諸葛亮の立てた策により、元親達は見事に別働隊を撃破する事に成功した。
戦による兵達への被害も、思ったより少なかったのも幸運だった。
安定した戦力を保ったまま、元親達は黄巾党の本隊が陣を張る地点に向けて急いだ。

その道中、愛妙、鈴々、諸葛亮の3人は積極的に会話し、何時の間にか仲良くなっていた。
そしてお互いを心から認め合い、名を真名で呼び合うようにもなっていた。
ちなみに諸葛亮の真名は『朱里』と言うらしい。

元親も彼女自身から、今後は真名で呼んでほしいと言われた。
断る理由も無いので、元親も諸葛亮の事を真名で呼ぶ。
対して朱里の方も、元親のことをご主人様と呼んだ。

互いに呼ぶ際、愛紗と鈴々がジト目で睨んでくるのが元親には少々気になった。

 

 

元親達が黄巾党の別働隊を撃破した荒原から、東の方へ進んだ場所。
そこには黄巾党の本隊と対峙している公孫賛の陣地が布かれていた。

副官の地位に置いた朱里と共に、元親は軍議をする為に公孫賛の陣地へ向かった。
自分の陣地に居る兵士達は責任者である愛妙と鈴々に任せておいてある。

公孫賛の陣地に入ってから数分後――
公孫賛と思わしき女性が、元親と朱里の前に現れた。
自然と場が緊張感に包まれた。

「へぇ……お前が天の御遣いと噂されている男か」

薄い赤を基調とした服に、白銀の鎧を身体に身に付け、短めの赤髪を後ろで結わえている。
元親の公孫賛へ抱いた第一印象は“とても活発そうな女”であった。

「ああ。街の奴等からはそう言われてる。だが俺の名は長曾我部元親だ。天の御遣いなんて呼ばれるのは御免だぜ」

公孫賛の言葉に、元親は頭を掻きながら答えた。
元親と出会って早々、公孫賛は足下から頭の上までジッと見つめてくる。
元親自身、その視線に少々鬱陶しさを感じていると――

「ははっ、ジッと見ててすまない。天界に住む男は全員お前みたいな格好なのかと思ってな」

先程までの表情とは一転して、公孫賛は親しげな笑みを浮かべる。
その姿を見て元親も毒気が抜かれたように、肩の力がスッと抜けた。
その後に元親は全員がこの格好では無いと、公孫賛の誤解を解いておいた。

「そうか。まあそうだよな。全員が同じ格好だったら寒そうだもんな」
「そう言う問題じゃねえだろうに……まあ良いや。これからよろしくな、公孫賛」
「ああ。こちらこそよろしくな、長曾我部」

元親と公孫賛は互いに気さくな会話を交わし、緊張感に包まれた場を軽くする。
元親の傍らに居る朱里も、公孫賛の護衛兵士も、思わず笑みが零れてしまった。
彼女が味方ならとても心強い、元親は直感でそう思った。

「そうだ忘れてた。1つ礼を言わせてもらうぜ。あんたがこの場所で黄巾党の野郎共を抑えていてくれなけりゃ、この付近の奴等が全員巻き込まれてただろう」

元親は一言そう言い、公孫賛に向けて軽く会釈をした。

「なーに。遼西群のねぐらに帰る途中だったからな。ついでだよ、ついで」

手を振りながら恩を着せる素振りも無く、公孫賛は照れているように顔を背ける。
彼女のその姿に元親は好感を持った。

「すまねえな。あんたには本当に感謝している。無駄な命が亡くならずに済んだんだからな」
「も、もう良いって。それよりお前等はどのくらい兵を連れてきたんだ?」

顔を赤らめながら、慌てて公孫賛は話題の転換を試みる。
元親は傍らに居た朱里に声を掛け、兵士達の説明を頼んだ。
彼の後ろに控えていた朱里は笑顔で応え、ゆっくりと歩み出る、

「はい。先程の戦で我々は黄巾党の別働隊を撃破しました。ですが損害は微々たる物です。現状で言えば七千前後と言った所でしょうか……」

各隊から回ってきた書類を纏め、総合して朱里は報告していく。
初めて出会った時とはかなりの差があるが、これが彼女の頼れる所だろう。
元親は自分に足りない物を彼女が補ってくれている事に感謝していた。

