呉の本国・地下室――薄暗い地下で2人の女性が牢屋に閉じ込められていた。
1人は孫権の護衛人である甘寧、もう1人は周喩と同じ軍師である陸遜だ。

「…………ここに閉じ込められてから、もう何日経つ……?」

甘寧が唇を噛みつつ、悔しげに呟いた。
陸遜はその言葉を溜め息混じりに返す。

「15日以上でしょうか? 正確じゃないから、合っているか分かりませんよぉ」
「くそっ……蓮華様が奴等の手に落ちたと言うのに我々が何も出来ないとは……!」

牢屋を作る石壁を拳で叩き、甘寧は己に内に湧き上がる苛立ちをぶつけた。
それを見た陸遜は石壁を何度も叩く彼女に慌てて近づく。

「無茶しちゃ駄目です。あまり暴れると身体の傷が痛みますよぉ?」

陸遜が後ろから彼女を押さえ、石壁を叩くのを止めさせた。
甘寧は身体のあちこちに出来た生傷を手で押さえ、吹く。

「このぐらいの傷……痛む内に入らん。余計な心配は無用だ」
「でも眼の前で痛めつけられているところを見せられた私の身にもなって下さい」
「くっ……………………」

陸遜は癇癪を起こす動物を抑えるかのように甘寧を宥めた。
数日前に甘寧は定期的に食糧を運んでくる白装束へ、隙を突いて挑み掛かったのだ。
しかし騒ぎを聞き付けて来た数人の白装束に痛めつけられ、報復を受けたのである。

「さあ、座って下さい」
「む…………」

落ち着いた甘寧をゆっくりと座らせ、陸遜も彼女の隣に座った。
この時間帯だともうすぐ白装束が食糧を持ってくる筈だ。
お腹が膨れれば焦りと苛立ちは少しでも解消されるだろう。

「周喩め……蓮華様を裏切った罪、必ず償わせてやる!」
「…………(私には何か、大きな理由がある気がするんですよねえ……)」

周喩を恨む甘寧と、何処かで彼女を庇いたいと思う陸遜。
2人の気持ちは正反対に動いていた――

 

 

 

 

砂塵吹き荒れる荒野――そこを疾風のように駆け抜けていく、元親率いる長曾我部軍。
元親は3人の白装束に告げられた通り、全軍を率いて呉の本国へと向かっていた。

今まで生死を懸けて戦っていた呉軍は兵士全てが首を撥ねられて殺されていた。
恐らく無駄な時間を戦場で使わせない為、白装束があえて手に掛けたのだろう。
周喩が居たと思われる大天幕、そして他の天幕も根こそぎ潰されていた。

それ程までに自分を呉へ向かわせたいのか――
自分を向かわせる為なら、無駄な殺生もするのか――

元親は暴れ出したい気持ちを必死に抑え込んだ。
今はただ、指定された場へ向かうだけなのである。

「ご主人様……」

碇槍に乗り、先を進む元親の背中を心配そうに見つめる愛紗。
自分も馬に乗っているとは言え、元親の進む速度は少し速い。
馬の手綱を懸命に操って彼の隣に並び、声を掛けた。

「ご主人様……」
「…………」

全く声が耳に届いていないのか、あえて無視しているのか――
愛紗からの呼び掛けに元親は正面を向くだけで答えなかった。

「愛紗……」
「星……」

愛紗が項垂れて落ち込んでいると、後ろから馬を走らせる星が声を掛けてきた。
星は愛紗の隣に並び、彼女の隣に居る元親を一瞥した後、ゆっくりと口を開く。

「主は今、己が宿敵との対決を前にして精神を集中させているのだ」

落ち込む愛紗を慰めるように星は言葉を続ける。

「それに見ただろう? 主が呉の本陣の惨劇を目にした時の顔を……」
「あ…………」

愛紗は思い出していた――
血塗れの大地、辺りに散らばる首、抵抗したような様子を見せる身体。
それを見た時、自分は不覚にも大きな吐き気を催してしまった。

こんな惨状は戦場で見慣れている筈なのに。

だがそれ以上に元親の顔は暗かった。
彼の瞳には悲しみ、憎しみ、怒り、憤り――
色々な感情が複雑に絡み合っていた。

その様子を見たのはきっと自分や星だけではない。
他の者達も見たと思う。

「主を思うなら、今はソッとしておいてやれ」
「…………」

愛紗は無言のままゆっくりと頷いた。
呉の本国まで後もう少しだ――

 

