部屋には咽返るような嫌な臭いが篭っているのを近衛 木乃香は感じた。

「目を反らしたらあかんえ」

思わず目を反らしたくなるが、師匠である天ヶ崎 千草の厳しい声に我慢する。

「これも魔法の一面としっかり見んとあかん」
「……う、うん」

最初に陰陽術を習う時に真剣な表情で言われた内容を思い出す。
陰陽術、魔法とは軽々しく使う物ではなく……危険と隣り合わせの劇物であると。

「しっかりと拝むくらいの気持ちで見んさい。
 口では伝えきれへん事を、この方々が魔法の危険性を身を持って教えてくれるんやから」

重傷の怪我人を教材代わりにする事に治療に当たっていた魔法使い達は渋面になるが千草は気にしない。

「ええか、魔法でも陰陽術でも安易に使うのはあかん。
 力というものは、どうしようもなく魔性を引き寄せる代物やから……躊躇うくらいの気持ちを常に持っとき」
「そして覚悟しなあかんのやな」
「そや、力を行使すれる時は……大なり小なり何かしらのペナルティーを背負う覚悟を持たなあかんえ」

千草の声に木乃香はしっかりと頷いて、魔法に携わる事に対する覚悟というものを自覚し始める。

「ほな、始めるえ」
「了解や、師匠」

目を反らしたくなるような酷い怪我をしっかりと見つめて、木乃香は千草の指示に従って治癒札に魔力込める。
膨大な魔力の奔流が治癒札に集まり、光が治まった後……怪我人の呼吸が穏やかになっていく。
数人の魔法使いが懸命にやっていた魔法治療以上の効果を簡単にしてみせる。
力技みたいな治療ではあるが、近衛 木乃香は自身の才能の片鱗を見せ始めていた。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 五十八時間目
By EFF




治療を行う木乃香に付き合う形でネギとアスナは治療室に来た。

「やっぱ魔法ってスゴイわね」
「いやいや、アレは力技みたいなモンだぜ」

感心するアスナにカモは木乃香の魔法治療について意見を述べる。

「そうなの?」
「そうだぜ。まあ才能とも言えない事もないけどな」
「ふぅん……才能かぁ」

目を覆いたくなるような酷い怪我を簡単に治してしまいそうに見える木乃香の魔法治療。

「ま、便利ではあるのかな」
「まあな」

アスナの便利の一括りで言われた事もカモは苦笑いで返答する。
実際にこんな簡単に一気に回復させられるのは大きな魔力タンクを持つ木乃香くらいだとカモは思っている。
やっぱりネギの従者になってほしいとも考え、逃した魚の大きさに残念がっていた。

(ホント、兄貴の従者になって欲しかったぜ)

東と西の関係が酷く拗れた状況で西の長の娘が魔法使いの従者になる。
つまり、陰陽師が魔法使いの下に着くとも取られかねない状況は流石に不味い。

(……ヤレヤレだな)

目先の小金を優先して、一触即発の戦争の一歩手前に追い込むのは流石に避けたい様子のカモだった。



野戦病院さながらの雰囲気の治療室を見つめるネギの顔は悲壮感溢れていた。

「……辛気臭いツラだな、ぼーや。
 そんなに自分の所為だと追い込んで……誰かに裁かれたいのか?」

呆れた声音を含ませたエヴァンジェリンがネギに声を掛ける。
自分の本心を言い当てられたネギはビクリと身体を震わせる。

「PTSD(ストレス障害)か……確かに今のぼーやにピッタリな病状だよ」
「え?」

エヴァンジェリンの呟いた声に治療が一段落ついた魔法使い達が唖然とした顔で聞いている。

「なあ、ぼーや。自分がどれだけのトラウマを抱えているか……理解しているか?」
「……トラウマですか?」

その場に居る全員がネギを見ながらエヴァンジェリンの言葉を聞いている。
事情を知らない者達がネギがそんな心の病を抱えているとは到底思えずに唖然とした表情で居る。

「以前見せてもらったぼーやの記憶だが……大人に叱られた事が殆どないな」

全員が何の話か、何が言いたいのかと疑問符を表情に浮かべている。
そんな一同の様子など意に返さずにエヴァンジェリンは声を出す。

「私が言うのも何だが、子供の教育の必要な事は褒める事と……叱る事だ。
 良い事をしたら褒めて、悪い事をしたら叱る。そうやって子供は善悪を知り、大人になる。
 当たり前の話だが……ぼーやの周りにはそういうふうに教育する大人が居ないな」