「約七千……か。こちらの兵が五千くらいだから、併せて一万二千ってとこだな」

苦笑しながら、公孫賛は自軍の戦力を開示する。

「奴等の総数ってのはどのくらいなんだ?」
「二万五千前後ってところだ。兵数が違いすぎて、奴等の足止めだけで精一杯だったんだ」

公孫賛は悔しげな表情で現状の厳しさを吐き捨てる。
元親も憎々しげに聞こえないよう、舌打ちをした。

「確かにな。いくら有象無象の野郎共とは言え、あんたの手腕は物凄いと思うぜ。なんせ5倍の戦力を相手に戦ったんだからな」

元親は微笑を浮かべ、公孫賛を見て言った。
朱里も同じ気持ちなのか、小さく頷いた。

「お、分かってくれるか。そういう訳で啄県への道を塞いで陣地に籠もってたんだ。啄県に入らない場合、奴等が略奪に向かうとすれば礁や河北だろ? そこは曹操や袁紹の本拠地なんだし、備えも万全だろう。私達が守っても仕方がない」

親しみのある微笑を浮かべ、公孫賛は自慢げに答えた。
元親もそれに釣られるように、再び微笑を浮かべる。

「ハハハハ。あんたみたいな優しい奴が領主なら街の奴等は安心だな」
「ええい、そんなに褒めるなッ! 気恥しいじゃないかッ!」

顔を真っ赤にしながら、公孫賛は慌てて言った。
素直になれない性格に、元親は軽く溜め息を吐く。
しかし溜め息を吐く時の顔は何所か笑っていた。

「別に恥ずかしがる事じゃねえだろ。人情は上に立つ者には必要な物よ」
「う、うん。それはまあ……な」

頬を人差し指で掻きつつ、公孫賛は小さな声で元親に同意する。

「はっきり言う、俺はあんたが気に入った。助けてもらった借りもある。今度あんたに身の危険が迫った時には俺が駆け付けて助けてやるぜ」
「ん……そ、そうか。よし、じゃあ私が危機の時には、必ず助けに来いよ?」
「勿論だ。俺は約束を絶対に破らねえ。意地でも守り通してやるぜ」

子供のような笑顔で元親は胸に拳を当てて宣言する。
なんて顔をするんだと、公孫賛は思っていた。
2人が他愛も無い約束を交わしていた、その時――

「公孫賛殿。少しよろしいか?」

1人の少女が凛とした足取りで、護衛兵士を退けて公孫賛の元へと近付いてきた。
藍色の髪を短く切り揃え、後ろの方の髪は長く伸ばして束ねている。
身体には袖に蝶の羽模様が描かれた小袖風の装束を身に纏っていた。

元親は一瞬、蝶が好きなのかと思ってしまった。

「一体何だ?」

元親の時とはうって変わって、厳しい態度で公孫賛は少女に答えた。
その態度の変わりように、元親は少し首を傾げる。

「援軍が来たのは良い事です。されば黄巾党を撃破する手段を私に御聞かせ願いたい。さすれば私が先陣を切り、貴方に勝利をお贈りしよう」

少女は自信満々に言い放つ。
対する公孫賛は呆れた様子で溜め息を吐いた。

「また始まったか。己の武勇を誇りたい、お前の気持ちは分からなくもない。だが今は私と長曾我部の2人で話しているのだ。もう少しだけ待っていろ」

怒りを露わにしながらも、静かな口調で公孫賛は言い返した。
しかし少女の方はまるで動じる様子を見せない。

「貴方の家臣であればそうするでしょう。しかし私は貴方の家臣になった覚えは無い」

口元に手を当て、少女は皮肉ったような言い方をする。
公孫賛の家臣で無ければ、少女は一体何なのだろうか。
元親は少女の正体がいまいち掴めず、困惑していた。

「それはそうだが……では、どうしろというのだ?」
「知れた事、相手は烏合の衆。一騎当千の者が当たれば恐れをなして総崩れになるでしょう。今すぐにでも吶喊すべし」

少女の言葉に、公孫賛の眉間の皺が深くなる。

「滅茶苦茶な事を言う。相手は我々よりも多いのだぞ? 兵法の基本は相手よりも多くの兵を用意する事。その基本からすれば、この兵数で当たる事こそ邪道ではないか!」
「その程度の基本は私とて知っている。だがそれは正規の軍と当たる時の正道だ。あのような雑兵共に兵法など必要無し! 必要なのは万夫不当の将の猛撃のみ!」

