エヴァンジェリンと近右衛門の確執が決定的になる少し前だった。

「おっかしーな。オラクルさんと連絡が取れねーよ」

長谷川 千雨が放った一言に一緒に居た綾瀬 夕映の表情が険しくなった。

「千雨さん、オラクルさんってどんな人です?」
「……無責任な人じゃねーってのは私が一番良く知っているから困ってんだ」
「何か、遭ったという事ですか?」
「……思いたくねーけどな」

エヴァンジェリンが学園長室に呼び出された為に二人は仕方なく屋上で待つ破目になっていた。
そこでは千雨は事情を説明しようかとオラクルに連絡を入れてみたが……連絡は通じない。

「少し時間を置いて、もう一回連絡するしかねーよな?」
「そうですね。オラクルさんは魔法使いに知り合いは居ないみたいですし、厄介事など起きる可能性はそうそうないです」
「だ、だよな」

不安になっていた千雨が夕映の意見に何度も頷いていたが、夕映は何か忘れているような気がしていた。

「どうかしたのか?」

そんな夕映の様子に千雨が気付いて声を掛ける。

「何か、こうモヤモヤす るというか……何か忘れているような気がするです」
「なんだ、そりゃ?」
「こう、なにか……一ピース欠けているせいで思い出せないです」
「そりゃ、人か、物か?」

千雨はよく分からないが、対象を明確にすれば思い出せるのではないかと感じて夕映に言ってみた。

「人ですか……人、ひと、ヒト…………」

なにやら急に連想ゲームをやっているみたいに自身の裡へと入っていく夕映の姿にどうしたものかと千雨は思う。
声を掛けるべきか、掛けないべきかと悩んでいたが、お腹が空腹を訴えてきた。
朝から緊張して、朝も昼もあまり食べていなかったと一日を振り返り、今になって事態の打開が見えてきたので夕飯までに何か軽く食べたいなと思い始めると止 まらない。

「な、なあ……エヴァンジェリンに連絡して、超包子で待ち合わせしないか?
 ほ、ほら今ちょうど営業しているはずだからさ」

食い意地が張っていると思われるのは癪だが、腹がすいている事実の前ではどうしようもない。

「に、肉まんでも食べねーか?」
「……に、肉まん、超包子……超……未来……王……って! あ、ああっ!?

連想ゲームのように千雨の声に反応して幾つかのキーワードを呟いていた夕映が叫ぶ。
何事かと思って慌てて夕映を見つめる千雨だったが、

「オ、オイッ!?」

慌ててエヴァンジェリンに向けて連絡を取ろうとする夕映に対して画面に映らないように物陰に身を隠した。
千雨は魔法使いにだけは絶対に知られたくないというジェスチャーを夕映に慌ててすると、夕映のほうも事情を知っているのですぐに頭を下げて詫びてからエ ヴァンジェリンと話し合う。
エヴァンジェリンと夕映の会話の中に千雨を知らしめるものはなく、ホッとするのも束の間、

「……非常に残念な事ですが千雨さん、貴女を確保するです」

騎士甲冑を纏い、デバイスを待機モードから本来の形態に変化させた夕映がそこに居た。

「どういう事だよ?」
「超さんのフィアンセですが……」
「あ、ああ、そう言えば、そんな与太話があったよな」

何事かと聞いてみれば、明後日の方向の話題が出て千雨は首を捻る。
この状況下で超の話題を出されても千雨には何を言っているんだと言うしかない。
しかし、千雨の想いとは裏腹に夕映が放った一言には到底納得できない点が多々あった。

「実は超さんのフィアンセの少年は……リィンさんの子孫の可能性が高いんです」
「は?……って事は未来人つーことかって! あ、ありえねーだろ!!」
「事実は小説よりも奇なりです」
「仮にだ! 仮に未来人だとして、何の関係があるんだよ!!」

譲歩したくはないが、夕映がいきなり武装して自分を確保するにはそれなりの理由があるというのは千雨にも理解できる。
しかし、此処でいきなり未来の人間が出てくる事とどう関係があるのかが分からない為に混乱していた。

