その日の深夜、平城京・大仏殿は突如として炎上した――――。

群がり、襲い来る兵達を斬り捨てながら、片倉小十郎は前へと突き進んだ。
この地獄の中に居るのは自分1人のみ。油断すればすぐにでも命を落とす。
ただ己の主と約束した誓いを果たす為だけに、小十郎はここ――平城京を訪れていた。

「貴殿はよく戦った。この辺で終わりにしてやろうッ!」

ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、姿を現した兵の1人が言い放つ。
その言葉に不快さを感じる間も無く、小十郎は無言のまま刀を振るう。
刹那、すぐさまその兵の首が宙を舞い、残された身体は痙攣を起こしながら倒れた。
血飛沫が僅かに小十郎の身体へ飛び散り、衣服と胸当てを紅く汚した。

「テメェ等雑魚に用はねえ……」

呟くように小十郎が言った。

「テメェ等の大将……松永久秀に用がある」

まるで地の底から響くような小十郎の声に対し、兵達が一歩、また一歩と後退していく。
明らかに彼等の表情には恐怖の色が浮かび、この場から逃げ出したいと言う感情が浮き出ていた。

「直接出て来ねえんなら、こちらから出向くまでだ。その道をテメェ等が邪魔すると言うのなら、容赦無く斬り捨てる……ッ!」

小十郎の言葉に緊張の糸が切れたのか、群がっていた兵達が次々と刀を捨てて逃げ出した。
心の底から怯え、この場から逃げ出して行く者を追い掛ける趣味は無い。
小十郎は彼等の後ろ姿を黙って見送った後、再び平城京の先へと進んだ。

(待っていろよ、松永久秀。俺が着くまで、閻魔様への言葉を練習しておくんだな)

小十郎が今まで来た中でも、比較的広い場所に出た時、それ等が最初に眼に入った。
見事な形で建造され、穏やかな表情を浮かべながら見下ろす――巨大な大仏像。
そして大仏が飾られている祭壇の前で、後ろで手を組みながら立ち尽くす松永久秀。
小十郎の元々鋭い眼が更に鋭くなり、立ち尽くしている目的の人物を睨み付けた。

「松永……ッ!」

小十郎が怒りの感情のまま、名を呟く。
松永久秀は後ろに居る小十郎は一瞥した後、再び前を向いた。
彼の視線の先には、自分を見下ろす大仏像が飾られている。

「卿は、火は好きかね?」

久秀が大仏像の顔を見上げながら呟いた。
右手に持つ宝刀が、宙をゆっくりと裂く。

「私は好きだ」

その一言と同時に、久秀は小十郎の方へ振り向いた。
相も変わらず、彼の全てを悟り切ったような表情に、小十郎は嫌悪感を覚える。
小十郎は久秀の全てが気に食わなかったが、中でもこの表情を一番嫌っていた。

「全てを灰燼に帰す業火の禍々しさ……太古の昔より変わらぬ美しさ、眺めていると実に心が和むよ。人は生まれて、壊れる事の繰り返し、物とて何時かは朽ちていく。人と物が何時壊れるか、これを考えると、愛でよう気にもなるものだ。卿もそう思わないかね?」

薄ら笑いを浮かべる久秀に対し、小十郎は忌々しいと言わんばかりに吐き捨てる。

「テメェの長ったらしい御託は聞き飽きた。松永、ここが俺とテメェの終着点だッ!」

松永久秀――それが片倉小十郎と対峙する男の名前である。
松永久秀は、類を見ない程に、己の欲望に忠実な男だった。
何処からか強奪した一振りの宝刀を振るい、各地の農村から略奪を繰り返す。
欲しいと思った物は、どんな手を使ってでも必ず手に入れる。
例えそのせいでどんなに犠牲が出ようとも、久秀は何とも思わなかった。

ある日、その彼のドス黒い欲望が、奥州を支配する1人の大名に牙を向けられた。
名を伊達政宗――片倉小十郎が忠誠を誓い、命を懸けても守るべき君主であった。
久秀は彼の放った斥候を人質に取り、解放する条件として“竜の刀”を要求したのだ。
竜の刀とは、政宗が腰に提げる6本の刀の事である。当然政宗は渡す気など無かった。
要求の物は渡さず、力ずくで人質を救い出す――伊達軍全体が同意した事であった。

しかしその決断が、後の悲劇を生む事となってしまったのである。
久秀の元に政宗と小十郎が辿り着いた時、人質の1人は命を落としていた。
そして2人の眼の前で、また新たに人質の首が落とされたのである。
激昂する小十郎だが、残る人質に刀が向けられたせいで留まるしかなかった。

