を刺して歩いて行くリィンフォース達。

「く! 相変わらず秘密主義なんだから!」

場所が場所だけに迂闊に踏み込めずに地団駄を踏む懲りない連中が教室に残されていた。
ちなみに無理矢理について行こうとした者は……リィンフォースのライトニングナックルの応用で触られて……痺れていた。




「入るぞ、ジジイ!!」

ノックもせずに堂々と入ってくるエヴァンジェリンに近右衛門は、

「偶にはマナーを守ってノックくらいしてくれんかの」
「ハン、そういう事はきちんと礼儀を守ってから言うんだな」

一応注意したが、いつものように効果がなかった。
学園長室には学園長の近右衛門にガンドルフィーニ、瀬流彦とエヴァンジェリンが初めて見る青年が居た。
そのエヴァンジェリンに続くように部屋に入ってきたリィンフォースは尋ねる。

「で、私に客って?」
「久しぶりだな、リィンフォース・夜天」
「誰って…………もしかして、ゾーンダルク? 随分ナリが変わったわね」

リィンフォースが最初途惑っていたが、直感で誰かを当てて納得する。

「……君くらいなものだ。私の正体をはっきりと識別できるのは」

一方ではゾーンダルクと呼ばれた青年が苦笑いという笑顔を浮かべてリィンフォースとの再会を喜んでいた。

「で、彼との関係はなんだね?」

苦々しい顔つきで警戒を解かずにリィンフォースにガンドルフィーニは問う。
警備を担当する彼にとっては、このような事態は決して認められるわけがなく、常に懐に手を入れていつでも銃を抜き出せる状態を維持していたのだ。

「……仕事で知り合っただけよ」

あらかさまに敵意を隠さずに上からの物言いにリィンフォースは不快気に答える。

「仕事?」

聞き捨てならないといった様子でリィンフォースのほうに視線を向けるガンドルフィーニ。

「フリーランスの魔法使いが何しようと問題ないでしょ?」

ガンドルフィーニの何か言いたげな視線など、リィンフォースは全く意に介さずにいた。
そんなリィンフォースの余裕っぽい振る舞いにガンドルフィーニの苛立ちは更に跳ね上がり……視線の鋭さが増す。

「よくは分からないが、彼女は君達の陣営に所属している訳じゃないみたいなら……行動の自由を阻害するのはどうかな?」

ゾーンダルクが何か問題あるのかと問うが、ガンドルフィーニは部外者は黙ってろと言わんばかりに睨み返す。

「やれやれ、自分の考えに賛同しない人物が気に喰わないのさ。
 全く以って……器の小さい視野狭窄の人だな」

ドアをノックせずに入ってきた新たな人物――ソーマ・青が呆れた様子で話す。
リィンフォースが学園長室に呼ばれたとのメールを釘宮 円から受け取ってやって来たのだ。
何気に近代機器の扱いに精通し、順応している大鬼神だった。

「君は黙っていたまえ!! これは学園都市の警備を担当する者として知っておかねばならない事だ!!」
「それこそ論外だね。この都市の治安を乱す原因は君達、魔法使いじゃないか。
 わざわざ学園都市に結界を張って、重要な文献を本国で管理しないから……お馬鹿な連中が来るのさ」

ガンドルフィーニをクスクスと嘲笑うようにソーマ・青が学園長の方を見ながら嫌味を告げる。

「自分達の領土なのに部外者の力を借りなければならないほど……君達が弱いのも原因の一つじゃないのかな?」
「な、何だと!?」

激昂するガンドルフィーニだが、周囲の者は殆ど気にしていない。
近右衛門は人員不足を以前から憂いており、瀬流彦ももう少し人手があればなと常々思っていた。
助っ人の力を借りなければならないほどに学園都市の管理維持は大変だと二人は現実を知っている。
ただガンドルフィーニのように、"自分達が頑張っているから学園都市は大丈夫だ"などと思えるほど自惚れていなかった。

