元親は今、頼れる仲間達と共に荒野を駆け抜けていた。
目的地は遼西群――公孫賛が治めている土地である。
だが何故元親達は遼西群へと向かっているのか――

それは間者からの言葉がキッカケだった。

元親は毎日の日課である書類整理を、朱里に手伝ってもらいながらやっていた。
すると突然、大陸中に放った間者の1人が元親の部屋へ駆け込んできたのである。
駆け込んできた間者が告げた事に、元親は持っていた書類を全て落としてしまった。

――公孫賛軍と袁紹軍が遼西群にて対峙し、一触即発の状態になっている。

元親はすぐに軍議を開き、公孫賛の援護へ向かう部隊を編成した。
元親は勿論の事、愛紗、鈴々、朱里、恋が戦に同行。
残る水簾は糜竺と糜芳の2人と共に幽州の守りへと着いた。

(待ってろよ……約束は必ず守るぜ)

約束を交わした日を思い出し、元親は仲間達と共に幽州を発った。
袁紹軍と戦を繰り広げている公孫賛を救うために――

 

 

 

 

元親達の軍が遼西群に到着した時には、既に公孫賛軍と袁紹軍は正面から激突していた。
公孫賛軍側にある城の城門はまだ壊されてはいない。
だが公孫賛軍が徐々に押されてきている所を見ると、城門突破は時間の問題だろう。

「早く助けに行ってやらないと不味いな……」
「はい。ですが袁紹軍め、数の暴力とはこの事でしょうね」
「ああ。まるで自分の軍を自慢してるかのような戦い方だ。気に入らねえ……」

愛紗が言った言葉に元親は苛立ちながら同意した。
彼女の言う通り、公孫賛軍と袁紹軍の数はかなりの差があった。
まさにこの戦は多勢に無勢と言う言葉を現したような戦である。

公孫賛軍の兵士達が次々と倒れていく様子を見ながら、元親は傍らに居る朱里に訊いた。

「朱里、効率良く公孫賛を救える策はねえか?」
「うんうん。こう言う時は朱里が頼りなのだ!」

元親と鈴々からの頼みに朱里は少し考えるような仕草をした後、ゆっくりと口を開いた。

「袁紹軍は数だけで攻めています。戦術も何も無しに突っ込んでいるだけなので、押されてはいますが、公孫賛軍が頑張っているんです。私達は後ろから袁紹軍を奇襲しましょう」
「成る程な……公孫賛軍と私達で挟み撃ちにする、と言う事か」

朱里の提案した策に愛紗が頷いた。
元親と鈴々も続いて頷き、恋は暫く経ってから頷く。

「とにかく今は公孫賛将軍を救う事が目的です。袁紹軍を壊滅させる事が目的では無いので、気を付けて行動して下さい」
「分かってる。本当なら相手してやりたいが、今は救える命を救ってやる事が大切だからな」

元親は公孫賛が籠っているであろう、城を横眼に入れながら言った。

「よ〜〜し! 突撃粉砕、公孫賛のお姉ちゃんを助けるのだぁ!!」
「…………やる」

その後、朱里の立てた作戦の確認をした元親達は袁紹軍に向かって突撃した。
背後から驚異が迫ってきているなど、袁紹軍はまだ知る由も無かった――

 

 

 

 

公孫賛軍との戦を陣地で眺めていた袁紹が、腹心である文醜と顔良に話し掛けた。
その表情は苛立っており、かなり不機嫌である事が見て取れる。

「まだ城は落ちないんですか! 何時まで私を待たせるつもりですのッ!!」
「そんなこと言われてもさぁ、予想以上に向こうの兵士達が手強いんだよ」
「それに何の策も立てずに突っ込んでいくのは無謀すぎます。こちらは兵士の数が多いとは言え、次々に倒れていってますし……」

頭を掻きながら答える文醜と、オドオドしながら答える顔良の2人。
そんな様子の2人に苛立ちを募らせた袁紹は、奇声を上げながら地団駄を踏む。

「情けない! それでも誇り高い袁家に仕える者ですかッ!! さっさと城を攻め落として、私に勝利を捧げてみなさい!」
「へいへい……(ちぇっ、自分は安全なところで待っているくせに)」

文醜は心の中で袁紹に対して悪態を吐くも、顔良を連れて渋々陣地を出て行く。
2人を見送った袁紹は「フン」と鼻を鳴らしつつ、椅子に腰掛けた。

「どうしよぉ……私達2人でも公孫賛自慢の白馬隊を相手にするのは大変だよ〜」
「仕方ないよ。姫様のご命令だしね。あたい達は逆らえないんだし……」

身の丈以上ある大剣を振り回しながら答える文醜に、顔良が思わず首を傾げる。
普段の陽気な彼女からは想像も付かない程、怒っているような感じがしたのだ。

「文ちゃん……どうかしたの?」
「何が? あたいはどうもしないよ」
「……そう。変なことを訊いてゴメン」

シレッとした様子の彼女に、顔良はそれ以上追及しなかった。
話を終わらせた2人は愛用の武器を構え、敵の主力部隊に突撃する体勢を立てる。
そんな時、1人の兵士が袁紹の居る陣地へと入っていった。

