「8月12日、東鶏冠山北堡塁、盤竜山西堡塁……陥落。8月14日、東鶏冠山第1砲台、第2砲台、盤竜山東堡塁……陥落。8月17日、東鶏冠山第3砲台、望山砲台……陥落。」


 旅順市の全景地図のいくつもの場所にバツ印がつけられ、報告する幕僚の悲痛な声が響き亘る。旅順旧市街に設けられたロシア軍旅順要塞司令部は開戦当初の楽観論など消え失せ、重苦しい沈黙に包まれていた。総司令、アナトリィ・M・ステッセリ中将の隣、要塞司令官のコンスタンチン・スミルノフ中将が呻くような声を上げる。


 「たった1週間で11もの堡塁・砲台が陥落しただと? ……信じられん。」

 「それも最も防備が固く日本軍が避けるであろうと考えた鶏冠山の防御施設ばかりです。」


 要塞守備軍の片翼であるフォーク准将が言葉を続けると、彼は詰問するかのように要塞守備軍のもうひとつの翼、ロマン・コンドラチェンコ少将に向き直った。


 「少将!君は要塞強化工事の折、東側正面の防備は十分と言っていなかったかね? 勿論、資材と予算が不足したことで最終防衛線と西側正面が手薄なのは知っている。だからこそその分、東側には期待をかけておったのだ! それが1週間で尽く潰された。君は居眠りでもしておったのか!?」


 怒りの矛先を向けられた少将は落ち着いて答える。


 「閣下、非難と怨嗟は甘んじて受けましょう。我等は以後どうやって戦うべきか考えるべきです。」

 「貴様!」

 「もう良い、スミルノフ君。君の仕事は部下を叱りつけることでなかろう。少将の言う通り我々はどう奴らと戦うのか考えるべきだ。その為に集まった……そうだな?」


 物憂げな言葉で間を取り持ったステッセリ総司令をスミルノフ中将は睨みつけたものの、事実と納得して居住いを正す。実は現職のステッセリ総司令と新任のスミルノフ中将の仲はすこぶる悪い。初対面からして最悪でステッセリ総司令は軍の指揮権を最後まで手放さず、旅順方面司令官というさらに上の肩書に自らを納め対抗したぐらいだ。その総司令がこの1週間で信じられないほど(やつ)れている。それでも静かに彼は質問した。


 「まず少将、君の意見を聞きたい。要塞戦の専門家たる君だ、今回の戦思うことがあるのだろう? 遠慮無く言いたまえ。」


 上官の許可を得て彼が椅子より立ち上がる。首を傾げる者が何人かいた。いつも資料を手放さず資料から理論を、弁舌から実戦を語る姿が当たり前と考えている幕僚たちにとっては意外に思えたのだろう。しかし、第一声から彼の言葉は想像を絶していた。


 「単刀直入に申し上げます。彼ら日本軍の目的は旅順攻略ではありません。」


 コンドラチェンコが断定した単語に部屋中が騒然となる。


 「静まれ! 静まらんかッ!!」


 本来この言葉に激昂するはずのスミルノフですら抑えに回らざるをえないほどの混乱ぶりだ。場を静めると早速その意味を問いただす。コンドラチェンコの報告した事実は戦慄という言葉が生易しく思えるほどの衝撃となって会議場を覆い尽くしていく。


 「……彼ら日本軍ですが兵理(戦術)の要諦から外れた場当たり的な事しか行っておりません。例えば彼らは要塞西側が手薄なことが解っているのにあえて要塞東側の重防御堡塁ばかりに砲兵火力を集中させました。統計によればその投射弾量は凡そ40万発とのことです。」


 一旦話を切ると、フォークが呆気にとられた顔をする。彼は極東軍で参謀将校として長年勤務していた。ロシア極東軍がどれだけの戦争が出来るか良く知っている。彼をもして唖然とし、確認を求めるように意見を口にした。


