「嵌められた!」



 思わず絶句する。騎兵と思っていた反撃部隊は殆んどが歩兵、では何故騎兵と思ったか? 夜の闇、馬の嘶き、整然と『一列縦隊』でやってきた行軍、夜間に襲いかかれば問題なかろうが装甲自動車で夜間襲撃など考慮すらしていなかった。そして騎兵も夜間襲撃は事実上不可能、ならば自ずと黎明での襲撃と相場は決まっている。それならば此方の勝ちは動かない。
 37年式222型軽装甲車【Sdkfz222】、小銃弾程度なら弾く装甲、騎兵にすら勝る路外踏破力、尖兵が使う機関銃に加えて圧倒的な破壊力をもつ20(ミリ)機関砲。馬など時代の彼方に投げ捨てられる凶悪無比の鉄騎兵。それが90輌ずらりと車列を並べた鼻先に奴らはやってきたのだ。
 普通ならその威容だけで逃げている。事実、奴らは『馬を曳いて整然と逃げ出した』のだ。罠と疑うべきなのだろうが大隊級の部隊が遮蔽すらなく野晒しで逃げているのだ。要塞に籠らせれば最悪、同数の我が軍将兵が犠牲になる! だから躊躇なく追撃を命じた。装甲自動車がエンジンと轟かせ追撃に移る。


 その瞬間!


 奴らは踵を返した。馬に乗っていた僅かな兵が馬首を巡らし突撃を敢行したのだ。同時に馬を曳いていた兵が手綱を放し鞭をくれる。野生馬は本来集団生活を行う。1頭が走り出せば皆走り出す。僅かな騎兵を戦闘に500頭近い馬の群れが装甲車に向かって突進する。
 たかが騎兵の突進に怯むようでは装甲車隊の名折れだ。操作員が天井に剥き出しに配置された機関銃を旋回させ思い思いに射撃を始める。相手はたかが馬に過ぎない。良い標的と射撃を始め先頭騎兵の肢体をバラバラに切断しながら吹き飛ばす。
 しかし、たかが馬でなかった。何故奴らが歩兵に馬を曳かせてきたのか? 何故馬だけ走らせて自らは逃げたのか? 何故軍馬でなく荷運び用の輓馬(ばんば)なのか? そして輓馬の背はおろか腹にまで荷物をくくり付けていたのか!?
 馬が爆発する。いや機関銃ではなく自ら爆発したのだ! 血が、脂が、臓腑が大量に撒き散らされる。まだ車内にいた搭乗員は良い方だろう。彼らは装甲板で守られ、視界も限定されている。しかしむき出しになった銃塔の機銃手は堪ったものではない。思わず飛んできたものを手で受け止めそれが馬の頭であったことに驚愕する兵、慌てて放り出し怪鳥のような絶叫を上げ続ける。また、ある操作員に空から飛んできた太く長いものが絡みつきその衝撃で操作席から振り落とされる。地面に叩きつけられて息があるどころか意識すらあったのは幸運だったのだろう。いや不幸だったのか? ――太く長いもの――それが馬の腸であったことを認識するや恐怖のあまり振りほどこうとする。……だから遅れた。警告音に気づくことに!
 鈍い激突音とともに別の装甲車の下に兵士が消える。僚車に轢かれたのだ! 恐怖の余りパニックに陥り敵味方見境なく機関砲を撃ちまくる操作員、完全な同士討ちに陥っている。かと思えば敵後尾に追い付き怒りのあまり最も原初的な攻撃方法、即ち轢き殺すという手段に訴えて血に狂う者もいる。
 さらに遠く、山向こうの遠方陣地の方から盛大な爆発音が木霊すら残して響く。あの位置はたしか攻城砲陣地……本命は向こうか! 大混乱の装甲車隊は援護どころではない。今から駆けつけても敵は悠々と離脱している。迅速な追撃の筈が地獄の釜と化してしまった現状に私こと鮫島重雄は呻かざるを得ない。


 「嵌められた。」




―――――――――――――――――――――――――――――






 「何故?」


 眼下で狂騒が繰り広げられている司令部の土塁の上、困惑顔の橙子が呟く。儂は双眼鏡で覗いているのに孫は裸眼で全景が事細かに見渡せるらしい。別に驚くには値しない、孫がそういう存在のは先刻承知だ。儂はいささか嘲る声で答えた。


