エヴァンジェリンは戦闘中にありながらも、自身が苦戦している事に対して複雑な感情が芽生えている点に舌打ちする。

(本当に魔導師というのはシャレにならんな)

どうしても質量兵器を廃絶した世界というものがエヴァンジェリンには想像し難い。
しかも星や世界を破壊しうる兵器さえも在ったと聞いても、眉唾みたいな冗談としか笑えなかった。
されど、本気で大暴れすれば、台風や地震のような局地災害は楽に起こせそうな魔法を連発する目の前のリィンフォース。

(……マギステル・マギを目指すという考えは時代遅れになりそうだな)

エヴァンジェリンは魔導師が台頭し始めれば、魔法使いが駆逐されていくのではないかと感じている。
少なくとも魔法使いの呪文との相性が悪い高畑・T・タカミチにも魔導師の魔法は使えるだけの汎用性はある。
デバイスが流通するようになれば、手数が増える分便利になる。

(ククク……人は力に溺れやすいからな)

人というものは使い勝手の良さや派手な攻撃に目を惹かれ易い。
魔法使い達が使う魔法には相性というものが存在し、使い勝手の悪い属性の魔法がどうしても出てくる。
単純に魔力を使って攻撃する魔導師の魔法は誰にでも使える汎用性が高いだけにコロッと趣旨換えしてくる連中も居るだろう。

(さてさて……いつまで魔法使い達がエラそうなお題目を掲げられるだろうかな)

苦戦している状況でも意識を分割して対応し、余裕のあるエヴァンジェリン。
彼女は何気にマルチタスクをモノにし、格段の戦闘力の向上を始めていた。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 六十三時間目
By EFF




「……イイ勝負ネ」

高速砲撃戦と呼べるような機動力と砲撃を組み合わせた魔法の撃ち合いが空間モニターに映し出されている。
どちらも強力な魔力障壁を展開しつつ、それを撃ち破るだけの威力を込めた砲撃が続いている。
一応、安全圏へと一時避難しているが、時折大音量の攻撃音が鳴り響いていた。

「……エヴァンジェリンさんらしい戦いです」

頬を引き攣らせて呟いた超 鈴音に綾瀬 夕映がため息を付きながら合いの手を打つ。
常々固定砲台とか、火力がモノを言うのだと意見を述べるだけの事はあるなと冷や汗を流している。

「派手過ぎる……な」

基本無駄弾を出さない事をモットーに掲げる龍宮 真名が若干羨むような声で意見を出す。
自分がアレだけの破壊力を生み出し続けるには経費がさぞ嵩むなと何処か冷めた目で見つつ、つくづく規格外の魔法使いだと感じていた。

「つーかよ。あんだけハデに撃ち合って息切れしねえのはズルくねえか?」

ソーマ・赤が無尽蔵に見えるほどのリィンフォースの魔力を不審そうに眺めている。
あれだけの攻撃力を出す魔法を連発していれば、とうに魔法使いであれば魔力切れになっている筈だと問う。

「それに関しては同意見だな」

ソーマ・赤の隣で大きな迅竜の身体を竦ませて、空間モニターを見つめていたゾーンダルクが意見を合わせる。

「エヴァンジェリンに関してはまだ理解できるが……彼女は人間だろう?」

とうに息切れしていなければおかしいのではないかとゾーンダルクはこの場で一番状況を理解しているであろう超に問う。

「魔導師の魔力の運用効率は魔法使いなど足元にも及ばないヨ」

問われた超はあっさりと魔導師と魔法使いの違いを述べて、更に……

「あれでもまだ本来の半分も出てないはずネ……多分」

はぁ?と一同が信じられない言葉を口に出して肩を竦めていた。

「意識が混濁してなくて、最後の封印が解除された師父は時間制限付きという条件ではあるがアレの数倍は軽く出せるヨ」

感嘆という言葉より、呆れを多く滲ませた超の呟きにその場の空気が凍る。
エヴァンジェリンの方はまだ真祖の吸血鬼という理由があるので解らなくもないが、リィンフォースは一応分類すれば人間の範疇に入るはずなのに……圧倒する らしい。

「…………マジかよ?」
「本当ヨ。話に聞いた限りではソーマさんの配下の鬼神を多重召喚したらしいネ」
「オイオイ、冗談じゃねえよな?」
「マジな話ヨ。
 瞬間的に出せる魔力をキチンと制御できれば、十数体の鬼神くらい軽〜く召喚できるとマスターエヴァが感心してたナ」

