チャチャゼロに気絶させられて、魔法使いに回収されたネギの首根っこを掴んでアスナ達は別荘に戻る。
ちょうどその頃には治療を終えた近衛 木乃香と天ヶ崎 千草もまた休息のために帰って来たところだった。

「……どう思います?」
「どうもこうもないわ。あのぼーやは人を頼る事を知らなさ過ぎやね」

膝を抱えて、半ば虚脱状態で蹲るネギ・スプリングフィールドを指差して質問するアスナ。
一応聞かれた以上は自分なりに思う点を述べる千草。
二人とも心配しながらも、アスナは自分を蚊帳の外にしたネギに憤りを見せ、千草は身の丈を弁えずに突っ走る暴走機関車みたいなネギに呆れを含ませた嘲笑を 見せる。
千草にしてみれば、マギステル・マギを目指しているの言うのならば、もう少し熟慮というか、状況をきちんと把握して常に最善の行動を選択しなければならな いと思う。
見習いが経験の足りなさで失敗するのは恥ではないが、周囲から注意されても聞き入れる事なく、無鉄砲な行動で失敗するような短慮さはダメだろうと言いたく なる。

「ホンマ、リィンはんの言うように問題児やな」
「あー、その点は否定できないわね」

千草が漏らした一言にアスナが追随して、どうしたものかと思い悩む。
せめてパートナーである自分には一言くらい言って欲しかったのにネギはそんな心配を無視して無鉄砲な無茶を平気でする。

(全く もう! いっつもいっつも考えが足りないんだからっ!!)

いつも自分にばかり心配を掛けさせるのは腹が立つ。
自分よりも頭の出来は良い筈なのに、本当に大事なところでは……考えが足りていない。
アスナは落ち込むネギを見ながら、本当にコイツは天才少年なのだろうかと思ってしまう。

「どっかアンバランスなんやな」
「ホントよね」

千草の呆れた声にアスナは同意して何度も頷いていた。

「あ、あのー……もう少し優しく……あうぅぅ」

二人の会話を聞いていた宮崎 のどかが困った顔で恐る恐る話しかける。
のどかにしてみれば、大好きなネギ先生の落ち込みようを何とかして欲しい気持ちがあったのだ。

「まさにのどかさんの言う通りですが……事情が事情だけにアスナさんの言い分も分からない事もありませんし」

雪広 あやかは複雑な気持ちを見せつつ、のどかと同じようにネギのフォローに回る。

「そうは言うけど……あれは自業自得なんやし」

のどか、あやかの言い分を理解しながら、千草はネギの落ち込みようはどうにもならないと告げる。

「ほっとけばイイのよ」

千草との会話で多少は冷静さを取り戻したアスナがプイッと顔を背けて呟く。
ネギが反省しているのなら許そうと思うが、あの様子から自分が戦力外通告された事にショックを受けたままだとアスナは思っている。

(ホントにもう! 気遣ったつもりでしょうが……戦力外扱いされて、私が傷ついたとは思わないの?)

自分が戦力外扱いされてショックならば、同じ扱いされた者の気持ちが分かるだろうと言いたくなる。
放置されて、置き去りにされる痛みを知ったならば、同じ事をされたパートナーが傷ついただろうと顧みて欲しい。
ネギを見ていると自分の中の感情がささくれ立って、ネギを傷つけそうな言動を取ってしまいそうな気持ちになる。
アスナはそんな自分の気持ちをもてあまし気味だった。

