目当ての村は丘一つ越えた林の片隅にある。ここにイスラム教徒が入植する以前、キリスト教徒によって建てられた教会が元らしい。神寂(かみさ)びた教会堂を中心に石造の建物が数軒……廃村になってから長い月日が経ち、木造の建物は崩れている。東側に枯れた溜め池、西に林が広がり北はそのままロドピ山脈の険峰に通じている。
 浦上中佐殿の補佐の下、一戸少将閣下指揮下の2個尖兵中隊といくつかの付属小隊
からなる300名弱の討伐隊は途中で下車し徒歩にて目標に向かっているところだ。
 装甲車は勿論、尖兵達が乗っている貨物自動車(オペル=ブリッツ)は動くたびに駆動音が轟々と響き渡る。相手に忍び寄るのにチンドン屋の如く大騒ぎして近づくのは愚の骨頂だろう? 兵士達もそれが当たり前と感じている。一昔前は何をするにも歩いて出かけたのだ。昨今の新兵を鍛える時、配下の古兵共が『貴様等はこんなに楽して戦争が出来るのだぞ!』と口癖のように怒鳴るのも見慣れた光景だ。
 今回、私達は別働隊として北側の山肌沿いに行軍している。この近くで生計を立てている牧夫を道案内に移動しているのだ。上官殿である我等が新米中尉殿は期待と恐怖、緊張と当惑……様々な感情が入り混じった顔を隠せそうもない。以前に実戦を見学したとしても今度は自分の命と部下の命を預かる隊長殿だ。優秀と考課表に書いてあったが話半分で考えるべきだろう。
 牧夫がイスラムの礼をして隊列の後ろに下がる。目的地に到着したようだ。手付に銀貨1枚、報酬をポンド札で払う。これだけで『偉大なる東方の親衛隊に神の祝福を。』なのだから安いもの。
 結局のところ民衆にとっては支配者が誰であろうが構わないのだ。搾取されて当然の筈が公正な統治を行い、しかも気前が良いのであれば人種がどうの宗教がどうのとは言わない。橙子御嬢さんが以前言った言葉、


 「人種というものは始めから存在するわけではないのです。誰かが誰かを区別したい。そんな勝手な思い込みが人種と言う壁を作り人と人を隔ててしまうのです。」


 受け売りと御嬢さんは笑っていたがその通りだと思う。御嬢はいない。どこかに姿を隠し、此方も匪賊も何をするかと観察しているに違いない。この鍵島にとって繰り返された光景、一戸閣下にとっては初めての匪賊討伐作戦が始まる。





―――――――――――――――――――――――――――――






蒼き鋼のアルペジオSS 榛の瞳のリコンストラクト
 

第三章 吾輩は東洋人で在る 第4話
     

西暦1909年 6月 2日 午後





 30メートルもない丘のまばらな灌木の中、小隊ごとに伏臥し時を待っている。眼下――と言っても大した高低差があるわけでもないが、廃村の中心にある教会堂と石造りの建物数軒を中心に廃墟と化した木造の家屋跡が見てとれる。少しだけ煙が上がっているのを見ると油断しているようだ。有難い、簡単に罠にかかってくれるだろう。
 そう考えていると一人の上等兵が匍匐前進で近づいてくる。気心知れれば気配が解るというヤツだ。振り向く。


 「どうした?」

 「鍵島曹長殿、少々厄介な事態が……中隊長殿が意見を聞きたいと。」


 歴戦の古参下士官として頼られるのは結構だが、こう何度ともなると問題だな。最近の士官殿は独自判断もできないのか? 少し顔を顰めて中隊本部の方に向き直ると。上等兵が顔で察したのか慌てて付け加える。


「いえ、曹長殿、捕虜を得たとか……。」

「バカッ! 何故それを早く言わん。」


 半分は私自身への叱責だ。こんな重要なことはあの中尉殿では荷が勝ちすぎる。押し殺した罵声を放り投げ、慌てて私は腰を屈め丘を滑り降りた。
 中隊本部では猿轡を噛まされ後ろ手に縛られた少年を数名の兵が囲んでいた。中隊長がおろおろしているのが解る。毅然と立って状況の報告を受けているようにも見えるが、ひと月の付き合いで甘ちゃんのボンボンであることは実証済みだ。敬礼する。


