「何で俺がこんな事を……」

憎らしい程に青い空を見上げつつ、小十郎はポツリと呟く。
そしてここまでに至った経緯を、朧げにソッと振り返った。

 

事の始まりは、いつもの如く華琳に玉座の間へ呼び出された時だった。
いつもの如く玉座に座り、両脇に春蘭と秋蘭を従え、王の風格を醸し出す華琳。
警備隊の者と訓練中に呼び出されたせいか、小十郎は少し遅れてやって来た。

――遅いぞ片倉。華琳様に呼び出されたなら、駿馬の如く駆け付けろ!
――訓練中に呼び出されたんだ。相変わらず無茶を言ってくれる……。

春蘭の言葉を適当に聞き流し、小十郎は華琳に向き直った。
すると華琳はにこやかな笑顔を浮かべながら、口を開いた。

――小十郎。貴方、張三姉妹の事は知っているわよね。
――知っているも何も、俺が凪と共に捕らえたからな。

小十郎がそう言うと、華琳は「ええ。そうよね」と何処はかとなく呟いた。
今更そんな分かり切った事を訊いて、彼女はどうするつもりなのだろうか――。
首を少し傾げつつ、小十郎がそう思っていると、華琳は笑顔のまま言い放った。

――今日から貴方に彼女達の仲介と世話役をしてもらうわ。忙しい私に代わってね。

小十郎は思わず自分の耳を疑ってしまった。そしてもう1度彼女に訊き返した。
しかし無情にも返ってきたのは、彼女が先ほど言った事と同じ言葉であった。
当然小十郎は、あの張三姉妹の仲介役を務めるのは納得がいかなかった。
一時期は季衣の世話役を任され、今では凪、真桜、沙和の3人の面倒看役。
更に警備隊の指揮を任されている上に、張三姉妹の世話役を受け持てと言うのだから。

――俺は御免だ。俺よりもっと適任が居る筈だろう?
――へえ。例えば、それは誰なのかしら?
――それは……お前のすぐ近くに居るだろう。

そう華琳に訊かれ、小十郎の頭に真っ先に思い浮かんで来たのは秋蘭だった。
魏軍の中でも冷静沈着な性格の持ち主である彼女なら、絶対に務まると思った。
だが現実は非常だ。小十郎が秋蘭に視線を向けると、サッと逸らされてしまった。
どうやら頼まれたとしても断る気は満々らしい。小十郎は深く溜め息を吐いた。

――名前が出ないと言う事は、仲介役の件を承諾すると言う事で良いのね?

華琳の中では、小十郎はもう仲介役に決定してしまっているらしい。
小十郎は慌てて頭の中に候補を思い浮かべてみるが――駄目だった。
春蘭は短気だし、桂花は華琳命、季衣はまだ橋渡しには幼すぎる。
もしや華琳はこの事を考慮した上で、自分を指名したのだろうか――。

――では決まりね。男なら見事、女を御して見せなさいな。期待しているわよ。

そう言い残すと、華琳は春蘭と秋蘭と共に自室へ引っ込んで行った。
玉座の間に1人残された小十郎は、溜め息が出るのを抑えられなかった。
自分はトコトン妙な女性陣に絡まれてしまう質らしかった――。

 

「ここか……」

不本意ながら、役目を引き受けた以上、張三姉妹には事情を説明しなくてはならない。
訓練の指導を凪達に一任し、小十郎は3人がよく居ると言う酒屋を訪ねていた。
思えば彼女達と直に会うのはこれで2度目となるが、随分久しぶりな気がする。
黄巾党が壊滅状態となってからは残党狩りに忙しく、会う機会は殆ど無かったのだ。

「さて、奴等は……」

酒屋の主人に事情を説明し、中に入れてもらった小十郎。
辺りを見回すと、すぐにそれらしき姿を確認する事が出来た。
酒屋の奥――丸テーブルに3人が着き、昼食を食べている。

「ちょっとお姉ちゃん! それちぃのだよ!」
「良いでしょ〜♪ お姉ちゃんにも分けてよ」
「2人とも、太らないように注意してよね」

小十郎から見て左と中央の少女が料理を取り合い、右の少女が冷静に発言している。
己の記憶が正しければ左が張宝、中央が張角、右が張梁と言う名前だった気がする。
凪、真桜、沙和と同じく、手綱を握るのが非常に難しそうな感じの三姉妹であった。

