元親は愛紗と共に、略奪から生き残った人達の探索を続けた。
だが動く人影は無い。あるのはもう永遠に動く事がない死体だけだ。
元親はそのまま置いてはおけないと、左手で抱えている子供の顔を一瞥する。
表情は出会った時と変わらなかったが、眼に少しだけ光が戻っていた。

「――もう、この村の奴等は全員死んじまったのか……?」
「……分かりません。とにかく鈴々を探して、事情を聞きましょう」

元親が誰に聞いた訳でもない独り言と言うべき言葉に、愛紗が震える声色で答える。
沈痛な面持ちで見ていた愛紗も、この状況には戸惑っている様子が元親には聞き取れた。

目的としていた街がこの惨状なのだから、ある意味では仕方なかった。
それに元親と愛紗は2人で一緒にこの街に来たのだから、一切事情が分からない。
2人はここに先行した筈である鈴々を探す事にした。

「姉者〜〜〜〜〜っ!!」

2人が動こうとした時、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
まるで隠れて窺っていたのではないかと言う、絶妙なタイミング。
正体は言わずもがな、2人が探していた鈴々である。

「鈴々! 良かった、無事だったか」
「うん!」

愛紗の顔が沈痛な面持ちから、微笑みの浮かぶ表情へと変わった。
2人が来る前にこの状況になっていたのなら、鈴々が巻き込まれたと考えるのは普通だ。
街の様子もそうだが、鈴々の事が内心気が気ではなかったのもしれない。
そんな愛紗の心情を知ってか知らずか、鈴々の表情は明るかった。

「ところでこれは一体どういう事だ? 何処のどいつがこんな真似をしやがった」

愛紗に代わり、元親が少し荒げた声で鈴々に訊いた。
鈴々はここに義勇兵を募るために先行した筈である。
それなら何かこの状況についての情報を持っているかもしれない――元親はそう思っていた。

元親の問い掛けに、鈴々は少し沈んだ面持ちで口を開く。

「あのね……鈴々達が来る前に、黄巾党の奴等がこの街を襲ったんだって……」
「何だと……!」
「そうか……少し遅かったのだな」

愛紗の沈んだ声が、この場の空気を重くする。
それは自らの無力さを思い知った時と同じような物だった。
元親が『天の御遣い』として協力し、乱世に巻き込まれた人々を救えると思った矢先の出来事である。
愛紗からしてみれば、持ち上げられた所をいきなり奈落の底へと突き落とされた気分だろう。

「でもね、生き残った人達はちゃんと居たよ。その人達はみんな酒家に集まってるのだ」
「そうか。見当たらないと思ったら、そんな所に集まってやがったのか」
「ならばそこへ行ってみよう。ご主人様、宜しいですか?」

愛紗からの問いに、元親は「ああ」とぶっきらぼうに答えた。
再び元親は左手の子供に視線を移す。変化は無い。
鈴々も元親が抱える子供に気が付き、声を掛けたりするが、反応は無かった。

せめて親に会わせてやりたい――
酒家に親が居てくれれば良い――
元親は祈るような気持ちで、生き残った人達が集まる酒家に鈴々の案内で向かった。

 

 

 

 

暫く歩いた所に目的の酒家があった。一足先に元親が中へと入る。
酒家の中は絶望が渦巻いているように思えた。中は暗くて空気は重い。
何をやっても駄目だと言う無力感さえ、酒家の中から感じ取れた。

身体中の至る所に包帯を巻いた村人達が、膝を抱えて座り込んでいる。
村人達の表情は生き残れた事を喜んでいるようには到底思えなかった。
元親はすぐさま村人達の表情から、中に渦巻いている感情を理解させられた。

――それは絶望と諦めだった。
元親には彼等が何を諦めているかはすぐに分かった。
彼等は諦めている――生きる事を諦めているのだ。

彼等からはこれからこの街を建て直すと言う気が微塵も感じられなかった。
それは愛紗や鈴々も同じだったのだろう、酒家に入った途端に2人は眉を顰めた。

「あんた達……ここに一体何のようだ?」

酒家に入ってきた元親達に声を掛ける者が1人居た。
しかし誰が声を掛けてきたのかは分からない。
村人達が密集している中、それは仕方なかった。

その言葉に元親が言おうとした途端、愛紗が元親の前に出た。

「我等はこの戦乱を憂い、黄巾党を殲滅せんと立ち上がった者だ!」

愛紗の言葉に座り込み、絶望に飲まれていた村人達が歓声を上げた。
黄巾党に襲われて絶望していた彼等からは、愛紗の言葉は天の助けに聞こえたのだろう。

「官軍が俺達を助けに来てくれたのか!?」

座り込んでいた村人の1人が、希望を見出した瞳を輝かせて立ち上がった。
周りに居る人達もそれに釣られるように、声を張り上げて愛紗に聞いた。

「……残念ながら我等は官軍ではない」

救いを求める民からの願いなのに、それに応えられない事が余程悲しいのだろう。
辛そうな顔をして、愛紗は搾り出すような声で立ち上がった者の問い掛けに答えた。
愛紗からの答えを聞き、村人達の瞳は再び絶望の色へと染まった。