 「中隊長殿、鍵島曹長参りました。」

 「有難い。鍵島曹長、捕虜を得たのだがどうにも要領を得ない。匪賊の斥候とも考えたのだがドイツ語を話すのだ。最悪ドイツ人やオーストリア人を虐待したとなれば累は司令部まで及ぶ。どうしたものだろうか?」


 日本語を話すのは通訳やごく一部の好き者を除いて日本人だ。しかしこの常識(・・)は御国でしか通用しない。欧州ではイギリス生まれのドイツ人がフランス留学をしてオーストリアでイタリア語を話す……御国では驚天動地のような事がままある。話す言葉が国籍にならない為、敵味方の区別が解り辛い。それでも思わず『合格だ、この野郎。褒美に俺のケツを嗅がせてやる!』と考えた。
 先任士官と言う人間はなるべく下手に出、上官の誤りは部下を叱り飛ばすことで上官自らに己の軽率さを自覚させる。そうすれば上官は自らでどうにもならないことは経験者に判断を仰ぎ、最後は自らの責任を以って判断を下すという重責を自覚するようになる。実は此処まで出来る様になる帝国陸軍士官が少数派だと気づいたのは戦後だ。


 「浦上だ、捕虜を得たと報告を受けた。」


 敬礼しながらも安堵の息を吐く。浦上中佐殿は昔の上官でありこういった手愛の専門家でもある。ドイツ語も会話程度ならできる。侮るなかれ、欧州領の兵は暇を見つけては語学の勉強に励まねばならない。最低、挨拶ができる程度には。
 細かなことは橙子御嬢さん謹製の単語帳で代用するのだ。時間はかかるが使い方さえ覚えれば簡単な会話は成り立つ。
なお良かったことに相手は子供にも関わらず字が読めたのだ。欧州では意外なことに識字率が高くない。特に貧困層でそれは顕著だ。早速事情が解ってきた。勿論猿轡は咬ませたまま単語帳でのやり取りで情報を得る。


 「オーストリア人の冶金工、ヨシップ・ブロズ、匪賊に連れ攫われ、銃の整備をしていたようです。逃げ出してきたようで。」


 中隊長が単語帳片手に浦上中佐殿に報告している。中佐は頷き、先ほど何かを探していたらしい匪賊の二人組を殺害したと報告を受けたと答えた。首を軽く親指で撫ぜたことから刃物で瞬殺したのだろう。隣の中隊に騎士突剣(レイピア)のように軍刀を用い、戦闘というより殺しを専門にするような剣術を使う藤田という先任下士官がいることは私も話に聞いている。
 さらに帳面を使った会話が進むと中佐が難しい顔をした。この小僧、旅費欲しさに匪賊の情報を売ると言い出したのだ。やおら私は軍刀を引き抜く。太陽光の位置から刀身がギラリと光るような角度でだ! 小僧から見れば斬り殺されるとでも思ったのだろう。大声を上げたいが猿轡のせいで『うーうー』としか声が出ない。
 我が中隊長殿が私を止め、今度は中佐が交渉役に代わった。こういった事は昔取った阿吽の呼吸がモノを言う。硬軟混ぜて交渉を有利にするのだ。中隊長も呼吸を察したかと思ったが単に慌てただけだろうな。これが素でできれば佐官への道も開けるかもしれんがまだまだ、と独りごちる。
 交渉が終わり後方の待機場所に小僧が連れて行かれるのを見ると私は一息をついた。


