砂塵が吹く広大な荒野――
そこに陣を張るのは旗に己の家紋である“七つ方喰”を印した長曾我部軍。
またその陣の遥か奥には、旗に“魏”の文字を印した曹操軍が陣取っていた。

荒れ果てた広大な荒野を両軍の闘気が大きく包み込む。
まだ戦をしていないにも関わらず、まるでそこで大戦が始まっているようだ。

そんな中、長曾我部軍の陣地から1人の人物が姿を見せていた。
彼こそ長曾我部軍を纏める総大将、長曾我部元親である。

「さて……何時頃仕掛けて来やがる?」

元親は荒野に向けてそう吹いた。
その言葉に応えるように、小さな風が元親の頬を撫でる。
元親は無意識にフッと眼を閉じた――

 

 

大国である魏との戦が始まったのはつい最近の事になる。
曹操の魏を攻めるか、孫権の呉を攻めるか――皆としっかり相談した上で曹操に決まった。
守りに徹している孫権を攻めるよりも、積極的に侵攻してくる曹操を攻めた方が合理的だ。

曹操の方もこちらに狙いを定めていたらしい。
戦が始まるまで時間は大して掛からなかった。

戦は互いに辛酸を舐める結果を次々に生んでいった。
今起ころうとしている戦に辿り着くまで、既に両軍は4回の大戦を行っていた。
結果は勝利、敗北、勝利、敗北――長曾我部軍は初めての敗北を味わっている。
流石は大国の1つである魏と言った所か、敵は一筋縄では行かなかった。

曹操率いる魏軍を支えるのは猛将と名高い夏候惇、夏候淵の姉妹。
同じく猛将の許緒、董卓軍から魏軍へと引き込まれた張遼。
そして軍師としての能力は諸葛亮――朱里にも引けを取らない荀ケ。

張遼以外は全て戦以前の斥候の調べによる物だが、個人の能力はそれ以上だった。
今までに無い強敵――元親は改めて曹操の強大さを知る事となったのである。

 

 

元親は閉じていた眼をゆっくりと開けた。
眼の前には先程と変わらない光景がある。
元親は小さく溜め息を吐いた。

「ご主人様!」

背後から声が掛かり、元親は後ろに振り向いた。
見るとそこには小さな軍師の朱里が、長身の元親を上目遣いで見上げている。

「どうした? 朱里」
「これから部隊編成を行いますので、ご主人様にも御思案をして頂きたいのです」

朱里の言葉を聞き、元親は一呼吸の間を開けた後――

「ああ。分かった」

そう返事を返し、元親は本陣へと足を運ぶ。
しかし朱里の方は少し首を傾げていた。

「どうかなさいました……?」
「ん? いや……な」

朱里がおずおずと言った様子で元親に尋ねた。
雰囲気がいつもと違う元親を不安に思ったらしい。

「幽州の守りに就いた伯珪が気掛かりなのと、呉からの援軍が早く来ないかって、ちょっくら思ってただけだ」
「……大丈夫ですよ。きっと援軍は来ます。それに孫権さんを信じるって言ったのはご主人様じゃないですか」

朱里が笑顔で言った言葉に、元親も微笑を浮かべて返した。

「そうだったな。同盟国を疑っちゃいけねえ」
「はい」

本陣へと向かいながら、元親は数日前の事を思い出していた。
それは呉からの遣いが遠路遥々やって来た時だった――

 

 

 

 

「呉王、孫権様から貴殿との同盟を申し入れたいとの事です。至急返事を承りたい」

それは元親が愛紗達と共に魏との戦支度を整えている時の事だった。
大国の1つである呉からの遣いが、幽州へとやって来たのである。
とりあえず返事を保留とし、遣いを客室で待たせたまま元親達は相談を行った。

「しかしこの同盟の話、信用して良いのでしょうか?」
「一緒に魏と戦う味方は多いに越した事はないんだけどねえ」

紫苑が溜め息と共に言う。
元親は集まった将達を見回した後、傍らに居る朱里の方へ視線をやる。

「俺は別に良いと思うが……朱里はどう思う? この同盟の話」

元親から話を振られ、朱里は顎に手を添える。

「大国の1つである魏に対抗する為に私達と同盟を組む。話としては筋が通っています。仮に私達が魏に敗れれば、次に呉が狙われるのはまず間違いありません」
「確かにな。俺達が居なくなりゃ、呉は自然と魏の標的になる……か」

元親は最後に「そんな事はさせねえが」と付け加えて黙った。
朱里は更に説明を続ける。

「でも気になる点は2つあります。魏を倒した後、すぐさま私達に攻めてくる可能性。もう1つは孫権さんと仲が険悪だと言われている軍師の周瑜さんです」
「何だそれは? 別に仲が険悪だろうと、我々にはあまり関係が無いのではないか?」

水簾が呆れたような口調で言う。
それに対し、朱里は首を横に振って否定した。

「関係が無いとは言っていられませんよ。噂では周瑜さんは、孫権さんに反旗を翻すんじゃないかとも言われてます。もし呉の兵士達を自分の味方に付け、魏に勝利した頃合いを見計らって……反逆って言う可能性も無くはありません」
「孫権を追い落とし、同盟をすぐに破って我々と一戦を交える……か。確かに有りえない話ではないな」