「何か、勘違いしているようだが……彼女は元賞金首で更生中だと思いたまえ」

ガンドルフィーニは激昂したが、一つ咳払いして冷静にソーマ・青に告げるも、

「ああ、そうだったね。
 確か君達と同じ魔法使いに吸血鬼化の魔法を受けて……正義の生贄にされたけど、反撃されたみたいだね」

エヴァンジェリンの過去を知るソーマ・青の一言に絶句させられた。

「魔法使いが自分達の正義を示すために、当時十歳の少女を吸血鬼に変えるなんて……何を考えているんだろうな」

肩を竦めて、呆れた口調で魔法使いの馬鹿さ加減を話すソーマ・青に学園長室の空気は重くなる。
実際には事実とは言えないが、敢えてそう話す事で皮肉と嫌味を含ませていた。

「そんなものだろう。人間とは自分達と違うものに対して寛容という心を持ち合わせていない愚かな種だ。
 しかも馬鹿をやってから反省して、更に何度も同じ馬鹿をやってようやく理解する生き物」
「なかなかに辛辣だけど違いないね」

人外二人の人間に対する見方にガンドルフィーニは怒りで、近右衛門と瀬流彦は複雑な気持ちで聞いている。

「正義、正義と口にしているみたいだけど、悪の魔法使いの力を借りなければ守れないなんて……大した正義だね?」

ギシリと部屋の空気がさらに重く底冷えする。
原因は殺気を含み始めたガンドルフィーニだったが、ソーマ・青、リィンフォースは動じない。
瀬流彦と近右衛門は言い過ぎだとソーマ・青の言い方を内心で咎めつつ、ガンドルフィーニの大人気ない様子に呆れてもいた。

「この都市の警備と言われても……随分と暢気な体制だったよ」
「どういう意味かね!?」

更にゾーンダルクが退屈な空気を纏って話すとガンドールフィーニの血圧が一気に跳ね上がっていた。

「……私が此処に入って来て既に三日は過ぎて、態々侵入していると気配を見せるまで気付かなかったじゃないか」
「な、な、な!?」

ゾーンダルク側の事情を聞かされたガンドルフィーニ達、学園側の人間は一様に驚く。
自分達の警備体制が笊だと言われては流石に顔を顰めざるを得ない。

「だろうな……貴様は妙に気配を隠蔽しているというか、こうして目の前に居るのに……人間にしか見えない」
「そりゃそうでしょう。彼は人の皮を被った状態で此処に立っているのさ。
 妖気やら、力を表に出さない限りは魔法使いには判別できないよ」

エヴァンジェリンが自身の目を欺くゾーンダルクの隠蔽能力の高さを感心し、ソーマ・青が見極めが厳しいと告げていた。

「そういう君も……なかなか面白い存在に見えるがな」
「僕は姫さまのおかげで、こうして今を楽しんでいるのさ♪
 そんなわけで君もどうだい? 少なくとも誰かを犠牲にせずに動ける事は確実だからさ」
「ふむ……そういう事なら喜んでと言わせて貰おうか。
 それにしても、そんなやり方があるのなら早く言って欲しかったものだ」

少々険の混じった視線でリィンフォースを見るゾーンダルク。
彼にしてみれば、態々他の生命体を犠牲にしないやり方があるのなら少々問題があっても選択しようと考えていたのだ。