 「曹長、久方ぶりだったが呼吸が合ったな。」   


 浦上中佐殿が話しかけてくる。


 「中佐殿、小アジアのアルメニア人やクルド人、それにトルコ人にもやりましたからね。慣れたという事は私もどうしようもなく腐ったと考えるべきなのでしょうか?」


 私の溜息が交じった言葉に中佐が答える。


 「そうしなければ我等は生きる術が無い。君には釈迦に説法だが乃木閣下は我等とは比べ物にならん地獄を巡っている。それに比べれば何程の事もないよ。」


 中佐も胸が痛いのだろう。小アジア、トルコ帝国の山岳地帯で地方勢力を保つアルメニア人やクルド人、彼らを自らの多大な犠牲と引き換えに殲滅していったのが我等トラキア親衛隊(イニチェリ・ガディード)なのだ。
 我等は初め知らされていなかった。戦闘部隊故に知らなかったのだ。殲滅した匪賊がただの平和に暮らしてきた民衆でありトルコ地方政府の暴虐な支配こそその原因だったことに。
 確かに我等は奴らの戦闘部隊を殲滅した。しかし何故彼らが襲いかかって来たのか? トルコの民兵達によって暴虐の限りを尽くされた村、奉天の地獄が再現された光景に嗚咽を漏らすだけ留まらず号泣する兵もいた。怒り狂いこのままトルコ太守の首を揚げるべしを息巻いた士官すらいた。
 閣下自らイスタンブールに乗り込んでスルタンを叱責したほどだから何が起こったか推して知るべし。


「で、どうします? 匪賊の中に男2人女8人、しかも子供1人……。」


 先ほどの小僧の情報だ。奴等の中に純粋な非戦闘員が混じっている。技能を当てにした奴隷扱いかクレフティスの親族か? どちらにしても戦闘に巻き込まれること必定。閣下が決断する。正面で敵を追い立てるのが一戸閣下、背後で一網打尽にするのが浦上閣下の役割だ。最終判断は閣下が握っている。


 「助け出せる限りは助けるさ。そして宣伝してもらう。この国は外国人をも助け出す高潔な国だという宣伝をな。助けられなかったものは埋めてしまえ。どうせ匪賊の一味だ。」


 冷酷に響くがこれが現実だ、まず任務が最優先、そして我々の命が優先、後は利用できるものは利用する。御国にいた頃はこんなことを考えることすらなかったと思いながら自分達が汚れたことを再認識した時、伝令が来た。


「本部より連絡! 掃討隊接敵の模様。作戦開始します。」


軍刀を鞘に納め。39年式42型機関拳銃【MP42】を握って部隊に駆け戻る。浦上閣下も即座に野戦司令部へ駆けだす。中隊長が慌ててついて来るのを私は感じた。




―――――――――――――――――――――――――――――





 轟音を立てて装甲車が廃村に向けて突進する。その数6輌、全てが旅順で馬爆弾の御蔭で『味方殺し』の悪名を被ってしまった35年式222型軽装甲車だ。その後ろを37年式251型半軌装兵員輸送車【Sd.Kfz.251】数台に乗車した工兵小隊が続く。一戸閣下は始め直接指揮を執る御積りだったらしいが、各小隊長の練成の為にも独自で作戦行動をさせているようだ。実戦こそ最高の訓練という例えもある。
 扇型に展開し廃村を半包囲、停車して工兵隊が展開を開始する。完全包囲しないのは北側が急斜面であること、東側が森で遮蔽が多く車輛が入れないからだ。西の窪地に逃げる馬鹿は流石にいないだろう? 枯れかけた物であっても元沼地だ。泥濘に足を取られただけで良い的になる。
 まず拡声器で警告する。トルコ語が解る解らないは別としても戦争にはそれ相応のやり方があるのだ。言葉が解らなくても軍隊が威圧的な態度でやってくれば村民は震えあがり、誰か代表者を立ててくる。つまり『講和交渉をしよう』という意思表示を我等は得ることができる。敵味方をはっきりさせねば軍隊は迂闊に武力を行使できない。こう考えれば匪賊がいかにやっかいなものか解るだろう? 村民に紛れ、油断したところで不意を打つ、こちらに敵対しなくても飲食に毒を仕込む。武器や兵器を壊す。挙句酷いのになると女を使って士官をおびき寄せ、美人局紛いの手を使う事すらある。
 だが今回は通用しない。先程の少年の御蔭で非戦闘員を代表に仕立て上げるのは此方の思うつぼ、代表から芋蔓式に人間を引き出し大半を村から引き離した上で残っている建物ごと掃討してしまえばいい。
 敵か味方かは拘束した後調べればいい。面倒だが命を張らなくてもよいのだ。もし武器を持って出てきた者は即座に射殺する。軍隊の前に銃を持って出てきた底抜けの阿呆(みんかんじん)はそれで当然だ。
 警告には反応しないようだ。眼下の廃村は静まり返ったまま、素人なら混乱を引き起こし自滅することもあるがそれを誘発する元である非戦闘員に動きはないということは少年の情報通りか。少年の話では非戦闘員はバラバラにされ各建物にいる。そして女の匪賊はいないと言っていた。浦上閣下は『匪賊は恐怖で非戦闘員を管理しているのだろう』と仰られていた。
 警告が終わると携帯歩兵砲を持った工兵数人が装甲車の影から擲弾を撃ち込む。日露戦争の折り携帯歩兵砲
(パンツァーファウスト)
の威力が弱すぎることで有坂少将が改造型を作り出した。簡単な瞬発式信管に手榴弾よりやや多めの炸薬、そして鉄釘、鋼やベトンを貫通する高熱発生機から自分の推進機で遠くまで飛ぶ爆弾に変貌したのだ。本来は戦車を破壊するものだから対陣地用に再改造されたと言ったほうが正しい。その設計図は橙子嬢がどこかに持ち帰り大量生産したのがこの【鉄拳60】。
 本来の100から60になったのは重くなり射程が短くなってしまった為だ。しかも命中率はさらに悪化、30メートル先にかすりでもさせたら名人と持ち上げられるくらい。
 それでも3発程が教会の壁に当たり爆発音を轟かせる。同時に装甲車が射撃開始。20粍の炸裂弾頭が教会や隣あった石造りの建物に叩きつけられ壁を抉り取る。悲鳴を上げて逃げ出そうとした一人――たぶん匪賊――が20(ミリ)弾の直撃を喰らい、腹から上下に真っ二つになって吹き飛ぶ。
 ここまでは予想通り。重火器を持たない匪賊にとってはコレに対抗するすべは無い。銃弾1発にせよ効率よく使わねば匪賊などやっていられないのだ。これが叶わぬまでも銃弾をバラ撒き始めるなら要注意、どこかの軍か組織に支援されていることが予測される。犠牲を払ってでも捕虜にし背後を洗う必要が出てくるのだ。


