1984年カリフォルニア州バーバンク市は騒然とした雰囲気に包まれていた。
 この街に本社を構える世界的な大企業が数ヶ月前上映を開始した映画作品……相応の好評を博した映像の中にそれを知るものが仰天しかねないカットが混ざっていたのだ。

 
翼を広げた髑髏


 しかも対応が悪かった。それ(・・)の存在は合衆国軍では表沙汰にできない部隊であることに甘えた広報担当者が、丁重な抗議文と弁護士を送ってきたそれ(・・)を乱暴に追い返したのだ。広報担当者は間違っていた……表沙汰に出来ないという意味は秘密という意味ではなく、合衆国軍が最も頼りにしながら最も避けて通りたい鼻摘み者共の巣穴、所謂愚連隊という類である事を知らなかったのだ。
 当時の部隊長は激怒、そう部隊の誇りたるエムブレム――即ち商標権と肖像権――を踏みつけにされれば怒らない方がおかしい。しかも部隊創設は連邦軍の中でも古参に属し、愚連隊と陰口を叩かれてもアメリカ国民にとって最も身近な【お祭り部隊】。クリスマスに海空陸からサンタクロースを追い回す連中と言ったら此処のバカ共しかいない位だ。部隊長は怒りのまま部隊に招集をかけ、合衆国政府に団結権の行使を宣言した。
 本来アメリカ連邦軍にデモやストライキといった団結権は認められていない。しかしこの部隊は伝統の二文字をもって国家主権時代でさえ半官半民の軍事組織を維持していたのだ。そう、民間組織という点を逆用してデモ行動を宣言したのだ。

 あくまで平和的な抗議活動である。

 悪いのは企業の対応であり、我々は合衆国国民として正当な権利を行使する。

 部隊長は民間放送にこう宣言した程だ。時の大統領すら頭を抱えたという。確かに自分は愚か、国民から見てもあの企業の瑕疵であることは解っている。だが、あの愚連隊が怒りだしたら何をやるか解らない。流石に企業の敷地に侵入して暴動を起こすような事はしないだろうが全く予測のつかない連中だ。即座に内務省長官を呼び出しSWATで抗議活動の統制を取るよう厳命した。
 その日、その場所、企業本社へ続くメインストリートには【軍隊】が溢れた。M60戦車、M113歩兵戦闘車、自走ミサイル車両、専用大型トレーラーに乗せられて前進する哨戒艇、挙句に空には武装セスナ……勿論、全てがハリボテだ。兵器を持って抗議活動など叛乱でしかない。本物の武装セスナですら報道班撮影用という名目で使っているにすぎないのだ。しかし、

 本物にしか見えない!

 この部隊は昔から日本帝国の模型企業と提携し、幼児から大人向けまでの玩具を販売しているのだ。リアリティに拘る日本人の影響を受け、どうでもいい場所まで細かく作る結果『本物以上の本物を貴方の手に!』のキャッチフレーズでお馴染。等身大の動くハリボテを作るなど朝飯前というわけだ。
 数十台の戦闘車両モドキが企業正門まで来ると、全車が一斉に停止し部隊員が下りてくる。海兵隊(マリンコ)に匹敵する巨漢を揃えてきた連中は二列横隊に並び、スクラムを組む。軍服を纏った六フィートの巨漢が100名近く、企業の正門に楯の列を作り非常時に備えているSWAT隊員ですら顔を引き攣らせている。彼らの恐怖に歪んだ顔を見れば己の頭で何を考えているかは自明だろう。


 「(まさか、敷地に突入してくるつもりか!!)」


 武器は持たずともあの巨体そのものが最悪の凶器だ! 肉弾プレス機で絶命したなどと報道されては死ぬに死に切れない!! しかし巨漢達はそんなことは露ほども考えず行動に出た。二列目が特大の肖像画を掲げる。一列目は足を踏み鳴らし地響きを立てる。そして彼らはシュプレヒコールを上げ始めた。彼らにとっての創始者と思想的体現者である二人の名前。それは……


 「マックの墓でハラをキれ!!!」

 「ノギの墓でハラをキれ!!!」


 何回も続くシュプレヒコール。彼らの激しい怒りを体現するかのように武装セスナに取り付けられたロケット弾が火を噴く。――勿論音と光のみ――それでもSWAT隊員が怖気づき、敷地内にむけて一歩、二歩と後退する。


 「ハラキリ! ハラキリ!! ハラキリ!!! ハラキリ!!!!


