「……よろしかったか?」

高畑・T・タカミチとの接触を終えたルディに総天の書の守護騎士の将であり、光刃の騎士シュナイダーが声を掛ける。

「別に僕が横から手を出しても勝てないと言うか……世界が認めないだろうね」
「なんだ、そりゃ?」

意味が分からずに首を傾げる穿槍の騎士クラン。
とても深い意味がある事は理解しているが、どうも今一つ納得出来ていない様子だった。

「ふーん、なかなかにリスクの在るものという訳か……時間移動とは」
「そういう事だよ。俺やリンが来た事で未来からの情報が世界に流出し……未来の一部が確定する」

命照の騎士ハーレイはクランとは逆に時間移動のリスクを察して嫌そうな顔へと変化している。

「……主ルディンが来た事で本来は不確定なはずの未来の一部が決まったという事か?」

黙って聞いていた輝盾の守護龍ヴィオラが自身の予想を口にして問う。
周囲を警戒しながらも、その視線はルディから外れていない。

「ま、概ねそんなところさ。リンや俺が来た事で魔法使い全体の運命は、ほぼ確定し……色々面倒事が起きるかな」

―――面倒事か? 夜天の娘も渦中におるのか?

ルディの内側から問い掛ける声がある。
その声は機嫌は良くなく、心配する響きがあった。

「渦中と言うか、ど真ん中にだね。
 むしろ、御先祖様が居たからこそ……最悪の状況は回避できたし」
「最悪とは?」
「十一億以上の亜人種を含めた命の消失」
「なんと! 魔法使いは何をしていたのだ?」
「裏でコソコソと蠢いて……時間切れで我先にと逃げようとしてたらしい」
「だらしない連中だな」

シュナイダーが魔法使い達の不甲斐なさに呆れていた。

「自分達がこの街を護っていると自負しているようだが、自分達の生息圏を確保する事も出来ぬとはな」
「なんの因果か、御先祖様は……色々と巻き込まれた末に問題を解決できる渦中の人物となったわけです。
 当然、自分達さえ無事ならそれで良いと思うゲスな連中は……奪おうとしたんですよ」
「クズどもが」
「いい性格してるぜ、ホント」

シュナイダーが嫌悪感を溢れさせて唾棄し、クランもそのダメっぷりに呆れている。

「助ける義理もないし、救う気もないね」
「…………焼き滅ぼせ」

ハーレイもやる気が更に下降して、魔法使いが泣き叫んで助けを求めても、助けないと呟き。
ヴィオラはヴィオラで後腐れなしの行動を取るべきと判断していた。

―――口惜しいの。そんな面倒事に手を貸してやれぬのか

あくまで今の状態は仮初のものであると分かっている。
いずれ自分達は眠りに就かなければならないと知っているからこそ、力になれない事が悔しい。

「そうでもないよ。これから事情説明して、必要な知識を……知恵を授けるだけでも十分さ」

慰めるような感じのルディのフォローに声の主――オラクル――は何も答えない。
本人としては出来うる限りの助力がしたい。
もし荒事となるのならば、その危難を自分の手で取り除いてやりたいと思っていた。

「落ち込んでいる暇はないよ。ナハトさんの復活には――なんじゃと!?―――」

あり得ない事を聞かされて、ナハトという人物を知らない愛衣を除く全員が驚きを隠せない。

「夜天の書の守護騎士の皆は失うけど……ナハトさんはリィンフォース・夜天の子供達が助ける」

―――そうか、その時こそ我らの力が必要となるのじゃな

事情の全てを知ったわけではないが、おおよその予想がついたオラクル。
今、時間移動の話をしたのもそのための伏線と判断したみたいだった。

「……かなり厳しい条件をクリヤーする事になるけどね」

―――フン、そんな事くらいで我等ベルカの騎士は諦めぬよ

困難な状況になろうとも失い、二度と取り戻せない人を救えるのならば、一歩も退く気はないとオラクルは言う。
そして、守護騎士の四人もまたオラクルの言葉に同意して頷いていた。