 「中隊長殿、そろそろです。アレを始めれば匪賊共は恐怖のあまり降伏するか逃げ出します。そいつらが来るのは間違いなくココです。」


 注意してやる。中隊長殿は総員近接戦準備と命令しそれが中隊全体に行き渡っていく。世界各国の陸軍でもそうらしいが私のような先任という立場は特別な物だ。ただの曹長なら中隊長たる大尉にモノ申すことなど出来ない。それこそ軍隊の規律が崩れる。だが先任という立場は所属する部隊の長を教導するという非公式の役割があるのだ。
 だから立場さえ守る――要するに長の面目を失わせる事をしない――限り具申という言葉で部隊長に命令を下すことすら出来るのだ。歴戦の先任曹長が幼年学校出(ボンボン)のエリート大尉を『穏便』に叱り飛ばすなどかなりある。
 戦場に眼を戻すと、工兵小隊が建物や装甲車で遮蔽を取り接敵を開始したようだ。教会の壁にとりつき、空いた隙間を見つけると容赦なく作業を開始する。卵型の手榴弾、硝子製の毒瓦斯(ガス)弾、そして火炎放射機……旅順でロシア兵を地獄の淵へ投げ落した兵器が次から次へと使われる。絶叫、魂消るような悲鳴、火達磨になって転がり出る人だったモノ。匪賊だろうか民間人であろうがひとくくりに殺伐されていく。
 幾棟かの建物から人影が飛び出す。丸腰の者が多いが小銃を抱えた者には周囲を巻き込むこともためらわず装甲車の機関銃が火を吹く。あっという間に襤褸切れに変わる人影。明らかに民間人と解る男でも銃を持っていれば躊躇わず撃て。そう射手は教育されている。
 教本通りの制圧作業と言ってよいだろう。かつて御嬢が持ち込んで来た対匪賊教本、恐るべきはその的確さ、妥当さだ。これは頭で理論をこねくり回した人間が作ったものでは無い! 明らかに、それも数限りなく匪賊、御嬢が言うパルチザンを狩り立てた者が作ったのだ。そんな教本を作れる者は日露戦前の帝国陸軍、いや世界中の陸軍でもいないはずだ。では誰が作ったのだ? 私が御嬢を恐れる理由はそこにある。教本の原文