 「40万……我等が極東軍全ての備蓄砲弾量に匹敵しますな。それほどの数を奴等は使い切ったと?」

 「違います。苦力に紛れ込ませた間諜からの報告では、既に彼らの補給港から陸揚げされた砲弾は80万発を超えているとのことです。使い切るのではなく、これから最低同量を撃ち込んでくる気なのです。」


 余りの言葉に司令部の温度が真冬のシベリアまで急降下したようだ。参謀の一人が呟く。『冗談ではない、奴らは要塞を攻略するのではなく我々ごと跡形もなく破壊する気なのか?』その言葉を軽くフランス留学経験者らしく『否』(ノン)と否定してコンドラチェンコは話し続ける。


 「参謀、その答えは怯惰の証とされかねんから発言に注意したまえ。実は砲弾の数はそう問題でもないのだ、事態の核心はコレだ。」


 そういって彼は軍服のポケットから何かをつまみだし指で弾く。それは空中から落下すると机に広げられた大地図の上で小気味よく転がり表面を見せて静止した。


 「日本帝国の銀貨?この紋様は貿易銀(一円銀貨)か…… ! まさか苦力共の日当がソレだと!?」



 スミルノフ中将が絶句すると彼は頷いた。この座の何人かもその事実に気づく。気付いた者は顔を青醒めさせ苦々しい表情を浮かべる。奴らの銀貨、ロシア士官の“日当”でも其れだけ貰える者は少数派だ。少なくとも新米士官には手が届かない。出所はともかくそれほど払ってでも苦力を働かせているということは……


 「日本軍は急いでいる。そう旅順攻略等、物の数ではない。彼らは早期に要塞を陥落させ北に軍を返すことを第一目標としている。」

 「舐められたものですな!」


 総司令の言葉と共に再び参謀達の声が飛び出す。大概が旅順要塞、ひいては大国ロシアを舐め切った日本軍の考え方に対する怒りの声だ。しかしステッセリ中将は彼らを静まらせもう一度疑問をぶつけた。


 「しかしコンドラチェンコ君、君の最初の言葉とは矛盾していないかね? 早期攻略ならばなにも最も硬い東側正面を攻略する必要はないだろう。彼らは空から我々を覗けるのだしな。」


 始めからこの戦は何もかもが違いすぎた。空から要塞を覗かれては勝負にならない。日本軍は我等の弱点を細大漏らさず知悉(ちひつ)し、小国にあるまじき物量と列強国すら卒倒する新兵器の数々を用いて旅順に殴りかかって来たのだ。疫病神(カシヤーン)など2月に来たばかりではないか! 頭の中で悪態を反芻しながら総司令の再度の疑問にコンドラチェンコは淀みなく答えた。


 「私もそう思いました。しかしそれは13日に行われた一個連隊を使用した堡塁奪回作戦失敗にてはっきりしました。日本軍は旅順を攻めるにあたって堡塁を取ることが要塞を攻略することとは考えていません。むしろロシア軍兵士や士官……つまり我々を徹底的に消耗させ降伏に追い込むのが真の目的だろうと小官は推察します。」

 「ならば我等は亀のように要塞に立て籠もり続ければ良い。浅知恵な机上の空論、と言いたいのだが奴等に今までの常識は通用しない……か。」


 フォークの言う非常識、そうここにいる誰もが認識している絶望的なまでの戦闘力差にある。無惨に失敗し一個連隊が支援部隊付きで全滅した反撃作戦、日本軍は100丁単位の機関銃と砲を搭載した自動車のようなものを押し立ててロシア軍の突撃を逆に壊乱に追い込み、そのまま平行追撃で隣の堡塁まで奪取してしまったのだ。勿論空はあの忌々しい空飛ぶ悪魔共が跳梁し、所構わず砲弾を投げ込んでくるのでこちらの砲台は阻止どころか援護すらできない。