 かつての日本と言う国において存在したブシという武装権力階級における誇りある死罰とされる切腹(ハラキリ)を激しく要求する。
 悲鳴が上がった。SWAT隊員の一人が腰を抜かし、方楯も警棒も放り出し這いずって逃げ出そうとする。隊長が怒鳴ろうとするが隣の隊員の顔もその隣の隊員の顔も恐怖に染まっている。隊長は悟らざるを得なかった。彼らはシュプレヒコールだけで歴戦のSWATを士気崩壊(モラルブレイク)させてしまったのだと。
 シュプレヒコールが終わり不気味な沈黙が流れる中、彼は最悪の事態を想定していた。あの愚連隊が企業の敷地に突入し阿鼻叫喚の地獄が始まる。フィリピンでも東南アジアでもアフリカでもこの連中の呵責無さは恐怖とともに語られてきたのだ。それを統制するはずのSWATは奴らの声一つで無力化されてしまった。

 終わりだ

 隊長の絶望に染まった呟きを余所に仏頂面のままスクラムを組み続け、辺りを睥睨する巨漢達。その隙間から必死に躯を押しだした小柄な弁護士が現われ、抗議文と裁判への出廷を求める意見書を隊長に手渡す。それと同時に。


 「抗議活動終了! 解散!!」


 巨漢達のリーダーから野太い胴間声が響き、彼らは一斉に軍隊式の敬礼をして踵を背後に変え、脱兎のごとく駆けだした。たちまち戦闘車両モドキが巨漢によって埋め尽くされ、彼らは車両の排気煙と土煙の中、消えていく。
 裁判への出廷書を眺めながらSWATの隊長は溜息をついた。勝負にならん、ここまでされてはどちらが陪審員の心を掴んだのか明白だ。




◆◇◆◇◆





 後この裁判は企業側の全面敗訴となり謝罪や賠償を含めて多大なペナルティを負うことになったが、その企業はその時の繋がりを生かしてこの部隊のドキュメンタリー映画を製作し大儲けをしたとか。この愚連隊の名はアメリカ軍史に未だ燦然と輝きを放ち、刻み込まれている。


 アメリカ連邦軍統合旅団【ヘルズ・エンジェルス】




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蒼き鋼のアルペジオSS 榛の瞳のリコンストラクト
 

第四章 第3話








 どうもウチの少佐殿は考えすぎるな。オレはいつもそう思う。いや、オレだって一応ウェストポイント士官学校出たし、少佐殿と同じ上流階級(ハイ・ソサエティ)の出だ。只、オレはその中でも変わり者って言われてる。別にいいじゃねぇか! 士官だけで軍隊が構成されるわけじゃねぇ、士官だけで戦争が出来るわけでもねぇ! ボンボンの士官共が下の兵士たちと一線を引くのと違い、オレは下士官や兵士達の中に飛び込んだ。