「どこまで聞いているか、分からないですが」

そう前置きして夕映は話し始める。

「リィンさんの直系の子孫と仮定した場合……オラクルさんはその少年を主として万全の状態で活動できる可能性があるです」
「…………それって、そいつが聖王とかいう存在って事か?」

ごくりと息を呑んで千雨は夕映が焦った理由を理解した。
オラクルが全力で行動できる状態でないというのは聞いていたので、ハデなドンパチはないと思っていたからこそ……軽い気持ちでメッセンジャーみたいな役割 をしていた。
しかし、今の会話で状況は全く違う方向へと進み出したと否応なく思い知らされた。

「…………(神は絶対居るな。それも疫病神とか、邪神なんていう非常に嫌な神だけが!!)」

夕映が自分を確保する理由はすぐに判った。
現状オラクルと関わりが最も深いのは自分しか居ないので、オラクルと話し合う窓口としてどうしても必要なのかもしれない。

「とりあえず……寮に戻って着替え一式用意していいか?」
「察しが良くて助かるです……私も友人を殴り倒して確保というのはあまりしたくないです」
「……意外と好戦的だな?」

夕映本人も不本意そうな顔で話しているが、やらなければならないと判断すれば……間違いなくするつもりだと分かるくらい表情が強張る事で語っていた。
待ったなしの状況になり、千雨は空を見上げて恨み言の一つでも叫ぼうかと本気で思った。
どこまでも振り回される運命の少女の不幸な一幕だった。




麻帆良に降り立った夜天の騎士 七十九時間目
By EFF




「あのー?」

絶望、悲愴と言った感情を盛大に顔に塗りたくった状態の佐倉 愛衣が周囲を見渡して、ルディに説明を求める。
全く説明のないまま、このおかしな空間に転移させられて、不安が加速度的に増えてくる。

「さ、さっきのって……て、転移ですよね?」

初めて見る正三角形型の魔法陣で学園都市郊外からの移動した場所は中心部辺りに柱が三本たっているだけの……白い空間。
上を見上げて空だと思える場所も……青空ではなく、どこまでも白く染め上げられただけ。
足元も靴跡一つなく、自分達が歩いた場所を見ても靴跡が残らないという徹底された白さ。
どこまでも果てしなく続き、中心部を見失えば、自分の場所さえも分からなくなるかもしれないほどの広さ。
歩いているが、足元も今にも消え去り、虚白色の奈落の底に堕ちてしまいそうなほどの怖さが感じられる。

「…………」
「…………」

同行者――ルディ――が何も語らない為に不安は増すばかりだが、迂闊に機嫌を損ねてこの場に取り残されると本気で帰れない事も承知している。

(転移だと思うんですが……術式も、魔力の流れも全然違うんで帰り方が思い浮かばない)

精霊を介した転移とも違うし、魔法世界と旧世界を繋ぐゲートとも違うのは何とか理解できた。

「……ここは空間の狭間だ」
「空間の狭間?」

意味が完全に理解できたわけではないが、今の自分では絶対に移動できない場所だと感じ取れた。

「すぐ近くにあって、遠い場所だ」
「……謎かけみたいな場所ですね。手を伸ばせば、すぐに届きそうで……届かないような」
「なかなか良い直感だ。それだけ頭が回るくせに……おバカな連中に振り回されるのは運のなさが原因か?」
「…………ほっといて下さい」

頬を膨らまして、怒っているとアピールしてみるが、相手のルディは全く意に介していない。
寧ろ自分をからかう事で緊張を誤魔化しているような感じがして、愛衣は嫌な予感しか浮かんでこない。

「そこまでじゃ」

三本の柱まであと数メートルまで近付いた二人の前に一人の少年が現れる。
その少年を見た時から愛衣は震えが止まらずにいた。

(な、何、この人……?)

若干年上のような容姿だが、醸し出す空気というか……格の違いに心が萎縮していく。
夜間警備で鬼や異形の姿の使い魔、悪魔などと言った存在相手に戦って、慣れ始めているので少々の事では怖いとは思わなくなっていた筈なのに……怖い。
学園の魔法先生達が本気になった姿よりも気圧されるのだ。

(……高畑先生以上に過酷な実戦を潜り抜けていた?)

