少女の……リィンフォースの願いが世界に響く。

――いつか大人になったらお母さんやお姉ちゃんみたいになるんだ♪

――それは楽しみですね

――そうやな

――はやてお姉ちゃんやエヴァみたいな主と共にね♪

――フン、十年、いや百年は早いな

リィンフォースの夢を鼻で笑うエヴァンジェリンに、

――ク、ククク、全くだな

そのパートナーであるヤミの声が聞こえる。

――ひっどーい!

リィンフォースが二人に抗議の声を出すと、

――マスター、少しは優しくしてあげてください

――お、お前はいつも主よりもリィンを庇うんだな!

エヴァンジェリンの守護騎士の一人である茶々丸のフォローが聞こえる。
穏やかで静かに流れる時間が心地好い。
リィンフォースは今が一番幸せな時だと感じていた。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 五十五時間目
By EFF




千草が行った召喚と同じように出現する四つの存在。
一人は長い髪をポニーテールにしてロングソードを携えた女性。
隣には十歳くらいの年頃の大きな帽子を被った長柄のハンマーを持つ少女。
金属製の手甲と金属製のブーツに近しい物を身に着けた狼を一回り大きくした獣。
ショートカットで両手に指輪を着けたロングスカートの女性。
それぞれに服に金属製の装甲を身に付けて、戦う事を前提にしている。

「……まだ最悪ではないかな?」
「……おそらくですが」

ソーマ・青の呟きに夕映が返事を返す。
二人とも以前リィンフォースの記憶を見せてもらった時に感じたプレッシャーほどではないと考えていた。

「精々高畑クラスってところだな」
「私はよく知りませんが、ソーマさんが言うのならその通りだと思うです」

二人の言葉にネギが驚愕の表情で見つめる。

「タ、タカミチクラスって!?」
「高畑先生って!?」
「それって不味いんとちゃうか!?」

ネギの言葉が切っ掛けとなって刹那と千草が大慌てになる。
高畑・T・タカミチと言えば、封印解除時のエヴァンジェリンを除いて、この麻帆良学園都市でおそらく最強の人物。
その高畑と同程度の実力を持つ存在が三人と一匹にリィンフォースが加われば、如何にエヴァンジェリンが不死の吸血鬼でもヤバイと思ってしまう。

「で、ワイらはどうすりゃいい?」

慌てふためく者達を尻目に鬼達の代表格がソーマ・青に目を向ける。

「召喚したんうちやけど?」
「そうなんか? この場で一番格のある鬼やと拝見したんやが?」

ソーマ・青から目を離さずに巨大な棍棒を持つ鬼が話している。
他の鬼達も何度も頷いて上下関係を認めていた。

「あんさん、ワイらの上位の鬼神やろ?」
「それは秘密さ。うっかり口にしたら二度と喋れないように……眠ってもらうよ」

黙秘と絶対に黙ってろという恫喝めいた意思表示を兼ねた殺気を全員にぶつけたソーマ・青に一同は反射的に頷く。

「特にそこの口の軽いオコジョとうっかりな主は注意してね。
 僕って、人を殺す事を禁忌にしてないからさ」

ニッコリと笑いながらソーマ・青がいつでも殺す用意ありと嘯く。
ネギとカモはとても冗談には聞こえずに何度も必死に頷いていた。
殺る時は必ず殺ると宣言したソーマ・青の言葉にアスナも刹那も本気を感じていた。

(……やっぱりこの方は…………そうなんやろうな)

京都を出る前に感じていた違和感が何だったのか千草ははっきりと自覚した。
封印が解けた鬼神が敗れたと言えど、あっさりと再封印できた事が妙に引っ掛かっていた。

(何て言うか、中身が無かったから……か)

頭の痛い話であると千草は思う。
関西呪術協会の切り札になるかも知れないあの鬼神リョウメンスクナが実は魔導師に持って行かれた。
おそらく封印を解いても顕現しないだろうと思うし、もし顕現しても中身の無いハリボテかもしれない。