 

 

 

呉の本国・門前――2日を掛け、ようやくここまで辿り着いた長曾我部軍。
それぞれの馬に跨る者は降り、門の前へゆっくりと歩み寄る。
本国を外敵から守る門はその巨大な口を閉じずに開けていた。

「どうなってんだ、こりゃあ……」
「酷い…………!」
「何と非道な……これも全ては白装束の仕業か」

門内へと入った元親達が呆然と呟く。
中には火に焼ける家々と、倒れ伏す町人と兵士の数々――
その惨状を見た全ての者が口を押さえ、出す言葉を失った。

「そんな……! 呉が……! 呉が……!!」
「お姉ちゃん……!」

それを後から見た孫権が涙を浮かべて取り乱す。
そんな彼女を小蓮が優しく声を掛けて慰めた。

(小蓮も辛いだろうに……)

元親は思った。小蓮もまた、呉の姫と言う立場である。
自身の国が焼け出されて、普通は平静を保っていられる筈がない。
きっと彼女も孫権と同じく、涙を流して泣き叫びたいのだろう。
しかしそれでも泣いたりしないのは彼女の心の強さを表していた。

「う、うう……」

すると何処からか、微かな呻き声が聞こえてきた。
その場所を誰よりも早く見つけた元親は、急いでそこへ駆け寄る。

「おい! しっかりしろ! 大丈夫か!」

倒れ伏し、呻き声を上げる若い男を元親は抱き起こした。
声を掛けると男はゆっくりと閉じていた瞼を開ける。

「あ……あんたは……誰だ……?」
「俺の事は後だ。それよりここで何があった!」

男の眼から一筋の涙が零れる。

「…………暴れ出したんだ。兵士達が……突然!」

男のか細い声から、元親は何があったのかを聞いた。
ここで待機していた兵士が突然気が狂ったように全員が叫んで走り始めた。
それから周囲の家に火を点け、逃げ出す町人を斬り伏せ、暴れ続けたらしい。

「生きている奴が居るか分からねえ……みんな、バラバラになっちまって……」

語り終えた男は静かに泣き始めた。
この男にも妻子は居ただろうに。

元親は無意識に自身の身体が怒りで震えるのを感じた。

(兵士達は全員死んでる。役目を終えたから自害させたのか……クソッタレめ!)

元親は辛うじて生き残った男を衛生兵に任せ、編成し直した部隊を率いて孫権の屋敷へと向かった。
それぞれの部隊に所属する兵士達は生存者探索のために町へ残し、屋敷へ向かうのは愛紗達猛将だ。
その中には勿論、屋敷の主である孫権と小蓮も同行している。

「流石に大きいな。孫権殿の屋敷は」
「だな。それだけに大将が居そうな感じがするぜ」

屋敷の前へ着いた元親達はその異様な雰囲気に身体を震わした。
しかし戦場から忽然と姿を消した周喩は必ずこの中に居る――
皆の心の中にはそう確信めいた物があった。

「さて……敵さんへ殴り込みと行こうじゃねえか」
「しかしご主人様、全員で行くのは危険過ぎますよ」
「無論全員では行かねえさ。出来るだけ少人数に絞る」

元親は同行した孫権へゆっくりと視線を移す。
視線を向けられた孫権は身体をビクリと震わした。

「孫権……あんたにはここで逃げてほしくねえ」
「長曾我部……」
「周喩をひっ捕まえるにはあんたの力が必要だ」

元親の力強い眼が孫権をジッと見つめ続ける。
それから孫権はゆっくりと頷き、同行を承諾した。

「ならばご主人様、私も行きます」
「愛紗1人だけでは無理だ。私も行こう」
「あっ! ウチも一緒に行く!」
「お姉ちゃんが行くなら私も!!」

最初に愛紗、次に星、次に霞、次に小蓮と――同行したい者が次々に立候補していく。
元親はひとまず皆の騒ぎを押さえた後、最初に立候補した愛紗と星に同行を頼んだ。

「紫苑、お前も朱里と同じく、みんなの纏め役になってやってくれ」
「承知しました。ご主人様、くれぐれもお気を付けになって下さい」
「ああ分かってる。また長い説教を受けるのは御免だからな」