「あの時はこの方法を取れるだけの余裕がなかったのよ」

拗ねるような言い方でリィンフォースがプイッと顔を逸らしている。

「うっかり忘れていたんだろ……リィンも微妙に抜けたところがあるからな」
「ひ、ひどっ!!」

エヴァンジェリンが呆れを含んだ声でからかうように告げると、リィンフォースがショックを受けていた。

「マスター……そういう言い方は親しき仲であっても失礼かと思われます」
「お、お前はいつもリィンの味方なんだな!!」

これもまたいつもの展開で茶々丸がリィンフォースを庇い、エヴァンジェリンに注意すると何故自分の従者のくせにと憤る。

「なかなか楽しそうな関係だな」
「いやいや、この程度じゃないさ」

気の合う友人同士に見える光景を楽しく見つめる人外の二人。
魔と人が楽しく友誼を行う事がどれほど難しいかを知っているだけに、二人の関係を微笑ましく思っていた。

「さて、本題に入るかの」

エヴァンジェリンの怒りがある程度まで沈下するのを待ってから近右衛門は声を掛けた。

「私は正規の手順で麻帆良に来た」
「ふむ……」
「したがって、魔法使いの流儀に従う義理はないな」
「君!?」

ガンドルフィーニがゾーンダルクの考えに反発して叫ぶが、

「では、どういう理由で私を此処から排除する?
 まさか、人に危害を加えるかもしれないなどという不確定の意見をごり押しかい……魔法使いとは随分と傲慢なんだな」

棘の混じった嫌味を以ってしてガンドルフィーニの主張を先に封じた。

「ご老人、此処は魔が住む事を禁じている場所なのか?」

ちらりとエヴァンジェリンのほうに一瞥してゾーンダルクはこの学園都市の総責任者である近右衛門に問う。

「いや、そんな事はないんじゃが……」
「私は正規の手順でこの街に入ってきた観光者でもある。
 いきなり襲い掛かってきた者にそれなりのケジメをつける気がないのなら……構わんな」

懐からパスポートを提示して旅行者である事を仄めかすゾーンダルク。

「いきなり、銃を持った彼に襲われたと警察に訴えても良いかな?」
「な、何を!?」
「何を驚く? 観光で来日した旅行者を襲った事は事実だろう」

ゾーンダルクはこの学園都市で犯罪行為を行った訳ではない。
人探しという目的はあるが、正規の手順で学園都市に入って来た観光者でもある。
ただ魔が侵入した事に過剰に反応して、問答無用で防衛行動に出た魔法使い達の行動を非難する。

「それは困るのぉ」

魔法を表沙汰に出来ない以上、ガンドルフィーニが銃とナイフを使ってゾーンダルクを襲った点だけを見れば……犯罪行為。
事情を知らない警察機構に一般人を装ったゾーンダルクが駆け込めば、間違いなくガンドルフィーニは逮捕されかねない。
そう、この都市は魔法使いが管理してはいても……それは裏の事であり、表には何ら関係ないのだ。
表沙汰になれば、当然ガンドルフィーニが銃刀法違反で身柄を拘束され……更にゾーンダルクの証言で他の面子にも司法の手が伸びてしまい、魔法についても知 られてしまう可能性だってあるのだ。

「が、学園長!?」
「問答無用で襲い掛かったんだ……当然リスクは覚悟の上だろう?」

近右衛門が庇い切れない雰囲気になりかけて大慌てになるガンドルフィーニ。
そんなガンドルフィーニに対してゾーンダルクは、何を甘えていると言わんばかりに呆れた様子で肩を竦めている。

「ところで一つ聞いて良いかの?」
「何かな?」
「君は人を襲うために此処に来たのかね?」

大慌てのガンドルフィーニを見ながら近右衛門はゾーンダルクに一番重要な点を尋ねる。

「話を聞いていなかったのか? 私は彼女を探していただけだ」

呆れた声で近右衛門を見つめて話すゾーンダルク。

「そんなくだらない事をする為に態々来るわけがない。
 そういう馬鹿馬鹿しい事は千年も前に飽きた」
「ふむ……くだらないかね?」
「そうだ」

近右衛門は一呼吸置いてから腕を組んで考え込む。

(状況はガンドルフィーニ君らの先走りもあるのぉ)

チラリと苦々しい表情でこちらを見つめるガンドルフィーニの姿を確認する。
正直なところ、近右衛門はそれほど危機感を抱いておらず……まあ大丈夫だろうと判断していた。

(その気になれば、間違いのう……殺す事も出来たんじゃ)

実際に本気で戦っていたのなら、この場にガンドルフィーニが居るとは到底思えないだけの実力差があった。

(……伝説の精霊喰いなど、本当に実在するとは思わなんだわ)

噂、伝説みたいな形で伝承されていた存在が目の前にいる事に内心では驚いている。
魔法使いの天敵、存在を知った瞬間に殺されているとか……物騒な話題には事欠かない。

(本国に報告したら……研究素材として調査したがるんじゃろうな。
 もっとも、その行為が自殺行為に繋がるとしてもじゃな)