残る人質を救う為、政宗は苦渋の想いで竜の刀を久秀に差し出した。
その瞬間、政宗の足下が爆発。彼の身体は崖下へと投げ出された。
全ては松永久秀の狡猾な罠だったのだ。人質も初めから解放する気などなかったのである。
小十郎は政宗を救う為、彼の後を追って崖下へと身を投げた。
結果――政宗の命は無事だったものの、重傷を負い、床に伏す事を余儀無くされた。

――このまま終わらせてなるものか。

決断した小十郎は政宗に人質と竜の刀を取り戻す事を誓い、奥州を発った。
そして、今に至る。
小十郎は全てのケリを着ける為、刀を握る手に力を込めた。

「フフフ……独眼竜の右眼、燃え逝くのは私ではなく卿だよ」

不敵にそう言うと、久秀は左手の親指を鳴らした。
刹那、爆音が鳴り響く――2人が居る広場が一気に燃え盛った。
禍々しい業火が祭壇を瞬く間に覆い尽くし、大仏像を炎に包む。

「見たまえ、これが時間の破壊だッ!!」

両手を広げ、久秀は誇らしげに高笑う。

「丁度良いッ! これはテメェを地獄に落とす為の送り火だッ!」
「なかなかどうして詩人だな、竜の右眼よ!!」

刹那、2人の刀が火花を散らして組み合った。

「嘆く事は無いぞ、竜の右眼。卿と独眼竜が味わったのは世の本質だ」
「何…………ッ!」

久秀の黒く邪悪な視線が、組み合う小十郎を射抜く。

「弱い事が罪、大切な物を奪われてしまった事こそが罪なのだッ!」
「ダダを捏ねるガキと同じのテメェに、そんな事は云われたくねえな!!」
「それは最もな事だな…………ッ!」

組み合いから一歩離れ、小十郎と久秀の刀が何度も打ち合う。
その度に火花が飛び、鉄同士のぶつかり合う音が響いた。
両者の周囲には炎が焼き尽くそうと徐々に迫り、戦場の温度を上げていく。

「卿の内に秘める狂気は鋭いな……」

軽く息を漏らしながら、久秀が呟く。

「竜さえも軽く凌駕する、禍々しくも黒い刃だ」
「政宗様の為ならば、俺は修羅にもなる。それがあの御方の右眼となった、俺の役目だ!」
「フハハハハハッ! 実に美しい偽善だッ!!」

高笑いと共に、久秀の素早い凶刃が小十郎を襲った。
だがそれが小十郎に届く事は無く、受け止められた。

「――――ッ!」
「くたばれッ!!」

小十郎は受け止めた刀を押し退け、久秀の足下をよろめかせる。
僅かな隙ではあるものの、小十郎にとっては十分過ぎる物だ。
神速の速さで足を踏み出し、刀を久秀の腹部目掛けて突き出した。

「ガァッ――――!!」

口から悲痛な声と血を吐き出し、久秀は視線をゆっくりと下へ移す。
そこには己の腹部に刀を突き立てている、片倉小十郎の姿があった。

「言った筈だぜ、ここが俺とテメェの終着点だと……!」

これで全てが終わった――――。
小十郎はそう思いながら、久秀の腹部から刀を引き抜こうとする。
だがそれは、突如として止められた。

「何ッ!?」

小十郎の刀を持つ手が、久秀の手によって掴まれている。
死に際であるせいか、彼の力は凄まじい物があった。
どんなに動かそうと、久秀腕からは逃れられなかったのである。

「ここが私と卿の終着点……フフフフ、それも良いだろう」

服部からはかなり出血していると言うのに、久秀の表情にはまだ生気があった。
それどころか、彼の瞳には前にも増して禍々しさが湧き上がっているようにも思える。

「最後に独眼竜から貰う物を、思い付いたよ……」

久秀は右手に握っていた宝刀を地面に落とした。
そして――小十郎に言い放つ。

「右眼を貰おう……卿の命を、黄泉平坂へ赴く手土産としてなぁ!!」
「き、貴様ぁ!!」

小十郎が何とか彼から離れようと、今ある力で我武者羅に暴れた。
そんな中、久秀が自由となった右手をゆっくりと宙に上げていく。
その仕草は、いつも彼が指を鳴らす時にしていた物だった。

「さあ、この世とのお別れだ……右眼よ」

その一言と同時に、彼の右手の親指が宙で鳴った。

「フハハハハハハハ――――」
「くっ……政宗さ――――」

刹那、激しい爆音と共に2人の居た広場が炎で包まれた。
この夜――平城京の崩壊と共に、2人の武将がその姿を消した。

 

 

 

 

小十郎の意識は深い闇の中にあった。
何故か不思議と身体の感覚は感じられた。
四肢は動かせるし、考える事も出来る。

(俺は一体どうなった……? もしやここが黄泉平坂って奴なのか……?)