(もし飛騨に居る本体まで味方されたら……どうにもならんえ)

京都に居たのは荒御霊の一部だと千草は予想していた。
仮にも神の一柱が数人の魔法使いに敗れたりするわけがないと本当に思っているし、規格外ではあるが人一人程度の魔力で降臨させられるわけがないとも考えて いた。
荒ぶる魂とそれを鎮める和魂があるように東洋系の神様というものは二面性を持っている。
相反する魂を内包してこそリョウメンスクナの神と奉じられているのだ。
京都で見た、あのリョウメンスクナの神は荒ぶる魂だけしか内包していない分身みたいな存在ではないかと千草は考える。

(大体飛騨で祀っているのに、何で京都にも居るんよ)

古い過去の話故に事情を知らないが、昔々に誰かが要らんちょっかいを掛けて……リョウメンスクナの神の荒ぶる魂の一部を京都に持ち込んだと千草は判断して いた。

(ま、うちは神様に頼る前にやる事をきちんとする心算やしな)

切り札としては十分な存在だが、そんなものに頼りきっているだけでは依存して……自身の血肉へと成らない。

(切り札に頼り切って……自滅した魔法使いを散々見てきたし)

召喚を得意とする魔法使いが召喚した悪魔に依存し過ぎて自滅した場面を見てきただけに、千草は安易に頼りたくなかった。
リスクがある事は知っていたのに、強過ぎる力に溺れて……更に身の丈を超える力を得ようとして自滅。
最初は理性的な判断が出来ていただろうと思うのに、人の弱さを見せつけられた気がした。

(あかん、あかん。こういう考えばかりしていると……そこに付け込まれるわ)

呪いや災いというものは暗い考えを餌にして心の闇を大きくさせて術者を破滅させようとする。
呪詛を体系付けている陰陽師は反しを恐れ、心を強く持たねばならない。

「ホンマに申し訳ないんやけど……あれの足止めをお願いします」

身勝手で理不尽な指示に千草は深く頭を下げて召喚した鬼達にお願いする。

「かまへんで、ワイらはそれが楽しみで来たんや」
「そうだな。少々厄介な相手だが、それもまた良しだ」

鬼達が快く引き受けてくれるのを見て千草は本当に申し訳なく思う。
おそらくこの場に居る鬼達では話を聞く限り、本当に足止めくらいしか出来ないはずなのだ。

「……おおきに」
「それじゃ、千草さんは皆を連れてエヴァさんの別荘に避難さ」
「ちょ、 ちょっと待ってください! ぼ、僕は残ります!」
「「却下」」

ネギが慌てて自分も力になると告げるが、千草とソーマ・青は間髪入れずにダメ出しする。

「ど、 どうしてですか!?
 ぼ、僕が原因なんですから、僕が責任を持って解決しないと!!」

「ぼーやの所為じゃあらしません。
 今回の事件はそのうち襲撃してくるやろうと分かっていながら、なぁんも手を打たへんかった大人のヘマや」
「全く以ってその通りさ。
 本来なら守られる筈の君がこうして戦い、君よりも強いはずの魔法使いが楽している事が悪だよ。
 やれやれ、一体何を考えてマギステル・マギなんてお題目を掲げているんだか」
「そ、それでも「見習い風情が大きな口を叩くな」――ッ!!」

千草とソーマ・青の意見を受け入れられずに尚も反論しようとするネギを黙らせるように告げられた言葉。
見習い魔法使い……これが今のネギの立場であると明確に口にしたソーマ・青に一同は絶句する。

「自分の立場を弁えずに囀るのは頂けないね」
「――がっ!!「ちょ、ちょっと!?」」

強引に黙らせるようにネギに当身を入れて気絶させるソーマ・青にアスナが慌てている。

「あんさん、そんなにこの子を……死なせたいんか?」
「そ、そんなわけないわよ!」

千草の声にアスナは否定の叫びを上げる。

「さっきの悪魔との戦いで力を使って、もう殆ど余力のないぼーやに戦わせるんか?」
「そ、それは……」
「うちも刹那も小太郎もフォローできるだけの余裕はないし、シロートのあんさんに何が出来るんえ?」