畏怖――自分よりも遥かに格上の存在が本気で牙をむいて襲い掛かってくるかもしれないという恐怖。
そう考えるとしっくりと当てはまり、自分が何故震えていたのか……理解した。

「此処に来られる以上はベルカの騎士に準ずる力があるのじゃろうが……これ以上は進む事はまかりならん」

まだ殺気こそ出ていないが、これ以上進めば戦う事になるというのははっきりと分かる。
愛衣はルディの服の袖を掴んで止めようとしたが、

「ちょ、ちょっと!?」

愛衣の手は届く事なく……空振りに終わった。

「……そうか、それでは仕方あるまいな」

愛衣の制止が空振りに終わり、進んでいくルディの姿に相手の少年の視線は鋭さを増した。
落ち着きを失い愛衣はうろたえた様子で二人の間に割って入るべきか考えて……絶望した。
何故なら、二人とも自分よりも遥かに強い実力者であり、割って入るという事は死を意味するかもしれないと考えさせられた。

(というか!? 私って、生きて此処から出られない可能性もあるんじゃ?)

ルディが勝てば大丈夫かもしれないが、負けたり、相討ちで終われば……元の空間に戻れない。
餓死、狂死、自分から命を絶つという自殺の三択っぽい状況になるかもしれないと思うと血の気が一気に下がる。
血の気を失った蒼白な顔で愛衣はルディの支援をするべきかと思ったが、

(は、発動体がなかった……)

魔法を発動させる為の媒介を全部ルディに没収された為にどうにもならないと思い出して……ガックリと脱力して地面に膝をつけた。

「……総天の書の管制プログラム、オラクル」
「ほぅ、そこまで知っておるというのならば……生かして帰す気はないぞ」
「……聖王にのみ従い」
「分かっていて、我を求めるというのじゃ――な、なんじゃと!?」

二人から視線を外して現実逃避へと走ろうとしていた愛衣は顔を上げる。
そこには虹色の魔力光を放射するルディの姿があるだけで特におかしいと思えるようなものがあると愛衣には感じられなかった。

「バ、バカな!?」
「騎士甲冑、展開」

ルディは相手のオラクルの動揺を余所に自身の騎士甲冑を展開する。
虹の輝きがいっそうに強まり、ルディの姿が隠れたが、それは一瞬の事ですぐに姿が見えた。
しかし、その姿は先ほどまでの普段着と違い、紺色の詰襟のロングコートに胸部、腹部を守る鎧。
両手にはガントレット状の手甲を装備し、膝から下を完全に覆うレッグアーマー。
完全武装とでも言いたくなるような軽鎧を纏ったものだった。

「聖王の印に虹の魔力光まで持っておるか……」
「……ツイン・リンカーコア、フルドライブ」

ルディが呟くと同時に魔力が一気に放出されていく。

「キャ アァァァァッ!?」

愛衣は暴風とも言えるルディが噴き出す魔力の勢いに飲み込まれ、真っ白な地面を転がっていく。

「な、 な、なんなんですか!?」

地面に這い蹲る形で愛衣は吹き飛ばされない様に堪えようとする。
今の愛衣の心境は後悔ばかりしか湧いてこない。

(ど、 どうしてお姉さまは……こんな人にケンカを売ったんですか!?)

魔法世界にいる野生種のドラゴンだって、目の前のルディ以上の魔力を出す事なんてできないと本気で思う。
停電時に感じた事のある真祖の吸血鬼のエヴァンジェリンさんだって、ここまで放出した事はなかったのに軽々と出してる。
こんなものを見てしまえば、自分達が如何に危険な橋を渡ろうとしていたのか……恐怖と後悔しか浮かんでこない。

「貴様は一体何者じゃ!?」

魔力の暴風の中でオラクルの声が聞こえてくる。
オラクルの声が愛衣に届いた時、ルディが魔力の放出を止めた。
ホッと一息つけると思った愛衣だったが、ルディの次の一言を聞いて……耳を疑った。