「そうは仰いますけど……ネギ先生は落ち込み出したら止まりませんわ」
「そ、そうです!」

あやか、のどかが心配そうな顔でネギを見ながら、何とかしなければと話す。

「ネギ君もな〜、もうちょっと肩肘張らん生き方できれば楽なんやけどな〜」
「……このちゃん。皆が皆、そんなふうになれない事も……」

責任感が強いネギだけに力の抜き方を覚えるべきだと話す木乃香に、誰もがそんな器用になれないと思う刹那が反論するも、

「そやな〜。せっちゃんもああいうふうにようなるし」
「はうっ!」

無自覚で鋭く刹那の急所に口撃を加える天然の木乃香に刹那はどよ〜んと影を落とした。

「このか、あんた……」
「このかさん……」
「こ、このかさん……」

無自覚で刹那を撃沈させた木乃香に三人は戦慄する。

「……もう少し空気読まな、あかんえ」

四人には聞こえないように呟き、とりあえず刹那のフォローだけはしておこうと思う千草であった。
このまま落ち込んだままにしておくと、自分が木乃香のフォローをする破目になる。
そんな面倒な事だけは絶対にしたくない千草は、刹那に貧乏くじを引き続けてもらおうと腹 黒い考えに満ちていた。




麻帆良に降り立った夜天の騎士 六十四時間目
By EFF





「……エヴァンジェリン」

エヴァンジェリンは横になっていたリィンフォースの目がゆっくりと開き、声を掛けられたが、

「なんだ、夜天?」

声を掛けられたエヴァンジェリンは少々不機嫌さが混じった棘のある声を発した。

「私の事よりも……残った時間の全てを娘に使え」

声を掛けられた事は嬉しいが、事情を知っているエヴァンジェリンはこの後のことを思い浮かべるといい気分にはなれない。
したがって、どうしても機嫌が悪くなるのも仕方がなかった。

「大丈夫だ。娘にはきちんと暫しの別れの挨拶をするさ」
「しばしか…………細い今にも切れそうな糸みたいな可能性だがな」

ユニゾンしていた時に夜天から提示された復活の為のプランは今すぐに出来るような物ではない。
そして、なによりもエヴァンジェリン自身に出来る事はそう多くはない。

「私に出来るのは……見守って、鍛えてやるくらいだな」
「ああ、それで十分だ」

エヴァンジェリンはフンと鼻を鳴らして、ほんの少し先の未来を想像してみる。

「…………自由になったら、あれこれやりたい事があったわけもなく……また流されるよりはマシか」

ナギ・スプリングフィールドが死んだと聞かされた時から虚脱状態気味だった。
一応三年間は約束を守って、きちんと授業にも出席していたが、終わらないループに入ってからはどうでもよくなった。
本人死亡となって登校地獄の解呪が難しくなり、血縁者の血を奪うことでしか解けなさそうになって、実質麻帆良学園都市に幽閉が決定したようなものだった。
そんな時に現れたリィンフォースが自分の灰色に見えた世界を変えてくれた。
呪いを解く事で自由になれるも、いざ解けるとなると……何をしたいか、分からなくなりかけていた。

「当面は泣き虫の面倒を見てやるさ」

クククと笑って、リィンフォースがこの世界で何をやるかを近くで協力しつつ見ようかと思った時、

「マスター」

茶々丸を先頭に集まってきた仲間達が居た。

「揃いも揃ってボロボロだな」

一同を見渡して、エヴァンジェリンはからかうように話す。

「同じ事をそっくり返してやるよ」
「全くだな」

エヴァンジェリンに対して物怖じする事がないソーマ・赤、ゾーンダルクが言い返す。

「マスター、リィンさんは?」
「大丈夫だ、茶々丸さん」

リィンフォースの事を心配する茶々丸が三人の間に割って入ってくる。
いつもは従者然として主の会話に割り込むような真似をしないのだが、今回だけは違ったらしい。
そんな茶々丸に対してエヴァンジェリンの隣で横たわっていたリィンフォースから声が出たが、

「お久しぶりです、夜天さん」

茶々丸はその声を聞いて、少し硬めの声で一礼をした。

「ああ、茶々丸さんには一発で分かってしまうか」
「そうですね。リィンさんの声ではありますが……何故か分かってしまいました」

自分でも何故か分からないが、茶々丸はその声がリィンフォースのものではないと判断してしまった。
その所為で返事が硬質なものになり、茶々丸自身も内心では驚いていたのだ。