リョウメンスクナの神の配下の鬼神クラスになれば、その召喚に使用する魔力だって半端な物ではない。

「そりゃよ、近衛のお嬢ちゃん以上の魔力持ちだからな、分からん事もないが……」
「事実ネ。記録映像があるだけにウソじゃないヨ」

否定する気はないが、それでもまだ信じられないと言いたそうなソーマに超もその気持ちが理解できると言うように頷きつつ……事実なのだから認めろと肩を竦 めて返事を返す。

「ダイタイ、彼女の子孫は常識を何処かに置いて来たヒトばかりネ」
「……すっげー、わかりやすい言葉をどうも」

ズルイ、ズルイネと遠い目でその背に哀愁を滲ませる超の様子に、その苦労を想像して一同が……納得せざるを得なかった。

「一つお聞きしたい事があります」

二人の会話に割り込むように茶々丸が真面目な顔で話しかける。

「何かナ?」
「リィンさんのお子様のお世話をしたのはどなたですか?」
「ハ?」
「これは非常に重要な事ですから再度お尋ねします。
 リィンさんのお子様のお世話をしたのは誰ですか?」

チャキっと超のコメカミに対戦車用の大型のライフルの銃口を添えて茶々丸が待ったなしの問いをしてきた。

(……コレは成長していると判断してイインだヨナ?)

銃を突きつけられた超は茶々丸がここまでぶっ飛び始めた事に頭を痛めつつ、

「安心してイイネ。師父の子供の世話係は茶々丸がメインだたヨ」
「それを聞いて安堵しました。マスターが教育係だったら……胃が痛くなりそうですので」
「そ、そうカ(胃ナンテ……無いのに痛むのカ?)」

超はここはツッコムべきかと思いながらも、敢えてスルーする事にした。

「そうですね。エヴァンジェリンさんが乳母なら…………魔王が誕生するかもしれないです」
「否定できねえところが……微妙だな」
「(……もう少し信じてやるのが仲間じゃないのかね)」
「…………(やれやれだな。確かにエヴァンジェリンが魔法の師匠なら否定は出来んが)」

夕映、ソーマ・赤、ゾーンダルク、真名がそれぞれに思うところがあったみたいだが、

「魔法に関する師匠はエヴァンジェリンだけどネ」

超のこの一言で全員が魔王の誕生があったに違いないと確信していた。




勝敗の天秤がリィンフォースに傾き始めているとエヴァンジェリンは感じ始めていた。

「ちっ!(不慣れな高速空戦のツケが出てきたか)」

空を飛ぶ事自体は慣れていない訳ではないが……その速度差が如何せん違いすぎた。

《アレも不慣れな筈だが……魔導師と魔法使いの差が出てきたか》

ユニゾン中の夜天が嬉しさと悲しさが混じった声を出す。
本来のリィンフォースの戦い方は頼りになる騎士達に前衛を任せての魔力砲撃がメインであり、高速での機動戦は苦手だった。
自身のスタイルを大きく変化させる事は非常に難しい事だが、それを成し遂げるだけの才は与えていたが、それでも厳しかった筈なのだ。

《私は……娘に苦労ばかりさせてしまう不甲斐ない母親だな》

娘が頑張っている姿を見るのは嬉しくもあり、褒めてやりたい気持ちにさせられる。
しかし、要らない苦労をさせていると思うと自身の情けなさを痛感し……自己嫌悪したくなる。
そしてもっとも大事な事は……

