「では、閣下。行って参ります。」

 「いや、外まで送ろう。大山君にもひとつ話をしたくてね。」


 私・児玉源太郎は彼が嫌いだ。陸軍の重鎮【山県有朋】(やまがたありとも)、維新の志士として軍人として、また政治家としても才を持つ人物であるがその容赦なき人事登用に怖気を感じる者は私だけではないだろう。これといった人物を見つけると人事考課や序列を無視するに留まらず、追い越される者の感情を逆撫でするような登用を行う。恨みこそ消えたが海外留学の機会を潰され切歯扼腕した経験が私にもある。帝国議員の中には山県侯爵をもじって山県候、簡単に言えば山県野郎と悪意をむき出しにする者もいる。
 彼は依怙贔屓など考えたことすら無いだろう。しかし、人は思わぬところで恨みを買うものだ。いくら能力を優先しても人情を弁えねば人は付いてこない。彼は理由を説明することを意図的に無視している感があるのだ。今回の第3軍司令の内定とその繰り上げなどその典型だと思う。
 廊下を歩きながら駄話を交わす。周りの将官、佐官が彼が視界に入るな否や完璧な敬礼を行うことから陸軍内の彼の権勢を押し図ることができるだろう。


 「時に乃木君は相変わらずかな?」

 「どこからか手に入れた新型兵器を使って訓練をしておりますよ。休職中の将軍とは思えぬ熱心な方です。」


 皮肉めいた言動になったことを後悔する。今回の第3軍司令に乃木希典、参謀長に伊地知幸助、これから起こるであろうロシアとの戦で旅順要塞を封鎖する軍の人事が決まった。伊地知はともかく乃木を登用する事に陸軍省は難色を示したと聞く。陸軍名うての不良将官。休職4回の上、佐官時代は花街で連日豪遊し風聞になったほど。軍内でも軍旗を奪われるだの切腹騒動を起こすだの問題児の筆頭に挙げられる。しかし、不平士族討伐時の判断や旅順要塞一番乗りなど目を惹く点も多い。良くも悪くも目立つ御仁であることは確かだ。




 この二人の推挙を客観的に見ればこうなるだろう。実直で戦場経験の長い司令官と研究熱心で海外留学経験もある参謀長、なかなかの組み合わせにも見えるが陸軍内の派閥争い――薩摩閥と長州閥――のバランスの上に成り立った物と穿つこともできる。たとえ推挙した山県が能力主義だとしても他の者はそうは見ない。そして彼はその理由を明かすことはない。


 「そうだ、以前会った橙子嬢だが軍属扱いで第3軍に“持ち込め”ないものかね?」

 「あの時の娘御ですか?それ以前に乃木閣下が許しますかどうか……。」


 乃木が話があると訪ねてきたのは1年程前。彼らしからぬ胡散臭い話だったが、蓋を開けてみれば三宅坂(参謀本部)や市ヶ谷(第1師団司令部)はおろか皇軍中巻き込んだ大騒動になっている。その中心にいるのがあの娘御だ。本来、『軍に女子供を入れるは言語道断』そう言いかねない山県が何を血迷ったかと思うが、現実武器を始めありとあらゆる物が足りない。棚のボタ餅が落ちてくるのであれば構わず掴み取り、喰らう。軍人にはそういった貪欲さが要求される。ただ、“持ち込む”と言ったあたり彼はあの娘御に軍人として何かを期待しているわけではなさそうだ。


 「なに、あれだけの試作品を受け取ったのだ。現地で報告の一つも書かせねば皇軍の度量が問われようて。」


 彼はおどけた言葉を口にするが目は笑っていない。彼の言葉の裏を推察する。確かにその通りだ。大阪造兵廠が全力をあげても作り出せぬ小銃を既に3万挺以上、米英の大貴族、大富豪でもポンと投げ与えれる数ではない。いや、そもそも米英の造兵廠でもあのような出鱈目な高性能小銃を作れるものか!そしてあの榛の瞳、彼女は神か悪魔の使いなのではと本能的な畏怖を感じる。少なくとも彼女の背後にこそ警戒と配慮をせねばならないだろう。