「……私、独り蚊帳の外なんですね」

全然状況が理解できず、放置プレイ中の佐倉 愛衣は青い空を見上げて寂しげに呟いていた。
一行の足取りは愛衣を除き……軽いものになった事は言うまでもなかった。
目指す先にあるのは森の中にある一軒のログハウス。




麻帆良に降り立った夜天の騎士 八十一時間目
By EFF




「は、はじめまして! か、神楽坂 ア、アスナですっ!!」

幾分、緊張気味の様子で神楽坂 アスナはフェイト・アーウェルンクスと向かい合っていた。

「……随分、昔の君とは変わったものだね」

アスナを見つめるフェイトの様子は若干途惑っているようにも同席しているエヴァンジェリンには見えた。

「そんなに違うのか?」

思わず呟いたエヴァンジェリンの一言にフェイトはあっさりと首を縦に振る。

「昔は自分から挨拶なんてするような能動的な子じゃなかったね」
「……そうか」
「はっきり言うと魔法や薬物で思考を殺された状態に近かったんだよ」
「……道具扱いか?」
「そんなところだよ。おそらく年齢だって見た目通りじゃない。事実、成長を遅らせる処置をされていたから」

淡々とした様子で話すフェイトにアスナとエヴァンジェリンの表情は沈んでいる。

「……分かっていたけど、ロクな人生じゃないって事よね?」
「力を利用しようとしていた僕が言うべきじゃないのも事実だが」
「どういう事よ?」

激し易いアスナの表情が険しいものへと変わっていく。

「……ウソで誤魔化して欲しいのかい?」
「…………」

アスナの苛立ちなど全く気にしないフェイトに、アスナはどう返すべきか逆に困惑する。
正直なところ、今のアスナにしてみれば、麻帆良に居る魔法使いはちょっと信用できない。
どう考えても学園長辺りは自分の力を利用したがっているようにも見えるし、自分の保護者の高畑さえも学園長の考えに反対しているわけじゃなさそうな感じ だった。

「……なんで私の力が必要だったのよ?」
「世界を……救うためさ」
「ほぉ、随分と壮大な話だな」

少し興味を持ったのか、アスナとフェイトの間にエヴァンジェリンが割って入る。

「世界を救うか……英雄――マギステル・マギ――にでもなりたいのか?」
「そんなゴミにはなりたくないね」

からかうような響きのあったエヴァンジェリンの問いにフェイトは表情こそ変わっていないが、声には不快さがあった。

「ゴ、ゴミって……?」

聞いていたアスナは自分の身近にいる魔法使いの少年――ネギ・スプリングフィールド――が楽しげな顔で語った方向とは真逆の答えに苛立ちが霧散し、困惑し ていた。

「ナギ・スプリングフィールド、彼は僕達の主を否定したくせに同じように自分の力だけで救おうとした。
 僕から見れば、彼はね……責任ある立場になって多くの人々を救うのを放り出して自分だけで成し遂げようとしたんだよ」

表情こそ変化はないが、言葉の端々に嫌悪感が滲んでいるとアスナは感じた。
隣で聞いていたエヴァンジェリンも無責任さと言う点に関しては全く否定できないと思っていた。

「最も彼の場合は事情を知らずに戦争に参加して、最後の最後の土壇場で知ってしまった不運さもあるけどね」
「それは仲間の誰かは凡その事情を知っていたという訳か?」
「……少なくともアルビレオ・イマは大体の事情を察していたと思うよ。
 彼は自分達の仲間の勢いを失わせるのは不味いと思ってたのかもしれないが……」
「……なるほどな」