《これで、もう私は……あの子に何もしてやれる事が出来なくなる》

エヴァンジェリンに言われて、もう少し足掻いてみようと思うが、それが上手く行っても直ぐにどうにか成るわけでもない。

《おそらく、あの子が一番手助けを欲している時に私は……何も出来ない》

この一点が夜天には他の何よりも辛かった。





リィンフォースはぼんやりと濁った曇天の空を見つめていた。

「…………お姉ちゃん、聞こえて?」

一人緑溢れる草原に座り込んでいたリィンフォースの声が風に乗って世界に響く。

「そろそろさ……この理想とも言いたくなる優しい世界から出たいんだ」

誰もリィンフォースを傷つける事もなく、誰もが優しく受け入れ可愛がってくれる。
大切な家族が直ぐ側にいて、幸せなんだと胸を張って答える事ができる世界。

「私はさ、弱いからこのまま此処に居たい気持ちもあるけど…………強くなる為に帰りたいんだ」

弱いままの自分から一歩を踏み出して強くなりたい、そんな気持ちを吐露するリィンフォース。

―――もうしばらく此処に居ろ

「やだ。お母さんが頑張っているのに……私がなにもしないのはだ!!」

風に乗ってリィンフォースの耳に入ってきた声に反発して立ち上がり叫ぶ。
外の世界ではおそらく自分を助ける為に母親が相当な無理をしているはずなのだ。

「私はただ守られるだけの弱い娘じゃないって言わなきゃダメで! 見ても らいたいんだ!」

リィンフォースの心情に世界はただ静かに聞いていた。

―――辛いものを見ることになるぞ?

「どういうこと?」

覚悟を決めろと告げる響きの声がリィンフォースの耳に届く。
途轍もなく悪い予感だけしかリィンフォースには感じられずに立ち竦む。

―――アイツの残り時間はこれで尽きるからだ

問うリィンフォースに対してヤミが告げた事は何処までも無情なものだった。

「そ、そんなっ!?」

―――この期に及んでウソは言わんよ

―――夜天は今日、此処で最期の時を「やだっ!! やめてよっ!!」

聞きたくないと言わんばかりに大声を上げる事で無情な説明を遮るリィンフォース。

「わ、私はこんな結末なんか望んでないっ!!
 まだ何も話していないんだよ……」


膝を地面に着いて……自身の未熟さ、慢心で母親にとんでもない事態に陥らせた事に酷く傷付いていた。

―――後悔はしないだろう

―――アイツはお前の母親として命を懸けたに過ぎん

娘を救うのに母親が躊躇うような事はしないと言うが、その言葉がリィンフォースには重過ぎた。

「だったら! 今すぐ此処から出してっ!!

 残った時間をこれ以上使わせないでよっ!」

内側から自分が協力すれば、少しでも残された時間が増えるはずだとリィンフォースは考え叫ぶ。

―――無茶を言うな

―――此処から開放した途端に……呪いがお前の身に及ぶ

突然世界が砕けて、リィンフォースが光る繭の中に取り込まれている形になる。
刺々しい黒い茨の蔦が光の繭に絡みつき、繭を破ろうとしているのがはっきりと分かる。

「……お姉ちゃん、無理してない?」

―――大丈夫だ、気にするな

母親だけではなく、姉もまた無理をしている光景にリィンフォースは油断した甘さを痛感していた。
油断していたわけではないと思っていたが、どこか魔法使いや悪魔を侮っていた事が慢心となり、その慢心によって大きな痛手を被ってしまった。
その結果が母親と姉に大きな負担を掛けてしまったと思うとリィンフォースの胸に大きな痛みが走っていた。

―――信じてやれ

―――夜天とエヴァンジェリンをな

リィンフォースの目の前に空間モニターが現れ、外の状況を見せていく。
そこには夜天とユニゾンしたエヴァンジェリンがリィンフォースを助ける為に頑張っている姿があった。

「……お母さん、エヴァ」

互いに万全と言えるのか分からない状況でありながら自分を救おうとしている姿がある。
そんな二人の姿にリィンフォースは申し訳なさで一杯になった。




「ク、ククク……全くもって面白いぞ!!」

開き直りという印象が最も似合いそうな雰囲気でエヴァンジェリンは吼える。
自身が最強などと嘯いていたのが本当に馬鹿らしくなるという感情と今までの強さで満足していた事に嫌悪したくなる。

「世界は広いという言葉は知っていたが……自覚出来なかったみたいだな!!」

どうしようもない苛立ちを抱えて叫ぶエヴァンジェリン。
封印を解除して本気で戦えば、例え魔導師だろうが必ず勝てると感じていた。
しかし、現実はエヴァンジェリンが考えていた以上に皮肉を持って……応えていた。

《エヴァンジェリン!》
「ああ、わかってる!」

夜天の声に応じて、エヴァンジェリンもまた魔法を発動させる。
ジェノサイドシフト……文字通り殲滅、虐殺という意味合いを匂わせる過剰なまでの魔法攻撃。
エヴァンジェリンの背後に整列する発射台といえる無数の魔力スフィア。
そして同じように相対するリィンフォースもまた過剰なまでに魔力スフィアを生み出して対峙していた。