千草にシロートとはっきり戦力外通告されたアスナはもう何も言えない。

「小太郎、刹那、行くえ。アスナはんもうちにつかまり」
「俺もつかまるんか?」
「当たり前や。ええか、勝てへん喧嘩ちゅうのはどうしても引けへん理由がある時だけするもんやえ」

今がその時かと千草は小太郎に問うている。
此処に残って戦うのも小太郎的にはアリではあるが、デスメガネと呼ばれている変なオッサン高畑と同レベルの強さを持っているらしい四騎士を相手にしても勝 ち目は薄いし……調子に乗って真祖の吸血鬼であるエヴァンジェリンの邪魔をしようものなら、

「…………わーったよ」

明るい未来図ではなく、地獄絵図を想像して苦悶に近い表情に変化しながら小太郎は返事をする。
おそらく自分の想像は絶対に間違いないと確信してため息を漏らす。

「で、でも……」

お人好しというか、友人であるリィンフォースを見捨てるような気持ちになったアスナは逡巡するも、

「ええか、アスナはん。人には力が無いと出来る事、出来ひん事があるんや。
 この場合はそれ相応の戦う力のないもんがでしゃばっても……なんの助けにもならんえ」

冷たい言い方ではあるが、千草の一歩も引く事のない真正面から突き刺すような視線にアスナは肩を落とす。

「……わかった」

アスナは納得できない気持ちを無理に押さえ込んで悔しげな顔で千草の手を取る。

「それでは転移するです」

夕映が千草を中心に配置して一同をエヴァンジェリンの家の前へと転移魔法を発動させる。

「ちょ!? ゆ、夕映ちゃんは!?」

範囲内に夕映が入っていない事にアスナが慌てた様子で聞く。

「リィンさんは私の師匠です。私には退けない理由があるです」
「で、でも!?」
「魔法使いと魔導師は違うのです。
 魔導師に対抗できるのは魔導師なのです!」
「そういうこと。夕映お嬢さんの面倒は僕が見るからね」
「すぐに別荘内に入ってください。あそこは隔離された場所なので気付かれ難いです。
 麻帆良では木乃香とネギ先生が飛び抜けた魔力量があるので現状では最優先で狙われる可能性が高いです」
「そうそう、特に彼は無鉄砲に首を突っ込んできそうだから縄で括り付けて出さないようにね。
 まあ、勝手に首を突っ込んできても助ける義務も義理のないんで……見殺しにするさ」

身も蓋もないソーマ・青の言葉にアスナは憤りを感じながら転移されていく。

「ソーマさん、あまり悪役をするのはどうかと思うです」
「ああでも言わないと本当に来るんじゃない?」
「……否定はしないです」
「彼の未来は暗いねぇ。なんせ道は一つしか与えられず……いいように"正義の魔法使い達"に扱き使われるんだから」

皮肉でもなく、有り得る可能性だけに夕映は何も反論しない。
期待するのは悪い事ではないと夕映は思うが、行き過ぎた期待は……呪いみたいだと考える。
過剰に期待して厄介事を押し付けて自分達は高みの見物で、失敗したら……父親のようには成れなかったなと期待外れと思うだけかもしれない。

「いい大人が何をしているんでしょうか?」
「ふ、ふふふ……愉快犯の老人だからだよ」
「無責任、もしくは口先だけで、実際に責任の取りようがないですか?」

指導も碌にしていないし、フォローする人間も配置しない時点で無責任極まりないと二人は考える。

「とりあえずワイらは波状攻撃やるで?」

鬼の代表格がソーマ・青に伺いを立てる。

「お願いするよ」

今やれる事は限られている。
ヴォルケンリッターを召喚したリィンフォースは大量の魔力を消費しているのは間違いないと夕映もソーマ・青も考える。
千草が打った手はヴォルケンリッターの魔力を全て消耗させるには足りないが、それでも疲れさせる事は出来る。

