長曾我部元親は少しワクワクしたような面持ちで厨房へ向かっていた。
今日は前々から予定していた桜花達と呉の面々が、幽州へ訪問をしに来るのだ。
魏の面々はまだ主な仕事が片付いていないらしく、訪問は少し遅れるらしい。
全員と再会出来ないのは少し残念であるが、桜花達だけでも来てくれるのだ。
これ以上の贅沢を望むのは良くないと、元親は自分に言い聞かせていた。

(あいつ等とは久しぶりに会う訳だが、何を話して良いか分からねえなぁ)

自分がこの世界を去る時、蓮華からは涙混じりに告白されてしまっている。
彼女達に会えるのはとても楽しみだ。だが照れ臭いのも、また確かである。

(前田の嫁さんにも指摘されたが、やっぱり俺って女の扱いが下手なのか……?)

立ち止まって腕を組み、ウ〜ンと深刻そうな面持ちで悩む元親。
そんな彼を見掛けた通りすがりの兵は何事かと思ったらしい。

(愛沙にも……言われてんだよなぁ)

蓮華と同じように、元親は愛紗からも去る間際に告白を受けていたりする。
あの時の事は鮮明に覚えているとは言い難いが、覚えている事は覚えている。
だがその話を持ち出すと、愛紗は顔を赤くして脱兎の如く逃げてしまうのだ。
どうやら彼女自身、あの時の事はかなり恥ずかしいと思っているらしかった。

「あああああッ! 俺らしくねえ! 何をウジウジ悩んでんだ!!」

頭をブンブン振り、こびり付いている悩みの種を振り払う元親。
何処かで死闘でも繰り広げたかのように疲れた表情を浮かべていた。

「何時か答えを出す! それで良いじゃねえか! ウジウジ悩んでも仕方ねえ!」

そう自分に納得させるように言い聞かせ、元親は再び厨房へと足を進めた。

(…………今の俺ってかなり情けねえな。ハア……)

ガックリと肩を落とし、深々と溜め息を吐く元親。
彼の背中には何処か哀愁が漂っていた。

 

 

「よお月。今日来る連中に出す飯の準備はどうだ?」
「あっ……ご主人様。はい、順調に出来ていますよ」

厨房を訪れた主に対し、月が笑顔で彼を出迎えた。

「厨房の人達も大忙しだからね。まっ、月に掛かればこのくらいはね」
「お前が作ってる訳じゃねえってのに、随分と偉そうだな……」

元親のツッコミに詠が「うるさい!」と怒鳴った。
訪れた厨房では、料理長やら料理人が忙しなく働いている。
その中を器用に動き回りながら、月も調理を手伝っていた。

「月もだいぶ素早い動きをするようになったなぁ……」
「まあね。料理長からはよく手伝いを頼まれているみたいだし」
「あいつの料理は美味いからなぁ。こう癒してくれるんだよな」

元親がしみじみと言った様子で、月が作った料理の味を語った。
そんな彼の様子を詠が呆れながら見つめ、月本人は照れていた。

「それよりもあんたさぁ、少し浮かれ過ぎじゃない? 朝から見てて苛々するわ」
「そうかぁ? 単純にまたあいつ等と会えるってのが、嬉しいだけなんだが……」
「…………こんな調子だから、愛沙達の細かい心情にも気付かないのよねえ」
「ん……? 詠、何か言ったか?」

何でもないと彼を一蹴し、詠は調理する月の手伝いへ戻った。
彼女の態度に疑問を覚えつつ、元親は厨房を後にするのだった。

 

 

 

 

「そろそろ伯珪さんと呉の皆さんが到着する頃ですね」
「出迎えの準備は万全だしな。驚く顔が眼に浮かぶぜ」

屋敷の門の前には元親を始め、幽州の主な武将の面々が顔を揃えている。
更に大勢の兵が槍を持って横に整列し、来客を迎える準備を整えていた。
すると1人の兵が少し慌てた様子で、元親に駆け寄って来た。

「どうした?」
「あ、はい。呉の方がいらっしゃったんですが……」
「? 何だ。随分と歯切れが悪い言い方じゃねえか」

冷や汗を掻いている彼の表情はどうもおかしい。
苦笑していると言うか、何と言うか――。

「まあ良い。とにかくここに通して――」
「もっとちかぁぁぁぁぁ!!」

バンと音を立てて門が開いたかと思うと、そこから飛び出してくる1人の小さい影。
元親に駆け寄った兵は咄嗟に避けたものの、元親は突然の奇襲に避けられなかった。
その小さい影に勢いよく押し倒され、後頭部を思い切り地面に打ち付けた。