 「そうそう、これはこの山県の戯言だがな……」


 閣下の呑気そうな声が耳に入った途端、本能的に身構える。この老人がこの台詞を言おうものなら要注意だ、必ず無理難題を押し付けてくる。


 「橙子嬢は150年後、我等人間を海から叩き出すつもりらしい。それまでに我等に自らの力に対抗できる力を付けてもらいたいようだ。彼女はその未来人達を人間の力をもって叩き潰す。…………面白い、実に面白い!」


 普通の政治家や軍人であれば仰天しかねない言葉を上機嫌で紡ぐ。


 「皇賢き処(すめらぎかしこきところ)が殿下を羨み嫉妬する。自ら絶対的な自由を捨て不自由を受け入れようとする、愉快な話だ。だが!人間を甘く見るな。皇史2700年、限界を知る不自由なモノがどれ程の坂を登ってきたか思い知るがいい。」


 低く笑いながら待ち合わせ場所に向かって闊歩し独白する。そして彼は振り向き私の目を見据える。そして言い放った!


 「児玉源太郎!あの娘に戦争を見せてやれ。地獄とは彼岸の先に無く、現界(うつしよ)に在る事を叩き込むのだ!!」


 ――――確かに彼女の知性や論理性は会ったときに知っている。だが戦争とは算術ではない。延々と続く最適解の無い計算式なのだ。これを回答できるなら彼女は『人間ではない』そしてこの現実に彼女が耐えられないのであれば――――




 もはや私のことなど無視して踵を返し歩む彼を足早に追いかけながら思う。やはり私は彼が嫌いだ。




―――――――――――――――――――――――――――――





「小隊交互躍進、停止中の小隊は射撃に備えよ!」
 
「貴様ぁ!匍匐前進しろと何度言えばわかる。死にたいのか!?」
 
「内藤一等兵戦死!その間抜けズラに命中したぞ。そのまま兵舎まで這ってこい!!」


 注意という名の怒号、訓練という名の扱きが繰り返される。鉄拳が飛ぶのも頻繁だ。
儂はそれを止めさせるつもりはない。何しろ時間がなさすぎる。橙子の言った運命の日まで残すところ半年、参謀本部に試作品の名目で無理矢理、硫黄島製の武器を押し付け各師団に分配しているのだ。現在、この松山歩兵22連隊をはじめ8個連隊と幾つかの砲兵連隊が硫黄島製の武器を装備している。ざっと3万人、大砲300門がこの時代に在り得ぬ武装で固められているといえるだろう。


 「いや……松山歩兵22連隊などないか。いまや松山尖兵22連隊だ。」


 連隊対抗の摸擬戦で硫黄島製の武器で固めた中隊を通常編制の大隊がどうしても突破できず逆に散々に蹴散らされたことから参謀本部の秀才達が差別化をした結果だ。余りの強武装故、歩兵として扱えぬと。大方、造兵廠や技術部の横槍で輸入品である事を強調したいのだろう。自らの作り出す武器が屑同然と言われれば平気ではいられぬ。ならば特別な方を差別してしまえば良い。そうすれば【特別】だからこそ最前線に立てる、【特別】だからこそ数が少ない。『尖兵』と言う名がそれを示している。反吐が出そうな論理だが背に腹は代えられぬ。それにそんな御託に縋れるのも開戦までだ。その時は刻々と近づいている。


 「まだ臍を曲げているのか?1年かそこらでここまでくれば上等ではないか。」


 後ろで丸太にちょこんと腰掛け、両手で頬を支えながら橙子が不機嫌そうにしている。本日は榛の長着に緋袴、その上に『史実』で日露戦争以降に陸軍が採用する黄土(カーキ)色の軍服を羽織っている。ただ、尋常小学校生にしても小柄な背格好の為に羽織るというより大きすぎる外套(コート)の裾を地面で引きずっている恰好だ。9つの孫が大人の軍服を着ているのは自分が軍人扱いなのを誇示したいのであろう。連隊の士官の中には子供の背伸びと微笑ましい顔をしている者もいた。
 こういった演習や会議に孫娘がついてくるようになったのも当たり前の光景。硫黄島製の武器を売り込んだ際、将官や参謀達も小馬鹿にしたものだが実体が明らかになると下にも置かぬ扱いをし始めた。今では三宅坂に行く度、参謀肩章をつけたいい大人が自ら茶菓子を用意する程、誰でも戦という深みで溺れれば、一筋の藁でも縋りたいのは変わらぬ。