相手は人に対して今は寛容に見えるが……何時までも同じ気持ちでいるとは限らない。
迂闊に踏み込み過ぎれば……最悪な事態にも発展しかねないと判断する。

「それじゃあ行こうか? 新しい身体を作るにしても……此処じゃ作れないし」

平行線を辿るのを理解していたリィンフォースがゾーンダルクに声を掛けて退席を促す。

「ちょ、ちょっと待ちたまえ!?」
「あのね……彼は正規の手順で観光に来たの。
 本来は学園長室に入る理由がないのを態々付き合ってくれた事を理解してよ」

少しは状況を察しなさいとリィンフォースが冷ややかな視線で告げるも、

「し、しかしだね!?」

立場上ガンドルフィーニは、"はい、そうですか"等と言える訳がなく。

「本気で暴れていたら……被害甚大って事をきちっと想像できるだけの柔軟な思考を持って欲しい」
「全くだな、勝てなかったくせに自分の方の言い分ばかり押し付けるのはどうかと思うぞ」

リィンフォースとエヴァンジェリンの容赦ない意見に言葉を封じられる。

「……仕方ないのぅ」
「学園長!?」
「ただし、こちらにも色々都合があるので……出来る限り穏便に行動して頂きたいが?」
「……そっちが手を出さない限り、私は何もせんよ」

妥協点を提示した近右衛門にゾーンダルクがあっさりと返事を返す。

「では失礼する、東洋の仙人殿」
「いや、アレは人間だから……多分?」
「そうなのか?」
「ああ、非常に不本意ではあるが人間だ」
「ええ、一応人類に分類される存在であります」
「僕も最初は君と同じように思ったよ」

ゾーンダルクが一度は誰もが思う事を口にして、リィンフォース一行がフォローしていた。

「……君ら、もう少し老人を労わろうという気持ちはないのかね?」
「「「「ないな(ありません)」」」」

無情で薄情な意見に近右衛門のハートは傷だらけだった。




リィンフォース達が部屋から出て行った後、

「学園長、よろしいのですか!?」

苦々しい顔でガンドルフィーニが近右衛門に再考を促していた。

「では聞くんじゃが……正面から勝てるほどの戦力がこちらにあるのかね?」
「え、そ、それは……「ありませんね」せ、瀬流彦先生!?」

ガンドルフィーニが答え難そうにしているところに割って入る瀬流彦。

「彼女の魔力量はネギ先生と同程度ですが……攻撃力に関しては高畑先生よりも上。
 しかも、得意とする攻撃手段は……広域破壊を主とした長距離殲滅系攻撃魔法です。
 非殺傷設定という命を奪わない方法があるみたいですが、真正面から戦えば……学園都市への被害は甚大です」

修学旅行で使用した魔法の事は既に学園に居る魔法先生の耳に入っている。
今まで殆ど見せずに済ませていた理由もこの一件で理解できた。
うっかり都市部で使用しようものなら……どれほどの被害が出るか予測不明。
直接見た訳ではないが、詠春から送られてきた報告を見る限り……彼女の使用する魔法は自分達が使う魔法よりも優れているかもしれなかった。

「そういう事じゃ、ガンドルフィーニ君。
 更に言えば、学業と理由にした封印解除ではなく、自由に解除出来るかもしれんぞ」

ガンドルフィーニを諭すように話す近右衛門。

「正直なところ、修学旅行の一件で彼女のこちらに対する印象はガタ落ちじゃ。
 ま、これに関してはわしの責任でもあるんじゃが」
「し、しかし、彼女も魔法使いである以上は「そこじゃよ」……え?」

ガンドルフィーニが何を言いたいのか判っている近右衛門は複雑な心情で意見を遮って告げる。

「彼女はわしらとは異なる主義、思想の元で生きてきたという事を理解せねばならんのじゃ」
「そうですね。僕達に、魔法使いにとって正しい事でも……彼女には正しいとは限らないという事ですか?」
「そうじゃ。彼女は魔法を使うものではあるが、魔法使いではないんじゃよ。
 そのところを読み違えて、こちらの言い分ばかり押し付ければ……出て行くかもしれんのぉ」

別に出て行きたければ、出て行けばいいとガンドルフィーニは言い掛けて……状況を理解した。

「つまり彼女の魔法を流出するのを避けたいと?」
「そうじゃよ。魔法の秘匿に関しては彼女はわしらより慎重にしておる。
 出来る限りこちらの目の届く範囲内で……敵対する者に流出しないように気を付けんとな」

