平和な日々を送る幽州――丁度お昼時を回った頃だろうか。
元親は1度大欠伸をした後、背中を思い切り伸ばした。

「もう昼時かぁ。飯はどうするかな?」

今までの仕事の疲労を取る為、昼食をどうするか考える元親。
手っ取り早く調理場で作ってもらう手もあるが、今は外に出たい気分だ。

「愛紗達は何処で昼飯を食べるんだ?」
「私達は調理場で作ってもらおうと思います」
「でもご主人様が外で食べると言うのなら、私は付いていきますよ?」

朱里の言葉に桜花が「私もそうしよう」と、同意の意を示す。
愛紗も彼女の言葉に少し意外な様子だったが、食べに行くのも満更では無さそうである。

「そうか……飯は大勢で食った方が美味いしな。ここに居る奴等で食べに――」
「それには私も入れてほしいですな。主」

元親の背後にある窓が開くと同時に聞こえてきた女性の声。
その正体は星であり、入ってくるなり元親の首に背後から手を回した。

「せ、星! お前、何処から入ってきてるんだ!!」

星の行動に桜花がすぐさま火を噴くように反論する。
桜花の言葉を聞いた星は冷静な態度で答えた。

「窓からだが?」

桜花の頬が引き攣る。

「そうシレッとした態度で答えるな! 扉があるんだから、正面から入れば良いだろ!!」
「別に良いではないか。主の部屋に何処から入って来ようと、個人の自由で」
「勝手が過ぎるだろ! それと、何時まで元親の首に手を回してるんだ!!」

桜花が強く指を指し、眼の前で行われている光景に異を唱えた。
当の元親は苦笑しており、愛紗と朱里は星の事を羨ましそうに見ている。

「やれやれ、伯珪は色々と細かいな。嫉妬深い女は主に嫌われるぞ?」
「ぐっ……そ、そもそも嫉妬深く無い女なんかこの世に居るか!」

星と桜花の争いは暫く続いたが、元親の「飯は食いに行かねえのか?」の一言で静まった。
しかし何を食べるかで、元親を除いた面子がまた争いを繰り広げるのだが、省略しておく。

そんな小さい争いが収まった頃、元親の部屋に水簾が訪れた。
彼女の手には手紙が何十通も握られている(どうやら届けに来てくれたらしい)。
手紙の殆どは元親へ宛てられた物であり、書かれている内容も想像が出来た。

「またお見合い関係の手紙ですね、ご主人様」
「だな。どれもこれも目的が見え見えだ」
「……政略結婚ですね」

元親はそうボヤきつつ、送られてきた手紙の内容を1枚ずつ確認していく。
内容は最初に元親を褒め称える文章が連なり、その後にお見合いについての事が書かれていた。

「ここ最近増えている気がするな。見合い関係の手紙」

水簾が不機嫌そうに手紙を掴む。
掴んだ手紙には歯の浮くような文章が連なっており、彼女の気分を害した。

「仕方が無いだろう? 主の名は大陸中に轟いているからな。見合いを申し込まない者が居ない方がおかしい」

太守、独身、男――これだけでもお見合いを申し込む理由が立っている。
高い地位に居る男の妻になりたいと願う女性はこの世に大勢居るのだ。

「聞くまでも無いと思いますが、全て断ると言う形でよろしいですね? ご主人様」
「構わねえよ。政略結婚に乗る気はねえし、今は結婚する気もねえしな」

元親は最後に溜め息を吐き、全て愛紗に渡そうと、読んだ手紙を片づけ始める。
折角仕事の疲労を取る為に昼食を食べにいこうとしていたのに、余計に疲労感が増した気がした。
手紙を届けた水簾のせいにするつもりは無いが、面倒なことはやっておこうと考えた自分の浅はかさを呪った。

「…………ん? まだ開けてない奴があったのか」

手紙を片づけている最中、元親の眼にまだ封が切られていない1通の手紙が映された。
徐にそれを手に取って見てみると、宛先人は自分では無かった。

「ご主人様? それは……?」
「俺宛てじゃねえな。こいつは……紫苑宛てだ」
「紫苑の?」

流石に手紙の中を見る訳にはいかず、水簾に頼んで紫苑を部屋に呼んで来てもらった。
相変わらずの笑顔を浮かべて部屋を訪れた紫苑は、元親から自分宛ての手紙を受け取る。

「手紙を貰うのは随分久しぶりね。一体誰かしら?」
「手紙を送ってくる者に心当たりは無いのか?」
「そうねえ…………特に思い当たらないわ」

愛紗の問い掛けにそう答えつつ、紫苑は手紙の封を切り、内容を確かめた。
紫苑の眼が文章を見ていくに連れ、何故か困ったような表情を浮かべる。
元親達は彼女の反応に首を傾げずにはいられなかった。