 「言ったはずだ、何度でも言うぞ。『戦は人がするもの、人の和無くして戦はできぬ。』兵器がいくら優秀であろうとも操る兵が未熟なのでは話にならん。技だけでなく心においてもだ、そしてその結果が是ぞ。」


 考え込んでいる橙子に儂はさらに追い打ちをかける。馬鹿な想定でもしていると思ったからだ。


 「言っておくが機械に全てを任せ戦争を行おうと考えるでない。人が自らと周囲のために外敵と戦うのが戦、自ら武器を取らず命のやり取りをしない戦争など理由無き破壊でしかない。」


 眼下の狂騒を他人事の様に眺めて言う台詞では無いが、結局のところ司令官といった職種はそういった冷徹さの上に立たねばならない。戦いを俯瞰し、退くか押すかを決める。戦いが始まればその勢いを統御するなど不可能だ。だからこそ儂は兵士や部隊長に戦を任せて超然としている。事細かに部隊長にああしろこうしろと言うのは部下を信頼していないと言うに等しい。そういったことをしたいのであれば司令官ではなく大隊長になるべきだ。
 第3軍司令官、乃木希典としてただ此処に突っ立っているわけではない。本陣への襲撃は囮に過ぎなかった。敵手は第3軍の思惑を外し別の目標に狙いを定めた様。ならば弾薬庫か? 補給段列か? 唐突に地鳴りの様な爆発音が木霊する。その方向を振り向き顔を歪めて声を出す。


 「やられたのは攻城砲司令部か? 豊島少将に連絡を取れ。」

 「おそらく【テオドール砲】もでしょう。…………繋がらないようです。野戦電話局が潰されたかあるいは、」


 司令部そのものが爆破され、全員瓦礫の下敷きになっているかだ。要塞攻撃の要が吹き飛んだ! 最悪の事態ともいえる。参謀長の顔みるみる真っ青になっていくのが解る。喝をいれてやるか。


 「伊地知参謀長! 貴様に狼狽える暇はあるのか?」


 ハッと我に返った彼はさっそく指示を下す。


 「近くの部隊は? 独混2(独立混成第2旅団)の第3大隊か。木須栗中佐ならもう動いているな。75型自動騎車【BMW-R75】で連絡をつけろ、負傷者の救護と部隊再掌握、海軍は最優先で救護しろ。復唱は必要ない!」



 参謀の一人が慌てて敬礼し伝令に走る。それを眺めながら東郷閣下には土下座位はせねばならんと思う。貴重な海軍兵……安全な後方と宣して連れて来たのだから。その間にも儂の蜘蛛の巣でも張った脳味噌は回転を続けている。
 襲撃した兵はおそらく中隊規模の騎兵、ついでに馬匹で爆薬を運んだ兵が同数といったところか? 攻城砲司令部に貼り付けた一個中隊程度の警備兵では不意を打たれれば鎧袖一触、襲撃を受ければ陸戦経験のない海軍将兵は恐慌の挙句、味方の足手まといになるだけだろう。そして敵はその中、悠々と司令部と砲、弾薬庫に爆薬を仕掛け吹き飛ばしたようだ。
 敵将は余程の戦巧者と見える。総司令官か防備指揮官か、はたまた騎兵部隊長か? 此方の強みと弱みを嗅ぎ分けられる戦場の強者と見るべきだ。地図を広げ目を細める。将官として戦場の地図を何時でも何処でも持ち運び広げられるのは便利なものだ。日清の頃は携帯できる地図というものは無かった、之のお陰で手間が省ける。
 騎兵と歩兵、簡単には共同作戦は行えない。特に歩兵が置いてきぼりになる襲撃戦ではなおさらだ。小隊ごとに要塞を忍び出てどこかで合流、襲撃したのだろう。その後はまた何処かで合流しそっと要塞に戻る。戦場に近く身を隠せ、なおかつ我が軍の想定してない場所……このあたりか?
 一点を指し示す。橙子が覗き込むと儂は話を続けた。