「俺の名は……ルディン・夜天・ベルカだ」
「な、なんじゃとっ!?」

流石に信じられなかったのか、驚いた表情でルディの顔をじっと見つめる少年。

「…………や、夜天さんに親戚の方って居たんですか!?」

愛衣にしても、自分の知り合いのリィンフォース・夜天の身内っぽい名前だけに途惑っていた。

「だーかーらー、百年先の未来から来たって言ったろうが。
 あんまり人の話を聞かないようなら、本気であのキーワードを「す、すみません!!」……」

少々機嫌を悪くしたルディの言葉に愛衣は蒼白な顔で何度も必死に頭を下げていた。
この何も障害物のない場所で用を足すような事態など絶対にしたくはないだけに悲壮感溢れる様子だった。

「…………あり得ぬと言いたいところじゃが、現実はこうしてある以上は信じるしかないのかもしれんな」

納得できないが、どうしても納得しなければならないと言った状況だとオラクルは顔を顰めていた。
未来から時を遡ってやってきたと言われても普通は半信半疑どころか、ありえないと否定されてもおかしくはない。
思考が柔軟なのか、オラクルは複雑な気持ちでルディに目を向けていた。

「柔軟な思考回路をお持ちで助かりますよ」
「絶対、確実などという言葉を鵜呑みにするほど……まだ弛みきっておらんよ。
 戦場に於いてだけではなく、いつ想定外の事が起きるか分からんならば、こうして受け入れようとする姿勢は必要じゃ」
「流石だ。安心していられる安全な戦場上がりのバカ魔法使いとは「あんなのと一緒にするでない」」

感心するルディに辟易した顔で話すオラクル――総天の書の管制人格プログラム。

「ま、この時代のオラクルさんも頼れる人だと分かって一安心だ」
「……名を知られているか」
「光刃の将、穿槍の騎士、輝盾の守護龍、命照の騎士とも顔見知りだけどな」
「それも知っておるのか」
「断ち斬る者、命を貫く者、天空より焼き尽くす龍、最後の護り手とか…な」

近くで聞いていた愛衣は全く分からないが、オラクルにはそれで十分だった。

「よかろう……そのまま進んで試しを受けるが良い」

壁のように立ち塞がるのを止め、横に退く形でルディの歩みを邪魔しないようにしたオラクル。
愛衣には全く分からないままに進む状況に、どうしたらいいのかと二人に向けて視線を彷徨わせて頭を抱えていた。
ルディはゆっくりと三本の柱の中に入り、その中心部にある台座に置かれている本に手を当てる。

「では、選定の儀を始めるぞ」
(もう……いいです。私って、ホントに……運がないのかも)

ルディが本に手を置いたのを確認したオラクルが厳かに告げる。
愛衣は自分が蚊帳の外に置かれているのはしょうがないと開き直って見物に回ろうと決めた。
ルディの足元に愛衣には全く理解出来ない魔法陣が描かれると同時にその姿が……本に取り込まれた。

「さて、新しい王族の実力を試させてもらうとするか?」
「…………王族?」

様々な感情が入り混じった表情で呟くオラクル。
妄執に囚われた連中の執念が成就したと思うと負の感情しか湧き上がってこない。
自分達の時間が再び動き出す喜び、しかし大切に思っている末娘の事を思えば……喜べはしない。

「あ、あのー?」

自分の中にある感情の整理をどうしたものかと悩んでいたオラクルに愛衣が恐る恐る声を掛ける。

「……なんじゃ?」
「う、うぅ……」

ジロリと睨むようなオラクルの視線に愛衣は腰が退けながらも……踏み止まる。

「ル、ルディさんは何処に?」
「生憎じゃが、魔法使いには教える気はないぞ」
「…………そ、そうですか」

にべもなく告げるオラクルに愛衣は誰か自分に優しくして欲しいと真剣に願いつつ会話を何とか続けようと頑張っている。

「ま、魔法使いがお嫌いなんですか?」
「当然じゃろう」
「と、当然ですか?」
「当然じゃ。貴様らがこの世界で好き勝手しておる事に好意を抱く愚か者ではないぞ」
「好き勝手って……」
「魔法の秘匿を旨としながらもボロボロとバレる様な事態を引き起こす連中ばかりじゃな」
「…………」