 面白い事面白い事……

 奴等だってちゃんと生きている。自分の家族がいて、生活がかかっていて、連邦軍に入る動機だってある。オレのような上流階級を珍しがる奴、面白がる奴、嫌いどころか憎む奴もいた。あぁ、確かに上流と下流、線を引くのは間違っちゃいない。結局人間ってのは平等に生まれつくわけじゃないんだ。家族財産名誉家柄容姿……そもそも他人と比べる時点で生まれた全員が初めから不平等なんだ。でもさ、時にはそれを飛び越えて線を掻きまわし、新たな価値観を生み出す奴が必要なんだと思ってる。英雄ってヤツさ。
 この部隊に来る時から少佐とは面識があった。士官学校生の時、担当教官から緊急招集が掛けられたのさ。しかも拳銃持たされてどう見ても犯罪の温床たるイタリア系貧民街(ファイブポイント)の酒場に突入。何かの取引をしていた挙句、銃撃戦と化した修羅場で目を回していた大尉を救出した。それが今オレの前で頭を抱え座り込んでいるオレの上官、ダグラス・マッカーサー少佐ってわけだ。
 どう見ても戦場で兵士を叱咤する士官じゃない。戦場の後ろでどうすれば勝てるか、どうすればキルレシオと生存確率を上げられるか頭を捏ね繰り回す参謀職(スタッフ)型の人間だ。少佐殿はさらに上、構想や理論まで考えてしまう辺りどうにも足が地についていない。この部隊に配属になってからのオレの任務はこの上官殿の足を地に付けさせておく事と自認している。
 ハァ? 軍隊での命令系統に違反していると言うなら勝手にしやがれ! オレ達を中心に編成されたこの連隊はかつて大日本帝国駐在武官まで務めた南北戦争の英雄、パーシング将軍自ら『我々はチームである。この連隊にいる限り最低限の指揮系統以外は無視しろ。お互いの力を盗み、学び、自らの物にすることが重要だ。』
 いくら新大陸の新国家(ステイツ)といってもここまで型破りな訓示は無い。上が何を考えてこんな酔狂な真似をしたのか知らないが、オレはこの部隊を気に入っている。
 そう、この連隊、その構成員も妙な代物だ。歴戦の士官からオレみたいな新米、幕僚部に行くような頭脳派から敵と殴り合うことしか考えない戦争狂までいる。とにかくバラバラなんだ。まっ! オミソで同期の友人、オマー・ブラッドレーが入ってきたのはオレも嬉しかったな。
 そして満州への我が連隊の試験投入、どうせ黄色いサルの山賊集団(レンチャンホィ)が相手だろうが腕慣らしなら上等だろう? 正直ロシア人の傭兵部隊が活躍していると聞いた時には腸が煮え繰り返ったもんだ。連隊内からも『アメリカ人は臆病者じゃない!』と激高した奴がいた。……あぁ思い出した。ロバート・メイコンって機械屋だったな。来月にはこの【豪華客船ニューポート号】で大連に移動と思ったが、

 
とんでもないことになった。
 

 アジアで唯一、まともな国であるインペリアル・ジャパンでクーデターが起こったのだ!! 初めは『おぃおぃ……今更外国人を追い出せだと? バカじゃねーかこいつ等。』と思ったが、直後にウチの少佐殿から話を聞いたところによるとこの国はまだ政府が軍隊を統制しきれていない。今まで名門のサムライ達が周囲を納得させていたが、ロシア―ジャパン戦争でそのサムライ達の殆どが死に絶えた……誇り高い事で有名だと言うジャパンの軍人階級・サムライ。50年昔には下層階級だった市民に顎でこき使われることに耐えられなくなったのかねぇ?
 ん? そういえば少佐、『これがこの国の運命だと言うのか滅びの……。』そんなこと言ってたな。なんのこっちゃだがまた少佐殿の考えすぎなんだろう。まだ頭を抱え込んでいる少佐殿の前に立ち腕を腰に組んで覗き込む。そしてオレ、ジョージ・スミス・パットン少尉は励ますつもりで声をかけた。