藁どころか巨大な【軍艦】であれば尚更だ。


 連隊でも初めは前師団長は孫煩悩だったという笑い話すら出ていたが、今やそんな話をする者はいない。彼女の一言で信じられない性能の武器・兵器が続々と届くのだ。乃木家が裕福であったとしても限度がある。彼女の背後に得体のしれない何かを感じている将兵は少なくない。橙子は不機嫌な顔のまま立ち上がり儂の前で不満を言う。


 「御爺様、私は『全将兵に』と言ったはずです。なのにまだ全軍の2割に満たない数。本当に勝つ積りがおありですか?」


 何度も聞いた催促、だから何度でも答えてやる。子供が思うほど政治(まつりごと)は容易くない。


 「何度も言ったはずだ。橙子、お前は戦を始める前に帝国陸軍を潰すつもりか?戦は人がするもの“人の和”無くして戦はできぬ。」



 驚いたことに最後まで硫黄島製の武器導入に抵抗したのは実戦部隊の部隊長達だった。一人一人は大賛成どころか積極的に自らを売り込むのだが、数が限られると聞くな否や同僚内で露骨に足の引っ張り合いを始めるのだ。優秀な武器を我こそはの思いは結構だが、かつての討幕派佐幕派の因縁まで持ち出して罵り合う有様は見苦しいの一言。参謀本部が決めた規定数など無視してなし崩しに供与量が拡大し続ける事態に儂自ら間に立たねばならないことすらあった。
 この場合、皆平等に兵器を分け与えればよかろうと考えるのは安直に過ぎぬ。一度こじれた間柄は容易に修復しないのだ。特に今まで隠れていた確執というものは厄介極まる。だから、少しずつ差をつけ部隊同士を差別するのではなく、違うということを認識される。そうすれば他部隊への侮蔑は対抗心と自らへの研鑽に昇華されていくのだ。英語で言うならば随一(ナンバーワン)でなく唯一(オンリーワン)を目指すという事でこじれた間柄が修復されるのだ。単純に武器や兵器で戦力増強と考えていた橙子にとって儂の行動は理解し難いのだろう。
 性格そのものはあの時からも変わっていない。仕草も癖も大人びた表面を剥がしてやれば誰にも愛される子供そのものだ。今の言葉すら、思うようにならないことに駄々を捏ねていると思えば可愛らしい程度、ただ危険性だけは教え込んでおかねば。


 「橙子、そなたは兵を数字で考え過ぎる。士官として外すことが出来ない道とはいえ彼らにも此の世を生きる権利がある。それを忘れたとき我らは外道に堕ちる。口は違う言葉を吐いても一時たりとも忘れてはならぬ!たとえそなたが人でなくともな。」

 「……はい。」


 頷くのを確認して儂はまた背を向ける。儂は孫に兵を率いさせたくはない。男だ女だ子供だ大人だといった話ではなく本能で感じるのだ。この子は戦に向いていないと。儂は御国の内乱で師と袂を分かち、西南の戦で軍旗を奪われた。戦下手と陰口を叩かれるのも頻繁だったし腹を切ろうと騒動を起こしたこともある。書生のとき学者か軍人かどちらかを選べと言われた時の選択をどれほど恨んだことだろう。しかし儂は軍人を選んだ。自らの生涯として軍人を志したのだ、選んだ以上責任は取る、それが儂の矜持だ。だからこそ後に続くものに選択を間違えてほしくない。人には向き不向きがあると、そして孫は儂によく似ている。








 激しい訓練の中、歩んでくる者がいる。察して儂は敬礼を行い橙子はお辞儀をする。彼・大山巌(おおやまいわお)陸軍大将は敬礼を返す早々に言い放った。


 「乃木どん、皇軍中掻き回して面白かばい?」

 「まだまだです。日露で戦を始めるならば何もかも足りませぬ。」

 「無理せんでもよか!すっぱい(全部)お主が片付けたらオイの仕事がなくなぅ。唯でさえ強い武器買い入れとぅのだ。陸軍はお主ばかぃに頼ぅわけにいかん。」


 人懐こい表情で癖の強い薩摩弁を振りまく彼に苦笑してしまう。陸軍でも政府でもこの調子で動き回るのだ。寡黙であるが話せば要点を突く、泰然自若だが腰は軽い、本当の将軍とは彼のことを指すのだろう。単刀直入に切り込んでくる。