ありえる可能性を示したフェイトにエヴァンジェリンが納得する。
紅き翼のメンバー構成を考えれば、事情を知ってしまえば……動きが鈍る可能性があるかもしれなかった。

「でも、なんでこの世界が滅びるのよ?」
「此処じゃないわよ、アスナ。滅びるのは火星に重ねるように造られた魔法世界よ」

今まで口を挟まなかったリィンフォースがアスナの疑問に答える。

「…………どうして分かったんだい?」

フェイトが何故知ったのかを問う。
もしかしたらリィンフォースには気付かれているかもとは思っていたが、本当に知られていたのかと思うと警戒心が出てしまう。

「転移座標がおかしかったのよ。
 次元世界の一つかと最初は思ったんだけど……火星の座標と同じで位相だけが違ったしね」

次元転移で別の次元世界へと移動出来るリィンフォースとて最初は魔法世界も次元世界の一つだろうと考えていた。

「あの変なゲートというか……アレは正直な話、非常にマズイと思うの。
 本来は違う時間の流れを強引に繋ぎ止めるは、ゲートは完全に閉じられてもいないし」
「閉じられていないだと?」

エヴァンジェリンがリィンフォースが話す情報に疑問符を浮かべて聞く。
自分の考えではゲートは普段は閉じられているから門として活用しているものだと考えていたが、どうも違うらしい。

「一応魔法使い達は閉じていると思っているんだろうけど、無理矢理繋げているから……向こう側からの魔力素子が漏れてる」
「魔力素子って何かな?」

予想は付くが、フェイトは自分達と違う魔法を使う人間から見た今の状況を知りたくて尋ねる。

「魔力素子っていうのは、私達がリンカーコアに取り込んで魔力に変換する為の力の源かな」
「リンカーコア? それは僕達にもあるのかい?」
「なければ魔力を生み出す事は出来ないものよ。
 そもそも魔法使いはどうやって魔力を発生させるのか……知っているの?」

リィンフォースに問われた事にフェイトは答えられない。
魔法使いの常識としては大気中にある魔力の源を自分達が取り込んで魔力として活用する。
何故、取り込めるのか? 何故、魔力になるのかは自分達でも良く分かっていない。
事実、魔法使いは漠然とした反復練習によって自己の魔力の流れを自覚して、魔法を使用するようになるのが基本だ。
生まれながらに強大な魔力を持つ者でもこの事実は変わらず……普遍的で当たり前の常識。

「私達、魔力を扱う者は大なり小なりこのリンカーコアを持っている。
 逆に無い者はどう足掻いても魔力を自力で生み出せないが故に……魔法が使えない」

はっきりと断言するリィンフォースにフェイトは自分の中に在った常識の一部が書き換えられていくのを感じていた。

「ね、ねぇ……魔力なんとかが漏れているって何よ?」

全くちんぷんかんぷんな話に付いていけないアスナが最初の疑問を困惑した顔で聞いてくる。

「簡単に言うと大昔に魔法使いが火星を丸ごと結界で包んだんだけど……」
「何となく、そこは分かった」

アスナの質問に答えながら、リィンフォースがフェイトの方を見る。
リィンフォースの視線に気付いたフェイトが頷いてその先の答え合わせを促す。

「結界を構成し、維持する為の魔力が中途半端に閉じられたゲートを通じて、この世界に漏れているのよ」
「…………水道の蛇口の水漏れ?」
「ま、そんな感じだと思って良いわよ。
 問題は流出する魔力が半端じゃない量で結界を支える分まで漏れて……維持出来ないの」
「…………維持できないとどうなるの?」

嫌な感じが多大にするが、専門家じゃないアスナは不安だらけの様子で先を促す。

「当然結界は維持できずに壊れて……人の生存が非常に厳しい火星の大地に投げ出されるだけよ」
「え、ええ――――っ!!」

リィンフォースははっきりとは言わないが、それが大変な事だとアスナも気付いた。

「ちょ、 ちょっと――ぉ!! それって大勢の人が死ぬんだよね!?」
「ま、そうなるんじゃないの」
「い、 いやいやいや、リィンちゃん! もっと焦らないとダメじゃない!!」

まるで人事のように話すリィンフォースにアスナは詰め寄ってくる。
基本的に考えなしだが、大量の犠牲者が出ると聞かされれば、アスナも今の状況がいかにマズイかくらいかは理解できた。