 「どうしました少佐殿? 指揮官がしょぼくれていちゃ士気にもかかわりますぜ。」




◆◇◆◇◆






 「少尉……私、私はどうしたらいいんだ。このままではこの国は滅びの道を歩む。しかし我等に運命に抗えるのか? そんなことが許されるのか??」


 しまった! と思った時にはその言葉が出てしまった。ミス・トーコからあの茶会よ呼べるモノの後、送りつけてきた書物『“マッカーサー回顧録”』。著者は……未来の私だ!!! それは私の未来を示す想像を絶した預言書だった。確かにこの預言書と現在の状況は違う。いや細かく見るならば破綻していると言っていい。だがミスがもしその破綻を修正しようと考えているのなら、この事件は大日本帝国というこの国の晩鐘の音となる!! 私の目の前でジェネラル・ノギを抹殺しようとし、駆けつけた護衛兵すら瞬時に無力化して見せた存在。旧大陸の親類(チャーチル)を持って言わしめた第三大悪魔(リヴァイアサン)に抗うなど許されるのか!?


 「うーん、少佐殿が何を根拠に言っているのかオレは解りませんし、少佐殿がオツムが良くても預言者みたいなキチガイじゃないって事位解るんですけどね……」


 呆れられてしまったようだ。それはそうだろう? 『忘れてくれ』を言おうとしたが彼は自分を指さし言葉をさらに続けた。


 「オレだって夢を見ますよ? カンネーでローマの馬鹿みたいに頑強な軍団兵(レギオ)と戦っていたとか、隣を見たら騎乗したフランス皇帝ナポレオン・ボナパルトがいたとか。しかしですね! 夢は夢でも軍隊を指揮していたのはオレなんです。夢の中の主人公は常にオレだったんです。少佐殿は夢で無くても今現在、自分が主人公なんですか?」


 夢と言うより妄想だろう? そこまでくると。思わず吹き出してしまった。考課では英雄願望が強く機を見るに敏だが猪突猛進の典型と書いてあったぐらいだ。よくもまぁカルタゴのハンニバル将軍やアウステリッツのネイ将軍を自分に重ね合わせられるものだ。しかし主人公という言葉が私の心に(つか)えた。

 「私如き……一介の少佐如きが世界の主人公?」

 「そうじゃないですか!」   彼は笑って親指を立てる。

 「人は全員、世界の主人公なんですぜ! 諦めた奴から端役(エキストラ)に成り下がるってことです。」


 私は諦めようとしているのか。歴史という鉄路から外れると言う事を運命という名で諦め様としているのか? しかし私は今、


 「私は合衆国軍人、ダグラス・マッカーサー少佐だ。合衆国軍人として……」


 彼がいきなり壁に手をつき私を覗き込む。炯々たる瞳は数十年後の合衆国随一の将軍を彷彿とさせるほど光に満ちていた。


 「その前にアメリカ市民(・・・・・・)としてはどうなんです。少佐? 少佐の思い描いている事はたぶん軍人じゃ絶対にできない事だ。少佐は合衆国軍人としてではなくアメリカ市民としてこの国に何を残したいんです?」


 さまざまな思い出が頭の中をよぎる。軍人としての栄光、家族との幸せな日々、名誉ある生涯、私が辿る道筋、瞼を瞑り、そして開く。そうだ! 私はアメリカ人だ!! 旧大陸から身一つで飛び出し、新天地を求めた漢達の末裔!!! 神が決めた運命など糞喰らえだ。それが最良と知ってもなお、己の己の意思で生きる。それが……

My Name is Douglas MacArthur(わたしだ)


 膝を伸ばし立ち上がる。儀礼剣である短剣を引き抜き襟章をなぞる様に刃を押し当て斬り飛ばす! 決意とともに彼を押しのけ岸壁へ向かうために階段(ラッタル)を駆け上がろうとすると、彼はいきなり私を呼びとめ短剣を無断拝借した。そのまま自分の襟章を斬り飛ばす。