「とりあえず……消耗させて退かせるべきですね?」
「その間にこちらは別荘を使って先に回復させつつ、戦力をかき集めるってわけさ」

要は此処で勝てなくても、最後に勝ってリィンフォースを解放できれば問題ないのだ。
疲弊させるだけさせて、美味しいところを自分達が得るという漁夫の利作戦。
結構スレた考え方になっている夕映だった。



エヴァンジェリンはリィンフォースがヴォルケンリッターを召喚した事で幾分冷静さを取り戻していた。

―――此処は一旦退いて、回復するべきです

「……頭では分かっているんだが」

夜天の意見が間違っていないと分かるだけにエヴァンジェリンが苦々しい表情で呟く。
目の前の守護騎士達の後ろにリィンフォースがいる。
普段掛けているリミッターがそのままだったので、本来の封印のない万全の状態ならば……とうの昔に救えていた。

「……忌々しい結界だ」

エヴァンジェリンは苛立ち、苦々しい気持ちで歯切りして、舌打ちする。
自身の魔力を限界まで引き下げる学園結界が煩わしい事この上ない。
クリムゾンムーンは結界の効果を中和する事にカートリッジと機能の殆どを使っている為に魔導師の利点であるデバイスを使用したマルチタスクによる魔法の無 詠唱、並列処理が出来ない。
リィンフォースのデバイスであるシュツルムベルンを所持していないだけに条件は五分であったが、これからは前衛を任せられる守護騎士達が加わってくる。

―――本来の半分以下です

「……ヤレヤレだな」

常日頃、人手不足を嘆いているジジィ――近衛 近右衛門――が喜びそうなほどの戦力が目の前にいる。

「あれだけの鬼達が相手にならんか?」

―――当然です

挿絵魔力を炎に変えて斬り裂く騎士が正面に立ち、たった一振りの斬撃で鬼達がまとめて還される。
振り下ろされた斬撃が炎を撒き散らす中、剣が連接鞭のように分裂して炎を纏って広範囲の鬼を切り裂く。

―――烈火の将シグナム

攪乱、遊撃を兼ねた高速機動とハンマーで鬼達をまとめて潰す見掛けは小さいが全然侮れない騎士。
空を舞う烏族のスピードを嘲笑うように翔け抜け、ハンマーによって打ち出された鉄球がその身体を貫通する。

―――鉄槌の騎士ヴィータ

リィンフォースの側から離れずに二人の支援と最終防衛ラインを形成する狼。
大地から鋭く尖った水晶で鬼達の進軍を防ぎ、その牙と爪を以って主を傷つける者を蹂躙する。

―――盾の守護獣ザフィーラ

ザフィーラと同じように側に控え、魔法による後方支援による鬼達の分断と仲間の回復、防御を行う騎士。
騎士達の背後を犠牲の上で取ったはずの鬼の攻撃を支援防御して守り、影の手を以って個別に魔力を奪い取る。

―――湖の騎士シャマル

何処か懐かしげに呟く夜天にエヴァンジェリンは状況の深刻さを実感する。

(あの四騎とリィンフォースを分断させて戦うのがベストだが……ジジィの手駒では戦力不足だな)

一騎ずつ潰しながら戦うのは骨が折れるし、カートリッジが其処まで持つか分からない。

(現状で使えるのはソーマに茶々丸、綾瀬に超と龍宮くらいか?)

ソーマなら一対一でも十分戦えるし、AMFを使える茶々丸なら実弾系のスナイパー龍宮 真名と組ませれば問題ない。
幸いにも真名はデバイスを持ち、ある程度のミッド、ベルカ式の魔法に対応できる。

(超と綾瀬で一人を押さえさせて、私が二人を相手にするべきか……)

