「ねえねえ、まだ着かないの?」
「もう少しで着く。我慢しろ」

街中で先頭を歩く小十郎が、素っ気ない態度で後ろを歩く天和に言った。
彼女の両脇には、妹の地和と人和の2人も居る。張三姉妹が揃っていた。
今現在、4人は新しく建てられた事務所兼家に移動している最中だった。
とは言っても、この急な移動は、小十郎が3人にせっつかされたからであるが――。

「どんなのかなぁ〜? 楽しみだよね?」
「広さとか、設備とか、どんなのかな? せめて曹操様のお城半分は欲しいわよね」

本当に贅沢な奴等だ――小十郎は内心で舌打ちをした。
天和と地和ははしゃいでいるが、この先の物を見ればそれも収まるだろう。
事務所の中は恐らく、いや絶対に城の半分の広さなど無いのだから。

「……姉さん達、ちょっと浮かれ過ぎ」

人和がすぐ隣で突っ込みを入れるが、姉の耳には届いていないようだ。
末っ子ながらも、姉よりしっかりしている彼女には敬意を払いたい。

「言っておくが、期待ばかり膨らませるな。後でどん底に落ちても知らねえぞ」
「ぶぅ〜ぶぅ〜っ! 小十郎はいっつも意地悪な物言いばかりするんだから!」
「今頃気付いたのか…………っと、着いたぞ。ここがそうだ」

小十郎が連れて来たのは、街を抜けた所にある小さな空き地であった。
そこには小さい舞台と、その舞台よりも小さい一軒の空き家があった。
そんな光景を見せられ、今まで浮かれていた天和と地和の表情が固まっていく。
逆に人和は、これで十分だと言わんばかりに、少し下がった眼鏡を上げる。

「……これが私達の舞台?」
「そうだ」
「こんな見世物小屋みたいなのが……?」
「そうだ」

腕を組み、小十郎が淡々とした様子で天和と地和の質問に答えた。
次に来る言葉がだいたい予想の出来た小十郎は、静かに耳を塞ぐ。

「やだぁぁぁっ! もっと大きいのが良いっ!!」
「こんなの舞台だなんて、絶対に言わないわよ!」
「もっと飛んだり、跳ねたり、走り回れる舞台が良いっ!!」
「ちぃ達の実力を思いっ切り舐めてるんじゃないの!」

そんな天和と地和の文句を跳ね返すように、小十郎が「黙れ!」と怒声を放つ。
初めて見る彼の剣幕に、今まで文句を言っていた2人が押し黙った。

「端っから甘い汁を吸えると思うな。人生はそんなに甘くはねえんだ」
「……小十郎さんの言う通りよ。私達の最初の一歩はこれで十分だわ」

人和が姉2人の前に出た。

「今はボロ小屋同然だけど、私達が沢山稼いで大きくしていけば良いのよ」
「それは……人和の言う通りかもしれないけどさ……」

地和が拗ねたように呟く。
再び眼鏡を上げた人和が地和を見つめた。

「それとも姉さん達は、私達にそんな力は無いって思っているの?」

彼女のそんな言葉に対し、不満気だった天和がゆっくりと頷いた。

「……そうだよね。こんなボロ小屋、私達が大きくすれば良いんだもんね!」
「う〜ん……大きくする自信はあるけどさ、何か馬鹿にされてるみたいで嫌」
「そう思われているなら、後でそいつ等に吠え面をかかせてあげれば良いの」

そう言うと人和は荷物を置き、建てられている舞台の確認をし始めた。
残った2人も荷物を置いた後、事務所兼我が家の観察を始めていく。

「それにしても……こんな所にみんな来てくれるのかなぁ?」
「何を言っている。ここに客を来させるのが、お前等の仕事だろう」
「まあ、そうよね。ちぃの魅力に掛かれば、そんなの一発だけど♪」

相変わらず大した自信だ――小十郎は呆れ気味にそう思った。

「案内はこれで終わりだ。他に何か手助けが必要な事はあるか?」
「…………じゃあこれ」

舞台の確認を終えた人和が、荷物から1枚の書簡を小十郎に突き付けた。
彼女曰く「自分達の宣伝に使った瓦版屋の請求書」との事。
必要経費はこちらで負担すると華琳が言っていたので、仕方の無い事だ。