「どうかしましたの? 敵が降伏でもしました?」 
「そ、それが……我が軍の背後から敵が攻めてきています! 旗には奇妙な紋印……あれは恐らく長曾我部軍です!」 
「な、なんですってーッ!?」

袁紹の悲鳴にも似た声が陣地に響く。
顔良と文醜は既にこの場に居なかった。

2人は城を落とそうと、突撃を決行していたのだ。
袁紹の声など聞こえる筈もないのである。

既にこの場に居ない腹心達に悪態を吐きつつ、袁紹は対応に追われていた。

 

 

 

 

元親達が背後から袁紹軍に迫っている時、元親は激戦を繰り広げる騎馬隊に視線を向けた。
見事なまでに逞しい白馬に跨りながら、必死に袁紹軍と戦う公孫賛軍の兵士達。
彼等が力強く掲げる旗には“公”の文字が描かれている。

元親は朱里から出陣前に聞いていたことを思い出していた。
彼等が恐らく、公孫賛が誇る主力部隊“白馬隊”なのだろう。
主力部隊が出ていると言う事は、公孫賛自身が既に出陣しているかもしれない。
そうなっていれば、彼女の命が危険に晒されているのは明白である。

 

それに白馬隊と戦っている袁紹軍の掲げる旗には“顔”と“文”の文字が描かれている。
旗を掲げるくらいだから、率いる者はかなりの手だれである事は間違いないだろう。
一瞬嫌な想像が頭に過った元親は、素早く判断を下した。

「愛紗! 鈴々! 朱里! 恋! 俺は先に行って公孫賛を助けてくる。このままじゃ着く前にあいつが殺られるかもしれねえ」

突然の元親の宣言に、愛紗達の表情が驚愕の色に染まる。
それにいち早く反論したのは愛紗だった。

「なっ! ちょ、ちょっと待ってくださいご主人様! あの大軍の中を先行するなんて無茶ですよ!」
「今回ばかりは待ってやれねえぜ。俺はあいつと約束したんだ。必ず助けてやるってな!」

微笑を浮かべて隊から離れていく元親に、愛紗が大声で何度も呼び掛ける。
だが元親は答えず、代わりに碇槍の速度をドンドンと上げていった。
1人闘志を燃やす元親だったが、急に背中に重みを感じ、後ろへ振り向いた。

「なっ!? れ、恋ッ!?」
「…………一緒に行く」
「「「――――ああ!?」」」

元親が後ろへ振り向くと、そこには恋の無表情な顔があった。
恋は元親の首に手を回し、背中にガッシリ組み付いている。
周囲から見れば、恋が元親に背負われている状態に見えなくもない。
2人の密着した姿に、後ろに居る3人娘は驚きに声を上げた。

「ば、馬鹿野郎ッ! 急にしがみ付くんじゃねえよ! 危ないじゃねえか!」
「…………ご主人様も」
「ああ?」
「今から危ない事をしようとしてる」

恋の的を得た指摘に元親は何も言えなかった。
その言葉通り、まさに危険な事をしようとしているのだから。

「はぁ……本当に付いてくる気か?」
「…………ご主人様守る。だから付いていく」

淡々とした声ながらも、強い意志を感じ取った元親は引き離すのを諦めた。
この様子ではいくら言っても聞きはしないだろうと思ったからである。

「仕方ねえ……ちゃんと掴まってろよ。落ちたら途中で拾えないんだからな」
「…………(コクッ)」
「あと武器を少し正面からずらしてくれ。前が見えなくて進めないぜ」
「…………(コクッ)」

背中に予想外の援軍を付けた元親は、公孫賛の元へと急ぐ。
背中に居る恋が微笑を浮かべている事など、知る由も無い。

2人の信頼し合っている姿(一部3人娘の誤解も有)を見て、3人娘は黒いオーラを醸し出す。
彼女達の配下にある兵士達は皆、醸し出される迫力に震えていた。

「ふふふ……戦が一段落したら、じっくり話し合う必要がありますね。ご主人様」
「……恋ばっかりずるいのだ。鈴々もお兄ちゃんと一緒に暴れたいのだ」
「恋さんも恋敵……恋さんも恋敵……恋さんも恋敵……」