「大丈夫よ。後十年くらいは崩壊しないと思うし……別に困るのは魔法使いだけよ」
「ま、そうだな。別に魔法世界の住民がどうなろうと知った事じゃないか」
「リィ ンちゃんも、エヴァちゃんもナニ言ってんのよ――っ!!」

激し易いアスナがあまりにも薄情な言い方の二人に吼える。

「だってさ、親代わりのエヴァの事を悪し様に言うような連中なんて嫌いなんだけど」
「私はあっちじゃ……ナマハゲ扱いだしな」

この二人のやる気のなさの原因を聞いてしまうとヒートしていたアスナの頭も冷めてしまう。

「そりゃそうか。吸血鬼って言うだけで化け物扱いだ。
 悪魔だって普通に生活できるのになんで吸血鬼だけヒドイ扱いなのかって言うと手頃な存在だからかもな」

リィンフォースの隣で聞き役に徹していたリュークがしたり顔で呟く。
実際に魔法世界では当たり前のように召喚された悪魔やその子孫が生活しているだけに、吸血鬼だから悪という考えは短絡的だと思っているのかもしれない。

「…………なんか、おかしくない?」
「元人間だったからかもな。元々自分達と同じ存在だったくせに永遠に生きて行ける様になったのが許せないとか?
 あるいは力の有る悪魔は殺せないが、元は自分達と同じ人間だから殺せるかもしれないかだな」
「自分達の汚点を消し去りたいのかもな。私は魔法で真祖になった吸血鬼だからな」

聞けば聞くほどにテンションが下がっていくのでアスナは肩を落としていく。

「なんだか……魔法使いって、バカばっかじゃないの」
「ククク、バカレッドにバカって思われるようじゃ魔法使いもお終いかもな」
「ちょっ と―――っ!! そういう言い方しないでよ!!」

エヴァンジェリンの言い様に腹を立てたアスナが怒鳴るも、怒鳴られたエヴァンジェリンは平然としている。

「で、どうやって世界を救うの?」

アスナとエヴァンジェリンに視線を少し向けた後、リィンフォースがフェイトに聞く。

「簡単に言うと、終わりと始まりの魔法を使って、あの世界に居る全ての存在を……封じる」
「……世界を書き換えるって事? 住民達の身体を分解して、情報体へと?」
「そうなるね。でもね、その封じられた世界は争いもなく、自身の望みが叶った楽園になっている」
「……苦痛もなく、悲しみもない世界か」

フェイトの言葉にリィンフォースは非常に複雑な表情で呟く。
そう、フェイトの言葉通りの世界をリィンフォースは一度体験していた。

「確かに、お前はそれを経験していたな」

エヴァンジェリンもまた先の悪魔襲撃事件の事を思い出して苦みばしった表情になっていた。

「経験していたって何よ?」

フェイトも聞くべきかと思ったが、それよりも先にアスナが行動した。

「先日の悪魔が襲撃した事件は知っているだろう」
「それは知っているわよ、当事者だったし」
「その時の悪魔がリィンに呪いを掛けた際にだ。
 リィンの心を護る為にナハト…リィンの母親が意識をさっきの話した感じの世界を見せる事で防いだんだよ」
「お母さんって……居たの?」

アスナが困惑した顔でリィンフォースの母親の事をエヴァンジェリンに聞く。
リィンフォースからは一度も聞いた事がなかったので、既に亡くなっていたんだと思っていたのだ。