エヴァンジェリンがそんなふうに戦力計算をしている時、

「助っ人は必要かな?」

エヴァンジェリンの隣に現れた悪魔が気安く声を掛けてくる。

「…………ゾーンダルクだな」
「ご名答」
「一騎を押さえる自信はあるか?」
「何とかするさ。私はまだ彼女に身体を作って貰っていない」

エヴァンジェリンはその言葉にあっさりと頷いて告げる。

「では後払いで仕事をしてもらおうか?」
「フム、そういう事なら喜んで」

ただで身体を作ってもらうより仕事という形で作ってもらう方があれこれと注文を付けられるし、心苦しくない。
エヴァンジェリンの言い様にゾーンダルクはそう考えて楽しげに話す。

「ソーマ! 夕映! 一旦退くぞ!!」

エヴァンジェリンが態勢を整える決断をし、二人に声を掛ける。
告げられた内容から、現状を鑑みた二人はエヴァンジェリンに頷いて、その側に近寄る。

「リィン! 貴様は私のものだ!!
 必ず取り戻すからな!!」

エヴァンジェリンの叫びにリィンフォースの反応は皆無だった。
影を使ったゲートを展開しながらもエヴァンジェリンはそんなリィンフォースの様子から目を離さなかった。
鬼達を掃討した守護騎士達は何も語らずにただリィンフォースの側に控える。
彼らはあくまで守護騎士プログラムであって、かつての同胞ではない。

…………お…かあ……さん……

エヴァンジェリン達の耳には届かなかったリィンフォースの呟きさえも守護騎士達には反応しない。
崩れ落ちるように倒れかけたリィンフォースをシャマルの形をした守護騎士プログラムが支えるだけだった。
騎士達は何も語らず、その場を後にする。
ステージ周辺は大きな破壊の爪跡を残して……一先ずの争いが終わった事を示していた。




一時間後と向かうと近右衛門に念話で告げ、エヴァンジェリン達は別荘に入る。

「マ、マスター! リィンさんは!?」

先に入り、気が付いたネギがエヴァンジェリンの顔を見た瞬間、慌てた様子で問うも、

「…………状況が変わった。戦力を集め直してからだ!!」

憮然とした空気に油を注いで怒りの炎を増やして見せるだけだった。

「ぼ、僕も「見習 い風情など戦力外だ!!」――っ!!」

エヴァンジェリンの苛立ちを含んだ一刀両断の声にネギの身体が硬直する。
そんなネギを歯牙にも掛けずにエヴァンジェリンは足早に自室へと進む。

「綾瀬……あるだけのカートリッジを用意しろ。
 非常に不本意だが、次は総力戦で必ず勝つぞ!!」
「承知したです。超さんが保管している分もかき集めます」
「頼んだぞ」

エヴァンジェリンの後に付いていた綾瀬 夕映が別荘内にあるリィンフォースの私室へと歩を進める。
入る前にログハウス内のリィンフォースの部屋からカートリッジを事後承諾の形で拝借してきた。
この次の戦いでカートリッジを使い切るつもりでリィンフォースを助けるとエヴァンジェリンは決断し、夕映もその考えを受け入れて準備を整える様子だった。

「用意が終わったら、貴様も休息を取れ」
「はいです」
「ソーマ、ゾーンダルクも手を貸してもらうぞ」
「了解って、赤が言ってるよ」
「こちらも承知した。今ストックしている身体を全部使い潰す気で参加しよう」
「……借りは後日返すからな」

ソーマ・青、ゾーンダルクの両名が気にするなと言うように肩を竦めて了承する。

「待って下さい! 僕も……」

納得行かないという表情でネギがエヴァンジェリンの背中に声を掛けるが、耳に入っているのに無視して歩き続けていた。
慌ててソーマ・青、ゾーンダルクにネギは顔を向けて取り成してもらおうとするも、二人は既にネギに背を向けて拒絶の意思を示しながら休息していた。