 「ここに騎兵がいるはずだ。証拠を残さず潰せるか?」

 「御爺様? 自ら関わるなと聞いた覚えがありますけど。」


 悪戯っぽく橙子が笑う。揶揄も含んでいるのだろう。建前と現実、其の上で最も守るものの為に己の誇りを(ドブ)に捨てる。そろそろ教えてもよかろう。


 「ふん、面倒になった。一兵でも戻られて要塞の戦意を上げられたらまたぞろ犠牲者が増える。それに散々伊地知に弄ばれたようだからな。欝憤晴らしにでもしろ。」


 毎日兵棋演習で要塞と攻城戦を行っては騎兵に翻弄され、算術計算の出汁にされているのは知っている。地団駄を踏み膨れっ面をしているのを見たことがあるが思わず吹き出しかけた位だ。その言葉で顔を赤らめ頬を膨らませかける橙子だが、直ぐ真顔に戻り榛の瞳を揺らめかせる。【ウネビ】に連絡しているのだろう。
 今の言葉、本来なら橙子の力は借りるべきではない。しかし、この状況で旅順守備兵に凱歌を上げさせてはならぬのだ。こちらが主導権を握り敵軍は主導権を握られていると認識させることによって守備隊の士気を下げ降伏に追い込む。敵味方、犠牲が減るのならば躊躇なく実行しなければ将として失格だ。だからこそここで勝利した敵を逃すわけにはいかない。
 一兵残さず殲滅する。だからこそ彼女の采配に任せた。内容は常軌を逸したものだったのだが。




―――――――――――――――――――――――――――――






 同刻、全く同じ台詞を吐いていた者がいたのは偶然だったのだろうか? 連合艦隊参謀、秋山真之にとっても痛恨の出来事だった。旅順から出てきた駐留艦隊は黄海に出、連合艦隊を突破して浦塩要塞港(ウラジオストック)に遁走する。この状況なら誰もがこれで正しいと判断するだろう。それを常識と判断して司令長官に進言したのだ。だが、旅順艦隊は旅順口から次々と出撃し予想とは全く逆の進路をとったのだ。即ち、渤海方面へ……私はおろか第1艦隊の首脳部全てが『嵌められた!』と絶句したのも頷ける。しかし何故? 渤海に入っても逃げ場はなく、唯々自滅への道を歩むだけなのに。
 だが現実はそれ以上の考察を許さない。完全に虚を衝かれ再転舵を余儀なくされる第1艦隊、完全に一手出遅れ相手に追い縋る形になった。追撃と言うなかれ、敵が整然と行動しているならば寧ろ相手に分がある状況だ。だからこそ旅順艦隊はもう一度、転舵する。僅かな位置の優位を生かすべく同航戦に切り替え砲撃を放った。

旅順沖海戦、又の名を渤海海戦の始まりである。

 ただこの海戦は始めから終りまで不測の事態ずくめで終始した。何故なら旅順艦隊が転舵した数分後に先頭を航走していた旗艦【ペトロパブロフスク】が触雷し瞬時に爆沈してしまったのだから。




―――――――――――――――――――――――――――――






 目が潰れるような閃光が走り吹き飛ばされる。衝撃が二度、一つは至近、咄嗟に頭を守ったおかげで事なきを得た。薄目を開き状況を確認する。【初瀬】7番副砲、15糎砲の砲身が根元からもぎ取られ消えている。砲弾が舷側装甲に命中しその衝撃で破壊されたのか?水兵の一人が倒れているようだが……駄目だ! 四肢が襤褸雑巾の様に千切れているから助からない。即死なら幸運だった位の惨状だ。体を起こそうとすると耳鳴りが収まってきたのか声が聞こえる。同じような様で引っくり返り体を起しかけている士官が一人、違うのは己の左手を顔の前に掲げ口を半開きにして喘ぐ声、


 「あ……あ、ああ……あアァあアぁ…………。」


 咄嗟に飛び起きる。その士官“候補生”の左腕を掴み顔から引き剥がした上、自らの左手で頬を打つ。その上で怒鳴る!


 「高野候補生、状況を報告せよ!」


 しかし彼は衝撃から立ち直れない。恐怖と涙で顔を歪めながら喘ぐように言葉を吐き出す。


 「乃木大尉、わ、私の左手が……私の左指ガッ!」


 今度は拳で殴りつける。腕を掴んでいなければ壁に叩きつけられる程の拳が彼にめり込んだ。


「それがどうした高野候補生! 貴様の海軍魂は指のひとつふたつで折れるものなのか!? そんな者は海軍にはいらん、Get Away(でていけ)!!」


涙と恐怖で顔をぐしゃぐしゃにしながら報告を行う彼を尻目に生きている砲員を探す、全滅か。艦が妙な方向に舵を切っていると気がついた。渤海側でなく遼東半島側に、本来沿岸で陸側に舵を切るのは褒められたことではない。座礁の危険があるからだ。指を失った恐怖を紛らわす様に必死で報告を続ける候補生、大分落ち着いてきたな。