「あ♪ これ美味しい!」
「だ〜か〜ら〜! これはちぃのだってば!」
「2人とも、もう少し静かに食べて……」

何と騒がしい事だろう――この光景を見るだけで、これからの先行きが不安だ。
とにかくこのまま突っ立っている訳にもいかず、小十郎は声を掛ける事にした。

「おい……」

小十郎がゆっくり近づきながら、彼女達に声を掛ける。
すると意外にも、最初に彼に気付いたのは張角だった。

「あっ♪ ゴメンなさい。今は私的な時間だから、揮毫は出来ないんです♪」

揮毫と言うのは、毛筆で何か言葉や文章を書く事である。
どうやら彼女、小十郎を応援の1人と勘違いしているらしい。
更に張角に続き、他の2人も小十郎の存在に気付き始めた。

「ゴメンなさい♪ お昼ご飯食べてるんで、邪魔しないでもらえますかぁ?」
「…………揮毫は然るべき場所を設けますから、その時にお願いします」

そう3人は好き放題のたまった後、眼の前の料理を再び食べ始めた。
応援と勘違いしている所か、自分が捕らえた事も忘れているらしい。
溜め息を吐きながら、小十郎は彼女達に言った。

「お前等の揮毫なぞ、別に欲しくない。俺は曹操からお前達の世話役を任されて来た」

小十郎の言葉を聞き、彼女達の料理を啄ばむ箸が止まる。

「世話役? 何それ?」
「曹操から……貴方が?」

小十郎が頷いた。

「片倉小十郎だ。……何も覚えていないのか?」

そう問い掛けると、3人のねめつけるような視線が小十郎を見つめた。
暫く経った後、張宝が先に思い出したらしく、彼に指を差して言った。

「あ、あんたッ! あの時、私達を捕まえた怖い男!」
「…………思い出した。貴方が私達の世話役を……?」
「お〜っ! ぼんやりだけど、お姉ちゃんも思い出した」

張宝に続き、張梁と張角も小十郎の事を思い出したようだ。
怪訝な顔を浮かべる張宝と違って、他の2人は何とも思っていないらしい。

「お前達を捕まえた俺が世話役だ。曹操の命令故、悪く思うな」
「ふ〜ん……へ〜……ほ〜……」

気の抜けるような声を出しながら、再び小十郎を見つめる張角。
小十郎自身、下から上まで隈なく見つめられているせいで気分が悪い。
すると観察し終わった張角が、笑顔でピースサインを出した。

「うん! 合格〜っ! 貴方が世話役で良いよ〜」
「…………何の話だ?」

訳が分からず、小十郎は思わず首を傾げた。

「え〜っ! お姉ちゃん、こんな男が好きなの? ……顔怖いじゃん」
「ん〜? 顔立ちは整ってるし、頬の傷もカッコいいかなぁって……」

張宝が呆れたように溜め息を吐いた。

「……趣味悪いよ」
「むぅ〜……いいもん。とにかくお姉ちゃんのだから、盗っちゃ駄目だよ」
「こんな怖い男、頼まれたって欲しくないも〜ん。もっと良い男が居るし」

散々な言われようであるが、小十郎は別段気にはしなかった。
元々自分は、彼女達に深く好かれようとは思っていない。
普通に仲介役をし、普通に世話役をすれば良いのだから。

(しかしこの態度……もう少しどうにかならねえのか)
「貴方、天の御遣いって噂の人でしょ?」

張梁に唐突に問い掛けられ、小十郎は彼女を一瞥する。

「……知っているのか」
「馬鹿にしないでもらえる? こう見えても世の動きには敏感なの」
「ほお。流石は人の心を読むのに長けた奴だ」

小十郎の言葉に対し、張梁の眼付が一瞬だけ鋭くなる。

「……何それ? 誰が言ったの?」
「曹操が言ったんだ。張梁は人の心を読む事に長けた人形使いだと、な……」
「そ、そんな事……」

張梁が顔を気まずそうに歪める。
小十郎がフンと、鼻で息を吐いた。

「まあともかく、俺がお前達の世話役だ。文句は曹操に言う事だ」
「分かったわ。……世話役って言ったけど、仕事は何をするの?」
「具体的には聞かされていない。その都度曹操から命令が来ると思うが……」

張梁が「そう」と呟きつつ、下がり気味の眼鏡を上げた。
横で張角と張宝が頼りないなどと騒いでいるが、無視しておく。
いちいち小言に付き合っていたら、こちらの身が持たないのだ。

