己が欲望に抗わず忠実に生きる――それが人間の本来あるべき姿である。
少なくとも“松永久秀”と言う男は、その事を信じて疑わない男だった。
故に彼は偽善を嫌う。故に彼は理想を嫌う。故に彼は信義を嫌った――。
ある意味愚かで、ある意味純粋とも言うべきその考えは、不思議と多くの者を惹き付けた。
戦国と言う乱世でもそうだったように、彼が今立っている――三国志の――世界でもだ。

そして松永久秀は今、1人の男と対峙している。
自分が最も嫌いな物を持ち、最も見たかった物を持っている男――片倉小十郎と。

「そうだ! 良いぞ竜の右眼ッ! 私は卿のそれが見たかったのだ!!」

“主君の為”と言う大義名分を掲げ、自らの命を欲望のまま欲する姿。
とても“竜の右眼”と言う異名が似つかわしくない程に禍々しい姿。
松永久秀は心から狂喜し、刀を荒々しく構える片倉小十郎を褒め称えた。

「その口を今すぐ閉じろッ! 前にも言った筈だ、テメェの御託は聞き飽きたッ!!」
「再び私を殺すか? 良いだろう、己が欲望のままに奪うと良い……それが世の――」

――真理ッ!!

今、戦国の世から降り立った2人の宿敵が稲妻の如く激突した。





秋蘭は背後の流琉を守りつつ、小十郎の決闘が終わるのを待つ事しか出来なかった。
そして彼女は大きな違和感を覚えた――小十郎が振るう刀の太刀筋である。
いつもの彼からは考えられない、冷静さを明らかに欠いた荒々しい攻撃だ。
時には手に握る刀だけでなく、己の拳と蹴りも交えて攻撃を行っている。

(今は互角に打ち合っているが……冷静さを欠くな片倉、取り戻すんだッ!)

秋蘭が心中でそう呟いた時、背後に居る流琉が震える声で言った。
彼女の視線は松永を一瞬見た後、兄と慕う小十郎へと移っていた。

「……あの男も怖い、けど……今の兄様はもっと怖い……」
「流琉……」
「秋蘭様……兄様は、いつもの兄様に戻りますよね……?」

流琉の心底不安そうな問い掛けに対し、秋蘭は頷く事しか出来なかった。
今の怯えきっている彼女を安心させるにはそうするしかなかったのだ。





「どうした竜の右眼。私を殺したくば、もっと攻めたまえ……!」
「テメェなんぞに言われなくとも!!」

小十郎が右の拳を久秀の顔面に向けて放つ。その後に左手に持った刀も袈裟懸けに振るう。
だが久秀は慌てず、余裕の笑みを浮かべたまま攻撃をかわし、宝刀を反撃に振るった。
その攻撃が小十郎の右頬をかすめ、薄皮1枚を斬り裂く。薄らと鮮血が頬から滲み出た

「生温いッ!」

頬から流れ出る血を拭わず、小十郎は接近していた久秀の腹部に蹴りを見舞う。
彼から小さな呻き声が聞こえたと同時に――僅かながら――隙が生まれた。
その僅かな隙をみすみす見逃すほど、片倉小十郎と言う武将は甘くはなかった。

「もう1度討ち取らせてもらうぜッ! 松永久秀ッ!!」

刀を垂直に構えて踏み出し、久秀の心臓に向けて最大の速度で刃を突き出す。
彼の刀に竜の如き雷が宿る。幻覚かと、秋蘭は思わず両眼を拭ってしまった。

「くくくくく――ッ!」

自らの命が刈り取られようとしているその時、久秀は不気味に笑っていた。
彼の周りに不自然な風が吹き抜ける。その風はまるで、彼を守る鎧のようだった。
そして今まさに心臓を刃が貫こうとした時――小十郎の全身に警告が発せられる。

――後ろだッ!!