「早速金の話か。ったく、一体幾ら――」

小十郎がその金額を確認していくと、思わず請求書を破り捨てそうになった。
デタラメな金額だった。下手をすれば軍馬百頭が買えてしまう程の額である。

「何を考えているッ! こんなに金を使いやがって!」
「これぐらい当然よ。こう言うのは、最初に大きく風呂敷を上げる方が効果あるもの」
「そうそう。要はハッタリだよねえ?」

天和も調子づいて「うんうん」と頷く。そんな様子が妙に憎たらしい。
確かにこんな小さい所から始める以上、多少のハッタリは必要である。
チラシで人を呼び集め、知名度を一気に上げていくしか方法は無い。

「仕方ねえ……。一応掛け合ってみるが、下りるかどうか分からんぞ」
「それを上手く説得するのが、小十郎さんの役目でしょ?」
「歌うのはちぃ達のお仕事。……このくらい簡単な話よね?」

前言撤回――天和だけでなく、他の2人も憎たらしかった。
小十郎が渋々頷くと、人和は微笑を浮かべて彼に告げた。

「じゃあ今から早速瓦版屋に行って宣伝紙を取りに行って。それで配っておいてね」
「…………何? 俺が宣伝紙を配るのか?」
「う〜ん……小十郎の顔は怖いからなぁ。配るには不向きかもねえ」
「じゃあ協力してくれる人を集めて、その人達に任せてみたら?」

散々好き放題言われた結果、協力者を集めて配ってもらう事に決まった。
彼女達曰く「小十郎が配ったのでは、客が逃げて行ってしまう」との事。
また面倒な事になったと、小十郎は人知れず溜め息を吐いたのだった。

 

 

 

 

酒屋――華琳を説得し、何とか経費を下ろす事に成功した小十郎。
その後、瓦版屋へ行き、頼まれた宣伝紙を受け取ったのだが――。

「こんなに大量に作りやがって……あいつ等」

酒屋の半分を埋め尽くしている宣伝紙を睨みつつ、小十郎は恨めしげに呟いた。
ここの店主が“良い人”であったから良かったものの、明らかに営業妨害だ。
現に店内に入ろうとして、そのまま立ち去ってしまった客が既に何人か居る。
何とかして配っていかなければ、色々と文句を言われるのは眼に見えていた。

(だがこんな面倒事、手伝う奴等が居るか……)

小十郎が頭を抱えていると、店内に元気が響き渡った。
その聞き覚えのある声に、小十郎の視線が自然とそちらへと向く。

「やはりお前等か。季衣に流琉」
「あっ……兄様」
「兄ちゃんもここに来てたんだ」

相変わらず元気な様子で、季衣と流琉が小十郎の傍へ駆け寄る。
典韋――流琉は以前の騒動の後、華琳の親衛隊として迎えられたのだ。
元々季衣に誘われていたので、当然の事と言えばそうだった。
彼女の実力も季衣の武に負けず劣らずと言った所で、小十郎も一目置いている。
そしてそんな彼女も季衣が兄と呼び、慕っている彼に興味を持ったらしい――。
敬意を込めて小十郎の事を“兄様”と呼んでいた。

「2人で飯を食べに来たのか?」

季衣が頷いた。

「うん。兄ちゃんはここで何をしてるの?」
「兄様、これって瓦版屋の宣伝紙ですよね」

流琉が宣伝紙に眼を通し始めたのを見て、季衣も興味を持ったらしい。
彼女と同じように、机の上に沢山積まれている宣伝紙を見始めた。
丁度良い時に来てくれたかもしれない――小十郎は2人に事情を話した。
すると2人は笑顔を浮かべ、快く小十郎の頼みを了承してくれた。