「でも……みんなを助けたいって言うのは本当だよッ!!」

絶望に染まった村人達を見捨てられないのだろう。
鈴々が子供ながらの元気な声を張り上げて、励ました。
だがその声も村人達には届かない。

「ふん……子供のお前に何が出来るって言うんだ」

吐き捨てるように村人達の中の1人が、再び座り込みながら言った。

「そもそも数が違いすぎるんだ……」
「……そんなに敵は多かったのか?」
「ああ、四千は下らなかったさ……」

自暴自棄になるように、男が言葉を続ける。

「そんな人数で押し寄せられたらこんな小さな街、落とされるしかないだろッ!!」

男の言葉はこの場にいる村人達共通の思いだったらしい。
彼の言葉を聞いて村人達は表情を更に曇らせ、項垂れる。

「あいつら……また明日来るって言ってたよな……」
「どうするんだよッ!? 明日来たら、この街の物が全部持っていかれちまう。食料もッ!! 俺の嫁もッ!! 娘もッ! 全部だッ!!」
「そんなことは誰だって分かってるッ!! だけど俺達にどうしろって言うんだ!! あんな野獣みたいな盗賊達に、どうやって立ち向かえば良いんだよッ!!」

場はすっかり混乱していた。
恐怖と絶望で、皆が自分を見失っている。
愛紗と鈴々は沈痛な面持ちで、村人達の仲違いを見ていた。

「……ッ! ……馬鹿野郎共が……ッ!」

そんな中、今まで黙っていた元親が突然碇槍を思いきり地面に叩き付けた。
音が響き、地面が揺れ、大穴が開く。
言い争っていた村人達が全員黙り、愛紗と鈴々も元親の行動に唖然としていた。

「テメェ等! ちったぁ落ち着きやがれッ!! この場で言い争ってて、問題が解決するとでも思ってんのかぁ!!」

元親の怒声が、酒家に響く。
元親の左手に抱えられた子供も、元親の方を見ていた。

「どいつもこいつも、死んだ魚みてぇな眼ぇしやがってッ!! 生きるって事を、戦うって事を簡単に諦めるんじゃねえ!!」

続く元親の怒声に、村人達の身体が自然と震えた。
出会ってから初めて見る元親の様子に、愛紗と鈴々は驚きを隠せない。

「こいつを見ろッ! まだ生きるって事を諦めてねぇ。ついさっきまではこいつもお前等と同じだった。だがな、少しずつ生きるって意思を持ち始めてる。まだホンのガキだってのに、生きる事を諦めてるテメェ等より、何倍も強いじゃねえかッ!!」

碇槍を乱暴に置き、元親は左手で抱えていた子供を両手で持って村人達へ見せる。
子供は元親と出会った頃よりも、眼に光を取り戻していた。

それを見た村人達が、唇を噛んだ。

「お前等を励まそうとした、ここに居る愛紗と鈴々もお前等より何倍も強ぇ。この場で弱音を吐いてる暇があるんならな、生きのびる為に戦う努力をしろッ!!」

元親は言いたい事を言い終えたのか、子供を抱え直しつつ、村人達から背を向けた。
愛紗は元親の言葉を噛み締めるように、暫く眼を閉じた後、ゆっくりと口を開く。

「……皆、この街を守りたいか?」

愛紗からの――吹いたような――小さな一言。
元親の怒声に押された村人の耳には、しっかりと聞こえていた。

「ああ。この街は俺達の先祖達が切り開いて作った街だ。守りたいに決まっている……」

その言葉は、その場にいた村人達全員の思いを代弁していた。
村人の誰もが、目を合わせれば小さく頷く。
この場にいる全員が、この街を守りたいと言うのが総意なのだ。

村人達の様子を見て、愛紗は満足そうに頷いた。
微笑を浮かべて愛紗は彼等に提案する。

「ならば我等と共に戦おう」

その一言は絶望に塗れていた酒家を、驚愕の色に染めた。
まるで時が止まってしまったかのように、酒家が静まり返る
暫くしてから愛紗の言葉を理解した村人達が一斉に騒ぎ始める。