紫苑に頼んだ後、選ばれなかった事に不満を漏らす鈴々、翠、恋、霞を宥める元親。
孫権も選ばれなかった事に不満を漏らしている小蓮を彼と同じように宥めた。

「小蓮……お前はここに残って大人しくしているんだ」
「でもお姉ちゃん……! 私だって心配で……!」
「お前の気持ちは分かる。だがこれは私が挑むべき問題なんだ」

姉にそう強く論され、渋々と頷く小蓮。
それでも納得してくれた事に孫権は感謝した。

「よし! 残った奴等は白装束が来ないか警戒しろ! 奴等の事だ、またどんな汚い策を弄してくるか分からねえ! 俺達が屋敷から出て来るまで守ってくれよ!」

元親の激励に選ばれなかった鈴々達は力強く頷く。

「分かったのだ! 鈴々にぜ〜んぶお任せなのだ!」
「はわわ……! わ、私も皆さんに上手く指示を出します!」
「愛紗、星、あたし達の分までご主人様を守ってくれよ!!」
「愛紗ちゃん、星ちゃん、しっかりね」

翠と紫苑の言葉に、愛紗と星は微笑を浮かべて頷いた。

「…………恋も行って、ご主人様を守りたかった」
「我が儘を言うな恋。私だって行きたかったんだぞ」
「水簾……未練がましいから諦めろって」
「ウチかて、チカちゃんと一緒に行きたかったわぁ」

後半は少し不安だが、期待は裏切らないだろう。
元親は愛紗、星、孫権と視線を交わし、頷く。

「それじゃあ……行くぜ!!」

4人は屋敷の中へ一斉に駆け出した。
今回の戦いの全てに決着を着ける為に――

 

 

 

 

「何故だか分からないが、妙に静かになったな」
「そうですねえ。食料も届けてくれなかったし……出掛けたんでしょうか?」
「そんな訳があるか! ともかくここをどうにかして脱出しなければ……」

地下牢に閉じ込められている甘寧と陸遜は周囲の変化に気付いていた。
地下でも少しは物音が響いていたのに、今では水を打ったように静かなのである。

この好機を逃す手は無いと、甘寧は何とか鉄格子を壊そうと試みた。

「くそっ……力ずくでは壊せんか」
「無茶ですよぉ。ここの牢屋は外から開けてもらわないと絶対に出れないんです」
「むう……元々は我々が作り上げた牢屋とは言え、厄介な……」

甘寧が悔しげに息を漏らすと、地下に人が入ってくる気配を感じた。
奴等が戻ってきたのだろうか――甘寧は警戒心を露わにする。
その時――

「甘寧! 陸遜!」
「――――ッ!? 蓮華様……!!」

甘寧が声を上げると、眼の前に護ると決めた主の姿が映った。
陸遜もそれに驚き、自分達を遮る鉄格子に駆け寄る。

「甘寧……陸遜……良かった! 無事で良かった……!!」
「蓮華様……貴方も御無事で何よりです」
「本当に良かったです。心配していました」

3人の久しい再会に元親達が遅れてやって来た。
彼等の姿を見た甘寧と陸遜は驚きに眼を見開く。

「良かったな孫権。お前の予想が当たったじゃねえか」
「あ、ああ……」

元親が笑顔で孫権の肩を叩く。
元親達は屋敷の中へ入った後、孫権に頼まれて地下室へと急いで向かったのだ。
自分が白装束に術を掛けられる前、連れて行かれた甘寧と陸遜を救出する為である。