 「少佐殿だけに面白そうな事を独占させる気はありませんな。」

 「軍法会議では済まないぞ。」

 「上等でさぁ! オィ! オマーいつまでボーッとしてやがる!! 出陣だ出陣。とっとと戦車用意しやがれ! 後、機関車トーマスは何処行きやがった!? エンペラーパレスの正面に突っ込むからとっととこの豪華客船のエンジン回せって伝えとけ!!」


 機関車トーマスじゃなくて機関長代理“トーマス・キンケード中尉”じゃないか。いつものダミ声を張り上げる彼に苦笑いを噛み殺しながら私も後に続いた。この船の艦長と私の副官であるドワイト・アイゼンハワー中尉が大使館に行っていなければ不可能な芸当だろうな。拳を握りしめる。確かに恐ろしい、あのミスの意思に逆らおうと言うのだから。神や悪魔に反逆すると同義だ。国家反逆等話にならないほどの代物、世界への反逆を行うのだから。


 だから闘おう、そう頷く。――己の運命と

 もう一度私は頷く。――己の運命と出会うために





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 「セルビア、ブルガリア、ギリシャ……ついに来たか。」


 一戸閣下が呻くような声とともに電文を会議室の卓に放り出した。内容は言わずと知れたバルカン同盟の結成と政治目的の発表、決まりきった彼等のマケドニア侵攻と其の奪取のお膳立てが整ったと言う意味になる。しかし“史実”と違うのはそのマケドニアの一部、トラキアに30年後の“超兵器”で武装した日本帝国軍が居座っているという点か。彼等としても自信はあっても内心は怯えを隠せないだろうな。【聖戦】等と態々条約文に書かねばならない程だ。ロシアを破って亡国に追い込んだ大日本帝国軍という【悪魔】を相手取らねばならないのだから己を騙してでも己を鼓舞する必要があろう。ある意味末期的だな……更に報告が続く。


 「同じくセルビア国境沿いでセルビア国粋武力集団【黒の手】の活動を確認したとのことです。おそらく国境線全体で紛争を起こし、スコピエ総督の反撃を理由に宣戦布告の流れでしょうな。」


 スコピエから帰って来たばかりの浦上中佐が渋い顔をする。結局のところマケドニア北部スコピエ総督は警備隊以上の兵力展開を認めないという御題目を墨守してしまった訳だ。確かにこちらにも不手際はあった。マケドニア南部サロニカ総督ほど【調略】に力を入れなかったことが原因。マケドニアの三総督、全体を名目上統括する乃木閣下としては残り二人の総督を同時に手玉に取るには荷が重すぎた。いや、乃木閣下以上に我等総督府の力が足りなかったのだ。
 テッサロニキの総督と昵懇(じっこん)の間柄となれば、対抗心でスコピエの総督は離れる。致し方が無き事と乃木閣下も仰せられ、我々はテッサロニキ総督の陥落に力を注いだ。方法? 決まっている。酒を飲ませ、女を抱かせ、利権で釣り、金を握らせる。事実上南マケドニア総督府は乃木閣下の支配下に入ったも同じだ。回教徒に酒? 逆効果だと思うなら考えが浅い。街道筋で良く売られているではないか! フランス産初年水(ボジョレ・ヌーボー)ってね。それでも不安に駆られたのだろう官吏の一人が私に質問してきた。


 「しかし、楓政務官。御国のクーデター……大丈夫なのですか? これでは御国は政治的に何の手も打てません。我々は常に現地判断だけで動かねばならないことになります。」

 「心配ない。乃木閣下は何年も前から手を打たれている。『一週間で収拾を行い、ひと月で戻る。その段階で此方に逃げ帰らねば、儂自らバルカン三国への宣戦布告を奏上せねばならぬからな。』そう笑っておられたよ。」


 何人かの軍人や政務官が私の例え話で吹き出した。『帝国宰相・内閣総理大臣、乃木希典君!』詔勅を読み上げる為、“第三仮議事堂”でそんな議場登壇の掛け声がかかったのなら剛勇を謳われる閣下が恥も外聞もなく逃亡にするに違いない。そのまま畳みかける。


