「あれが陣留か……」
「せやなぁ。やっと到着やでぇ」
「あ〜ん、すっごく疲れたの」

陣留――店を営む者達が、一層忙しくなる昼時。
陣留の門前に、3人の個性的な少女が到着していた。
彼女達はそれぞれ背中に、大きな袋を背負っている。

「ダラけている場合じゃないぞ、沙和。これからが大変なんだ」

呆れ顔で――銀髪が特徴的な――古傷だらけの少女が言った。
見るからに彼女は、3人の中で一番真面目そうな様子である。

「もう竹カゴ売るの、面倒なの〜。真桜ちゃんも、そう思うよねえ?」

“沙和”と呼ばれた軽い格好の少女が、隣に居る少女に声を掛けた。
腰には派手なベルト、顔には眼鏡に雀斑と、個性的である。

「そうは言うてもなぁ……全部売らんと、作ってくれた村のみんなに申し訳ないやろ?」

関西風に喋る“真桜”と呼ばれた少女が、腕を組みながら言った。
上半身は虎柄の下着のみと、妙に刺激的な格好をしている少女だ。

「真桜の言う通りだ。こんな遠くの街まで来たのだから、皆で協力してだな……」
「うっう〜……分かったよぉ。今も疲れてるけどぉ、限界まで頑張ってみるの」
「その意気だ。沙和」
「凪ちゃんはいっつも真面目なの……」

沙和が少々ブウたれた表情で呟いた。
ちなみに凪と言うのは、前述の銀髪少女の事である。

「最近はここに立派な州牧様が来たとかで、治安が良うなってるみたいやで。色々なとこから人が来とるし、気張って売っていかんとな」
「…………ねえねえ。人が多くて広い街なら、皆で手分けしてカゴを売った方が、良くないかなぁ。効率がとっても良いと思うの」

沙和の提案に対し、凪が成る程と頷いた。

「……うん、それも一理あるな。手分けして売るか」
「よっしゃ! そんなら手分けして、チャッチャと売ろか」
「よし。夕方になったら、門の前に集合だぞ。各自解散!」

3人は軽く手を叩き合うと、街の中に散らばっていった。
この決断が、それぞれに出会いをもたらす事になるとは――。
今の彼女達には、知る由もなかった。

 

 

 

 

「はい! それでは次の一曲、聞いて頂きましょう!」
「姉さん、伴奏お願いね!」
「うん! 任せておいて!」

陣留の街――各地から十人十色の旅芸人が来ているせいか、いつもより賑わっている。
今日、華琳は小十郎、春蘭、秋蘭の3人を連れ、街の視察をする為に街へ出ていた。
桂花は万が一の為に城で待機、季衣は近くで盗賊団の根城が見つかったと言う報告を受け、討伐に向かっていた。

「また旅芸人か。珍しいな……」

秋蘭が今日見た中で、一番客を賑わせている女だけの旅芸人を見ながら言った。
旅芸人自体、然程珍しくはないのだが、彼女達の歌っているのは南方の歌だ。
盗賊達が今の世を乱しているせいか、南方からの旅芸人は今まで来る事は無かったらしい。
しかしそれ等がここを訪れていると言う事は、以前の賊討伐が功を奏した言う事だろう。

「あれが南方の歌か……俺は苦手だな」
「片倉は嫌いか? と言うか、苦手なのか……」
「チャラチャラしたのが受け付けないだけだ」

クックッとからかうように笑う秋蘭に、小十郎はフンと鼻を鳴らした。

「ありがとうございましたーッ!!」
「次ッ! もう一曲、いってみましょうか!!」

ようやく演奏を終えたと思ったら、まだ彼女達はやる気らしい。
小十郎の眉が思わず吊り上がったのを見て、華琳が言った。

「あら? 彼女達、まだまだやるみたいよ。どうする?」
「ちっ……早くここを離れるぞ」

スタスタと先へ行く小十郎を、華琳と春蘭が面白い物を見たように笑った。
実際、意外な彼の苦手な物を知る事が出来て、収穫だと思っているらしい。

「華琳様……姉者もあまり、笑い過ぎない方が良いぞ」
「何を言う秋蘭。お前だって、口元が緩んでいたぞ?」
「…………仕方が無い」

結局秋蘭、2人と同じように笑うのであった。

 

 