我を曲げる事も無く、公孫賛に向けて少女は言葉を返した。
突然始まった喧嘩(?)に元親と朱里は、ただ唖然として見ている。

「相変わらずのホラ吹きだな。それ程までに敵を恐怖させる猛将が、我が軍に居るとでもいうのか?」

少女が言った意見の穴を指摘するように、公孫賛は反論する。

「ええ。この場に少なくとも4人は居る」
「ほお……ならば今すぐその名を言ってみろ!!」

間髪入れず言い返す少女に、公孫賛は掴み掛かりそうな勢いで詰め寄る。
彼女の表情は既に怒りで満ちていた。

「関羽殿と張飛殿。そして、私とこの御方が」

何の気無しに少女は自身と元親、元親配下の将軍の名を上げた。
元親の方を見て、一瞬驚いたような表情を公孫賛は見せる。
だが最初に出てきた名前に、彼女は疑問符を浮かべた。

「関羽に張飛? その2人は何者だ?」
「ああ、その2人は俺の配下だよ。今は兵士達の世話をさせてある」
「…………コイツが言う程の将なのか?」
「ああ。天下無双、一騎当千、あいつ等2人にピッタリの言葉だ。分かるだろ? 猛将だ」

元親が自信満々に、公孫賛へ答える
元親自身、家族のことを褒められて悪い気はしなかった。

「ふむ……天の遣いのお前が言うのだから、その2人は間違いなくそうなのだろうな。お前自身も猛将って気がするよ」
「猛将と言う気では済まされませんぞ。私が風の噂で聞いた所によれば、四千の黄巾党を相手に1人で突撃して壊滅させたとか……」

少女が意地の悪い笑みを浮かべ、元親に話し掛ける。
元親は苦笑しながらも、自分1人の力では無いと説明しておいた。
言うまでもないが、公孫賛は少女の説明に呆然としている。

「ゴホン! た、確かに長曾我部を含む4人を当たらせれば、結果として勝機はあるだろう。しかしだからと言って、そんな無謀な突撃で大事な兵を失う訳にはいかない。もっと別の方法を考えてみろ」

咳払いを1度した後、公孫賛は少女に指を指して言った。
その言葉に少女は溜め息を吐きながら言った。

「……公孫賛殿は手緩いな。そのような甘い考えでは一国の主とはなれまい。一県の将にはなれるかもしれませんが」

少女のその言葉に、元親の眉間がピクリと動く。
元親は少女に鋭い視線を向けた。

「おいおい、別にそれはそれで良いだろう。いくら他人に言われようが関係ねえ。テメェの考えはテメェの考えで突き通すべきだ。俺だって俺を慕ってくれる街の奴等や、兵士達を守る為に戦ってんだ。一国の主になるなんざ、二の次だ。まずはテメェの治める街を豊かにしなきゃ何も始まらねえ。それに拘ってて、一県の将が限界だって言うんなら、その一県を大陸一にしてやる。少なくとも俺の街の奴等はそう言う奴等で溢れてるぜ」

元親の答えを聞き、初めて少女は興味を持ったらしい。
微笑を浮かべ、少女は顎に手を添えた。

「ほう? なかなかどうして、長曾我部殿は珍しい考えをお持ちだ……面白い」

元親と少女の会話を尻目に、公孫賛は怒り心頭だった。
先程自分へ向けられた言葉が癇に障ったようだ。

「先程から言わせておけば……そこまで言うのなら貴様の好きにすればよかろう! 勝手にするが良い!!」
「ふ……承知」

怒りを爆発させ、感情に任せて公孫賛は少女を怒鳴りつける。
しかしそれとは対照的に、少女は静かに頷いて立ち去ってしまった。

「…………恥ずかしい所を見られたな。出来れば忘れて欲しい」
「ああ。もうとっくに忘れちまったぜ」
「すまない……」

恥ずかしげに頬を染め、公孫賛は元親に振り返る。
高ぶっていた感情も今は静まったようだ。

「けど、いいのかよ。あの様子じゃあ、本当に1人で突撃しそうだぞ?」
「好きにさせれば良いんだ。あんな奴、どうせ口だけだ。大軍を前にそれ程の武勇が振るえるものか。玉砕するか、尻尾を巻いて逃げ帰ってくるかのどちらかだよ」