「ご主人様ッ!?」
「おいおい、大丈夫かよ!」

愛紗を筆頭に、押し倒された元親の方へ駆け寄って行く。
一方の元親と言えば、痛む後頭部を押さえつつ、押し倒してくれた犯人を睨んだ。

「痛……ッ! いきなり何を――」
「元親ッ! ホントに元親だよね!」

犯人が何度も確かめるように、元親の名を呼び続ける。
少々圧倒されたが、犯人の正体が分かると、深々と溜め息を吐いた。

「俺以外に誰が居るってんだよ。小蓮……」
「う〜……っ! 良かったぁ!!」

犯人の孫尚香――小蓮は涙混じりに彼の首筋に抱き付いた。
元親はゆっくりと起き上がりつつ、彼女の背中をあやすように撫でる。
普段強気な彼女が嗚咽を漏らす所を見ると、余程悲しかったのだろう。
元親はここに帰って来たのと同じような強い罪悪感を思い出していた。

「ほら、もう泣き止めよ。俺はもう何処にも行ったりしねえから」
「…………ホント?」
「ああ、本当だ。愛沙達にも再三確認させられたからな」

抱き付いていた彼から顔を離し、小蓮がニッコリと微笑んだ。
やはり明朗快活な彼女には、笑顔がとても良く似合っている。

「じゃあ、お詫びの印として、シャオに口付けして?」
「……………………ハッ?」
「「「「――――――――ブッ!?!?」」」」

小蓮の放った滅騎と同様の砲撃によって、この場に嵐が巻き起こった。
様々な想いが混じり合い、騒ぎの中心である元親へと向けられる。

(ほら元親、シャオの夫としての心意気を見せてよね♪)

彼女は眼を閉じ、愛する彼からの返事を期待しながら待っている――。

(お詫びって言ったよな……? いや、確かに悪いとは思っているけどよ……)

元親は額から冷や汗を流しながら、彼女への返事に戸惑っている――。

((((我々はまだしてもらってはいませんよ……? ご主人様……?))))

彼の背に控える忠臣の愛紗達は、絶対零度の視線を彼に向けて送っている――。

(兄貴ィィィ……!)
(俺達にはこれぐらいしか出来ませんが……)
(どうか頑張って乗り切って下さい……!)
(将軍達には、逆立ちしても勝てませんから!)

整列する兵達は、心から慕う兄貴に聞こえない応援を送っていた――。

「先に行ったと思っていたら……何をやっているの!! 小蓮ッ!!」
「うわっ!? お姉ちゃん!!」

突如として起こった嵐は、彼女の姉である孫権――蓮華によって収められた。
彼女の背後には呉の面々、そして同時に到着したのか、桜花達の姿もある。
どうやら今までの光景をしっかり、バッチリと見られてしまっていたらしい。

「せっかく、また会えたと思ったら……!」
「ご主人様……!」
「チカちゃ〜ん……!!」

桜花、水簾、霞が怒気を発しながら彼に詰め寄り――。

「じっくり話し合いましょうか? 元親……」
「ぶぅ〜……もうちょっとだったのになぁ」
「「「「「はぁ……」」」」」

蓮華も桜花達と同様に怒り、小蓮は大変残念がっていた。
残る冥琳、思春、穏、二喬は呆れて溜め息を吐いている。
元親が苦笑しつつ、一歩後ろに下がってみると――

「私達も丁度お話があります。ご主人様……」
「あはは。どうして小蓮さんの申し出に間があったのかなぁと……」
「確かに。その辺は主の口からじっくりお聞きしたいなぁ」

後ろからも愛紗達が詰め寄り、退路が塞がれていた。
彼女達は笑顔なのだが、それが恐怖を余計に駆り立てる。
逃げる事を断念した元親は、両手を上げて叫んだ。

「一から追って話す! だからお前等、ちょっと落ち着けぇぇぇ!!」

元親の悲痛な叫びが、幽州全体に響き渡った。
この時、街の人々は挙って屋敷の方を見たと言う――。

 

 


後書き
後日談4を書き上げました。今回は短めですいません。
竜の右眼と並行して執筆を進めているので、どうにも遅くなりがちです。
繋ぎなので短いですが、次回からは修羅場を取り入れていきたいZE☆
それと竜の右眼、鬼姫の多大な応援をありがとうございます。
これからも宜しくお願いします。ではまた次回の更新で!


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