「あ、綾瀬さん! あ、あの「無理です」そ、そんな!?」

幾分顔に疲れを滲ませた夕映がネギの頼みを断っている。

「この麻帆良にいる魔法使いで、あのヴォルケンリッターと戦って生き残れる方は数えるほどしか居ません。
 残念ながらネギ先生は……その一人ではないです」

申し訳なさそうに頭を下げてから夕映もまた準備の為に移動を開始するが、

「……今回の事件はネギ先生の責任ではありませんです」

僅かに歩いた後に停まって、振り返らずに遣る瀬無さそうにフォローの声を掛ける。

「え……で、でも?」
「フェイト・アーウェルンクスを京都で逃した時点でこうなる可能性は多々ありましたです。
 まあ、言うなれば……守りを疎かにした学園側の責任という事です」
「…………」
「アーウェルンクスなる人物の素性は定かではありません。
 しかも……未確認情報としてネギ先生のお父さんと敵対していた組織の一員ともエヴァンジェリンさんが話していました」
「だ、だったら!!」

自分の父親と敵対していた組織の一人と聞いて、俄然ネギがこの戦いに参加したいと切に訴える。
フェイトが今回の事件に関与したかどうかは不明だが、自分が此処に居た所為で事件が起きたのは間違いなく。
ネギとすれば、自分の手で解決したいと思っていたのだ。

「そういう事は既に学園側にも報告してあるのに……この体たらくなんです」
「っ!!…………」
「しかも相手はたった一人で関西呪術協会の結界をあっさりと潜り抜け、更に結界の一部を破壊した恐るべき魔法使いです。
 私も人の事は言えませんですが……見習い魔法使いのネギ先生では荷が重過ぎるのです」

荷が重いと夕映が告げ、ネギ自身とフェイトの実力の差を明確に示す。
そして、自分も荷が重いと内心で呟きつつも友人を見捨てるわけには行かないと思っていた。

「そ、それでも僕は!!」
「蛮勇と勇気は別物です」

無謀な戦いを挑むのは愚か者のする事だと夕映が言外に話す。

「本来、子供であるネギ先生を矢面に立たせる前に何とかするのが大人ではないでしょうか?」
「…………」
「それでは私も自分の仕事があるのでこれで失礼するです」

ネギ先生の責任ではないと夕映が告げ、ペコリと頭を軽く下げて歩いて行く。

「…………ネギ。いつも思うんだけどさ、アンタは何でもかんでも自分のせいと思い込みすぎよ」
「そ、そんな事は……」
「この学園都市にも一人前の魔法使いが居るんでしょ?
 その人達に任せなよ」
「で、でも……」
「立派な大人でちゃんとした魔法使いが信じられないの?」
「そ、そんな事はありません!」
「何でも自分でするって事はさ……逆に言えば、誰も信じていないとも取られるんだから」
「そ、それは……」
「大人を信じてあげないと……ね(ホント、頑固と言うか、意地っ張りなんだから)」
「…………わ、分かりました」

手を伸ばして夕映に再度お願いしようとするネギの肩を掴んでアスナが告げる。
アスナはネギが自虐的でネガティブな空気を纏わないように……慰めていた。

(ホント、この学園都市にいるらしい魔法使いってなんかさ……役立たずみたいに思えるのよね)

自分達の陣地に悪魔が侵入したのに未だに姿を見せない魔法使い達にアスナはダメな大人をイメージしていた。




ネギ、アスナ達と別れた夕映は別荘内にあるリィンフォースの私室へと入る。
中は整理整頓されて、壁には何本かの剣が掛けられ、机の上には何度も手直しした手書きの設計図がある。
夕映は部屋の扉を閉めて、中に足を踏み入れ、最奥にあるピアノの鍵盤のようなキーボードに手を触れる。

『認証コードを?』
「魔導師綾瀬 夕映、デバイスはトゥルースシーカー」

夕映が自身の身分を告げるとその身体を浮かばせ包むように球形状のオペレーションシステムが起動する。
周囲に視覚化されたキーボードが複数現れ、その一つ一つに夕映はコマンドを打ち込む。
打ち込まれるコマンドに従って、周囲に空間スクリーンが現れては消える。

「転移座標設定…………」
『座標確認』

室内に魔力が溢れ出し、次元転移の魔法陣が浮かび上がる。

「……転移」
『ディメンションジャンプ』

全てのコマンドを打ち込み終えた夕映の姿が消える。
そしてシステムは再び待機状態へと戻り……部屋の静けさがやってくる。
夕映がどこへ行ったかを知る者は限られていた。