兵士達全員はこの時ばかり、自分達が慕う兄貴を恨んだ。

 

 

 

 

剣と剣が打ち合い、血と悲鳴が飛び交う戦場――
その中で公孫賛は愛馬に跨り、必死の形相で袁紹軍の兵士達を退けていた。

「殿ッ!? 我等が劣勢です! このままでは……!」
「諦めるなぁ! 勝利を信じよ!!」

公孫賛が長剣を振り、斬り掛かってきた敵兵を勢いよく斬り倒す。
その姿はまるで弱気な言葉を吐く味方に喝を入れるかのようだった。

勢いに乗った公孫賛が敵の奥地へ進行しようとした矢先――
横から飛び出してきた大槌が、一撃の元に公孫賛の愛馬を打ち殺した。
衝撃で落馬した公孫賛は地面に額を打ち付けてしまい、血を流した。

額を押さえつつ、ゆっくりと公孫賛が立ち上がって目の前を見る。
そこには大剣を掲げた女性と、大槌を掲げた女性が立っていた。
一眼見ただけで、公孫賛は誰だか正体が分かった。

文醜と顔良――袁紹が誇る2人の猛将。
公孫賛の目の前に静かに絶望が広がった。

「貴様等ぁぁぁ! よくも殿を!!」
「おのれ! 生かしては帰さん!!」

落馬する公孫賛の姿を見ていたのだろう、兵士達が墳怒の表情を浮かべた。
怒りに駆られた兵士達が次々に文醜と顔良に突撃するが、全て一振りで倒されてしまった。

「き、貴様等……」
「あんたが公孫賛だね。恨みは全然無いけど、ウチの姫様の命令だから死んでもらうよ」
「捕虜にすると言う提案もしたんですけど、姫は聞き入れなかったんです。本当に御免なさい」

公孫賛が涙を滲ませた眼で、目の前の2人を睨み付けた。
今の状況ではどんな慰めの言葉も憐みの言葉にしか聞こえない。
その言葉を掛けてくるのが敵なら尚更、屈辱も同然だった。

「安心しな。一瞬で済むからね」

文醜が大剣を振り上げる。
公孫賛にはまるでその動作がゆっくりとした動きに見えた。
静かに眼を閉じる。もう逃げられない事は分かっていた。

(長曾我部…………)

死ぬ前に何故か、自分が少し親しく付き合っていた者の名前が浮かんだ。
公孫賛は自分が心底愚か者だと思った。

袁紹軍との戦いが始まった時、密かに彼が来る事を期待していた自分――
彼とまた共に戦いたいと思っていた自分――
彼と交わした約束を今日まで信じていた自分――

愚か者、愚か者、愚か者――公孫賛は唇を噛み締めた。
その時――

「どけどけーッ!! おっかない鬼が2人通るぜーッ!!」
「…………邪魔」

聞き覚えのある声が公孫賛の耳に飛び込む。
眼を開ければ、文醜と顔良の2人が右を見て固まっている。
振り上げられた大剣は公孫賛を討つ事なく下ろされていた。

公孫賛も右の方へ視線を向ける。

「長曾我部…………!」

そこには特異な形状をした武器に乗り、自分の方へと向かってくる彼――長曾我部元親の姿があった。
彼の背中には見慣れない女性が組み付いているが、袁紹軍を器用に蹴散らしている所を見ると味方だろう。

「よお!」

元親は袁紹軍の兵士達を蹴散らしつつ、公孫賛の傍らに着地した。
微笑を浮かべながら、元親は公孫賛へ話し掛ける。
取り残された文醜と顔良の2人は呆然としていた。

「お……まえ……どうして……?」
「あん? 何言ってんだよ、約束しただろ? あんたの身に危険が迫った時は助けるって」

元親は未だに背中に組み付く女性――恋を引き剥がしつつ、公孫賛の問い掛けに答える。
彼の答えに公孫賛は震える声で言った。

「覚えて……たのか……? あの時の……約束……」

元親は「へっ!」と笑い、公孫賛に背を向けた。

「当たり前だろ。あんたと約束を交わした日を、あんたと共に駆け抜けた日々を、俺は1日たりとも忘れちゃいないぜ!」

公孫賛の眼から大粒の涙が零れる。愚かではなかった。
約束を信じていた自分は愚か者じゃなかった。
公孫賛の胸の内がその事で満たされていく。

元親は文醜と顔良へ視線を移し、碇槍を構える。
傍らで見守っていた恋も元親の様子を見て武器を構えた。

「とりあえず公孫賛は助けた。後はこいつ等を退けて逃げるだけだ」
「…………(コクッ)」
「気合い入れていくぞ! 恋!」
「…………うん」

元親と恋は文醜と顔良と対峙した。




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