 「向こうは心配ない。橙子御嬢さんもいることだし万が一も想定する必要はないでしょう。問題はこちらです。山田特務大使、トルコの状況は?」


 視野が広いわけではなく必ずしも好いてはいないが彼のトルコでの経験と人脈は買っている。彼は精査していた書類から目を離して発言した。


 「トルコ皇帝師団の動員は4月には完了します。全部で5個師団、ひとつは装備の面で案山子同然ですし、もう一つはイスタンブールとメソポタミアに連隊規模で分割しておかねばならないので実質3個師団と言ったところです。ただ、戦える3個師団です! 戦力的には三国の民兵同然の師団10個を相手取れる筈です。」

 「もう少し差し引かねばならないだろうが十分だ。傭兵の方は?」


 トラキア軍事顧問兼国際旅団長・ゼークト大佐が答える。彼の組織構築力は本物。虎狼の集団でしかない各国の植民地徴募軍を鋼の鞭と金、そして己の恐怖によって統制している。『死神・ゼークト』の悪名すら効率よく使ってのけるのだ。そして国際旅団長という地位は彼が考案したもの。一見己の箔付けにも思えるが植民地徴募兵が多国籍である事を逆用し、【国際連合軍】と言った意味を持たせたのだ。つまりトラキアは欧州列強のみならず世界中の国家が支援している。バルカン連合など世界に対する反逆者でしかないと外交的攻勢を掛けているわけだ。御嬢さんの喩え話では『柔弱な支那兵を短期間で纏めあげ、“大日本帝国陸軍”に手痛い打撃を与える程の名指揮官』だという。半信半疑だったがそれ以上かもしれないな。彼が簡潔な敬礼を返し報告を始める。


 「英グルカ歩兵大隊、西カタルーニャ歩兵大隊、伊カラヴィニエリ武装憲兵大隊とも問題はありません。英55インド歩兵連隊もです。正直、乃木閣下が最強と称するフィンランド系の傭兵は募集できませんでしたが十分と考えられます。」

「君が支挫じるとは珍しいな? なにかあったのか。」


 フランス外人部隊という表立った看板の下にいたのだ。金さえ積めば問題ないと考えていたのだが。


 「正直やられた……と思っています。実は1年前よりセルビア陸軍軍事顧問団として派遣されていたようで、しかも指揮官はエミール大佐。本名はグスタフ・エミール・フォン・マンネルハイム――日露戦争の英雄です。」


 思わず額を手のひらで叩く。乃木閣下が要注意人物として扱っていた人材だ。傭兵部隊から引き抜くつもりがなんと敵国の軍事顧問だったとは。さらに電報を抱えた役人が扉を叩く音荒く表れ、私に電文を手渡す。


 「こいつも凶報だな。これはセルビア陸軍参謀総長ラドミール閣下の入れ知恵か、それともエミール大佐の発案かな?」


 一戸閣下以下軍人達が一様に私からまわってくる電文を見て首を傾げる。そう表向きはこれでセルビアに外交上の瑕疵はない。しかしこの一手は御国――そしてトラキアにとって恐るべき外交的牽制だ。


バルカン三国同盟はオスマン・トルコ帝国に対し宣戦を布告する。


 日本ではなくオスマントルコにという意味は明白。彼らは大日本帝国欧州領、いや大日本帝国政府に対し政治的野心は無いとあらかじめ予防線を張ってきたのだ。しかも戦争理由はマケドニアの欧州民族の解放、つまり双方を矛盾させることによって。こちらの政治的なハンディキャップを際立たせる。それだけではない。大日本帝国欧州領が表向き枠外とされた以上、こちらが何らかの手立てを講じない限り我々は南マケドニア、北マケドニアに正規軍を入れることが出来ないという意味にもなるのだ。 強引に入れれば列強の不審を買うだけ。今確かにテッサロニキには駐留している兵力がいるがさらなる増援を送り込めない。それどころか補給すら難癖をつける理由になってしまう。これらを覆す理由を作り出すという外交的な一手が余分にかかり、敵に時間を与えてしまうのだ。可能性は皆無に等しいが御国のクーデターと連動した可能性も捨てきれない――――それはないだろうな。首を振る。そこまで見通せ、しかもそこまで手を届かせられる戦略家がいるならトラキアは既に孤立状態のはず。これはただの偶然だろう。