「そろそろ終わらせんと……な」
《私を気遣って……無茶をするなよ》
「フン、同じ言葉をそっくりそのまま返してやるぞ」

エヴァンジェリンを気遣う夜天の声に不敵な笑みを浮かべて返す。

「道理を引っ込めさせるには、無茶の一つや二つ……やってみせんとな。
 私達は勝たねばならない……そうだろ?」
《……そうだな》

負けられない戦いではダメだと告げるエヴァンジェリンに夜天もまた改めて覚悟を決める。
万が一にも負けるような事になれば、魔法使いがどうなろうとして構わないが……リィンフォースに死ぬまで狂ったままで虐殺行為をさせ続けるという事態に なってしまう可能性がある。
そのような事態になった場合、呪いが偶然にも解けた後、身も心もボロボロのリィンフォースを独り残してしまう。
夜天は娘に自分と同じような絶望を抱えさせるわけには行かないと思い、エヴァンジェリンも家族を孤立させ、寂しい思いをさせる気はない。

「……何があっても必ず勝つぞ」
《ええ。あの子の為に》

道理を引っ込めさせる為に無茶、無謀を厭わない覚悟を完了させてエヴァンジェリンと夜天は次の攻撃へと移る。

「いいか、私は手足が千切れてもすぐに復元できる……少々のダメージ程度で怯むなよ?」

自身の耐久力を侮るなとエヴァンジェリンは告げ、

《私とて、そう簡単に退く……無様な事をすると思うのか?》

夜天もまたエヴァンジェリンの強気な発言に対抗するような返答を返す。
どちらも意地を見せつけるかのように不敵に笑い、リィンフォースの砲撃に合わせるように迎撃を始める。
氷の砲弾と雷の砲弾が弾けるようにぶつかり合い……中央部が氷の破片に雷の輝きが煌めき輝く。
破壊の力でありながらも何処か幻想的な風景のようにも見えた。

「……行くぞ」
《……承知した》

前面の防御を最大にして、両者の砲撃のど真ん中へと突き進む特攻。
連続して起きる爆発の余波で中央での反応が読み難くなるのを見越して中央突破を図り、リィンフォースへと肉迫する。
今までの戦闘で遠距離、中距離での砲撃戦よりも近距離での格闘戦のほうが勝率が高いと二人は判断した。

「グッ!」

自身の周囲を守る形の全周防御を展開していても、キツイものはキツイ。
もし防御が途中で維持できなければ、という不安が心の片隅に過ぎるが強引に振り払ってエヴァンジェリンは突き進む。
現在、夜天は防御に意識を向けられない。

《……すまない!》

エヴァンジェリンが展開したフリジットランサージェノサイドシフトの維持を行う事でエヴァンジェリンが其処に留まって砲撃しているとリィンフォースに意識 させる為に。
荒れ狂う魔力の爆発の嵐の中を突き抜けて視界が晴れた時、

「捉えたぞっ!!」

慌ててフォトンランサージェノサイドシフトを中断して、距離を取ろうとするリィンフォースの姿があった。
無意識なのか、反射的なのかは不明だが、エヴァンジェリンと格闘を含む近接戦は不味いと感じたのかもしれない。

「フン! その勘は間違ってはいないがな!!」

軽口を叩きながらエヴァンジェリンは天秤が自分のほうへと傾くのを予感し笑みを浮かべた瞬間、

―――エヴァジェリン!!

夜天が慌てて警告を発するのも織り込み済みと言わんばかりに吼えた。

「ムダだぞ!!」

手首足首に絡み付いてくる魔力で編まれた鎖。
リィンフォースが保険として仕掛けていたバインドに対してエヴァンジェリンは……意外な方法で破った。

「お前はまだ吸血鬼というものを甘く見ている!

―――エヴァンジェリン!!