「……死んではおらんよ。ただ今は少し疲れ……深く眠っているだけだ」

死んだと感じているアスナにエヴァンジェリンが不機嫌な顔で言い返す。

「ゴ、ゴメン」

慌ててアスナがエヴァンジェリンとリィンフォースに勘違いした事を謝った。

「気にしなくていいよ」
「フン、そうやって早とちりばかりしているからバカレッドと言いたくなるのさ」

気にしなくていいと言うリィンフォースとグサリとアスナに胸に刺さる辛辣なセリフを告げるエヴァンジェリン。

「あー、それなんだが……」

アスナが不機嫌な顔でエヴァンジェリンを睨み付け始めたが、リュークが話が進まなくなると思って割って入った。

「例の悪魔の事だがな……やっぱ黒幕はメガロの元老院みたいだぞ」
「ふん、やはりそうか」

リュークの言葉にエヴァンジェリンが心底嫌そうな顔で呟く。

「そもそも、封印したはずの悪魔を誰が解放したかなど、少し考えれば分かるものだ」
「まあね、封印したビンを管理していたのは誰かから調べ始めれば、自ずと答えは出るし」
「そういうこった。封じられたビンは当初、ウェールズで管理されていたが、元老院の指示で本国に移送されたんだよ」
「何の話をしているんだい?」

悪魔襲撃事件の事に関してはノータッチのフェイトが事情の説明を求める。
そして、リュークがリィンフォースに頼まれた事件の話をフェイトの聞かせると、

「なるほど、確かにそれは元老院の仕業だろうね。
 彼らにしてみれば、ネギ・スプリングフィールドは将来自分達に牙を向ける可能性が高い人物だ」
「そして、元老院に敵対する者にとっては重要な旗印にもなるしな。
 あのガキは何も知らない感じだが……アレでも一応王家の正統な跡取りだからな」

ネギ・スプリングフィールドの事情を完全に把握しているリュークは薄ら寒い嘲りの笑みを浮かばせていた。

「待て! あのぼーやが王族だと!?」
「そ、アレは災厄の女王と英雄サウザンドマスターの間に生まれた忌み子だよ」

完全に他人事なのでリュークの表情は楽しげに嗤っている。
真実を知らない魔法使いにしてみれば、英雄の血を穢すと見当違いの勘違いの末に排斥したがる可能性も有る。

「……母親の名を表に出せないわけだな」

裏事情を完全に知っているわけではないエヴァンジェリンでも、母親が誰か分かってしまうと秘密にしたがると思う。
そして、その血故に利用したがる連中は後を断たないと理解してしまう。

「ちっ! あのジジィ、そこまで考慮して……私を利用する気か」

嫌悪感を顕にしてエヴァンジェリンが学園長近衛 近右衛門に対して心の底から死ねと言いたくなっていた。
事情を事前に教えてくれたいたら……多少は考慮もしたかもしれないが、何も教えず一方的に縁を結ばせるやり方には反吐が出そうになる。

「いざとなったら、切り捨てる事も頭のどっかに入ってんじゃねえか」

火に油を注ぐように苛立つエヴァンジェリンにリュークがありえる可能性を示唆する。

「ま、遠くから監視していた程度だが、あのお坊ちゃまは純粋培養された……偽善者予備軍だ。
 家族の仇討ちと言われたら躊躇するかもしれないが、真の平和と正義を導くなんて囁かれたら揺らぐんじゃねえか?」

リュークの言い様にエヴァンジェリンはニタリと嗤う。

「ま、その点は大いにあるな。あのぼーやは疑うという事を分かっておらん。
 言葉の端々に込められた罠に気付ける聡い頭はあるんだが……父親の事となると何も見えず、考えないからな」

子供だからという甘ったれた理由などエヴァンジェリンには関係ない。
自分からわざわざ危険な方向に飛び込んできた以上は、周りがきちんと教えて諭すか、痛い目を見て……心に刻み込むしかない。

「ククク、周りはボケた考えしか持たぬ連中に本人も賢いようで常識に疎く……何も知らないか」
「さっさと死んで欲しいのか、上手く自分達の人形に貶めたいのか、今後が楽しみだぞ」

エヴァンジェリンとリュークの歪んだ笑みを見ながら、アスナは思う。

(エヴァちゃんは……もうネギの味方にはなりそうにないかもね。
 まあ、私もネギの事はかわいそうだと思うけど……魔法とは距離を取りたいし)

頼れる保護者だと思っていた学園長と高畑・T・タカミチに利用されていると知ってしまったアスナは後ろめたい感情もあるけど……ネギには必要以上に近付き たくない。
まだ事情は分かっていないが、自分が何らかの事情で魔法から遠ざけられたのは間違いない。
そして、今になってその事情も満足に教えずに流されるままにネギの従者になってしまったのを二人は注意もしなければ、心配している様子も感じ取れない。
いや、心配はしているかもしれないが、それ以上に自分とネギを使って何かしたがっているように思えた。

(……お先真っ暗な私の人生ってどうなんだろ?)

