荒れ果てた荒野を歩く軍勢――先の戦から撤退した曹操軍は本国の魏へと向かっていた。
向かう目的はただ1つ、本国で用意されているだろう援軍と合流する事である。
今頃は主である曹操の元に荀ケから指示された兵士がこちらの状況を伝え、援軍を用意してくれている筈だ。

夏候惇達猛将と魏の兵士達は、本国が準備しているだろう援軍に大きな期待を寄せていた。
その期待は――この中には居ない――張遼が討ち取られたと言う噂で起こった物である。
曹操の為、共に戦った張遼の仇を取る為、今は悲しみに暮れている暇は無いのだ。

戦力を補充した状態で再び長曾我部軍と相まみえ、必ず勝利する事を皆は誓った――

 

 

先の戦で疲労した身体を引き摺りながらも、曹操軍は何とか本国へと到着した。
馬に乗っていた夏候惇、夏候淵、荀ケ、許緒の4人は降りて門の前と歩み寄る。
しかしいくら待っても門が開く気配はまるで無かった。

「どういう事だ? どうして門が開かん!」

今の事態に腹を立てたらしく、夏候惇が巨大な門を睨みつける。
そんな中、今まで辺りを見回していた夏候淵が夏候惇を宥めるように言った。

「落ち着け姉者……何だか様子がおかしい」
「何だと……? 何処がおかしいんだ」
「それは…………」

夏候惇に問い掛けられるも、夏候淵自身、様子のおかしさに困惑していた。
それは例えようの無い不安と言った方が良いだろうか、上手く言い表せない。
刹那――今まで開かなかった門が鈍い音を立てて開き始めた。

「あっ! 門が開き始めましたよ!」
「むっ……やっと開いたか。長い間待たせおって」

はっきりしない様子の夏候淵に首を傾げていた夏候惇だったが、許緒の言葉を聞いて門の方へと視線を戻した。
やがて門が開き切ると、そこから曹操軍兵士の行列が姿を現した。
それと同時に立派な装飾が施された輿も中央で運ばれている。

その輿の上には魏の主である曹操の姿があった。

「か、華琳様!?」

その光景を見た荀ケが思わず曹操の真名を悲鳴のような声で叫ぶ。
夏候惇、夏候淵、許緒の3人は声を上げなかったが、表情は驚愕の色に染まっていた。

「華琳様がわざわざ戦場に赴くとは……いや、それよりも奴等は一体……」

夏候淵が視線を向けるその先には白装束を身に纏った奇妙な男達。
その男達は曹操の輿を十数人掛かりで担いでいる。
彼等の姿を見た許緒は不快そうに顔を顰めた。

「あんな気持ち悪い奴等、僕は見覚えがありませんよ」
「それは私も同じだ。それに華琳様は自身の輿をあんな奴等に担がせたりはしない」

夏候惇はそう言った後、曹操の真意を確かめる為に行列に向けて走った。
突然の行動に驚いた夏候淵、許緒、荀ケだったが、彼女を止める間は無かった。
しかし夏候惇の行動は1人の男によって止められる事になる。

「我等の邪魔をするな。下がれ、女」

夏候惇の前に突如として現れた、氷のような眼差しを持つ1人の男。
男は奇麗な円を描き、周りに鋭い刃の付いた刀――輪刀を夏候惇へ突き付ける。
その男が現れたと同時に行列の進行がピタリと止まった。

「何だ貴様は! あの白装束の仲間か!!」

夏候惇は背中に背負っていた大刀を構え、眼の前の男に敵意を剥き出しにする。
更に夏候惇が指摘する通り、男の服装は白装束を身に纏う男達とよく似ていた。
すぐに分かる大きな違いと言えば衣服の色ぐらいだろう。

「我が名は毛利元就。それ以上貴様に話す事は無い。さっさと消え去れ」
「何をぉぉぉッ!!」

夏候惇は雄叫びと共に常人を遙かに超える速さで大刀を正面から振り下ろした。
直撃すれば間違いなく頭に太刀が深く喰い込み、絶命する程の勢いである。
だが元就は表情を変える事なく、軽々とその攻撃を輪刀で受け止めて見せた。