「安心していい、娘は無事だ」
「その点は心配しておりません。
 私のマスターとリィンさんのお母さんが協力する以上は失敗する事などないと思っております。
 私が心配しているのは夜天さんの事だけです」

リィンフォースが無事なのは間違いないと茶々丸は確信していた。
しかし、夜天が無理を重ねて危険な状態になるかもしれないという可能性だけは否定できない。

「流石はエヴァンジェリンの従者だけに鋭いな」

茶々丸には嘘が吐けないなと苦笑いするかのように夜天が寂しげな声を漏らす。

「では……やはり?」
「ああ、もうすぐ私の残された時間を全て使い切るだろう」

無常とも言える夜天の宣告に茶々丸はがっくりと膝を地に着けた。

「……私はこんな結末を望んでおりません」
「そうだな。私も不愉快だ」

茶々丸の声にエヴァンジェリンも腹立たしさを加えた声で告げた。

「……そう悲しむ事はない。もともとあの日、私は死んだのだ。
 したがって死者は死者らしく……消えるだけだ」

不機嫌なエヴァンジェリンと悲しむ茶々丸にフォローとは言えない内容でどうにもならない事を告げる夜天。

「この期に及んでもそういう悟ったような言い分が気に入らん!
 どんなに取り繕っても……私は誤魔化されんぞ!!」


自身の消滅を悼むなと告げる夜天にイライラが積もり積もったせいで沸点が低い状態のエヴァンジェリンが吼える。

「貴様はここで消えるのが無念で! 悔しいんだろ!
 悔しいくせに……耐えるな!!」


ユニゾンしていた際に流れ込んできた夜天の気持ちを知るエヴァンジェリンが怒鳴るが、

「…………だが、どうにもならない現実はここに在る」

エヴァンジェリンが語った心情を否定せずに夜天が諦めた様子で現状を告げる。

「もう崩壊は避けられん……が、娘の為に最後の悪あがきはするさ」

夜天がゆっくりとエヴァンジェリンに手を差し伸べ、それに応えるようにエヴァンジェリンは待機状態のシュツルムベルンを手にして夜天に渡す。

「シュツルムベルン……申し訳ないが、力を貸して欲しい」
『……それはマスターの為になりますか?』

夜天の声に待機状態のシュツルムベルンが問う。

「…………なると思いたいな」
「なるに決まっているだろうが!
 リィンが貴様を母親と思い、求めている事を知らんとは言わせんぞ!!」


自信なさそうな返事を返す夜天にエヴァンジェリンが苛立つ感情をむき出しにして叫ぶ。
夜天を救うためにリィンフォースが諦めずに頑張っていた事を間近で見ていたし、その中で見ていた事さえも否定しかねない物言いには怒らずにはいられなかっ たのだ。

『……承知しました』
「……すまないな」
『いえ、その気になれば、私の事など無視すれば良いはずです。
 しかし、私の事を気に掛けてくださる以上は……信じます』
「あの子は本当によきパートナーを生み出したのだな」

感心する声を出す夜天に従うかのようにシュツルムベルンが杖と一冊の書に姿を変える。

「書のデーターを失う事になるが……」
『バックアップがありますので、その部分は自由に上書きしてください』
「分かった。それだけあれば……なんとかなるだろうな」

書が開かれ、ページが破れて宙を舞う。
シュツルムベルンは普通のアームドデバイスやインテリジェントデバイスの類ではない。

蒐集行使――夜天の書が持っていたリンカーコアを奪う事でその相手の魔法特性を自分のものにする行為

親から子へ受け継がれる資質のようにリィンフォースもまた夜天から受け継いでいた。
シュツルムベルンはその資質をフォローするために大規模なデーターを処理し、保存できる機能が組み込まれていた。

そうシュツルムベルンは通常のインテリジェントとは桁違いの情報処理、保存機能が与えられていたのだ。

実際にはページのデーターが上書きされ……別のものへと変わっていく工程。
半分以上のページを消費し、リィンフォースが作り上げた大量の魔法の術式が消えて……新たなものが誕生しようとしていた。