 「第三帝国特別行動隊戦闘指揮綱領」

 禍々しい鉤十字の文様を描いた書物を乃木閣下から『読んでおけ』と渡された時からそれは続いている。


 「来ました。全部で6? いや7人」    目の良い兵が報告してくる。

 「中隊長殿、背後は私が()ります。御気を付けて。」


 5人の兵を借り受け迂回接敵を試みる。見た限り男6人女1人、女は民間人のようだが油断は禁物だ。行程の半分を消化するころ、匪賊の一人が叫び声をあげ銃の引き金を引く。恐怖では無く哀れさを誘う発砲音。たぶん旧式の火縄銃(マッチロックマスケット)だ。此方の機関小銃(アサルトライフル)に比べれば何程の事は無い。確かに当たれば致命傷になりかねないが、次の発砲まで30秒も作業をしなければならないというのは致命的である。
 堰を切ったように中隊主力が発砲する。流石に弾をバラ撒くことはないが一人一人が数発ずつ発砲し威嚇の代わりとする。灌木や藪の御蔭で見通しが悪い。初めは当たらぬ事と割り切り威嚇とする。
 大量の弾に動転したのだろう? 匪賊が伏せている我々の方に追い立てられてくる。中隊の左翼、匪賊共の背後にあたる分隊が追撃をかけている。銃こそ発砲するがあくまで牽制、こちらに誘導しているのだ。なおも慌てた匪賊は残った銃を次々に発砲し墓穴を掘っている。
 接敵前5メートル! 我等5人が一斉に飛び出す。ここで機関拳銃を使う手もあるが見境なしに殺しても寝覚めが悪い。各自38年式倭型自動拳銃【ワルサーPPK】を構えギリシャ語で『手を挙げろ!』と叫ぶ。クレフテイスの大半はギリシャ系だ。それでなくても圧倒的優位の中でこちらが撃たないということは降伏勧告であることは誰でも解る。
 散々あり得ない兵器で小突き回され、心が折れてしまったのだろう? 四人が銃や刃物を投げ捨て投降の意を露にする。即座に蹴倒して這いつくばらせ無力化、しかし三人は違った。一人の男が時代物の短銃を構えて前に立ち。もう一人が女を抱えて首筋に刃物を突き付ける。
 人質のつもりだろうが馬鹿なことを……教本通り監視している2人を除き私と3人が一直線上に並び拳銃を構える。ちょっとした膠着状態を演出してやる。そして唐突に終わった。
 真横から飛んできた銃弾に頭を吹き飛ばされる人質を取った男。唖然とする間も無く我等4人の2連射(ダブルタップ)を浴び蜂の巣になって倒れる短銃を持った男。短銃の弾はあらぬ方向に飛んでいった。


試製38式小銃


 橙子嬢の持ち込んだ狙撃部品と有坂閣下子飼いの気鋭技術者によって開発された消音式次世代小銃……といってもStG44に比べれば玩具にしかならない小銃だが優れている点がある。


射程と精度


 陸軍大阪造兵廠は狙撃銃として無理矢理にでも正式装備に捻じ込んだのだ。圧倒的性能を誇る輸入品(イオージマインダストリアル)で帝国陸軍が埋め尽くされる前に……と涙ぐましい努力の結果である。
 悲鳴を上げる女を拘束していると背に幼子を背負っていることに気がついた。少しだけ安堵する。我等旅順の獄卒(ラスト・バタリオン)でも子殺しだけはしたくない。追ってきた分隊の兵と共に彼らを引き立てていくと中隊長殿が待っていた。


「任務完了、原隊に戻ります。」

「御苦労!」


 報告し、【捕虜】を引き渡し、互いに敬礼する。背後では燃え盛る教会の無惨な姿があった。それを見て中隊長殿が呟く。


「先任、私達はいつまでこんなことを繰り返すのだろうか?」


 悲しい顔をしているのだろう? 信じる者は違えども信仰の対象となる寺社仏閣(きょうかい)が焼き払われ、選良たる陸軍士官が民間人を巻き込んでの殺し合い。狂わなければ耐えられず、狂えば真っ先に死ぬ。だから言う、自分に言い聞かせるように。