 「で、いけん(どう)なのだ?」

 「火力については申し分ありません。現状装備改変した連隊は8つ、単純に考えて火力3倍ですので4個師団増えたと考えてよいかと。開戦までにさらに8つ増やしたいと思います。」


 「全然足りませんっ!」


 丸太から立ち上がり拳を握りしめ、わなわなと体を震わせながら橙子が癇癪を(おこ)す。計算高いというか演技が上手いと言うのか、儂では埒が明かないと見えさらに上の立場ならと上申する気なのだろう。傍から見れば駄々っ子の可愛らしい憤激なのだが内容が菓子や玩具ならば良かったのに…… 。大山閣下は目を丸くして彼女を見たが膝を曲げてしゃがみ込むと橙子の両肩にそっと手を載せる。


 「橙子ちゃん、君の言いたかちゅうこつ(言う事)は良く解う。でん御爺様は1歩1歩進めなにゃてそかこっになうとゆとうのだど(進めなければならないと言っておるのだよ)。」


 目を丸くして橙子も口篭る。儂は長州の出だが東京言葉である標準語を使い家族にもそれを勧める。方言をよく知らぬ橙子にとってはいきなり外人から話しかけられたのか?と勘違いしてもおかしくなかろう。驚いた顔を大山は見てニコニコと満足そうに笑い、話を続ける。彼は標準語を使えぬのではない、【使い分ける】のだ。


 「橙子ちゃんが持ってきた武器を皆に配ったらの、皆嬉しくて嬉しくてたまらぬ様だった。これで露国に勝てる。家族に胸張って戦地で戦ったと言えると泣いた者すらいる。だがなぁ……」


 顔を曇らせて彼が続けた言葉に儂は絶句した。


 「外国はそうは思わんだ。何故御国ばかりが良い武器を持てる?自分達すら作れぬ筈の武器を何故持てる??妬み、疑い、憎む……せっかく仲間にした国が離れていってしまう。武器だけじゃ戦はできんのだよ。外国が加勢してくれるか否か、これも大事なことなんだ。橙子ちゃんがくれた武器、あの数が軍を強くし外国から疑われぬ数、解ってくれるかな?」


 そう、次の戦争たる「日露戦争」はなにも日露二国で行う戦争はない。講和の下準備、情報の共有、そして観戦武官、最新の戦争を見ようと世界各国が優秀な軍人や外交官を送りこんでくる。彼らから見て御国こそ善であり露西亜(ロシア)帝国こそ悪であると宣伝せねばならない。言葉を最大限活用する戦い、その戦いを自ら不利にするわけにはいかないのだ。最新兵器は外国にとって驚くべきもの、しかし数少なく自国の脅威にならないものと誤解させねばならない。御国が初めて経験することになるであろう『多国間戦争』(ワールドウォーゼロ)。目の前だけが戦場ではない。
 納得したのかどうか解らないが橙子が引き下がる。言い包められたと思っても孫の言葉では反論しきれないのだろう。少し不機嫌そうだから図星といったところか?







 遅れて児玉源太郎大将と鮫島がやってくる。向こうは向こうで丸亀機兵12連隊の話をしていたようだ。こちらは皇軍はもとより全世界でも類をみない恐るべき代物になる筈。せめてそちらの進捗を知ろうと橙子が駆けていくのを眺める。子供の扱いに慣れた児玉大将のことだ、我々以上に上手くやるだろう。大山閣下が話しを切りだす。児玉さんだけ来れば十分なのに彼が来たということは恐らく……。