「それが貴様が出した結論か?」

破れ舞っていたページが集結し、宙の浮かぶ一枚の……書に挟む栞を見つめるエヴァンジェリン。
何も知らない者ならば、薄っぺらいただの紙切れ一枚と思って特に興味を覚えはしないだろうが、この場に居る全員はそんな思いなど持ちはしない。

「ああ、私の記憶の全てを複製し、此処に写し……残した」

リィンフォースの目でその一枚の栞を見つめながら夜天は話し続ける。

「超 鈴音「分かてるヨ。カシオペアを師父に必ず渡すネ」……すまない」

夜天の声を遮って超が真剣な表情で応える。

「礼はいらないヨ。私が此処に居る理由の一つはコレだからナ」
「どういう意味だ?」

リィンフォースにカシオペア――航時機――を渡す事は確定事項と告げる超にエヴァンジェリンが目を向ける。

「言葉通りネ。今まで言わなかたが……私に魔導師としての基礎訓練を施した人は別にいるよ」

夜天を除く全員が超の言葉に耳を傾ける。

「ほぉ……やはりそうだったのか」

何処か納得した様子でエヴァンジェリンが続きを話せと視線で告げる。
エヴァンジェリンは以前リィンフォースから超の事を聞いていた。

「リィンが言ってたぞ。超は私以外の騎士か、魔導師を知っているかもしれないとな」
「その通りだヨ。私の最初の師父は貴女達だからナ」

開き直りと言える表情で楽しげでありながら、苦悩と見える様子を醸し出す超 鈴音。

アメムチというものをこの身で実感 したヨ」
「ま、ムチというの はエヴァとして」
「そうですね。問題はアメの ほうです」
「ああ、そっちの方が実に気になるな」
「私には大方の予想が出来る」

ソーマ・赤を筆頭に夕映、真名、ゾーンダルクがエヴァンジェリンを見て納得する。

「貴様ら、私を何だと思っているの だ?」

頬を引き攣らせ、コメカミに青筋を浮かべてエヴァンジェリンが怒りの波動を放つ。

「「「「ドS?」」」」

共通の見解をあっさりとシンクロして放たれてエヴァンジェリンの怒りが一気に沸点へと上昇しかけるが、

「その今更な事柄は後でじっくりと話し合うとして「茶々 丸ぅぅぅ!!」

茶々丸の主を主と思わない非情な言葉にエヴァンジェリンが四人から目を離すが、

「超 鈴音……貴女の、最初の師は夜天さんなのですか?」

この場での嘘は認めないと目で語る茶々丸の問いに冷静さを取り戻しかける。
茶々丸の発言に超は軽く肩を竦めて明言こそしていないが、その発言を一切否定していなかった。

「…………そうか。それは別れの手向けとして十分過ぎるものだ」
「成功するか、成功しないかは……これからの話ネ」
「だが、確定要素たる超 鈴音という存在が此処に居る」
「そう、そこが常々思うところヨ。
 私が来たから、貴女は復活するのか? 貴女が復活する為に……私は此処に来なければならないのか?」
「結果と過程のどちらが先なのか……難しい問題だな」

超にとって、どちらが過程なのかは未だに分からない。
超 鈴音が未来で誕生するという結果は時間を遡ってきた事で確定したのか?と自身の存在意義を本人は考えさせられるのだ。

「タマゴが先か、ニワトリが先か?……簡単そうに思えて、難しい問題だな」

卵があるから鶏が生まれる、鶏がいるからこそ……卵が在る。
どちらも正しくて間違っていないが、ではどちらが先なのかと問われた時……答え難い。

「貴女の復活があるから……私は此処に居る」
「しかし、私が復活するには超 鈴音が誕生しなければならないと?」
「マァ……他にもやらねばならない事があるけどネ」

最大の課題は貴女の事だと超の目は物語る。

「フン! ぶっちゃけ……どっちでもイイわ!!」
「夜天さんが再びリィンさんの元に帰って来られるのなら何も問題ありません」
「まあエヴァの意見には賛成だが、少しは超の嬢ちゃんの気持ちも察してやんな」
「謝々……ソーマさんの優しさが胸に沁みるヨ」

