自軍に戻った元親は愛妙、鈴々と共に自軍の本隊六千を率いて出陣した。
1人で黄巾党の群れに突撃をしようとする趙雲を救う為に。

「全く……趙雲と言う武将、たった1人であの数の賊軍に立ち向かうなど無謀過ぎます」

兵を進めながら愛紗は呆れた様子で言う。

「まさか女で俺みたいな突撃をする奴が居るとは夢にも思わなかったな。ちょい自信過剰なとこはあるが、趙雲はまだ死ぬには早いと思うぜ。それに……度胸も良いしな」

碇槍を肩に掲げながら元親は飄々と言う。
その元親へ向けて愛紗が視線を移す。

「それはつまり、配下に加える為に恩を売っておくと言う事ですか?」

愛紗の視線に気づいた元親が微笑を浮かべる。

「まあな。それもあるが、1人で突っ込まれて朱里の作戦を邪魔されるのは困るんだよ」
「うん、朱里は凄いのだ。お兄ちゃんが仲間に加えただけあって、色々と思いつくのだ」

出陣する前、元親達は朱里が立てた策の内容を聞いていた。
内容は以下による物である。

 

・趙雲が突撃すると同時に愛紗と愛紗の直衛隊の者も突撃する
・元親と鈴々は共に兵を率い、愛紗の後に続く。ただし旗手の数を倍以上用意する。これにより虚兵を作り上げる為。
・愛紗の部隊は突撃してくる敵の先鋒に一当てした後、素早く本陣へと戻る事。
・敵を混乱させた後、全力で趙雲を連れ戻す。

 

「素直に従ってくれると良いのですが……」
「大丈夫だろ。あいつも武人なら退き際を心得てるだろうしな」
「鈴々もそう思うのだ〜」

3人が会話する中、戦場の空気が徐々に辺りを支配していく。
気づいた時には3人の表情は武人の物になっていた――

 

 

 

 

地平を覆い尽くし、黒く蠢く膨大な人影。
その正体は黄巾党の群れである。

その群れを見つめる少女――趙雲は唇の端を軽く吊り上げて笑った。

「ふふ……なかなか雄壮だな」

向こうは野を埋め尽くす二万五千の黄巾党。
対するは槍一振りだけ持つ自分1人。

しかし趙雲の心の中には恐れなど微塵も無かった。
渦巻くのは賊を打ち倒す喜びと、己が武勇を発揮出来る場を得た事の感謝だけだ。

「趙子竜……今より歴史に向かい、この名を高らかに名乗り上げて見せよう!」

手に持つのは寝食を共にした親しき戦友である一振りの槍。
槍は陽光を鋭く受け止め、まるで光の衣を纏っているように眩しい輝きを放つ。
その輝きに気付いた黄巾党の先陣が、その足をゆっくりと止め始めた。

「たった1人を相手に怯みを見せるか。やはり賊は賊、群がらなければ屑か」

鼻で笑うと同時に槍先を向け、趙雲は黄巾党を嘲笑った。
屑と呼ばれた黄巾党の群れは止めた突撃の速度を再び戻す。
自分達を屑呼ばわりした愚か者を足裏で無残に蹂躙すべく、活動を再開し始めた。