時間もあまり無い今、地下室へ向かうのは1つの賭けに近かった。
見つけられたのは孫権が彼女達は生きていると強く信じた結果だ。

「良い結果に終わって良かったぜ。待ってろよ、今すぐそこから出してやるからな」

元親は愛紗と星に声を掛け、一斉に愛用の武器を構えた。
3人での集中攻撃――これで牢屋を壊すつもりらしい。

「蓮……孫権様! これは一体……!!」
「良いんだ甘寧。長曾我部達は、私の協力者だ」

孫権は甘寧にそう言い聞かせ、驚いている彼女を落ち着かせた。

「鉄格子から離れてろよ。巻き込まれないようにな。愛紗、星」
「分かりました、ご主人様……!」
「私は何時でも良いですぞ、主」

元親が微笑を浮かべると共に3人の武器が一斉に鉄格子を直撃する。
金属のぶつかり合う音と、石壁が崩れる音が地下に響いた。

「す、凄い……」
「ほえ〜〜〜」

ボロボロに壊れた鉄格子を見つめ、甘寧と陸遜が呟く。
こうして無事に牢屋から脱出した2人は元親達と共に地下室から出た。

「あんまりモタモタしてられねえ! 悪いが、手短に説明するぞ!」

現在の状況をあまり知らない甘寧と陸遜に元親は簡単に説明した。
愛紗や星の補足もあってか、2人は大まかな状況を理解したらしい。

「まさか……私達が閉じ込められている間、そんな事が……!!」
「周喩様……!!」

説明を聞き終わった後、2人は明らかに動揺した表情を浮かべた。
孫権は彼女達の様子を見つめ、何とも言えない表情を浮かべる。

「主、2人を助け出せたのは良い。しかし周喩の居所が分からなければ、これ以上動きようがありませんぞ」

星の言葉は一理ある。
屋敷中を考え無しに動いては時間の無駄だ。

「確かにそうだな……孫権、何か思い付く場所はねえか?」

元親にそう問い掛けられ、孫権は周喩の向かいそうな場所を思い浮かべる。
そして――孫権は思い付いた場所を皆に言った。

 

 

 

 

『ふふ……冥琳、まだ仕事をしてるの?』
『貴方を支える為よ。仕方ないでしょ』
『冥琳は真面目だからね。でも少しぐらい柔らかくなっても良いと思うわ』
『私には似合わないわよ。そんな柔らかい性格なんて……』
『そんな事ないわ。私の目指す夢には絶対似合うわよ!』
『夢……ね。そうかしら……?』
『そうそう。私の夢は――――――』

また彼女の事を思い出した。
けれど重要な部分は思い出せない。

――しかしもう関係は無い。

自分にはもう託された彼女の夢を叶える資格は無い。
自分はもう彼女の事を思い出して良い人間じゃない。

「雪蓮……御免なさい」

周喩は光の無い瞳で1人呟いた。
涙がボロボロと零れ落ち、絶望感が自分を覆う。
もう――これ以上生きていたくなかった。

「貴方の夢……叶える事は出来なかったわ」

気が付いたらこの部屋に1人で立っていた。
けれどこの世との別れには都合の良い場所かもしれない。
懐にあった短刀を手に取り、周喩は自身の喉に突き付ける。

「馬鹿で愚かな私を……どうか……許して……」

そう呟いた後、短刀を持つ手に力を込めた。
周喩は眼を瞑り、短刀を一気に喉へ――

「周喩ッ!!!」

大声と共に扉が勢いよく開いた。

「孫権……様……?」

周喩は聞こえて声に眼を見開き、無意識に短刀を持つ手の力を抜いた。
そして部屋――王室の中へ元親達がゾロゾロと入る。

「何とか間に合ったか! 危ねえ……!!」
「周喩ッ!! 止めて!! 自決なんて止めて!!」

孫権が涙を浮かべながら周喩に近づく。
しかし周喩は光の無い瞳で孫権に短刀を向けた。

「近寄らないで下さいッ!!」
「周喩……ッ!!」

孫権の足が止まる。
次いで陸遜が歩み寄ろうとするが、周喩は短刀を向けて止めた。

「周喩様ッ!! お願いです!! 止めて下さい!!」
「黙れ陸遜! 私にはもう……生きる資格は無い!!」

周喩は視線を孫権に向け、涙を浮かべた。

「お願いです……私をこのまま死なせて下さい……!」
「嫌……嫌よ!! 貴方が死ぬなんて嫌!! 絶対に嫌!!!」
「裏切り者の私を庇ってどうするのです! 私はもう……死んで当然なのです!!」
「そんなこと無い! 貴方はまだ生きれる! 生きて良い!! 生きて良いの!!」
「いいえ! 死ななければなりません!!」

周喩は手に持った短刀を再び喉に突き付ける。
孫権と陸遜は小さい悲鳴を上げ、元親達は思わず一歩を踏み出した。

「私にはもう……生きる目的が無いのです……! 死なせて、死なせて下さい……!」

甘寧が唇を噛み締め、無理にでも取り押さえようと動き出そうとした。
しかしその時――

「勝手な事ばかり言ってんじゃねえ!! この大馬鹿野郎ッ!!!」

元親の怒声が王室内に響いた。
その場に居た全員が怯えたように身体を震わす。

元親は周喩を睨みつつ、一歩ずつ踏み出す。

「生きる目的がねえだと? んな物はなぁ、また必死で探せば見つかるんだよ!!」
「お前に何が分かる!! どうしようもない絶望感を味わった私の何が分かる!!」
「ああ! 何も分からねえよ!! それに俺は簡単に命を捨てちまう大馬鹿野郎の事なんか分かりたくもねえ!! 悪いかこの野郎!!」