「なっ……何だと……!」
「我を殺したと言う幻を見たか!」

元就はその言葉と共に夏候惇を撥ね退け、輪刀を勢いよく横に振り切った。
夏候惇は腹部を斬り裂かれる寸前、輪刀を自身の大刀で何とか受け止める。
金属と金属がぶつかり合い、激しい火花を散らした。

「ぐっ……くっ!」
「なかなか出来るようだが、それもここまで」

2、3歩離れた元就は息を1度深く吸った後、身体全体を素早く回転させた。
手に持つ輪刀が回転する身体と連動し、一瞬にして生ける者を引き裂く凶器と化す。
夏候惇は数回受けきったが、衝撃で肩を斬られた後、勢い良く宙へ吹き飛ばされた。

夏候惇の口から呻き声が漏れ、地面へと落ちる音が響く。

「姉者ッ!?」
「しゅ、春蘭!?」
「春蘭様ぁ!?」

戦いを見守っていた夏候淵、荀ケ、許緒が夏候惇の真名を呼び、急いで駆け寄る。
後ろから兵士達の呼び止める声が聞こえたが、3人は構ってはいられなかった。

先に駆け寄った夏候淵が倒れた夏候惇の身体を起こし、傷の深さを確認する。
肩に負った傷は思ったより酷くは無さそうだが、夏候惇は痛みに唇を噛んでいた。

「無様な。敗北者は地面を這いつくばるのが似合いよ」
「貴様ぁ……!」

夏候淵は自分達を見下している元就に向け、鋭い憎悪の視線を送る。
大切な実姉を傷付けたばかりか、馬鹿にするような言葉を奴は吐いた。
姉を心から慕う夏候淵にとって、元就の言動は許せる物ではなかった。

「お前! よくも春蘭様を傷付けたなぁ!! 僕がやっつけてやる!!」

夏候淵に変わり、同じように怒っていた許緒が元就に叫んだ。
対する元就は許緒を視線に入れたまま――

「何だ貴様……居たのか」

そう吹いた。
その言葉を聞いた許緒の顔が真っ赤に染まっていく。

「なっ……! 最初から僕はここに居ただろうが!!」
「小煩い蝿は気に留める必要も無い。貴様もそれと同じよ」

元就のこの言葉で許緒の怒りが頂点に達した。
何処からともなく取り出した鉄球を頭上で振り回し、元就を威嚇する。

「もう謝ったって許さない!! お前は絶対に僕がやっつけてやる!!」
「煩い蝿だ。黙らせてやっても良いが、貴様等にもう逃げ場は無いぞ」
「何だと……!」

元就の意味深な言葉を聞いた夏候淵が咄嗟に兵士達の居る後ろを見やる。
するとそこには武器を持ちながらも、虚ろな眼をした兵士達の姿があった。
彼等は一言も言葉を発すること無く、佇んでいる。

「な、何ッ!? 一体何なの!?」

荀ケが虚ろな眼をした兵士達に恐怖を覚えたのか、必死の形相で夏候淵に抱き付いた。
事態に気付いた許緒は無防備な状態の3人を守る為、必死に鉄球を振るう。
刹那、元就の周りに白い煙が立ち込め始めた。

「すいませんねえ。貴方達が面倒な事をしている間に、彼等にはお人形さんになってもらいました」
「馬鹿な奴等だ。傷付いた奴を放っておけば、コイツに全員が人形にされる事ぐらい防げた筈なのに」
「酷い言い草ですねえ。まるで私が大悪党みたいじゃないですか」

白い煙が晴れると同時に――またも突然――元就の傍らに2人の青年が現れた。
1人は眼鏡を掛けた青年、もう1人は眼付の鋭い青年である。
夏候淵は元就達を睨みながらも、眼鏡の青年が言った“ある言葉”が引っ掛かっていた。