舞い上がる砂塵が蒼空を曇らす。
趙雲は苛立ちを隠そうともせず、眉を軽く顰めた。

「美を解さぬ下衆共が! 我が槍にひれ伏し、青き空を汚した罪を詫びるがよい!」

趙雲は黄巾党に向けて八つ当たりにも似た罵倒を浴びせる。
それと同時に手に持つ槍を脇に構え、細い腰を沈めていく。
その途端、少女の周りの空気が変わった――

「ふぅーーーー……」

艶やかな唇から漏れる吐息は彼女の周囲の熱を上げた。
そしてその吐息が糸のように細くなった、その時――

「常山の昇り竜、趙子龍! 悪逆無道の匪賊より困窮する庶人を守る為に貴様達を討つ! 悪行重ねる下衆共よ! 我が槍を正義の鉄槌と心得よ!」

雄々しい名乗り口上が戦場を震わす。

「いざ――――参るッ!!」

趙雲は立った一振りの槍を構え、押し寄せる黄巾党に向けて強く地面を蹴りつけた。
軽々と翻る袂と共に砂埃が巻き起こる荒野を突風のように滑っていく。

「はぁぁぁぁぁぁッ!!」

槍が鈍い光を放った。
その途端、少女の周囲に押し寄せた黄巾党が血飛沫を上げて吹き飛ぶ。

「恐れる者は背を向けろッ! 恐れぬ者は掛かって来い! 我が名は趙子竜! 一身これ刃なり!」

燃え盛る炎のような気合と共に槍が次々と繰り出される。
その一突きで黄巾党の命を貫き、心に恐怖を実らせていく。

「はいはいはいはいィィィィィィッ!!」

趙雲の戦場での動きはまるで死を招く蝶のように美しかった。
自由自在に動きながら命を奪う趙雲の槍は思わず敵も見惚れてしまう程に輝いている。
趙雲の槍は何かの力に縛られたように、身動き1つ出来ぬ黄巾党の命を確実に奪った。

「1人を相手に何をやってんだ! 取り囲んで殺せッ!」
「出来るならするが良い。そうしなければ貴様等はただ無駄に命を落とすだけ。但し……そう易々とできると思うなッ!!」

趙雲の振るう槍はまるで暴風の如く黄巾党を跳ね飛ばしていった。
尽きる事なく趙雲を囲む黄巾党は槍が振るわれる度に死者となっていく。
だが永久に動かぬ死体と成りつつも、黄巾党の恨みと執念は残り続けた。
蝶のように動く趙雲の動きを阻むように黄巾党の屍は垣を作り始める。

「チッ!!」

軽々と槍を振るう少女は徐々に狭まる足場を苦々しく思ったらしい。
誰の耳にも聞こえるように高々と舌打ちをした。

一閃――――
また一閃――――

「ええいッ!」

苛ついた様子の趙雲の声が戦場に響く。だがそれも仕方のない事だった。
屍で作られた垣は趙雲の腰の高さまで重なっているのである。
死屍累々と言った表現が最も適しているだろう。

趙雲の心中に徐々に募っていく苛立ちと焦り。
激しい悔しさと同時に湧き上がる死の予感。

「だがッ! 私はまだ負けん! 負ける訳にはいかんッ!!」

募る不安を振り払うように少女は吠える。
その雄叫びにも近い声と共に、弱まった気組みを立て直す。

一閃――――
更に一閃――――

しかし閃きは徐々に鋭さを無くしていく。蝶が舞を舞う力が弱まっていく。
だがそれでも戦い続けるのは趙雲自身が武人としての意地を通したいが為だ。
襲い掛かってくる黄巾党に趙雲が劣勢に立たされようとした、その時だった――

「長曾我部軍の勇士達よ! 今こそ我等の力を天下に見せつけるのだ!」

死の舞が繰り広げられていた戦場に闘気に満ちた声が響いた。

「全軍突撃する! 必ず生きて戻るのだ! 我等は天に守られた誇り高き天兵なり!」

後方から現れた部隊が危機に瀕した趙雲の傍らに、勇ましい声を上げて駆け込む。
新たな敵の出現に黄巾党が困惑する。
隙を見て体勢を立て直した趙雲も黄巾党と同じく困惑していた。