エヴァンジェリンは眉を顰めて目の前の人物らを見ている。

「…………好きにしろ」

路傍の石を見つめるような視線で一瞥すると三人雪広 あやか、那波 千鶴、村上 夏美から離れて歩き出す。

「エ、エヴァンジェリンさん」

あやかが近寄りがたい空気を纏っているエヴァンジェリンの背に勇気を振り絞って声を掛ける。

「なんだ?」

やる気のない一言で続きを言うように促すエヴァンジェリンにあやかは若干焦るも、

「あ、あの……ネギ先生の気持ちも少しは汲んでもらえ「ぼーやに死ねと言えば良いのか?」――っ!?」

にべもなく告げられる非情な言葉に声を失う。
聞いていた千鶴も夏美もエヴァンジェリンの一言に沈痛な表情に変わっていた。

「魔法というものはお前達が思っているような甘いものではない。
 良いか? 魔法とは簡単に人を死に追いやるくせに、セーフティーが使う者の良心しかない危険な物なんだよ」
「…………そ、そんな事は……」

否定したいが否定できるほど魔法に詳しくないあやかは言葉が出せない。

「この世界で魔法を使って人を殺しても、魔法を立証できない以上は……犯罪にはならん。
 そして魔法による犯罪を裁くのは同じ甘ったれた魔法使いだ」
「そうなの?」

千鶴が何か思うところがあるのは首を傾げながら聞いてくる。

「つまり魔法を使って犯罪を犯しても……この世界の法では裁けないと?」
「え、ええっと、それは何でか分かんないけど……オコジョになるって事だよね?」

夏美もカモから聞いた不思議な罰になるのかならないのか分からない事を呟く。

「そうだ。昔からのくだらん掟で、まあ真面目に刑期を務めれば人に戻れる」
「ふぅん、そうなんだ」
「だが、更正する意思がなければ、再犯する可能性は無きにしも非ずだ。
 本来なら魔法使いから魔法を奪うか、始末するのが後々楽なんだがな」

全く以って甘い刑罰だと舌打ちしながらエヴァンジェリンは手近にあった椅子に腰掛ける。

「お前達はどう思う?
 この世界に魔法は必要だと感じるか?」

エヴァンジェリンの問いに三人は虚を突かれたような表情で顔を合わせて考える。

「どうなんだろう……ちづ姉はどう思う?」
「……そうねぇ。私には判断できる材料が足りないかな?」
「必要でないとネギ先生がこの地に居る理由がなくなります!」

夏美、千鶴が返事を保留という形で出し、あやかは個人的な理由で必要だと答える。

「ま、私はどっちでも構わんが……しかし、この世界の法が適用されない魔法使いは好き勝手出来るという事を覚えておけよ」

魔法は秘匿された物で世界の住民はその存在を知らない。
従って犯罪行為を魔法使いが行った場合は、それを私的に裁くのも魔法使いだけと告げる。

「覚えておけ……魔法は簡単に人の命を奪う事が出来る道具でもあるという事をな。
 そして力を得た人間は大なり小なり……力を使いたがっているロクデナシだとも理解しろ」

この日本には銃刀法違反などの罰則規定があり、人の安全を保障する法律があって守られている。
しかし、魔法にはそんな法律さえもなく、使う者の良心に訴えるしかない。

「くだらん事だが、法とは万民が自分達の世界のルールを決めたもので人々の生活を守る為にある。
 だが、魔法使いはその法を勝手に歪めている存在だと知れ」

元犯罪者が言うべきセリフではないと思いつつ、エヴァンジェリンは世界の矛盾を三人に示した。

「で、ですが、カモさんから聞いた話では魔法使いは日夜平和の為に奔走していると?」
「雪広、それは魔法使い側のとっての都合のいい言い訳に過ぎんよ。
 魔法使いの本拠地である魔法世界はな、力が正義の……ある意味暴力を肯定している場所だ」