 攻城砲、飛行機械、自動車とも違う鋼鉄製の獣……


 末端の兵が使う小銃や軽砲すら使われている技術の桁が違う。大半の者がこう感じているのだろう。奴ら日本軍の後ろには英米だけでなく全欧州の後ろ盾があるのではないか? と。
 ロシアという国は欧州人にとって欧州のカテゴリーに入らない異質な国と言われる。皇帝の独裁政権(実態は違うが)、圧倒的な軍隊を背景に庶民を力で統治する強権的手法、どちらかと言えば清帝国やトルコ帝国のような専制国家と同列に見られることが多い。いまだタタールといった蔑称で呼ばれる場合すらあるのだ。都合の悪い国をよってたかって叩き潰す欧州流国際政治の生贄にされてもおかしくない。
 話を戻そう。彼らの兵器は我々の常識を超えている。このまま要塞に籠っても遅かれ早かれ兵士は全滅し要塞は陥落する。偵察に出た士官からの報告では奴らは陥落させた堡塁がある山に重砲を引き上げているとの事だ。もし山上から市街に砲撃を浴びせられれば市街に残る民衆が音を上げてしまうだろう。そうなれば戦争どころではない! 軍隊だけで近代戦ができるなど馬鹿の妄言でしかない。


 「コンドラチェンコ君、コンドラチェンコ君! 私は尋ねたい。要塞はいつまで持ち堪えられる。ふた月か? ひと月か!?」


 ステッセリ中将の諦観とも取れる言葉に皆唖然とする。旅順総司令官が事実上、戦意喪失したと受け取られる発言をしたのだ。それに対し少将は凍りつくような言葉を発する。



 「……2週間。」


 「! たったそれだけ……」  「終わりだ。我々はあの猿共に皆殺しにされる!」



 悲鳴と絶望の声ばかりが木霊する。しかし2週間と断じた彼は自らの言葉を跳ね返す様に言い放った。


 「我々は負けます。しかし、それは断じてロシアの敗北ではない! 古来より戦争が質で決まった戦いなど少数です。戦いは数! 我等がその質を持っても捌き切れない数で押し寄せれば勝利はおのずと手に入ります。」


 拳をテーブルに叩きつけ、さらに畳みかける。口角泡を飛ばすとはこのことか。


 「われらの使命は旅順を守ることではなく極東軍総司令(クロパトキン)及び皇帝陛下(ニコライU)にこの事実を知ってもらうべく戦い続けることです。日本軍は小国でも弱敵でもない! さらにこの戦は我がロシア帝国と欧米諸国の全面戦争だと認識させるのです。日本軍等、その走狗に過ぎないのだと!!」

 「ならば我々の存在こそ鍵ですな。もはや艦隊を除けば脱出手段は皆無、しかも我々はなにもウラディバストーク(ウラジオストック)まで行く必要はありません。中立国に逃げ込み領事館にたどり着ければ良いのです。その連絡役、我が将兵にお任せください。」


 黙りこくって考えを巡らせていた太平洋艦隊司令ステファン・マカロフ中将が胸まで垂れる顎鬚を撫でながら答える。日本軍の閉塞作戦の失敗以後、両艦隊は静かに睨み合いを続けるばかりでこれといった動きはない。その為、海軍将兵がこの要塞戦で最も狼狽しているのだ。自ら何もできない状態で拠って立つ拠点が突き崩されつつある。それも満ち潮と荒波に呑まれる砂の城のように急速にだ。
 ステッセリ総司令が頭を下げる。陥落寸前の要塞から逃げれば本国は彼を卑怯者、臆病者呼ばわりするだろう。その時、彼を弁護してやれる筈の我々は残らず敗将として断罪されている。優れた統率者、戦術家としての名声も失墜する。しかし彼は溜まっていた物を吐き出すように快活に答えた。


 「ふふ……司令官閣下、そう畏まることはありませんぞ。この数か月、我が将兵は戦はまだかと鬱憤が大いに溜まっております。連絡には巡洋艦で十分、アドミラル・トーゴーがどれ程の戦ができるかお手並み拝見といきましょう。さらに、」