 「よし、候補生報告止め! 救護室に向かうぞ、続け。……その程度で死にはせん、頑張れよ。」


 彼を救護室に運んだ後、直ぐに伝声管を借りねば。7番副砲の状況報告がまだだ。今度はこっちが鉄拳を喰らいかねないな。苦笑と共に救護室が伝声管の近くで良かったという安堵を浮かべ高野に肩を貸して下階の救護室に向かう。救護室に着き衛生兵に彼を引き渡した後、伝声管に手を伸ばそうとした時、体が宙に放りあげられ肩と背中に衝撃を浴びた。初めは直上で、そして直下に!

 
【初瀬】 触雷





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 「索敵プロープ映像送信開始、該当地域に騎兵及び歩兵と思わしき反応あり。該当地域に日本帝国軍の展開事例なし、映像解析開始……終了。ロシア騎兵及び歩兵と推定。兵装選択、自律展開型掃射弾……弾頭は高圧縮電磁輻射弾頭、掃射弾数3発、水中用内殻投射モード使用。」


 索敵ユニットA248-343-300H-S04【橙子】の命に従い選択を終えた私に突如、優先条項が割り込む。2ヶ国の艦隊が砲撃戦を行っている。そちらからの偵察情報だ。


 『【初瀬】触雷』


 即座にこの艦に同乗する索敵ユニットA248-343-300H-S07【橙子S-07】が優先順位を変更する。【初瀬】救援、要救出対象『乃木勝典』。最大戦速! 司令を受領し重力子機関が唸りを上げ、後部噴射口から大量の海水を吐き出して艦体を加速させる。水中でありながらたちまち速度が150ノットを振り切り、そのまま勢いよく海面から飛び出す! 艦体全部が一瞬空中へ飛び出し、重力と整流で強制的に海面に押し戻された。しかし速力は衰えない。艦尾と艦底が折り紙のように形を変え水中翼と噴進型推進器に変化、私こと【ウネビ】……いやコアユニットD713-505-160【イソカゼ】は水中翼艦に形質変化して推進機から大量の重力子とエネルギー粒子を撒き散らしながら突進する!!
 同時に後回しにされた事項を実行、投射開始。いずれ出現する潜水艦の様に艦首に内蔵された前部魚雷発射管から投射された3発の弾頭は遼東半島先端にある小さな湾、その奥にある村落を眺め下ろす小高い丘上空に向かって飛翔する。




―――――――――――――――――――――――――――――






 「なんだあれはっ!」



 攻城砲司令部を破壊した我々は急ぎ帰途に就いている。兵士たちの顔は明るい。散々堡塁を痛めつけ戦友を殺傷してきた巨砲を叩きのめしたのだ。追手を撒くため態々遠回りをし、兵士たちは疲れを増しているが逆に士気は高い。逆に私は暗くなる顔を空元気で隠さねばならない程だ。敵攻城砲陣地、あそこまでくれば最早驚愕や絶望を通り越して笑い出したくなる。
 東清鉄道支線(南満州鉄道)を途中から改造して木の枝のように張り巡らされた鉄路、その枝の先に相当する旋回型停車場にずらりと配置された24糎列車砲の砲列、列車砲を修理、整備するロシア首都ペテルブルグの操車場並の巨大工廠。日本兵は油断していたらしく蜘蛛の子を散らすように逃げたものの破壊すべき箇所が多すぎて手の施しようがなかった。
 電話局と弾薬庫一つ、そして砲を数門、鉄路から転倒させた程度だ。あの列車砲だけで30門以上あったことから損害は蚊に刺された程度かもしれん。


 「ステッセリ閣下、お気になさらず! 一度に破壊できなかったのは残念ですが時間は稼げた筈です。これから2度3度と襲撃し猿共(マカーキ)を悩ませてやりましょう!」


 騎兵中隊長の言葉に微笑み海に顔を向けた瞬間、海面からソレが飛び出して来たのだ!! 船なのだろう。軍艦で間違い無い筈だ。しかし余りにも、余りにも異常で異質だった。そして何よりも