「つまりこれを全部配って、張三姉妹の宣伝をするんですよね」
「何だか面白そう。ねえねえ兄ちゃん、これって何て読むの?」

季衣が指を差す所には“数え役萬☆姉妹”と軽いタッチで描かれていた。
三姉妹の注文通りなのか、それとも瓦版屋の趣味なのかは不明だ――。

「数え役萬姉妹と読むんだ。張三姉妹の名前だな」
「ふ〜ん……かぞえ、やくまん、しまい、かぁ……」
「じゃあ季衣、流琉、配るのを任せても良いか?」
「任せて下さい。兄様は一緒に配らないんですか?」

流琉からの純粋な問い掛けに、小十郎は苦笑しながら頬を掻いた。

「俺が配ると……客が寄り付かない。それに似合わん」

彼の答えに対し、季衣と流琉は気まずそうな表情を浮かべた。

「あ〜……兄ちゃん、あんまり気にしない方が良いよ」
「すいません……。でも兄様、元気を出して下さいね」

特に自分の顔の事は気にしていないのだが――。
励まされたものの、小十郎の内心は終始複雑な気分だった。

「皆さーん! 西の外れの小さな小屋で“数え役萬☆姉妹”が歌と踊りで大活躍ですよー!」
「宜しくお願いしまーすっ! “数え役萬☆姉妹”です! 場所は西外れの小屋でーすっ!」

宣伝紙配りを頼まれた季衣と流琉が、通り掛かる人々に次々とそれ等を配っていく。
2人の可愛らしい容姿と宣伝も相まってか、老若男女問わず、人が殺到している。
その効果もあってか、ついでに酒屋で食事をしていく者も居るようで、店主は喜んでいた。
小十郎は酒屋に居ながら、宣伝紙が足りなくなったら補充すると言う役目を担っていた。

「へえ……西外れの小屋か」
「良い席は速い者勝ちですよー」
「面白そう。行ってようかしら」
「是非行ってみて下さいね♪」

宣伝紙を手渡した後、舞台へ行く事を勧めるのも忘れていない。
季衣も流琉も笑顔で受け取りに来た人達に伝えていた。

(ふっ……俺が出なくて良かったな。これは)

窓から2人の姿を見ながら、小十郎は秘かにそう思ったのだった。

 

 

 

 

「2人とも御苦労だった。御陰で全部配る事が出来た」
「は、はい……。御役に立てたのなら嬉しいです……」
「疲れたぁ〜……。手伝ったのは失敗かもしれない」

店の壁に背を預け、疲れ切った顔を浮かべる季衣と流琉。
途中休憩を挟んだが、十分に休めたとは言い難かった。
それに外を見てみれば、空は満月が浮かんでいる。
配り終わった頃には日は沈み、すっかり夜になっていた。

「そう言うな。ほら、これは御礼の駄賃だ」
「おおっ! 兄ちゃん、話が分かる〜っ♪」

小十郎から幾らかのお金を貰い、笑顔を浮かべる季衣と流琉。
どうやら今ので疲れなど、吹っ飛んでしまったらしかった。

「じゃあこれで晩ご飯にでも行こうか?」
「うん。最近良い屋台を見つけたんだ。流琉、一緒に行こう♪」
「勿論よ。それでは兄様、私と季衣はここで失礼します……」

行儀良く頭を下げ、流琉は小十郎にそう言った。

「ああ。夜道にはくれぐれも気を付けるんだぞ」
「分かってるよ。じゃあね、兄ちゃん」

屋台へと向かう季衣と流琉を見送った後、小十郎は踵を返して小屋へと戻って行った。
途中、終わった後は疲れるだろうと思い、3人に土産を購入してやったりもした。
どうせ後で天和か地和辺りに強請られるのなら、今買っていた方が手間も省ける。

そうして目的地に近付くに連れ、小十郎の耳に大勢の歓声が聞こえてきた。
観客の人数が気になり、歩みを自然と駆け足へと変える。どうだったのか。
ようやく辿り着き、人混みの方に向かうと、小屋の前には大勢の人達が集まっていた。
舞台には左から順に地和、天和、人和と並び、観客に向けて歌と踊りを披露している。
誰もが眼を逸らす事無く、彼女達の踊りを見つめ、歌声に耳を傾けていた。