自分の今後を考えて、本気で黄昏てしまっているアスナであった。

「アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア……」
「え?」
「それが君の本当の名前だ」

アスナの側に来たフェイトが神楽坂 アスナになる前の名を告げる。

「じゃあさ、神楽坂って偽名?」
「そうなるね」
「ずいぶん長ったらしい名前ね」
「長いと言われても、君も王族だって事を……忘れていたんだね」
「ゴメン、その辺りの事を言われても、どう答えたら良いのかわかんない」
「……封じられた記憶を取り戻す方法はあるが、それは今の君にとって良い事とは思えないかもしれない」

フェイトの声は淡々としたものだったが、何か嫌な予感をアスナは感じてしまう。

「どうしてよ?」
「今現在の君と過去の君は全くの別人と言って良いほどの違いがあるのはさっき話した」
「……う、うん」

強引に迫るほどの勢いはなかったが、アスナはフェイトに気圧されている。

「生きてきた時間の長さで行けば、過去の君が今の君を押し潰す形で表に出る可能性だってあるよ」
「え?」

一瞬、その意味が分からずに途惑った顔でアスナはフェイトを見つめる。

「つまり、ここに居る神楽坂 アスナという人間は記憶を奪われて……パソコンで言う処の初期化された状態なんだな?」
「は? 全然意味がわかんない」
「つまりだ。人格がOSとすれば、初期化してアップロードしたパソコンに再度古いOSをインストールするようなものだ」
「……驚いたな。まさか闇の福音がパソコンのOSなんて」

フェイトは唖然というか、驚いた様子でエヴァンジェリンの説明を聞いていた。
まさか、六百年生きた魔法使いからコンピューターのOSという形で説明するとは思わなかったからだ。

「…………好きで覚えたわけじゃないぞ。
 リィンの魔法はな、私たち魔法使いが使う文系の魔法と違って……理系だからな」

苦々しい表情でエヴァンジェリンは全く違う体系の魔法を覚える苦労を思い返していた。
所詮は同じ魔力を使うものと高を括っていたが、実際にやってみると知恵熱が出るんじゃないかと一度は思ってしまうほどに梃子摺ってしまった経緯があるの だ。

「だろうな。俺たちも最初は苦労したよ」
「…………否定しません」

ずっと無言のままでリュークの後ろに控えていた長身の青年も疲れた声音で話す。
実際に彼らの一族の大半のものが必死に新しい体系の魔法を覚えようと頑張ったのだ。

「じゃあ……私は消えちゃうの?」

不安そうな顔でアスナは記憶が戻る事で自分が過去の自分に上書きされて消えるのかと尋ねる。

「案外大丈夫だと思うけどね」
「へ?」
「……それはどうしてだい?」

リィンフォースが、アスナに不都合な事態にはならないと告げ、アスナは呆気に取られ、フェイトは不思議そうに見ている。

「もともとの人格って、ほとんど感情を殺された状態で、言っちゃ悪いけど……自我なんてあったの?」
「ある事はあったけど、かなり薄いとしか言えないね」
「確かにリィンの言うように、それが一番重要だと私は思うぞ」
「多分だけど、今のアスナがベースになるんじゃない?」

リィンフォースが出した結論にフェイトは若干の時間を挟んで答えた。

「…………確かにその可能性はあるかもしれない」
「記憶を消したところで、頭の中を弄くらない限りはその人間の本質が極端に変化せんよ」

エヴァンジェリンもリィンフォースの考えに同意しつつ、アスナの方を見て薄く笑みを浮かべる。

「昔から言うだろう……バカは死ぬまでバカだと」
「ちょっとエヴァちゃん……それってさ、私が死ぬまでバカって言いたいの」
「なんだ、今頃気付いたのか? 昔から言うじゃないか、バカは死ななきゃ治らないと」