 隣に座る部下に目配せする。


 「現在各艦からの有志で連隊級の陸戦隊を集成しております。旅順市民から志願者を募れば編成が完結する筈。それに艦砲の一部はすでに取り外し陸揚げしております。今までの損害を補填する力にはなる筈です。」


 マカロフの指図を受けて艦隊次席指揮官ヴィトゲフト少将がボードの内容を申告する。陸軍将官達が思い思いに感謝の言葉を述べた。陸軍中心のロシア帝国にとって海軍はいまだ付属物といった扱いだ。憎まれても助けを差し出してくれるような相手ではない。その海軍まで積極的に力を貸してくれるのならば戦いようがある。スミルノフが意を決したように叫ぶ。


 「諸君! 我々は負ける為に戦う。だがその負けることこそが次の勝利への礎となるのだ。ゲネラル・ノギに思い知らせてやろう。ロシア人の本当の強さを!!」


一斉に指揮官たちが立ち上がりステッセリ中将に敬礼を送る。彼もまた敬礼を返し会議場を後にする。最後に要塞司令官スミルノフとコンドラチェンコ少将が残った。





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「激こそ飛ばしたが状況は変わらん。どうするつもりだ?要塞兵が全滅するまで戦い続けることはできんぞ。」


作戦会議の半ばはスミルノフ閣下と私がお膳立てしたようなものだ。それでも事前に私が閣下に知らせないこともあったし閣下も同様、マカロフ提督に関しては予想外だった。深刻な顔をする閣下に答える。


 「わかっております。このままでは時間すら稼げないこと位は。だからこその襲撃なのです。彼らはすべての兵力を前線に投入しなければ我々を早期に潰せない。ならば分散させることによって1日でも長く持ちこたえるのです。」


 そう、こちらも山の上からという高みから日本軍を俯瞰できる点では条件は同じなのだ。彼らは主力の連隊にこれでもかと支援部隊を付け鋼鉄の津波となって押し寄せてくる。被害を受ければその連隊を下げ新規の連隊が代わりに押し寄せてくる。突破力が要塞ですら防げないほどの威力であることを除けば騎兵の大規模連続突撃のようなものだ。しかし、この戦法には重大な弱点がある。側面攻撃に晒されるとあっという間に全梯団が瓦解してしまうのだ。本来、それを防ぐために両翼に火力や重厚な歩兵部隊を配置するのだが……彼らにはそれができない。それだけの兵力がないのだ!たった6万に満たない兵力で常識的に考えれば20万の兵を用意しなければならない旅順攻略戦を行っているのだ。必ず隙はある。


「狙いは弾薬集積庫……」

「またはゲネラル・ノギの首級(くび)です。」



使える兵力は僅か2個歩兵大隊と1個騎兵中隊1200名足らず。それでも1日でも、半日でも長く要塞を持ち堪えさせんと我等は意を決していた。




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 「閣下!閣下は総司令としての自覚をお持ちか!」


 まさかこんな事態になるとは予想すらしていなかった。と臍を噛む。決死の襲撃作戦に総司令自ら陣頭指揮を取るなど正気を疑うとしか言いようがない。


 「ふふふ、冷静沈着にして豪胆無比の少将でもそんな顔をするのだな。」


 高級指揮官用の厩舎にて従僕に自らの愛馬と馬具を点検させロシア騎兵の特徴であるルパシカ(軍用上着)を纏いながらステッセリ総司令は微笑む。


 「心配はいらん。外を回り、少々日本軍の陣地を荒らすだけだ。万が一があっても要塞にはスミルノフや君もいる。大勢は変わらないと思うのだがな。」


 「それこそ万が一があっては兵の士気に与える影響は甚大です!」


 拳を握り締め近づく。最悪、軍紀違反をしてでもここで閣下を拘束し連れ戻さねば……その私に彼は少し恍けたような声をかけてきた。


 「コンドラチェンコ君、プライドばかり高い臆病者すら率先して何かを成した。いや成そうとした。当人の生死を除いてもこれは士気を上げる方便として使えんかね? 今、私は“騎兵”であったことを喜んでいるよ。貴族の息子として将校だけでなく騎兵章を持ったことがこんなところで生きるとはな。」