「貴様……兵士達を人形にしたと言ったな。どう言う事だ!」

夏候淵からの問い掛けに、眼鏡の青年は飄々とした様子で答えた。

「簡単な事です。私は方術使いです。私の得意とする方術を使い、彼等の意識を完全に抑え込みました。よって彼等はもう私達の命令に忠実に従う人形です。勿論……曹操にも同じ術を掛けてあります」
「な……何だと!? 貴様、華琳様にも同じ術を!?」

今まで言葉を発さなかった夏候惇の表情が驚愕の色に染まる。
それからすぐさま眼の前に居る眼鏡の青年を睨み付けた。

「コイツの術は何かと便利だぜ? 俺達が戦えと命令すれば、曹操はお前達とだって戦う」
「そして我等がその場で死ねと奴に命令すれば――――」
「はい♪ 彼女はすぐに死にます。言うなれば自決って奴です」

元就達の果てしない悪意に、夏候惇達は吐き気さえ覚えた。
しかし自分達を覆うのは主を思い通りに操る彼等への激しい怒りだ。
一刻も早く自分達の主である曹操を彼等から取り戻したかった。

だが今の自分達にはそれが出来ない。
あまりにも状況が自分達にとって不利過ぎる。
そんな中、眼鏡の青年が1歩前へと進み、元就に問い掛けた。

「元就様、彼女達は一応魏の誇る猛将ですよ。人形にしておきますか?」
「「「「――――ッ!?」」」」

眼鏡の青年の思わぬ言葉を聞き、夏候惇達に緊張が走る。

「これだけ居れば十分だ。これ以上は必要無い」

元就は背後の行列を一瞥し、そう吹く。

「俺も同感だな。元就様の策に必要な手駒はもう揃っている」
「そうですか……彼女達は結構役に立ちそうなんですけどねえ」

2人の意見を聞き、眼鏡の青年はやれやれと肩をすくめた。
問い掛けに答えた元就は行列の方へ身を翻す。
すると白い煙が現れ、元就達3人を徐々に覆っていった。

「急ぐぞ。こんな所で時間を潰している暇は無い」
「彼女達はどうするんです?」
「……奴等の兵士に始末させよ。我等の手を煩わせるまでも無い」

眼付の鋭い青年が顎で小さく振り、眼鏡の青年を促す。
眼鏡の青年は軽く溜め息を吐いた後、右手を頭上に上げた。

「それではお人形さん達、後の始末は宜しくお願いしますね♪」

その一言を最後に元就達は煙の中に消えていった。
元就達が消えてすぐ、止まっていた行列は進行を再開する。

「くっ……逃げたか!」
「ど、どうするのよ! 華琳様が、華琳様が何処かへ行っちゃうわ!?」
「そんな事は分かってる! だがこの場を切り抜けなければ始まらないだろう!」

夏候淵に介抱されていた夏候惇がゆっくりと立ち上がり、大刀を構える。
許緒も鉄球を構え、戦闘がまるで出来ない荀ケの盾のように前に立った。
彼女達の周りは先程まで苦楽を共にした兵士達が武器を持って取り囲んでいる。

「人間を人形に変える術……か」

夏候淵が念の為に携帯していた小刀を構え、そうポツリと吹く。

「何としてもここを切り抜けるぞ。華琳様をお救いする為にもな」
「姉者、あまり無茶をするな。傷はまだ開いたままなのだぞ」

妹からの忠告に対し、夏候惇は微笑を浮かべて応える。
その後、人形と化した兵士達が一斉に夏候惇達に襲い掛かった。

 

 

 

 

長曾我部軍本陣――張遼はフッと眼を覚ました。どうやら眠っていたらしい。
辺りを見回した後、身体を起こそうとした瞬間、身体中に鈍い痛みが走る。
張遼は痛みに耐えるように深い息を吐き、起こそうした身体を再び横にした。