「あらあら……どうしましょう」
「何か大変な内容だったんですか?」

朱里の言葉に紫苑は「ある意味ね……」と、曖昧な返事を返した。
続いて星が差出人を訊いてみると、どうやら無くなった夫の友人らしい。

「それでそいつは何の用事があって手紙なんか寄こしたんだ?」
「そうだよ紫苑、もったいぶらずに教えてくれ」

元親と桜花の要望は全員の意思であるらしく、熱の入った視線で紫苑を見つめた。
紫苑は苦笑した後、手紙を広げて全員に見せた。
その内容とは――――

「お見合いの申し出ですわ。私への」

刹那、場の空気が固まる。
そして――

「「「「ええええええッ!?」」」」

元親の部屋に悲鳴のような声が響き渡った。
元親が紫苑から手紙を受け取り、内容を確認する。
愛紗達も書かれている内容が気になるらしく、横から覗いた。

「ひゃ〜〜〜……!」
「こ、これは……!」
「ほう……何とも熱烈な文章だな」

皆が言う通り、手紙には紫苑への熱烈な思いが書かれていた。
思わず黙読をしてしまったらしい、愛紗達が顔を赤らめる程の文章である。
しかし手紙を持っている当の元親は、何とも言えない表情を浮かべていた。

「書かれてる内容は結構な事だが、コイツは信用出来んのか?」

元親が怪訝な表情を浮かべ、紫苑に問い掛ける。
元親からしてみれば、口だけの者は信用するに足らなかった。

「ええ……夫の生前に数回会っただけですが、信用は出来るかと」
「そうか……どうすんだ紫苑。この話を受けるのか?」

元親の問い掛けに、紫苑はゆっくりと首を横に振った。

「悪いですが、その話を受ける訳にはいきません。私はこの乱世が終わるまで、ご主人様の弓となる事を誓いましたから」
「……本当に良いのか? 俺は出来るなら家族の幸せを優先させてやりてえんだが……」
「そのお気持ちだけでも身に余る光栄です。だから良いんですよ、ご主人様」

紫苑は微笑を浮かべてそう言った。
対する元親は苦笑し、敵わないと思った。

「しかしご主人様、この話を断るにしても、1度会わなければいけないようです」

手紙を覗いていた愛紗がそう言う。
それに続くように、星と水簾が言った。

「確かにそうだな。手紙には日にちと場所が書かれている」
「受けるにしても断るにしても、手紙の返事だけでは済まさないと言う事だな」

相手が指定した日にちは3日後であり、場所は幽州に最近出来た最高級の料理店だった。
場所を指定していると言う事は、相手は幽州に来ていたと言う事になるのだが、何時の間に来ていたのだろうか。

「それは仕方ないわ。直接会って断りを入れてきます」
「はわわ、紫苑さん1人だけで大丈夫ですか? もし相手がしつこかったりしたら……」

朱里が心配そうに吹く。
紫苑は心配無用と言った様子の笑顔を浮かべた。

「大丈夫よ朱里ちゃん。誰か1人付いて来てもらうから」

朱里が安堵の溜め息を吐き、元親が頷く。

「その方が良いだろうな。どうだ、愛紗辺りの手だれを1人――」
「いえ、もう誰を連れていくか決めていますわ」

元親の言葉を塞ぐように紫苑が言う。
そう言うと同時に取った紫苑の行動は、誰が見ても素早かった。

「ご主人様、私と夫婦になって頂けませんか?」
「…………ハッ?」

元親が固まるのとほぼ同時に、愛紗達が固まった。
その表情は若干青ざめており、そして――――

「「「「ええええええッ!?」」」」

元親の部屋に本日2度目の悲鳴が響き渡る。
その原因を作った張本人の紫苑は、変わらずの笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

「私は絶対に反対だ! ご主人様を見合いに同伴させる必要は無い!」
「愛紗の言う通りなのだ! お兄ちゃんの独り占めはズルイのだ!!」
「「私達も姉妹で反対です!!」」

場所は変わって謁見の間――ここではある戦いが勃発していた。
一方は愛紗を筆頭とする一団、もう一方は紫苑1人だけである。
しかし紫苑は1人だけでも、愛紗達の一団に負けないぐらいの覇気を発していた。