自分を黄泉の国へと誘おうとする声だろうか。
周囲から複数の野太い男の声が聞こえてくる。

「あら―――また外史に――こんだみたいよ」

男の筈なのに、何故か女言葉を使っている。

「うむ――しかしこれも数ある可能性――――」

もう小十郎には訳が分からなかった。
だが自分が死人である事は確かだ。
政宗の憎き仇である松永久秀と共に、業火へ飲み込まれたのだ。
あの己の身を焼き尽くしていく感覚は今でも覚えている。

(ハッ……! 覚悟は当に出来ていたが、松永なんかと心中したのが心残りだぜ……)

小十郎は自嘲気味に笑った。
それと同時に周囲で騒ぐ男達の声がザワついた。

「深い後悔が――られるわ」
「だが――うする事も――」

所々欠けてはいるが、自分の事で会話をしているのは分かった。
だが小十郎にとっては、もうどうでも良い事であった。
黄泉の国へこの身を送るなら、早くそうしてほしかった。

「遣り残した事は、己の手でケリを着けよ……!」
(――――何だと……ッ!!)

その言葉が耳に飛び込んできた瞬間、小十郎はハッと瞼を開けた。

「今のは一体……」

瞼を開け、小十郎の眼に最初に入ってきたのは、雲1つ無い青空だった。
その後、背中に違和感を覚えたので、上半身をゆっくりと起こしていく。
どうやら自分は地面に寝転がっていたらしい。辺りは広大な荒野が広がっていた。

「ここは何処だ……? 地獄にしちゃあ、ヤケに殺風景な所だな」

だがこう言った殺風景な場所だからこそ、地獄と言えるのかもしれない。
しかし――死人である自分に、こうも身体の感覚はある物なのだろうか。

(万が一にも、全てが夢だったって事はねえだろうし)

小十郎は右手の袖を徐に捲った。
思った通りである。そこには松永久秀によって掴まれた痕があった。
先程までは気にも留めなかったが、徐々に鈍い痛みを感じてきたのだ。

「まさか俺は――」

――あの地獄から生還し、生きているのか。
小十郎は信じられないと思いながらも、深い溜め息を吐いた。

「とても信じられる事じゃねえが……」

こうして自分は生きている。
見知らぬ地で倒れ伏してはいたが、希望が少し見えてきた。

「一刻も早く、政宗様の元へ戻らなければならねえな……」

小十郎は腰に提げている刀を整え、とりあえず先へ進み始めた。
このままここに立ち尽くしていても、事態は何も変わらない。
頼る当ては――当然の如く――無いが、進んだ方が良いと思った。

(ここは日の本の国なのか……? 俺が思う限り、こんな所は見た事がないが……)

小十郎がそう考えていた時、前方からこちらに向けて歩いて来る3人の人影が確認出来た。
見ればとても特徴的な者達である。1人は小さく、1人は中肉中背、1人は太っていた。
ここら辺に住んでいる者達だろうか、だとしたら都合が良い。
この辺りの地域についての情報を、少しでも彼等から得ようと思った。

「おい、そこの3人、ちょっと待て」
「ああん? 何だい兄ちゃん、俺達に用かい?」

虫の居所が悪いのか、中肉中背の男は不機嫌そうに返してきた。
近くまで来て分かったが、彼等の格好はとても奇抜な物だった。
一番特徴的なのは、3人全員が頭に黄色い布を巻いている事だろうか
小十郎は少し顔を顰めながらも、彼等へ問い掛けてみた。

「ここが何処なのか知っているか。良ければ教えてほしいんだが……?」

小十郎の問い掛けに、男達は一呼吸間を置いた後――

「「「ハァ?」」」

呆れたような、そんな調子で声を上げた。

「兄貴、コイツ一体何を言ってんですかね?」
「知るか。ここの事を知らないなんて、余程のお坊ちゃんなんだろうぜ」
「お、お、お金持ちって事なのかぁ〜」

3人が寄り集まり、何やらコソコソと会話している。
何を話しているのかは分からないが、かなり気に障る事を言われているのは感じた。
小十郎が腕を組みながら、彼等の答えを待っていると、3人が突然こちらを向いた。
そしてニヤニヤとした笑みを浮かべながら、3人は同時に懐から短剣を取り出す。