聞いていた者は一様に呆気に取られた顔をしているが、六年前の事を見せてもらった面子は少し不安そうな表情に変わる。

「ぼーや自身は自覚がないかもしれんが、ある意味……微笑ましく見守っている心算だろうがアレは虐待だぞ。
 まぁ、周囲の連中は身内じゃないから、ああだ、こうだと言うのは不味いと判断したのかもしれん。
 だがな、お前の叔父だったか、部屋を与えて、きちんと食事は出していたみたいだが、会話が無いというのは……」

言葉尻を濁して誤魔化しているが、エヴァンジェリンはネギを取り巻く環境に若干の嫌悪感を見せていた。
六年前のネギを取り巻く環境は、何処か遠巻きに成長を見守っているような大人しか居なかったと知っているのだ。
一人だけ口の悪い老魔法使いがいたが、素直じゃないのか……最後の最後にしか本音を見せなかった点に、へそ曲がりな男だなと呆れてもいた。

「まあ、私にはどうでも良い話だが……ぼーや、自分が人として何か欠けているような気はしないのか?」
「……欠けているですか?」
「気が付いていないのなら言ってやろう……私に会うまで"悪の魔法使い"の事を忘れていただろう?
 何故、忘れていた。お前の村を襲った悪魔を召喚したのが悪の魔法使い達だという事に?」

ギシリとネギの心を軋ませるようなエヴァンジェリンの問いかけ。
ここにいる魔法関係者は六年前の事は一応知っているので……今更な話だと思っていたが、ネギが忘れていたという点に関しては一様に不思議そうに感じてい た。

「過剰に警戒するのならともかく……忘れるという時点で心の逃避だとは思わんのか?」

逃避という単語にネギは自身の心の傷を無理矢理開かされるような思いに囚われる。

「子供だから忘れたいという気持ちは分からんでもないが……周りの大人は腫れ物に触れるように距離を取っている。
 勤勉で真面目にマギステル・マギを目指すナギの後継者の邪魔をしちゃいけない……くだらんな」

微笑ましく見守る大人かもしれないが、エヴァンジェリンには酷く滑稽にしか見えない。

「あの悪魔が言ったように、六年前のあの日から必死に逃げようと、父親に怯えた自分を忘れようとしても無駄だぞ。
 どんなに逃げようとしても……いや、無い訳ではないが、ぼーやはその選択を放棄しているからな」
「どういう事じゃ?」

近右衛門が片眉を上げて怪訝そうな顔で聞く。
周囲に居る者は手を止めてエヴァンジェリンの声を一言一句聞き漏らさないようにしている。

「簡単だろう。要はナギとの縁を切れば良いのさ。
 名前を捨て、魔法を捨て、全てを捨て去って……ただの人になれば良い」

血を除く全ての放棄……容易な事ではないかもしれないが、何もかも放り出して逃げる。

「ま、無責任と罵られるかもしれないが、そんなのは事情を碌に知らないヤツらの勝手な言い分と割り切れば問題ない。
 そもそもヤバい橋を渡らせようとする都合の良い事ばかり押し付ける連中に付き合う義理などぼーやにはないだろう?」

この世界で魔法に携わる事は非合法な荒事になる可能性が高い。
魔法が公の物である魔法世界に関しても物騒な争いになる点もエヴァンジェリンは否定などしない。

「分かっているだろ、ぼーや……ナギの後を継ぐという事はキレイ事ばかりじゃないんだぞ。
 どちらかと言えば、アイツの尻拭いに奔走し……使い潰される可能性だって否定できんしな」