「さて……これから街を視察するのだけど、狭くはないし、時間も無いわ。手分けしてやりましょう」

華琳の提案に、皆が同意で頷く。

「春蘭は街の右手側、秋蘭は左手側をお願い。私は中央を見て回るわ」
「おい。俺はどうすれば良いんだ?」

小十郎が華琳に尋ねると、彼女は微笑を浮かべながら答えた。

「小十郎は私の護衛がてら、共に見て回るわよ。良い?」
「俺が……? 護衛なら、春蘭か秋蘭でも良いだろう?」
「私の言う事に従えないのかしら? 我が軍の客将さん」

内心で小十郎は、忌々しげに舌打ちをした。
己の立場が弱いとは言え、この言い方は――。
だが逆らえる事は出来ないので、渋々頷いた。

「くぅ〜……片倉ぁ! 貴様、客将と言う立場を利用してないだろうなぁ?」
「今のやり取りを見て、どう考えたら、立場を利用しているように見える!」

華琳バカ(小十郎命名)の春蘭からしてみれば、羨ましい事この上ないに違いない。
思わず頭を抱えてしまった小十郎を、秋蘭がソッと彼の肩を叩いた。

「姉者はこう言う性格だ。そろそろお前も慣れてやってくれ」
「…………妹のお前からも、性格改善するよう進言してやれ」
「何を言う。そんな事をしたら、姉者が姉者でなくなるだろう?」

小十郎は深く、深く溜め息を吐いた。

「さあ、無駄話している時間も勿体無いわ。さっさと取り掛かるわよ」
「では華琳様、終わりましたら突き当りの門の所で落ち合いましょう」
「分かったわ。春蘭、秋蘭、宜しく頼んだわよ」

華琳の言葉を皮切りに、春蘭と秋蘭がそれぞれの担当地区に分かれて行く。
残った小十郎と華琳の2人も、自分の担当地区へと向かった。

 

 

 

 

小十郎と華琳が担当する中央部は、真ん中を走る大通りと、そこに並ぶ市場が特徴的だ。
だが華琳が最初に向かったのは大通りではなく、小さな店や住宅が集まる裏通りだった。
彼女曰く「大きな所の意見は黙っていても集まる物」と言う事。
華琳の行動に端から口出しする気の無い小十郎は、黙って付いて行くだけだ。

「ねえ小十郎。貴方の世界の街と比べて、ここはどう思う? 何か感じた事は無い?」

唐突な問い掛けに、小十郎は多少戸惑ったが、落ち着いた表情で口を開いた。

「……感じた事は何でも良いのか?」
「ええ。何でも良いわ」
「…………料理店や食材を扱う店が多いな。逆に鍛冶屋などは殆ど無い」

華琳が彼の言葉を興味深そうな表情で、耳に入れていく。

「奥州では、全く逆だった?」
「いや、奥州も豊かと言う訳じゃない。鍛冶屋も少なければ、料理店も少なかった」

寧ろここと近い街と言えば、花の街と謳われる京都だろう。
あそこは基本的に何でもある。あの前田の風来坊も贔屓にしていた。
もし華琳が京都を訪れたなら、眼を輝かせるだろうと思った。

「成る程ね。ちなみに鍛冶屋は、3つ向こうの通りにあるわよ」
「…………何? そうなのか……」
「ええ、そうよ。でもそこに行くと、今度は料理店が無いの」

華琳が流暢な様子で、この街の作りをペラペラ解説していく。
それを小十郎は唖然とした表情で聞いていた。

「随分と詳しいな。視察と言う言葉が薄れそうだ」
「人の流れは報告書だけでは読めないわ。たまにこうして街に出てみないと駄目なのよ」
「ご尤もだな。政宗様も面倒臭がりつつも、視察へは度々出掛けておられたからな」

そう語る小十郎を、華琳が先に見える物を見ながら言った。

「感傷に浸っている所を悪いけど、珍しい物があるわよ」
「珍しい物……?」

小十郎も華琳と同じ方向に視線を移すと、そこには露天商があった。
妙な格好をした少女が、一際大きい声で、見に来る客を呼んでいる。

「ああ言う光景も、報告書だけでは確かめられないものね」
「…………確かにな」

華琳がそこの露天商へ向かうのを見て、小十郎もゆっくりと後に続いた。

「は〜いッ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃ〜い!」

少女が営む露天商の近くに寄ると、そこには竹カゴが沢山並べられていた。
なかなか良く出来た作りのようだが、あまり売れ行きは好調でないらしい。
小十郎が不意に視線を移すと、少女の横に奇妙な木製の物体があった。