 「乃木どん、陸軍省はおはん(君)を第3軍司令官に推挙すうこっに決まった。」


 言い難そうな言葉尻だ。儂は言下に答える。


 「お断りします。」     


 休職中とはいえ元師団長の儂がそのまま第3軍司令官になるのは人事からすれば妥当だし、現在において装備が著しく変化してしまった第11師団を扱えるのは橙子を擁する儂しかいないのも解っている。表面で断って内実と譲歩を引き出すのも戦の内だ。閣下も意外にも思っていない様子、こういったことに呆気にとられるのは精々佐官止まりの軍人だ。そして閣下は一年前、山県候や小村君、桂総理等と共に“日露戦争”を知っている。


 「薩長のしがらみは考えんでよか。オイはそげんつまらなかちゅうこつに君を巻き込むつもいはん(つもりはない)、児玉君、山県君も同じ意見ほいなら(意見だ)。」

 「先の戦、旅団ひとつで落した等という賛辞は聞き飽きました。私が戦下手なのはご存知の通り、陸軍には私でなくとも将はいるのでしょう?なんなら鮫島君を推薦してもいい。」   


 政治的な話は関係ないと含みを持たせた大山さんの言葉を儂は人に含みを持たせて否定する。建前では埒があらぬと閣下も悟ったようだ。閣下は急に言葉を変え深刻そうに声を顰めて紙束を出した。


 「ここへ来る前に秋山君が持ってきたものがあってな……」


 儂もそれを覗き込んだ。彼が君呼ばわりする秋山なら御国随一の騎兵部隊指揮官、秋山好古少将のことだ。つまるところ彼の報告書はこう言っている。


 ――――『旅順要塞』と言うものは存在しない。今我々が旅順要塞と呼んでいるものは旅順最終防衛線に過ぎない。本来この前衛に様々な防御陣地、堡塁、塹壕、鉄条網が張り巡らされ玉葱の皮のように剥いても剥いても防衛線が現れるといった物が形作られるのだ。だから『旅順要塞』ではなく『遼東半島多重連結要塞防御地帯』と呼ぶのが正しい。さらに要塞守備兵1万は明らかな間違い。実体は4万以上――――


 「秋山君は要塞防備を調べんと単身旅順に潜入していたのだが。旅順にセメント20万樽が運び込まれたことを嗅ぎ付けてな、問題はそれ以前に持ち込まれたセメント20万樽と情報が重複していないのか確証がとれんのだ。」


 大山閣下の憂色は相当の物だ。以前、彼にも『橙子の史実』を話し映像媒体で実態を見せたこともある。それだけならこの情報は重複していると断言できるのだが、そうでない場合も考えられるのだ。


 儂には孫はいなかった。


 その事実だけで橙子のもたらす情報は確定的でないことを物語っている。この齟齬、最悪の場合『橙子の史実』以上に旅順が強化されている可能性があるのだ。敵味方10万もの兵の血を啜った要塞がさらに強化されている。さらに時前に陸軍が得ることができなかった筈の守備隊の兵力情報……ん?ということは。閣下は儂の内心を見透かしたように言葉を紡いだ。


 「御前会議で旅順は封鎖に決まった、変えようもない。オイは陛下にも申し上げた、『現状、旅順攻略は不可能』と。だからこそ封鎖なのじゃ。日清の戦で旅順を陥した乃木が来る、相手もそれを知ったら今度も陥としにくると思うじゃろう。それで圧力をかけ北のロシア軍本隊を遼陽に釣り出す。乃木どんはその撒餌になってもらう。」


 少し顎鬚を擦りながら考える。『橙子の史実』の通りなら海軍は旅順閉塞に失敗し手のひらを返したように旅順攻略を要請するはず。それも即時攻略という無茶な条件でだ。結果は1個師団分の将兵が、まるごと草生す(かばね)という惨憺たる失敗。今回、御前会議で正式に不可能と結論付けられたが同じことが起こればまた甲鉄艦(戦艦)に生卵をぶち撒けるが如き愚行を繰り返すことになる。


 「条件があります。11師団と重砲兵旅団を編成に入れること、編成後の軍の運用はこちらで全てやらせて頂ける事です。」

 「そやかまわんが……。」


 大山が今更というような言葉と困惑した顔をする。儂子飼いともいえる11師団、それに要塞攻略の要たる重砲兵旅団が入るのは決定済みの筈と思っているようだ。儂は爆弾を投げ込んでみることにした。