やれやれと言った感じで、公孫賛は意見を述べる。
それに対してずっと様子を見守っていた朱里が進言した。

「でも……戦の前に将が負けてしまったら……全軍の指揮に関わると思いますけど……」

朱里の言葉に元親は静かに頷いて同意する。

「だよなぁ。何とかして、良い案を考えなけりゃヤバイぜ」
「はい、そうですね……」

元親と朱里が考え始めたのを見て、公孫賛は納得出来ない表情を見せた。

「そこまでして趙雲を助ける意味などあるのか? それよりも奴等を蹴散らす手段を考えた方が建設的だろ」

先程出て行った少女の名は趙雲らしい。
元親自身、思い浮かべてみれば少女の名前を聞くのを忘れていた。

「へぇ〜〜あいつ、名は趙雲って言うのか」
「ああ、我が軍勢に居着いた流れ者だ。腕は立つし、頭も良いから我が軍に将として置いてやってるんだがな」

公孫賛は渋々と言った表情で答えた。
先程の様子からでも分かったが、2人の関係はあまり良好とは言えないらしい。
だが元親はあまり良い気分では無かった。

「そう……か。なるほどねぇ」
「おい、趙雲の事は放って置いても構わないだろう? 早いとこ、奴等を蹴散らす作戦を練ろうじゃないか」

そう提案する公孫賛に、元親は苦笑しながら口を開いた。

「ちょっと待てって、そう言う訳にもいかねえだろう。確かにあいつは自分でお前の家臣じゃないとは言ったが、それでも暫くはお前に仕えたんだろ? だったら仲間として、突撃した時は助けに行ってやるのが筋ってもんだろう?」
「むっ……だ、だがな……」

元親の言葉に反論しようとする公孫賛に朱里が続く。

「それにこう言ってはなんですが、趙雲さんの言っていた事は一理あります。私達の軍を合わせても、せいぜい一万。相手は二万五千です。普通にやったらまず勝てません。ですから趙雲さんの言った通り、最初に強い武将が敵を混乱させ、その間を突く戦法が効果的です」
「むぅ…………」
「なので逆に趙雲さんが玉砕した時は、敵の士気が高まってしまい、こちら側は下がるという結果になってしまいます。そうならない為にも、趙雲さんを助けられるようにしないといけません」

朱里の強い言葉に公孫賛は反論する材料を失ったのか、黙ってしまった。
そのまま元親が趙雲を助けに行く事を前提に軍議を進めようとした、その時――

「殿ッ! 趙雲殿が一人で陣を飛び出し、敵部隊に突撃する構えを見せています!」

汗に塗れた兵士が、公孫賛に報告を伝える。
その報告に、公孫賛は憎々しげに吐き捨てた。

「くそッ…………奴は何を考えているんだッ!!」
「俺みたいな奴が女にも居るとはなぁ。結構驚いた」
「はわわ……ど、どうしましょう!? こ、こんなに早く突撃するなんて……」

このまま慌てていてもしょうがないと、元親はとりあえず場を落ち着かせる。
それから元親は朱里に愛紗と鈴々への指示を言い渡し、公孫賛に趙雲を助けると言った。

「何勝手な事を言ってるんだ! 貴様と我等の兵が合流しなければ、奴等に勝てんのだぞ!?」

元親が好き勝手に作戦を進めることに腹を立てたらしい。
やや強い口調で公孫賛は言い、元親を睨み付ける。

「そりゃ分かってる。だがな、さっき朱里が言った通り、俺達の兵を合わせても奴等の方が圧倒的に多いんだ。真っ向勝負じゃ死にに行くようなもんだぜ。それなら趙雲がテメェ1人で突撃したのを利用して、こっちも仕掛けてやるのが良いさ。上手くいきゃあ、これで奴等は大混乱だろ。あんたは俺達を先行させて、後ろから攻撃すりゃ良い」

元親の提案に、公孫賛は眼を見開いた。

「それは…………分かった。但し奴らの攻撃をある程度防いでもらわんと、こちらの準備が整わないのだからな。その点だけは肝に銘じろよ」

少し悩んだ素振りを見せたが、元親の提案を受け入れたらしい。
公孫賛は元親に背を向けた。

「ああ、任せておきな。それとな、俺達を囮だなんて思うなよ。俺はその言葉が大嫌いなんでね」

少し真意が分からない元親の言葉に、公孫賛は首を傾げたが、ゆっくりと頷いた。

「分かったよ。だが危険と判断すれば我等は引くぞ。元々そこまで付き合ってやる義理は無いのだからな」
「言われるまでもねえな」

そう言って朱里を連れて去ろうとする元親に、公孫賛は向き直って口を開いた。

「おい! 長曾我部!」
「ん?」
「あの……その……なんだ……一応武運を祈っておいてやる……」

ぶっきらぼうにそう言いながら、頬を染めて再び公孫賛は背を向ける。
彼女なりの優しさに、元親は自然と笑顔になった。

「ハーハッハッハッ! 公孫賛! あんたって本当に、良い女だぜ」
「――――なッ!? な、何を言って……」

元親は屈託の無い笑顔で公孫賛へ声を掛けた後、朱里と共に愛紗達の元に向かった。
残ったのは顔を林檎のように真っ赤にした公孫賛と、呆然とした護衛兵士だけだった。



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