 『見覚えがあった。』


 フランス共和国、ル・アーブル造船所。大佐時代、妻の我儘でフランス旅行をした時の事だ。派手好きな妻の期待に応えるべく個人旅行でなく公費での出張と称して立ち寄った折にその艦の進水式に立ち会った。そのころは東洋の小国が無茶買いをしたものだと呆れかえり、その後シンガポール沖で行方不明になったと聞いて所詮未熟な操艦しかできぬ3流国家と侮ったものだが……


 『そのありえないモノが此処にいる!?』


 海中から鯨のように飛び出したこともさることながら船底を直接海面に浸けぬ航行形態、白波をはるか彼方まで蹴立ててしまう程の速度性能、前部から放った棒状の兵器らしき物……私の中で今までの情報があり得ない組み方をして“事実”を組み上げている。もはやジュール・ベルヌの子供向け小説のような仮説だが確信があった。


 「閣下……、あ……アレは?」


 船をよく知らぬ陸軍兵とて常識を遥かに超えたモノであるのは確信できたのだろう。中隊長が驚愕と戦慄の混ざった声をかけてくる。


 「アレクセイ君、今から私の言うことを真実として受け止められるかね? アレはおそらく、」










 彼が最後まで言葉を続けることはなかった。この瞬間、【ウネビ】の放った弾頭が空中で展開、指向性強磁場のマイクロウェーブを発生させる。21世紀には一つの都市電力を賄えるほどの力が叩きつけられ…………彼らは跡形もなく蒸発した。




―――――――――――――――――――――――――――――






 何時の頃だったのだろう? いや、9年前のことだ。父が台湾征討に赴く1ヶ月前の夜、雨の中を一人の男が乃木家の扉を叩いた。私は門扉を開け顔を確認するとほっとする。少し山奥の村で庄屋格の石鎚家の御主人、よく好物の竹の子を持ってきてくれる小父さんだ。見ると大きめの布袋の様なものを抱えている。


 「夜半遅くすみませぬ! 乃木閣下は御在宅か?」


 尋常ならざる雰囲気に気落とされる。彼の目は血走り衣服は汗と泥でひどい有様だ。慌てて父に取り次ぐ。彼と父は夜分遅くなるまで話を続けていたそうだ。母は近傍に乳飲み子がいる家があるか探し回ったという。弟の保典と共に不安な一夜を過ごしたものだ。
 そして数ヶ月後、私が父親になっていることを知った。唖然としたものだが今なら父の言葉が納得できる。石鎚家で熾った惨劇、彼の妻が生んだ初子は双子だった。問題だったのはその出産で母親が産褥死したのだ。弟たる男児は良い。跡取りとして期待できる。庄屋格なら乳母にも事欠かない。しかし次に産まれた姉たる女児は……
 今では旧時代の悪習とされる獣腹(同時多数出産)に連なる間引き、しかも母親を殺した忌子! 明らかに親族に殺されると知った彼が命をかけて救い出したのだ。その後、石鎚家の最後については思い出したくもない。
 役所の手違いで私の養妹でなく養女になったことについては父も猛抗議したようだが一度決まったものを変えにくいのは公儀の定め。結局、初孫可愛さに父も折れた。最近は私に懐いてばかりでお冠であった位だ。


 
「……!」



 あの布袋、産衣の中の女児が大切に抱えていた気高い香りの小さな(だいだい)……


 
「……大尉!」



 煩いな、少しぐらい夢に浸らせてくれ。だから橙子、どんなに辛くとも気高く歩き続けられるように…………


 
「乃木大尉!!」



 冷たい海水と下半身の痺れ、そして高野候補生の声で目が覚めた。










あとがきと言う名の作品ツッコミ対談



 「どもっ! とーこです。いよいよロシア側のターン!……なんだけどなんで今回も旅順力攻めしたの? 初期に203高地を取ってたらとか70sの映画とかあったし「坂の上」でもじーちゃん叩きに使われたぐらいだし馬鹿の一つ覚えって読者に言われるわよ?」