 「閣下、先ほど皇軍中掻き回すとおっしゃりましたが。儂はまだまだ足りぬと思っています。戦場も大いに掻き回すつもりなので悪しからず。」


 流石に閣下もそれは困ると言いたげだ。軍の統帥に一軍司令官が勝手するなど前代未聞、しかしこれを条件とせねば断るでなく本気で辞退するつもりだ。儂も好き好んで愚将と呼ばれたくはない。軽く鼻を掻き恍けたように呟く。これが儂の本音、そして第3軍司令官になる条件だ。


「例えば旅順攻略の前に手持ちの兵が無ければどうします?装備未了の老兵ばかり寄越されても埒が明きませぬぞ。」


 恐ろしく難しい顔をして彼が押し黙る。本来皇軍には13の師団がある。参謀本部はこれをフルに使い戦術的勝利を積み重ねる事で戦を判定勝ちに持ち込みたいようだが、戦えば此方も損害皆無とはいえぬ。師団の兵士補充源である各地の予備役兵に手をつけるのはおろか、その予備役兵を実戦で使える独立部隊にして送り込むのも時間の問題と儂は考えた。ならば戦力として使えるよう初めから彼らを再訓練してしまえば良い。硫黄島製の武器を供与し今から動員を行わせる。“予備役兵”だから【特別】、つまり儂は閣下に全予備役兵の即時動員と装備改変を儂の軍司令官就任の条件としたのだ。そしてこの言葉におけるもうひとつの意味、大山さんなら確実に気づくだろう。


 「……よかばい、万事、乃木“大将”に任せうとしごと(しよう)。」


 大仰に溜息をつき閣下が頷く。それにしても大将とは既に詔勅すら用意してあったのか、喰えない人だ。大将への辞令は陛下の命令書たる詔勅無しには行えない。そして、詔勅を出されてしまえば儂は否応もなく承諾せざるを得ない、そう決めているのだ。しかし大山さんは儂が提示した要求を呑んだ。それはロシアとの戦が今、決定事項になったという証拠になる。国の財政を傾けてまで行う予備役兵の招集……即ち御国はロシアとの開戦を決めたということになるのだ。




 何故、儂は軍人であり続けるのか?数少ない友人たちも訝るものだが単純な感情の発露と思ってくれていい。儂は戦下手なのは自覚している。だからこそ古今東西の兵学書を読み漁り、戦場を頭に思い描いてきた。作戦立てるは参謀の仕事、司令官自ら作戦を立てれば参謀などいらぬ、事務屋だけで結構だ。しかし、作戦を解さぬ司令官は無能である。そう納得して未だ軍人であることを続けている。何故か?

 
『面白いからだ。』


 初めて軍官(指揮官)として叙任された時、旅団を率いて先の戦に出た時、心が躍った。力こそ心を狂わせると昨今の主義者達は嫌悪するが実にそのとおり。だが儂は嫌悪どころかそれを喜ぶ、筋金入りの武辺者、生まれながらの軍隊狂いだ。だからこそ、こうやって軍人という立場にしがみつく。意地汚いと言われようが気にもしない。それが儂・乃木希典の正体だ。




―――――――――――――――――――――――――――――






 とてとてと橙子が駆け戻ってくる。だいぶ機嫌を直したようで花が咲くように笑いながら儂の袖を引っ張る。


 「御爺様!アレが空を飛んだそうです。鮫島中将様のお話聞いてあげて!!」

 「そうか!ついに飛んだか。……ふははっ!貰い物とはいえ半年も早くあの兄弟より早く飛んだか!!」


 硫黄島の巨大兵器庫、その片隅に置かれていた奇妙な機械が何か知ったとき歴史を変える忌避を吹き飛ばす程の昂揚感に包まれたことを覚えている。そこでその機械をいずれ人が作り出せることを儂は知った。だが何人を、先駆者(パイオニア)すら差し置いて我々は空を掴めたのだ。今はこの背徳感のある喜びに浸ってもよかろう。
 時代は変わる、兵法も兵器も……今だけ我等は魁となろう。御国が独り立ちできたときにこそ償いは考えればよい。橙子の後に続き歩みを進めながら儂はそうひとりごちた。