哲学的な悩みなど知らんという言い分の主従に、流石にそれは冷たいだろうと思いフォローするソーマ・赤に超は肩を落としつつ礼を述べた。

「その問題は後日……復活できた時に考える事にしよう。
 エヴァンジェリン、これをあなたに託す。私が居ない間……娘を頼む」

栞をエヴァンジェリンの方へ向け、夜天は頼み事を伝える。

「一度ではあるが、戦友の願いを無碍にするような真似はせんよ。
 貴様の代わりではなく……家族として見守ってやるさ」
「……すまないな」
「フン、今更な話だ。アイツは私の呪いを解呪できる以上は簡単に切り捨てられんしな」

プイッと恥ずかしさで赤く染まった顔を背けてエヴァンジェリンがわざとらしく理由付けて告げる。
その様子に全員が素直じゃないなと思っているが、空気を読んで声は出さずに笑みを浮かべるだけに留めた。
この場にいるメンバーは空気が読めて……それなりの人生経験を積んで察する事が出来た。





外の世界で夜天がエヴァンジェリン達に後の事を頼むと同時に内面世界でもリィンフォースと向き合っていた。

「…………」
「…………」

少女と大人の女性……年は違えど同じ顔の二人が見つめ合う。
互いに何か話そうと思うが、どこか遠慮し合って……黙り込んでしまう。

「……さっさと言いたい事を言い合え。無様な」

二人が見つめ合う傍らにいたこれまた同じ顔の女の子が心底呆れた様子で声を出す。
その声がきっかけになり、少女の方がオドオドと困惑し、

「え、ええっと…………」

もう一人の女性はそんな少女の困惑した姿を微笑ましく見つめる。

「ふ、ふふ……言いたい事はたくさんあったのですが、こうして逢ってみると……何から話せばいいのか、困るな」

告げるべき事はたくさんあったが、目の前の少女と同じように途惑ってしまう。

「ああ、そうだな。まずは挨拶から始めよう。私はリインフォース……そうだな、ナハトと呼んでくれればいい」
「……ナハト?」
「そうだ。夜という意味を持ち、私が最初に仲間達から貰った名前だ。
 リィンフォースの名はこれから生きていくお前が大事にしてくれると嬉しい」

忘れていた、忘却の彼方に置き去りにしていたかつての名前を口にする夜天。

「死ぬ事で思い出したのは随分と皮肉な話だがな」

自身の迂闊さを嘲笑うような苦笑い。

「本当に大切な事は……どうにもならない状況でしか思い出せない」

遠き過ぎ去った古い記憶。
もっと早く思い出していたら、もっと良い未来がと思う心もあったが、

「……そう悪くないか」

目の前の生まれこそ違えど、自分の性質を受け継いでくれた娘がいるのなら、無意味な生ではなかったと確信できた。

「……あ」

もう一歩踏み出し、手を大きく広げて……しっかりと娘を抱きしめる。

「もう大丈夫だ……呪いは完全に消去した」

代償は大きいかもしれないが、それでも本当に大切な者を守りきった。

(もう十分だ。これ以上望んでしまうのは欲深いかもしれんな)

親らしいことは殆ど出来なかったかもしれないが、娘を守りきれた事が誇らしく思えた。
これ以上望む事が罪深い自分には罰が当たるのではないかと感じてしまう。

「…………お…かあ……さん…」

恥ずかしげに呟いた娘の言葉で胸が……心が満たされていく。
自分よりも小さい手でしっかりと身体を掴む娘に……心が揺れる。

(ああ……その一言を聞いただけで、もっともっと一緒に居たいと思ってしまう。
 しかし、このまま私に依存するような事は避けねばならない)