エヴァンジェリンは自身を指差して、ナギ・スプリングフィールドの放棄した問題を示す。

「私もそうだが、アイツは結構ずぼらだからな……幾つか問題を解決せずに残したままだ。
 六年前の件も、今回の事件も先の大戦からの後始末の不手際から始まっているぞ。
 ま、大戦の不始末はアイツ一人のせいじゃないが」

近右衛門に揶揄するような笑みを向けてエヴァンジェリンは肩を竦めている。

(実のところ、リィンもその問題に係わってしまったからな)

ここにいる連中は知らないが、リィンフォースは次元転移を使用して魔法世界に何度も行き、仕事を請け負っている。
その関係でリィンフォースは戦後処理の問題で困窮を極めている部族と縁を持っている事をエヴァンジェリンは知っている。

(メセンブリーナ連合もまあ自分達の都合を押し通したもんだ。
 いくら軍事拠点として必要だからとしても……ナギを利用して、彼らの土地を強引に奪うとはな)

ヘラス帝国との緊張状態は多少は改善されて入るが、現実は冷戦状態と言える状況が継続されている。
大戦末期にナギ・スプリングフィールドの世界を平和にしたいという純粋な願いを彼らは信じ、その為に大切な土地の一部をオスティア進軍時に提供した。
戦後、オスティアが崩壊した所為で、その地はヘラス帝国に対して防衛用兼侵攻用の拠点にはもってこいの場所故に追い出すような形でメセンブリーナ連合が 奪った。
先祖伝来の地を奪われ、流浪の民へと変えられた一族はナギ個人を信じた事は間違いだとは思っていないが、メセンブリーナ連合の取った手段には憤りを覚 え……返還を訴えているが無視されっ放しの状態が続いている。
エヴァンジェリンはこのままの状態が何時までも続くとは思っていない。
事実、その一族は必ず取り戻すと決意し……牙と爪を研ぎ澄ましていた。
そして、リィンフォースはその一族の何名かと縁を持ち、幾つかの仕事を経て……良い友人関係を構築していた。

「なあ、ぼーや……平穏で退屈な日常かもしれんが、そんな生き方を少し考えても構わんぞ。
 確かにマギステル・マギを目指して頑張るのは立派な事だが、偉大な父?の後を追うのだけが人生じゃないんだぞ」

退屈かもしれないが闘争ばかりの人生にはない楽しみ方だって多くある。
平穏な生活の貴重さを知るエヴァンジェリンはそんな生き方だって悪くないと言うが、

「そんな事は出来ません!!」

ネギにとっては今の自身を否定しかねない生き方を受け入れられずに師の言葉に反発せざるを得なかった。

「ウェールズの魔法学院の禁呪書庫に無断で忍び込む事が悪い事だと思いながらも……平気でした。
 そんなにも……強くなり、力が欲しいのか?」
「…………」

ネギはエヴァンジェリンの質問に答えられない。
力を欲するあまりにルール違反した事は紛れもない事実であり、バレなければ何をしても構わないわけではない。
仮にもマギステル・マギを志す者がそんな有様で良いのかと悪の魔法使いを名乗る人物に問われているのだ。

「やんちゃしたと好意的に見るのもありだが?」

からかうような口振りでエヴァンジェリンが周囲の魔法使いに甘やかすかと視線で尋ねる。

「叱る大人が居なければ、子供は善悪の境界線を中途半端に覚えてしまう。
 ま、ぼーやの場合は周囲に父親の事を褒め称える連中が居たから、正しい事が何なのかは聞き及んでいる程度だな」

それが良い事なのか、悪い事なのかは知らんがなと告げ、エヴァンジェリンはネギが抱える危険性を聞かせる。
善悪の区別は付いているが、一歩間違えば……危うい存在になりかねない点を指摘していたのだ。

「六年前、ぼーやはこう思った……自分の所為で悪魔を村に呼び込んだ、と。
 ピンチになれば、お父さんが来てくれると思ってな。
 そんな考えに行き着く点が、如何に危ういかは大人であるお前達には判るだろう?」