思い当たる事が有り過ぎて愛衣は反論できない。
この学園都市で夜な夜な活動する自分達が噂になっているのは……秘匿が完全じゃないからだ。
事情を話せば分かってもらえるかもしれないと思うと同時に更に踏み込まれて絶句しそうな気持ちがひしめき合って口篭る。

「一つ聞くが」
「は、はい。なんでしょうか?」

向こうから会話を切らせないようにしてくれたと思った愛衣は軽い気持ちで何かと尋ねるが、

「貴様らはあの子供先生……確かネギ・スプリングフィールドを何故切り捨てんのじゃ?」
「……え?」
「親がサウザンドマスターと言ったか? 確かに世界を救った英雄らしいが……親は親、子は子じゃろう。
 期待するのも構わんが……人の孫娘を巻き込むのならが容赦せんぞ」

また自分では答えられないような質問をされて、頭を抱えるしかなかった。

「…………何やっているんですか、ネギ先生?」

オラクルが知り合いの一般人から聞いたとの前置きで聞かされたネギの普段の行状に愛衣は項垂れる。
魔力制御失敗で発動するクシャミの武装解除の魔法による女子生徒へのセクハラ行為。
本人に悪気はないみたいだが、やっている事は許される事ではない。

「この分じゃと、他でも何かと暴走しておるようじゃの?」
「う、うぅ……(否定できないかもしれない)」

ネギの周囲が騒がしいとは風の噂で聞いていたが、魔法暴露関係の問題を引き起こしていた可能性があるだけに頭が痛い。
周囲に注意する魔法先生が居ないだけに何が起きているか、愛衣には把握できていないので答えようがない。

「フン、親の七光りで甘やかされた子供を叱りもせずに期待するだけでは……ダメじゃな」
「……ま、誠に申し訳ありません」

自分の所為ではないが、魔法使い全体の不始末と思えば……詫びるしかない。
期待の新星と言えば、聞こえは良いが、学園長に指示で顔を合わす事も出来ずに全く情報が下っ端の自分には入って来ない。
同じ学び舎ではあるが、学年が違えば噂程度でしか耳に入ってこないし、3−Aと言えば、あの高畑先生でも手を焼いている問題児の巣窟っぽいのであまり関わ りたくないという気持ちもあった。

(が、学園長! もう少しきちんと先生の指導をお願いします!!)

ただでさえ格上の相手で肩身が狭いのに、話す事は自分達の失点ばかりで……遣る瀬無い。
愛衣は確実にこの広い壁のない空間なのに、自分が見えない壁際にまで追い詰められた気がしていた。
この後、選定の儀を終えたルディが四人の守護騎士と共に現れる光景を愛衣は見る事になる。
とても神秘的で英雄譚のワンシーンのようにルディに忠誠を誓う騎士達の姿に感動した。
しかし、その感動など木っ端微塵になるような扱きが始まる事を本人は全く知らない。

「何、痛いのは一瞬さ」
「え゛?」
「全くだな。主ルディの従者ならば、この程度の試練など笑ってこなしてみせるだろう」
「…………ちょ、ちょっと!?」
「ふむ。では、私からにしようか」
「あ、あのっ!?」
「安心したまえ。致命傷の一つや二つ、すぐに治してみせる」
「で、ですからっ!?」
「時間も惜しいから始めるとするかの」
「だ、だからっ!?」

全く自分の話を聞かずに進めていく面子に愛衣はルディの助けを求めるが、

「……グッドラック」

ルディはにこやかに笑って、愛衣を戦闘狂達の前に差し出した。

「ふ、不幸です!!」
「何を言う! 我らの教えを直々に受けられる幸運を噛み締めんか!!」

自身の不運さを嘆くが、誰からも不運とは思われずにいた。
しかし、この過酷な修行で一気にレベルは上がっただけに運が良いのか、悪いのか……本人もどう答えれば良いのか苦悩したが。