誰かを当てにするような弱い心では魔法使いという問題に関わってしまった以上、この先……生きて行けないかもしれない。
実際にこの麻帆良学園都市の表と裏側を押さえている魔法使いの長、近衛 近右衛門は娘の実力を知り、自分の手駒にしたがっている節がある。

(人手不足と言うが、単に自分達が育成できないだけの話だがな)

エヴァンジェリンとのユニゾンで多少なりとも魔法使い達の事情は分かった。
十五年も掛けて、未だに人手不足を嘆いている時点で後進の育成に関しては無能だと言わざるを得ない。

(遊び好きの老害だな)

リィンフォース……娘がそう判断したように夜天もまた同じ結論に達する。

(十五年間エヴァンジェリンに頼りきり、自分は遊んでいただけというのは自業自得だろう。
 その果てが私の娘に迷惑を掛けるというのならば……捨て置けないな)

もしこの身が自由に動かせたなら、報復を行う事も吝かではないと夜天は思う。
修学旅行の一件にしても、見通しが甘過ぎると考える。
そして今回の事も誰の仕業かはまだ分からないが、娘を利用したがっている連中がいるのは確実にいる。
近右衛門は娘を保護していると言っているらしいが、警備の人員として計算している以上は利用しているのと変わりがない。
もっともこの事件で娘が魔法使い達と距離を取るのは間違いないで心配の種は減ると思う。

(ここで消える事は辛いかもしれないが、この子の為になるはずだ……そう思おう)

娘が悲しむだろうが、別れは今か、ほんの少し先になるかの違いだけだ。
ならば、突き放す事で強く生きて欲しいと心から願わなければいけない。

(この別れは必然。この子が幸せになる為に必要なことだと思おう)

不器用で優しくしてやれない母親だが、娘の幸せを真に願う気持ちだけは胸にある。

(だが、残った時間の限りは……優しくしよう)

矛盾だらけの自分の心に苦笑いで応え、その手で娘を少し押して顔を見つめる。
目尻に薄っすらと涙を浮かべる娘の顔に微笑み、少しでも不安を取り除く。

「……笑って見送って欲しい。
 私は母親として、娘を守りきった事を誇りに思っているからな」

自分が消える事で娘の心に傷を残さないようにする為に。



ようやく逢えたもう一人の自分であり、自分ではない母親。

(会ったら、文句を言ってやろうと思ったのに……言えなくなった)

私を誕生させてくれた事は感謝しているが、もっと自分を大切にしろと言いたかった。
辛い生き地獄のような時間を送ってきた以上は、少しは自分の幸せを求めても良い筈だと本当に思う。

(私のためじゃなく、自分の事を優先すればいいのに……)

何も見返りを求めずに、ただ私の為に何も惜しまずに力を貸してくれる家族が目の前に存在する。
嬉しかったし、心の何処かで頼りにしていた母親が自分に微笑んでくれて胸の奥が温かくなる。

(……文句を言ったら、困った顔をするんだろうな)

この笑顔を曇らせるという選択肢は取りたくないと思わせる感情があって、何も言えなくなってしまった。
謝罪を口に出せば、目の前の母親が誇らしげに告げた言葉を汚してしまう。

「え、えっと……あ、ありがとう、お母さん」

だから精一杯の笑顔を向けて、これ以上心配させないようにしようとリィンフォースは決心する。
ほんの少しでも気を緩めると零れ落ちそうになる涙を見せたくないから。

「ああ、その言葉だけで十分だ。私は満足して眠る事が出来る」
「……逝っちゃうの、私を残して?」
「そうだな……心残りではあるが、私を頼る事で弱くなって欲しくない」

娘の不安を和らげようと母親は優しく頭を撫でる。
撫でられた娘はほんの少しだけ笑みを見せる事でやせ我慢しているようにも見えた。

「……細い今にも切れそうな糸みたいな可能性を残しておいた。
 エヴァンジェリンが協力してくれるそうだから、運が良ければ……また逢える」

目尻に溜まっていた涙を拭ってやりながら夜天は告げる。

「時間は掛かるだろう。
 お前自身が直接関われない点もあるが……可能性はゼロじゃない」

ゆっくりと焦らないようにと言い聞かせるように一言一句間違えないようリィンフォースの顔を見ながら夜天は話す。

「私が復活するには……お前が幸せになる事が前提条件だ。
 だから誰よりも幸せになるんだぞ」
「……幸せ?」
「そうだ。辛い事も、悲しい事もあるだろう。
 だが、同じように楽しい事も嬉しい気持ちになる事もある。
 そうやって積み重ねていった先に……必ずある」