 呆気にとられる。閣下の性格はかなり陰湿だ。その彼が皮肉も言わず自虐的な言葉を紡ぐ。何があったのか? 尋ねようとすると、『それにだ……』彼は言葉を濁した、私に向き直ると彼は顔を片手で覆い話し始める。その声がどす黒く染まっていくのは気のせいか。


 「臨時の野戦病院を見て来たよ。火に焙られ大火傷の身で水を欲しがりながら息絶えた兵、無数の鉄片に貫かれ苦しみ続ける下士官、眼に毒気を当てられ二度と光が戻らぬと聞いた士官の絶望。これが、これが人間のやることか! これは戦争ではない。戦争に名を借りたッ……!!」


 そのあと聞くに堪えない罵声と呪いの言葉がぶち撒けられる。――そうか、この人は古い人間なのだ。騎士道という時代遅れかつ美しい矜持の下にいるのか。今や消え逝く戦争が美しかった時代の下にいるのか――


 「すまん、取り乱した。私の狙いはそんなところだ。最初で最後の騎兵中隊使わせてもらおう。」


 顔から手を放したステッセリ総司令の表情はいつものままだった。しかしそれが自ら仮面をかぶったように見えたのは錯覚だったのか? 騎兵の査閲に向かう彼を呆然と見送ると、我に返り副官に作戦を修正させる。まさか騎兵を作戦通り敵本陣に突入させるわけにはいくまい。今の閣下だったらやりかねないが無為に死んでもらっては困るのだ。今、私に求められているのは冷徹な計算能力のみ。
 日本軍の配置と目的、守備隊の戦力と可能性、自らの頭を焼きつかせんばかりに回転させ作戦を組み替えていく。





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 「旅順艦隊、出撃態勢ニアルト認ム! 総員第一種戦闘配備」


 唐突だった。父上の軍が総攻撃をかけている旅順から駐留艦隊が出港しようとしているらしい。父上が橙子の意を受けて夥しい量の武器弾薬を大連港に陸揚げしているのを聞いたのがひと月前、艦長の厚意で大連に上陸させてもらった時だ、生憎、父上も橙子もすれ違いで出かけたらしく会えずじまいだったが海軍の兵站士官と共に話に立ち会った。
 砲1200門、弾薬240万発、小銃6万丁、実包3000万発……何処の世界の数字と同僚が卒倒しかけていたのは鮮明に覚えている。『史実』では日露戦争における日本軍の砲弾使用量は100万発、ただ1回の補給作戦でその2倍以上の砲弾を運んでいるのだ。おかげで第3艦隊旧式艦はおろか最新鋭艦の【春日】【日進】すら弾運び任務に鞍替えし松山と大連を行き来している。乗り組む筈の士官も兵も航行に最低限の数だけ残して皆第3軍の指揮下で列車砲を撃っているらしい。
 陸軍の要請に艦艇乗組員の殆どが猛反発したのだが、珍しいことに東郷司令長官が鶴の一声を発し黙らせたとの話。1週間ほど前に陸軍が総攻撃を始めたとの訓示があった為、駐留艦隊は浦塩に向かって退避するのだろう。各艦の士官、水兵達が戦闘準備で大童になっている中、第1艦隊の戦艦6隻を始めとした艦艇が続々と転舵していく。食いかけの戦闘糧食である握り飯を掴んだまま持ち場の右舷第7副砲塔に急ぐ。角を曲がろうとし誰かにぶつかった。


 「し、失礼しました。乃木大尉!」

 「急げ! 候補生。」


 謝罪し慌てるように握り飯を咥えて敬礼する彼を制し先に行かせる。たしか日進の士官候補生は初瀬乗り組みに変更されたのだったな。なら『橙子の史実』通りなら彼がいてもおかしくはない。同じ部署に急ぐ彼の後を駆けながら私は思う。