人形遣いとしてのスキルの一つに糸を自在に操る事が出来なければならない。
そのスキルを使ってエヴァンジェリンは自身の手足を切り落とすという手段を持ってバインドから逃れた。

「っ!?」

その行為にリィンフォースが混乱するように目を見開き……動きを止めた。
エヴァンジェリンの自身の手で手足を切り落とす自傷行為が自己保存で動いていたリィンフォースには驚愕だったのだ。
驚きで動きを止めた時間は僅かだったかもしれないが、速度を落とす事なくリィンフォースへ近付いたエヴァンジェリンは切り落としたはずの右手首を即座に無 数の蝙蝠へと変化させ、再集結させて失った手首へと復元した。
そして再び糸を操ってリィンフォースの身体を雁字搦めに固めて拘束して引き寄せる。

「さっさと目を覚まさんかっ! この寝ボスケがっ!!」

リィンフォースの背に右手を回し、大きく背を逸らして……勢いをつけた自身の額をリィンフォースの額にぶつける。
騎士甲冑越しでも魔力が込められたエヴァンジェリンの頭突きにリィンフォースは昏倒する。

「フン、さっさと寝ボスケ娘を起こしてこい!」

漢前なセリフを吐い てエヴァンジェリンは再度頭突きをして、意識が混濁していたリィンフォースを完全に失神させた。

―――すまない

こんなやり方で良いのかとツッコミを入れたそうな声で夜天は娘の呪いの解呪へと行動した。
エヴァンジェリンは切り落とした手首足首全てを復元させて、優しくリィンフォースを抱き上げる。
そして、ゆっくりと地上へと降下し始めた。




空間モニターで戦闘を見ていた面子は微妙な空気に包まれていた。
高度な魔法戦闘だったはずなのに、最後の最後は問答無用の力技という結末。

「……実にオトコ前なやり方ですね」
「マスターらしい決め方です」
「エヴァらしいって言ったら、それまでなんだがな」

夕映の呟きに茶々丸が感心した様子で答え、ソーマ・赤が少し呆れた声で居る。

「だが、自身の身体能力を上手く活用したという点は悪くないな」
「吸血鬼の復元力の活用は実に効果的ダヨ。
 実際に師父はあのバインドで距離を取れると判断したに違いないネ」
「そうだな。確かに普通の魔法使いなら、あのバインドで動きを封じられて袋叩きだ」

吸血鬼の能力を上手く活用した点にゾーンダルク、超、真名は感心していた。
もしエヴァンジェリンが真祖の吸血鬼でなければ、先ほどの戦闘は間違いなくリィンフォースの勝利だった可能性が高いと三人は考えていたのだ。
バインドで動きを封じられたら、それを解除するのに若干の時間を使う事になる。
そして、その僅かな時間が勝敗の天秤を傾ける事になると理解していたからだ。

「まあ……スターライトブレーカーを筆頭に砲撃魔法のレパートリーには事欠かねえからな」

自身も喰らった事のある集束砲撃魔法を思い出してソーマ・赤が嫌そうな表情で話す。

「……確かにアレは痛すぎるネ」
「ええ、シャレにならないです」

修行中に身を持ってして味わった事のある超と夕映が青い顔で何度も頷く。
非殺傷設定で大怪我には繋がらないが、それでも魔力ダメージは痛みを伴う事がある。
バインドで逃げられないように固定して、トドメの砲撃を受けるまでの時間は本当に肝が冷える事を二人は実感していた。
ちなみにこの二人が最初に必死に覚え、今もなお改良している魔法はバインド解除系だった。

「さて、何とか終わったみてえだし……別れの挨拶だけでもするか?」

少々不機嫌さを滲ませた声でソーマ・赤が一同に聞く。

「そうダナ。上手く行けば、また逢えるガ……それでも三十年は先の話のはずダヨ」

超の呟いた言葉に茶々丸が反応する。

「逢えるのですね?」
「逢えるヨ。私がココに来た理由の一つはその為だからナ」

騎士甲冑を解除して、超は懐から懐中時計を模した航時機――カシオペア――を取り出す。
科学と魔法を融合させた時間移動を可能にし、ミッドチルダでさえ生み出す事が出来なかった奇蹟とも言えるマシン。

「結局のところ……タマゴか先か、ニワトリが先か?の答えは未だに分からないヨ」

自分が発明したはずの技術が発明する前に存在していた等という事態に超は矛盾という言葉の意味を考えさせられ続けている。

「マ、コレのおかげで私はココに居るので……微妙ではあるナ」

カシオペアの存在自体はリィンフォース達の手によって厳重に秘匿され、超は自分の手で生み出したと自負しているが、参考にした術式が一部あるだけに何処か ら何処までが自分のオリジナルなのか……判断し難いのも事実だった。