何があるのかは言わなくても通じ合えると夜天は思っている。

「私の記憶の中にある父上と兄上達は必ず味方になってくるから……信じ、頼り、迎え入れて欲しい」
「…………信じる?」
「そうだ。数少ない同胞だ。必ずや力になってくれる」

総天の書の管制人格と守護騎士達の事を思い出した夜天がリィンフォースの不信感を拭うように話す。
取り戻した過去を脳裏に浮かべ、過ぎ去った幸せだった時間を懐かしげに思い返す。

「話したい事はあるんだが、それは次に会える日に残しておこう」

リィンフォースが必ず幸せになって、自分を復活させる事を信じていると微笑んで示す。

「だが、一つだけ伝言を……悲しまないで、私は十分に満足した生き方をした、と」
「……それだけ?」

他に伝える事はないかと問うリィンフォースに、夜天は顔を左右に振って答える。

「また会えるさ」

不安など微塵も見せずに、ただただ娘を信じる姿を見せる母親に、

「……そうだね。必ず会えるよね」
「そういう事だ」

信頼には信頼を持って応えるようにリィンフォースもまた不安を見せないように微笑む。
しかし、その肩は震え、失う事の辛さを完全には隠せなかった。

「そろそろ……時間切れか」

その言葉を告げると夜天の手足がブレだし、徐々に輪郭が崩れていく。
身体から光の粒子を噴き出し、存在が希薄になる。

「や、約束する!
 必ず幸せになっ て……お母さんを取り戻すから!!」

慌てて夜天の手を握って、リィンフォースは誓いの言葉を叫ぶ。

「ああ、次に……立派な一人前になった姿を見るのを楽しみにしている」

まだ先の事ではあるが、こうして再び会えると夜天は心から確信していた。

(……不安な部分はあるが、娘を信じる事が出来ない母親にはなりたくないものだ)

確定された因果は既に表に出ていると思えば、ゴールは必ず其処に存在するのだ。
日が昇り始め、結界が張られた森の中も徐々に明るくなってきた。
そんな森を見て、夜天は思う。

(そうだな。明けない夜はない。いつか希望に満ちた朝が必ずや訪れると信じなければな)

不安な気持ちが薄れ、ぎこちなさのない本当に心から生まれ出てくる微笑でリィンフォースを見つめる。

「では……またな」
「…………うん。約束だよ、お母さん」
「ああ」

これ以上あれこれ言う必要はないと二人は思う。
成すべき事をきちんと行えば、もう一度必ず会えると信じているのだ。

(ならば、笑ってしばしの別れをすればいい)
(お母さんを不安にさせないために……笑って見送るんだ)

話したい事は一杯あったが、本当に大事な事は伝え合ったと二人は思う。
消え行くは夜天の姿を見つめるのは辛いが、また会えると思えば涙を堪える事が出来るとリィンフォースは思う。

(……どちらも不器用だが、母親と娘という似た者同士ならばこんなものか)

少し距離を置いて見守っているヤミは不器用な二人にやれやれと肩を竦める。
そして自身もまた妹みたいな存在が強く生きる為のきっかけになろうと考えていた。


この日、リインフォースとリィンフォースの母娘は心を繋ぎ合わせ……誓いを交わした。


再び会える日が来ると信じ、幸せになる為に





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

リインフォースが一時退場します。
ただし、麻帆良祭フィナーレで出張ってくる予定ではあります(多分)
まだ構想中なので……早く書かないと(汗ッ)

それでは次回でまたお会いしましょう。




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