麻帆良学園都市、結界内部にある森林でリィンフォースは人を待っていた。
人の手が入っていない森の奥にぽっかりと開いた場所がある。
正確には以前、雷が落ちた所為で木が倒れ、一部が焼けたおかげではあったが。
倒木に腰を掛けて、早く来ないかと退屈そうに待ち人が出現するのを待つ。

「む、そろそろだね」

予定通りの時間に次元転移の反応が現れて、リィンフォースは腰を上げて立つ。
見慣れたベルカ式の魔法陣が目の前に描かれて、薄っすらと幾つもの人影が見えてくる。
魔法陣の輝きが徐々に消え、やがて完全に消失した後には、

「よっ、相変わらず美女というにはちと早いが綺麗だぜ」
「いつも言うけど、口が軽い男は好みじゃないわよ」

どんな時も口元だけは常に笑みを浮かべた状態を維持している飄々とした男というのがリィンフォースの第一印象だった。
軽薄そうで頼りない、取るに足らない奴と最初は侮っていたが、今はそんなイメージを抱いた自分を情けなく思っていた。
この男が、彼らの一族が魔法世界全域に張り巡らされた情報網を、独自のネットワークの中枢を担っているのだ。

「キツイねぇ。そういうところも嫌いじゃないけどな」
「はいはい。で、お願いした人は連れてきてくれたの?」
「もちろん。可愛い彼女のお願いとあっちゃ、お任せあれ」

そう言って目の前の男――リューク――は隣に居たフェイト・アーウェルンクスをリィンフォースに引き合わせる。

「あれ? 確か…フェイト・アーウェルンクスさん」
「……君は、リィンフォースだったか?」

京都で一度顔を合わしただけの二人だったが、実力はきちんと目にしていたので憶えていた。

「リィンフォース・夜天よ」
「……フェイト・アーウェルンクス」

リィンフォースが差し出した右手をフェイトは怪訝な顔で見ながらも自身の右手を出して握手する。

「……僕が不意打ちするとは思わなかったのかい?」
「そんな無意味な事をするような感じはしないし、一応リュークの事は信用しているのよ」

フェイトの問いにリィンフォースはあっさりとリュークを指差して答える。

「今のところ、リュークが紹介した人物は……ハズレはないの」
「……そうかい」
「そういうこった。リィンは将来俺の嫁さんになるんだぜ。
 迷惑を掛けるような人物は一切紹介する気はない」

楽しげにフェイトの肩を叩きながらリュークが事情を話す。

「だから、私は嫁になんかならないって言ってるのに」
「分かった、分かった。婿入りしろって事だろ。お袋さんを放っておけないって言いたいのは理解してるよ」
「……確かにエヴァと茶々丸を置いて行けないのは事実だけど、リュークの嫁になるって言ってない!」

憤慨とまでは行かなくとも若干怒った様子でリィンフォースがリュークに抗議する。
会う度にこの話をするのでリィンフォースとしては止めて欲しいという気持ちで一杯なのだ。

「……何故、僕を呼んだのかを聞きたいんだが?」

二人の会話を若干白い目で見ながら、フェイトは尋ねる。
自分達の計画に新しい選択肢を齎すかもしれないは聞いていたが、他にもやって欲しい事がある様子らしいと気付く。

「黄昏の姫巫女に状況説明ってヤツを頼みたいんだよ。
 後、必要なら封じられた記憶の回復もだな」
「……なるほど」

麻帆良に居るのは既に知っているので好都合というのは間違いない。

(この場で奪って、ゲートを一気に潰してしまえば、ジャック・ラカンだけに注意すれば良いのかな)

今回の麻帆良行きは想定外でもあったが、自分にも十分なメリットがある事は間違いない。
あの紅き翼の面子をこちらに押さえておけば、かなり有利に事を進めるのだ。
しかも、今回は更に好状況と呼べる可能性が高い。
黄昏の姫巫女をここで奪っても魔法世界へと戻る為にはゲートを使うしかない。
その為にゲートへの監視が厳重になれば、普通はどうにもならないが、今の自分には別の移動手段があるのだ。
魔法使い達の目ががゲートに集まり、ゲートに自分達が向かわなければ……まだ旧世界に潜伏していると思わせる事が出来る。
この世界で必死に捜索している間に自分たちは悠々と計画を進められると考えると悪くない。