「みんなぁぁぁっ!! まだまだ行けるかな〜?」

歓声が響く。

「でもぉ、そろそろお終いの時間だよ〜?」

非常に残念そうな声が響いた。

「大丈夫。絶対にまた会えるから」

再び歓声が響いた。
どうやら興奮も最高潮に達したらしい。

「それじゃあ最後の一曲、聞いて下さいね〜♪」
(ふん……。舞台の上の奴等、か……)

内心で呆れながらも、小十郎は彼女達の舞台を見ていた。
前までは彼女達の歌は苦手だったが、今ではすっかり耐性が出来ていた。
これまで3人の言い分に付き合ってきたせいなのか、原因は分からない。
だが不思議と悪い気はしない――小十郎は彼女達の最後まで聞いていた。

 

 

舞台は見事に成功を収め、大歓声と拍手喝采の中で終わった。
3人が舞台から降りていくのを見計らって、小十郎は彼女達を迎えた。
そして事務所兼家に入ると、天和と地和は疲れ切った表情を浮かべる。

「あ〜……疲れたぁ」
「ちぃもへろへろ……」

ダレる彼女達の前に、小十郎が冷たい水の入ったコップを差し出した。

「飲んでおけ。少しは疲れが取れるぞ」
「おっ! 気が利くじゃないの!」
「わぁ〜い! ありがと、小十郎」

コップを受け取ると、彼女達はあっと言う間に水を飲み干した。
緊張と疲れからか、余程喉が乾いていたらしい。
続けて2、3杯お代わりした後、ようやく水の催促が止まった。

「初日はどうやら大盛況だったようだな。正直意外だった」
「うん。でもこれはほんの一歩。浮かれたりはしないわ」

真面目な様子の人和を見て、小十郎が苦笑した。
やはりこの末っ子が、この中で一番しっかりしている。

「あ〜……喉は潤ったけど、今度はお腹が空いてきちゃった」
「ちぃもお腹減ったなぁ。ねえねえ、今日の売り上げで何か食べ――」
「駄目よ姉さん。無駄遣いも、贅沢も当分厳禁。全てを敵だと思って」

容赦の無い畳み掛けに不満を漏らす地和を無視し、人和は小十郎に視線を移した。

「小十郎さんも、これからは不用意に奢ったりしちゃ駄目。自分達の分は自分達で出せるようにしていかないと――」

と、人和の説明中に何処からともなくお腹の鳴る音が響いた。
この場が微妙な空気に包まれる中、人和の顔が真っ赤になる。
どうやらお腹の音は、彼女が原因らしかった。

「……まあ、不用意に奢ったりはしねえつもりだが」

小十郎はここに来る前に買った土産を人和の前に差し出した。
それを見た天和と地和の眼が輝き、彼の傍へと駆け寄る。

「お前等が頑張った祝いだ。これぐらいなら文句はねえだろ?」

小十郎の言葉に渋々と言った様子で、人和が頷いた。
ちなみに、未だに顔は羞恥で真っ赤だったりする。

「え〜っ! それ何々……って、焼売だぁ!」
「わぁ〜いっ! お姉ちゃん焼売大好き♪」

小十郎から引っ手繰るように焼売の箱を奪い、天和と地和が開けて食べ始める。
やれやれと言った様子で溜め息を吐いた後、小十郎は人和に言った。

「お前も早く食べな。急がねえと無くなっちまうぞ」
「…………うん。どうもありがとう、小十郎さん」

三姉妹の夢は、まだまだ始まったばかりだ。今日の事は夢の第一歩に過ぎない。
だが諦める事を全く知らない彼女達なら、いつか夢を叶えられるだろう――。
彼女達の気質が自分の主に似ている事もあって、小十郎はそんな確信を持つのだった。

 

 


後書き
第20話を書き上げました。再び張三姉妹の話です。
とうとう数え役萬☆姉妹がデビュー。
一刀が居ないので姉妹を“シスターズ”とは言いません(笑
不定期ですが、今後も更新を頑張って行きたいと思います。


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