エヴァンジェリンの指摘に子供らしい考えで微笑ましいが、自分の責任にしてしまう事はおかしいだろうとも考えさせられる。

「そして自分が生まれ育った村が壊滅する時をその目で見て、父親の強力な魔法をその目で見て……力を欲する。
 力を欲する事は悪い事ではないが、気を付けないと心の闇に巣食うもう一人の自分に喰い殺されるぞ」

エヴァンジェリンの年長者らしい忠告にネギは身体を震わせる。
力を得た時に、力に飲み込まれて暴走しないように気をつけろと注意された。
そんな事にはならないと声高々に訴えたいが、思い当たる事も多々あるので反論できない。

「そんな訳だ、ジジイ。このぼーやはトラウマを抱え、ウェールズの連中は気付かぬ振りをして此処に送り込んだ。
 私が思うに、まずぼーやには心のケアが必要だと思うぞ。
 心の傷というものは負の感情や魔性を引き寄せかねないからな」
「むぅ……」

エヴァンジェリンの意見に近右衛門は顔を顰めて聞いている。
悪い子ではなく、生真面目で努力家で頑張っている少年という見掛けに誤魔化されるなと言われた気になる。

「英雄の子だから、英雄になれと押し付けるのはやめておけ。
 作られた英雄というものが必要だというのなら話は別だが」

チクリと皮肉を込めて、からかう口調で話すエヴァンジェリンに全員が不愉快な気持ちになる。
マギステル・マギ――正しき魔法使い、立派な魔法使い等と呼ばれる称号とは作られた存在に相応しい物なのかとエヴァンジェリンは訴えていた。

「今一度……正義という言葉の重さを見つめ直せ。
 傲慢な意思の下に行われる正義など、中世の魔女狩りを行った連中と変わらんぞ」

からかう響きよりも真剣に忠告する重さを含ませて見かけは子供ではあるが600年の時を生きてきた魔法使いが話す。

「アレは正気の沙汰じゃない。正義の名を借りた何処までも救いがない悪だよ」

エヴァンジェリンは遠く過ぎ去った遥か昔の出来事を思い出して辟易する。
魔女狩りの過酷さなど文書でしか残っていない事象を体験している不死の魔法使いが目の前に居た。

「ま、ぼーやには悪いが、お前は留守番だ。
 どうせ、この惨状を見ても自分の所為だと抱え込んで係わろうとしたいんだろうがな」
「…………」

エヴァンジェリンのダメ出しにネギが首を項垂れてしまう。
そんな姿に魔法使い達はただ責任感があって、勇気がが溢れて良いとは言えない重さを感じていた。
蛮勇と勇気の違いくらいは判っている大人達だった。

「さて、ジジイ。結界の方は解除する気はあるか?」
「判っておるよ……解除は行う」

近右衛門は幾分疲れた様子で事態の深刻さを理解している。
麻帆良学園都市で活動している魔法使いが束になって戦いを挑んだが……勝てない存在が牙を剥いている。
今現在は一般人には被害がないが、事態が悪い方向に進めばどうなるかは判らないのだ。
面子に拘って、最悪の事態を迎えることなど認めるわけには行かない。
最強の魔法使いがやる気になっている以上は任せるのが一番良い解決方法と考えていた。


……臨時ではあるがチーム・エヴァンジェリンの出陣の時が近付きつつあった。

リーダー エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル(魔法使い兼魔導師)
     リインフォース・夜天(ユニゾンデバイス?)
     ソーマ・赤(剣士)
     ゾーンダルク(暗殺者?)
     綾瀬 夕映(魔導師)
     超 鈴音(魔法使い兼魔導師)
     絡繰 茶々丸(対魔法戦ガイノイド)
     龍宮 真名(ガンナーもしくはスナイパー)