 あーその点か。原作たる日露戦争のオマージュって考えもあったけど実際問題203高地奪取する必然性が今回ないからね。まず旅順の攻略目的は旅順艦隊の無力化、これについては東郷さん自ら遠目じゃ被害はわからんといったことでじーちゃまは要塞の直接攻撃に踏み切ったわけ。ここで遠目で十分ならじーちゃまいきなり真珠湾やったよ。おそらくロシア側はこれだけで要塞ごと降伏しただろうね。この時代航空攻撃に耐えられる艦船なんて存在してないし、時間がかかっても目の前で旅順艦隊が抵抗もできず全滅したら旅順の意味とロシア兵士の心が折れてしまう。


 「東郷長官を暗に批判しているような言い方ね。」


 そうでもないさ。本来新規技術による戦術ドクトリンの構築と証明は一種の賭けだから石橋を叩き続けねばならない東郷長官にとって艦隊根拠地を潰して無力化の方が戦理に適っている。未来の正しいが今の正解とは言えないのさ。そしてもうひとつ、


 「あ……解った! 『目立つ』からでしょ? この時代の戦略兵器たる戦艦を航空機で潰せるのなら世界に与える影響は強烈だしそこまで力を持った日本軍を列強は恐れるから大山じぃ(笑)の言った通りになる。」


 そう、旅順で勝っても列強が金貸してくれないと日本は破産だから『新兵器を使っても順当に勝ちを奪っていく』方式でなければならないんだ。列強にとっては『金貸すからその兵器ヨコセ。沢山はいらない、どうせ日本人が作ったからより優秀な人種である我々はもっといいものを作れる。』つまり金で日本をコントロールできることを日本政府自らがアピールしなきゃならないのさ。


 「実態は斜め上をトリプルアクセルかましてるけどね〜。(他人事)」


 奇策てのはそれを行う知恵と運用される技術と力、そして状況の3つが重ならないと成立しない。真珠湾やった56氏はその点では名将だったと思う。後始末が大チョンボだったけどねー。今回キャラ的にそれ以上の負い目を背負い込んでもらうことになるけど、流石に初陣があんな修羅場じゃ性格も変わるよ。(笑)


 「奇策かぁ〜そういえばロシア側が奇策を使うとは予想外だったわね〜。」


 そう?大兵に戦術なしの諺通り現状で日本軍が勝てるのは自明だしね。だいぶ無茶な作戦だけど旅順攻防戦で名指揮官の名を馳せたコンドラチェンコ少将なら心理戦もできるだろ?と考えたんだ。自爆攻撃については独ソ戦でも労農赤軍が爆薬を仕込んだ戦闘犬を使った自爆攻撃を行ってる。其れをヒントにしてみた。そして海軍の方、名将であるマカロフ提督は言うに及ばずかな?きっちり渤海側の機雷原に誘い込んだあたりあり得ると思う。ただし不運属性は変更なしということで(苦笑)


 「そういうジンクスについては作者きっちり史実を踏襲するからね〜。性格悪いといわれるだけあるよ。そうそうついに橙子の大本が行動を開始したようだけど?」


 来るべきものが来たと言ったところだね。ついに橙子に視点が回ってくる。彼女は基本受動キャラということで独自視点が少ないけど動いたときには物語が激変するからよほど注意しないと。8話で表されたコアユニットの意思、そしてプログラム上の橙子、そして“橙子”本性この3つがめまぐるしく橙子の中で入れ替わるから「本来の主人公」は橙子であると言っていい。ただし、それだと原作はおろか世界を蹂躙しかねないから常に「橙子を見ている人々」の視点で話が進んでいくわけだ。なんかじーちゃまばかりの視点で本末転倒化してるけど(汗)


 「めちゃくちゃ難しくてもう何が何だか(悩)」


 だからこそ次話の前振りになるのさ。本来次話は入れるはずじゃなかった。これを入れるためにプロットすら変わったし。設定すら弄った。ま、単行本読んで可能という結論が成り立ったからオリ設定ではないけど、ストレートにこれやるならばBADEND確定だからどう構築するか悩みに悩んだよ。


 「(次話下書き見てドン引きしてる)……マジでやるのコレ? 日露戦争じゃないわよコレ??」


 開き直った。これの御蔭で一章の幕引きが容易になったしね。あ、先に言っとくけど乃木パパのGet Awayは作者に多大な影響を与えた横山大先生の大作のリスペクトだから突っ込まんでくれ。(笑)


 「(とりあえず読者の叩き対策に作者埋めとくか……)」


 ん? 今回何事もないな??


 「そんなに欲しい? ツッコミ砲??」


 いえいえ〜ないならないで有り難いです。いやもぅホント。



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