「ハァ(特に時空間制御式の部分はタキオンを参照にしただけ に……自信なくすヨ)」

リィンフォースの子孫という規格外の魔導師にしか扱えない魔法があの時代には存在していた。

(アレこそ、師父を最強と言わしめ……魔法使い達を震撼、恐怖させた魔法でもあるカナ)

ユニゾン時のエヴァンジェリンならば使用可能らしいが、それでも非常に厄介で使いたくないと心底疲れ果てた様子でエヴァンジェリン本人が超の前で話してい た。
実際にエヴァンジェリンが見せてくれた時は納得すると同時に本当に怖いと感じさせられた。

(コレを参考にしたと師父は言ていたらしいが……やはりココに私が来るのは必然だたかもしれないネ)

手の中にあるカシオペアを見ながら超は時間移動が抱える問題点を考察するが……答えは未だに出ない。

「…………どうしたんだ? 突然凍りついちまったぞ」

ソーマ・赤が動きを止めた超を指差して誰ともなく聞いている。

「……天才故にお悩みなのです」

いつもの事と言わんばかりに夕映が肩を落として話す。

「カシオペアを出す度に複雑な気持ちになるそうです」
「そうなのか?」
「ええ、もっとも原因はリィンさんにあるですが」
「……そうか」
「ええ、そうなんです」

リィンフォースが原因と聞いて、茶々丸を除く面子は納得した。






黒い茨に包まれていた世界が、天頂らしきところから徐々に砕け始める。
最初は薄っすらと弱き光が少しずつ輝きを増して、黒き茨を千切れ飛ばし……消滅させる。

―――さて、小娘。迎えが来たぞ

どこか寂しげで、別れを惜しむような声が囁くと同時に、

―――リィンフォース!!

天から速度を落とす事なく、一気に舞い降りてくる夜天。

「――お母さん!!」

ただ一直線に娘へと手を伸ばす母親――夜天――に、嬉しさと申し訳なさが混じってどうすれば良いのかと迷い、手を伸ばす事を躊躇うリィンフォース。

―――バカが

「……え?」

躊躇うリィンフォースの背に呆れた声を出し、強引に押しやる。
押しやられたリィンフォースは慌てて背後を見ようとした時……夜天に優しく抱きしめられていた。

―――遅くなって……すまなかった

しっかりと抱きしめ、リィンフォースの無事な様子にホッと安堵した夜天の微笑みに、

「……お母さんだよね?」

―――こうして逢うのは初めてではあるがな

ようやく自分が母親と対面できたのだと知り、リィンフォースは涙目でしっかりと夜天の背に手を回す。
これが母と子の最初の出会いだった。




意識のないリィンフォースが落ちないように抱きとめながら、エヴァンジェリンはゆっくりと地上に降り立つ。
そしてリィンフォースの頬を優しく撫でながら、地面に寝かした。

「……とりあえずは一段落ということだな」

内心では問題だらけだと思いつつも一つの山は越えたと感じる。
エヴァンジェリンは肩を解すように首を振り……思う。

(残った時間はこれで全て尽きる……リィンフォースが模索していた手段は完全に潰えたな)

ため息を吐くと幸せが逃げていくというが、本当は幸せが逃げたから吐くのではないかと思いたくなる。
リィンフォースが何とか母親と姉を自分から切り離して、生かそうとしていた事はダメになった。

(いつだって世界は……優しくないな)

振り返れば、いつだって世界は冷たく無情な運命を押し付ける。
エヴァンジェリン自身がそうであった様に、リィンフォースもまた……痛みを伴う悲しみを押し付けられた。

(時間切れならば、まだ諦めもつくが……権力闘争の巻き添えは我慢ならんな)

苛立ちにギリギリと奥歯を噛み締めて、エヴァンジェリンは激昂したくなるのを抑える。

(ぼーやが余計な事を口走らんように目を光らせなければならんか)

自分の所為だと自傷行為に走るバカ弟子――ネギ――に頭が痛くなる。

(僕の所為ですから何でも言ってくださいなどと言っても……どうにもならんと分かってないんだろうな)

責任がどうたら言おうが、失った者が還って来るわけではない事をネギは理解していないとエヴァンジェリンは思う。
そもそもの原因は厄介事の種だと分かっていたくせに英雄の子――ネギ・スプリングフィールド――を預かった関東魔法協会にあるのだと考える。

(こういう事態が起きるだろうと分かっていたくせに、この体たらくか?)