「…………何のつもりだ?」

小十郎の問い掛けに答えず、中肉中背の男が短剣を小十郎の頬に当てた。

「何のつもりもねえよ。ここの事を聞きたかったら、金を出せってこった」
「へへへへっ! 何処の貴族の坊ちゃんだか知らねえが、早く金を出しな」
「だ、だ、出さないと、これで刺しちゃうんだな!」

成る程、どうやら自分は問い掛ける相手を間違えたらしい。
小十郎は軽く溜め息を吐いた後――無駄だと思うが――3人へ忠告する。

「止めておけ。盗賊行為なんぞ、馬鹿を見るだけだ」

小十郎の忠告も虚しく、3人は短剣を向けて苛々したように吠えた。

「うるせえッ! 俺達に説教を垂れるつもりかよッ!」
「さっさと俺達に金を出さねえと、ブスッと行くぞ!!」
「こ、こ、こいつでブスッと行っちゃうんだな!!」

ただ情報を得たかっただけなのだが――仕方が無い。
そう決断した後、小十郎の行動は比較的素早かった。
腰に提げた刀の柄に手を掛け、抜き打ち気味に一閃。
3人が持っていた短剣の刃を斬り捨て、最早役目を果たす事は無い塵へと変える。
一体何が起こった――彼等が理解する前に、小十郎の刃は3人に向けられていた。

「もう1度訊く。ここは何処だ……?」

最初に問い掛けた時よりも低い声で、小十郎は問い直した。
すると3人は一斉に身体を震わせたかと思うと、一目散にその場から駆け出した。

「あっ……! お前等、待て――――」
「「「す、すいませんでしたぁぁぁぁぁ!?!?」」」

後を追おうかと考えた小十郎だが、3人の足は予想以上に早く、もう姿が見えなかった。
情報提供者が居なくなり、小十郎は少し途方に暮れる。しかし先程の事は不可抗力だ。
ああしなければ、こちらが身包みを剥がされていたのかもしれないのだから。

「ちっ、仕方ねえ。次はマトモな奴に会えれば良いが……」

1度振り、抜いた刀をゆっくりと鞘に収める小十郎。
刹那、小十郎は前方から再び何かがこちらへやってくる気配を感じた。
見ると、黒色の鎧で身を固めた者達が乗る騎馬隊の群れであった。
訝しげにそれを見つめていると、彼等はあっと言う間に小十郎の周囲を取り囲んでいく。

(何のつもりだ……? 全く、厄介な事ばかり起きやがるッ!)

腰を落とし、収めたばかりの刀の柄に再び手を掛ける小十郎。
自分の殺気を感じ取ったのか、騎馬隊の者達が一斉に槍を構えた。
明らかに不利な状況だが、ここで命を落とす訳にはいかない。
覚悟を決めた小十郎が、鞘から刀を抜こうとした時だった――。

「止めなさいッ! 槍を引けッ!!」

女の声が聞こえたかと思うと、構えていた騎馬隊の者達が一斉に槍を引いた。
そして馬の手綱を引き、道を作ったかと思うと、そこから3人の女性が姿を現した。
小十郎は未だに柄に手を掛けながらも、3人の女性の姿を見つめる。

「華琳様、こやつはッ!!」

3人の内、右の方に居る黒髪の女性が、隣に居る小柄な女性(少女と言った方が良いだろうか)へ話し掛けた。

「……どうやら違うようね。連中はもっと歳を食った中年男だと聞いたわ」

“華琳”と呼ばれた少女は、顎に手を添えながら言った。
どうやら彼女達は、誰か人を探しているようである。

「どうしましょう。連中の一味だと言う可能性もありますし、引っ立てましょうか?」

次は蒼い髪の女性が、隣に居る少女に言った。
自分はどうやら探し人と誤解されているらしい。
このままでは彼女達に捕まってしまうのも、時間の問題だろう。

「おい……」

誤解のまま捕まってやる訳にもいかず、小十郎は彼女達に声を掛けた。

「……何?」
「誰を探しているのかは知らねえが、完全な人違いだ。こうやって囲むだけ無駄だぜ?」
「あら、それを貴方が決める権利があるのかしら? 少なくとも今の状況では、貴方はかなり怪しいわよ」
「確かにそうだが、本当に俺を囲むだけ無駄だ。俺はここの事を全く知らねえし、初めて来たんだからな」