 「此方の動員状況は1か月で常備兵からなる4個装甲旅団、2個機械化連隊、屯田兵や志願兵からなる8個歩兵大隊、それに傭兵隊一万、総数三万五千の編制が完了する。少ないが後方支援部隊を考えれば実戦部隊はこれでカンバンだ。だが今、シンガポール沖を第23次征号船団が南下している。つまり広島第五師団、弘前第八師団が2カ月以内で到着すると言う事だ。」


 私の強い言葉の前に皆が明るくなる。バルカン三国同盟は今、宣戦布告した身だ。日露戦争以来この時、橙子御嬢さんの情報を元に帝国陸海軍は恐ろしい勢いで組織改編に励んできた。


 「我が国に国家総力戦は不可能。勝つにせよ負けるにせよ1年で国内経済は破綻する。故、戦争を避けるべし。避けられぬ場合は即戦即決で勝負を決め喩え勝ったとしても六分の勝ちに留めよ。」


 閣下の言だ。そのための軍とは即応戦力の徹底追及。敵が六カ月での動員を想定していればこちらは三カ月。三か月ならば一カ月で軍を差し向ける。相手が準備を終える前に、此方が要地に展開し機先を制するのだ。これが現在の大日本帝国陸軍――大日本帝国欧州領駐留軍――の本質。
 通常、国家軍の動員には六カ月と言う時間がかかる。既存の常備兵だけでも三カ月、普通の市民を軍人に変え軍人を戦略単位とするにはそれほどの時間がかかるのだ。 有名な普仏戦争、独逸の前身、プロシア王国の挑発に乗った仏蘭西が動員を始めたら一瞬にしてプロシア軍に蹂躙されパリまで奪われる羽目になったのは単にフランス政府が事態を把握していなかっただけの事、相手の秘密裏の動員に最後まで気づかず、攻め込む準備万端のドイツ軍にわざわざ喧嘩を売ってしまったことに帰せられる。
 もし、バルカン三国同盟が完全に動員を終えるころにはこのトラキアに日本・トルコ合わせて10万の兵が展開している勘定だ。さらに計算上、それからひと月たたぬ後に日本本土よりさらに4個師団―――これで本土の師団は空っケツになるが――10万の兵が到着、装備の優劣に加え防衛戦ならば三国の総動員兵力70万に耐えるだけの力になる。そして彼らは悟る。己の経済を破綻させてまでも戦うか、それとも列強の悪意を気にしながら講和という手打ちを行うか。


 「大変です! 楓政務官!!」

 「今度は何だ! 今日は凶報ばかり入るではないか!!」


 一戸閣下の苛立った声が反射的に返されるがその凶報は想像を絶していた。


 「セルビア陸軍師団規模部隊が国境線を突破! 民兵、警備隊を蹴散らしつつ南下中。なお部隊の指揮官が判明しました。セルビア陸軍軍事顧問エミール【将軍】との事です。」


この部屋にいるすべての者が絶句した。早すぎる! これでは我々の動員速度ですら普仏戦争の大陸軍(グランタルメ)ではないか!! 一体セルビアの何処にそんな力が? 喘ぐように浦上閣下が声を上げる。


 「い……いかん。まだスコピエ総督領には士官学校生が…………石鎚君が!」

 「すぐ部隊を返させろ! 今すぐにだ!!」


 誰かの絶叫が響いた。



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