「この地が日本人の物であると納得させるまでです、中隊長殿。」





―――――――――――――――――――――――――――――






 「チックショウ! なんで僕が報酬捨てて逃げなきゃならないんだ?」

 「はい、とっとと歩く! あのまま軍隊にいたら君殺されていたわよ?」


 このちんちくりんの小娘に助けられたのは腹立たしい。でもこいつの言っていることはたぶん真実だろう。日本人は裏切りを許さないという話だ。降服するなら死を選べ、敵であってもそれを裏切った者は容赦するな。悪魔の軍隊とはよく言ったものだ。ただ個人的には話のわかる人もいるらしい。この小娘に事情を話し僕を逃がしてくれた。そして道案内を買って出ている。無茶苦茶な獣道を歩いているせいか方向感覚が掴めない。必死になってついていくといきなり視界が開けた。


 「あっちゃぁ……高低差考えてなかった。」


 30メートルの断崖絶壁の下に街道が見える。毒吐いてイライラと足もとの石を蹴っ飛ばしている。なんか女の子というより同世代の男の子みたいな口のきき方。僕より背の低い10歳くらいの女の子。


「戻ろう、ここまで解れば下にも降りられる。」

「ちょっと待って?」


 彼女が僕に振り向き。いきなり僕を抱きかかえる。そもそも僕は男で14だ! それを平気で抱え上げるなんて普通じゃない!!


 「ちょっと待て! 無理だろ? なに考えてるんだ!! 死ぬ気か!?」


 僕の悲鳴を余所に彼女は僕を抱きかかえたまま崖から飛び降りた。





◆◇◆◇◆






 ぺしゃんこの筈だった。でも僕にはなんともない。崖の突起を何度か蹴ったようにも感じたけどそれで済む高さじゃないだろう? 下ろしてもらう。怪我ひとつない。彼女にも……よく見ると彼女の周りと靴の下。何層もの透明な6角形の光の帯が輝いている。思わず声が出た。


 「お前、魔女か?」

 「……失礼な子供。」

 「お前だって子供じゃないか。」

 「子供じゃないもん!」


 このままだと喧嘩になりそうなので早々に逃げることにした。その僕に女の子が袋を投げてよこす。中には札束と銀貨、


 「報酬よ、結構日本人は義理堅いんだから。」


 プィと怒ったようにそっけなく彼女が言葉を続ける。


 「後は君が全部やるの(チトー)、ヨシップ・ブロズ君」


 なんだそりゃ? 横柄な奴、ここまできて僕をおっぽりだすのか。仕方が無く歩き始める。歩きながら布袋の口を開け覗き込む。札束ざっと見ただけで1000マルク、それに銀貨が100枚はある。国に戻って起業できそうな額だ。なんとなく後ろであの女の子が見ているのを感じる。僕は振り向いた。


 「じゃあな! ちんちくりんの魔女の弟子、悪魔にとっ捕まるんじゃねーぞ!!」

 「ちんちくりんじゃないもん!!!」


 怒って地団駄を踏んでいる彼女を背に僕は笑いながら逃げた。




◆◇◆◇◆





 「ここで貴方に死んでもらっては困るのよ。あなたの代わりが勤まる人間は少ないしね…………ヨシップ・ブロズ・チトー君?」


 私は呟いた。







 あとがきと言う名の作品ツッコミ対談






 「どもっ!とーこです。聞くけど作者? どうにもこの作品ってナチスの必要悪の技術ばかり取り上げるよね?」


 「いきなりツッコミかよ(苦笑)。というより戦勝国に必要悪として取り込まれた技術ばかりをピックアップしたのが真実だけどね。今の国連で誰も口にしないグレーな事柄の一つ、対ゲリラ掃討戦術を今回は書いたけどかなり甘くなったと自省しているよ。」


 「へ? これでもかなり血生臭いんだけど。」


 甘い。本来ゲリラを疑心暗鬼にさせ分裂させて潰させ合う。一方のゲリラを賞金首に仕立てて組織を瓦解させる。ゲリラ側の穏健派指導者を暗殺し過激派ばかりになったところで正義と自衛の名のもとに絨毯攻撃で地域ごと壊滅させる。現在のアメリカ様の常套手段だね。戦闘の血生臭さなんて目じゃない。