「どう言う事だ……これは……ッ!?」

自分が武勇を発揮する突然現れ、次々と黄巾党を倒す兵士達。
突然の事態に首を捻る趙雲の前に部隊の将である少女――愛紗が歩み寄る。

「全く……たった1人で突撃するとは無茶をするな」
「ふむ……? その手に持つ青龍刀……お主、もしや武勇の誉れ高き関雲長殿か?」

愛紗が手に持つ獲物に視線を移し、趙雲は問い掛けた。

「いかにも。我が主、長曾我部元親様の求めに応じ、貴方を御助けする為に来た。共闘願えるか?」
「……無論だ。助太刀に深く感謝する」

趙雲は力強く頷く。
趙雲の承諾を得て、愛紗は微笑を浮かべた。

「うむ。ならば暫く戦った後、我等と共に退いてもらいたい」

愛紗は自分達の部隊の役割を趙雲に話した。
それを聞いた趙雲は意地の悪い笑みを浮かべる。

「ほお……成る程。先陣を釣るという訳か」
「そうだが……良く分かったな、お主」

愛紗の顔に僅かに驚きが浮かぶ。

「ふっ……兵ではなく将ならば、それぐらいは見抜くものさ」
「そうか。だが将であるなら、今後このような無謀な真似は慎むのだな」

愛紗の指摘に趙雲は罰が悪そうな表情をする。

「ああ。今は素直に貴方の言葉を聞いておこう」
「……ならば話は早い。今は敵を打ち砕き、早々に退くとしよう」

素直に責めを受け入れた趙雲に愛紗は微笑する。
そして改めて自分達を囲む黄巾党を睨み付け、互いに口を開いた。

「良いだろう。名高き関羽に背中を預けられるのならば、私も本気が出せると言う物だ」
「ふっ……頼もしいな」
「……お互いに、な」

不適に笑いあい、両者は背中を合わせる。

「……聞けぃ! 下衆ども! 我が名は趙雲! この名を聞いてまだ恐れぬなら、我が命を奪ってみせよ!」
「そして賊徒よ、刮目せよ! 我が名は関羽! 天の御遣いにして長曾我部が一の家臣! 我が青竜刀を味わいたい者は掛かって来るが良い!」

互いに背中を預けた2人の名乗り。
その声は黄巾党にとって、死の宣告のように響いた。
互いの隙を補うように呼吸を合わせ、2人は死の舞を舞う。
2人の周囲に黄巾党の血飛沫が飛び、悲鳴が轟いた。

愛紗の青竜刀が暴風の如く振るわれる度に黄巾党の頭が次々に跳ね飛ぶ。
趙雲の槍が稲妻のように振るわれる度に貫いた身体から噴出した鮮血が宙を舞った。

黄巾党からすればそれは地獄絵図と言って良いだろう。
立った2人の美しき少女に黄巾党は成す術も無く屍になる。

「どうした賊徒よ! 我はまだ健在ぞ! 我が命を脅かす者はおらんのかッ!」
「どうした! 下衆と言えども男であろう! 我と思う者は名乗りを上げよ!」

2人の挑発に刺激された黄巾党が殺到するが、無駄な事だった。

「はぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「せぇぇぇぇぇいッ!」

2人の気合いと共に振るわれた槍と青龍刀が全てを斬り裂き、貫く。
その凄惨な光景に数では遙かに勝る黄巾党が突撃の動きを止めた。
いかに数が多かろうと、実力の差が有りすぎては何の意味も無かった。

この2人を前にすれば自分達に与えられるのは死だけ。
勢いが完全に消えた黄巾党の様子を見て愛紗が呟く。

「そろそろ頃合いか……?」

愛紗が吹くと同時に長曾我部の本陣から3回の銅鑼の音が鳴り響いた。
その音こそ作戦の第2段階へと移行する合図である。

「流石は朱里……見事なまでの眼力だ」

愛紗は本陣に居るだろう、新しく加わった軍師を褒め称えた。

「合図があった。趙雲殿、退くぞ!」
「応ッ!」

愛紗は趙雲に声を掛け、同時に部隊を一旦本陣前まで退かせ始める。
確実にこの戦が勝利へと突き進んでいるのを、愛紗は感じていた。

 

 

 

 

本陣へと転進してきた愛紗の隊を最初に発見したのは朱里だった。

「あ……ご主人様! 愛紗さん達が撤退してきます! 趙雲さんも一緒です! それを追い掛けるように黄巾党の先陣も続いて来てます!」

朱里の報告を聞き、元親は荒野へと視線を移す。
すると黄巾党の群れを引き連れるようにして、こちらへ向かう愛紗の部隊が確認出来た。

元親が見た限りでは愛紗と部隊の兵士達の殆どが無事だった。
予想していた通り、趙雲も愛紗の指示に従ってくれたようである。
全てが朱里の立てた作戦通りに進んでいた。

「良いぜ……ここまでは順調に進んでるな。んで次は?」
「えっへん!! 鈴々達の出番なのだ!」

朱里の指示に伴い、既に準備は完全に整っている。
展開する部隊――左翼には元親が率いる部隊。
右翼には鈴々が率いる部隊。
そして正面には今撤退している愛紗が率いる部隊。