「だからどうやって戦うんだよッ!! あんな奴等に勝てるのかよッ!!」

代表の1人の男が立ち上がり、愛紗に叫ぶように尋ねた。
その瞳は希望と不安で激しく揺れていた。

「勝てる」

愛紗は微笑み、分かりきっているかのように宣言した。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! なんであんた達はそう簡単に……」
「我等には天が付いているからだ」

間髪入れず、何の迷いも無く、それが当然と言うように愛紗は言う。
元親は自分の事を言っているのだと思い、背を向けていた身体を村人達に向けた。

「そうなのだ。鈴々達には、強い天の遣いが付いているのだ」
「天の遣いって……神様が俺達を助けてくれるって言うのか?」
「そうだ。まだこの街には届いていないのか? あの噂が」

愛紗が怪訝そうな表情を浮かべた。
噂が届いていない事を信じられないと言うように。

「噂? なんの噂だよ」
「天の御遣いの噂だ。洛陽ではこの噂で持ちきりだぞ? この戦乱を終わらせるために、天より遣わされし英雄の話でな」

なかなかに旨い事を言う、元親はそう思っていた。
もしそんな噂が都で流れているのなら、他の国にも必ず伝わっている筈。
そしてその英雄である天の御遣いを巡って、醜い争いが起こっていた筈だ。

「その話……本当なのか?」

村人達が噂が嘘でない事を確認するかのように、愛紗に訊いた。
極度の疑い深い者だったら、ここで真っ向から否定するかもしれない。

だが今話しているのは愛紗――誰よりも弱い人を救いたいと願っている者だ。
誰もが固唾を呑んで見守る中、望んでいる答えを寸分違わず、愛紗は笑顔で答えた。

「ああ、もちろんだとも」

村人達から歓声が上がった。
先程まで絶望に包まれていた酒家の雰囲気もだんだんと晴れ、明るくなっていく。
それはまるで曇り空の隙間から、光が差しているような感覚に似ていた。
村人達の顔には大きな希望が見えていた。

「それでよ、その天の御遣いってのは何処に居るんだ?」

村人達が一斉に愛紗に詰め寄る。
愛紗はそれを抑え、胸を張って口を開いた。

「この御方がそうだ」

愛紗が元親の隣に立ち、村人達全員に見えるように宣言する。
だが愛紗の言葉に対し、村人達が向けてきたのは疑惑の眼差しだった。

「この……さっき怒鳴った人が?」
「信じられねえなッ!! このおっかない人が天から遣わされた? 嘘に決まってるぜッ!!」

村人達の疑惑に満ち溢れ、荒げた声が響く。
だがそれを愛紗は真っ向から否定した。

「なにを言うかッ!? この御方の見慣れない姿と、手に持つ巨大な武器を見れば、一目瞭然ではないかッ!!」

最初の言葉は余計だと思いつつ、元親は念の為、村人達の前で碇槍を片手で自在に振り回して見せた。
まるで軽い木の棒でも扱うかのように、自在に碇槍を振るう元親を見て、村人達の疑惑が消えていく。
元親の左手に抱えられた子供も食い入るように見ていた。

「……すげぇ」

その村人が漏らした一言に、元親は思わず苦笑した。
村人たちの目が初めて見る物に瞳を輝かせる子供のように思えたからだ。

「そうだろう? それにこの御方は黄巾党を軽く追い払う程の力を持つ。この御方が居れば、我等の勝利は絶対だッ!!」

愛紗は宣言した。
彼等から絶望という色は消えた。

「助かるのか……? 俺達……」
「ああ、助かる……助かるぞッ! 俺達はッ!!」

村人達は愛紗の言葉に大きな希望を持った。
彼等は黄巾党に負けるとは微塵も思っていない。
その目に映っているのは生きて、新しい日を迎えるという希望だけだ。
あの絶望しか写していなかった眼は、もはや過去の幻想でしかない。

元親は村人達の変わった様子を見て、密かに微笑した。

「よーしッ! 随分と良い顔付きになったじゃねえか! テメェ等の今の顔付きの方が、俺は好きだぜッ!」
「天の御遣い様ぁ……」
「御遣い様ぁ……」

元親の言葉に、愛紗と同じように村人が元親へと押し寄せる。
元親はそれを抑えようとせず、言葉を続けた。

「良いかッ! 俺が居るとは知らねえで、ノコノコとやって来る黄巾党の馬鹿野郎共に、眼に物を見せてやるんだッ! やられた分はそれ以上やり返す! いいな、野郎共!」
「「「「応!!」」」」
「それとな、俺の事を天の御遣いだなんて痒い呼び方をするんじゃねえ。これからは俺の事を兄貴って呼びな。良いかッ!!」
「「「「ウオオォォォォ!! アニキィィィ!!!」」」」
「良い声だ! 分かったんなら野郎共、戦の準備だ! 誰1人、怠るんじゃねえぞッ!!」
「「「「オオオオオオ!!」」」」