クククと楽しげに笑うエヴァンジェリンに、アスナの身体は震えて、怒りの沸点が限界を超えようとしているが、

「そ、そうよね。昔からおばあちゃんは格言みたいな事をよく言うもんね」

どうやら少しは学習したのか、手でなく、口撃で反撃しようとした。
しかし、エヴァンジェリンは急に視線を鋭くして、

「……遊びの時間は終わりらしい。もう一つの客が来たようだ」

別荘の入り口であるゲートの方へと顔を向けた。
リィンフォースも顔をゲートへと向け、視線を鋭くして警戒している。

「戦乱の世を生き抜いた……異なる世界の魔法の英知を持つ生きる魔導書か」
「……生きる魔導書?」

道具が生きているという不思議な表現にフェイトは反応する。

「自我を持って、時に自己の判断で行動するって事よ」
「へー、そりゃまたすげー代物だな」

リィンフォースの非常に簡単な説明にリュークが感心している。

「デバイスの一種か?」
「相変わらずいい勘してるわね、その通りよ」
「ふぅん、アームド、ストレージ、インテリジェント以外のヤツは初めて見るのか……楽しみだな」

二人の会話を聞きながらフェイトは考える。
リュークの部族が得た新しい魔法にはデバイスという物があれば、使い勝手が良くなると聞いている。
二人が漏らしたキーワードから、デバイスには四種類あるとフェイトは考える。

(……目的に応じて使うのか、それとも能力の差で分類するのかな?)

興味がない訳ではない……どちらかと言うと非常に興味をそそられている。
次元転移という技術を知った時から、フェイトは自分も使ってみたい気がしないわけではない。
違う系統の魔法を覚える事で、魔法使い達の思考の裏を掻いて、出し抜く事も出来る。

(なんにせよ、今は彼女達のご機嫌を損ねるのはしないのが得策だね)

敵対は避けて、こちら側に取り込めば……魔法使いとは異なる発想から生まれる思考で有利な展開に持っていけるかもしれない。

「必要なら……手を貸そうか?」
「それは最後の手段だ。まずは話し合いのテーブルに着く事から始めるさ。
 私達は短慮な行動で自爆する連中とは違うのでな」

エヴァンジェリンに囁くような形でそっと話したフェイト。
しかし、エヴァンジェリンは短慮な行動ばかりしている魔法使いを揶揄するような言い方で……保留の回答を出した。

「やはり、すぐ熱くなる連中とは一味違うね」
「フン、あんなのと一緒にするな」

不愉快そうに鼻を鳴らしてエヴァンジェリンは注意深く周囲の状況に意識を向ける。
油断なく警戒態勢を取るエヴァンジェリンに、フェイトは彼女をここまで警戒させるほどの存在なのかと思う。

(僕に対してそれなりに警戒していたのに……今はその警戒さえも放棄している)

ここに来てからずっとエヴァンジェリンはフェイトに隙を見せなかった。
しかし、今は自分に向けていた意識さえも向け始め、今なら不意打ちだって出来そうなほどの隙を見せているのだ。
それほどまでに闇の福音を警戒させる相手なのかとフェイトは内心で驚いていた。
実際はリィンフォースの子孫から、リィンのお相手の事を聞かされるのではないかと思ってドキドキしているだけだったとは想像できないだろう。

(…………まだ覚悟完了し取らんのに来るとは気が利かん奴等だな)

もっともフェイトもこれから会う相手に驚かさせられるとは想像していなかった。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

魔法世界編での謎解きが前倒しっぽい感じです。
少なくともアスナ、エヴァンジェリンは原作から乖離していく予定です。

それでは次回でお会いしましょう。




押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

<<前話 目次 次話>>

EFFさんへの感想は掲示板でお願いします♪

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.