この3部隊で敵の先陣を包囲するのが目的だ。

「よしッ! 朱里、お前は合流する愛紗と一緒にここで本陣を守っていろよ」
「は、はい!」
「鈴々、奴等の退路を断つんじゃねえぞ? ヘマすりゃ、全部大無しになるからな」
「大丈夫! 鈴々にお任せなのだーッ!!」

鈴々と朱里が威勢の良い返事と共に自信に溢れた笑みを元親に見せる。
元親自身も目の前に居る小さな武将と軍師に心から期待を寄せていた。

「野郎共ッ! 今こそ俺達長曾我部軍の恐ろしさを教えてやる時だ! 2度と啄県を襲おうなんて考えないぐらいに叩き潰してやるんだ!」
「頑張りましょう! この戦いに勝てば、啄県に必ず平和の時がやってきます!」
「力を合わせて、みんなで悪い奴等をやっつけるのだーーッ!!」

3人の激励に兵士達が雄叫びで応えた。

「総員戦闘配置だ! 必ず全員、生きて戻るんだぜ!!」

元親は兵士達へ号令を掛け、軍を展開していく。
彼の持つ碇槍が獲物を狩るのを楽しみにしているかのように鈍い光を放った。

 

 

 

 

戦場は愛紗と趙雲が描いた地獄絵図よりも更に上の物に変わっていた。
元親の碇槍が黄巾党を吹っ飛ばし、愛紗の青竜刀が血飛沫を戦場に散らす。
続いて鈴々の蛇矛が黄巾党の身体を斬り裂き、趙雲の槍が貫く。

4人が思うままに己れの身に宿る力を存分に振るっていた。
だが4人の心中に焦りが生まれ始めていた。

元親達が敵を引き付けてる間に公孫賛軍が敵の後方を奇襲して突く。
別れる際にそう決めていた筈なのだ。

だが実際に元親達がどれぐらい戦線を維持すれば良いのかは分からない。
全てを決めるのは大将である公孫賛次第なのである。

それ故に元親達は武器を振るい、援軍が来るのを祈りながら戦い続ける。
しかし圧倒的に兵数が多い黄巾党を前に戦線を維持するのは至難の業だった。
特に元親は一般兵士の援護にも回っていた為、より維持するのは難しかった。

「野郎共! 巻き込まれるんじゃねえぞ! おおりゃああああッ!!」

元親が渾身の力を込めて振るった碇槍が多くの黄巾党を吹っ飛ばした。
巻き込まれた黄巾党は悲鳴を上げる間も無く、動かぬ屍と化す。

「お兄ちゃんに負けてられないのだぁ!! うりゃりゃりゃりゃ!!」
「ふっ! 付き合うぞ、張飛殿!!」

元親に負けじと鈴々が蛇矛を振り回し、元親と同じように黄巾党を吹っ飛ばす。
その鈴々の思い切りの良さが気に入ったのか、趙雲も続いて槍を振るった。

「てやぁぁ!! ……朱里! 公孫賛の軍はまだ来ないのかッ!」
「焦ってんじゃねえぞ愛紗!! 根性を見せやがれッ!!」

青竜刀を振るいながら愛紗の焦る声が飛んだ。
それに続き、愛紗を背後から襲おうとした黄巾党を元親が碇槍で薙ぎ払う。

焦っているのはみんな同じだ。それは愛紗も充分に承知している。
だがこの状況に身を投じているからこそ出さずにはいられなかった。

「分かりません! もう頃合いなのですけど、公孫賛将軍がどう動くか……」

愛紗の問い掛けに対し、答えた朱里の声は悲鳴に近い物を感じた。
その声は元親の耳にも届いている。
これは少しヤバいか、そう思い掛けた――その時だった。

「――ッ!! 敵後方に砂塵、それと白馬にまたがった騎兵の姿がありますッ!」

味方の兵から悲鳴にも近い報告が舞い込んできた。
その報告に対し、一番に早く反応したのは趙雲だった。

「旗はッ!? 旗の種類はッ!?」
「公孫賛ッ! 味方の援軍です!」

その報告とほぼ同時であっただろうか。
黄巾党に動揺が走ったのが元親達には見て取れた。

そして元親達は確信する。公孫賛の背後からの奇襲が成功したのだ。
そして今こそ今回の戦の為に立てた作戦の最終段階へと突入する時だった。

「やったぁ! やりましたよ! 愛紗さん!」
「ああ! 今こそ我等も攻勢に移る時だ! ご主人様ッ!!」
「よーしッ! 野郎共、防戦はここまでだ! 公孫賛の奴等と一緒に挟撃に移るぞッ!!」
「鈴々はまだまだ頑張れるのだーッ!!」
「ふっ……まだ私も、槍は存分に振るえますぞ!!」