 「そりゃ世界の警察様だもんそれくらいのノウハウや力は持ってて当然。」

 
 でもさ完全に非公式のものだし半分以上フェリの妄想になるけど。ナチスドイツの対ゲリラ戦のノウハウがアメリカに流れたことは確定的だよ。ベトナム戦まで使いもしなかったえげつない手法をあの戦争以降躊躇なく使うようになった。それもゲリラやテロリストだけじゃなく国家に対してもね。イランイラク戦争なんてその典型。


 「だから第三帝国特別行動隊戦闘指揮綱領を出してトラキアは甘い統治が通用する場所じゃないことを伝えたかったわけか。もう少し残虐性を出すべきだったか悩むって不安漏らしてたよね?」


 オフレコをポンポンだすなよ(慌)何故それが出来なかったかというと完全に15R指定しなきゃいけなかった点かな。流石に内臓の色とか血飛沫まで表現すると引っかかる。一応全年齢対応で残虐表現ありの但し書きにとどめているから火力制圧描写は「遠くから見た情景」にせざるを得無かったよ。第一章の鶏冠山堡塁の掃討戦も注意せざるを得なかったな。あれがギリギリセーフのたぐいだとフェリは思っている。


 「真面目な話になりすぎたね? もう少し軽い話題行こう。 ちょーっとだけ出てくる藤田って先任、なんか思い当たることあるよね(にたー)。」


 バレたか(笑)もちろん和月先生に出てくるあの人がモチーフだね。向こうでは警官だったけどこっちでは下士官だね。士官だと彼らしくないし。それに本人かどうかは作者も考えていない。ちょうどいてもいなくても可笑しくない年齢のはずだから。


 「でも年齢が50近くなるよ? とっくに退役してるとしか??」


 普通はね。でも特務系だと話は別、しかも僻地だし何があっても可笑しくないしね。だから子孫や弟子という線も含めて暈しておいた。

 「よくもまぁ……どうでもいいことに労力使うわね。」


 本文は一応アルペジオのSSだしね。変なクロスにしないよう、しかも作者の遊び心が読者にも解るよう研究してるつもりだよ。


 「ここでゲロったてことは自信が無いことが丸わかりね!」


 言うな頼むから(泣)


「もうひとついこう。いよいよ日本独自の新兵器というか珍兵器が出来てきたわね。」


 珍? あー38式とパンツアーファウストか。38式は硫黄島で工作機械作って設計図与えてソレで日本陸軍に作らせてる。国産というかモンキーモデルみたいなもんだね。でも性能はいいのと世界は違っても国産だから!という論理で陸軍がゴリ押ししてねじ込んでるね。このころの戦術用狙撃銃としては優秀だよ。パンツアーファウストは序章でも出ていたよね? パンツアーファウストはドイツ軍でも対戦車用だけに使われていたわけじゃない。対建造物や対陣地はては爆薬の代用品としても使われたくらい。序章で出てきたパンツアーファウストはこれらの発展型なんよ。


 「陸軍ばっかで不公平感でない?」


 海軍にはちゃんと埋め合わせ考えているけどね。このあたり日本の官僚主義軍組織はホント面倒だと思ったよ。こちらが立てばあちらが立たずの典型だね。一応外伝でもちょこっと出したから勘弁してよ。


 「あーアレか……って末期ナチスドイツのネタ兵器ばっかしじゃん! で結局前話の答えはチトーさんだったわけか。流石にバルカン纏めるならこの人くらいの調整力とカリスマは必須よね。でもそれが今後書くであろう第2部の【ダス・ライヒ】師団長とどう関係するの?作者的には意地悪な構築考えていそうだけど。」


 うーん、どちらかと言えばオフレコにしてもらいたい話題だなぁ(汗)詳しくは言えないけど武装SSって大きく分けると2つの系譜から成り立っているわけよ。民族ドイツ人主体の最新鋭理論に基づいた精鋭師団と各自治区からの義勇兵を纏めた民族や世界観の連合師団、この武装SSの系譜をこのラインで割ってみることを検討してる。具体的に言うと虎大隊VS王虎大隊ガチバトル。


 「ひーw また訳の解らない状況作り出しそうね。」


 ま、そんなこんなで次話から演技頑張れよとーこ? いよいよ某国営放送の朝ドラに構成が酷似していくからな。


 「うわーわたしたいへんだー(棒読み)」


 適当なこと吠ざいてるならセリフぐらい覚えんかー!」


 (轟音と悲鳴が立場逆にして炸裂)



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