伯珪の吹いた言葉に、朱里はその通りと言わんばかりに首を縦に振る。
相談場であるこの部屋が多くの溜め息で満たされた。

「けどさぁ、それはあくまで噂に過ぎないんだろ? 噂に惑わされず、受ける価値があるのか無いのかを教えてくれよ」
「鈴々も小難しい話は苦手なのだぁ……」

翠と鈴々が机に身を投げ出し、ダラけた姿勢を取る。
しかしその姿勢はすぐに愛紗の睨みで正される事となった。
当の朱里は2人の言葉を聞き、大した間を開けずに答える。

「受ける価値はありますよ。私達が単独で魏と戦う事を考えれば、これ程良い話はありません」
「だな。以前やり合った戦でも、俺等は魏と勝った負けたを繰り返してるからな」

元親の言葉を機に、場に集まった全ての将達の意見が固まった。
皆が互いに視線を送り、コクリと1度だけ頷く。

「決定ですね。同盟関係を結ぶつもりで御話を進めていきましょう」

朱里が同盟受諾の方向で結論を出す。
皆からの反対意見は最早無かった。

遣いに同盟受諾の返事を送り、遣いは孫権の居る呉へと帰国していった。
それから2日後、呉王である孫権が家臣達を率いて幽州へとやって来た。

「…………久しぶりだな、長曾我部元親。反董卓連合以来か?」
「ああ。お互いあんまり変わってねえな」
「ふ……そうだな」

元親は不意に孫権の後ろへと眼をやった。
孫権の護衛役だろうか、眼付が妙に鋭い女性が元親を睨んでいる。
更にその傍らには――元親より少し低いぐらいの――長身の女性も同じく睨んでいた。

無論、この程度の睨みで元親は怯みもしなかったが、気分は悪かった。
これから同盟を結ぶと言うのに、敵意を剥き出しにされては堪らない。

(やれやれ、先が思いやられるぜ)
「? どうかしたか? 長曾我部」
「いや……あんたの後ろに居る女2人がおっかねえと思ってな」

元親が意地の悪い笑みを浮かべ、2人の女性に視線を向ける。
2人は唇を噛み締め、悔しそうな表情を醸し出していた。
そんなやり取りが行われているとは露知らず、孫権は2人を元親に紹介した。

「紹介する。こちらは甘寧。呉の将軍であり、私の護衛だ」
「…………」

2人の内の1人――甘寧が無言で会釈を元親に送る。
いくら相手に敵意があろうと、それなりの礼義は重んじるようだ。

「そしてこちらは周瑜。呉が誇る軍師だ」
「…………」

もう1人の女性――周瑜も甘寧と同じく、無言で会釈を送る。
元親は朱里の話を思い出すと共に、彼女の瞳の暗さが気に掛かった。
まるで腹の底を読ませない、そんな暗い闇に覆われた瞳だった。

(成る程なぁ……朱里の言っていた噂も満更じゃねえって事か)

その後、元親は孫権と共に会議室へと歩を進める。
その途中、元親は孫権に礼を言っておいた。

「さっき言い忘れてたが……この同盟の話、本当に感謝するぜ」
「感謝される事ではない。魏が侵攻を拡大する以上、貴様と組むしかないからな」
「道理だ。だが俺は礼義って奴を重んじるんでね。礼はしっかり言わせてもらう」
「…………外見に似合わず、案外真面目な気質なんだな。お前」

孫権が感心したように言う。
対して元親は心外だと言わんばかりに――

「だから今までここの太守をやってこれたんだよ」

と言った。
孫権は思わず微笑を浮かべた。

それから会議室に着き、同盟の条件や期間などの交渉を行う。
無論、両軍の将軍と軍師の立ち会いの元、元親と孫権は同盟締結を交わした。

「これから協力して戦っていく仲だ。俺はあんたを信頼する。信じてるぜ?」
「それは私も同じだ。呉王として、命に代えても約定を守ると約束しよう」
「そうこなくっちゃな。それじゃあ戦の段取りについて、俺等が頼りにしてる軍師のしゅ……諸葛亮から説明させてもらう」

元親が朱里へ視線を向け、こちらへ来るよう促す。
予想通りと言えば予想通りなのだが、朱里はガチガチの緊張状態だった。

「はわわっ……そ、それでは……こ、今回の戦の……はわわっ……せ、せ、説明を……させていただきましゅ……はうっ……」

元親は勿論、愛紗達は朱里の様子に頭を抱えた。
しかもご丁寧に噛んでもいる。孫権が呆然と朱里を見つめる。
その様子を見ていた呉の軍師の周瑜が、密かにほくそ笑んだ。

「慌てるな。落ち着いてゆっくりと説明すりゃ良い」
「はわわっ……は、はい。すみません……」

途中、元親から色々と助言されながらも、朱里は何とか説明を終えた。
中でも呉は基本的に前線には出ず、援護に回ってもらう事が重要だった。
これは言うまでも無く、朱里が念の為に考えた周瑜への対策である。
決戦の際に彼女に裏切られてしまっては元も子も無いからだ。

こうして同盟締結、戦の段取りを決めた呉は帰国していった。
元親達はそれを見送りながら、これから何も無い事を祈った。
これがつい数日前の出来事である――

 

 

 

 

「――それでは部隊の編成はこれで決まりで宜しいですね?」

朱里が集まった将達を見渡す。
愛紗、鈴々、星、翠、紫苑、水簾、恋、そして元親が頷いた。

「よしっ! この戦の最中、恐らく呉の援軍が到着する筈だ。それまで何とかして頑張るんだ。誰1人として死ぬんじゃねえぞ!」
「「「「「「「ハッ!」」」」」」」
「良い返事だ。お前等……絶対に勝つぞ!!」
「「「「「「「ハッ!!」」」」」」」

元親の激励を受け、愛紗達の闘気が身体中を覆う。
元親はそれ以上の闘気を身に纏い、戦いに備えた。

 

そして同じ時をして、魏の方からも雄叫びが上がった。
両軍の開戦の時は近い――



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