愛紗の呼びかけに元親は自軍の兵士全員に聞こえるように指示する。
愛紗は俺に確認を取ってすぐ、全軍に雄々しい大号令を発した。

「全軍突撃ーーーーーーーッ!!!」

 

 

 

 

その後、この戦は朱里の立てた策の思うがままに進んで終結した。
それは予定していた公孫賛軍の背後からの奇襲成功のお陰でもある。
長曾我部軍と公孫賛軍の連合軍の前に、総崩れとなった黄巾党が殲滅するまで時間は掛からなかったのである。

戦の勝敗が決し、逃げ崩れた黄巾党軍の掃討を元親は全て公孫賛軍に任せた。
皆が陣へと戻る中、愛紗に連れられた趙雲の姿を元親は見つけた。
元親は愛紗、鈴々、朱里へ労いの言葉を掛けた後、趙雲と対面する。

「よう……怪我は無いか?」
「これは長曾我部殿……お気遣いかたじけない。幸いに怪我は全くありません。それも此度の策が見事だったと言う他はありませんな」

頬に手を当て、趙雲は意地の悪い笑みで言い返した。
表情は――戦場で長く槍を振るっていたせいか――薄っすらと赤く染まっている。

「そいつは良かった。だがよぉ、少々無茶苦茶し過ぎだろう。無謀と勇気は別物だぜ、趙雲」

元親も負けじと意地悪く言い返す。

「私と同じ事を実行した貴方に言われるとは驚きですな。それより……何故私の名を?」
「公孫賛から聞いたぜ。客将になってるってな」
「うむ……まさにその通り。ですが残念ながら伯珪殿を主とする事は最早無いでしょうな」

姿勢を正し、僅かに視線を公孫賛の陣に移しながら趙雲は呟いた。

「ああ? そりゃまたどうして?」

元親は首を傾げ、趙雲に問い掛けた。

「ああ。決して無能では無いが……乱世を制し、民を守る王にはなれんだろう。勇気はあるが、英雄としての資質が足りなさすぎる」

さも残念そうに趙雲は呟いた。
しかし何処か面白そうに言っている感じである。

「むぅ〜……口がとっても悪いのだ」

率直な物言いをする趙雲に対し、鈴々は気分を害したように頬を膨らます。
その鈴々の様子を見た趙雲が微笑を浮かべた。

「なあに、事実を言ったまでだ。……まあこの大陸で英雄としての資質を持つ者は数人だろう」
「そうなんですか? それって一体……」

興味深そうに訊いてくる朱里に、趙雲は微笑を浮かべたまま答えた。

「うむ、まずは魏の曹操だ。あれ程の有為の人材を愛し、上手く使える人間はおらん。そして何よりも貪欲なまでに侵攻し、勝利を重ねる戦上手……まさに“攻”の英雄といえるだろう」
「ふ〜ん……他には誰が居るのだ?」
「呉の孫権だな。先代の孫策に比べると幾らか保守的ではあるが、それでも器は先代よりも上だろう。代々呉と言う国を守り続けてきた孫一族の王。まさしく“守”の英雄と言えるであろうな。彼の物が英雄としての資質を目覚めさせたのならば、これは案外侮れん存在だ。…………あと1人は言うまでも無かろう?」