「何だあれは……?」

小十郎がポツリと呟くと、露天商の少女が驚いたように反応する。

「おお、そこの渋い御方! 何とも御目が高い! コイツはウチが開発した、全自動カゴ編み装置や!」

少女の熱の入った説明に、小十郎と華琳は思わず呆然としてしまった。
しかしそんな事は眼中に無いのか、少女の方はかなり御機嫌の様子だ。

「……おい? 全自動カゴ……何たらってのは、一体何だ?」
「私が知る訳ないでしょ。あの娘に直接訊けば良いじゃない」
「無茶を言う。あの様子だぞ……?」

小十郎が指し示すと、少女は意気揚々と仕組みを説明していた。
不覚にも溜め息を吐いてしまった2人は、仕方なしとばかりに少女の説明を聞く。

「ええですか? この絡繰の底に、竹を細ぅ切った材料をぐるーっと一周に突っ込んでやなぁ……この取っ手をグルグルっと回しますねん。するとなぁ……」

小十郎と華琳が見守る中、怪しい機械にセットされた竹が中へと吸い込まれていく。
暫くすると、機械の上から編み上げられたカゴの側面がゆっくりと迫り出してきた。
なかなか良く出来た作りに、2人が「ほお」と漏らす。

「どうですかぁ? こうやって、竹カゴの周りが簡単に編めるんよ!」

この世界でも、絡繰は結構普及していると言う事か――。
流石に仁王車や滅騎のような巨大な物は無いだろうが。

「確かに良く出来てはいるが……」
「底と枠の部分はどうするの?」
「あ、そこは手動です」

即答である。
華琳が思わず苦笑した。

「……そう。まあ、便利と言えば便利ね」
「全てが全自動って訳じゃないらしいな」
「うう……渋い兄さん、ツッコミ厳しいなぁ。そこは雰囲気で頼みますわ」

少女の方も苦笑しつつ、その辺は自分で認めているらしい。
――と言うか彼女、何時まで取っ手を回しているつもりだろうか。
刹那、全自動カゴ編み装置から徐々に煙が噴き出してきた。

「ん……? おい、何かヤバくなってねえか?」
「へっ? あ、アカン! お二方、離れ――」

少女が言い終わる前に、全自動カゴ編み装置が“爆発”した。
彼女の手に握られているのは取っ手のみで、後の部品は無い。
バラバラに飛び散ったらしく、それ等は辺りに無残な姿を晒していた。

「あ〜……やっぱダメやったかぁ」

爆発のせいで黒ずんでしまった顔で、少女が悔しそうに言った。

「一体どう言う事だ……?」

多少の部品がぶつかり、小十郎がこめかみをヒクつかせながら言う。
ちなみに華琳は咄嗟に彼の背に隠れたので、被害は全く無かった。

「まだこれ、試作品なんよ。普通に作ると、竹のしなりに強度が追い付かんでなぁ……結構調節したつもりやったんやけど、爆発してしもうたかぁ」
「未完成品を置いとくな。ましてやそれを客前で試したりするんじゃない」
「え〜……だって横に置いといたらこう、目立つかなぁって……思うてな」

言う言葉も無く、小十郎は呆れたように首を横に振る。

「じゃあここにあるカゴは、さっき壊れた装置で作った物ではないの?」
「ああ、村のみんなの手作りや。この装置では1個も作っとりません」

確かにそうだろうと、小十郎と華琳は一瞬で納得した。

「あははは……あの、渋いお兄さん?」
「…………何だ?」

少女が気まずそうに笑いながら、小十郎に声を掛けた。
不機嫌そうに顔を歪めつつも、小十郎は返事を返す。

「ここで会ったのも、何かの縁ですし……カゴを1個ぐらい買うて行ってくれませんか?」
「…………なかなかの商売根性だな」

小十郎が呆れていると、華琳がやれやれと言った様子で口を開いた。

「……まあ、1個くらい買ってあげなさい。小十郎」
「……仕方ねえ。季衣の土産に買って行ってやるか」
「まいどーッ! どうも、おおきに!!」

その後、強面の小十郎が竹カゴを持ちながら視察すると言う奇妙な光景が見られた。
そんな中、彼の横で湧き起こる笑いを堪える華琳も見られたとか、何とか――。

 

 

 

 

一方――街の右手側を視察中の春蘭は、所々誘惑に駆られていた。
この辺りに充実している服屋は、彼女を揺らすには十分であった。
外からでも少しは覗ける服の数々に、春蘭の妄想が広がる。

無論その妄想の中で服を着ているのは、華琳である事は言うまでもない。

「……うぅ、いかんいかん。今日は視察に来たのだぞ、視察に集中を……ッ!」

と、前方にある華やかな外見の服屋に眼が止まった。
思わず足が止まってしまい、大きな誘惑に駆られる。

「……ちょっとだけなら…………」

良心と欲望がぶつかり合い、春蘭の中で激闘が続く。
長い激闘の結果、勝利したのは――。

「よ、よし! これも視察の一環だ。これも視察の一環……!」

欲望の方だった。
この場に秋蘭が居たら、こうはならなかっただろう。

 