あやかの質問にエヴァンジェリンが呆れた表情で告げる。

「未だに奴隷制度や賞金稼ぎなんて仕事がある時点でこの世界よりも原始的だぞ。
 はっきり言って、この世界で活動するよりも先に自分達の世界をもう少しマシしようと活動しない時点で失格だ」
「ど、奴隷制度って?」
「言葉通りだ、村上。向こうじゃ、借金のカタに自分の身を売られ、売る事も出来る。
 剣闘士奴隷もあったし……闘技場で死人が出る事だってごく普通にあるぞ」
「随分と……なんと言うか、人道的ではない場所なのね」

エヴァンジェリンの発言に夏美、千鶴の二人が顔を顰めて聞いている。
この世界と魔法使い達が暮らす世界との温度差を二人は感じていた。

「お前達が想像する魔法というものはもっとロマンがあるようなものかも知れんが、現実はそんな甘いものじゃないのさ。
 で、話を戻すが、現在のリィンフォースの状態は過剰防衛行動を選択中だ。
 いつものアイツなら適当に手加減もするが、今は無理だぞ。
 実戦経験のないぼーやでは殺す選択ができん以上……返り討ちに遭うのがオチだな」

実戦で一番重要なのは迷わない事、きちんと決断できるかだとエヴァンジェリンは思う。
その点から考えると、ネギは必ず迷いが生じて躊躇して……手痛い反撃を喰らうと予想できた。

「もっともぼーや程度の実力でリィンフォースに勝てる確立などゼロだがな」

クククと馬鹿馬鹿しい結末を想像してエヴァンジェリンが嗤う。

「で、どうする、雪広 あやか? お前が望むのならヒヨッコのぼーやを戦場に出してやっても良いぞ?」

その先にあるのは死だがなと前置きしてエヴァンジェリンがあやかに問う。
ネギのワガママを聞いて死なせるのもありだがと問われたあやかはその言葉に……答える事が出来なかった。

「マギステル・マギがどういう者なのかは聞いたか?」
「は、はい……善き事を成す魔法使いだと私は思います。ネギ先生がそれを目指しているとも聞きましたわ」
「善き事か、確かに言葉は綺麗だが、今の魔法使いにその資格は無いな」
「そうなの?」
「影でコソコソ力を隠して蠢いている魔法使い達に何が出来るというのだ?
 人を救う場面で魔法を使うことを躊躇う連中など……誰も救えんよ」

吐き捨てるように告げるエヴァンジェリンの言葉にあやか、夏美は苦い物を含んだ顰めた表情になる。

「以前リィンフォースが言っていた。魔法を使えぬ者を見下すような連中に……先など無いさ」
「それはどういう意味かしら?」
「なに、魔法を使えぬ者を蔑む連中も居るって事だ。
 何より魔法使いという者は平和よりも乱を望んでいる可能性だって無きにしも非ずだ。
 平和を望む連中が何故自分達の世界を良くしようとしない?
 答えは簡単だ。奴らは自分達の力を使いたくて、使いたくてウズウズしているのさ」

千鶴はエヴァンジェリンの毒舌を嘘が半分、真実が半分だと感じた。








麻帆良学園都市郊外の山中の洞窟にリィンフォース達は魔力回復の為に休息していた。
守護騎士達はリィンフォースに声を掛ける事もなく、ただ与えられた役割だけを忠実に行うだけ。
主、この場合はリィンフォースを示し、その安全の確保を最優先する。
回復の為に眠り続けるリィンフォース。

……事態はまだ終息の兆しを見せずにいた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

犯罪者を捕まえる為に賞金を掛けるのはこの世界でもありますが、奴隷制度はちょっと……。
高畑が魔法が唱えられないと言う理由で名誉ある称号が得られないってのも……。
これって、魔法が使えない人間は……ゴミとまでは言いませんが差別でしょうね。
魔法世界って不条理と理不尽が山ほどありそうな世界かもしれません。
まあ魔法を主軸にしている世界故に起こる格差かもしれませんが。

それでは次回で。




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