村人達は元親の言葉に大声で応えた。
そして、戦いの準備をするために酒家から飛び出して行った。

 

 

 

 

「おい……いつまで沈んでやがるんだ?」

元親が傍に居る愛紗に、呆れたような感じで話し掛ける。
話しかけられた愛紗の顔には、気まずい感じが見て取れた。

「すいません。でも、自分が何だか許せなくて……」

愛紗の言葉通り、彼女の中には自分を責める言葉が頭の中で響いているらしい。
辛い痛みを無理に耐えているような、そんな顔を浮かべていた。

「だぁ〜〜〜ったくよぉ、何で自分を責める必要があんだよ?」

元親の言葉に、愛紗は苦痛で歪んでいた顔を上げ、元親をまっすぐに見つめた。
愛紗の傍に居た鈴々も、同時に顔を上げた。

「確かにお前は、野郎共に嘘を吐いたかもしれねえ」

元親は頭を掻きながら、ぶっきらぼうに言葉を続ける。

「だけどよぉ、その嘘が無かったら野郎共は今頃どうなってた?」

元親からの問いに、愛紗と鈴々は沈黙で答えた。
2人にも彼等の辿る末路は分かっていた。
あのまま放っておいたら、村人達は全員この世にいない。

「お前は最初に俺に言ったよな? 戦乱の世を鎮めましょうって。んならよぉ、そんな小さな事でいちいち落ち込むんじゃねえ。テメェが吐いた嘘は現実にしてやればいいだけのことだろう。黄巾党の馬鹿野郎共に勝てば、嘘は嘘じゃなくなって、野郎共は助かるんだ」

愛紗は元親の言葉に考えるような仕草をしてから、大きく息を吐いた。
鈴々はその仕草に何かを感じ取ったのか、笑顔で元気良く立ち上がる。

「……ご主人様の仰る通りですね。今は落ち込んでいる暇など、無い」
「へへっ……それでこそ、俺に仕える事を誓った愛紗らしいぜ」
「うんうん。お兄ちゃんの言う通りなのだぁ!!」

愛紗の表情は、元通りの微笑を浮かべていた。
その顔には英傑が持つに相応しい覇気も戻っている。
元親もそれを見て、微笑を浮かべた。

「鈴々ッ! 早速で悪いが、身が軽い者達を何人か指揮して、黄巾党達の位置を調べてくれ」
「うんッ! りょ〜かいなのだッ!!」

愛紗の命令に笑顔を浮かべ、素直に従う鈴々。
鈴々の小さな身体と素早さは、偵察という仕事にはピッタリだった。

「私は村人達を手伝って、義勇軍の編成を手伝います」

確かに素人だけじゃ編成なんて無理だろう、愛紗の提案に元親は頷いて同意した。
経験のある者が1人でも口を出さないと、部隊は総崩れになってしまうだろう。

「ご主人様はどうしますか?」
「俺か? 俺は野郎共に喝を入れて回る。それと出来たら、戦準備も手伝ってやりたいんでな」
「――分かりました」

それぞれの役割を担った3人は、その場で解散した。
これから来る戦いに、3人の身体を緊張が包んでいた。

 

 

 

 

「良いか? 生きる為に戦うんだ。絶対に生きて帰ってくるんだぜ」
「はいッ! アニキ!」

元親は見違えるほどに活気に溢れている街の中を、出会う村人達に声を掛けながら回っていた。
野晒しにされていた死体は見る限り、もう1体も無い。
残さず村人達が埋葬したのだろうと、元親は思った。

そして村人達が最初に集まっていた酒家に差し掛かると、元親は眼を見張った。
満足に戦う事が出来ない女達と子供達が懸命に――何処からか必死にかき集めたのだろう――材料を使って、必死に料理を作っていた。

お腹が空いていては満足な戦いは出来ない――そう考えた末の行動だろう。
女達と子供達が唯一出来る、戦いの手伝いなのだ。

そしてその中で小さい手で一生懸命に材料の野菜を刻んでいる子供に、元親は視線を移した。
自分が保護した、あの子供だ。

村人達が酒家から飛び出してから少し経った後、その子は元親から離れようとした。
元親が止めようとしてその子の眼を見ると、自分も手伝いたいと言う意思がハッキリと感じ取れた。
元親はそれを見た後には何も言わず、その子を手伝いの場に向かわせた。

自分の選択は決して間違っていなかった。
あの子に、ここの村人達に、もうあんな表情はさせない。
天の御遣いである自分が、兄貴である自分が守ってやる。

元親の眼に自然と闘志が満ちた。

 

戦いの時は、刻々と迫っていた――



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