現状でヴォルケンリッターを従えるリィンフォース・夜天に対抗できるチームだった。





黒一色に近い闇の世界でただ一つ光を灯す存在がある。
その光の隣に佇む少女は光を侵食しようとする闇を抑え込んでいた。

「……やれやれ。闇の守りなどになる気はなかったんだがな」

与えられた役割は守る事だが、本人は今更だと呆れた空気を纏わせている。
過剰に行動し、誰も守れなかったという過去だけが自身の限界だと思っていたのに……今なお守らねばならない。

「皮肉と言えば、紛れもない事実だがな」

それでも足掻き続ける……いっそ楽になれればと思う感情を押し殺し、目の前の光を守ろうとする。

「肯定と否定……矛盾か、人によって生み出された物の本質とも言えるな。
 人間ほど矛盾を抱えている存在は居ない……だが、それが進化を促す力なのかもしれない」

独り闇の世界でその時を待ち続けながら……哲学的な事を考えては苦笑する。

「お前にはどんな未来があって、どのような進化を遂げるのか……少し気になるな」

光の繭の中で眠る自分達の屍を乗り越えていく子供――リィンフォース――の未来を想像する。

「栄枯盛衰……古代ベルカは滅び、次の時代が訪れた。
 そして次の時代もまた……いつか終わりを迎える事を繰り返して、強靭で柔軟な世界が出来るのかもしれない」

滅びと再生を繰り返して文明はより良い方向へと進んでいくと信じたい。
悲しい思いを忘れずに、痛みを憶えて……傷を癒して突き進むだけのタフさが人類には有ると思いたい。

「でなければ、我らの苦しみが無駄だったなどという現実だけしかない」

そんな事は認められんと呟き、ヤミは静かに解放される時を待つ。

「悲しんで足を止める事だけは許さん。
 お前は夜天の想いを受け留めて、幸せになるという役目があるからな」

夜天を愚かな女と誰にも言わせない。
元はプログラムから生まれた存在であっても、今の自分達には心がある。
例え、それが作られたものだとしても……否定はさせない。

「皮肉なものだな。消滅し、終わったと感じたのに……自己再生されてしまい、感情を得るとはな」

防衛プログラムだったはずの自分に感情など不要と思いながらも……悪くないと考えさせられる気持ちが湧いてくる。
見守るというだけの行動だったが、それでも楽しいと感じてしまう自分が居る。

「……これも夜天の影響かな」

再生を終えた後、残された時間全てを娘の為だけに使うと決めた夜天の想いが自分に影響を及ぼしている。

「フン、後を託す者か……それも一興だ」

再び繭の中に目を向けて、ヤミは独り……この小さき世界に佇んでいた。





学園都市郊外の山の中へと足を運ぶ者達が居る。
間もなく日が昇り、命の鼓動が活発になるはずの山は……何かに怯えるように静寂を保っている。

「エヴァンジェリン……ソロソロ境界線に入るヨ」

デッドラインへと歩を進める事を告げ、エヴァンジェリンは全員を一瞥する。

「……怖いか?」

からかうような響きを含ませつつ、この場に居る者達に最終確認を行う。

「ククク、良い度胸じゃねえか? エヴァの方がびびったか?」
「この程度の戦いでは死なんよ」
「戦う理由があって……此処にいるです」
「そういう事ダヨ」
「問題ありません。全機能オールグリーンです」
「リスクのない戦場等ありはしないさ」

「……では行くぞ!」

エヴァンジェリンの掛け声と同時に守護騎士の防衛ラインへと突入する。

「マスター来ます!」

先陣を翔ける鉄槌の騎士の姿が出て、超 鈴音と綾瀬 夕映が相手をする為に飛翔する。

「足止めは任せるネ!」
《フレイムアロー!》

超の正面に魔法陣が現れ、右拳に魔力が集められ……炎へと変換されて矢となって撃ち出される。
夕映も足元に魔法陣を浮かばせ、光の槍を射出した。

「エヴァさんの邪魔はさせないです!」
《レイランサー!》

《《ブレイク!!》》
「フォトンニードル!」
「ブレイズシュート!」

二つの攻撃に対して鉄槌の騎士は回避を優先して動くが、魔法の攻撃が破裂して……無数の弾丸へと分裂して弾幕へと変わる。
騎士甲冑を抜く事はなかったが、鉄槌の騎士の速度は確実に落ちる。
牽制と足止めを掛けた二人の攻撃に鉄槌の騎士はスピードを落とさざるを得ない状況に追い込まれ……二人の迎撃を優先した。