元親は怒声を放ちながら周喩にゆっくりと近づいた。
周喩は気圧されたように少しずつ退いて行く。

「あんたは独り善がりだ! テメェの目的の為に周りが見えてねえんだ!!」
「な、何だと!! 私を愚弄するか!!」
「じゃあ訊くが、あんたは孫権を、死んだ孫策に重ねた事はねえのか!!」

元親の指摘に周喩が動揺する。

「あんたは孫権の本当の姿を、真正面から見た事あるのか……?」
「孫権様の……本当の……姿だと……?」

元親は「ああ」と吹き、後ろに居る孫権を一瞥する。

「こいつは確かに呉王だ。だがな、俺に見せてくれた姿は全く違ったぜ。何処にでも居る普通の女だった。涙を浮かべて泣く普通の女だったよ!! あんたはそんな姿を見た事があるのか!!」
「――――ッ!?」

周喩が一歩、一歩と後ずさる。

「テメェの描く理想像ばかり押し付けて、こいつの事を蔑ろにしてたんじゃねえのか!! こいつの泣きたい気持ちを無視して、テメェが勝手に不満を募らせてただけじゃねえのかよ!!」

その光景を見つめる甘寧は思わず息を飲んだ。
長曾我部元親――どうしてここまでするのか。
甘寧は彼がここまで必死になる訳が分からなかった。

「勘違いしてんじゃねえぞ……? ここに居るのは孫権だ、孫策じゃねえ!」
「――――ッ!?」

周喩の瞳に無くなった光が徐々に戻って行く。
そして手に持っていた短刀が音を立てて落ちた。

「よく覚えておきな。何もかも無くしちまっても、死んじまった奴の為に生き続けるのが生きている奴の義務なんだよ! 俺は何時だってそうしてる。戦で死んでいった奴等の事を無駄にしねえ為にも、しがみ付いてでも生きるんだよ!!」