「ここは何処なんや……ウチは確か……」
「おっ! 眼を覚ましたか」

突如聞こえてきた声に、張遼は声の聞こえた方へ顔を向けた。
するとそこには自分が全力を出して戦った相手――長曾我部元親の姿。
元親は微笑を浮かべ、張遼が寝かされている天幕へと入った。

「――――ッ! な、何であんたが……痛ッ!?」
「おいおい、無理するなよ。まだ身体は完全に治ってねえんだから」

元親は張遼の近くに座り、眠っていた間の出来事を話してやった。
曹操軍は完全に撤退した事、呉の援軍も役目を果たしたので本国に戻った事、倒れたまま放ってはおけなかったので捕虜にした事、傷の手当てをした事――色々だ。

元親の話を聞いた張遼は徐に自分の身体と掌を見つめた。
身体の所々に包帯が巻かれており、掌は完全に包帯で巻かれている。

「ったく、無茶しやがるなお前も。掌が真っ赤になるまで振り続けるとはな」
「仕方ないんや。あそこまで行ったら武人の意地、最後までやるしかないやろ?」
「……違いねえ」

互いに気さくな笑顔を浮かべる元親と張遼。
2人は矛を交えたせいか、奇妙な感じがした。

「ご主人様……」
「頼まれた粥も持ってきたぞ。ご主人様」

次いで天幕に入った来たのは恋と水簾の2人だった。
水簾の手には元親に頼まれたらしく、粥が入った茶碗が握られている。

「おう、ご苦労さん」
「呂布ちんに華雄……」

元親が茶碗を受け取ると同時に、張遼は入ってきた2人に視線を向けた。

「霞…………」
「眼を覚ましたか、張遼」

2人も張遼へ視線を向け、少しだけこの場に気まずい空気が流れる。
そんな空気を苦々しく思ったのか、元親が張遼を見て言った。

「良かったな。戦場じゃ無い所で再会出来てよ」

張遼が一瞬驚いたような表情を見せるが、すぐに気さくな笑顔に変わった。
そして2人としっかり眼を合わせ――

「久しぶり。呂布ちん……華雄……」

そう明るい声で言った。
恋と水簾も同じ調子で「久しぶり」と言った。

それから後――ギコチない調子であるが――元親を除いた3人は今までの事を話した。
離れ離れになってから再会するまで、随分と短いようで長い時を過ごしただけあって、彼女達の話は弾んだ。

(まあ、あいつ等は元々月の配下だったからな。話が弾むのも当然か)

湯気を立てる茶碗を持ちつつ、3人の様子を眺める元親はそんな事を思っていた。
話が弾んでいる所ではあるが、折角持ってきた粥を冷ますのは勿体ない。
元親は悪いと思いつつも、彼女達の中に割り込んで張遼に粥を手渡した。

「食べな。腹いっぱい食えば、傷の治りも早くなるからよ」
「…………おおきに」

張遼は一言礼を言い、横になった状態からゆっくりと起き上がる。
それから予め差し込まれていたレンゲを持つが、手が震えて上手く食べられない。
どうやら手を酷く痛めたのが今になって響いたらしい。

「霞……大丈夫?」
「はは、アカンなぁ。粥の1つも食えんとは」
「仕方ない。私が食べさせてやろうか?」
「ん〜〜〜どうせならウチは……」

そう言って張遼は元親へと視線を移す。
その眼は何処か強請っているような感じである。

「俺?」
「うん。あんたに食べさせてもらいたいかな?」

その瞬間、恋と水簾の間に衝撃(?)が走った。
当の元親はそんな事に気付く筈も無く、仕方ないと言った様子で張遼から茶碗を受け取っている。

「ちょ、ちょっと待て! 私が食べさせてやると言っただろう! わざわざご主人様に頼む必要は無いだろう!!」
「別にええやん。ウチかて、食べさせてほしい人に食べさせてほしいもんねえ」