平和の象徴として京都で利用した時点で色々面倒事が発生した。

(そう長く……此処に居る事はないだろうな)

こんな事件が起きた以上、リィンフォースは此処で生活していく事を嫌がるかもしれない。
京都の一件だけならば、まだ我慢できたかもしれないが、流石に今回の事件は限度を超えるだろうとエヴァンジェリンは思う。
十五年もの間、麻帆良学園都市で暮らしていただけに、いざ去ると思うと色々と感じるものもある。

「……引越しの準備を始めるべきだな?」

拠点の一つとして残して置いても構わないと思うが、封印が解ければ偽善者どもが騒ぎ立てて襲撃してくるのが想像できるだけにメリットがそう多くない。
寧ろ厄介事ばかり増えてくる可能性が高いだけに……非常に不愉快だが夜逃げ同然のように消え去る方がマシかもしれない。

「ま、なんにしても麻帆良祭まではそう多くの選択肢はないか……」

ネギの指導に関してはもうどうでもいい気持ちになっている。
才能は確かにあるが、ネガティブな方向にばかり心が動く傾向のある人間は強くなれても……破滅する可能性が高い。

「……指導方法を間違えたかも知れんな。
 この分だと闇の魔法を教えたら、無茶ばかりして潰れるぞ」

自身がまだ未熟な頃に編み出した技法――闇の魔法――を使いこなせる可能性は確かにネギにはあると思う。
しかし、もし自分の考えに間違いがなければ、

「…………相性が良すぎて、一気に暴走するな」

エヴァンジェリンはネギの内面を見誤ったかもしれないと感じている。

「ぼーやは責任の取り方を復讐する事で果たそうとしているのかもしれん。
 もっとも本人はその辺りを自覚していないかもしれんがな」

いつ気が付いたのかは知らないが、村の住民が未だに石化の呪いに囚われているとアスナに話していたのだ。

「治療よりも攻撃魔法を優先して覚える時点で……答えは出ているんだよ」

姉や祖父が誤魔化していたみたいだが、ネギはその事に感付いていた。
それでも村の住民を呪いから解放する事よりも悪魔を滅ぼす呪文の習得をネギは優先している。

「ま、それも責任の取り方かもしれんが、殴られたら殴り返す事がマギステル・マギへの近道だと思っているのかな?」

クククと馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべてエヴァンジェリンは肩を震わせる。

「いつか気付くだろう……自分が遠回りをしている事に。
 そのやり方では誰も救えないという現実に精々壊れないようにするんだな」

傷付け合い、殺し合う世界にどっぷりと嵌まっていた自分だから良く分かる。
確かに救える人は大勢いるだろうが、本当に救いたいたった一人を救えるとは限らないのだ。

「ぼーやが選択したはずの人生だ。好きにするがいいさ。
 後悔なんてものは……言葉通り後から味わうものだ」

自身の経験した事も含め、魔法使いという存在が持つ業の深さにエヴァンジェリンは苦笑いする。
魔法使いというモノはその言葉通り、魔法を使う事を前提に存在している。
そして魔法を派手に使いたがっている者ほど平気で人を傷つける魔法を躊躇う事なく自然に使用するのだ。

「……業の深さを理解しとらんバカが増えすぎたな」

昔はもう少し慎重に使っていた筈だし、此処に来た頃のネギみたいにクシャミ一つで魔力を垂れ流す未熟な者を見習い魔法使いにするような甘い事はなかった。
学園都市の結界の認識阻害を過信して、隙だらけになってきたんじゃないかと思い、エヴァンジェリンは呆れていた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

原作でもネギが自身の抱える負の感情で苦悩していますが、ここでは少し早く出てきます。
責任を感じているのなら、なぜ呪いを解く為の分野を学ばないのか……この辺りは未熟なだけでは納まらない気がします。
結局のところ、ネギの心はナギの戦いを見て、力の渇望に傾いているのかもしれません。
手段を選ばずというか、危ないと分かっているのに闇の魔法を覚えるのも困ったものです。

それでは次回でお会いしましょう。




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