意味深な視線を愛妙、鈴々、朱里に送る。
その意を感じ取った愛紗が確信したように口を開いた。

「我らが主、長曾我部様と言う訳だな?」

愛妙が力強く答える。

「その通り。天の御遣いとして、また稀代の将として幽州全域にその名声を轟かしている長曾我部殿、貴方だ」
「へぇ……そいつは面白いな」

元親が微笑を浮かべ、肩に掲げる碇槍を震わす。
先程の戦でこびり付いた血が地面に落ちた。

「啄県での善政、時代を先取りしたかのような政の采配、その策謀にて撃破した黄巾党は数知れず…………民草が貴方を善き支配者と称えるのは当然だろう。“攻”の曹操と“守”の孫権と並んで“智”の英雄と呼ぶに相応しい存在だ」
「……まあ俺に英雄の器が在るかどうかは二の次だ。それよりお前はこれからどうするんだ? なんなら俺達の仲間、家族になるって言うのはどうだい?」
「家族……ですか。ふふ、貴方は本当に面白い御方だ」

趙雲は笑いながらも、元親が差し出した手を優しく払い退けた。
払い退けられた手を見つめ、元親が首を傾げる。

「気に入らなかったかい? 俺達の事が」
「……いえいえ。貴方の申し出はありがたく存じます。ですが今回は遠慮させていただこう。私はもう暫く大陸を歩き、仕えるに値する英雄が他に居ないか、見て歩こうと考えている」
「……そうか。自分なりの考えがあるんなら無理強いはしねえさ。ゆっくり考えて決めると良いぜ」

元親が手を振り、笑顔で答える。
元親の返事に趙雲は少し顔を顰めた。

「申し訳ない。やはり仕える人物は自分の目で見極めたいのだ。それに私には知らなければならぬ事が在る。この大陸が今どんな状況で、そしてこの先どうなってゆくのかを……な」

そう言い放った趙雲の瞳は広い大陸その物を捕らえているように見える。
元親はここで彼女を仲間に出来ない事が残念だった。

「そうか……残念だ」

肩を落とし、残念そうな表情を愛妙は見せる。
共に戦った武人同士、通じるものがあったらしい。

「うむ。関羽殿に背中を守られて戦った事は我が誇りだ」
「私もだ。お主のような者と共に戦えて嬉しかった。……また会えるな?」

趙雲と愛妙は互いに視線を交わし、固い握手を交わした。

「ああ。約束しよう。最も……」

何かを言いかけた趙雲が元親の顔を見つめる。
その視線から何か熱い物を元親は感じ取った。

「………案外早いかもしれんな」
「そうだと嬉しいのだ!」
「そうですね。趙雲さんの戦いぶりは凄かったです。一緒に戦えれば良いのに……」

鈴々は元気に趙雲へ言葉を掛ける。
それとは対照的に朱里も愛紗と同様、残念そうに言葉を紡ぐ。

「………ありがとう。だが此処は意地を通させてくれ。すまないな」
「ハハハ。大陸を周り終わって、テメェが仕えるに値するものが居なきゃ、いつでも俺達の元に来な。新しい家族として大歓迎するぜ」

元親はそう言って手を差し出し、握手を求めた。

「……ああ。その時には是非」

趙雲も元親が差し出した手を快く握った。

「では……さらばだ」

そう頷くと趙雲は美しい髪をサラリと流し、元親達に背中を向けて立ち去って行く。
やがて段々と彼女の姿が見えなくなって行った。

「……残念でしたね」

愛妙が唐突に呟く。
元親もそれを聞き、口を開いた。

「そうだな。でも仕方が無えだろ。あいつにはあいつの行く道があるんだ。でも必ず俺達の元へ来る。少なくとも俺はそう信じてるけどな」
「…………ほお。ご主人様はえらく趙雲に御熱心ですね」

眉を顰め、愛紗は不機嫌そうな表情を元親に向ける。
だが元親はそんな事は気にも留めず、言葉を続けた。

「おいおい、あれだけ強い女だぜ。喉から手が出るほど欲しいに決まってんだろう?」
「にゃはは! また愛妙がヤキモチ焼いてるのだ!」

鈴々が愛妙をからかい始める。
それに即座に反応した愛紗が顔を真っ赤にしながら否定する。

「や、ヤキモチではない! 断じてヤキモチでは無いぞ!」
「うふふ。愛妙さん、お顔が真っ赤ですよ。まったく説得力がありませんよ」
「朱里までそう言う事を言うのか! 何度も言うが、私はヤキモチなど……」

厳しい戦いを潜り抜け、3人は更に信頼感が益しただろう。
そのやりとりを苦笑しながら元親は見ていた。



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