水簾が声を荒げるも、張遼はそれをやんわりと流した。

「いつもの霞……けれど……何だか嫌……」

恋も身体から妙な気を発するが、張遼はまったく動じてないようだ。

「お〜い。食べねえのか?」
「食べる食べる。早く食べさせてや」
「待て! まだ私の話は……」

元親がレンゲにすくった粥をゆっくりと、口を開ける張遼へと持っていく。
その光景を水簾は苛々と、恋は無表情で見つめていた。
そしてもうすぐ張遼がレンゲを銜えようとした瞬間――

「ご主人様! どうされ……ました……」
「いきなり水簾の大声が聞こえたもんだから……」

長曾我部が誇る猛将達が勢揃いで天幕に駆け込んで来た。
しかし元親が張遼へレンゲを運ぶ光景を見つめ、皆が一斉に固まった。
元親と張遼も突然勢揃いした武将達に驚いたらしく、そのまま固まる。

「な、な、何をしているんですかご主人様!!」
「何をしているって……コイツが食べさせてほしいって言ったから食べさせてやろうとしただけだぜ?」

墳怒の表情を浮かべる愛紗に対し、元親は訳が分からないと言った様子で首を傾げた。
他にも愛紗と同様、墳怒の表情を浮かべる者が何人も居るが、元親の様子にそれ以上何も言えないようだった。
中には笑顔を浮かべている者も居るが、身体から醸し出している怒気は半端では無い。

「嫌やなぁみんな。ウチとチカちゃんにヤキモチ妬いて」
「う、う、うるさい! それに何だ! そのチカちゃんと言うのは!!」

張遼は顎に手を添えて考える素振りを見せた後、元親が差し出しているレンゲを銜えた。
その瞬間、愛紗達が「あああああ!!」と大声を張り上げる。

「長曾我部元親やから、チカちゃん。どや、似合ってるやろ?」
「……もう少しマシな呼び方は思いつかなかったのか?」
「別にええやん。似合ってるって、チカちゃん」

溜め息を吐く元親と気さくな笑顔を浮かべる張遼。
2人の様子を見て、愛紗の何かがプツンと切れた。

「貴様……捕虜の分際で、ご主人様に変な呼び名を付けるな!!」
「いや〜ん! チカちゃん、関羽がむっちゃ怖いわぁ」

わざとらしい悲鳴を上げ、張遼が元親に抱き付く。
その光景にまたも天幕が愛紗達の絶叫で満たされた。
抱き付かれたせいで元親は思わず粥を落としそうになるが、何とか保てた。

「貴様! 何と羨ま……いや、破廉恥な事を! 今すぐ離れろ!!」
「張遼! ドサクサに紛れてお兄ちゃんに抱き付くのはずるいのだ!!」
「はわわっ! あんなにご主人様に……!」
「ふむ……捕虜、または怪我人への虐待は許されていなかったか?」
「あらあら星ちゃん。ご主人様の前でそんな事するのは良くないわ」
「あわわ……どうしてご主人様はあんな平然としてるんだよ……」
「張遼め……それ以上調子に乗るなよ」
「霞……ずるい」

愛紗が、鈴々が、朱里が、星が、紫苑が、翠が、水簾が、恋がそれぞれ思った事を口にする。
中には物騒な言葉や意味深な言葉もあるが、皆の本音は“羨ましい”が殆どである。

そんな混沌とした場の天幕であるが、勇気を出して入ってきた1人の兵士によってそれは収まった。
何と魏の武将達がこちらを訪ねて来ていると言うのだ。
武将達は武器を地面に置き、投降の態度を示しているとの事。

「どう言う事でしょう。現状から見れば、まだ魏が投降するぐらい追い詰められているとは思えません」

混沌した場が無くなり、一斉に武人の顔へ戻った元親達が真意について考える。
朱里の言った事は確かに的を得ている。一旦撤退したとは言え、魏は大国だ。
まだあり余る程の兵力は持っている筈である。

「何にしろ、会わない事には話が進まねえ。会ってみようぜ」
「ご主人様。流石に危険ではありませんか?」
「心配すんな。俺はともかく、お前等が付いててくれりゃ安心さ」