ちなみにこの場には元親、更に恋と華琳達は居ない。
元親は一切口を挟むなと、万場一致で璃々との遊び役を引き受けさせられてしまった。
そして恋を監視役に置いた華琳達は、戦いが起こる随分前に街に下りていたのだった。

「あらあら、みんな大人気ないわよ。ちょっとご主人様には芝居をしてもらうだけなのに」
「なら別にご主人様じゃなくても、紫苑の隊の兵士に手伝ってもらえば良いじゃないか!」

翠の反論を聞いた紫苑は、やれやれと言った表情を浮かべた。

「確かに翠ちゃんの言う通りね。だけど、もっと早く断るにはご主人様のような器量を持った人を連れていった方が良いと私は思うの」
「だが紫苑、それでも連れていく相手はご主人様でなくとも――」
「あらあら、水簾ちゃん……」

刹那、紫苑が水簾に向けて笑みを浮かべた。
しかしその笑みはかなり冷たい物が感じられる。

「ご主人様のような器量を持った方が、他に居ると思う?」
((((…………こ、怖ッ!?))))

流石は弓の名手である紫苑。
視線と言う名の弓矢で皆を射抜かんばかりの覇気である。
その視線を向けられた水簾は身体を震わし、他の者は冷や汗を掻いていた。

「さあ、この話はもう終わりにしましょう。私はこれから意匠家の元に行ってくるので」
「意匠家? そないなところへ行ってどうするん?」
「勿論、服を頼むのよ。ご主人様と私のね」

紫苑のこの言葉が、再び愛紗達に火を点けた。

「ちょ、ちょっと待て! そんな事は認めんぞ!!」
「あら? どうしてかしら。お見合いの席にちゃんとした服装は必要だと思うけど」
「ご、ご主人様とお揃いにする気ですね! 紫苑さん、やらせはしませんよ!」

朱里の言葉を聞いた紫苑が、余裕のある笑みを浮かべた。
この態度が余計愛紗達の闘志に火を点けるのだが、紫苑は全く気にしない。

「別にお揃いにするとは言ってないわ。折角だから、ご主人様にも違った服を着てもらいたいと思っただけよ」
「「「「…………へっ?」」」」
「ご主人様の普段と違う格好、みんなも見たくない? 私を止めなければみんなも見る事が出来るわよ?」

刹那、愛紗達の脳裏に普段とは違う服装をした元親が浮かぶ。
その姿は想像の域を出ないが、紫苑の服選びはかなりの物である。
普段とは全く違う感じがする事は間違い無しだろう。

「ああ……ウチ、何だか紫苑の側に傾きたいかもしれん」
「独り占めは嫌だけど、鈴々も何だか……見てみたい気がするのだ」

紫苑の誘惑に傾き掛ける霞と鈴々。

「鈴々ちゃん! 眼の前の誘惑に負けちゃ駄目だよ!」

そんな鈴々を朱里が必死で止め――

「霞ちゃん、しっかりして!(み、見たいけど……我慢しなきゃ)」
「あ、あんた! 紫苑側に寝返ったら承知しないわよ!」

霞を月と詠が――若干自分達も傾きながらも――止める。

「元親の違う格好かぁ……」
「紫苑の思い通りになるのは嫌だけど……確かに見てみたい」
「「ご主人様が御召し物を変える……ハァ」」

更に2人の他にも桜花、翠、糜竺、糜芳の4人が誘惑に駆られてしまった。
紫苑の言葉に乗せられた者達を鎮める為、謁見の間は混乱を極めるのだった。
その陰で紫苑が怪しく微笑んでいる姿など、誰も気付いていない――

 

 

 

 

「ごしゅじんさま! これね、りりのかいたごしゅじんさま!」
「おお、なかなか良く描けてるじゃねえか。上手いぞ璃々」
「えへへ……」

再び場所は変わり、謁見の間の隣の部屋――そこに元親と璃々は居た。
謁見の間に皆が籠もってから、時間はかなり経ち始めている。
それなのに誰1人部屋から出てくる様子は無く、元親を呆れさせた。

(何をやってんだあいつ等は……)

そう思うと同時に、昼食をまだ食べていないお腹が情けなく鳴った。
こうなれば1人でも食べに行きたいが、行ったら後が怖い気がして行けないのである。

「ごしゅじんさま、おなかがすいちゃったの?」
「そうだな……何だか潮風が眼に沁みてきた」
「?」

元親の言う言葉がよく理解できないのか、璃々が首を傾げた。
そんな反応も年相応で可愛いらしいと思えるのだが、元親にはそんな余裕は無い。
先に街へ下りた恋と華琳達が、元親には妙に羨ましく思えた――

お身合いの日は近い――



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