「……所で曹操さんとは、真名を呼ぶ関係なの?」
「一応な。向こうが呼べと言ったから呼んでいる」

予想外の答えに「げっ!?」と呻いた張宝が、慌てて笑顔を作った。

「あ、あはは……今まで言った事は無しにして下さいねえ? 小十郎さまぁん♪」
「今更そんな気味の悪い態度を取っても、お前の本性は分かっているから無駄だ」
「ぐぬ……っ! ちょっとれんほーっ! この男、ちょっと生意気すぎーっ!!」
「……お前ほど口は悪くないつもりだ。それと人に向けて、指を差すんじゃない」

更なる小十郎のツッコミに、張宝の怒りが爆発しそうになった。
1人ヒートアップしている張宝を、張梁が冷静な態度で宥める。

「落ち着いて姉さん。曹操様は私達の雇用主でもあるんだから、その人が派遣した世話役とは、出来る限り仲良くしないと」
「い〜っや! いやいやいやいやいやいやいや!! 絶対にイヤ!!」

姉の態度を見兼ねた張梁が、再び眼鏡を上げた後――。

「じゃあコレだけど?」

親指を立て、首を横に掻き切る仕草を張宝に見せ付けた。
大人しそうな顔をしておいて、かなり過激な性格らしい。

「うう〜っ! それも嫌だ……」
「なら我慢してよね。頼むわよ」
「ぐぬぬ〜…………っ!」

悔しそうに唸りながら、張宝は身を潜めてしまった。
末っ子であるにも関わらず、張梁には頭が上がらないようだ。
小十郎が呆れていると、不意に張角が声を掛けてきた。

「ねぇねぇ小十郎ぉ〜」
「…………何だ」
「小十郎は彼女居るの?」

眩しい笑顔で張角にそう訊かれ、小十郎は毒気を抜かれた気分になった。
初っ端から呼び捨てと言うのも感心しないが、注意するのも馬鹿らしい。

「駄目よ姉さん。この人は、魏で天の御遣いと祟られているから」
「え〜……つまらないよ。せっかくこんなにカッコいいのに……」
「ともかく我慢して。彼は曹操様の愛人なんだから……」

張梁の言葉を聞いた小十郎は、思わず膝から崩れそうになった。
自分があの曹操の愛人――誤解するにも程があると思った。

「何を言っている。俺は曹操の愛人なんかじゃない……」
「違うの?」
「簡単に言えば、お前達と似たような関係だ」

更に言えば、華琳は異性よりも同性が好きなくらいである。
彼女が異性に好意を持っているなら、そんな姿を見てみたいくらいだ。
少なくとも小十郎自身、今までそんな姿は一切見た事が無かった。

「私は別に何でも良いけどぉ、世話役なら何でもしてくれるんだよねえ?」
「…………明らかに無茶な事でなければな。出来る限り手助けもしてやる」

そう言うと、張角が眩しいくらいの笑顔を再び浮かべた。
この笑顔は嫌な予感がする――小十郎は咄嗟にそう思った。

「じゃあ私、追加のお菓子が食べたい♪ 小十郎、奢って?」
「何……? それくらい自分の金で頼めば良いだろう」
「無茶な事でなければ、世話してくれるって言ったじゃん!」
「…………ちっ! 仕方ねえな……」

渋々小十郎は給士に注文し、彼女が食べたいと言ったお菓子を持って来させた。
張角が喜んでそれを食べる中、張宝と張梁が次々と小十郎に注文していく。

「あっ! ちぃは杏仁豆腐お代わりね! 大至急よ、大至急!」
「私は鉄観音茶をお代わり!」
「纏めて言うな! 1人1回ずつ言え!」

そう怒鳴りながらも、小十郎は彼女達の注文を受けて行った。
凪達の他にも膨大な出費が増えた事に、小十郎は頭を抱えた。

「頑張れ♪ 小十郎」
「小十郎、遅い!」
「小十郎さん、お茶……」

この調子では、例え秋蘭でも身体が持たないだろう。
春蘭や桂花は言わずもがな、季衣も泣き出しそうだ。

「曹操さんも気が利くなぁ。こんなにカッコよくて、優しい世話役を付けてくれるなんて」
「それだけ私達に期待しているって事よ」
「ま、少しくらいは手伝ってあげても良いかもね」

勝手に言ってろと、小十郎は内心で悪態を吐いた。
これからどうなるのか――前途多難な予感がした。

 

 


後書き
第17章を書き上げました。小十郎、張三姉妹のマネージャーになる。
客将は辛いよ、客将は。現実的に絶対に胃潰瘍になりそうな感じです。
実際伊達軍内でも、小十郎ってオカンっぽいですよね。
では次回の御話でお会いしましょう!!


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