 

「おお、これも悪くないなぁ。しかしこれもなかなか……」

服屋に入った春蘭は、眼を輝かせながら店内を歩き回った。
全ては華琳に似合う服を探す為――必然的に自分より小さい服の棚に足が行く。
そのせいで店主と店員に変な眼で見られているのには、彼女は気付いていない。

「う〜ん……迷う。こちらも良いが、こちらも捨て難い……」
「じゃあ、これは?」

突然横から出てきた服に、春蘭は思わず眼を奪われてしまった。
自分が今手に取っている服よりも、遥かに良い色使いである。

「おおっ! これは何と素晴らしい!」
「でしょー! じゃあさ、これもどう?」

続けて出てきた服に、春蘭は又も眼を奪われた。
この服も、なかなかに良い模様と色使いである。

「むむっ! これも素晴らしいな……って、誰だ貴様!」
「あらら、お姉さん今頃気づいたの?」

眼鏡を掛けた軽い格好の少女は、笑顔を浮かべながら言った。

「お姉さんの服を見る眼が熱かったら、つい沙和も御勧めを出しちゃってたの!」
「そうだったのか……しかし貴様、なかなかやるな。久々に私も燃えてきた……!」
「おおっ! お姉さんの眼が燃えているの。よ〜し! この勝負、受けて立つの」

突如として始まった、2人による服の目利き勝負。
当然、商売にならない店主は涙眼であった事は言うまでもない。

 

 

 

 

「ああ、久々に良い戦いであった。血がたぎったぞ」
「私も楽しかったの。買った服も、きっとその娘に似合うと思うの」
「うむ。しかし少々服を買い過ぎたな。これでは道中、落としてしまいそうだ……」

春蘭の困った様子に、眼鏡の少女の眼が輝いた。

「だったら、これを使うと良いの!」

彼女は背中に背負った袋から竹カゴを取り出し、春蘭に渡した。
思わぬ手助けに、春蘭が笑顔で礼を言う。

「おお、これは助かる。感謝するぞ!」
「どう致しましてーっと、言いたいけど、それ……売り物なの」
「何? これが売り物なのか?」

少女によると、背負っている袋にあるのは全て竹カゴらしい。
更にそれ等を今日中に全部売らないと、困ってしまうとの事。
彼女から事情を聞いた春蘭は、胸を張って言った。

「ふっ、それなら任せておけ。今日の礼に、その竹カゴを全部買い取ってやろう」
「おおーっ!! お姉さん、とっても太っ腹なの! ありがとなのーっ!」
「はっはっはっ! もっと褒めて良いぞ? ほれ、これで竹カゴを全部…………」

そう言って春蘭が出したお金は、つい先程服を買って貰った釣銭のみ。
言うまでもないが、これが現在の春蘭の持ち金全てである。

「…………それだけじゃ、流石に1個しか売れないの」
「すまん……」

気まずい空気の中、春蘭が申し訳なさそうに謝った。
その後、春蘭はなけなしの金で竹カゴを1個購入したのだった。

 

 

 

 

そして街の左手側に回った秋蘭は――1人の少女と対面していた。
少女は髪の毛は銀色であり、全身には古傷が刻まれていた。
そんな彼女は露天商を営んでおり、売っているのは竹カゴである。

「「…………」」

秋蘭と少女は無言のまま、時が過ぎていった。
通る人も無言の重い空気に耐えきれないのか、近づこうとする人は滅多に居ない。
そんな時、秋蘭が竹カゴを1つ手に取り、徐に口を開いた。

「……良い物だな。このカゴは」
「……どれも入魂の逸品です」
「……そうか」
「……はい」

会話が長く続かない。

「「…………」」

再び無言になる2人。
その空気を破ったのは、又も秋蘭だった。

「……よし」
「――――ッ!」

秋蘭が竹カゴを1つ手に取り、少女に差し出す。

「これを1つ貰おう……」
「……ありがとうございます」

竹カゴが1つ売れた。
街の視察は――忘れていないだろうか。

こうしてそれぞれ視察を終え、4人は集合場所へと向かう。
誰もが同じ竹カゴを1つずつ抱えて――。

 

 


後書き
第6章をお送りしました。三羽鳥の初お目見えです。
三羽鳥はどれも個性的で良いキャラをしていると思います。
このSSの中でも、満遍なく活躍させていきたい。

では、また次回の話でお会いしましょう。


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