元親の言葉に愛紗と星がゆっくりと頷く。
立ち尽くす周喩は嗚咽を漏らし、ゆっくりと膝を地に付けた。

「死んだ孫策の為にもあんたは生きるんだ。そしてここに居る妹の孫権を守る為にもな。夢とやらは何時かこいつが叶えてくれる。そうだろ?」

元親が孫権に視線を移す。
孫権は涙を流しつつ、頷いた。

「孫権……様……」
「周喩……お願い……生きて……死なないで……!」
「周喩様……私からもお願いです。生きて下さい」

孫権と陸遜の優しく、温かい言葉――
甘寧もまた周喩に視線を向け、軽く頷いていた。

「私はまだ……」

周喩が立ち上がり、孫権の元へ向かおうとした時――

「愚か者が」

その一言と共に周喩の背中へ白刃が振り下ろされた。
血が吹き出し、信じられない表情のまま周喩が仰向けに倒れる。
孫権と陸遜の声にならない悲鳴が王室内に響いた。

「テメェェェェェ!!!」

刹那、元親は駆け出していた。
碇槍を構え、周喩を斬り倒した――毛利元就の元へと。

「ふん……ッ!」
「この野郎……ッ!!」

元就の持つ輪刀と元親の持つ碇槍がぶつかり、組み合う。
元親が元就の動きを押さえている間、孫権と陸遜が倒れた周喩を引き寄せた。

「周喩ッ! 周喩ッ!!」
「周喩様ッ! 周喩様ッ!!」

孫権と陸遜が必死に周喩へ呼び掛ける。
愛紗、星、甘寧も近づき、彼女の傷の深さを調べた。

「いかんな……かなり深い」

星が唇を噛み締めると、周喩が苦しげに息を漏らした。
愛紗と甘寧が希望を見出し、孫権と陸遜に告げる。

「まだ辛うじて息はある。急いで手当てをすれば間に合うかもしれん」
「そうみたいだな。孫権様、陸孫、落ち着いて下さい」

孫権と陸遜が涙を零しながら頷く。
それを組み合いながらも聞いていた元親は、後ろに居る全員に呼び掛けた。

「お前等ッ! 周喩を連れて、この屋敷から出ろ!! まだ息があるんなら外に居る衛生兵に治療してもらえる」

この元親の言葉に真っ先に愛紗と星が反論した。

「何を言っているのですか!! ご主人様を置いて屋敷を脱出するなど……!」
「そうですぞ主! 1人では危険過ぎる。我々もここに……!!」

2人の言葉に元親が力の限り叫ぶ。

「馬鹿野郎ッ! こいつがまだ屋敷に仕掛けをしているかもしれねえんだ! そんな時に孫権や周喩、陸遜を守ってやれるのはお前等だけなんだよ!」
「だが長曾我部殿ッ! 1人でここに残るなど、余りにも無謀だ……!!」
「甘寧、お前は孫権の護衛だ!! こう言う時に主を守るのが役目だろ!!」

元親が碇槍を振るい、元就と距離を取った。

「先に行けッ! こいつと決着を着けたら、後ろから付いてく!」
「し、しかし……!」

それでも食い下がる愛紗達に対し、元親は言い放った。

「行けッ!! 俺を困らせるな!! 俺を信じろ!!」

再び元就と組み合う元親を見やり、愛紗達はゆっくりと背を向けた。
孫権と陸遜が周喩の両腕を支え、倒れていた彼女を立ち上がらせる。
そして愛紗、星、甘寧と言った武将が先頭に立ち、道を切り開く役目を請け負った。

「ご主人様……どうか御無事で……!」
「主……必ず我等の前に姿を見せて下さい」

愛紗と星が一言そう言い残し、王室を出て行く。
孫権、陸遜、甘寧も心配そうな表情で後ろを一瞥した後、王室を出て行った。

「ふふふ……駒達を逃がしたか」
「駒っつう言葉を使うな。あいつ等は仲間で家族だ」

元親の言葉を最後に元就は元親を弾き飛ばした。
距離を取り、元就は言い放つ。

「下らん。貴様の甘さ、死ななければ治らんらしい」

元就が顔に出来た斬り傷を指でなぞる。
それを見た元親は微笑を浮かべた。

「良い面構えになったじゃねえか。陰気な空気がかなり増してるぜ?」
「ふふふ……減らず口を。この傷以上の傷を貴様に刻んでくれるわ」
「やってみなよ……出来るものならな」

元親は碇槍を構える。
元就も輪刀を構えた後、ゆっくりと口を開いた。

「貴様はまんまと我の策に嵌った」
「何……?」
「ここに来た時点で貴様の死は決まったのだ」

元親はそれを鼻で笑い飛ばす。

「その言葉は聞き飽きたぜ……策士さんよ」
「ふふ……貴様の不快な態度もここまでよ」

元就は冷たい瞳で元親を睨み据えた。

「後僅かでこの屋敷を業火が包み込む。地獄の業火だ」
「地獄の業火だと……?」

元就は元親の疑問の表情を無視し、言葉を続ける。

「業火が包み込んだ時、貴様に逃げ場は無い。万が一我が死した時も、そして我が勝った時も、貴様は必ず死ぬ。ここが貴様の死に場所だ……!」
「へっ! 確かにな。あんたにはあの白い煙があるからな。どんな状況でも逃げ出せるって訳だ……!」

元親は微笑を浮かべ、元就を見つめる。
対する元就はその視線を不快に感じたらしく、顔を顰めた。

「何を笑う……西海の鬼!」
「ああ、笑えるぜ。勝手にここが俺の死に場所だって言ってるんだからな……」

元親は碇槍を地面に叩き付け、再び構えた。

「地獄は鬼の住処、地獄の業火も鬼にとっちゃ涼しいもんよ! 俺からしてみりゃあ業火は大海原のデッケェ波だ!!」

元親は元就に言い放つ。
自分は業火など、恐れてはいない事を。

「俺の波だ! あんたをぶっ飛ばす為に、このまま乗ってくぜ!!」

対する元就も言い放つ。
眼の前の男を必ず倒してやると。

「日輪の加護、常に我が背に! 貴様の身体は業火に、御魂は日輪に捧げてくれるわ!!」

2人から莫大な闘気と殺気が放たれる。
そして――2人が一斉に駆け出し、武器がぶつかり合った。




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