 「(山本五十六候補生……いや、今は高野五十六候補生か。)」










 西暦1904年 8月 20日


 ロシア極東軍旅順守備隊は乾坤一擲の要塞外逆撃作戦に打って出る。そして幾らかの【証拠品】を携え旅順艦隊が出港しようとしていた。それを迎え撃つ第3軍と戦艦6隻を基幹とした第1艦隊、日本側はロシア側の真意を知らず、ロシア側は日本側の真実を知らない。

 
そして…………惨劇が始まる。











あとがきと言う名の作品ツッコミ対談




 「どもっ!とーこです。珍しいわね作者?あたしもじーちゃまも出てないパートって。」


 橙子はともかく一章でじーちゃまが出てないパートは珍しいだろうね。一章に関しては基本じーちゃま視点で物語が動いている。主人公だしね。


 「そこなんだけど、読者様から読み辛いて質問なかったの?段落ごとに視点が変わる場合、作者は代名詞で区別付けてるけど「わけわからんぞ?」と突っ込まれても反論できないよ?」


 う〜ん、そこが今作の難しいところなのは否定しない。これをいかに背景描写や会話文で読者に場面を浮かび上がらせることが出来るか?これがフェリが自分に課した課題だと思ってる。だから下書き段階ではとても人様に見せられないわけだ。今話なんて特にそう、完全に敵側パートだから視点が追いきれなくて第三者視点でいかざるを得ない文が多いのは痛かった。しかも敵側人物の経歴はともかく性格なんて全く資料ないから悩んだのなんの……


 「苦労してるのか自爆してるのかMよねー。で、最後ビックリしたけど彼まで出すの??これまた読者各氏から袋叩きにされかねない程、難易度の高い人物だよ。」


 出す……というか出さざるを得ない。彼が霧と人間を繋ぐ【ひとりめ】に充たる人物になるから第一部の最終局面で橙子と共に参戦することがほぼ確定してる。橙子はもはや人の立ち位置にいない。あくまで霧の一員なのだからね。


 「その、あたしだけど8話見ただけだと何がなんだか?どうなってるのあたしの中身??」


 “橙子”本体の意識はコアユニットによって凍結されてる。自分で判断し行動しているように見えても、実はコアユニットのシュミレーションプログラム上でしか動いていないわけだ。8話で初めに出てきた意識があるだろ?アレがコアユニットの意識……といっても自我なんて曖昧だから本体のコアユニットも手足たる索敵ユニットも一つと考えていい。だからこそ橙子とコアユニットの最終目的が違ってもそれが両立して存在していられるわけなんだ。あくまで橙子の願いはコアユニットが展開している感情シュミレーションプログラムの要素でしかないわけ。


 「滅茶苦茶難しいわ!」


 こっからが厄介なのさ。橙子だけど先天的に電子情報侵食能力を持ってる。実質的にはクラッキングなんだけどそれを霧側ではクラッキングとして認識できないんだ。だから徐々に影響を受け始めている。逆に良いサンプルを手に入れたと考える位。この世界における人類初のマシンチャイルドと言っていいと思う。これが“橙子”唯一のチート能力だね。常時霧に対して論理爆弾を展開しているようなもんだから本来の霧に対して天敵といっていい。ただし、双方にその自覚が無いけどね。


「あーそれでナデに通じるものがある訳か。で、最後だけど作者ってよくこういった手法使うわね?以降のネタ開帳というか次号予告な使い方だけど。」


 かなり注意して使う事にしてる。ネタバレにならない程度にしなきゃ次回が面白くならないからね。何、なんか不吉な予告ばかりやってるって?そりゃ当然でしょ。まだ作品全体からすれば“起”に過ぎないし元凶が事態を混乱させないと面白くな……いゃそれは物語の綾でありまして突っ込む必要性は??だからパパがああなるのは物語の必然性でありまして←(あ)


 「覚悟いいわね。さ・く・し・ゃ・?」(怒)


 (轟音と悲鳴が交錯)



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