秋蘭と流琉も小十郎の身に迫っている危機に気付き、彼へ言い放っていた。
小十郎が寸前のところで意識を久秀から警告が発せられた背後へ向ける。
鈍い鉄と鉄がぶつかり合う音が響いた。小十郎の刀が二刀の凶器を受け止めたのだ。

「テメェは……ッ!?」

小十郎が眼の前の人物に対し、驚愕の声を上げる。
久秀は微笑を浮かべながら、その隙にゆっくりと後退していった。

「……………………」

ある者は伝説の忍、ある者は風の悪魔と呼ぶ、金次第でどこにでも所属する傭兵――。
漆黒の鎧、異様な装束に身を包む仮面の男――風魔小太郎が小十郎と対峙していた。
小太郎は極限まで磨き上げた忍の身体能力を生かし、小十郎を攻め立てる。

「ぐっ……まさかテメェまで松永と共にここに居るとはな!」
「……………………」

風魔は一切言葉を発する事なく、二刀の小太刀を生きているが如く振るい続ける。
先程までの久秀との戦いで消耗していた小十郎にとって厄介極まりない攻撃だった。
徐々に押され始める小十郎。そんな彼を見た秋蘭は弓矢――餓狼爪を構えた。

(もう手助け無用と言っていられまい! 今の片倉では不利だ……!)

小十郎を激烈に攻め立てる小太郎へ向け、矢の照準を合わせる秋蘭。
数々の武功を立ててきた彼女にとって、人1人を射抜く事など造作も無い。
そして秋蘭が矢を放とうとした時、小十郎が彼女の背後を一瞥して驚愕した。

「秋蘭ッ!?」

小十郎が声を上げる。秋蘭と流琉の背後には小太郎が小太刀を振ろうと立っていたのだ。
しかし小太郎は小十郎の目の前に居る。その正体は――忍が得意とする分身の術だった。
刹那――戦いを見物していた久秀が狂喜の声を上げた。

「そら、気が逸れたぞ! 竜の右眼ッ!」

秋蘭と流琉の背後に立っていた小太郎が消えた時、小十郎は嵌められた事に気付いた。
二刀の小太刀が凶器の光を放ち、小十郎を仕留めんと彼の眼を照らす。

「――――チッ!」

慌てて刀を構えるも一瞬間に合わず、小十郎は小太郎の攻撃に吹っ飛ばされた。

「片倉ッ!」
「ああ……兄様ッ!?」

地面を転がり、激痛に呻く小十郎。
すぐさま秋蘭と流琉が駆け寄り、安否を確かめる。

「くっくっくっ、無様だなぁ竜の右眼。彼女達を放っておけば、そのような傷を負う事も無かっただろうに……」
「貴様……! 流琉だけでなく、片倉までも……!!」

秋蘭の瞳に怒りが満ち、薄ら笑いを浮かべる久秀を睨み付ける。
そんな彼を守るかのように小太郎が小太刀を構え、立ち塞がった。

「ふふっ、今日のところは失礼しよう。良い物が見れた」
「ま、松永ァ……」
「無理をするな竜の右眼。彼女達に支えられてやっとだろう?」

そう言うと久秀は小太郎と共に背を向け、その場から去って行く。
小十郎は意地でも追おうとするが、身体が言う事を聞かなかった。

「また会おう、竜の右眼。今度は歴史の大舞台でな……」

高笑いと共に久秀は吹き起こった砂埃の中へと消えて行った。
小十郎は悔しさに地面を拳で打ち、空に向けて吠えた。

「松永ァァァァァァァ!!!」

そんな彼を皮肉るかのように空の雲は無く、澄みきっていた。





後書き
皆様、6か月振りです。大変お待たせしました、第22話です。
精神的に辛い事が続き、執筆はおろかシルフェニアも来れませんでした。
ですが徐々に立ち直りつつあるので、読者の方々はご安心下さい。
完全復活とは言えませんが、今まで通り温かく見守って頂けると幸いです。
ではまた(いつ頃かは分かりませんが)第23話でお会いしましょう。

押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.