瀬流彦の意見に近右衛門は最も最悪な事態を告げて肯定する。
リィンフォースの使用する魔法を今まではよく知らなかったが、修学旅行の一件でその一端をようやく見る事が出来た。

「結果だけを考えると……最悪の手の一つ前じゃよ。
 わしらは最初から信用されておらんところに……仕事を押し付けたのぉ」

学園長室に沈黙の帳が下りる。
修学旅行の経緯を考えると明らかに関東魔法協会側の読みの甘さがあった。

「わしの甘えが……彼女の苛立ちを増やしたのは間違いない」

リィンフォースが動かなければ更に状況は悪化したのは間違いない点は理解しているが、そのおかげで彼女の修学旅行は潰されたも同然だった。

「実質気楽に居れたのは初日と二日目前半くらいかのぉ……後は全部仕事で潰してしまった。
 何でもロストロギアなどという危険なマジックアイテムの回収と保管で三日目は費やされ……」
「翌日も事後処理に動いていたそうです」

瀬流彦が修学旅行時のリィンフォースの動きを顧みて申し訳なさそうな表情でいる。

「学費も仕事の報酬できちんと支払い、何ら援助を受けていない点を鑑みると……好意的に接してくれるかどうか?」
「そうじゃのぉ……」

今回の事件で一番割を食ったのはリィンフォースであると二人は考えている。
修学旅行で楽しめたかと聞かれれば、楽しめたと言ってくれるとは思えない状況にしてしまった。
ネギにしても、内乱に巻き込んだ事実を考えると申し訳ない気持ちで一杯だった。

「……身から出た錆じゃが、今後の事を考えると頭が痛いのぉ」
「エヴァンジェリンさんも怒っていましたし……」

表立って不服を申し立てていないが、二人とも思うところがあるのは判りきっている。
実力を考えると二人とも外に出したくない優秀な人材でもある。
今のところは魔法本国も自分達とは違う体系の魔法使いの存在に注目しているわけではない。
魔法世界の現状は表向き平穏で平和な状態を保っているが、水面下では覇権争いの種が転がっている。

(もしリィンフォース君の魔法が使えるものだと判断すれば……取り込もうとする可能性もあるのぉ)

新しい火種になりそうな事柄ゆえに話題には上げたくなかったが……失敗し掛けている。
リィンフォースを探しに魔法世界から態々やって来た人外の存在が現れた以上は、今後の展開に注意が必要だった。

(諜報戦など……彼には無理じゃしな)

目の前のガンドルフィーニにはとてもじゃないが任せられないし、この場に居ない高畑・T・タカミチに専任させたくても対外交渉で動ける代わりの人材も居な い。
情報の流出を出来る限りなくして……彼女をスカウトしようとする人物が現れないようにすれば大丈夫だと考える近右衛門だが、彼は一つだけ大事な事を忘れて いた。

それはリィンフォースがどんな手段で魔法世界の住人と顔を合わしたのかだった。

近衛 近右衛門は次元転移という魔法技術をまだ知らない。

彼が想像するよりもリィンフォースが使う魔法は優れている事を理解できなかった。

そう……リィンフォース・夜天という人物の真価を麻帆良学園都市の魔法使いの殆どが分かっていなかった。


そして魔法世界の一部の住民は彼ら以上にリィンフォースを高く評価している事もまだ気付いていなかった。


一年ほど前に魔法世界に出現した神出鬼没の魔法使いの噂は彼らの耳に入らずに広がり始めていた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

ソーマに続く、オリキャラの登場です。
ゾーンダルク……生粋の魂の捕食者であり、這い寄る闇とでも呼ぶような存在。
魔力に反発する気の集合体でもあり、悪想念、もしくは負の生命エネルギー体ですね。
戦場で積み重なった負の感情より生まれ、徐々に知性を持って生き始め……穏やかな精神へと変化したところです。
もっとも穏やかになったけれど、本質はそうそう変わっていませんので、敵に対しては容赦や寛容さはありません。
次元転移によって、リィンフォースは魔法世界を含む他の次元世界で活動中の事を魔法使いは知りません。
大規模な儀式魔法によるゲートしか作れない魔法使いとの違いを浮き彫りにしました。

それでは次回も刮目して読んで頂けるように心がけますね。




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