あとがきと言う名の作品ツッコミ対談



 「どもっ!とーこですっ。……というかなんで生きてるの作者?」


 無茶苦茶やるなー!……まったく紙面でなければ何度殺されてたか。最後は2話に白セーラー入れろで駄々こねて発砲はやめぃ。しかも某作品から被りもの持ってきてからに。


 「あー、今回はそこからいこっか。私の衣装この後のプロット見てもコロコロ変わるみたいだけどんな無駄な描写していいの?紙面だって限りあるし。」


 ん、2つの理由からかな?まずは橙子からの理由だけど言動は兎も角、結構おませな性格だよね。衣装にも昔から興味があった筈と作者は考えたわけだ。そこに未来知識として様々な衣装データが流れ込んだらどうよ?本来金の問題なのは橙子も解っているから口に出さないけど体を覆っているナノマテリアルと形状変化させればいくらでも衣装が作れる。この誘惑にはなかなか勝てないと思うよ。それに原作の影響が大きいというのもあるね。各メンタルモデルの衣装の多さだけどヒロイン(一応?)のイオナだけで確認しただけで6巻で8着。狂言役のヒュウガですら3着持ってる。実質裸?魔砲少女の衣装と考えれば何も問題(ドカバキベシボコ)


 「(凹んだ菓子盆握りしめながら)……そしてもう一つの理由は?」


 ナノマテリアルの説明の為だね。アルペジオ読んでない読者もいる筈だから。橙子が今どういう状態か、どれほどの力を持っているか認識してほしかったのさ。実際タイムスリップ物として現代の兵器や時には島とかまるごと転移させる著者は多いけど流石に1903にヤマトクラス転移させた馬鹿はフェリ位だと思う。(タンコブ多数)


 「大和?なら大した……」


 違う、宇宙戦艦の方。厳密にいえばエンジンや防御フィールドはナデシコに近いけどね。


 「まてやコラ。んなもん全世界束ねても勝てっこないじゃん!始めからバランスブレイカー投入してどうするのよ?」


 じゃ聞くけど“戦略的に意味あるのか?”最強の艦艇ひとつで何ができるかなんてたかが知れてる。あくまで霧の艦隊が2050年代の多国籍艦隊をボコって全世界を海上封鎖できたのは圧倒的性能差もさることながら数の論理だよ?原作でもこの作品でも霧の出鱈目じみた強さが表現されていくことになるけど“だから何?”程度にフェリは思っている。


 「開き直ったわね(呆)。でも乃木のじーちゃまの性格良く分析できたわね。議論百出なのが彼の毀誉褒貶の原因だと作者自身考えた位だし。それにじーちゃまの台詞、なんだか変じゃない?やたら古臭い漢字とか言いまわし使ってるし」


 うん、実際のところ4冊くらい関連書籍よんで想像したけど分析しきれなかった。だから嗜好=思考で分析した一結果がこの作品におけるじーちゃまに反映されていると言っていい。あ、今この戦争愛好家(ウォーモンガー)フリークめ!と顔に出たな。(笑)少し違うんだわ。彼の嗜好だけどウォーモンガーでなくてミニタリーギーク、悪趣味なまでに軍隊に拘るのさ。正確には軍隊生活にね。院長時代、学習院が軍学校化したのはその一例だと思う。
 だから進歩派の文化人に徹底して嫌われたし、その武優先の考え方を時代遅れと断じられたのも解る。ある意味では軍人らしい軍人であったが故に軍を嫌う人からはその権化のような扱いにされて嫌われまくったわけだ。
 それと、じーちゃまの台詞や考え方は態とそうしてる。幕末から明治にかけての古式な人物だし雰囲気を出したほうが似合うと思ったからね。


 「態々難しく設定するわねー。そのあたり救済するの?」


 いや、救済するどころかドツボに嵌ってもらう。それ位やらんとこの男の性格改変は無理だ。(断言)それやるために彼出すんだけどコレ見てみ……。


 「げっ!章名みてネタは想像できたけど本当に出すんかい。下手すりゃ日本中の作家各氏敵に回しかねないわよ?」


 その時はネタにしますの言い訳で。


 「言い訳になるかー!!!」  (轟音と悲鳴が交錯)



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