「今のあのお姫さんはなんもかんも忘れちまっている」
「……そうみたいだね」
「言い方は悪いが、あの姫さんは家族に散々利用され、助けてくれたはずの男も利用した姉に奪われたもんだ」
「…………」
「実際に護ってくれたヤツは老人達の都合で殺され……自分も身勝手な理由で記憶を奪われた。
 辛い事だってあったかもしれねえが、幸せだった時間だってないわけじゃねえ」
「…………それで?」

何が言いたいのかは分かっているが、フェイトはその先を促す。

「記憶を消して、身を守る術を奪っておきながら、今度は自分達の都合でまた利用するってどうよ?」
「サイテーね」

聞いていたリィンフォースが不快気に顔を顰めて呟く。

「しかも自分を助けると言いながら、よりにもよって利用し続けた女と駆け落ちして無責任に放り出した男の息子の従者だ」
「……随分、悪辣な手を打つんだな」
「だが、否定できない事実でもある」

辛辣な言葉で皮肉を込めてフェイトは言うが、フェイト本人もその事実は否定しない。
実際にやり方次第では再び立ち上がって、自分達とは違う方法でこの困難に立ち向かう手段もあった筈なのだ。

「無責任な老人どもを増長させたのはだーれだ?」

からかうような口調で今日に至る原因を作ったのは誰かとリュークはフェイトに問う。

「……そうだね。君達が正義の魔法使いの味方じゃない事は今更だったか」
「そういうこった」

周りに居る術者達を見渡してフェイトは今更だった事を再確認した。

「どちらにしてもお姫さんの協力は必須だろ?」
「それは否定しないよ」
「自発的に味方になってくれるように誘導するのは悪い事か?」
「それも否定しないさ」
「今まで話した事は嘘じゃないぜ。ただ全体かどうかは別だがな」
「……分かったよ」

必要な手段である以上は手を汚す事だって厭わないのはいつもの事だとフェイトは思う。

「で、方針は決まったの?」
「ああ、今更ながらの話ではあるけどね」

リィンフォースの問いにフェイトは肩を竦めて返事を返した。

「そういう事だ。で、こっちの可愛い我が嫁さんにも説明をお願いするぞ」
「分かったよ」
「プレゼン次第では頼りになるお袋さんも味方になってくれるかもな」

全てはフェイト次第と問題を放り出した感じのリュークのセリフだが、フェイトはいつもの事と割り切っていた。
状況が好転しているのは間違いなく、事情を全部話してしまえば、協力してくれる可能性は高い。
敵の敵は味方というわけじゃないが、最低でも中立にしてしまえば……面倒事が減るのは間違いない。

「だから、私は嫁になるなんて一言も言ってないわよ」

リュークに抗議するリィンフォースを見ながら、フェイトは自分達とは違う魔法が齎す可能性に若干の期待を持っている。

(……彼女が自分の命さえも捨てて生み出した可能性か)

これしかないと思い……これまでやってきた。
そこに感情はなく、与えられた役目を行ってきたという感情を一切挟まない行動だけのはずだった。

(……なんだろうな? 自分でも分からないが、これは……楽しみという期待感かもしれない)

何が起きるかはまだ分からないが、決して悪いほうへは進まないと何故か感じる自分が居る。
そんなあやふやでよく分からない胸の昂ぶりを悪くないとフェイトは感じていた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

フェイト側からの事情説明が入ります。
魔法世界が抱える問題を解決する手段がリィンフォースにはあるんです。
まず崩壊した際の移住先が旧世界だけとは限らない事。
肉体の問題を解決する手段もあります。
それらに関しての説明は後々しますのでお待ち下さい。
まあだいたい予想できると思いますが。

それでは次回でお会いしましょう。




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