「夕映サン! 背中を預けるヨ」
「任せるです!」

前衛 超と後衛 夕映と位置付けて、超は鉄槌の騎士の懐に潜り込もうとし、夕映は鉄槌の騎士の進行方向を予測して弾幕を張ってスピードを上げさせないように超の支援を行い つつ、いつでも強襲突撃できる用意をする。
隙あらば、一気に片付けてエヴァンジェリンのバックアップを行おうとアイコンタクトで応える息の合った二人だった。



「先に行くぜ!」

第二防衛線らしき場所に居る烈火の将の姿を目に入れたソーマ・赤が一気に加速して距離を詰める。
右手の剣が閃き、烈火の将の頭蓋を叩き割りそうな勢いで振り下ろされるが、

―――ギィィィィンッ!!

「そうこなくっちゃな!」

烈火の将が慌てる事なく、その手に持つレヴァンテインで受け止める。

「任せるぞ、ソーマ!」
「ああ、任せろ」

ギリギリと鋼の軋む音を聞かせながら鍔迫り合いを行う二人の背後を残りの面子が駆けて行く。
烈火の将がソーマ・赤を押し退けて迎撃しようと力を剣に込めるが、

「悪いな。こっちにはこっちの都合ってやつがあるのさ」

一歩も退かんと不退転の意思を込められたソーマ・赤を跳ね除けられなかった。

「本音を言えば、意思のないアンタじゃなく……本物の烈火の将と楽しい剣を交えたかったぜ」

魂が込められていない剣ではなく、必殺の意思が込められた重く、苛烈な一撃を交えた戦いをしたかったと残念がる。
鍔迫り合いから互いに距離を取って睨み合う形になる。
一見すると動きはないように見えるが、二人はジリジリと互いの剣の間合いへと近付いて行く。
どちらも一撃で仕留めるだけの鋭さを秘めた必殺の技を持っている。
ソーマ・赤の表情に焦りの色はなく、感情を持たぬプログラム体である烈火の将もまず目の前の剣士を倒す事を決断する。

「……良いねぇ、久方ぶりの俺が自分で選択した戦いって奴だ」

召喚されて指示通りに動かされる戦いではなく、自らの意思で選んだ戦いにソーマ・赤の心が熱く滾り始める。
少々残念なのは命令通りにしか動かない相手という点だが、それでもビリビリと肌を刺す戦場の空気が心地好く感じる。

「とりあえず名乗っとくぜ……ソーマ・赤、推して参るぜ!!」

返事は期待していないが、名乗りを上げる事で戦いの始まりを示す。
烈火の将の表情は何も変わらないが、ソーマ・赤の顔は戦う事への歓喜に満ち溢れる。
甲高い剣戟の音が周囲に響き出し、火花を散らしながら二人は互いの命を削り合う。
どちらも一歩も引く事のない戦いの火蓋が切って落とされた。




前方から撃ち出された魔法に対して、

「AMFを展開します」

エヴァンジェリンの前に飛び出し、茶々丸は新しい機能であるアンチマギリングフィールドを展開した。
勢いよく向かってくる魔法に込められていた魔力がフィールドの接触して……減衰していく。
前衛の騎士二人の足止めを任せ、エヴァンジェリンは湖の騎士と共に後衛のポジションに居たリィンフォースを発見する。

「湖の騎士は任せたぞ!」
「はい、お任せ下さい」

茶々丸はいつも通り淡々と告げているように見えるが、エヴァンジェリンは敢えてそんなフリをしているように思えた。
現在の茶々丸の動力は電力とジュエルシードを使った魔力炉になっている。
ジュエルシードを励起させる事で生み出される膨大な魔力は電力に変化されて、AMFを展開される為に使用される。
そのために戦闘力は然程強化されていないが、魔法使いにとって今の茶々丸は非常に危険な存在でもあった。
湖の騎士は茶々丸から主であるリィンフォースを守るべく……前に出る。
その瞬間を見計らったように頭上に魔法陣が浮かんで、龍宮 真名が強襲する。
実弾系の弾丸が湖の騎士を襲うが、

―――ギィィィン!