元親が微笑を浮かべ、愛紗達はゆっくりと頷く。
元親達が大天幕に移動した後、数十人の兵士達に囲まれながら魏の武将達がやって来た。
そこにやって来た武将達を見て、元親達の眼が驚愕の色に染まる。

「夏侯惇に……夏侯淵か!」
「あっ! ペタンコも居るのだ」
「それに荀ケさんまで……」

皆が一斉に驚きの声を上げる。
それはそうだ、全員が魏に欠かす事の出来ない武将ばかり。
これに王の曹操を加えれば、見事な顔ぶれが揃うだろう。

「御目通りを許して頂き、誠に感謝する」
「「「…………」」」

4人が元親に跪き、一斉に頭を下げた。
しかし悔しいのか、身体を震わせているのが分かる。

「……これだけの奴等が投降となれば、魏に何かあったらしいな。用件を聞こう」
「話せば長い事になるのだが……構わないだろうか」
「気にしないぜ。じっくり聞かせてもらおうじゃねえか」

元親は腰を据え、夏候淵の話を一字一句漏らさず聞いた。
魏が白装束を纏った者達に掌握された事、主である曹操も敵に囚われて操られている事、首謀者が毛利元就と名乗る男らしいと言う事――

話を聞き終わった後、元親は墳怒の表情を浮かべていた。
また、愛紗達もその事実に驚きを隠せないでいる。

「今の我々には兵士が1人も居ない。だが我々と互角に戦った長曾我部軍ならば必ず対抗する事が出来る」
「…………曹操を助けたいが為、私達の元へ渋々投降してきたのか」
「そうするしか無かったのだ。我々にもっと力があれば頼ったりしない」

夏候惇が苦渋を噛み締めた表情を浮かべた。
許緒もまた、夏候惇と同じ表情を浮かべている。

「お願い……私達に協力して。私達には華琳様が必要なの!!」
「もし協力を約束してくれるならば、魏を貴方に譲っても構わない」
「お、お願いします!! 僕達に協力して下さい!!」

夏候惇達の必死の懇願を見つめた後、元親は彼女達に背を向けた。
そして――静かに夏候惇達へ告げる。

「飯を用意させるから、腹いっぱい食いな。腹が減ってちゃ戦は出来ないぜ?」

そう告げた元親に対し、夏候惇が問い掛ける。

「…………それは我々に協力してくれると言う事か?」
「それ以外に何があるってんだ? 客のもてなしに聞こえるかよ」

夏候惇達の瞳に僅かな希望の光が差し込む。
愛紗が元親に近づき、問い掛ける。

「ご主人様、協力するのですね?」
「愛紗、お前も奴等を知ってる筈だぜ。助けねえ訳にもいかねえだろ」

愛紗がゆっくりと頷く。
その事を聞いていた鈴々も、朱里も、水簾も、恋も頷いた。
白装束の事を初めて聞いた星、紫苑、翠は分からなかったが、元親の敵である事は分かった。

「朱里、飯と一緒に衛生兵を連れてきて夏候惇達の手当てをしてやれ」
「わ、分かりました」
「それから愛紗達は野郎共に本陣の見張りを厳重にしろと伝えろ。奴等の事だ、奇襲をしてこないとも限らねえ。今は日暮れだが、油断は禁物だからな」
「「「「「「ハッ!!」」」」」」

元親の指示を聞き、愛紗達が大天幕から飛び出していく。
武将の中で1人残った恋は張遼の傍に居るよう、元親に言われた。

「恋、怪我して動けないあいつをしっかり守ってやるんだぞ」
「……うん。恋、ちゃんと守る」

元親の言われた通り、恋は大天幕をゆっくりと出て行く。
それから元親は再び夏候惇達に向き合った。

「心配すんな。絶対に曹操は助ける。奴等の好きにはさせねえよ」
「「「「…………」」」」

夏候惇達は怒りに震える元親の表情を呆然と見つめた。




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