小十郎の言葉に、3人は呆けたように――

「「「ハァ?」」」

と呟いた。
先程出会った男達と同じ反応であった。

「初めて来たって……貴方、南蛮の者? 一体何処の生まれ?」

奇妙な物を見るような瞳だ。小十郎にとってはかなり不快な物である。
だが表には出さないよう、小十郎は静かに彼女の問い掛けに答えた。

「日の本の国の南、奥州の生まれだ」

小十郎の言葉に、黒髪の女性が突然怒りの声を上げた。

「貴様ッ! 華琳様の質問に答えんかぁ! 生国を名乗れと言っておるだろうがッ!」
「何故腹を立てるッ! 俺はちゃんと問い掛けには答えたッ!!」

更に黒髪の女性が口を開こうとした時、蒼い髪の女性が押し留めるように言う。

「落ち着け姉者。そう怒鳴っては、静かに話をする事も出来ないだろう?」
「うう〜……し、しかし秋蘭! こやつが盗賊の一味だと言う可能性もあるのだぞ?」

どうやらこの2人は姉妹と言う間柄らしい。
よく見れば、顔付きが似ていない事もない。
そんな中、少女は小十郎を見つめたまま、微笑を浮かべた。

「まあ、そうね。盗賊の一味だとしたら、略奪行為に使うには勿体無い程の武の持ち主だわ。春蘭、この男の武は貴方から見てどう?」

黒髪の――春蘭と呼ばれた――女性は、少女と同じように小十郎を見つめた。
すると一瞬驚いたかのような表情を浮かべたかと思うと、すぐに顔を顰めた。

「……確かに華琳様の仰る通りですね。略奪行為に使うには勿体無い程です」

少女が満足そうに頷いた後、小十郎へ再び問い掛けた。

「貴方、名は何と言うの?」
「…………」

人に尋ねる時は、先ず初めに己から――小十郎は思わず顔を顰めてしまった。
しかしそんな事で問答している時間も勿体ないので、小十郎は大人しく答えた。

「片倉小十郎……奥州伊達軍、筆頭・伊達政宗様に御仕えする将だ」
「おーしゅーだて……? だて、まさむね……?」
「貴様……ッ! またワケの分からぬ事をベラベラと……ッ!」

少女の方は答えに混乱している様子だが、黒髪の女性の方はまた怒り出している。
どうやら彼女はかなりで短気であるらしい。無論、蒼い髪の女性に押さえられたが。
それよりも、奥州の事、伊達軍の事を全く知らないのはどう言う訳なのだろうか。
最近になって、伊達軍は各地の大名にも脅威と感じられるようになって来たと言うのに。

「ふう……この際、細かい事は良いわ。片倉……だったわね」

小十郎は軽く頷いた。

「悪いけど、私達に付いてきてもらうわ。貴方の言う通り、貴方が私達の探している者達じゃなかったとしても、今までの様子から十分怪しい事に変わりはない。だからこのまま大人しく貴方を見逃してやる訳にはいかないの。一応私はここ、陳留の刺史を務めているからね」

陳留――小十郎は、日の本の国では全く聞いた事の無い地名に困惑した。
更に刺史と言うのは、街の政事や治安維持に努める者の事を指す言葉である。
最も、かなり前に呼んだ古い文献に載っていた言葉ではあるが。

(まあ、この女が己の役目を果たすのに、俺は十分って事だろうな)

小十郎は柄を握る手に、密かに力を込めた。

「俺を捕まえてどうする? 拷問にでも掛けて、自分達の知りたい事を無理矢理にでも吐かせるのか?」
「貴方が無駄に抵抗しない、素直に知っている事を全て話すのなら、手荒な真似はしないと約束するわ」

小十郎は悩んだ。眼の前に居る少女は何処まで信用出来るのだろうか。
だが上手く行けば、自分の知りたい情報を得られるかもしれない。
ここで下手に抵抗した所で、大きな損害を被るのは眼に見えている。
小十郎は柄から手を放し、構えていた姿勢を正した。

「……分かった。そちらの言う事に従おう」

小十郎の言葉に、少女が満足そうに頷いた。

「宜しいでしょう。秋蘭、手荒な事はしないようにね」
「はっ!」

小十郎は秋蘭と呼ばれた蒼い髪の女性に、両手を縄で拘束された。
投降したとは言え、怪しい者に対するこうした対応は正しいと言える。
小十郎からすれば不本意な事この上ないのだが、大人しく諦めた。

(やれやれ……出来れば御手柔らかにお願いしたいもんだ)

これからどんな事が待ち受けているのか――。
当然の事ながら、小十郎は知る由も無かった。

 


後書き
え〜……イービルです。真・恋姫SS、リベンジを始めました。
何を今更と思われる人が居るかもしれませんが、御容赦下さい。
ゆっくりとしたペースになるかと思われますが、確実に進めていきたいと思います。
では、また次回。


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