「……簡単には騎士甲冑を抜かせないか?」

騎士甲冑と先に用意して、慌てて展開していた防壁に阻まれていた。

「ご安心を……近付いて、必ず私が守りを崩します」
「……任せた」

茶々丸が接近戦を仕掛けるように新しいボディになった事で使える瞬動術を用いて肉迫する。
湖の騎士は茶々丸が近付く事で急速に減衰していく守りに慌てて距離を取らざるを得ず、主との連係から離されて行く。

「さて……ロックオン」

リィンフォースから前回の仕事の報酬の一つとして受け取ったデバイス――ロックオン――に真名は語りかける。

《AMF下でも通用する魔力弾もあります》

口数が少なく、必要な事だけしか言わない愛想のないアームドデバイスだが、真名は結構気に入っている。

「……そうか」
《必要とあらば、サポートしますが?》
「いや、いいさ」

距離を詰めようとする茶々丸に実弾系の支援を行う真名。
湖の騎士は空へと回避したいと考えるが、真名が頭を押さえる様に攻撃を加えていく。

《シールドビット展開》

ガシュンと薬莢がロックオンから排出され、湖の騎士の周囲を取り囲むようにシールドビッドが出現する。
本来は守りに使う盾を跳弾用の壁代わりに使用して上下左右から撃ち込む。
湖の騎士はシールドを複数展開して、バリケード代わりに茶々丸の接近と真名が放つ弾丸を防ぐ。
茶々丸が展開するAMFがシールドの強度を減衰させて、真名の弾丸が破壊して……距離を詰めようとする。

茶々丸が距離を詰めて、減衰した守りを真名が狙撃で貫けるか?

湖の騎士が距離を取り続けて、二人を近づけさせずに倒すか?

勝敗の行方の焦点はシンプルだった。




盾の守護獣は側面からリィンフォースを支援する為に行動しようとしたが……妨害された。

「悪いが此処から先は通さんよ」

先程奪った悪魔の身体を使って足止めに入るゾーンダルク。
盾の守護獣は威嚇するように一吼えし、攻撃的な前傾姿勢に変わる。

「さてさて……魔族の身体は頑丈だが、どこまで持つやら」

手元にある予備の身体を全部使い潰す心算でゾーンダルクは盾の守護獣を倒そうとする。

―――グルゥゥゥゥ!

盾の守護獣は低く唸り声を挙げて威嚇する。
足元が輝き、魔法陣が浮かび上がると同時にゾーンダルクは後方へ飛ぶ。

「……鋼の軛か?」

足元から飛び出る魔力で作られた石柱をギリギリのところで避ける。
よく似た魔法を以前リィンフォースにされた事を憶えていたおかげだと実感する。

「やはり、初見ならば……かわせなかっただろうな」

自身が知っている魔法とは全く違う拘束魔法にゾーンダルクは気を引き締める。
いつもの魔法ならば、発動する前に周囲の精霊が活性化して反応できるが、リィンフォース達が使う魔法は精霊を用いずに効果を発動させるので読み難かった。

「魔力の充填も、発動のタイミングも違うもの……か」

魔力を精霊に与える精霊魔法とは異なる魔法に対処法を誤ってはいけないと感じる。
ほんの僅かな隙を確実に突いて来ると思われる盾の守護獣から目を離さずに立つ。

「保管している身体を全部使い潰すくらいの気持ちで戦うか」

自身の中に仕舞い込んでいる奪った身体の数を思い起こして……盾の守護獣の魔力を消耗させるか、

「あの身体は奪えるものなんだろうか?」

魔力で構成されたと思われる盾の守護獣の身体を見て、ゾーンダルクは思案する。

「……どちらにしても、まずは動きを封じる事からかな」

―――グゥルゥゥ……ガァァァ!!

低い唸り声を上げて威嚇しながら襲い掛かってくる盾の守護獣の牙と爪を回避する。
獣特有の俊敏さを辛うじて回避しながら、ゾーンダルクは戦いの場を木々が光を隠す森の奥へと誘導する。

―――ブチッ! ブチブチッ!!

盾の守護獣の牙がゾーンダルクの右手首に突き立てられ、骨を砕き、筋肉を引き裂く!

「生憎だけど……痛覚はカット出来る」

右手を最初から捨てる心算で機動力のある獣の足を止めさせる。
足元の影から黒い影のような瘴気が盾の守護獣の身体を包み込もうとするが、

―――ガァァァァッ!!

盾の守護獣は魔力を周囲に全力で放出する事で強引に脱出した。

「……それでいい。君が先に尽きるか、私の身体が先に全て潰れるか……根競べだ。
 無論、それまでに私が君の身体を奪うかもしれないがね」

淡々とした空気を纏いゾーンダルクは歩を進めると、

―――グ、グルゥゥゥ……

感情を持たないはずの盾の守護獣は一歩引き下がる。
それは本能と呼ぶものなのか……恐れているようにも見えた。

「フ、フフフ、感情を持たぬ使い魔みたいな君でも分かるかい……魂に侵食する闇が」

千切れかけている手首をあっさりと放棄するように千切り棄てる。
そして、千切れた部分から黒い霞が滲み出て……右手首の形を形成する。
その様子に盾の守護獣は警戒心を顕にして、低い唸り声を出す。
目の前の敵は尋常ならざる存在だと実感しつつ、倒さなければ……主の元へと馳せ参じる事も侭ならない。

「…………勇敢だな。それでこそ、守護獣と呼ばれる存在かもしれないが」

逃げという選択肢を放棄し、注意深く目を逸らさないように視線に鋭さが増す。
ゾーンダルクは忠誠心溢れる盾の守護獣の在り方に賞賛の視線を向ける。

「それだけに残念だ。意思を持った君の魂を感じてみたかったよ」

敵であれ、味方であれ、純粋でひたむきに生きている存在ほど魂は力に満ち……輝きを放っている。
純粋に戦いを楽しむのならば、そんな魂の輝きを放つ相手の方が心が躍る。

「…………近頃の魔法使いは功名心ばかり先走る連中が多くてね。
 正直なところ、傷食気味なんだよ」

魔法使いの虚栄心、過剰なまでの正義感には飽き飽きしていた。

「マギステル・マギという立場は悪くはないと思うが……最初から目指すのはどうかと思う」

過程の果てに手にする称号だと知っているが、態々口に出して目指すほどのものかと問いたくなる。

(誰かを救うのに、戦う理由にしてはならんと思うんだが)

正義という言葉を口に出したり、行為に直結させるのは危険だとゾーンダルクは感じている。
正しい事を行うと言って、自分達が優位な立場だと勘違いして、押し付けがましい事をしてしまう可能性だってある。
上位者と勘違いして、相手を悪と断じてしまう先にあるものは行過ぎた正義に繋がる。

(……押し付けられて反発し、更に力を以って押さえつける先にあるのは弾圧なんだがね)

盾の守護獣と睨み合う形になっているゾーンダルクは冷ややかな頭で魔法使い達の未来について考察中。
但し、隙は一切見せずに盾の守護獣と対峙していた。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

いよいよリィンフォース解放戦が始まります。
超が白い魔王ならぬ、紅い魔王になるのか?
それとも夕映が……黒い魔王?になるのか?
ソーマ・赤VSシグナムの決着はどんな形になるのか?
黒茶々丸さんの降臨はあるのか?
龍宮真名のゴルゴ化が始まるのか?
ザフィーラの身体をゾーンダルクは奪えるのか?

いや私が言うのもなんですが……どうしようかな(汗ッ)

ま、そんなこんなで次回に続きます。




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